日本3.0 2020年の人生戦略

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著 者:佐々木紀彦
出版社:幻冬舎
出版日:2017年1月25日 第1刷 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 著者は「NewsPicks」という経済情報に特化したニュース共有サービスの編集長。その前は「東洋経済オンライン」の編集長、その前は東洋経済新報社の記者。1979年生まれというから、年齢は現在30代後半。

 タイトルの「日本3.0」は「近代日本の第3ステージ」を表す。第1ステージは明治改元から敗戦まで、第2ステージは敗戦から立ち直った「奇跡の経済成長」。それが終わりを迎え、2020年ごろに「これまでとはまったく異なる思想、システム、人を必要とする」新しいステージが始まるそうだ。

 本書は、なぜ「日本3.0」を迎えるのか、その時代に国家は、経済は、仕事は、教育は、リーダーはどうあるべきか?を、少し暑苦しく感じるぐらい熱心に語る。その時代を牽引する(すべき)現在の30代の人たち(つまり自分たちから少し下の世代)を、「いい子ちゃんを卒業せよ」と鼓舞する。

 2020年ごろには、開国や敗戦に匹敵する「ガラガラポン革命」が起きるという著者は予想する。その根拠として「10のファクター」と「5つの社会変動」を挙げる。正直に言って漸進的な変化が多くて「ガラガラポン」にはならないだろうと思う。

 ただここ数年の政治や経済に「これまでのやり方ではムリ」という印象を強く感じる。何か新しいことが必要だし起きそうだ。それから著者が本書で言うリーダーや人材は、2020年ではなくて今すぐにでも必要だ(そもそも「3年後から必要」って予想も不自然だけど)。だからガラガラポン」が起きなくても、本書の主張は有益だと思う。

 最後に。著者の「経済紙の記者」という職業について。経済紙の記者は、駆け出しの頃から経営者に会える。一般的な会社員は、自分と釣り合った役職の人を相手にすることが多い。20代の平社員が大企業の社長や会長と会って話を聞く機会などまずない。ところが記者ならそういうことがある。

 まだ30代の著者が、これだけ社会全般を見渡す視野を身に着けている。本書の随所に取材した企業人の言葉の引用があるけれど、著者がこれまで会って来た先達たちから受けた薫陶が、そこに役立っているのだろうと思う。

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アラー世代 イスラム過激派から若者たちを取り戻すために

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著 者:アフマド・マンスール 訳者:高木教之ほか
出版社:晶文社
出版日:2016年11月30日 初版 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 最近は全く報じられなくなったけれど、ヨーロッパの広い範囲から、イスラム国に参加するために、若者たちがシリアに入国する事態が今も続いている。本書は、この問題に対抗するためにドイツ国内で活動する男性が記したものだ。若者たちが過激な思想を持つに至る過程が分かる。シリアに向かう若者たちに、共感はできそうにないけれど、せめてその行動の理由を理解できないのか?と思って本書を読んでみた。

 著者の名前は、アフマド・マンスール。アフマドという名前が表す通り、彼はムスリムだ。本書の中で詳述されているが、テルアビブ近郊の村で生まれ育った彼は、長じてムスリム同胞団に加わってイスラム原理主義に染まる。その後ドイツに移住し、一度は持った過激な思想を脱した、という経歴を持っているのだ。

 心理学者でもある著者が、ドイツ国内で行っている活動は、ムスリムの若者たちを対象としたワークショップや講演など。彼らの話を聞いて、彼らに話しかける地道な活動だ。その若者たちは、必ずしも過激な思想を持っているわけではない。しかし、手を差し伸べなければ危険な状態にある。タイトルの「アラー世代」はその若者たちを指していて、イスラム過激派が形作るピラミッドの底辺に位置すると見ている。

 ピラミッドの頂点はアルカイダやイスラム国など、現実に凶行に及んでいるグループ。その下にはムスリム同胞団など、イスラム原理主義を支持するグループ。その下にムスリムの若者たち。上の層は彼らを「肥沃な土壌」と見て、様々な働きかけを実際に行っている。だからそれに対抗する必要がある。

 読み終わって「これは大変だ」と思った。著者自身の経験や、その活動の中で得た事例を見ると、「敬虔なイスラム教徒」から「過激派」までが、実にシームレスにつながっている。「イスラム国に参加する」という決断までに「決定的な何か」は必要ないのだ。※誤解があるといけないので言うけれど、過激な思想を持つ可能性があるのでイスラム教徒は全員危険だ、と言いたいのではない。

 最後に。気が付いたことを。日本ではドイツのようなムスリムに関する状況はないが、似たようなことはあるのではないか?ということ。イスラム原子主義では、コーランに疑問を持ったり解釈したりしてはいけない。「イスラム」が善で「イスラム以外」は悪とされる。複雑で多様な社会状況で判断が難しい中、悩まなくてもいいシンプルな答えが歓迎されている。

 さて、日本にいる私たちにも、何かに疑問を持つだけで排斥される、あるいは排斥するような空気はないか?「私たち」と「私たち以外」に分けて、「自分たちが正しい」「相手が間違っている」という考えに安住していないか?原理主義は音もなく近付いて、もうそこまで来ているのかもしれない。

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勝手に予想!2017本屋大賞

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 明日4月11日(火)が本屋大賞の発表日です。今年は10作品がノミネートされていますが、そのうちの8作品を読みました。

 読んだのは「i(アイ)」「暗幕のゲルニカ」「桜風堂ものがたり」「コンビニ人間」「ツバキ文具店」「罪の声」「蜜蜂と遠雷」「夜行」です。読んでいないのは「コーヒーが冷めないうちに」「みかづき」です。

 全部は読んでいないし、これまでいいセンは行くけれど当たったことがないのですが、今年も、私の予想を発表します。

 大賞:「暗幕のゲルニカ」 2位:「蜜蜂と遠雷」 3位:「罪の声」 4位:「桜風堂ものがたり」

 「暗幕のゲルニカ」は、19世紀と21世紀、現実とフィクションが行き来する構成が見事で、とても上質な読み物になっていました。それに加えて「反戦」を象徴した「ゲルニカ」の時代背景や制作意図を取り込むことで得た、今の時代へのメッセージ性を評価して大賞にしました。

 「蜜蜂と遠雷」は、「暗幕のゲルニカ」とどちらにするかすごく迷いました。著者の描写力の高さが発揮されていて、作品としての完成度が抜きんでていると感じました。ただし既に直木賞を受賞しているので、それを追認するのでは書店員さんが選ぶ意味がないのではないかと思いました。実際のところ、直木賞受賞作が本屋大賞を受賞した例は、これまでにはありません。

 「罪の声」は、昭和の大事件をテーマとした作品で、「本当に「こうだったかもしれない」と思わせる読み応えがありました。この作品で山田風太郎賞を受賞していますが、まだデビュー5年ということで、書店員さんが発掘して世に出た、ということになるのではないでしょうか?

 「桜風堂ものがたり」は、売れる本を発掘する才能がある書店員が主人公。同僚たちも書棚づくりに熱意を持って取り組む。まさに「本屋大賞の心」を持った人たちの物語。完成度も高く、心を打つ場面もあり、きっと上位に入ってくるでしょう。

—-2017.4.12 追記—-

 大賞は「蜜蜂と遠雷」に決定しました。2位「みかづき」3位「罪の声」4位「ツバキ文具店」と続きます。3位の「罪の声」が的中しましたが、その他は外れました。直木賞とのダブル受賞は、少し前までは「あるかもしれない」と思っていたのですが、ずっとないので「ないものだ」と思ってしまいました。

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図書館が教えてくれた発想法

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著 者:高田高史
出版社:柏書房
出版日:2007年12月20日 第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 よく利用する図書館に「図書館の未来(これから)を考える」と銘打ったコーナーが作られていて、そこにあった1冊。そのコーナーと本書のタイトルに引っかかりを感じて手に取った。

 図書館のアルバイトである主人公に仕事を教える、という物語の体裁で、図書館の「レファレンス・サービス」を紹介する。その主人公の名は上田彩乃、歳は21歳。ぶらりと立ち寄った図書館で、1か月半の短期アルバイトについた。志望動機は「調べものがうまくなりたくて..」

 彩乃の指導係の伊予さんが、彼女の志望動機を聞いて、図書館の仕事をしながら1日に10分ぐらいずつ、図書館での調べもの(リファレンス・サービス)について話してくれることになった。物語は、日記のように日付がついた形で、一日一日の記録として綴られている。

 図書館で調べ物をするには...。まず空間を把握。一般書のコーナー、事典などの参考図書のコーナー、児童書、雑誌、新聞、郷土資料...。次には分類番号。例えば「ニワトリ」の本を探すなら「4自然科学」「8動物」「8鳥類」「4ニワトリやハトの仲間」で、「4884」が「ニワトリ」の本の分類番号。

 こうやって「自然科学」>「動物」>「鳥類」>「ニワトリ」と「絞る発想」と同時に、「広げる発想」も必要。絞った段階を戻って「488鳥類」や「480動物全般」のところにある本に、ニワトリのことが書いてあるかもしれない。さらには「6産業」の中の「645家畜・畜産動物」も見た方がいい。調べる内容がどんな本に載っているかをイメージすることが大切だ。

 ここに書いたことは、まだ図書館の調べものの方法の入口。なかなか奥が深くて、書いてあることをすべて習得すると、図書館の調べものの達人になれそうだ。

 ただ、本書を読んでいて途中でふと思う。「これは図書館員向けの指南書なのか?」「図書館員になる予定はないので読んでもムダ?」。これら疑問への答えは半分YESで半分NO。まずは、よくできた指南書になっている。それからよく噛まないと消化できないけれど、汎用的な発想法にも応用ができる。

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ビブリア古書堂の事件手帖7

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著 者:三上延
出版社:アスキー・メディアワークス
出版日:2017年2月25日 初版発行
評 価:☆☆☆(説明)

 人気ベストセラーシリーズの第7巻。本書の発売に合わせて、実写とアニメの映画化が発表されている。ストーリーもキャストも公開時期さえ未発表で「詳細は後日」という異例の告知だけれど。

 「古書にまつわるミステリー」をテーマにしてきたこのシリーズは、短編ごとに別の古書が登場する短編集の巻と、1冊の本を追いかける長編の巻がある。第7巻の本書は長編の体裁。そして本書でシリーズは完結する。

 完結編の本書で、主人公の大輔と栞子が追う本は、シェイクスピアの作品集。ファースト・フォリオと呼ばれる、17世紀に出版された最初の作品集で、その1冊がサザビーズで約6億円の値が付いた、というシロモノだ。その本は栞子の祖父の因縁の品物で、母の失踪とも関係している。

 前作の第6巻は、栞子を取り巻く新たな謎を加えて、シリーズの構造をドンドン重層的に複雑にした。本書は(完結編ということもあって)、その複雑さを解きほぐす役割を持っている。だから物語が一方向に流れて行く感じなのだけれど、それでも幾つかのヤマがあって、やっぱり最後まで気が抜けなかった。

 これで完結ということで、著者には「ありがとう」と「お疲れさま」と声をかけたい。それまで1年を空けずに巻を重ねて来ていたのに、今回は2年以上も空いての発行だった。「あとがき」によると「今度こそ書けないと思う瞬間が何度もありました」ということだ。

 さらにうれしいことに「番外編やスピオンオフという形で「ビブリア」はまだ続きます」という。いつ公開されるかもわからない映画も気になるけれど、スピンオフ作品が今から楽しみだ。

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言葉にできるは武器になる。

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著 者:梅田悟司
出版社:日本経済新聞出版社
出版日:2016年8月25日 1版1刷 10月17日 5刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

 出版社の日本経済新聞出版社さまから献本いただきました。感謝。半年ぐらい前にいただいたのに、紹介が今日になってしまいました。陳謝。

 著者は電通の現役のコピーライター。コーヒーのジョージアの「世界は誰かの仕事でできている。」が著者の手になる作品。「言葉」それも「伝えるための言葉」のプロフェッショナルということだ。

 プロフィールからは「プロが教える言葉のテクニック」的なものを想像する。そういうすぐに使えそうな技も紹介している。「比喩・擬人」とか「反復」とか「対句」とか..。ただし分量的には後半の4割ほどで、前半ではもう少し奥深いコピーライティングのコーチが受けられる。

 「言葉には2種類ある」と著者は言う。「外に向かう言葉」と「内なる言葉」。前者はコミュニケーションツールとしての言葉。「すぐに使えそうな技」はこれを気の利いたものにする。後者は思考するときに使っている言葉。私たちは、言葉で考え、納得のできる答えを言葉で探す。著者は後者の方が大事だと言う。

 「言葉が意見を伝える道具であるならば、まず、意見を育てる必要がある」「言葉にできないということは「言葉にできるほどには、考えられていない」ということ」。正論だ。日々言葉のテクニックで勝負しているコピーライターだからこそたどり着いた、実体としての重さを感じる正論だ。

 もちろん正論だけ言われても、また心構えだけ言われても、どうしようもない。でも安心してほしい。前半の6割はこの「内なる言葉」との向き合い方を、色々な視点から説いて、そのための思考プロセスの様々な方法を紹介している。

 最後に。著者は、自分が抱えている具体的な課題を想定して、本書を読むように促す。実は今、私はそのような課題を抱えている。半年も本棚に収まったままだった本書を、今回、何気なく手に取ったのは、たぶん本が呼んでくれたのだと思う。そういうことが時々ある。

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恋のゴンドラ

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著 者:東野圭吾
出版社:実業之日本社
出版日:2016年11月5日 初版第1刷
評 価:☆☆☆(説明)

 「疾風ロンド」「雪煙チェイス」のスキー場シリーズで舞台となった、「里沢温泉スキー場」で巻き起こるラブコメディ。「ゴンドラ」「リフト」「プロポーズ大作戦」「ゲレコン」「スキー一家」「プロポーズ大作戦 リベンジ」「ゴンドラ リプレイ」の7編からなる連作短編。

 各短編ごとに主人公が変わる。最初の「ゴンドラ」と次の「リフト」で8人の男女が登場する。全員、都内のリフォーム会社やデパートやホテルで働く社会人。この8人の誰かが、その後の短編で入れ替わりで主人公となる。誰々は誰々が好きだとか、くっつけようだとか、浮気したとか許さないとか、ダメだと思ってたけど見直したとか...そういう物語だ。

 最初の「ゴンドラ」だけあらすじを。主人公の広太は33歳。合コンで知り合った桃実とスノーボード旅行に来ていた。彼女との初めての旅行に悦びを噛みしめていた。ところが二人が乗った12人乗りゴンドラに、同棲相手の美雪が乗って来た!あろうことか広太は美雪と結婚の約束までしていた..。

 面白かった。広太の絶体絶命のピンチだけれど、まったく同情の余地がない。どんなヒドイ目に会おうと知ったこっちゃない。そうなると他人の不幸も、傍目から見てこんな楽しい見世物はないってことになる。まぁ、美雪さんはかわいそうだけれど。

 他の作品も、当人たちにはけっこうキツイ出来事かもしれないけれど、傍観者としては面白可笑しいとか、ちょっといい話とかの、エンタテイメントに仕上がっている。だいたい男がダメダメな感じなんだけれど、物語の中でちょっとだけ成長する。...広太を除いては(笑)。

 「疾風ロンド」「雪煙チェイス」の「あの人」もちょっとだけ登場する。

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一汁一菜でよいという提案

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著 者:土井善晴
出版社:グラフィック社
出版日:2016年10月25日 初版第1刷 2017年2月25日 第9刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 著者の土井善晴さんは料理研究家。テレビ朝日「おかずのクッキング」や、NHK「きょうの料理」で料理の先生をしてらっしゃる。恥ずかしながら私は知らなかった。料理学校を開かれたお父さまの土井勝さんの名前はよく知っていたけれど。

 本書は著者が少し前から唱えている「一汁一菜」という料理のあり方の提案を論じたものだ。「一汁一菜でよい~」と「~でよい」が入っているのは「一汁三菜」に代表される、「きちんとした食事はおかずが何品以上」という固定観念へのアンチテーゼだからだ。

 必要ない人も多いと思うが「一汁○菜」について一応説明。食事の献立の話で、「汁」は汁物「菜」はおかずを表す。「一汁三菜」なら、「ご飯」と「みそ汁などの汁物」と「おかずが三品」。ということになる。著者が提案する「一汁一菜」ならおかずは一品だ。

 さらに言うと「一菜」は漬物でいいと著者は言う。さらにさらに言うと「具だくさんのみそ汁」は「一菜」を兼ねてもいい。その「具だくさんのみそ汁」には、何でも入れていい。ピーマンやトマトを入れてもいい。ベーコンやハム、鶏の唐揚げでもいい。(2017.4.1追記 著者のtwitterには「目玉焼き」を入れたみそ汁の写真がアップされている)

 とても共感した。著者のこの提案の根っこには、家庭で料理を作る人への暖かい眼差しがある。毎日の献立を考えるのが大変、仕事をしていると食事の支度が負担になる、簡単に済ませれば済ませたで後ろめたい。そういう人たちに「ご飯と具だくさんのみそ汁でいいんですよ」と言っているのだ。具体的なレシピもある。

 実際に夕食を「ご飯と具だくさんのみそ汁」にしてみると、確かに気が楽になった。もう一品か二品を簡単なものを作ってしまうぐらい、気持ちに余裕ができた。結果として「一汁三菜」になったけれど、気楽さはそのままだ。「何でも入れていい」は半信半疑だったけれど、実際にトマトやピーマンを入れたみそ汁を作ってみたが、これが美味しかった。

 最後に。本書は「一汁一菜の提案」から話を掘り下げかつ広げて、和食や日本の文化についても論じられている。散見される「日本人だけが..」という部分には違和感も感じたけれど、総じて興味深い考察だと思う。そういうところも楽しめる。

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蜜蜂と遠雷

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著 者:恩田陸
出版社:幻冬舎
出版日:2016年9月20日 第1刷 2017年1月25日 第10刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 2016年下半期の直木賞受賞作。本屋大賞ノミネート作品。

 本書の舞台は「芳ケ江国際ピアノコンクール」。3年ごとに開催され、「ここを制した物は、世界最高峰のS国際ピアノコンクールで優勝する」というジンクスがある「登竜門」的なコンクール。本書は、その出場者や関係者たちを主人公とする群像劇だ。

 主人公たちをざっと紹介する。審査員の嵯峨三枝子、出場者でかつてピアノの天才少女と言われた栄伝亜夜、28歳でコンクールの最年長出場者の高島明石、最有力出場者のマサル・カルロス・レヴィ・アナトール。この他にも、審査員をしている三枝子の前夫、亜夜に付き添う先輩、明石を取材する高校時代の同級生の女性等々、多くの人が描き込まれている。

 そしてもう一人、出場者の風間塵。トリックスター的な役割で物語を途中まで牽引する。このコンクール出場までの経歴がほとんど分からない。分かっているのは、養蜂家の父について転々と移動しながら、有名な音楽家の指導を受けたらしいことだけ。彼の演奏は、それまでの常識を破るものだった。それを聞いたある者は感動に震え、ある者は「こんなものは音楽への冒涜だ」と怒りに震えた。

 つまり役者が揃っている。それぞれのドラマを描けば、よい読み物になることは、著者の筆力を考えれば約束されたようなものだ。ただ、それだけではなかった。

 物語は、コンクールのオーディション、一次予選、二次予選、三次予選、本選、を順に描く。主人公たちの演奏は欠かさず描き、その他の出場者のものも少なくない。数えてはいないけれど、20以上の演奏シーンを言葉だけで表現していることになる。飽きないの?...まったく飽きない。

 以前に私は、中山七里さんの「さよならドビュッシー」のレビューで「文章の力」として、「本書からは「音楽」が聞こえて来る」と書いた。そのレビューの中で、本書の著者の恩田陸さんの「チョコレートコスモス」は「女優の演技が目の前に立ち現れた」とも書いた。

 本書は、その文章の力で「音楽」と「映像」の両方の感覚を呼び覚ます。帯に「著者渾身」と書かれているのは誇張ではないのだろう。

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i(アイ)

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著 者:西加奈子
出版社:ポプラ社
出版日:2016年11月29日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 本屋大賞ノミネート作品。以前に読んだ直木賞受賞作の「サラバ!」がとてもよかった。私はその年の本屋大賞の予想で「サラバ!」を大賞にしていた。実際の結果は2位だったけれど、それでも多くの支持を集めたことには違いない。

 本書の主人公はアイ。フルネームは「ワイルド曽田アイ」。アメリカ人の父と日本人の母を持っている。物語の初めには高校1年生だった。本書冒頭の一文は「この世界にアイは存在しません。」これは数学教師が虚数のiを説明した言葉だけれど、この一文は意味合いを変えて度々登場することになる。

 アイは両親と血がつながっていない。シリアで生まれたアイは、まだハイハイを始める前に養子として両親の元にやって来た。小学校まではニューヨークで暮らし、中学入学に合わせて日本に来た。両親は愛情を込めてアイを育てた。

 その愛情にアイは苦しんだ。自分が「不当な幸せ」を手にしているという気持ちが心から離れない。素直に感謝できないなんて許されない、という気持ちが、二重にアイを苦しめた。それほど繊細な子どもだった。

 本書には「サラバ!」との共通点がある。主人公が中東の生まれであること、あまり積極的に物事に関わらないこと。その主人公の半生を描いた物語であること。もちろん違う点もある。「サラバ!」では騒動は主人公の周辺で起きたけれど、本書ではアイの内面で起きる。もどかしくなるほど内省的な主人公なのだ。

 物語には、9.11から始まって、天災やテロなどの現実に起きたたくさんの事件についての記述がある。遠く離れた場所の不幸さえ、アイは抱え込んで、内へ内へと閉じこもってしまう。ただ、たった一人の親友が外の世界への窓となる。一人でもそういう人がいれば救われる。そんな物語。

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