3.ミステリー

インフェルノ(上)(下)

書影
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著 者:ダン・ブラウン 訳:越前敏弥
出版社:角川書店
出版日:2013年11月28日 初版発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「ダ・ヴィンチ・コード」の著者の最新作。それも「ダ・ヴィンチ・コード」で登場する宗教象徴学者のラングドン教授のシリーズ。

 物語はラングドンのおどろおどろしい夢から始まる。川の向こうにベールをかぶった女性。その足元にはたくさんの人間の亡骸が広がっていて、手前の川の水は血の色をしている。まさに地獄絵図。

 だからと言って、ミステリー作家の著者がスプラッターホラーに転向したわけではない。今回の物語のテーマはダンテの「神曲」。念のために言うと「神曲」は3篇から成り、その第1篇が「地獄篇」で、地獄の有り様が描写されている。ラングドンの夢はこれに関連している、というわけだ。

 夢から覚めたラングドンはフィレンツェの病院にいた。ここ2日間の記憶をなくして。何がどうなっているのか分からないうちに襲撃を受けて、居合わせた美人の女医さんの機転によって、2人で難を逃れる。

 パズルのピースをはめるように、少しずつ判明する情報を繋ぎ合わせると、「神曲」を基にした謎を解き明かす必要があるらしい。その背景には大きな陰謀が見え隠れする。そうでなければ、こんなに執拗に追われることはないはずだ。

 今回も面白かった。どうやら映画化の話が進んでいるらしい。謎解きがあり、陰謀があり、美人と2人の逃避行があり、危機一髪があり。シリーズのお馴染みのパターン。意地悪な言い方をすれば、テンプレートに流し込んだ感じなんだけれど、それが期待されているという側面があるのも確かだ。

 最後に。今回の陰謀は、これまでで一番怖いかもしれない。「今そこにある危機」に対して、私たちはあまりに無防備というか無邪気というか...

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オール・マイ・ラビング

書影

著 者:小路幸也
出版社:集英社
出版日:2010年4月30日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「東京バンドワゴン」シリーズの第5弾。時代を遡って今は亡きサチおばあちゃんの若いころの物語だった、第4弾の「マイ・ブルー・ヘブン」から、現代へと戻って来た。

 東京の下町にある古本屋&カフェの「東京バンドワゴン」が舞台。そこを営む堀田家の人数が、巻を重ねるごとに増える。堀田家が関わることで登場人物も増える。本書巻頭の「登場人物相関図」には、実に30人以上の名前が載っている。

 その登場人物たちが、それぞれ主人公となった大小の物語が同時並行的に進む。小さな物語とは例えば、堀田家3姉弟の長男の紺の義弟の修平君が、「道ならぬ恋」をしているらしい、とか。修平君は以前の巻でちょっとだけ登場している。こんな具合で登場人物の増加によって、物語のバリエーションの拡大につながっている。

 大きな物語は、堀田家に伝わる「とてつもないお宝」の話と、伝説のロックンローラーと呼ばれる我南人の歌手生命に関わる話。私としてはこの2つともが、これまでのシリーズの中で一番を争うトピックだと思う。そういう意味で一山超えた気がした。

 「都合のよさ」が興を削いでしまわない、ギリギリのラインまで来ている気がする。ただ、このシリーズは基本的に「昭和のホームドラマ」の路線で、「都合のよさ」もその路線の内、と考えた方がいいのかもしれない。

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マイ・ブルー・ヘブン

書影

著 者:小路幸也
出版社:集英社
出版日:2009年4月30日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「東京バンドワゴン」シリーズの第4弾。今回は、これまでの3冊とは趣向を変えて、今は亡きサチおばあちゃんが主人公の番外編。時代は昭和20年。終戦の直後。サチさんがまだ18歳の時。なんとサチさんは、五条辻咲智子という名前で子爵家の一人娘だった。

 ある日咲智子は、両親から日本の未来に関わる重要な文書を託され、すぐに家を出るように言われる。両親は直後に何者かに捕らわれ、咲智子自身も拘束されそうになる。そこに居合わせたのが勘一。現在の「東京バンドワゴン」の店主だ。

 咲智子の両親を連れ去ったのも、咲智子を拘束しようとしたのもGHQらしい。託された文書を狙って、GHQだけでなく裏社会の組織からも、咲智子は追われる。勘一の父の草平が店主を務める「東京バンドワゴン」は、そんな咲智子を全面的に支援する...

 これは面白かった。前3作のどこかほのぼのしたホームドラマとは違い、サスペンス調のエンタテインメント作品になっている。本編の昔語りで登場する面々が活き活きと活躍する姿も、読者にとっては嬉しい。こんな出会いをした勘一とサチさんが、どれほど固い絆で結ばれていたことかと思う。

 サチさんが子爵家の一人娘だったことも驚きだけれど、勘一の青年時代にも目を瞠った。きっと勘一を見る目が変わると思う。「♪せまいながらもたのしいわがや」「♪We’re happy in My Blue Heaven」 ジャズの名曲「My Blue Heaven」も彩りを添える。

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真夜中のパン屋さん 午前3時の眠り姫

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著 者:大沼紀子
出版社:ポプラ社
出版日:2013年10月5日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 大好評シリーズの「まよパン」こと「真夜中のパン屋さん」の第4弾。

 主人公の女子高校生の希実は、真夜中だけに営業しているパン屋の居候。お客は真夜中にやってくる人たちだからか、相当に変わった人が多い。前作までにも、夜中に徘徊する小学生、でかいけれど超美人のニューハーフ、のぞき魔の変態、腹話術の人形を抱えた高校生...。毎回、新しい登場人物が物語を盛り上げる。

 今回の新しい登場人物は、希実の従姉妹の沙耶。広島から男と駆け落ちしてきたという。「金髪に眉毛なし」という風貌から、相当荒んだ生活をしていることが察せられる。果たして、元カレに付きまとわれ、あげくに命の危険まで迫ってきたために逃げてきたらしい。

 この店はこれまでにも様々な(素性の知れない)人を受け入れてきた。希実だってその一人。その日から、沙耶は希実と一つ屋根の下で寝起きすることになった。希実は、幼いころに沙耶の家に居候していた時に、沙耶にいじめられた経験がある。月日は経って、そのころのようなことはないけれど、2人で寝起きする暮らしは、希実にとって心地よいものではなかった。

 物語は、沙耶の話に嘘があって二転三転し、他の登場人物の意外な恋バナが絡んで来たりで、忙しく時にはホロリとさせながら勢いよく進む。そして、おそらくこのシリーズの核心へ向けて切り込み始める。それは希実の過去の出来事と関係がある。

 希実は、母親にそのパン屋の奥さんの美和子とは「腹違いの姉妹」だ、と言われて来た。しかし、美和子は亡くなっている。そして「姉妹」の話も嘘らしいのだけれど、希実と美和子とは何か関係があるらしい、ということが、前作で仄めかされている。本書は、その仄めかしに対する答えになっている。そこにはそれなりにヘビーな過去が明かされているので、読むときにはそのつもりで...

※4月からBSプレミアムで放送された「真夜中のパン屋さん」(滝沢秀明さん主演)が、11月5日(火)から総合テレビで放送されるそうです。私はBSの放送を見ました。ちょっと最初はキャストに違和感がありましたが、回を重ねるごとに薄れてきました。

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死神の浮力

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著 者:伊坂幸太郎
出版社:文藝春秋
出版日:2013年7月30日 第1刷 3月5日 第3刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

 伊坂幸太郎さんの書き下ろし(冒頭のみ「別冊文藝春秋」に掲載)の最新作。100万部突破のベストセラー「死神の精度」の続編。あの何とも憎めない死神の「千葉」の物語で、しかも長編。期待して読んだ。

 死神の千葉の仕事は、指定された人を1週間調査して、「死」を実行するかどうかを判断すること。短編集の前作「死神の精度」では、何人かの調査を担当したが、長編の本書で担当するのは1人だけ。それは小説家の山野辺遼、35歳。物語は、千葉が山野辺の調査をする1週間を、千葉と山野辺の視点を何度か入れ替えて描く。

 少々重苦しい設定なのだけれど、山野辺は1年前に小学生の娘を、亡くしている。しかも殺された。その殺人の有力な容疑者として逮捕された当時27歳の男、本城崇は、あろうことか裁判で「無罪」になってしまった。このブログで何度か書いているけれど、子どもが可哀想な目に合う話が私は苦手で、本書もちょっとつらかった

 山野辺とその妻は、司法が裁けなかった本城を、自分たちで制裁を加えようとするが、常に後手に回ってしまう。本城はずば抜けて頭がよい男で、「無罪」も用意周到な準備によって、計画的に得たものだ。彼にとってはこの事件は「ゲーム」にすぎない。本城はいわゆる「サイコパス」なのだ。

 上にも書いたけれど設定が重苦しく、展開にも心が塞がれる。そこを千葉の言動が救う。人間の常識とはズレているから、やりとりがチグハグになる。例えば山野辺が本城のことを「良心がない人間」と言えば、千葉が「クローンというやつか(注:両親がない)」と返す、といった具合。

 読んでいてちょっとした既視感があった。身内を殺された男の復讐という流れは「グラスホッパー」に似ているし、逃避行での信頼と善意は「ゴールデンスランバー」を、圧倒的な悪には「モダンタイムス」を思い出した。そういった意味では伊坂ファンには馴染のある物語だとも言える。

 気になったのは、主人公を「小説家」にしたこと。小説家を主人公に据える以上、作家本人の何かが投影されているのでは?と考えてしまうのだけれど...

 コンプリート継続中!(単行本として出版されたアンソロジー以外の作品)
 「伊坂幸太郎」カテゴリー

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新参者

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著 者:東野圭吾
出版社:講談社
出版日:2013年8月9日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 これまでに9作品が出版されている、「加賀恭一郎」シリーズの1冊。本書は「週刊文春ミステリーベスト10(2009年)」と、「このミステリーがすごい!(2010年)」のそれぞれ第1位。2010年には、テレビドラマ化されている。シリーズにはドラマ化、映画化されたものがいくつかあり、それを見たからかシリーズ作品を何冊か読んだような気がしていたが、読むのはこれが初めての作品。

 主人公は、加賀恭一郎、本書では日本橋署の警部補、いわゆる「所轄」の刑事だ。舞台は日本橋の人形町交差点周辺。東京のド真ん中にあって、ビルが林立する街なのだけれど、不思議なことに「下町」の風情と人情が残り、昔ながらの小さな商店も軒を連ねる。物語は、そうした小さな店の一つ一つを舞台にした短いエピソードを重ねた9つの章で、殺人事件の捜査を描く。

 テレビドラマ「新参者」のナレーションの一部を紹介する。「人は嘘をつく、罪から逃れるため、懸命に生きるため、嘘は真実の影」。この物語のキーワードは「嘘」だと思う。すべてのエピソードで、警察の取り調べに対して誰かが嘘をつく。

 ただし、そのほとんどすべてが「誰かを気遣い守るための嘘」。加賀は、その嘘の影にある「真実」を明らかにする。「真実を暴く」という言い方もあるが、本書については「暴く」という言葉は、乱暴すぎて相応しくない。加賀によって明らかにされた真実は、ついた本人や関係者を慰めるからだ。それは、真犯人でさえ例外ではない。

 私は、これまでに読んだ著者の作品のレビューに、「人情」という言葉を度々使っているけれど、本書はその「人情」が全開の物語。謎解きの小気味よさとともに、ホロリとする人情話が楽しめる。

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さよならドビュッシー前奏曲 要介護探偵の事件簿

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著 者:中山七里
出版社:宝島社
出版日:2012年5月24日 第1刷 2013年1月2日 第3刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 ベストセラー「さよならドビュッシー」の主人公の香月遥の祖父、香月玄太郎が主人公。本書は「さよならドビュッシー」の2年前、玄太郎が脳梗塞から緊急手術で一命を取り留める出来事から、「さよならドビュッシー」の物語が始まる当日までを、5つの短編によって描く。

 玄太郎は、脳梗塞の後遺症によって「要介護」となる。肉体の衰えは精神の衰えにもつながりがちだけれど、玄太郎に関して、それはまったく当てはまらない。本書の冒頭は「こんな不味いメシが食えるかああっ」という、玄太郎の罵声から始まる。我ままを言っているのではない。料亭の食品偽装を見抜いての激高だ。ダメなものダメ、不正や手抜きを許せない、そういう性格なのだ。

 何かある度に激高して怒鳴り散らす。最近はこんなに遠慮のない罵声を聞く機会がないので、最初は読んでいて居心地が悪い思いをしたが、その内なんだか爽快感すら感じるようなった。それは「こんなに言いたいことを言えたら気持ちいいだろうなぁ」ということはもちろんあるが、それだけではなく、玄太郎の言っていることが圧倒的に正しく、それが相手のためにもなっていることが多いからだろう。

 そんな玄太郎が、建築中の家での密室殺人や、銀行強盗、年金の不正受給などの「事件」に遭遇する。玄太郎は、己の眼力を頼りに一代で財産を築いた資産家。その眼力が、先入観に惑わされることなく、周りの者が見えないモノを見逃さず、真実を見抜いて「事件」を解決に導く。

 「安楽椅子探偵」ならぬ「車イス探偵」の玄太郎の推理は、なかなか切れ味が鋭い。物語の記述の中に犯人探しのカギが隠されているので、ミステリーとしても完成度が高い。人情話が少し織り交ぜてあるので謎解きは置いて読み物としても楽しめる。

 最後に、「前奏曲」というタイトルについて。単純に「前日譚」というだけではなく、この物語は「さよならドビュッシー」と、それから始まる「岬洋介シリーズ」への導入の役割をキッチリと果たしている。もちろん岬洋介その人も登場する。

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スタンド・バイ・ミー

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著 者:小路幸也
出版社:集英社
出版日:2008年4月30日 第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 「東京バンドワゴン」「シー・ラブズ・ユー」に続く、「東京バンドワゴン」シリーズの第3弾。

 シリーズ通して舞台となっているのが、東京の下町にある古本屋&カフェの「東京バンドワゴン」。登場人物もほぼ同じ、ただしだんだんと増えている。実は「東京バンドワゴン」を営む堀田家も、結婚したり子どもが生まれたりで人数が増え、今や12人と6匹という大家族になっている。

 表紙ウラに間取り図が載っていて、これを見ると仏間にも納戸にも人が暮らしていて、家のキャパシティを越えてしまっている。さらに人が増えそうな気配もあって、どうしたものか?ということが目下の問題(のひとつ)。どうにもならんでしょ?と思っていたが....なるほど。

 章ごとに小さな事件や大きな事件が起きる。例えば「年配のご婦人が、繰り返し本を3冊並べ替えて帰る」というような小さな事件、「(ロックンロールの大スターでもある)我南人の隠し子騒動が週刊誌にすっぱ抜かれる」という大きな事件。これを堀田家+周辺の仲間の総力を挙げて解決する。ちょっと「力技」もあるけれど、あまり人を傷付けることなく、何とかまあるく収まってホッとする。

 前作「シー・ラブズ・ユー」のレビューで、「東京バンドワゴン」は、女性たちによって支えられている、ということを書いたけれど、今回は、当主の勘一の孫の青の奥さん、すずみさんが魅せてくれた。京都の「いけず」のじいさん相手に「てやんでぇ」と啖呵を切って...若い女性の「てやんでぇ」に、じいさんたちといっしょに私ものけぞった。けど、カッコよかった。

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時のみぞ知る(上)(下)

書影
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著 者:ジェフリー・アーチャー 訳:戸田裕之
出版社:新潮社
出版日:2013年5月1日 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 英国のベストセラー作家、ジェフリー・アーチャーの最新作。詳細は不明だけれど帯には「全英1位」の文字が躍る。

 これは面白かった。著者の作品は、主人公の生涯を描く長編(サーガ)、サスペンス・ミステリー、短編集の3種類に分類されるそうだけれど、これは1番目の「サーガ」になる。これまでたくさんの著者の作品を読んだけれど、この「サーガ」作品群が一番面白いと思う。

 舞台は英国西部の港湾都市ブリストル。時代は1919年から1940年。主人公はハリー・クリフトン。物語の始まりの年には、まだ母親のお腹の中だった。そして、本書の扉ページの前には、「クリフトン家」と「バリントン家」の家系図。本書はこの両家の人々の確執や友情を描く。

 ハリーは物心がつく前に父を亡くしている。家族の話によると戦争で戦死したそうだけれど、どうもそれは真実ではないらしい。母と祖父母、伯父と一緒に暮らしているが、暮らしぶりはなかなか厳しい。ただ、そのソプラノを見出され、奨学生として聖歌隊学校に進むことになり、そこで上流階級に属するバリントン家の長男ジャイルズと出会う。

 ハリーとジャイルズはそこで友情を育む。しかしハリーの父の死には、ジャイルズの父のヒューゴーが関係しているらしい。さらにハリーの母のメイジーとヒューゴーの間には、因縁が感じられる。二人の友情がいずれ過酷な運命に直面する予感を、ヒシヒシと感じさせながら物語が進む。

 読み終わってしばらく呆然としてしまった。こんな終わり方をするとは思っていなかった。実は本書は「クリフトン年代記」という長大な物語の第1部。巻末の「訳者あとがき」によると、英国では第3部まで発売されているそうだ(そしてまだ完結していない)。まだまだ続編があることへのワクワク感と、長い道のりに足を踏み入れてしまった戸惑いを、同時に感じた。

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シー・ラブズ・ユー

書影

著 者:小路幸也
出版社:集英社
出版日:2007年5月30日 第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 「東京バンドワゴン」シリーズの第2弾。舞台は前作と同じで、東京の下町にある古本屋&カフェの「東京バンドワゴン」。登場人物もほぼ同じで、章ごとに少しずつ新しい登場人物が加わっていく。

 「文化文明に関する些事諸問題なら、如何なる事でも万事解決」、これは今の店主の勘一の父が記したもので、「東京バンドワゴン」を営む堀田家の家訓で、古本屋の壁に墨文字で書かれている。家訓が実質的な意味を持つ時代ではないけれど、堀田家の面々はそれをできるだけ守ろうとしている。

 この家訓が関係するのか、堀田家には近隣の諸問題を引き寄せる何かがあるらしい。例えば、カフェに赤ちゃんが置き去りにされたり、持ち込まれた本に細工がされていたり、謎の紳士が自分で売った本を変装して買い戻しに来たり..。そして、勘一をはじめとする堀田家の面々は家訓を守って、こうした「事件」に首を突っ込んでいく。

 今回は様々な「過去」が明らかになった。例えば、店の常連のIT会社の社長の過去。それは思いのほか重いもので、社長の現在と未来まで変えてしまうものだった。勘一の息子の我南人の亡くなった妻、秋実についても語られた。それは「東京バンドワゴン」の過去、とも言えるエピソードだった。

 2冊を読んで、チラリと感じたのは、堀田家には良い嫁さんに恵まれていること。勘一の妻でこの物語の語り手のサチ、我南人の妻の秋実、我南人の息子の紺の妻の亜美、同じく我南人の息子の青の妻すずみ。「東京バンドワゴン」は、女性たちによって支えられている(男性陣もがんばってはいるけれど)。

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