アルベルト・アインシュタイン -相対性理論を生み出した科学者

書影

著 者:筑摩書房編集部
出版社:筑摩書房
出版日:2014年8月25日 初版第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 先月に読んだ「スティーブ・ジョブズ -アップルをつくった天才」と同じレーベル、「ちくま評伝シリーズ<ポルトレ> 」つまり中高生に向けた伝記。

 アインシュタインの生涯については、いくらかの知識があった。子どものころは数学は抜群の成績だけれど他はダメ。興味のあること以外はヤル気がなく、集団生活に馴染めない。大学を卒業しても教授陣のウケが悪く、大学に残れず就職もできない。ようやく特許局の審査員としての仕事を得て、その仕事の傍らで相対性理論の最初の論文をまとめる...。

 本書を読んで「あぁそうだったのか」ということも、もちろんある。例えば、小学校に入る前にお父さんに方位磁石をもらって、その動きの背後に地球の原理や仕組みを想像して身震いした、というエピソード。目の前の出来事に驚いたり不思議に思うことは多いけれど、その背後を想像して身震いということはあまりないだろう。感性の成せる業だと思う。

 物理学者としての名声を得てから後のことにも、多くのページを割いている。第一次世界大戦の敗戦の混乱から第二次世界大戦、ファシズムへ向かうドイツ国内にあって、ユダヤ人であるアインシュタインは反戦平和主義を貫き、米国へ渡って後も発言を続けた。後年には原爆の開発を結果的に後押ししてしまった…。

 本書を読んだのには理由があった。「スティーブ・ジョブズ」を読んだときに、「伝記」にしては書き手の意識(興奮)を感じて、これは著者の思い入れの強さの表れなのかシリーズの特徴なのか、どちらなのだろう?と感じた。それがもう1冊読めば分かるだろうと思ったのだ。

 本書を読んだ結果、あれは「著者の思い入れの強さの表れ」だったのだろうと思った。

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

ネットが生んだ文化

書影

監  修:川上量生
出版社:KADOKAWA
出版日:2014年10月26日 初版発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 新聞の書評欄で知って興味を持ったので読んでみた。本を読んでいると時々深く印象に残る一文に出会うことがある。本書にもそんな一文がある。

「どんなにネットに現実世界が流れ込んでも、リア充勢力が多数派になっても、ネット原住民の影響力が低下することはない。なぜなら、彼らは暇だからだ。

 本書は、ニコニコ動画の生みの親である川上量生さんが監修者となって、ネットの文化を浮き彫りにしようとする本だ。ネットに造詣の深い8人の著者が、「ネットの言論空間」「リア充対非リア」「炎上」「祭り」「コピペ」といった様々な切り口で、ネット社会の来し方行く末を斬る。

 本書で初めて知ることができたことはとても多い。特に「炎上」について。様々なきっかけが「炎上」を引き起こすことは知っていた。社会のルールやマナーに違反する発言が、集中砲火的に非難(罵詈雑言)を浴びることがある。しかし、そこには少数の「炎上させる人」と多数の「炎上させられる人」が存在するとは知らなかった。2ちゃんねる上のほとんどの炎上事件の「実行犯」は5人以内で、たった一人という場合も珍しくないらしい。

 様々な出来事に対する「まとめサイト」が数多くあることも知っていた。炎上事件を積極的に取り上げるサイトもあって、これによって情報の伝播力が高まり、さらに大規模な炎上へと発展する。しかし、これらのサイトの多くでは、アフィリエイトによってアクセスを稼いで収入につなげていることは知らなかった。「炎上」は様々な思惑を持った人が加わって、意図的に「引き起こされている」のだ。

 全く関係のない出来事なのに、煽られて怒りをかきたてられる人。「釣り見出し」だけを見て反応して怒りのコメントを残す人。そういう人は「炎上させられる人」で、誰かに利用されている。....私たちは、インターネットを上手に使えるほどには成熟していないんじゃないか?前々から思っていたことだけれど、さらに強くそう思った。

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

破門

書影

著 者:黒川博行
出版社:角川書店
出版日:2014年1月31日 初版発行
評 価:☆☆☆(説明)

 2014年度上半期の直木賞受賞作。寡聞にして著者のことを知らなかった。本書は「疫病神」シリーズと呼ばれるシリーズの第5作であるらしい。

 主人公は二宮。「二宮企画」という建設コンサルタント会社を営む39歳。建設コンサルタントの業務は、建設に関わる計画や設計、調査などだけれど、「二宮企画」のはちょっと違うらしい。建設現場に暴力団の妨害が入らないように話をつける仲介で、主な収入を得ている。

 二宮自身は堅気だけれど、こんな商売なのでヤクザとの関係が密接だ。それに二宮の亡くなった父親はヤクザの大幹部だった。そんなわけで、二宮のところには二蝶会の桑原というヤクザが出入りしていて、「危ない話」に二宮を巻き込む。シリーズ名の「疫病神」は桑原のことだろう。

 今回の「危ない話」は映画製作への出資話。日本と韓国が舞台のスパイ映画の製作に、二蝶会の若頭と桑原が出資する。昔、桑原と一緒に北朝鮮に渡ったことがある二宮も協力しろ、というわけだ。シナリオライターに会って質問に答える、それぐらいの協力だったはずが、「疫病神」の桑原に引き回されてヤクザの抗争にはまり込んでしまう...

 面白かった。直木賞という「大衆小説作品に与えられる文学賞」にふさわしい。ヤクザの抗争を描いているので、殴り合いもあるし血も流れる。それでも重苦しくならず、どこか軽快な感じがするのは、桑原の人物造形によると思う。

 桑原は、どうしょうもない極道だ。喧嘩っぱやい「イケイケヤクザ」なのに、損得勘定に長けていて、誰にでも平気でウソをつく。周り中に迷惑をかける。堅気の二宮を引き込んで舎弟のように使う。でも、ギリギリのところで止まって一線を越えないことと、意外なほど真っ直ぐな性根が垣間見える。

 ひどい目に会い、周り中から「縁を切れ」と言われながらも、二宮がズルズルと付き合っているのは、桑原のそういうところが分かっているからかもしれない。(もちろん、桑原みたいな男が、本当に近くにいたら、こんなこと言ってられないけれど)

※2015年1月にスカパーで、北村一輝さん、浜田岳さん主演でドラマ化されるそうです。
BSスカパー「破門(疫病神シリーズ)」公式サイト

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

誰がタブーをつくるのか?

書影

著 者:永江朗
出版社:河出書房新社
出版日:2014年8月30日 初版発行
評 価:☆☆☆(説明)

 日本では憲法で「言論の自由」が保障されている(憲法21条)。しかし出版、新聞、テレビ、ラジオなど、いわゆるマスメディアには、報じてはいけない「規制(制限)」がある。本書では、法律などの根拠がある制限を「規制」、そんな制限はないことになっているものを「タブー」と呼んでいる。気を付けないといけないのは、本書は「マスメディアにおける」規制とタブーを論じていて、私たちの普段の暮らしの中のタブーではないことだ。

 「規制」の例として、わいせつな文書や図画、他人の名誉を棄損する内容などは「刑法」で制限されている。法律はないけれど、誘拐事件の報道を規制する「報道協定」は、報道機関自身がその存在を認めているので「規制」の代表的な例。

 「タブー」の例は、「皇室」について、「差別」について、「原発」について、それぞれに「言ってはいけない」ことがある、という。理由のあるものもあるが、多くは「言うと面倒なことになる」という動機による自主規制だ。

 マスメディアにおけるタブーにも、私たちの暮らしに影響するものがある。例えば「原発」。福島の事故の前には原発についてのネガティブな情報はタブーだったそうだ。だから「危険」だという情報が流れず「安全神話」を形成してしまった。その理由に唖然とする。「電力会社」が巨大なスポンサーだったからだ。

 一旦は「そんな理由なのか」と唖然としたけれど、考えて見れば当たり前だ。報道機関だって民間企業なら収入が大事だ。さらに言えば「お客」も大事。出版社にとってのお客は?読者?それもあるけれど、取次、書店、コンビニ・キオスクなどの流通業者がお客となる。かつての原発と同様に、それらのネガティブな情報は流れにくいと思った方がいい、というわけだ。。「何を報じなかったか」を知るのは難しい。しかし、それを考える必要もあるかもしれない。

 本書だってそのタブーの渦中にあるわけで、その意味ではよくぞ書いたし、よくぞ出版したと思う。これには拍手する。ただ最後の、タブーについての想いが書かれている部分は、それまでの明快な論理の構成とは違って、言いたいことが行ったり来たりして読みづらくなってしまっている。「タブーはいろいろあってもいいじゃないか」と「できるだけないないほうがいい」の両方を、自分の考えとして紹介していて混乱を感じる。著者の想いも複雑なのだろう。

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

夏天の虹 みをつくし料理帖

書影

著 者:高田郁
出版社:角川春樹事務所
出版日:2012年3月18日 第1刷発行 2014年5月18日 第12刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 「みをつくし料理帖」シリーズの第7作。「滋味重湯」「牡蠣の宝船」「鯛の福探し」「哀し柚べし」の4編を収録した連作短編。

 主人公の澪は、江戸の元飯田町にある「つる家」という料理屋の板前。彼女には、かつて修業した「天満一兆庵」の再興と、今は吉原にいる幼馴染の野江と昔のように共に暮らす、といった2つの望みがある。

 しかし今回は、この2つの望みにはあまり触れられないままに物語が進む。前作「心星ひとつ」で叶いかけた、娘らしい「もうひとつの望み」が破れ(正確には澪が「違う道を選んだ」のだけれど)、その痛手からの立ち直りに時間を要した、というところか。

 この物語には、悪人があまり登場しない。あくどい店や心無い人々はいるけれど、「つる家」の主人や奉公人、澪が住む長屋の住人、世話になっている医師、口うるさい店のお客まで含めて、いい人だ。彼らに助けられて澪の今がある。

 ところが本書で、澪は大事な人を失ってしまう。この後どうなるのか。高名な易者の占いによると、澪の運命は「雲外蒼天(うんがいそうてん)」苦労の多い人生だが、その苦労に耐えて精進すれば、必ず青空が拝める、という。澪の行く末にまた暗雲が立ち込める。その先に青空はあるのだろうか。

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

エンジェル エンジェル エンジェル

書影

著 者:梨木香歩
出版社:出版工房 原生林
出版日:1996年4月20日 初版第1刷発行 2002年10月10日 第3刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 「家守綺譚」「西の魔女が死んだ」 の著者である梨木香歩さんの、今から20年近く前の作品。私は単行本で読んだのだけれど、B6版より少し小さい版型の160ページ、紙面に余裕のある文字数の「小品」。

 高校生の「コウコ」の物語と、女学校に通う「さわこ」の物語が交互に綴られる。「女学校」という言葉の響きからも想像できるように、「さわこ」の物語は時代が何十年か前のことのようだ。

 コウコは情緒不安定。意味もなくいらいらしたり、泣きたくなったり、じっとしていると焦燥感で手に汗がにじんだり。そんなコウコが、精神の安定を得るために熱帯魚を飼うことを思いつき、母親に認めてもらった。寝たきりになっている祖母の世話を、一部引き受けることと引き換えに。

 その祖母の世話というのは、夜中のトイレへの付き添い。もともと学校から帰ったら寝てしまって夜中に起きだす、という生活をしていたからそう無理はない。そんな夜中の二人きりの時間に、おばあちゃんが覚醒する。いたずらっぽい力のある目をして、若い女の子のような声で話しかけてくる。

 おばあちゃんに何が起きたのか?ちょっとドキドキする展開。もちろん「さわこ」の物語ともつながっている。二人の会話に控えめなユーモアも感じられて、穏やかな気持ちで読んでいた。ところが突然、心を深くえぐるような展開になるので、ご用心を。

 終盤のおばあちゃんのセリフが心に残った「神様もそうつぶやくことがおありだろうか」

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

スティーブ・ジョブズ -アップルをつくった天才

書影

著 者:筑摩書房編集部
出版社:筑摩書房
出版日:2014年8月25日 初版第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 図書館の書棚で見かけて手に取ってみた。スティーブ・ジョブズ氏の伝記なら、単行本にペーパーバックに漫画版まである、講談社から出版された公式伝記
があるけれど、発売当時に書店があの本で溢れかえっているのを見て、却って興ざめしてしまって読まずにいて、そのままになっていた。

 たまたま手に取ったのだけれど、本書のレーベル「ちくま評伝シリーズ<ポルトレ>
」がちょっと特徴的だった。このシリーズは中高生に向けた伝記シリーズ。「進路や生き方を考える上で「伝記」は格好の参考書だけれど、小学生向きか専門的なものが多く、中高生に薦められるものがなかなかない。「立派な人の紹介」の伝記ではなく、欠点も含んだ人物評伝を..」という声に応えたものだそうだ。

 本書の内容もとても特徴的だ。もちろん「伝記」であるから、スティーブ・ジョブズその人の軌跡が描かれている。超の付く有名な人物だから、その人生もかなりの部分は公になっていて、そのストーリーに特徴を出す余地はあまりない。特徴的なのはその「書きっぷり」にある。

 例えばこんな具合。ジョブズ氏が12歳の時にHP社の社長に電話をかけた部分。「それが彼にとってどれくらい大変だったか。あくまでも想像するしかないけれど、少なくとも生まれて初めて飛び込み台からプールや海に飛び込むくらいには、難しかったのではないだろうか。」

 さらに、このすぐ後には「断崖絶壁から飛び込むくらい」と、比喩がさらにスケールアップしている。万事がこんな調子なのだけれど、「伝記」にこんな風に書き手の意識(もっと端的に言えば興奮)が表れることは珍しいと思う。「想像するしかないけれど..」と言って、その想像が膨らんでいくことなんてちょっとないだろう。

 私は、これが筆者がMacユーザーで(自分がMacBook Airで原稿を書いていることまで、本文中で明かされている)ジョブズ氏への思い入れの強さの表れなのかと思っていた。しかし、もしかしたらこの「ちくま評伝シリーズ<ポルトレ>」の特徴なのかもしれない。シリーズの他の本を読めば分かるはずだ。

 「欠点も含んだ人物評伝を..」という声に応えただけあって、ネガティブなエピソードもある。穏やかでウケのよさそうなものを一つ。

 ヒッピーとなって大学を中退したジョブズ氏は、「サンダル履き、肩までの長髪、何日も風呂に入っていない」という姿で、アタリ社に現れ「雇ってくれるまで帰らない」と言い張って、アタリ社で働くことになった。周囲の評判は最低。妙な臭いはするし、態度はでかい、言うことはきかない。

そして、それから半年も経たないうちに退社を申し出る。導師を探しにインドに行きたい、という理由。以下、ジョブズ氏と上司の会話。
 ジ:「導師を探しに行ってきます」
 上:「ほぉー、それはすごいな。手紙、くれよな」
 ジ:「旅費を援助してほしい」
 上:「ばか野郎」

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

戦略の教室

書影

著 者:鈴木博毅
出版社:ダイヤモンド社
出版日:2014年8月28日 第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 著者の鈴木博毅さまから献本いただきました。感謝。

 本書は、孫子からマッキンゼーやボストン・コンサルティング・グループまで、古今東西の「戦略」を紹介したもの。「リーダーシップ戦略」「軍事戦略」「効率化戦略」「実行力戦略」「目標達成戦略」「競争戦略」「フレームワーク戦略」「マネジメント戦略」「イノベーション戦略」「21世紀の戦略」の10分類に分けて、全部で30の戦略論が取り上げられている。

 登場する人物を年代の古い方から上げるとまず、孫武、アレクサンダー大王、ずっと下ってマキアヴェリ、さらに下ってナポレオン。その次は、テイラー、ランチェスター、シュンペーターと、前世紀初めに活躍した経済学者。

 さらには、ドラッカー、コトラー、ポーターと、現代のマネジメントとマーケティングの巨匠たち。日本人では野中郁次郎や大前研一らの名前が挙がっている。30年前にマーケティング専攻の学生だった私としては、テイラー以降はその著作を教科書として読んだ人々で、なんとも懐かしかった。

 本書に書かれていることは、それぞれの戦略論の10ページ前後の要約。何かを要約すると何か大事なことが抜け落ちてしまい、あまり深く理解するには至らないものだ。ただし著者は現代の事例を挙げて、その戦略論を理解しやくする工夫をしている。シュンペーターのイノベーションを表すのに「うまい棒」の事例を持ってくる、といった具合に。こうした工夫がけっこう効果的だった。

 「なるほど」と思ったことがあった。それは「暗黙知」と「形式知」に関する考察。1980年代までの日本企業の強さは、「暗黙知」を基にした知識創造によって成り立っていた。90年代以降にそれらが研究され「形式知」に変換されたことで、海外企業が容易に活用することができるようになり、結果として日本企業が遅れをとることになった、というものだ。

 さらには本書のテーマである「戦略論」も、もともとどこかの企業や業界で(「暗黙知」として)行われていることを、他でも活用できる形(「形式知」)に整えたものだと言える。少し視野が晴れたような感じがした。 

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

いっちばん

書影

著 者:畠中恵
出版社:新潮社
出版日:2010年12月1日 発行 2013年4月20日 7刷
評 価:☆☆☆(説明)

 「しゃばけ」シリーズの第7作。表題作「いっちばん」を含む5つの短編を収録した短編集。文庫版には、著者と漫画家の高橋留美子さんの対談が巻末に付いている。

 江戸の大店の跡取り息子で、極端に病弱な一太郎の周りで起きる騒動を描く、ということは5編に共通なのだけれど、少しずつ趣向が違う。一太郎が、馴染の妖たちの力を借りて小さな事件を解決する、というシリーズの主流を占める形のものは、最初に収録された表題作と5つ目の「ひなのちよがみ」ぐらいだ。

 2つ目の「いっぷく」は、小さな謎はあるものの事件は起きない。その代りに前作「ちんぷんかん」の中の一編とつながっている。3つ目の「天狗の使い魔」は、騒動を起こすのがなんと信濃の深山に住む大天狗。天狗と言えども妙に人間臭い。4つ目の「餡子は甘いか」は、主人公が一太郎の親友で菓子職人の栄吉。この物語で一皮むけたか。

 5つ目の「ひなのちよがみ」が面白かった。今回は一太郎が大店の跡取り息子として「商いための鍛錬」に挑む。紅白粉問屋のお雛ちゃんと許嫁の正三郎の仲違いを収めようというのだ。大店の主になれば、問題が起きれば対処を考えねばならないから、というわけなのだ。始終寝込んでいる一太郎に、男女の仲違いを収める機微など備わっているわけがない、と思うのだけれど、意外と的を射たアイデアが出てくる。しかし...。

 巻末の対談もいい。二人ともそれぞれ相手の作品が好きで、聞きたいことがあったようだ。それぞれの創作の内幕も分かって読者にとっても興味深い。高橋留美子さんは「うる星やつら」と「めぞん一刻」を同時に連載していたそうだ。そのバイタリティに脱帽。

 にほんブログ村「しゃばけ」ブログコミュニティへ
 (「しゃばけ」についてのブログ記事が集まっています。)

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

時をかける少女

書影

著 者:筒井康隆
出版社:KADOKAWA
出版日:1976年2月28日 初版発行 2006年5月25日 改版初版発行 2014年5月10日 改版34版発行
評 価:☆☆☆(説明)

 1年ほど前に細田守監督のアニメ映画「時をかける少女
」を観た。映画はこの原作とは別の物語なのだけれど、主人公の少女の叔母の部屋に、原作と繋がる写真があるのを発見してニヤリとした。そして先日、書店で本書を見つけた。新装版の本書の表紙には、叔母さんの部屋にあった写真と同じ絵が使われている。そこで再びニヤリ。

 本書は、表題作「時をかける少女」と「悪夢の真相」「果てしなき多元宇宙」という3編の中編が収録されている。分量的にも表題作が一番大きいのだけれど、それでも100ページあまり。何度も繰り返し映像化されたことを思えば意外なほどコンパクトサイズだ。(巻末に映像化作品が紹介されている)

 あまりに有名な物語なので、その必要はないかもしれないけれど作品紹介を。主人公は高校3年生の芳山和子。放課後の理科実験室で謎の人物と遭遇するが、ついたての向こうに逃げたその人物がその場から消えてしまう。その時にラベンダーの香りをかいだ和子は、時間を遡る能力を身につけたらしい..。

 あらすじを追うだけならば簡単に終わってしまう。しかし、他人とは違う能力を得てしまった和子の煩悶(このあたりはアニメ映画の主人公とはだいぶ違う)とか、同級生への恋心や思いやりとか、短い中に普遍的なテーマが収まっている。映像化が繰り返されるのはこのためだろう。

 表題作だけを紹介したけれど、他の2編もけっこう面白かった。「悪夢の真相」は、中学生の主人公とその弟の「恐いもの」の深層(真相)を描く。ちょっとサスペンス調の物語。「果てしなき多元宇宙」の方は、タイトルどおりパラレルワールドを描いたもので、SFとしてはお馴染の展開。これは短い映像作品になりそう。

 最後に。和子が「まぁ!どうしたのかしら?」「甘いにおいですわ」とか、芝居のセリフっぽい話し方をするので、苦笑してしまう。50年近く前の作品だから、そのころの女子学生はこんなしゃべり方をしていたのかもしれない。もちろん、そうでないかもしれない。

 劇場版アニメーション「時をかける少女」公式サイトへ

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)