5.ノンフィクション

日本会議の研究

書影

著 者:菅野完
出版社:扶桑社
出版日:2016年5月1日 初版第1刷 6月1日 第4刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 昨年のベストセラーで、今年の初めに東京地裁で出版差し止めの仮処分が決定され(後に取り消し)、より一層話題になった本。だから「今さら」感はあるのだけれど読んでみた。(昨年の6月に購入したものの紛失してしまった。ひょっこり出てきたので)

 「日本会議」は、公式サイトによると、「教育の正常化や歴史教科書の編纂事業」「伝統に基づく国家理念を提唱した新憲法の提唱」などを行っている民間団体。それ意味するのは、「いわゆる自虐史観を改めた歴史認識や、個人より国家を優先させる」ことであり、「明治憲法の復元」。「言葉」は物事を表すのと同時に、本質を粉飾することがある。

 まぁ「日本会議」の名前を知っている方なら、これぐらいのことはご存知だろう。さらに言えば民間団体がどんな思想で活動しようと、基本的に問題視されるべきではない。問題は、この団体の主張と安倍政権の政策が気持ち悪いぐらい一致していることだ。

 実は一致しているのは当然で、第3次安倍内閣の閣僚19人のうち16人が「日本会議国会議員懇談会」のメンバー、官房副長官や首相補佐官も5人がそうだ。本書の言葉を借りれば「日本会議のお仲間内閣」なのだ。

 「たくさんいる」と官房長官が繰り返し言っていた「集団的自衛権を合憲とする学者」は3人だった、ということを覚えている人は多いと思う。それは全員、日本会議の関連団体の幹部だった。もっと見逃せないのは、最高裁の元長官も複数が団体の幹部として加わっている。

 この他にも、この国の中枢の様々な場所に、日本会議と志を同じくする人がいる。日本会議の面々はもう何十年もこの活動を続けている。その淵源をたどるとある宗教者に行きつく。本書を読めば、これらのことが説得力を持って分かる。そして背筋が凍る想いがする。

 本書を「結論ありき」だ、「トンデモ本」だと批判する方がいるのは知っている。著者の経歴や人格を問題視する人がいるのも知っている。だけれど、私は、本書に書かれていることは「事実に近い」と思う。

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ニッポンの裁判

書影

著 者:瀬木比呂志
出版社:講談社
出版日:2015年1月20日 第1刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 著者は、各地の地裁、高裁、最高裁で務めた、裁判官として30年あまりのキャリアの持ち主。2012年に大学教授に転身、その前後から著作も多い。本書は2015年に「第2回城山三郎賞」を受賞している。

 本書は、現在の日本の裁判のあり方とその問題点について、具体的な例を挙げながら論じたもの。より端的にくだけた言い方をすれば「日本の裁判はこんなにダメダメな状態になっている」ということが書いてある。

 例えば、日本の刑事司法の有罪率が99.9%であること。その背景には、身柄を拘束して精神的圧迫を利用して自白を得る「人質司法」、「ストーリー」に沿った予断を持った取り調べ、などがある。そして本書のテーマである「裁判」では、裁判官がその「ストーリー」に乗ってしまう。裁判官が正しい(社会常識に照らしてという意味だけでなく、法的な意味でも)結論を出すとは限らない。

 さらに深刻なこともある。裁判官が出す判決は「統制されている」というのだ。最高裁判所事務総局という組織が、研究会や論文発表などを通して、全国の地裁、高裁の判決をコントロールする仕組みがある。重ねて深刻なことに、このコントロールには、その時の政権の意向が大きく働いている、ということだ。

 具体例としては、2001年に名誉棄損の損害賠償額が一気に高額化した例が挙げられている。それまで100万円以下がほとんどだったものが、500万~770万円になった。これは、メディア・週刊誌の政権批判に不満を募らせた自・公両党の突き上げの結果なのだそうだ。衆議院法務委員会でのこれを裏付ける最高裁判所事務総局の答弁も残っている。

 読み終わって裁判所に裏切られた気持ちがした。私たちはイメージとして「裁判所」=「法の番人」=「正義の機関」と思っていないだろうか?三権分立の一角として「最後の砦」と思っていないだろうか?本書を読めば、そんなのは全くの思い過ごしに過ぎないことが分かる。これは相当ヤバイ。

 しかし考えてみれば、裁判所だって最高裁判所長官を頂点としたヒエラルキーなのだ。そして最高裁判所の長官は内閣の指名、判事は内閣の任命。裁判官という専門職が要所を占めていはいるが、実体は官僚組織と変わらない。国有地払下げに関する書類を「すべて廃棄した」と言い、「調査するつもりはない」とうそぶいている、あの人たちと同じなのだ。

 本書を読んだ方が「絶望」してしまわないことを祈るばかりだ。

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アラー世代 イスラム過激派から若者たちを取り戻すために

書影

著 者:アフマド・マンスール 訳者:高木教之ほか
出版社:晶文社
出版日:2016年11月30日 初版 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 最近は全く報じられなくなったけれど、ヨーロッパの広い範囲から、イスラム国に参加するために、若者たちがシリアに入国する事態が今も続いている。本書は、この問題に対抗するためにドイツ国内で活動する男性が記したものだ。若者たちが過激な思想を持つに至る過程が分かる。シリアに向かう若者たちに、共感はできそうにないけれど、せめてその行動の理由を理解できないのか?と思って本書を読んでみた。

 著者の名前は、アフマド・マンスール。アフマドという名前が表す通り、彼はムスリムだ。本書の中で詳述されているが、テルアビブ近郊の村で生まれ育った彼は、長じてムスリム同胞団に加わってイスラム原理主義に染まる。その後ドイツに移住し、一度は持った過激な思想を脱した、という経歴を持っているのだ。

 心理学者でもある著者が、ドイツ国内で行っている活動は、ムスリムの若者たちを対象としたワークショップや講演など。彼らの話を聞いて、彼らに話しかける地道な活動だ。その若者たちは、必ずしも過激な思想を持っているわけではない。しかし、手を差し伸べなければ危険な状態にある。タイトルの「アラー世代」はその若者たちを指していて、イスラム過激派が形作るピラミッドの底辺に位置すると見ている。

 ピラミッドの頂点はアルカイダやイスラム国など、現実に凶行に及んでいるグループ。その下にはムスリム同胞団など、イスラム原理主義を支持するグループ。その下にムスリムの若者たち。上の層は彼らを「肥沃な土壌」と見て、様々な働きかけを実際に行っている。だからそれに対抗する必要がある。

 読み終わって「これは大変だ」と思った。著者自身の経験や、その活動の中で得た事例を見ると、「敬虔なイスラム教徒」から「過激派」までが、実にシームレスにつながっている。「イスラム国に参加する」という決断までに「決定的な何か」は必要ないのだ。※誤解があるといけないので言うけれど、過激な思想を持つ可能性があるのでイスラム教徒は全員危険だ、と言いたいのではない。

 最後に。気が付いたことを。日本ではドイツのようなムスリムに関する状況はないが、似たようなことはあるのではないか?ということ。イスラム原子主義では、コーランに疑問を持ったり解釈したりしてはいけない。「イスラム」が善で「イスラム以外」は悪とされる。複雑で多様な社会状況で判断が難しい中、悩まなくてもいいシンプルな答えが歓迎されている。

 さて、日本にいる私たちにも、何かに疑問を持つだけで排斥される、あるいは排斥するような空気はないか?「私たち」と「私たち以外」に分けて、「自分たちが正しい」「相手が間違っている」という考えに安住していないか?原理主義は音もなく近付いて、もうそこまで来ているのかもしれない。

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鈴木敏文 孤高

書影

編  者:日経ビジネス
出版社:日経BP社
出版日:2016年12月27日 第1版第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 編集の日経ビジネスさまから献本いただきました。感謝

 本書は、昨年4月にセブン&アイ・ホールディングスの会長兼CEOを退任された、鈴木敏文氏の半生、1963年のイトーヨーカ堂入社後の53年間を記したもの。日経ビジネスは1970年代以降、鈴木氏に繰り返しインタビューしていて、退任後も延べ10時間にわたる単独インタビューを行ったそうだ。

 流通業に関わる人で「鈴木敏文」の名前を知らない人はいないだろう。セブン-イレブン・ジャパンの実質的な創業者、いや、コンビニエンスストアという、今や生活のライフラインともいえる、業態そのものを生み出した人。そして、コンビニのセブン-イレブンを核に、流通業の一大帝国を築き上げてそこに君臨したカリスマ経営者だ。

 上に書いたように、日経ビジネスでは数多くのインタビューを行っていて、それを再編集して本書を構成している。いわばその時々の「肉声」を記録しているわけで、その迫真性は「肉声」ならではのものだ。鈴木氏のセブン-イレブンにかける思い、創業者の伊藤雅俊氏との絶妙な距離感、そして帝国の君臨者としてのわずかな危うさまで、とてもよく伝わってくる。キーワードは「変化対応」

 基本的には、鈴木氏サイドからの話しか収録されていないので、別の立場からは異論もあるだろう。しかし、同時期に勃興した中内氏のダイエーや堤氏のセゾングループなどが、次々と失速する中を勝ち抜いて、最強の流通帝国を築いた業績は、誰にもマネのできないものであることは確か。読み応えあり。

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「イスラム国」の内部へ 悪夢の10日間

書影

著 者:ユルゲン・トーデンヘーファー 訳:津村正樹
出版社:白水社
出版日:2016年6月25日 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 本書は、ドイツ人のジャーナリストがイスラム国に入り、その内情を伝えた貴重なレポートだ。タイトルが示すとおり、命の危険と隣り合わせの悪夢のような10日間が、迫真のリアリズムによって記されている。

 その10日間に著者は、繰り返し繰り返しイスラム国の戦士と対話する。戦士の口からイスラム国側の言い分が話される。それはもうまったく肯定できない内容だ。著者は正面から反論する。たちまち雰囲気が険しいものになる。たくさんのジャーナリストが殺害されているイスラム国の中で...

 実は、著者がこんな危険なことをするのは、これが初めてではない。アフガニスタンでタリバンの指導者に、シリアでアルカイダのテロリストに、もっと以前から多くの過激派やテロリストと面会している。こうした行動には著者の信念が関係している。

 それは「真実を求めるには、常に双方との話し合いが必要になる」ということ。両方から言い分を聞かないと、本当のことは分からない、ということだ。これは著者の裁判官としての経験から引き出したものだ。

 紛れもない正論なのだけれど、この正論が今の世界では通じない。「テロリストとは交渉しない」が、日本を含むいわゆる西側諸国の首脳の態度。ドイツというその中の主要国にいて、テロリストの言い分を伝える著者は、激しいバッシングに会う。

 たぶん日本でも同じだろう。イラクやシリアで人質になったり、拘束されて殺害された日本人が、現にヒドイ言われ方をしている。何を恐れているのか、本書の刊行だって、いくつもの出版社から断られたそうだ(このことはとても憂慮すべきことだと思う)

 でも、私は思うのだ。著者のような人がいなければ、そこで本当には何があったのか、私たちは知りようがない。自分たちが正しいのかどうか分からない、と。

 最後に。著者の名誉のために。著者は決して無謀な冒険者ではない。今回の取材に関しても、事前にドイツ人のイスラム国戦士を通じて交渉を進めて、カリフ(イスラムの指導者の称号)による「安全で自由な通行を認める証書」を入手している。実際、その証書が彼を何度も助けることになる。

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政府はもう嘘をつけない

書影

著 者:堤未果
出版社:KADOKAWA
出版日:2016年7月10日 初版 8月5日 再版 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 著者の近刊の「政府は必ず嘘をつく 増補版」の続編。タイトルとしては前作の問題提起としての「嘘をつく政府」に対して、「嘘をつかせない(見抜く)」方法を考察するという主旨と読める。実際、本書の結びはそうなのだけれど、そこに至るまでの大部分は、米国発の「強欲資本主義」によって、およそあらゆるものに値札を付けてお金で買う姿が描かれる。

 第1章は、現在佳境を迎えている米国の大統領選挙がテーマ。ここで買われるのは米国の「政策」だ。オバマ大統領が2012年の選挙で集めた政治献金はなんと約1000億円。大口スポンサーは「全米貿易協議会」、シェブロンやボーイング、モンサント、ウォルマートと言ったグローバル企業からなる財界団体だ。

 「今や「政治」は非常に優良な「投資商品」」と、米国の投資アナリストは言う。ざっくりした計算で、政治献金やロビー活動費、選挙費用や天下り人件費などで、年間約2兆円だそうだ。莫大な金額にも感じるが、全米の企業利益総額の1%程度だそうで、それで自分たちに都合のいい政策を買えるのなら、確かにローリスク・ハイリターンだ。

 そして一旦値札がついたものは、グローバル市場で誰でも買えるようになる。産油国はオイルマネーで米国の政策を買っているし、実は日本だってバイヤーの一人らしい。「日本政府がTPP推進のためのロビー活動をしている」と、大手通信社ブルームバーグが報道した。このことは何を意味しているのだろう?少なくとも日本政府からの説明を聞いたことがない。

 第2章では「日本が瀕する危険な状況」が描かれる。ここで買われるのは日本の「教育」や「医療」など。「特区」で風穴があくと、そこから商品化が拡がってしまう。第3章は「海外ニュース」がテーマ。ここで買われるのは「ニュース」自体だ。「戦争広告代理店」でも明らかにされているが、国際政治ニュースは、誰かが何かの意図を持って流している。

 そして一旦値札がつけられると、米国の政策と同じで誰でも買えるようなる。そうなると資金力のあるものに都合よくコントロールされてしまう。「それでいいんですか?」と著者は問いかける。それでいいはずがない。

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日本はなぜ、「戦争ができる国」になったのか

書影

著 者:矢部宏冶
出版社:集英社インターナショナル
出版日:2016年5月31日 第1刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 タイトルと出版日から、昨年9月に参議院で可決した「安全保障関連法」をテーマとした本だと、想像されるがそうではない。この本が扱うのは、1950年代に遡って、旧日米安保条約の締結に至る日米両国の動きから書き起こした、戦後の「この国のあり方」の根本ともいえる内容だ。

 ただし、それはもちろん先ごろの「安全保障関連法」につながっている。あの時の議論は「集団的自衛権」を巡って錯綜していた。最終盤の参議院の委員会は、「人間かまくら」という異様で醜悪な光景を晒して、怒号の中で幕を閉じた。どうしてあんなことになったのか?

 本書の「まえがき」には、本書に書かれていることを知ると「あのとき起きていた出来事の本質は、あっけないほどかんたんに理解できる」とある。

 ここで重要なのは、太平洋戦争の戦後処理において、アメリカ軍が日本をどうしようと思っていたか?だ。それは、いろいろなことをすっ飛ばして言うと「日本が将来持つことになる軍隊は、アメリカ軍の指揮下に入れる」ということだ。

 これでは完全に従属国扱いで、独立した国家とは見なされていない。だからもちろん日本側は反発したし、旧日米安保条約はそんなことは書き込まれなかった。ただし...。この「ただし」の後と、上で「すっ飛ばした」いろいろなことが、難解な外交文書を多数扱う割には、わかりやすく書かれている。

 「まえがき」にあったことは偽りではなかった。確かにあの混乱ぶりの本質が簡単に理解できる。しかしそれは、私たちにとって、より深い混乱と絶望を招く。それで終わらずに前に進めるように、著者は提言を述べている。その提言を実現するために必要なのは、私たちの「本気度」だと思う。

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ドキュメント 戦争広告代理店

書影

著 者:高木徹
出版社:講談社
出版日:2002年6月30日 第1刷 7月23日 第2刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 本書の紹介の前に一つ質問。次に書いた「仮定の話」を読んで、どのように感じますか?

 世界のどこかで紛争が起きました。民間の広告代理店(PR企業)が紛争当事国の一方と契約して、メディアを使ったPR戦略によって、もう一方の当事国が極悪人であるかのような印象を作り上げたとします。これによってその国は、国際連合から追放されたあげくに、首都が多国籍軍の空爆を受けて破壊されました。

 お気付きの方もいるだろうけれど、「仮定の話」とした上のことは、実は、本書に書かれた実話だ。1990年代に起きたボスニア・ヘルツェゴビナのユーゴスラビア連邦からの独立の際の紛争時のことだ。本書は、ボスニアと契約を結んだ米国のPR企業ルーダー・フィン社の「活躍」を克明に記している。

 「どのように感じますか?」という冒頭の質問に戻ると、私はひどい話だと感じだ。お金のためなら何でもやっていいのか?そうじゃないだろうと思った。ところが、誰もがそう思うわけではないらしい。

 さきほど、ルーダー・フィン社のことを「米国のPR企業」と紹介したが、日本では「広告代理店」と呼ばれる業種だけれど、両者には違いがある。具体的には、米国では他国の政府も顧客になり得るし、広告宣伝や調査だけでなく、文字通りあらゆる手段を使う。ロビー活動はもちろん、政府高官や官僚などに直接的に働きかけることもある。

 ということで、ルーダー・フィン社がボスニアと契約しても別に特別なことではない(実際、ユーゴスラビア連邦の他の国は他のPR企業を契約していた)。存在が確認されていない「強制収容所」のニュースを広めて、敵対するセルビアを貶めても、それは業務の一環だ。そのために使った写真が、全く無関係な写真だったことが後で分かったとしても、結果オーライだ。

 そしてこれは(米国人全員が共有しているとは言わないけれど)米国的価値観では、是とされているらしい。ルーダー・フィン社のこの一連の活動は、全米PR協会の年間最優秀PR賞の、部門最高位賞を受賞した。「ボスニア・ヘルツェゴビナの危機を救った」という評価だ。

 怖い怖い。これでは力のある米国のPR企業がついた方が「正義」になってしまう。あれから20年あまり、世界で紛争が絶えたことはなく、時折その当事者が「正義」と「悪」に別れたけれど、それがPR企業によってつくられたものではない、とは言い切れない。いやむしろその疑いを持ってしかるべきだろう。怖い怖い。

 実は、もっと怖いことがある。この一連の出来事の発端に、ボスニア・ヘルツェゴビナ政府が決定した「セルビアとの紛争に世界を巻き込む」という国策があるのだ。つまり「他国を戦争に巻き込もう」と考える国が実際にあって、欧米諸国はまんまとその手に乗ってしまったわけだ。

 昨年に何度も聞いた「他国の戦争に巻き込まれることはあり得ません」なんて言葉が空しく聞こえる。あれが空約束にならないことを祈る。

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政府は必ず嘘をつく 増補版

書影

著 者:堤未果
出版社:KADOKAWA
出版日:2016年4月10日 初版 6月25日 4版 発行
評 価:☆☆☆☆☆(説明)

 本書は2012年に出版した同名の書籍に、その後の4年間に起きた出来事を踏まえた書下ろしを「袋とじ付録」として加えた増補版。読んでもまったく楽しくならないけれど、これはたくさんの人が知っておくべきだと思ったので☆5つ。

 本書のタイトルの元にもなった、米国の歴史学者ハワード・ジン氏の言葉が本書の主旨を端的に表している。「政府は嘘をつくものです。ですから歴史は、偽りを理解し、政府が言うことを鵜呑みにせず判断するためにあるのです

 著者は新書大賞を受賞した「ルポ貧困大国アメリカ」の他、「沈みゆく大国アメリカ」などで、米国の政治経済社会を精力的に取材している。その米国での取材の最中に何度も言われたことがあるという。それは「アメリカを見ろ、同じ過ちを犯すな」だ。

 例えば、9.11後の捜索やがれき除去の作業現場では、有毒ガスによる健康被害の不安の声が上がったが、「作業現場は安全、ただちに健康に被害はありません」とEPA(環境保護庁)は言い続けたそうだ。その後10年の間に5万人の作業員が呼吸器系のがんなどの健康被害を起こしている。EPAは今も、作業員が発症したがんとの因果関係は否定し続けている。

 例えば、2005年にハリケーンが襲ったニューオーリンズでは、復興事業費の8割以上を政府関係者と関係の深い大企業が受けた。また、復興特区として最低賃金法の撤廃という規制緩和を行って、労働力を安く雇えるようにして、大資本の利益を大幅に拡大させている。

 前者の健康被害の例が、日本の何に対応するかは明らかだから、敢えて言わない。後者の復興事業の例は少し説明した方がいいだろう。

 日本政府は、東日本大震災の被災地を復興特区に認定し、農地や漁業権や住宅などを、外資を含む大資本に開放する規制緩和を行っている。そして東京都が受け入れたがれき処理は、東電が95.5%出資している会社が請負い、被災地の除染を請け負うのは、原子炉建屋の建設実績トップ3の3社だ。

 このように、嘘と隠ぺいの例が多数紹介されている。これ以外にもTPPのISDS条項と医療・保険分野の危険、日本人が信頼を寄せるIAEAやWHOなどの国際機関の実情、アラブの「民主化」の裏に隠された強欲資本主義など、正直言って「知らなきゃよかった」と思ってしまうほど「怖い真実」が並んでいる。

 念のため。「必ず嘘をつく」政府は、安倍政権(だけ)を指しているのではない、そもそも「ただちに健康に被害はありません」は民主党政権の時の話だ。だから、政権交代では解決しない。アメリカが黒幕だという意見も正解ではない。政府に嘘をつかせるのは、もっと得体のしれないもので、敢えて名付けると「グローバル経済」。簡単には対抗できない。でも方法がないわけではない。

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神々の魔術(上)(下)

書影
書影

著 者:グラハム・ハンコック  訳:大地舜
出版社:KADOKAWA
出版日:2016年2月29日 初版発行
評 価:☆☆☆(説明)

 著者は、1995年の「神々の指紋」以降、考古学の定説を覆す著作を精力的に出版している。その主張は多岐にわたるが「エジプト文明などの四大文明の前に、高度なテクノロジーを持った「超古代文明」が存在した」という確信がその中心となっている。

 本書では著者は、世界各地に残る「巨石遺跡」に焦点を当てる。トルコのギョベックリ・テペ遺跡、レバノンのバールベック、海を越えたペルーのサクサイワマン、そしてイースター島。

 ギョベックリ・テペ遺跡は、放射性炭素年代測定によって、紀元前9600年まで遡れることが分かっている。エジプト第一王朝よりも6000年も前。そしてそれは氷河期の終わりにあたる。地球規模の激変期の終わりに建設が始まったことになる。

 浮彫が施された列柱のうえに巨石が載せられている。規模はストーンヘンジの30倍はあると予想される。そんなものを建設するテクノロジーを持った文明が、今から11600年前に存在した。しかし問題はそこではない。その文明が「忽然と登場した」ことだ..。

 本書はこの後、「忽然と登場した」理由を解き明かしていく。そこにはあの「有名な大洪水」の論証がある。これは著者の新しい知見で、なかなか読み応えがあった。

 正直言ってよく分からないことが多いのだけれど、著者の一連の著作が好きだ。「神の刻印」「惑星の暗号」「天の鏡」「神々の世界」「異次元の刻印」すべて読んだ。批判が多く「トンデモ本」とも言われていることは知っている。私も、その指摘がまったく的外れではないのだろうとは思っている。

 ただ、お話として面白いし、一片の真実はあるように思う。主流派の学者は迷惑なことだろうけれど(あるいは完全に無視か)、「定説」と「真実」は、実はあまり強い結びつきはない。

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