4.エッセイ

職業としての小説家

書影

著 者:村上春樹
出版社:スイッチ・パブリッシング
出版日:2015年9月17日 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 村上春樹さんは、日本では講演やスピーチをする機会がほとんどない、もちろんテレビ番組にも出られない。つまり「あまり人前に出ない作家」という位置付けかと思う。しかし、雑誌「考える人」のロングインタビューや「夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです」など、インタビューに応える形では、ご自分の仕事や考えについてかなり深くお話になっている。

 そして本書は、そうしたこと(つまりご自分の仕事や考え)について、「まとめて何かを語っておきたい」という気持ちから、仕事の合間に書き溜めた文章に推敲を重ねたものだそうだ。全部で12章あるうちの前半の6章は、翻訳者であり著者と親交もある柴田元幸さんが立ち上げた雑誌「Monkey」に掲載されたもの。

 小説を書く方法論を書いた「第五回 さて、何を書けばいいのか?」や、学校や教育システムについて書いた「第八回 学校について」は、著者の仕事や考えについて多くのことが語られている。「第四回 オリジナリティーについて」は、五輪のエンブレム問題を受けて、タイムリーに一つの視座を提供してくれる。

 タイムリーと言えば「今年もノーベル賞を逃した」今、「第三回 文学賞について」がまさにそうだ。ご自身のことについては「芥川賞」を例にしてお話しになっているけれど、レイモンド・チャンドラーの言葉を引いて、ノーベル賞にも触れている。マスコミは、勝手に候補にして勝手に落選させるのは、いい加減やめた方がいい。

 私が一番「そうだったのか!」と思ったのは、「第二回 小説家になった頃」。著者がご自分が経営するジャズ喫茶のキッチン・テーブルで、デビュー作の「風の歌を聴け」を書いたことは、これまでにも何度も語られていて公知のことだ。

 しかし、あの文体がどうやって生まれたのかは、本書のこの章をを読むまで、寡聞にして知らなかった(これが「初公開」というわけではないようだけれど)。そうだったのか!。(「やめた方がいい」と言ったばかりだけれど)ノーベル賞候補への道は、35年前のこの時から始まっていたんじゃないかと思う。

 この章を読んで、もう一つだけ。「奥さまあっての村上春樹さん」なのだなぁと思った。

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貴様いつまで女子でいるつもりだ問題

書影

著 者:ジェーン・スー
出版社:幻冬舎
出版日:2014年7月25日 第1刷 8月31日 第5刷
評 価:☆☆☆(説明)

 昨夏に本書が発売された後に、ひとしきりマスメディアで話題になった。例えば、夜のニュース番組で、キャスターが紹介していた。本の発売をニュース番組で伝えることなんて、村上春樹さんの作品ぐらいしか覚えがないので、ちょっと驚いたので覚えている。タイトルもキャッチーだし、機会があったら読んでみようと思っていた。

 著者のジェーン・スーさんは日本人。1973年生まれ、東京生まれ東京育ちの女性。自称「40代・未婚・子ナシ・ワーカホリック女」。その彼女が自らの経験と、鋭い観察眼や分析力を駆使して、「女子」について語る。いや「女子」を、時には剃刀のように切り裂き、時には大斧を振りかぶってブッタ斬る。

 タイトルの「貴様いつまで女子でいるつもりだ問題」は、全部で34項目ある内の最初の1項目に過ぎない。ただ「女性性(女性の性質・性格)」は、本書を貫くテーマとなっている。だから「貴様いつまで女子で..」は、本書のテーマのシンボル的にはなっている。ちなみに「何歳までが「女子」なのか?」に対する著者の答えは明快。「女は生涯、いち女子」「加齢すれども女子魂は死せず!」だそうだ。

 正直言って読でいて疲れた。つまらないというのではない。文章から絶え間なく発する感情の波に参ってしまう。著者はある時期まで、「可愛い」とか「メールの絵文字」とか「ピンク」とか、女性と関連付けられやすい様々なことに反発していたようだ。ユーモアに紛れてネガティブなパワーが届く。

 そうした「女性性」に斬りこんだかと思うと、返す刀でノラクラしている男にも斬りかかる。こんなにアチコチで刃物を振り回すようなマネをしていたら大変だったろうと思う。四十路を迎えていろいろなものに折り合いをつけたようなので、まぁ一安心だけれど。

 ユーモアがあって、読み物としてはけっこう面白いので☆3つ。でも、内容に共感できることはほとんどなかった。テーマが「女性性」なので、男性と女性とで本書の受け取り方が違うのだろう。知り合いの女性は、共感することもあったと言うし。

 最後に。40代の著者の思いは、もっと年上の女性(例えば60歳とか70歳とか)から見ると、どう見えるのかなぁ?と想像してみた。根拠はないけれど「まだまだお子ちゃまねぇ」ぐらいのことを言ってくれそうな気がする。

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春になったら苺を摘みに

書影

著 者:梨木香歩
出版社:新潮社
出版日:2006年3月1日 発行 2013年2月20日 第18刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「家守綺譚」「西の魔女が死んだ」の著者である梨木香歩さんの初エッセイ。2002年2月、今から12年前の作品。30~40ページぐらいのエッセイが10編、すべて書下ろし。最後の「五年後に」は文庫版のみに収録。

 本書は、著者が20代の頃に英国に留学した時の下宿の女主人「ウェスト夫人」と彼女の周囲の人々や、著者が旅先などで出会った人々との交流をつづったもの。20代の頃から「今」(さらに文庫版では5年後)と、時代を自在に行き来しながら、エピソードが重ねられる。

 ウェスト夫人は徹底した無私の人。宗教も人種も経歴さえも(殺人の前科があっても)問わず、その下宿の部屋を提供する。部屋が空いていない場合を自分のベッドを明け渡してしまう。彼女を筆頭に実に多彩で個性豊かな人々が登場する。ウェスト夫人が引き寄せるのか、ウェスト夫人ごと著者が引き寄せているのか?

 私が一番印象に残ったのは「子ども部屋]という作品。著者が湖水地方のホテルに滞在した時のことを書いているのだけれど、どのようなきっかけがあるのか、そこから様々な時代に遡って、さらにそこからもう一段飛んでと、縦横無尽にエピソードと想いを綴っている。

 ウェスト夫人とその子どもたちのこと。その子どもたちが出て行って、空いた子ども部屋に著者が滞在していたころのこと。ウェスト夫人の元夫の家の家政婦のこと。20年前に通っていた学校のこと。騎士道のこと。そして「日常を深く生き抜く、ということは、そもそもどこまで可能なのか」というような思索的な言葉がふいに発せられ、自らの「精神的原風景」に言及する。

 そもそも著者は個人的な情報があまり公になっていない。本書の著者紹介だって作品名以外には「1959年(昭和34年)生まれ」としか書いていない。だからエッセイとは言え、経歴はもちろん、これだけ内面を記した文章に、私はとても引きつけられた。これは読んでよかった。

 上橋菜穂子さんが高校生の時に訪ねたという、英国の児童文学作家のルーシー・M・ボストンさんを、著者も訪ねたことがあるそうだ。何てことのない発見だけれど、気が付いた時はうれしかった。

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文・堺雅人

書影

著 者:堺雅人
出版社:文藝春秋
出版日:2013年7月10日 第1刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「やられたらやり返す、倍返しだ!!」の半沢直樹を演じた堺雅人さんの初エッセイ。もっとも初出は2005年から2009年にかけて月刊誌に掲載されたもの。ありがたいことに巻末に出演作品リストが付いていて、それによると時期的には、大まかに言えば「新選組!」の後から「篤姫」の後まで。

 「まえがき」と「あとがき」を含めて54編のエッセイ。1編は4~5ページ。著者によると原稿用紙4枚だそうだ。書かれている内容は、テレビドラマや映画、舞台で「演じる」ときに著者が考えたこと。

 例えば「篤姫」で将軍家定を演じているときのこと。「いきいきと、でも、品はよく」と言われて「品とはなにか」を考えていたそうだ。3編連続でその話題だから、たぶん3か月は考え続けていたのだろう。

 とても魅力的な文章を書く人だ。「天璋院篤姫」の作者の宮尾登美子さんが「役者なんかやめて、作家になりなさいい」と言ったそうだけれど、その気持ちが分かる。

 とても僭越なんだけれどその理由を考えてみた。その1はボキャブラリーが豊富なことだと思う。読書家としても知られているから、引出しに入っている言葉が多いのは間違いない。

 ただ「あとがき」を読んで、それだけではなかったんだな、と思った。著者は、1編を書くのに2週間、長ければ3週間近くかかるそうだ。上の「品」のエピソードでも分かるように、真面目な方だから、「最適な一語」を見つけるのに時間をかけていたのだろうと思う。

 その2。54編全部が「自分のこと」を書いていること。月に1回の連載を長く続ければネタにも困るはず。職業柄おもしろい人との出会いやエピソードには事欠かない。「こんなことがありました」とやる方が容易だろう。

 ところが著者は、「今こういうことをやっています(考えています)」と書き始める。ちらちらとちょっと頑なで繊細な内面が垣間見える。俳優が書いたエッセイなのだから、著者のことを知りたい、と思ってこの本を手に取る人が多いだろうから、これは魅力的だ。

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日本人へ 危機からの脱出篇

書影

著 者:塩野七生
出版社:文藝春秋
出版日:2013年10月20日 第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 著者のエッセイ集「日本人へ」シリーズの「リーダー篇」「国家と歴史篇」に続く第3弾。雑誌「文藝春秋」の2010年5月〜2013年10月号までに掲載された、本書と同名のエッセイ42本を収録したもの。

 「危機からの脱出篇」というタイトルは付いているものの、もともとが雑誌の月イチ連載のエッセイなので、折々の様々な話題が俎上に乗せられている。日本とイタリアの政治や社会、ヨーロッパと日本の比較文化論、日々の暮らしの中の話題...。著者がイタリア・ルネッサンスや古代ローマを書く端緒も明かされていて興味深かった。

 ローマ史の人物や出来事を引き合いにして現在社会を斬る、それも一切の留保も迷いもなくバッサリと。これが本書の、というより著者の特徴。著者の作品のファンとしては、小気味よくて好ましい。でも、現代の政治家にカエサルのようなリーダーシップやカリスマ性を求めるのは酷というものだ。また、「日本人は○○だから」式の決めつけは、なんだかとても高飛車に感じるし、「バッサリ」と白黒つけられないことの方が世の中には多い。だからとても無責任に聞こえるものもある。

 例えば日本の政治について。著者は「決められる政治」の樹立を今の日本の最重要課題としている。だから、先の参院選の自民の大勝には「良かった、と心の底から思った」となる。今は「常時」ではなく「非常時」だから、思ったことをドンドン実行すべし、というわけだ。しかし今の安倍政権に、思ったことをドンドン実行させていいのか?と問われれば、私はNoと言うしかない。

 また、著者はカエサルに惚れ込んでいる。だから危機に対して、カエサルのように決断力を持って毅然と、しかもユーモアを忘れずに振る舞うのが理想なのだろう。2010年ごろの米国でのトヨタ車の騒動で、日本人は正直すぎ、真面目すぎ、肝っ玉がないと言う。それで「ときには笑ってしまうような広告も出してはどうだろう」と...。これが何か良い結果に結びつくとは到底思えない。

 まぁもっとも著者は、自分の意見が誰にでも受け入れてもらえるなんて、思ってもいないし期待してもいない。そのことが迷いのない文章を生み出すと同時に、少々とんがり過ぎな危うさの元になっている。

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ボローニャ紀行

書影

著 者:井上ひさし
出版社:文藝春秋
出版日:2008年3月1日 発行 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 本好きのためのSNS「本カフェ」の読書会の9月の指定図書。

 2010年4月に亡くなった、小説家・劇作家の井上ひさしさんのエッセイ。タイトルを見る限りでは、イタリアのボローニャを訪れた紀行文に思える。確かに始まりは、2003年の12月に著者が初めてボローニャを訪れるシーンから始まる。しかしその後に展開されるのは、ボローニャという街を中心にイタリア全体までに視野を広げた、政治・経済・歴史・文化を活写したレポートだった。

 恥ずかしながら私はボローニャという街のことをほとんど知らなかった。サッカーの中田英寿選手がしばらく在籍していたチームに、そんな名前があったように思う、ぐらいだった。ところが、ヨーロッパでもっとも古い大学であるボローニャ大学があり(ダンテ、エラスムス、コペルニクスらが同窓生!)、工業都市としても発展し、ドゥカティやランボルギーニの本拠地で..と、イタリア有数の都市であるらしい。

 本書の要諦は、何度も繰り返し語られる「ボローニャ方式」と称される街づくりのあり方だ。これによってボローニャは、工業都市への発展と、「生まれた土地で育ち、学び、結婚し、子どもを育て、孫の顔を見ながら安らかに死ぬのが一番の幸せ」と、街の人々が愛して止まない街づくりを同時に成し遂げた。

 「ボローニャ方式」を一言でまとめるのは難しい。「古い建物を壊さずに外観を残して、中を現在の必要に合わせて改造する」というのが、第一の特長ではある。ただ、そのように目に見えるものだけではなく、「社会的協同組合」という公共性を持った組合を、企業と銀行と行政と、そして何よりも市民が支援して育てていく「共生」の精神こそが、ボローニャ方式の肝要だ。

 この方式は好循環を生んでいる。例えばある工場主は、市民に支えられて築いたものだからと、引退するときに工場を街にそっくり寄贈してしまう。そしてそこを使った新しい事業が起きる。もちろん市は無償で提供する。市民は必ず自分たちに何かの形で還元されると信じて、そこを盛り立てる。

 ひとつ驚いたことがある。イタリアの銀行法では、貯蓄銀行は最終利益の49%以上を地域の文化やスポーツに還元するように定めているそうだ。企業活動への介入として、日本やアメリカでは議論にもならないだろう。

 著者の明に暗にの巧みな誘導もあって、ボローニャの話を読みながら、日本の現状が浮かび上がる仕組みになっている。街づくり関係者、自治体、銀行の皆さんに読んでもらいたい。

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土を喰う日々 わが精進十二ヵ月

書影

著 者:水上勉
出版社:新潮社
出版日:1982年8月25日 発行 1998年5月30日 17刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

 本好きのためのSNS「本カフェ」の読書会の8月の指定図書。

 「土を喰う日々」。何の事前知識もなく目にしたこのタイトルから、私が受けた第一印象は、何と言っても土を喰うわけだから「貧しさ苦しさを耐え忍んだ暮らし」「味気無さ」、それからなぜか「力強さ」だった。それにしては表紙のイラストの野菜たちが瑞々しくて、私の印象とはアンバランスなのだけれど。

 本書は、作家である著者が、軽井沢の山荘での1年間に、月ごとに何度か自分で拵えた料理について書いたエッセイ。もともと「ミセス」という月刊女性誌に昭和53年に掲載されたものらしい。著者は十代の頃に禅宗の寺で「典座」、つまり食事役を務めたことがあり、披瀝された料理の数々はその時の修行の経験が生きている。

 著者の簡にして要を得て紹介する料理が美味そうだ。軽井沢と言えば避暑地で有名だけれど、冬場は凍てつく寒さで、著者の言葉を借りれば「万物枯死の世界」となる。だから1月から始まる本書は、最初の頃は「あるものを工夫して」となる。正直に言って、そんなに食指が動かない。

 しかし、芽吹きの季節である4月ごろからの料理は本当に美味そうだ。4月は山菜、5月はたけのこ、6月は梅、7月になれば野菜が豊富に採れる、8月は豆腐、9月は松茸、10月は木の実、11月は栗。読み返しながらまとめてみると、私たちがいかに「自然の恵み」に恵まれているかが分かる。

 読み終わってみると、本書に対する印象がガラっと変わったことに気が付く。「味気ない」なんてとんでもない(思い返すと「砂を咬むような」の印象と混じってしまったようだけれど)。豊穣で色彩豊かな味わいが感じられる。

 「土を喰う」とは、食材は土が育んだもので、それを土から摘みとって食べる、ということはまさに土を喰うことだ、という意味。モノを大切に扱う心や、客をもてなす心、周囲に感謝する心、自分を律する心、そういった心を持った「生き方」が、著者の料理と対峙する姿勢ににじみ出ている。

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思考の整理学

書影

著 者:外山滋比古
出版社:筑摩書房
出版日:1986年4月24日 第1刷発行 2013年4月25日 第91刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 30年前の1986年に発行され、この4月現在で175万部突破。つまりロングセラーにしてベストセラー。すでに数多くの評価や引用がなされているので、「今さら感」があるのだけれど、前から気になっていたので読んでみた。

 本書はもともとは、さらに3年遡った1983年に「ちくまセミナー」という叢書の1冊として刊行された同名の本を文庫化したもの。絶版となっている叢書の他の本には、田原総一朗さん、竹内宏さん、金田一春彦さんらが著者として名を連ねている。著者やタイトルから察するに、ビジネスマン向けの知的読み物だったようだ。

 内容は、英文学者、言語学者である著者の、情報の整理法や発想法、教育論、時評など、全部で33編を収めたエッセイ集。「整理学」よりは「整理術」と言ったほうがしっくりとくる。例えば、「アイデアが浮かんだら、これを一旦寝かせておく。そのためには安心して忘れる必要がある。安心して忘れるために記録する。」という論法で来て、記録するカードやノートの書き方の具体例を説明してくれる。

 教育論として、今の学校教育は、自力では飛べない「グライダー人間」の訓練所で、自力で飛び上がる「飛行機人間」は作れない、という。何げなく「今の学校教育は..」と書いたが、この本は30年以上前に書かれた本だ。さらに時評として、コンピュータに仕事を奪われる様までが鮮やかに描き出されている。まさに慧眼。これはほとんど「予言の書」だ。

 最後に。帯に「東大・京大で5年間販売冊数第1位」と書いてあって、このコピーが販売部数に大きく寄与していると思う。大学生協の調べで「第1位」にもちろんウソはないと思うけれど、東大・京大で売れるのもこのコピーの効果だろう。つまりこのコピーが、好循環を生む「良くできたコピー」だということで、それが内容を保証するわけではない。私は「なるほど」と思うところも「そうなんだよ」と共感するところもあった。しかし公平に言って、大きな期待は禁物かと思う。

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学生時代にやらなくてもいい20のこと

書影

著 者:朝井リョウ
出版社:文藝春秋
出版日:2012年6月25日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「桐島、部活やめるってよ」でデビューし、「何者」で昨年度の下半期の直木賞を、戦後史上最年少で受賞した著者のエッセイ集。著者の早稲田大学在学中の体験を中心につづった20編を収録。面白い。ただし、どれもこれも他の人には、同じことをやってみれば?と、おススメできない。だから「学生時代にやらなくてもいい~」

 20編のエッセイ全部に、面白さとバカバカしさが満ちている。大学生時代の4年間に、よくもこれだけの面白いことに遭遇したものだと思う。その理由は読んでいれば分かる。正確には、面白いことに「遭遇」したのではなく、著者自身が面白いことに「なってしまっている」。自分から呼び込んだ「面白さとバカバカしさ」なのだ。

 それは著者(とその仲間)が「後先を考えずに行動する」からだ。「東京から京都まで、自転車で行こうよ」と友達に誘われ、「もちろんさ」と答える著者(ちなみに著者に長距離サイクリングの経験はない)。フェリーで8時間かかる島の花火大会に、「行くに決まってますが何か」と即答する仲間たち。無計画無鉄砲だから、こんな面白いことになる。さらに、面白いことが(壮絶な苦労と共に)向こうからもやってくるのだ。

 「今の大学生もなかなか元気じゃないか」という、おじさん目線のコメントは、あまりに陳腐すぎるかもしれない。著者と仲間たちをして「今の大学生」を語るわけにはいかない。でも、こういう学生さんたちが今も昔も変わらずいる、ということが、私の心を明るくした。早稲田大学、侮れませんね(そもそも侮れないって)

 最後に。本書は、電車の中などの公共の場では読まない方がいい。笑いを堪えられないと思うからだ。私は、家で読んでいたのだけれど、一度などは息ができないほど笑ってしまった。

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本屋さんで待ちあわせ

書影

著 者:三浦しをん
出版社:大和書房
出版日:2012年10月15日 第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 讀賣新聞の「読書委員」を務めておられた著者による「書評集」。讀賣新聞の他に日経新聞などに書いた記事が約80本と、「東海道四谷怪談」についてのエッセイを12本、さらに「おわりに」に20本あまりの本の紹介が収録されている。「一日の大半を本や漫画を読んで過ごしている(本人談)」というだけあって、膨大な読書量が伺える。

 率直に言って肩すかしを食った気持ちがした。先日紹介した「お友だちからお願いします」のことを、著者は「よそゆき仕様」と言っていたが、本書はさらに改まった感じ。前書と違ってニヤニヤするところはほとんどなかった。つまり私は、ニヤニヤやゲラゲラを期待していたわけだ。(「おわりに」でBLをまとめて紹介しているのが、著者らしいのだけれど、私はBLには興味がないので)

 作家が他の人の本を評するのは難しいのかもしれない。「ピンとこなかったものについては、最初から黙して語らない」そうなので、悪くは書かないまでも、面白可笑しく評してしまうのも不謹慎かもしれないし。100を優に超える紹介作品の中に、小説がわずかしかないのも、同業者の難しさ故かもしれない。

 とは言え、本書は「書評集」だ。そもそもニヤニヤやゲラゲラを期待すべきものではない。本書は「ブックガイド」としては私には有益な本だった。「東海道四谷怪談」をちゃんと読んでみようと思った。そして何よりも紹介されているのが、読んだことがないどころか、聞いたこともない本ばかりなのだ。「読みたい本リスト」に何冊も書き加えることになった。

 ※本書と「お友だちからお願いします」はセットなようだ。両方の素敵な装画を手がけたのは、イラストレーターのスカイエマさん。表紙の絵を並べて見ると、そこに物語が立ち上ってくる。

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