書店ガール7 旅立ち

書影

著 者:碧野圭
出版社:PHP研究所
出版日:2018年9月21日 第1版第1刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

 もっと長く続いて欲しいと思う反面、いい終わり方ができて良かったとも思った本。

 書店を舞台にした大人気シリーズの完結編。これまでに主人公を務めた4人の女性たちの、それぞれの「その後」を描く。

 4人の女性とは、西岡理子、小幡亜紀、高梨愛菜、宮崎彩加の4人。理子は、亜紀と共にシリーズ前半の3巻の主人公。「吉祥寺の女傑」の異名をとる半ば伝説と化した書店員。亜紀は、元々は理子の部下で、当初は衝突もしたが今は互いに信頼している。愛菜は、第4巻の主人公で理子たちの店の学生アルバイト。彩加は、違う店の社員で愛菜の友人で、第4巻から6巻までの主人公。

 本書で描かれるのは、愛菜、彩加、理子、亜紀の順。愛菜は、大学を卒業後に中学校の司書教諭となった。今は「読書クラブ」の顧問で、その「読書クラブ」の生徒たちとのエピソードを描く。彩加は、務めていた会社を辞めて故郷の沼津に帰っていた。高校時代からの親友たちとの交流がつづられる。

 理子は、東日本エリア・マネージャーとして、仙台の店の移転に関わることになった。会社の方針と現場の思いの板挟みとなって、ままならない日々が描かれる。そして亜紀は、本部勤務から理子が長く勤めていた吉祥寺支店の店長として現場復帰する。店長としての初出勤の日の朝、自宅を出る時から開店までの短かくも浮き立つような時間が描かれる。

 完結編としてどこにもへこみのない玉のような完成された一冊だった。4人がそれぞれ新しい場所で歩み出しているのだけれど、愛菜と彩加は書店を離れ、理子と亜紀は書店に留まったところが対照的。愛菜の物語に理子が、理子の物語に彩加が、彩加の物語に理子が登場する。そして4編の物語が順を追って時間が経過していて、すべてが1つの物語だとも感じられる。

 私としては彩加の物語が一番心に残った。全編が彩加ら高校時代からの親友3人の女性の会話で進む。主人公たちは書店員である前にひとりの人間であり、書店とは直接関係のない人たちとの交遊もある。そんな当たり前のことが、幸せな形で前面に出ている。こういう話ももう少し読みたいなぁと思った。

 理子さんはシリーズを通してカッコいい。今となっては第1巻の前半あたりの「未完成な頃」が懐かしい。

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噛みあわない会話と、ある過去について

書影

著 者:辻村深月
出版社:講談社
出版日:2018年6月12日 第1刷 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 いやぁ「これはキツいよなぁ」と思った本。

 楽しい事やうれしい事を、当事者がみんな同じように感じているとは限らない。ましてや過去の出来事の記憶は...。という「思い出のズレ」の露見(それも相当にショッキングな)を描いた4つ短編を収めた短編集。

 「ナベちゃんのヨメ」。主人公は佐和。学生時代の同期の男子のナベちゃんの結婚式に招待された。ただし婚約者の女性が「気にする人」なので、女子はナベちゃんには直接連絡を取らないように言われる。「パッとしない子」。小学校の先生の美穂は、人気アイドルグループのメンバーの一人を教えたことがある。その子がテレビの企画で母校に来ることに。

 「ママ・はは」。主人公は小学校の先生で、2つ上の先輩のスミちゃんに、先日あった保護者会の話をした。ある生徒の母親が他の保護者に「皆さん、優しすぎませんか?なんでそんなに甘いんですか」と発言したのだ。「早穂とゆかり」。県内情報誌のライターの早穂は、カリスマ塾経営者の日比野ゆかりにインタビューすることになった。ゆかりは小学生の時の早穂の同級生で、その頃は「教室で浮いた存在」だった。

 「パッとしない子」と「早穂とゆかり」が強く印象に残った。どちらもキリキリと引き絞られるような痛みを感じる物語だった。生徒の希望の後押しをした、少し誇らしい思いを持っていた先生は、その教え子から思いもよらない言葉を投げられる。小学校の同級生の今の立場に配慮したつもりの言葉が、厳しい反応を引き出す。こんなことなら再会しなければよかった。

 著者はこれまでにも、昔の友達との価値観の違いからくる「交わらなさ」を度々描いてきた。時にそれは露悪的にさえ感じられた。今回は「交わらない」を超えて衝突を招いている。こういう心の暗い一隅を取り出して見せるのが、著者は上手いなぁと思った。

 一つ意外だったこと。帯に「あのころ言葉にできなかった悔しさを、辻村深月は知っている。共感度100%!」とある。物語の中で「あのころ悔しかった」のは、主人公ではなくて再会した相手の方。「こんなことなら再会しなければよかった」と書いた私は、主人公の方の気持ちになっているけれど、本書は「主人公じゃない方」に共感する読み方もできるらしい。もしそうなら私のように「痛み」ではなくて「快感」を感じるのだろうか。

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Happy Box

書影

著 者:伊坂幸太郎、山本幸久、中山智幸、真梨幸子、小路幸也
出版社:PHP研究所
出版日:2015年11月24日 第1版第1刷
評 価:☆☆☆(説明)

 「幸せ」を描くのには、必ずしも「幸せ」な物語でなくてもいいのだな、と思った本。

 本書は、伊坂幸太郎、山本幸久、中山智幸、真梨幸子、小路幸也の5人がそれぞれ「幸せ」をテーマに書いた短編を収めた短編集。「解説」によると、「名前に「幸」の一文字を持つ作家を集めて、幸せのアンソロジーをつくろう」という企画らしい。

 伊坂幸太郎さんの「Weather」、主人公の大友君は、学生時代からの友人の清水の結婚式に出席している。清水には内緒にしているけれど、新婦は大友君が高校生の時に交際していた女性だった。山本幸久さんの「天使」、77歳のおばあちゃんのスリ師、福子が主人公。ある日「仕事」にでかけたショッピングモールで、福子自身が親子のスリグループに狙われる。

 中山智幸さんの「ふりだしにすすむ」、主人公の29歳のりりこさんは、自宅近くのカフェで「ぼくね、きみの生まれ変わり」と声をかけられる。相手はでっぷりと太った60歳は超えてそうな老人。真梨幸子さんの「ハッピーエンドの掟」、主人公のアイコの家は母子家庭で、母親はキャバレーのホステス。先生は何かと心配してくれるけれど、アイコは今の暮らしが好きだ。

 小路幸也さんの「幸せな死神」、主人公の帆奈は行きつけのバーで端正な顔をした「死神」と知り合う。その日いいことがあって、バーテンと乾杯したときに、思いっきりこぼしてしまった。それで、その場所にいた「死神」にウィスキーをかけて「召喚した」ことになってしまったらしい。

 5編全部をそれぞれ少しだけ紹介した。でも物語の結末は、この紹介からはまず予想できない。ハートウォーミングで泣ける話、どんでん返しでゾクッとする話、切ない終わり方をする話...。「幸せ」の描き方にもいろいろとあるものだ。思わぬ方向に展開する物語を楽しんで読んだ。

 「解説」で、執筆を依頼したときのそれぞれの作家さんの様子を紹介している。お見逃しなく。

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ビタートラップ

書影

著 者:月村了衛
出版社:実業之日本社
出版日:2021年11月5日 初版第1刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 命が懸かっているのにどこか軽やかな「よかったね。いやよかったのかな?」と読後に思った本。

 以前に読んだ「土漠の花」という作品で著者の名前を憶えていて、新刊が出たということで読んでみた。

 主人公は並木承平、33歳、バツイチ、農林水産省の係長補佐。物語は冒頭から助走なしで始まる。泣きじゃくっていた恋人による唐突な告白「わたしは中国のハニートラップなんです」「祖国の命令であなたに接近しました」。恋人は行きつけの中華料理屋に新しく入ったバイトで、確かに中国人の留学生だった。名前は黄慧琳。

 物語は、並木と慧琳が、中国の国家安全部から慧琳の身を守るため偽装の恋人関係を続ける様を描く。

 その間、並木にはずっと疑問がある。慧琳を信じていいのか?告白の理由を問えば「並木さんのこと、本気で好きになった」という。そんなこと本当なのか?でも嘘をついているとは思えない。でも相手はスパイだ。嘘をつくのがスパイの本領だ。でもなんでわざわざ告白したのか?でも気が付けば慧琳の告白をきっかけに同棲することになっていた。これはスパイの目論見どおりなのでは?

 いくつもの「でも」でつながって堂々巡りする考えを、整理することができない並木の煩悶の生活が続く。周辺の状況はめまぐるしく変わり、剣呑さを増していく。そうするうちに日本の公安警察も絡んできて、並木自身の身の安全も危うくなる。

 面白かった。並木は「平凡ないい人」で、慧琳もスパイとはいえ素人同然(という設定)。そんな二人が身を守るために国家を相手にする。そのためにお互いを必要として寄り添ったり反目したりと忙しいが、それが普通の恋人っぽかったりもする。基本的にサスペンスなのだけれど、とても特殊な状況の恋愛物語でもあった。

 最後に。並木と慧琳の反目は、日本と中国との習慣や価値観の違いによるものも多い。そしてその違いは、両国の国民が互いに相手に感じる偏見でもある。並木の同僚たちの会話でその偏見が顕在化するのだけれど、それがいかにも屈託なく、いかにもありそうな会話。そしてそう思うことに私自身が苦い気持がした。

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海をあげる

書影

著 者:上間陽子
出版社:筑摩書房
出版日:2020年10月31日 初版第1刷 2021年6月5日 第5刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 気が付いていて見て見ぬふりをしていることを突き付けられた、そういう本。

 2021年の本屋大賞の「ノンフィクション本大賞」受賞作品。

 著者は教育学・社会学の研究者。沖縄県生まれで、今は普天間基地の近くに住み、保育園に通う娘がいる。東京と沖縄で未成年の少女たちの支援・調査に携わり、現在は若年出産をした女性の調査をしている。本書は「webちくま」というサイトに掲載したエッセイを中心に12編を収録したエッセイ集。

 著者自身のこと、家族のこと、支援している少女たちのこと、そして沖縄のこと。テーマは様々だけれど、一貫しているのは自分の目で見て耳で聞いたことを書いていることだ。フィールドワークをする研究者らしく、視線が観察的で装飾が少ない抑え目な文章。そこに著者の感情がするりと差しはさまる。それは、娘に対する愛情であったり、沖縄の現状に対する怒りと哀しみであったりする。

 一編だけ紹介する。2019年に行われた辺野古の埋立ての賛否を問う県民投票のこと。宜野湾市や沖縄市などの5つの市の市長が県民投票を拒否し、その撤回を求めて20代の若者が宜野湾市庁舎前で、ハンガーストライキをした。その若者は元山仁士郎さん。著者と元山さんは1年半に出会っていて、その出会いは、著者に大きな後悔をさせるものだったらしい。

 この一遍では、ハンガーストライキに至る経緯と、その現場の様子、とりわけそこを訪れる沖縄の人々の思いが記されている。雨が降り始めて寒い2月の明け方に誰かが届けたテントで眠る様子。おにぎりの入ったビニール袋を渡しながら「こんなことまでさせて、おじさんは、もうつらくてつらくて」と言って泣く男性..。

 「基地反対運動をしているのは実は沖縄の人ではない」的な言説が流布しているけれど、本書のような現場で実際に見聞きしたレポートを読めば、それが事実でない、少なくとも一部分の切り取りでしかないことが分かる。そしてタイトルの「海をあげる」の意味が分かった時、読者は衝撃を受け自省することになる。

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ソーシャルメディアと経済戦争

書影

著 者:深田萌絵
出版社:扶桑社
出版日:2021年5月1日 初版第1刷 発行
評 価:☆☆(説明)

 これは「私の考えとは全く合わないな」と感じたけど「たまにはそんな本を読もう」と思って読んだ本。

 著者紹介によると、著者はITビジネスアナリストでITベンチャーの経営者でもある。ビジネスで米中を往来してきた著者が、新型コロナウイルス、SDGs、地球温暖化、DXと5G、米中の衝突といった、グローバルなトレンドを読み解く。

 著者の主張のベースは、これらのトレンドはすべて「ビジネスプロパガンダ」だというもの。つまり何者かが作り出して世論と政治を誘導している。それによって誰が得をするのか?を考えれば、その「何者か」が分かる、というわけだ。

 例えば新型コロナウイルスのパンデミックは、何者かが仕掛けた経済戦争だという。「ソーシャルディスタンス」というプロパガンダを前面に押し出すことで、リモートワークやリモート授業が進む。その通信負荷の増大を解消するために、ファーウェイ製の5G基地局の受入が進む。つまり「何者」とは「中国」らしい。

 さらに表面的には緊張関係にある台湾と中国が、裏では手を結んでいて、台湾が中国のフロントとして機能している、という指摘もある。日本も米国も、中国への技術移転には神経を尖らせるが、相手が台湾なら警戒が緩む。中国が購入できない最先端兵器を調達して、その技術を中国へ移転するという重要な役割を、台湾が担っている(と著者は主張する)。

 本書を手に取って「はじめに」を読んで「トンデモ本」だと思った。それは読み終わっても大きく変わらない。でも、例えば、中国・台湾に広がる人物相関図(蒋介石や周恩来の名もある)が載っていて、こうした著者があげる「事実」が本当なら辻褄は合っている。でも真偽の確かめようがない。参考文献も出典一覧もない。

 ということで、本書はもしかしたら「トンデモ本」かもしれない。でも大事な示唆を含んでいる。世の中の話題は「誰かが意図的に作り出したプロパガンダかもしれない」と疑うことは大切だし、IT機器から情報が洩れている危険性は現実のものだ。「そんなバカな!」では済ませられることではない。

 そうそう。最後に述べられている「中小企業の労働生産性」の考察は、私もその通りだと思う。私の考えと全く合わないわけではなかった。

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超リテラシー大全

書影

編 者:サンクチュアリ出版
出版社:サンクチュアリ出版
出版日:2021年7月17日 初版 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 ネットでなんでも調べられるけれど「信用できる情報」を見分けるのは難しいから、こういうのがあってもいいかなと思った本。

 ニュースやSNSを見ていて、情報が多すぎるのはしんどい。本当のことだけ教えて欲しい。そういう人に「その道のプロ」が正しいと考える情報をだけを厳選して一冊にまとめたもの。「お金(投資・貯蓄・保険)」「仕事(転職・独立)」「IT(情報収集・デバイス)」「住まい(家・土地選び)」「法律(トラブル対処)」「セキュリティ(被害予防)」「医療(病気・治療)」「介護(親と自分の老後)」「防災(災害対策)」の9つの分野を網羅する88項目が収められている。

 例えば「お金(投資・貯蓄・保険)」の最初の項目は、「老後2000万円を信じてはいけない」。金融庁の「年金だけでは老後には2000万円足りない」という試算のことだけれど、あれには前提があってその通りにはならない、という話。じゃぁどうなるの?と言えば「2000万円ではまったく足りない可能性もある」「年金をあてにしない場合はだいたい1億円」。

 「おいおい。ずいぶん煽ってくれるじゃないか」と思ったけれど、このあとで「数字だけ漠然と追いかけていてはお金のリテラシーは高まりません」となって、「今のお金の使い方を見直す」「必要なお金を見直し、一発逆転を狙わない」「投資の正しい情報を身につける」と続く。つまりは「自分のケースで試算しろ」ということで、最初の「煽り」から一転したいい着地点だった。「信用できるかも」と思った。

 9つの分野の全部に興味があったわけではないけれど、全部読んでみた。そうしたら、さほど興味がなかった「医療(病気・治療)」「介護(親と自分の老後)」が、読んでよかったと思うことが多かった。考えてみれば「興味がないこと」は知識もないわけで、いろいろと知ることができてよかった、ということなのだろう。

 ひとつ気になったことも。「住宅ローンの繰り上げ返済はしない」とあって、それは返済に充てるお金を「利回り3%で運用したら、支払いの金利分を上回る」という理由。言っていることに間違いはないけれど、「3%で運用」は簡単じゃないだろう。いやむしろかなりハードルが高い。

 もちろん別のところに「投資の正しい知識を身につける」ことも書かれているけれど、多くの人はそういう「前提」を飛ばして「結果」の「繰り上げ返済はしない」だけが頭に残ってしまう。危険だ。

 私はITの分野なら(プロだなんて言わないけれど)誰かに教える立場にある。「ITを活用しましょう」という話の中で、似たような「危険」が潜んでいないか心配になった。

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みとりねこ

書影

著 者:有川ひろ
出版社:講談社
出版日:2021年8月11日 第1刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 これだけの粒ぞろいの短編を「猫しばり」で書けるなんて、すごい「猫愛」だなぁ、と思った本。

 猫が重要な役割で登場する短編を7編収録した短編集。そのうちの2編は著者の9年前の作品「旅猫リポート」の外伝、1編は同じく5年前の「アンマーとぼくら」の前日譚にあたる。

 外伝の2編は「ハチジカン」と「こぼれたび」。「旅猫リポート」の主人公の猫ナナの飼い主であるサトルの子どもの頃の物語と、「旅猫リポート」と同時期に、サトルが訪ねていった先の男性を主人公とした物語。どちらも切ないストーリーだった。とりわけ「こぼれたび」には涙した。

 「アンマーとぼくら」の前日譚は「猫の島」。「アンマーとぼくら」の主人公のリョウの子どもの頃の物語。リョウと父親のカツさん、カツさんの再婚相手の晴子さんの3人の二泊三日の旅行。3人で積み重ねていったエピソードの一つを切り取った、生き生きとした写真のような物語。「カツさんってホントに..」と思った。

 その他には「トムめ」「シュレーディンガーの猫」「粉飾決算」「みとりねこ」の4編。どれも猫への愛情がほとばしるような作品だった。面白かったのは「シュレーディンガーの猫」。主人公は漫画家の妻の香里。夫は「生き物としての全てのスキルを漫画に全振りしているような男」。その家庭に赤ちゃんと同時に子猫が来た。香里の「男前」さが際立つ。

 「旅猫リポート」は「アンマーとぼくら」も、どちらも心を打つ名作だった。著者のファンとしては、そのスピンアウトを読めるのがとてもうれしい。思い出して(思い出すために?)「旅猫リポート」と「アンマーとぼくら」をもう一度読んだ。改めて感動。やっぱり名作だった。

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公務員のための情報発信戦略

書影

著 者:樫野孝人
出版社:CAPエンタテインメント
出版日:2021年11月1日 初版発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

やっぱり実際にやってきた人の言うことには価値があるなぁと思った本。

著者はリクルート出身で、映画製作やITベンチャー、そして政治の世界でもと、様々な場所で実績を残してきた人。広島県が全国に先駆けて設置した「広報総括監」も務め、その実績が評価されたのか、福山市の情報発信戦略の委託先として著者が代表を務める会社が選定された。本書は、その福山市が取り組んだ内容と成果を整理し、地方自治体の情報発信戦略の手法をまとめたもの。

全部で4章ある。第1章「戦略的広報の基本」どのようにしてメッセージを伝えるのか?を手順を追って分かりやすく説明。第2章「広島県福山市の現状分析」情報発信戦略立案のための現状分析から、福山市での実践の概要まで。

第3章「ファクトをつくるマーケティングOJT」中身のない事業をPRでよく見せるのは本末転倒、との認識を基に「芯を食った政策・事業」の推進について。第4章「具体的な事例」実際のケースで、現場での市職員とのやり取りをまとめた報告書。

「公務員のための~」なので読者を限定するけれど、これは実践的でとても役に立つ本だと思った。実は「地方自治体の情報発信」には、私も仕事で関わっていて、本書のテーマについての問題意識は日ごろから持っている。そのためか、第1章から項目を追うごとに共感したり気付きがあったりで、一々役に立つことばかりだった。

例えば「民間プロフェッショナルの使い方」。そもそも福山市が「情報発信戦略を民間会社に委託」したことが、私には驚き(+羨望)だけれど、ここでは自治体と民間会社の関係のあり方の有意義な示唆が得られる。

もうひとつ例えば「プレスリリース+東京での情報発信」。どこの自治体も広報には力を入れていて、プレスリリースや首長の会見は仕組みが確立されている。しかしもう一段の積極的・戦略的な取り組みが必要だと思う。その方法が書いてある。

シティプロモーションに関わる人におススメ。市長も副市長も読むといいと思う。☆4つにしたけれど、公務員向けに限定するなら☆5つ。

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臨床の砦

書影

著 者:夏川草介
出版社:小学館
出版日:2021年4月28日 初版第1刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

第3波でこれであったなら、4波、5波、そして予想される6波はどうなるのかと、背筋が凍える思いがした本。

シリーズ累計330万部を超えるベストセラー「神様のカルテ」の著者による「緊急出版」。今年1月の新型コロナウイルス第3波の下の医療現場を描く。

主人公は敷島寛治。18年目の内科医。専門は消化器。長野県の小さな総合病院「信濃山病院」の医師。「信濃山病院」は感染症指定病院として、地域のコロナ診療を引き受けている。そして敷島は6人いるコロナ診療を担う医師の一人。ちなみに6人のうちの2人は外科医だし、内科医は4人いるけれど呼吸器の専門医は一人もいない。

物語は、信濃山病院の2021年1月3日から2月1日までを描く。

例えば、駐車場には発熱外来の車が長い列をなす。車の間を防護服を着た看護師が車までiPadを持って駆けていく。車内の患者を病院内の医師がiPadを使ってオンラインで診察するためだ。

例えば、保健所との窓口になっている医師の大きな声が響き渡る。「あと三人?入るわけないでしょう。昨日と今日の二日間でいったい何人入院させたと思っているんです」。信濃山病院の感染症病床は当初は6床だった。この時点で20床にまで増えていて、終盤には36床になる。それでも十分とは言えない。

入院が必要な症状なのにホテル療養を余儀なくされる患者。万一の家族への感染を防ぐために家に入らず車で寝泊まりする医療従事者。車の中で2時間も待たされて急変した虫垂炎の患者。家族の面会が叶わぬままに最期の時を迎える老人。..またまだ「例えば」を重ねたいけれど、この他は是非読んで欲しい。医療現場の現実が少しでも分かるはずだから。それは、私の想像を(たぶん多くの人の想像も)大きく超える過酷さだった。

「医療現場の現実」と書いたけれど、著者は実際に長野県の感染症指定病院でコロナ診療に携わる医師だ。著者はインタビューで「現実そのままではないが、嘘は書いていない」「第3波で見た現場があまりに衝撃的だったから」と執筆の理由を語っている。その現場を伝えるための「緊急出版」なのだ。

最後に。本書の宣伝には「この戦、負けますね」というセリフがよく使われる。しかし、少しあとこのセリフを受けた次のセリフの方が、この物語を端的に表していると思う。

負け戦だとしても、だ

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