3.ミステリー

ベルリンは晴れているか

書影

著 者:深緑野分
出版社:筑摩書房
出版日:2018年9月25日 初版第1刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 本屋大賞ノミネート作品。著者は2016年にも「戦場のコックたち」で本屋大賞にノミネートされ、結果は第7位。第二次世界大戦のころの仏独の前線を舞台としたミステリーで、私は「どうして日本人の作家が、ここを舞台に選んだのだろう?」と思った。

 本書の舞台も、第二次世界大戦終戦直後のドイツ・ベルリンで、どうして?と思った。前著と同じく日本人は一人も出てこないし。 主人公はアウグステという17歳のドイツ人の少女。占領下のアメリカ軍の兵員食堂で働いている。父母は親しい人たちを、戦争で失った。ベルリンの街も激しい空襲で壊滅状態。アウグステはなんとか生き延び、英語が話せることから兵員食堂での仕事にありついた。

 ところが、アウグステは物語が始まって10ページ余りで、アメリカの憲兵に引っ立てられた上に、ソ連の秘密警察に引き渡されてしまう。そこで、アウグステの恩人でもある音楽家が毒殺されたことを知らされる。そして、犯人の疑いがある被害者の甥を捜しだすよう依頼される。

 物語は、このアウグステの人探しの一部始終を描く。土地勘があるということで、この事件に巻き込まれたユダヤ人の元俳優道連れにして。音楽家を殺したのは本当に甥なのか?ちがうなら誰なのか?また、ソ連の秘密警察の目的は何なのか?ドイツ人の殺人になぜ関わるのか?

 読み応えのある物語だった。場面の描写が詳細で、例えばアウグステが歩く道路の様子に、2~3ページを費やす。早く先へ読み進めたいのに困るのだけれど、これによって映像を見たように光景が浮かぶ。気持ちは逸るけれど、読み飛ばさない方がいい。

 それから、本編の間に「幕間」と称して、アウグステの幼少期からの思い出が4回、差し挟んである。これも、先へ読み進めたい気持ちに反するのだけれど、いやいやこれが憎らしいぐらいうまい構成になっている。

 気になった言葉
 みんな、人の善意が妬ましくて仕方ないのよ。自分に向けられない善意には特にね。

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RDG レッドデータガール 氷の靴 ガラスの靴

書影

著 者:荻原規子
出版社:角川書店
出版日:2017年12月21日 初版発行
評 価:☆☆☆(説明)

 第6巻の「星降る夜に願うこと」で完結した 「レッドデータガール」シリーズの、5年ぶりの新作。表題作は、シリーズ主人公の鈴原泉水子のルームメイトの、宗田真響の視点で、「最終巻のその後」を描いたもの。その他に、泉水子の幼馴染である相楽深行の視点で描いた短編を3編収録。

 深行視点の短編から。「影絵芝居」は泉水子と深行が、泉水子の実家がある玉倉山で暮らしていた中学三年生のころ。深行はそつのない優等生で、初々しくもある。「九月の転校生」は、深行が中三の9月に、鳳城学園に転校してきてから。ここは本編では描かれていない時期で、本編で登場する人物たちの「それ以前の姿」が描かれている。「相楽くんは忙しい」は、わずか8ページ。

 深行視点の3編は、アニメDVDや単行本、コミックスの発売時の、特典やプレゼント用に書き下ろしたもので、まぁ読者サービスだ。イケメンキャラでもある相楽深行くんの、思春期の男の子の心情を控えめに描いた。シリーズ本編が持つミステリーや神霊の世界の要素には乏しい。軽い気持ちで読める。

 それに対して真響視点の表題作「氷の靴、ガラスの靴」は、本編からの流れを汲んでいる。泉水子や真響たちが、何者かに試されることになる。まぁ物語のすべり出しは、深行視点の短編と同じような感じで「まさかこのまま何も起きないのか」と思われたけれど、泉水子が結界を作っている鳳城学園を離れて、横浜へ舞台を移してから面白くなる。

 真響は戸隠忍者の家系で三つ子の姉。著者は「ドラマの主人公になれる背景をもっていてほしい」と考えて生み出したそうだ。今回、そのドラマの片鱗が見えたけれど、まだまだありそうで楽しみ。シリーズ本編も、これで先へ続く道筋がついたので期待。

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ひとつむぎの手

書影

著 者:知念実希人
出版社:新潮社
出版日:2018年9月20日 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 本屋大賞ノミネート作品。昨年は「崩れる脳を抱きしめて」でノミネートされ第8位だった。

 「崩れる脳~」と同じく、医療の現場が舞台のミステリー。ミステリー要素以外にも、ちょっと泣かせる部分もある。

 主人公は平良祐介。大学付属病院の心臓外科の医師。研修期から数えると医師になって8年。「中堅」になりつつある。心臓外科医として一流になれるかどうかの岐路に差し掛かっている、ということでもある。

 ある日、心臓外科の教授に呼び出され、研修医3人の指導をするように言い渡される。その3人のうち2人が心臓外科の医局に入れば、心臓外科の実績が豊富な関連病院への出向を考慮してやる、という条件付き。それは一流の心臓外科医への道が開けることでもある。

 物語はこの後、まずは祐介と3人の研修医との関係を描く。研修医たちは高い志もあるけれど、未熟なところや心の弱みなどを三人三様に持っている。祐介はスター性があるわけではないので、最初は苦労するが、徐々に研修医たちの信頼を得ていく。ここが泣かせる部分。

 祐介と研修医たちのエピソードを積み重ねる中で、心臓外科だけでなく病院全体を揺るがす事件が起きる。祐介には教授からその調査の指示まで..関連病院への出向をエサに。ここがミステリー要素。

 面白かった。心臓外科の過酷な職場と、そこに敢えて飛び込んだ祐介と、飛び込もうとしている研修医たちが、頼もしく感じた。なんだかんだ言って、祐介は、新人の指導者に向いている。ミステリー要素もしっかりしている。

 泣かせる部分はちゃんと涙が出た。ただ帯に「ラスト30頁 あなたはきっと涙する」なんて、でかい字で書かない方がいいと思う。こういうのはちょっと興ざめだった。

 最後に。祐介の奥さんがサイコーだった。ここでもちょっと泣いてしまった。

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螺鈿迷宮

書影

著 者:海堂尊
出版社:角川書店
出版日:2006年11月30日 初版 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 海堂尊さんのデビュー2作目。デビュー作は「チーム・バチスタの栄光」。「ジェネラル・ルージュの伝説」で、著者はこの2作品を「対になる」作品と言っている。

 主人公は天馬大吉。東城大学医学部の3年生(ただし2回目)。「ラッキーペガサス」を示す縁起のいい名前を持っているが、幼馴染の別宮葉子が彼につけたニックネームは「アンラッキー・トルネード」。例えば、目の前で電車の扉が閉まる。それだけならただ「ついてない」だけれど、彼の場合はそこから不運が連鎖して、なぜか10万円の借金を負うことになる。

 大吉は葉子に嵌められて碧翠院桜宮病院に、医療現場を支えるボランティアに行くことになった。もちろんボランティアは口実で、別の目的がある。桜宮病院の内情を探ることと、病院に行った後に消息を絶った男のことを調べる、この2つが大吉に課せられた使命。

 桜宮病院は終末期の患者を多く受け入れている。物語は、終末期医療という重いテーマを背景にして、時に倫理に触れるようなこともありながら、時にコミカルな出来事を交えて進む。登場人物の間の因縁も、実に周到に張り巡らされていて驚く。

 登場人物のキャラが濃い。葉子は、時風新報社という弱小新聞社の記者なのだけれど、かなりの遣り手だ。桜宮病院は、院長をはじめ、その妻、双子の娘からなる、桜宮一族が名実ともに実権を握っているのだけれど、全員が一筋縄ではいかない。

 これまで読んだ、著者の「チーム・バチスタの栄光」に続く「田口・白鳥シリーズ」で、大吉も葉子もその他の登場人物も何人かが、時々顔を出している。その時よく分からないことがあったけれど、「あっそういうことだったのか」と、本書を読んで何度も思った。

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ジェネラル・ルージュの伝説

書影

著 者:海堂尊
出版社:宝島社
出版日:2009年3月6日 第1刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 本書は、タイトル作品の「ジェネラル・ルージュの伝説」に加えて、サブタイトルに「海堂尊ワールドのすべて」とあるように、著者の海堂尊さんの作品と、作品が描く世界観を紹介している。それはかなり広大な物語世界を構成していた。

 私は、著者の作品は「チーム・バチスタの栄光」から始まる「田口・白鳥シリーズ」を順に読んできた。シリーズの背景に物語世界が広がっているとは知らなかった。登場するサブキャラクターが「語られていない物語」を背負っていることが感じられることがあったのだけれど、それは別のシリーズの作品で描かれていたらしい。

 改めて本書の紹介。まず小説「ジェネラル・ルージュの伝説」。「ジェネラル・ルージュの凱旋」の前日譚。救急救命センターの速水部長の若い日を描く。次に「著者の年表」。幼年時代から執筆当時の2009年まで。それから全19作の「自作解説」。

 さらに「メインキャラクターの徹底解説」「全登場人物表」「人物相関図」「名ゼリフ」「用語辞典」...と続いて最後は「カルトクイズ100」。「海堂尊ワールドのすべて」の「すべて」に偽りはない。著者自身も「手の内を晒し、秘伝を公開した」と言うように、ありったけを公開した感じだ。

 「ジェネラル・ルージュの伝説」はすごく面白かった。「田口・白鳥シリーズ」の15年ほど前の話。当然だけれど、あの人もこの人もみんな15歳若いのだけれど、「今」に続く片鱗が垣間見えて、その後の年月が思い浮かぶ。100ページに満たない小品だけれど、「ワールド」の大事なピースだと思う。

 最後に。私が読んできた「田口・白鳥シリーズ」でも、「AI(Autopsy Imaging):死亡時画像診断が、テーマによくなっている。これは、フィクションとしてのテーマではなく、著者自身が医師として推進していることだった。(いやむしろ、この推進のために小説を書いている)。登場人物の「スカラムーシュ彦根」には、海堂さん自身が投影されているのかもしれない。

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ラブ・ミー・テンダー

書影

著 者:小路幸也
出版社:集英社
出版日:2017年4月30日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「東京バンドワゴン」シリーズの第12弾。

 今回は、本編からずっと時代を遡って昭和40年代。舞台の古本屋「東京バンドワゴン」の当主で、本編では80代の堀田勘一が40代、その息子でロックスターの我南人はまだ20代だけれど、バンドデビューして少し経っていて、すでに若者に人気のバンドになっている。

 本書では、我南人と後に妻となる秋実の出会いを描く。本当に最初の出会いの場面は「フロム・ミー・トゥ・ユー」で、秋実さんの語り口で描かれている。今回はまさにその場面から始まって、その後の物語を描く。いつものように堀田家には事件が持ち込まれる。そしていつものように鮮やかに(多少強引に)事件を解決する。

 昭和40年代のテレビというと、アイドル歌手が人気になりだしたころで、本書の事件も、アイドルと芸能界やテレビ業界が絡んだものだ。あの頃のアイドルは、一般の人々からすると今よりももっと遠い存在だった。でも、誰かの友達だし、一人の若者として恋もすれば悩みもする。そういう話。

 「シリーズ読者待望」の秋実さんの物語、しかも長編。本編では、秋実さんは、シリーズが始まる数年前に亡くなったことになっていて、誰かの思い出としてしか語られない。その思い出の中で「堀田家の太陽」とまで言われているのに、エピソードはもちろん、どういう人だったのかも分からない。

 それが今回、長編でたっぷりと紹介された。まだ高校生なのだけれど、こんな芯の通った魅力的な人だったとは。登場のシーンからすでに惹きつけられる。その時の我南人もカッコいいし、そこに気が付く秋実もカッコいい。(すみません。ちょっと気持ちが高ぶってしまいました)

 私は「フロム・ミー・トゥ・ユー」のレビュー記事で、「秋実さんの物語が読めて、私は大満足だ」と書いた後で、「更なる欲が出て来た」と続けて、「長編にならないかなぁ」と書いている。その希望が叶った形で、また「大満足」だ。「更なる欲」も、また出てきてしまったけれど...。

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RDG レッドデータガール 星降る夜に願うこと

書影

著 者:荻原規子
出版社:角川書店
出版日:2012年11月30日 初版発行
評 価:☆☆☆(説明)

 「レッドデータガール」シリーズの第6巻にして完結編。第4巻、第5巻で描いた学園祭の後の2か月ほどを描く。

 主人公の鈴原泉水子は、東京郊外の鳳城学園という高校に在籍していて、この学園には、陰陽師の集団とか忍者の組織が活動している。泉水子自身も「姫神憑き」という、その身に神が降りる体質で、彼女を守るための山伏たちの組織もある。

 前巻の学園祭で、陰陽師との闘いに勝ち決着をつけた形になっている。ところが、陰陽師のリーダーはそれに納得せず、再度の対決を望み、泉水子もそれを受け...。物語の起伏が、小さいものから始まって徐々に振幅の大きいものへと進む。

 このシリーズは、「エスパー対決もの」と「青春物語」という二つの要素がある。「エスパー対決」の方はほぼ決着がつき、その決着を受けて、登場人物の高校生たちが「青春」らしく結束を見せ始める。「闘いが終れば、昨日の敵は今日の友」。少年誌のような展開だと思った。少年誌なら次の敵が必要だけれどそれもちゃんといる。

 泉水子と山伏の相良深行の間の、「青春」に不可欠な甘酸っぱい要素も、一応の結着を得た。物語に余韻を残しながらも大団円だった。

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ビブリア古書堂の事件手帖

著 者:三上延
出版社:アスキー・メディアワークス
出版日:2018年9月22日 初版発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 書店で本書を見た時「あれ?!」と思った。「ビブリア古書堂の事件手帖」と書いてあって、それは「ビブリア古書堂」シリーズの第1巻のタイトルだけれど、表紙のイラストに栞子と一緒に、黄色い服を着た子供が描かれている。第1巻には少なくとも主要登場人物には子供はいない。不思議に思って、裏表紙の紹介を読むと、なんと新刊だった。

 「あとがき」によると、本書は「本編に盛り込めなかった話」や「大輔視点という物語の制約上語れなかった話」「それぞれの登場人物の後日譚」。全部で四話が納められている。栞子が自分の娘に語り始める、という形式で物語に誘導する。表紙の子どもは栞子と大輔の娘の扉子(とびらこ)だった。時代は第7巻から7年後の2018年、つまり現在。

 本には、出版の経緯や著者自身のエピソードなどの物語があると同時に、人の手を経て来た古書には持ち主にも物語がある、というのが、このシリーズのコンセプト。本作でもそれは発揮されている。長く絶縁していた叔父と姪、気持ちがすれ違ったままだった母と息子、魅かれ合う若者二人、それぞれの縁を古書がつなぐ。そうかと思えば、高価な古書を前に生じた気の迷いで道を誤る話も..。

 面白かった。特に大輔視点という制約を外したことで(正直言って、そんな制約があったのか?と思ったけれど)、自由な広がりが実現した。また、栞子と大輔が幸せそうでよかった。栞子の母の智恵子から栞子を経て扉子に受け継がれる、本への傾倒ぶりと能力は、もう怖いぐらいで、だからこそ今後の展開に期待が膨らむ。

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MAZE(メイズ)<新装版>

書影

著 者:恩田陸
出版社:双葉社
出版日:2015年4月19日 第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 以前、著者の「ブラック・ベルベット」という作品を読んだ時に、帯を見て「失敗したかな?」と思った。その本が「神原恵弥シリーズ」の第3弾だと分かったからだ。本書がそのシリーズ第1弾。

 主人公は時枝満。年齢は40前。年季の入ったフリーター。アメリカの製薬会社に勤める神原恵弥の高校での級友。満は恵弥に誘われて今回のプロジェクトに参加した。「仕事の内容は漏らさない」「詮索しない」「文句も言わない」とういう条件で、法外な報酬を提示された。これはヤバイ仕事なんじゃないの?

 そして、中東の荒野に連れてこられた。そこには人工物なのか自然の造形によるものなのか分からない、白い直方体の建物があった。「存在しない場所」と名付けられたその場所では、「入った人が消失した」という言い伝えや記録が多く残っている。数百年にわたって少なく見積もっても300人。やっぱりヤバイ仕事に違いない。

 プロジェクトのメンバーは、満と恵弥の他に二人。おそらく米兵のスコットと、この土地の民族らしいセリム。建物に入った人がすべて消失するわけではなく、満は恵弥からその「人間消失の法則性」を発見するように要請される。他の二人には別の目的があるのだろう。いや恵弥にも満に隠していることがありそうだ。

 物語は、主に満の視点で、この4人の行動と会話を描く。それぞれのメンバーの目的や役割が隠されているので、行動や会話には、表面とは別の意味がある(のかもしれないし、ないのかもしれない)。読者が勝手に憶測するように仕向けているわけで、著者のうまいところだ。

 もうひとつ。本書のジャンルについて。「人間消失」を事実として受け入れるところから物語は始まっている。とするとこれはホラーなのか?それともファンタジーか?謎が多く、徐々に事実が明らかになるのはミステリーのようだけれど..と、捉えどころがない。でも最後には「そういうことだったのか!」と思える(たぶん)。

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烏百花 蛍の章

書影

著 者:阿部智里
出版社:文藝春秋
出版日:2017年7月30日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 八咫烏シリーズの外伝。このシリーズは、八咫烏が、私たちと同じ人間の形になって暮らしている、という世界で、平安京にも似たその宮廷が舞台。本書には6編の短編を収録。6編を簡単に紹介する。

 「しのぶひと」は、若宮妃付きの真赭の薄と、その弟の明留、若宮の護衛の澄尾の物語。真赭の薄の縁談に絡んで、それぞれの想いが表出する。「すみのさくら」は、若宮妃の浜木綿の物語。身分をはく奪され「墨丸」と呼ばれていた子どもの頃の回想。「まつばちりて」は、下層の遊郭で生まれながら、その才によって宮廷務めに取り立てられた少女、松韻の悲劇的な物語。

 「ふゆきにおもう」は、貴族の娘の冬木と、彼女に仕えていた梓の物語。二人の行く道は一旦分かれ再び交わる。若宮の側近の雪哉の出生について語られる。「ゆきやのせみ」若宮とその側近の雪哉の物語。若宮の気ままな行動に振り回される雪哉。「わらうひと」冒頭の「しのぶひと」と対をなす真赭の薄と澄尾の物語。盲目の少女、結についても語られる。

 6巻ある本編が「后選びの宮廷物語」「皇位継承を巡る陰謀」「外界からの魔物の侵入」「全寮制の男子の成長物語」「異界に迷い込んだ女子高生」「種族間の対決」と、その振り幅の大きさは他に類を見ない。そのためもあって「主要な登場人物」も多いのだけれど、それぞれにきちんと性格付けがされている。本書は、その一人一人の背景にある物語を描く。

 また、カバーに「語られなかったあの人たちの物語」と書いてある。細かいことを言うようだけれど「語られなかったあの人の」「物語」と、「語られなかった」「あの人の物語」と両義になっている。松韻と冬木と梓は、本編ではほとんど、あるいは全く語られていない。その他は、本編で多く語られているが、本書で人物造形が補強され、中にはとても魅力的になった人もいる。

 外伝なので、本編を読んでから読んだ方がいい。また、本編を読み通した人は、本書も読んだ方がいいと思う。というか、読まずに済ませることなんてできないだろう。

 「蛍の章」ということは、これからまだ外伝が出るということだろう。期待が膨らむ。

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