3.ミステリー

白鳥とコウモリ

著 者:東野圭吾
出版社:幻冬舎
出版日:2021年4月5日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 東野版「罪と罰」と銘打ってある意味が読み終わってよく分かった本。

 物語の発端は殺人事件の被害者の発見。竹芝桟橋近くの路上で違法駐車されていた車の後部座席から、ナイフで腹を刺された男性の遺体が発見された。遺体は、残された運転免許証から55歳の弁護士、白石健介さんと判明した。警察の捜査線上に倉木達郎と言う名の容疑者が浮かんだ。その倉木が刑事に対して「すべて私がやりました」と自白した。ここで520ページの作品の80ページ。事件の解決が早すぎる。

 主な主人公は3人。一人目は刑事の五代務。38歳、警視庁捜査一課の捜査員。この殺人事件の捜査を担当し、容疑者の特定に貢献、その自白を直接聞いた。二人目は倉木和真。30代。大手広告代理店に勤める。自白した容疑者の倉木達郎の息子だ。三人目は白石美令。会員制の総合医療機関に勤めている。事件の被害者の白石健介の娘だ。

 倉木達郎の供述は詳細で矛盾もない。犯人しか知りえない「秘密の暴露」も含まれる。裁判では検察側も弁護側も事実を争う予定はない。しかしその「事実」に違和感を感じる者がいた。突然に父親が殺人事件の犯人になったのだから、和真が「父がそんなことをするはずが..」と思うのはともかく、美令も「父がそんなことをするはずが..」と思う。そして、それぞれが事件について調べていくと..という話。

 重厚な物語だった。30年以上も前の時効となった事件が密接に関係する。「立場」と人間的な繋がりからくる「心情」の相違。帯に「新たなる最高傑作」とあるけれど、誇張ではないと思う。そして、ネタバレになるから詳しくは言わないけれど、なんとも切ない物語だった。主人公の3人の手によって、真相は明らかになるのだけれど、「これは明らかにしてよかったのか?」と思ってしまう。

 私が最初に読んだ著者の作品「容疑者Xの献身」を思い出した。

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イエロー・サブマリン

著 者:小路幸也
出版社:集英社
出版日:2020年4月30日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 幻の作家の話で家族が盛り上がるのが、微笑ましく羨ましく感じた本。

 「東京バンドワゴン」シリーズの第15弾。東京の下町にある古本屋&カフェの「東京バンドワゴン」を営む、大家族の堀田家の1年を描く。前作「アンド・アイ・ラブ・ハー」の続き。(実は16弾の「グッバイ・イエロー・ブリック・ロード」を先に読んでしまった)

 本書のシリーズは毎回、ミステリーと人情話が散りばめられてエピソードが重ねられる。今回は後半に少しだけ荒っぽいことがあったけれど、全般的に落ち着いた人情話だった。シリーズ通してその傾向はあるのだけれど、意外な人の縁がつながっていく。

 第1章にあたる「夏」の章で、東京バンドワゴンにやってきたお客さん。毎日来る近所の神社の神主さん以外に3人。一人は近所の建設会社の社長。解体予定の建物に血まみれの本が落ちていたとか。二人目は以前は古本屋をやっていたという男性。段ボール箱で3箱の持ち込み。三人目は文学部に通う女子大学生。幻の作家とも言っていい画家と小説家の希少な本を探している。

 いかにも剣呑な血まみれの本のことはともかく、なにげない他の2人の古書店の客も、この後の物語につながって、けっこう大事な役割を一人は担っている。この人は、またいつか別の物語にも登場してくるのだろうなと、それを期待させる気になる(というか、このシリーズにピッタリな)人だった。

 かんなちゃんがスゴイ。研人くんが結婚した。

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薬も過ぎれば毒となる 薬剤師・毒島花織の名推理

著 者:塔山郁
出版社:宝島社
出版日:2019年5月24日 第1刷 2021年2月27日 第7刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 登場人物のキャラが立っているし、すぐにでもテレビドラマになりそうだと思った本

 主人公は水尾爽太。25歳。神楽坂にあるホテル・ミネルヴァのフロント係。ある日、昼食に入った喫茶店で、隣のテーブルの若い女性二人の会話が耳に入った。退職する同僚に贈るものの相談。おなかに赤ちゃんがいるからアルコールやカフェインはダメ。ちょっと面白い名前のハーブティに決まった...と思ったら、「さしでがましいとは思いますが、やめた方がいいと思います。」と言う声。

 声の主は、長い髪をゴムで束ねて、黒縁のスクエアな眼鏡をかけた20代後半くらいの女性。爽太は後日水虫の薬を処方してもらうために訪れた調剤薬局で、この女性に後日再会する。その薬局の薬剤師で名前は毒島花織。まぁ長々と書いたけれど、サブタイトル(実はシリーズのタイトル)に名前があるように、この毒島さんが本書の真の主人公。薬剤師としての薬の知識を生かして、様々なトラブルや事件を解決する。

 「なるほどそういうことか、勉強になるなぁ」という感想。もちろん、事件の解決の鮮やかさや、毒島さんのキャラクター設定や、爽太の毒島さんに近づきたい気持ちの描写、医薬分業の医療現場の実際など、物語として楽しめることは多い。でも一番に感じるのは、知らなかった薬の知識が得られて「勉強になるなぁ」ということ。

 病気の時に薬ほど頼りになるものもない。だけど使い方を間違えたり、悪用したりすれば、とても怖いものになる。「用法用量を守って」という言葉を知らない人はいないと思う。私ももちろん何度も聞いたことがあるけれど、本書のアトピー性皮膚炎のステロイド剤のエピソードを読んで、改めて強く認識した。

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プリンス

著 者:真山仁
出版社:PHP研究所
出版日:2021年6月10日 第1版第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 この40年ぐらいの間に起きた、アジアの国のいくつかの事件を思い出した本。

 物語はメコン共和国という東南アジアの架空の国の、大統領選を巡る陰謀を描いている。現政権は10年前にクーデーターによって軍部が樹立した。以来、大統領選はおろか国会議員の選挙もまともには行われていない。今回の選挙は、民主化への移行を国際社会から要求されて実施されることになった。

 選挙戦のプレイヤーは、表面的には現大統領と国外追放中の上院議員の2つの陣営。裏側では、軍部や秘密警察が動いている。さらに背後で利権を目当てにイギリスやアメリカの情報機関が暗躍している。身柄の拘束もあり、拷問もあり、暗殺もあり。誰と誰が組んでいるのか?この事件の首謀者は誰なのか?まぁとてもおっかなくて複雑なのだ。

 この複雑な状況の中で、焦点を当てて描かれるのは3人。一人目がイギリス大使館の一等書記官のカートライト。外交官人生の中でこれが3回目のメコン共和国への赴任。二人目はピーター・オハラ。立候補を予定している上院議員の息子で早稲田大学に留学中。三人目は犬養渉。早稲田大学の学生で「I’ll protect constitutional rights(僕は立憲主義を守る)」という活動をしている。

 力強く牽引されるような物語だった。舞台となった東南アジアの熱い空気まで感じた。渉は「もっと命がけで政治活動をしなければならない場所に、身を置いて政治を考えたい」と言って、ピーターと共にメコンに渡る。そこで民主主義を勝ちとるための、文字通りに命がけの戦いを経験する。熱いのは空気だけではなくて、人々の思いもそうだった。

 渉とピーターの最初の会話が心に残る。国会前デモに誘う渉の路上ライブの後、ピーターが「僕の国では、こんな政治的主張をすつ若者は、いません」と言い「メコンの人には、俺らの活動は、確かにごっこ遊びにしか見えないだろうね」と返す。

 彼我の差は大きく、彼の国では政府に反する主張は命に関わる。日本では取り合えずそれだけでは、命に関わることはもちろん拘束されることもない。民主主義とはかくもありがたいものなのだ。だからこそ守らないといけない。

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烏百花 白百合の章

著 者:阿部智里
出版社:文藝春秋
出版日:2021年4月25日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「あの人の過去にはこんなことが!」という驚きを感じた本。

 八咫烏シリーズの外伝。3年前に刊行された「烏百花 蛍の章」に続く短編集。30~40ページほどの短編8編を収録。

 「かれのおとない」は、北領の村の娘みよしが主人公。武人の養成所である勁草院にいる兄とその友人の雪哉との交流。「ふゆのことら」は、北領の郷長家の三男の市柳が主人公。仲間と徒党を組んで遊びまわっていた市柳の前に隣の郷長家の雪哉が現れる。「ちはやのたんまり」の主人公は、西領を治める西家の御曹司の明留。友人の千早の妹の縁談のために奔走する。

 「あきのあやぎぬ」は、西家に迎え入れられた環が主人公。ゆくゆくは次期当主の側室にということだけれど、その顕彦には17人の側室がいた。「おにびさく」は、西領に住む鬼火灯籠職人の登喜司が主人公。師匠である養父は突出した技量をもつ西家のお抱えであったが、登喜司は遠く及ばない。「なつのゆうばえ」の主人公は、南家の姫の夕蝉。才気あふれる姫に育っていたが、父と母が相次いで亡くなってしまう。

 「はるのとこやみ」は、東領に住む竜笛の楽士である伶が主人公。技量は十分ながら師匠には「お前の音は、どうにも濁っている」と言われる。伶と弟の倫の前に長琴の名手である姫、浮雲が現れる。「きんかんをにる」の主人公は、金烏陛下である奈月彦。愛らしく育った6歳の愛娘との微笑ましい時間の裏で不穏な出来事も。

 このシリーズの舞台は、八咫烏が人間の姿になって暮らしている世界。東西南北の4領に分かれていて、それぞれ大貴族が治めている。東領は楽人を輩出、西領は職人を多く抱え、南領は商売で栄え、北領は武人の国。改めて収録作品を見ると、それぞれの領地の特徴がよく分かる物語がバランスよく配置されている。

 登場人物は本編の主要メンバーも多いけれど、脇役や本編では全く登場しない人もいる。私としては脇役に焦点を当てた物語がとても楽めた。特に「大紫の御前」の物語は意表を突かれた。本編を読んでいる人におススメ。

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グッバイ・イエロー・ブリック・ロード

著 者:小路幸也
出版社:集英社
出版日:2021年4月30日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 藍子さんの「怖くはなかったわ」というセリフにシビれた本。

 「東京バンドワゴン」シリーズの第16弾。いつもは東京は下町の古本屋&カフェの「東京バンドワゴン」が舞台で、そこを営む堀田家の面々の活躍を描いているけれど、今回は舞台をイギリスに移した番外長編。ロンドン警視庁の事務官ジュン・ヤマノウエが活躍する。

 高校を卒業してプロミュージシャンになった研人くんたちのバンド「TOKYO BANDWAGONN」が、レコーディングのためにイギリスにやってくる。レコードスタジオの近くには、研人くんの伯母にあたる藍子さんが、夫のマードックさんとそのご両親と一緒に暮らしている。

 物語は、ジュンが上司の警部補と一緒にマードック家を訪ねたあたりから動き始める。マードックさんが、絵画の密輸事件の事情聴取で任意同行に応じて
出かけたまま行方不明になってしまう。警察に連絡したら話を聞き終わって帰ったというのに、翌日になっても帰ってこない。連絡もない。電話もつながらない。

 面白かった。このシリーズは、ミステリーと人情噺を組み合わせた本編もなかなかいいのだけれど、番外長編が新鮮な躍動感があっていい。第4弾「マイ・ブルー・ヘブン」は、いつもは語り担当の、堀田家の大ばあちゃんのサチさんの若いころを描いている。ちなみにサチさんはすでに亡くなっているのだけれど、この世に留まって皆を見守っている、という設定。

 何がよかったかと言うと、サチさんが物語に絡んでくるとことだ。セリフもたくさんある。それには新登場のジュンの存在の意義が大きい。彼女はサチのような人が「見える(し話せる)人」なのだ。これまでにも一度登場した人物の再登場を繰り返して、新たな物語を生み出してきたシリーズなので、ジュンの今後の登場とサチさんの活躍が楽しみだ。

 そういえば「マイ・ブルー・ヘブン」も、サチさんが活躍する物語だった。私はサチさんの活躍が楽しみなのかもしれない。ファンなのかもしれない。

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ジーン・ワルツ

著 者:海堂尊
出版社:新潮社
出版日:2008年3月20日 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 読み物として面白く、そして興味深くためになった本。

 主人公は産婦人科医の曾根崎理恵。32歳。帝都大学医学部産婦人科学教室に在籍し、勤務医として外来も受け、学生への講義も行っている。さらに都内の産婦人科医院「マリアクリニック」で、週1回の非常勤医師をしている。大学病院の勤務医の薄給では生活がままならないので、アルバイトが黙認されている。

 理恵は、さらには体外受精の高度なタイプである顕微鏡下人工授精のスペシャリストでもある。マリアクリニックで不妊外来を立ち上げ、現在も人工授精による妊婦を二人診ている。物語は、この人工授精による不妊治療をを巡って、様々な食い違いや対立を描きながら大きく動いていく。

 描かれる食い違いとは例えば、産科医療の現実と世の中の認識とか。妊娠・出産には沢山の障壁があって、自然に無事に遂行されることの方が奇跡だ。しかし世の中の認識は正常な出産を当然視するあまり、異常が起きると責任を医師に求めることもある。この物語では、産科の医師が業務上過失致死で逮捕されるという事件が半年前に起きている。

 その他には、医療の現場と厚生労働省の政策、現場の医師と教授、妊娠を望む女性と諸制度、などの食い違いと対立が見え隠れしている。そんな中で理恵には日本では認められていない「代理母出産」に手を貸しているという疑惑が持ち上がる。

 本書は、このように深刻な問題提起が、とても読みやすい物語の中でされている。特に理恵によるマリアクリニックでの妊婦さんの診察と、帝都大学での講義のシーンは、妊娠・出産の精緻な営みが分かりやすく描かれていて、とても興味深い内容でとてもためになった。

 海堂ワールドのリンクもある。半年前に起きた産科の医師の逮捕は、「極北クレイマー」で描かれた三枝久広医師の事件のことだ。本書の舞台の一つとなる「マリアクリニック」は、三枝医師の母である三枝茉莉亜の病院。理恵の上司で理解者でもある清川吾郎は「ひかりの剣」の主人公の剣士の一人だった。この物語は、あれから約20年後のことらしい。

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超短編! 大どんでん返し

著 者:恩田陸、夏川草介、米沢穂積、柳広司 他26人
出版社:小学館
出版日:2021年2月10日 初版第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 お馴染みの作家さん、未読の作家さん、知らなかった作家さん、たくさんの作家さんの作品を一度に読めるのがおトクな感じがした本。

 30人の作家さんによる、それぞれわずか4ページの超短編作品が計30編、すべてがどんでん返し。私の馴染みのある作家さんでは、恩田陸さん、夏川草介さん、米澤穂信さん、柳広司さん、東川篤哉さん、深緑野分さん、青柳碧人さん、乙一さん、門井慶喜さん。お名前をよく聞く作家さんでは、乾くるみさん、法月綸太郎さん、北村薫さん、長岡弘樹さん。絢爛豪華とはこのことだ。

 個々のストーリーを紹介するのはなかなか難しい。30編もあるので全部は紹介できないし、「4ページ」しかないのでうっかりするとネタバレになってしまう。「大どんでん返し」をネタバレさせるほど無粋なことはない。それでも細心の注意を払って、特に気に入った2つだけ。

 米澤穂信さん「白木の箱」。主人公の夫は白木の箱に入れられて、軽く小さくなって帰ってきた。海外へ出張に出かけていたのだ。楽天家で好奇心が強く、どこでも平気で行ってしまう人。飛行機が遅れて帰りが伸びたので、できた時間を使って「ウィッチドクターに会ってみたい」と連絡してきていた。それがこんなことになるなんて..。

 伽古屋圭市さん「オブ・ザ・デッド」。ゾンビが突然発生した世界。世界中で感染が爆発的に広がっている。主人公は二人の男性。どこかに逃げ込んで厳重に出入口を塞いがだ。こうすればやつらもしばらく入ってこられない。こんな状況でも、「映画でゾンビに噛まれてゾンビ化した人までぶちのめすはおかしくないか?」なんて話していると..。

 「超短編」と「どんでん返し」と聞くと、星新一さんのショートショートが思い浮かぶ。星さんのショートショートは、SF作品の雰囲気があったけれど、それに比べると本書の作品はミステリー色が強いように思う。でもオチで、クスッとするもの、ゾッとするものなど様々にあるのは同じだ。気軽に読めるし、物語の構成の勉強にもなる。こういうジャンルがこれからも増えていくと楽しそうだ。

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滅びの前のシャングリラ

著 者:凪良ゆう
出版社:中央公論新社
出版日:2020年10月10日 初版 10月15日 再版
評 価:☆☆☆☆☆(説明)

 冒頭「クラスメイトを殺した」という文章で始まる、なかなかスリリングな本。

 本屋大賞ノミネート作品。

 「1ヶ月後に直径が推定10キロメートルの小惑星が地球に衝突する」という世界を描いた、一種のディストピア小説。主人公はバトンを渡すように章ごとに代っていく。最初の主人公は江那友樹、17歳。ぽっちゃり体型の高校生。スクールカーストの下位に位置して、上位のクラスメイトにいじめを受けている。冒頭の「クラスメイトを殺した」のは彼。

 江那くんは、いわゆる「陰キャ」なのだけれど、なかなか芯が強い。学校一の美少女である藤森さんとは小学生の時から同級生で、小学校5年生の時に大事な思い出がある。この時の約束を起点として、江那くんは藤森さんを守るナイトとなって、物語を引っ張っていく。章によって主人公は代るのだけれど、物語としては江那くんの純愛物語の様相を呈していく。

 私はこういう物語が大好きだ。その理由の一つは魅力的なキャラクターだ。江那くんのお母さんというのが「やばさ全開ドヤンキー」な青春を過ごした人で、藤森さんを守るために暴動が予想される東京に付いていくという江那くんに、包丁を渡して「やばくなっても素手でやりあうな。凶器を出せ」とアドバイスをする人だ。

 お母さんの昔の恋人は、飛び蹴りで江那くんの前に登場するし、美少女の藤森さんもしり上がりに個性的な性格を発揮するようになる。気の利いた会話もあるし、巧みな伏線もある。こういう表現は著者は嫌がると思うけれど、伊坂幸太郎さんの作品に似ている。☆5つ。

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アンブレイカブル

著 者:柳広司
出版社:角川書店
出版日:2021年1月29日 初版発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 大学生の時に読んだ「人生論ノート」の三木清について、私は何も知らなかったなと思った本。

 新聞広告に「累計130万部突破!ジョーカー・ゲーム」と書いてあり「おっ、ジョーカー・ゲームの新刊が出たのか!」と思って手に取った。それは私の勘違いだったのだけれど。

 時代としては1929年から1945年、満州事変の少し前から太平洋戦争の終戦の年まで。クロサキという内務省の官僚が関わった事件を描いた4つの短編を収録。物語の背景には、1925年に成立した治安維持法がある。短編のそれぞれには、治安維持法の「被疑者(あるいは犠牲者)」となった文化人らが登場する。

 その文化人らとは、「蟹工船」で知られる文学者の小林多喜二、川柳作家の鶴彬、中央公論社の編集者の和田喜太郎、哲学者の三木清。4人ともが実在の人物で、本書の中では必ずしも明らかにされてはいないけれど事実としては、はやり4人ともが治安維持法違反で勾留中に獄死している。本書は、その理不尽さ、時代の空気の危うさを、事実に基づくフィクションとして描く。

 事実は凄惨なものだけれど、フィクションとすることで読みやすくなった。犠牲者本人でもクロサキでもない第三者の視点を使うことで、凄惨な事実からの距離が保てている。例えば第一編の小林多喜二の事件では、蟹工船での様子を多喜二に教える労働者2人組が主人公。乾いたユーモアもあって、結末は爽快感さえ感じる。

 そんな感じでミステリ仕立ての読み物を楽しんでいたら深みにはまる。歩いていたら足元がヌルッとするので、よく見たら血溜まりに立っていた。そんな感じで気が付くとゾっとする。そう、これはゾっとしなくてはいけない物語なのだ。現在と地続きの時代に、日本人が起こした凄惨な事件について知るのだから。

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