日本人へ 国家と歴史篇

書影

著 者:塩野七生
出版社:文藝春秋
出版日:2010年6月20日 第1刷 6月30日 第3刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 先日レビューを書いた「日本人へ リーダー篇」の続編、というより1ヶ月をあけて発行された上下巻の下巻といった方が的確だろう。「リーダー篇」が月刊誌「文藝春秋」の2003年6月号から2006年9月号までに掲載された著者のエッセイで、この「国家と歴史篇」はそれに続く2010年4月号までに掲載されたものだからだ。

 約4年前の2006年9月と10月を挟んで、それ以前と以後でこんなにも臨場感が違うものかと驚いた。前著に比べると本書は圧倒的な迫力で迫ってくる。もちろんそれは、前著は著者の筆が鈍かったということではなく、物事が人の(私の)関心から急速に遠ざかってしまう、ということなのだろう。
 そういうわけで、2冊とも読むに越したことはないけれど、どちらか1冊ということであれば、本書の方をオススメする。

 マキアヴェッリをよく引き(本書の扉のページも、マキアヴェッリの言葉の引用が記されている)、リアリストでもある著者の主張は、時に切れすぎて怖いぐらいだ。特に戦争や軍備についての考えは、私には受け入れられない。
 しかし、著者の考えの方が正しいのかもしれない、と気持ちが揺らぐ。前著で著者が明らかにしているのだが、この連載は「事後に読まれても耐えられるものを書く」という気概で書かれている。そして事後に読んで「あぁ、そのとおりだった」、と思う記事のなんと多いことか。
 例えば、民主党への政権交代の雰囲気が盛り上がっていた、2009年4月号の「拝啓・小沢一郎様」では、「単独で過半数を..」と期待と不安を口にしている。理由は、連立内閣では「小政党に引きずられる、有権者の意向の反映しない政治」になるから。異論はあろうが、民主党政権の約1年のある側面を見事に言い表している、と私は思う。

 「文藝春秋」の2010年8月号掲載のエッセイのタイトルは「民主党の圧勝を望む」。理由は昨年9月の記事と同じものに加え、政策の継続性のため。著者としてはここ2回の国政選挙は続けて期待を裏切ったことになる。

 にほんブログ村:塩野七生「ローマ人の物語」ブログコミュニティへ
 (塩野七生さんについてのブログ記事が集まっています。)

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

どちらかが魔女

書影

著 者:森博嗣
出版社:講談社
出版日:2008年8月28日 初版第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 また森博嗣さんにやられてしまった。完全にだまされた。

 巻末の初出の一覧によると本書は、講談社の文芸雑誌「メフィスト」他に掲載された短編で、一旦は別の短編集に収録されたものから、8作品を取り出して再編した短編集らしい。登場人物は、国立N大学助教授の犀川創平や、その研究室の学生の西之園萌絵ら。
 彼らは、著者のS&Mシリーズ、Vシリーズ、Gシリーズと呼ばれる作品群の主要な登場人物でもあるらしい。「らしい」が2回続いてしまったのは、私はこういったことを全く知らずに本書を手にして読んで、後付けの知識で知ったからだ。

 8編の作品は、どれもちょっとしたミステリーを犀川らが解き明かす趣向。大学の構内に出現する「踊る紙人形」の謎や、30人もの人間が忽然と消えた事件、誘拐事件の身代金が入れ替わってしまった事件、小さな島の怪異現象など。深刻なものではなく「謎解き」を楽しむトレーニングのようなもの。実際にいくつかの謎は、西之園家の晩餐の話題として用意されたものだ。

 それで冒頭の「完全にだまされた」について。それぞれの作品の謎解きもなかなかのもので楽しめたが、それとは別に、著者はこの本1冊を使ったトリックを仕掛けていた。最後の最後で本書が全く違って見えてくる仕掛けだ(くれぐれも最後を先に読んでしまわないように)。
 一度短編集として出した作品をいくつかピックアップして1冊にしたのはこのためだったのだ。著者のイタズラっぽい笑顔が目に浮かぶ。ところで、上に挙げたシリーズの既読者は、馴染みの登場人物が入れ代り立ち代り出てくる本書には別の楽しみがあるはず。でも、ある程度事情を知っているとすると、最後のトリックはどう映るのだろう?

 にほんブログ村「森博嗣ワールド 」ブログコミュニティへ
 (森博嗣さんについてのブログ記事が集まっています。)

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

上橋菜穂子さん、村上春樹さん、三浦しをんさん作品情報/「マークスの山」ドラマ化

 私は、Googleアラート+リーダーにキーワードを登録して、本に関するニュースを仕入れています。それで「おっ」と思うニュースが4つ上がってきたので、まとめてご報告です。

 1つ目。上橋菜穂子さんの「獣の奏者」の外伝「獣の奏者 外伝 刹那」が9月4日に出るそうです。こちらも予約受付中です。内容は「王獣編」と「探求編」の間の11年間、エリンとの同棲時代をイアルが語る表題作の「刹那」他の3話を収録。これは期待度が大です。
 「獣の奏者 外伝 刹那」Amazonの商品詳細ページへ

 2つ目。村上春樹さんの新刊「夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです」が9月29日に出るそうです。Amazon他のネット書店で予約受付中です。内容は「13年間の内外のインタビュー18本を収録。」とのことです。小説じゃないんですね。エッセイとも違う。期待度は中くらいですね。
 「夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです」Amazonの商品詳細ページへ

 3つ目。高村薫さんの「マークスの山」がドラマ化されて、WOWOWで10月17日から放送されるそうです。合田雄一郎を演じるのは上川隆也さん、加納祐介は石黒賢さん。現在一日に一人ずつ公式サイトでキャストが発表され、8月25日に制作会見を開いてマークスこと水沢裕之役を発表するそうです。...でも、うちはWOWOW入ってないんです(泣)
 WOWOWオンライン「マークスの山」ページへ

 4つ目。三浦しをんさんが、コニカミノルタのHPで連載していたSF小説3部作が完結しました。ウェブサイトで全編が読めます。小説に登場する最新技術の、しをんさん自身によるレポートもあります。プレゼント企画もあるようですので、しをんさんのファンは必見です。
 コニカミノルタ 三浦しをんWeb小説のページへ

個人情報「過」保護が日本を破壊する

書影

著 者:青柳武彦
出版社:ソフトバンク クリエイティブ
出版日:2006年10月30日 初版第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 高校生の娘が小論文模試の参考図書として買って来た本。最近は小論文にも模試があるらしい。まぁ受験対策が丁寧になっていると言えばありがたいことだけれど、模試にだってそれなりの準備が必要でそれには時間もかかる。高校生もなかなか大変だ。

 2003年に成立、猶予期間を経て2005年4月に前面施行された「個人情報保護法」と、その後に巻き起こった「過剰反応」を踏まえ、「このままでは日本の未来が暗澹たるものになる」という警告と、そうならないための対策を記した本。
 「個人情報保護法施行以来、仕事も私生活もどこか息苦しくギスギスしている。何かが狂っている。-そう感じているあなたの感性は正しい」と裏表紙の紹介文に書かれている。まぁ、ここまで明確な気持ちではなくても、私の経験では仕事や私生活でこの法律に触れる時には、必ずネガティブな意味合いで使われる。
 例えば、私が事務局をやっているCGのコンテストの応募作品と制作者名をウェブに載せたら「個人情報保護法違反です。すぐに削除しないと訴えます」と言われたり、子どものスポーツクラブの名簿を作ったら「全員の承諾を事前に得ていないとダメですよ」と指導されたり、地元のケーブルテレビが学校の音楽会を取材・撮影しようとしたら「個人情報保護法の関係で」と言って断られたり...。
 
 著者の主張をちょっと強引に1つにまとめると、現行法が「「プライバシー情報」以外の「個人情報」まで規制していることが問題」ということだ。「プライバシー情報」とは、健康状態などの医療情報や収入などの資産情報、性的私生活や思想信条など、人に知られたくない情報のこと。
 現行法は「プライバシー情報」とそれ以外の「個人情報」の区別がないから、名前と電話番号だけの連絡網さえ作れない事態を引き起こしている。もちろん「電話番号も知られたくない」という人もいるが、電話帳に載っている場合には、公知の事実として「プライバシー情報」にはならない。
 著者は法律の運用の問題も指摘している。個人情報保護法では、情報の「第三者への提供」を規制しているのに、現場の運用はもちろん、省庁が出すガイドラインでさえ行き過ぎがある。上に挙げた連絡網の作成について言えば、クラスとかサークルとかクラブとかのグループ内の情報共有なのだから、そもそも「第三者への提供」ではないはずなのだ。

 ひとつ怖い話もあった。現行法は「プライバシー情報」とそれ以外の「個人情報」の区別がない。別の見方をすると、「プライバシー情報」も「電話帳に載っている電話番号」と同程度の保護しかしていないとも言える。実は日本には現在「プライバシー権」を守るための明確な根拠法がない。仮に「個人情報保護法」を根拠法にでもしようものなら、私たちのプライバシーはダダ漏れになってしまう。

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

地域再生の罠 なぜ市民と地方は豊かになれないのか?

書影

著 者:久繁哲之介
出版社:筑摩書房
出版日:2010年7月10日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 著者の久繁哲之介さまから献本いただきました。感謝。

 これまでの「地域再生」「地域活性化」の在り方に「No」を突き付け、新たな方策を提言した良書。著者は民間都市開発推進機構(MINTO機構)の研究員で、肩書きは「地域再生プランナー」。
 MINTO機構が国土交通省所管の財団法人で、20年余りも都市開発事業を支援してきたことを考えると、著者が突き付けた「No」は跳弾となって自らに返って来るべきものだ。しかし、ここは著者自身の責任を詮議することより、その立場によって得られた「地域再生」の豊富な情報から導かれた考察に、耳を傾けた方が得策だと思う。

 著者が一貫して主張しているのは、「街づくり計画に市民の生活を合わせる」のではなく、「市民の生活(希望)に合わせた街づくりを行う」ということだ。「何を当たり前のことを」なのだが、これまでの「地域再生」の多くは「当たり前」のことができてなかったわけだ。
 このことを、著者は多くの紙面を割いて実例を挙げて解き明かしていく。大型商業施設を誘致したが、客の心を読み誤っての撤退を繰り返す宇都宮市。コンパクトシティを目指して駅前に超高層ビルを建設した裏で、市民の足であった路面電車を廃止した岐阜市。この他にも多くの街の実情が紹介されている。
 まぁ「失敗例」から学ぶことはあるが、著者がこれらの事例を並べたのには別の理由もある。それは、これらの事例が、官公庁などが発信する「成功例」として紹介されているからだ。著者の言う「土建工学者」や「地域再生関係者」としては、(建物や道路の工事が完成して)プランが実施されれば「成功」なのだ。これらの人々に対する著者の怒りは激しく鋭い。「失敗」を「成功」と持てはやす彼らは、地域再生のガンでもあるからだ。

 ではどうしたらいいのか?著者は「7つビジョン」と「3つの提言」を掲げている。「ビジョン」は「私益より公益」「経済利益より人との交流」「立身出世より対等で心地よい交流」など、コンセプチュアルなものが並ぶが、本書を読めばもう少しはっきりした輪郭が見える。そして「提言」はかなり具体的なもので、すぐにでも実施できそうな気がする。
 しかし、そうは甘くない。地域再生に成功するためには、継続や忍耐、信頼と協力、意識の転換など、私たちが苦手とする多くのことが必要なのだ。本書を地域再生の「ハウツー本」として読むと、これまでの「成功例」を模倣して失敗した地域と同じ結果を招くだろう。本書は「最初の一歩」としてこそ読むべき価値がある。

 ここからは書評ではなく、この本を読んで思ったことを書いています。長いですが興味がある方はどうぞ

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

(さらに…)

レビュー記事が400本になってました。

 先日の「日本人へ リーダー篇」が、400本目のレビュー記事だったことに、今になって気づきました。今日、レビュー記事のデータにちょっと手を入れようと思って検索したら「403」件と出て、「しまった。超えちゃってるよ」と気がついた次第です。6月ごろに「あと15本だ」と思った記憶があるのですが、すっかり忘れていました。

 昨年の8月1日に「レビュー記事が300本になりました。」という記事を書いてます。年間100本、週2本のペースが守れているということですね。ありがたいことです。また、1年前のその記事には、交流を求めて、他の方のブログにお邪魔して「私もその本読みました」というコメントを残す、「コメント回り」のことが書かれています。そう言えば最近やってないな、と少し反省した次第です。

 その代わりではないのですが、SNS「本カフェ」の方では本について(それ以外にも)色々な方とお話ができました。「gift(ギフト)」の記事で書きましたが読書会もやっていて、次回の本選びは私ができるようです。ちょっとドキドキします。

(2010.7.31 追記)
読書会の本を決めました。天国の本屋 (新潮文庫) です。今からSNSに登録しても読書会には間に合います。よろしかったらどうぞ。
登録が承認制になっていますので、管理人さんのジーナフウガさんにメール(love_heartgraffiti@yahoo.co.jp)で問い合わせてください。

いのちのパレード

書影

著 者:恩田陸
出版社:実業之日本社
出版日:2007年12月25日 初版第1刷
評 価:☆☆☆(説明)

 この著者の本は、読んでみるまでどんなテイストの本なのか分からない。ミステリー、ホラー、コメディ、ハートフル?ジャンルさえ多岐にわたっていて予想がつかない。そして本書は、どのジャンルとも言い難い物語が15編収録された短編集。
 読み終わって、少し背筋が冷えたり、何とも言えないモヤモヤが残ったりする、奇妙な物語ばかりだった。あとがきを読むと、それが著者の目論見どおりたっだことが分かる。本書は、早川書房が復刊した「異色作家短篇集」を読んで、「あのような無国籍で不思議な短編集を作りたい」と思って、月刊誌に「奇想短編シリーズ」と銘打って連載した作品をまとめたものなのだそうだ。

 どんな話なのかと言うと、例えば、地面から石の手がはえてくる話、橋のたもとのバリケードに座り込むホステスたちの話、「やぶからぼう」とか「つんつるてん」を出してしまう兄弟の話、「かたつむり注意報」が出る街の話、鉄路の上を疾走し続ける王国の話などなど。
 まぁ、この説明を読んでもどんな話なのか分からないと思う。どれも難しい言葉はないけれど、組み合わせがおかしい。「石の手」と「はえる」、「バリケード」と「ホステス」、「やぶからぼう」と「出す」、「かたつむり」と「注意報」、そして「王国」と「疾走」。これが、著者が目論んだ「奇想」ということなのだろう。

 偶然だけれども、先日読んだ「gift(ギフト)」に続いて、「想像力の翼」の羽ばたきが本書でも感じられた。ただし、あちらは自由な風まかせの飛び方だったけれど、本書の翼は力強く、またコントロールされてもいる。著者が練りに練って絞り出した「奇想」だけに、「奇妙さ」がより際立っている。
 表紙の哀愁ただよう「船と男性の背中の写真」からは、本書の内容を想像するのは無理だろう。

 にほんブログ村「恩田陸」ブログコミュニティへ
 (恩田陸さんについてのブログ記事が集まっています。)

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

gift(ギフト)

書影

著 者:古川日出男
出版社:集英社
出版日:2004年10月30日 第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 もう1年以上楽しく過ごさせていただいている本好きのためのSNS「本カフェ」で読書会が催され、その指定図書になっている本。著者の作品を読むのは本書が初めて。と言うか、お恥ずかしいことに名前にも心当たりがなく、もちろん日本SF大賞や三島由紀夫賞などを受賞されたことも知らなかった。

 短編が19編収録された短編集。ほとんどが10ページほどの短編だけれど、中には2ページしかない超々短編もある。そして全編がどこかおかしい、多くの作品はすごくおかしい。「面白い」という意味の「おかしい」ではなく、「何か間違ってる」という意味の「おかしい」だ。
 例えば、車のトランクに人が何人も入っていったり、叔母さんが猫を生んだり、猫が縮んでトンボのようになって飛んでったり。私は数編を読んだところで「想像力の翼」という言葉が頭に浮かんだ。「こうあるべきもの」という一切の制限を取り払い、想像力に任せて書き、それに任せて終わる。だから2ページで終わることもある。読書会では(眠っている間に見る)夢に例えた人がいたが、的確な例えだ。

 普通は、読者の反応とか、物語としての体裁とか、本を書く上で気にすることがあるだろう。「こうあるべきもの」とはそういったことを言っているのだが、本書にはそれが感じられない。「面白くしよう」とかさえも。だから「ヤマなしオチなし」も多い。
 何編かは捉えどころがなく、何編かは不気味、何編かはさわやか。そして「面白くしよう」という意図が感じられないのにも関わらず、何編かはすごく面白い。アルパカの生産・輸入を考えていた男の話「アルパカ計画」には笑えた。すごく上手い手だけれど、この手は1回しか使えないだろう。

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

我らの罪を許したまえ

書影

著 者:ロマン・サルドゥ 訳:山口羊子
出版社:エンジン・ルーム/河出書房新社
出版日:2010年5月30日 初版発行
評 価:☆☆☆(説明)

 発行元のエンジン・ルームさまから献本いただきました。感謝。

 13世紀の終わりごろのイタリア、フランスを舞台とした歴史ミステリー。13世紀のヨーロッパは中世のただ中にあり、キリスト教信仰の全盛期で教会が強大な力を持っていた。本書でも、異端審問や十字軍の遠征などが、物語のキーファクターとなっている。

 物語は3つの話が並行して進む。1つ目は、南フランスの司教区で、何者かに惨殺された司教の事件の真相を調べるために、司教の遺体と共にパリへ向かう助任司祭の話。2つ目は、その司教区の近くの「忘れられた村」に布教活動に赴く司祭の話。3つ目は、ローマに現れた十字軍の英雄でもある高名な騎士による、子息の助命嘆願の話。
 1つ目と2つ目の話は最初にこそ接点があるが、その後は全く別々の話になる。3つ目に至っては舞台がイタリアで、南フランスの他の2つの話との関連は全く見出せない。3つに共通するのは、どれもがキリスト教の支配組織としての教会に絡んだ話であることだ。そしてもちろん、すべての話は1つの話1つの陰謀に収れんしていく。

 物語が収れんしていく見事さと、暗部がチラチラと見え隠れする教会内の確執の描写などが醸し出す「中世感」が本書の持ち味。全体的には暗いトーンの話なのだが、要所にはサスペンス風のエピソードもあって飽きない工夫はされている。ただ、好き嫌いの評価で恐縮なのだが、私はこの終わり方は好きではない。表紙も奇怪な絵で、見れば見るほど心が乱れる。

 にほんブログ村「ミステリ・サスペンス・推理小説全般 」ブログコミュニティへ
 (ミステリ・サスペンス・推理小説全般についてのブログ記事が集まっています。)

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

「読育(どくいく)」に思うこと

 先日、新聞で「そろそろ「読育」はじめませんか。」という広告を見ました。有名な参考書の出版社の広告です。私も高校時代から大学受験にかけては大変お世話になりました。その広告には、その会社が考える「読育」を次のように書いてありました。

 「読むこと」がしっかりと身について、読解力が養われれば、「自分で考えるチカラ」を育てられるのです。「読むこと」が、すべての学習の基本となり、さまざまなチカラが育まれる。

 その通りだと思います。すごく良いです。どんな学習・学問もその知識の多くは「読む」ことで得ます。どんな素晴らしい書物を読んでも、読み解く力がなければ自分のものになりません。食べ物をかみ砕いて消化しなければ自分の栄養にならないように。それから「自分で考えるチカラ」を育てられる、ということもその通りだと思います。
 また、私は以前から親子で本を読む「親子読み」をオススメしているのですが(参照:新しい読書の形「親子読み」の提案)、これは、読んだ本のことを誰かに伝えるという経験が、コミュニケーションの充実だけでなく、「自分で考える」ということにとても役立つと思うからです。

 ただ、この広告には気がかりなこともありました。「感心しながら覚えたことは、強く印象に残るもの、物語を楽しみながら、小学校で学習する内容も身につけられます。」とあり、続いて小学校3年生から6年生向けの本のシリーズが紹介されています。
 どうやらこのシリーズは、国算理社と英語、保健体育の勉強が物語仕掛けになっている本のようです。これは、上に書いた「読育」の考えと微妙にズレています。「自分で考えるチカラ」を育むための読書ではなく、「○○(例えば算数)の知識を得るための読書」になってしまっています。
 つまり、これでは単なる「子ども向けのやさしい参考書」に過ぎず、「読育」とは直接の関係はありません。とは言え、この広告を非難するつもりはありません。これは参考書の会社の広告ですから。販売のために「読育」を利用するのは、マーケティング戦略としては「アリ」だと思います。

 さらに、調べてみると、文科省関連の事業にも「読育」という言葉が使われています。それから、OECDの国際学習到達度調査で「読解力」の成績が悪かったので「読育」に力を入れる、という文脈もあります。「読書教育」でも良いものを「読育」と言うことで政府が取り組みやすくなりました。ちょうど「食育」という言葉の発明が「食育基本法」などという法律に繋がったように。
 私は、子どもの間の読書は、読書そのものの楽しみが大切で、楽しいからこそ「読解力」がつくほどの量を読むことができるんだと思います。政府・官庁や学校が「読育」を推進するのは結構ですが、「○○のための読書」と早計に結果を求めたり、ましてや政府が「正しい読書」を決める、などということにならなければいいけど、と思っています。