「メシが食える大人」に育つ子どもの習慣

書影

著 者:高濱正伸
出版社:KADOKAWA
出版日:2014年5月29日 第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 著者は「花まる学習会」という、幼児から小学生までを対象とした学習塾の代表。「メシを食える大人」「魅力的な人」を育てる、を理念としている。度々メディアで紹介されているので、ご存知の方も多いだろう。そのうちの一つを見て興味があったので、本書を手に取ってみた。

 「メシが食える」が、どういうことを指すかの説明は明確にはないけれど、「自立して生きていける」という意味でいいと思う。本書では、そのための要素を5つに分けて、それぞれをつくる習慣を4~7個紹介している。

 その5つとは「すぐに折れない心」「面白がって考える頭」「周りの人とつながる感覚」「今すぐ行動したくなる体」「人生を思いっきり楽しむ力」。どれも大人になって役に立つ、異論はない。最後の「人生を~」は、話が大きくて捉えづらいが、「魅力的な人は楽しみ上手」ということで、花まる学習会の理念のもう一つと関わりがあるらしい。

 特に「あぁそうだな」と思ったのは「面白がって考える頭」の「観察力と表現力は、日常の会話で鍛えられる」という項目。普段暮らしていて、何か変化を感じたらそれを言葉にする。それで「観察する力」「表現力」の他に、「自分の言葉で考える力」「問題意識」などを養える。前髪を切った女の子に「髪、切ったんだね」というのもアリだ。

 もちろん本書は「親(大人)が読む」本なので、親としてどうするのか?という話になる。梅雨時に「なんかジメジメするね」と子どもが言ったら「梅雨なんだから当たり前だろ」と言って終わりではいけない。そういう時は「なぜでしょう?」と聞いて、子どもの言葉を引き出してみよう。

 この手の本では「特に目新しいことはなかった」という感想をよく聞く。本書も例外ではないだろう。私も上に書いた項目以外は特に「目新しい」とは思わなかった。ただ、自分の子供との接し方を振り返って、思うことがたくさんあった。つまり「目新しいこと」ではなくても、確認しておく意味は大きい。「15年前に読んでいれば」と思った。子どもと接するすべての大人は読んでみるといいと思う。

 最後に。「花まる学習会」については、メディアにはやたらとハイテンションな教室風景が紹介される。それを見た時には違和感を感じた。大きな声で唱和する子どもが不自然に思えたのだ。ただ、本書を読んでさらに少し調べてみて、あのハイテンションが「花まる学習会」の特徴的な一部ではあるけれど、本質ではないのだと思った。まぁ、本書はともかく「花まる学習会」をおススメすることまではしないけれど。

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劣化する日本人

書影

著 者:香山リカ
出版社:KKベストセラーズ
出版日:2014年7月20日 初版第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 著者の意見は私の考えと親和性があるらしく「その通りだ」と思うことも多く、本を読んで「なるほどそうか」と気付かされることもある。「ネット王子とケータイ姫」「しがみつかない生き方」がそうだった。全部読むつもりは全くないのだけれど、新刊が出ると気になって時々手に取って読んでみている。

 タイトルが挑戦的だ。誰だって「劣化する(した)」と言われていい気持ちはしないだろう。ただ「昔の日本人はこんなじゃなかった」という言い方は時々耳にするし、私も日々の暮らしの中やニュースに接してそう思うこともある。定量的な根拠はないのだけれど、少なくとも日本人は「変わった」んじゃないかと思う。

 著者はまず「劣化」の象徴として、小保方晴子さん、佐村河内守さん、片山祐輔被告らと、その事件を挙げる。科学の世界の頂点であんなズサンなことをする人がいるなんて、芸術の分野にあんな詐欺師がいるなんて、テレビに出てあんなに堂々とウソをつくなんて..「昔の日本人だったら考えられない!」というわけだ。

 その上で、これらの人は「突発的に生まれたモンスター」ではないとして、今の社会の「自分のことしか考えない」風潮を後半で考察する。この考察の部分はこれまでのように「その通りだ」「なるほどそうか」と思うことがあった。しかし前半の個々の事件の分析は、私としてはいただけなかった。

 その理由は、精神科医として知識の使い方に違和感、もっと言えば不快感を感じたからだ。「これは推測だが」「一般論だが」と但し書きをしながらであるが、それぞれの人に精神医学的な分析と評価を加えている。あとがきで「医療の倫理をやや逸脱した行為かもしれないが(中略)社会的意義を鑑みてあえて踏み切った」と説明はあるが、面談もせずに事実上の診断を加えそれを公表する行為はやはり不愉快だった。

 特に小保方さんに対する評価は容赦がなく、家族の職業まで持ち出して「自己愛パーソナリティ」の見立てを補強している。STAP現象が未だ「検証実験」の段階にある中で執拗な追い込みをする。「これは推測だが一般論として」こうしたことをする人は、小保方さんのことが「気に入らない」人なのではないか?と言えると思う。

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悟浄出立

書影

著 者:万城目学
出版社:新潮社
出版日:2014年7月20日 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 奈良、京都、大坂、琵琶湖と、関西の街を舞台にした奇想天外な仕掛けの物語を紡ぎ、前作「とっぴんぱらりの風太郎」で戦国時代にワープした著者。最新刊の本書では、さらに時空を越えて中国の古典の世界に飛んでいた。

 本書は、沙悟浄、趙雲、虞姫、京科、榮、のそれぞれを主人公とした5つの短編を収めた連作集。沙悟浄は「西遊記」、趙雲は「三国志」、虞姫は「項羽と劉邦」に登場する。京科は秦の国の官吏で、榮は「史記」を記した司馬遷の娘だ。

 彼らに共通するのは「脇役」ということ。特に最初の3人ははまさに物語のサブキャラクターだし、後の2人も「秦の中国統一」という物語で始皇帝の近くや、「史記」を記し本人も浮沈のある人生を歩んだ司馬遷の傍らといった位置にいた。つまり強いスポットライトの横のほんのりと明るい場所だ。

 著者の意図は分かる気がする。脇役とは言え個性的なキャラクターの持ち主である。物語を彼らの目を通して再構成することで「彼らの物語」を創作したら面白いだろう。そういうことだと思う。

 これが著者の意図だとすると、少なくとも私には成功した。沙悟浄の物語は少しホロリとした。旅の一行で先頭を歩くことのない沙悟浄の気持ちに加えて、「抜けキャラ」の猪八戒の意外な素顔まで覗ける。

 趙雲の物語も興味深かった。三国志の劉備に仕える人物で、趙雲ほど安定した活躍を見せる武将はいない、と私は思っている。それなのに知名度は、劉備、関羽、張飛、孔明、の4人からはガクンと落ちるという日陰の身。よくぞ彼に光を当ててくれたと思う。

 最後に。私は中国の歴史や物語に、学生のころから興味があって、関連の本もけっこう読んだ。今も本棚には「三国志」「項羽と劉邦」「史記」がある。だから今回、中国の古典を題材にした著者に共感を感じた。

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いたずらロバート

書影

著 者:ダイアナ・ウィン・ジョーンズ 訳:槙朝子
出版社:ブッキング
出版日:2003年11月1日 初版発行
評 価:☆☆☆(説明)

 ファンタジーの女王、ダイアナ・ウィン・ジョーンズの小品。

 主人公はヘザー。かつての貴族の邸宅に住んでいる少女。と言っても、ヘザーの家がお金持ちなのではない。メイン館という12世紀に建てられた館を、今はナショナルトラストが管理していて、一般の見学者に開放している。ヘザーの両親がそこの管理人として住み込みで働いている、というわけ。

 地所の端にある築山は、その昔に魔法を使ったとして処刑された男の人の墓だと言われている。その男の呼び名が「いたずらロバート」、つまり本書のタイトル。おどろおどろしい言い伝えの割には、親しみが湧く名前だ。

 言い伝えには、ヘザーが知らない続きがあって、築山のそばでロバートの名前を呼ぶと、ロバートが出てきてしまうそうだ。そんなこと知らないから、ちょっとむしゃくしゃしたことがあったヘザーは、大声でロバートを呼んでしまう。そして、言い伝えは本当だった。

 「いたずらロバート」と呼ばれるだけあって、ロバートはいたずら好き。見物客やら庭師やらがそのいたずらの被害にあう。当人たちにとっては「いたずら」で済まないんだけど、まぁ無邪気にいろいろとやらかしてくれる。

 本書には、著者の多くの作品に見られる捻った展開や辛口のユーモアはない。まぁ安心して読める「子ども向けの物語」と言える。

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僕僕先生

書影

著 者:仁木英之
出版社:新潮社
出版日:2006年11月20日 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 著者の作品は以前から気になっていたし、先日読んだ「Fantasy Seller(ファンタジーセラー)」に収録されていた作品もけっこう私の好みに合っていたので読んでみた。著者のデビュー作にして、2006年の日本ファンタジーノベル大賞受賞作。

 舞台は中国。時代は玄宗皇帝の治世の前半、つまり唐の絶頂期。県令という地方の行政長官の家に生まれた、王弁という22歳の若者が主人公。彼は、父が貯め込んだ財産で自分が無為に生きてもおつりがくることに気が付いて、仕事もしない勉学にも励まない、ダラダラとした暮らしをしていた。

 そんな彼が、父の使いで山の庵に住むという仙人を訪ねる。その彼を迎えたのが、姓は僕で名も僕という仙人。つまり僕僕先生。年齢は数千歳だか数万歳だか定かではない。それなのにこの先生、何と美少女の姿をしている。

 この出会いの後まもなく、王弁は僕僕先生の旅に同道することになる。その道中で、他の神仙の者たちや玄宗皇帝その人にも出会い、王弁自身も幾ばくかの才能を開眼させる。

 何とも楽しげな物語だった。僕僕先生は神仙の中でも一目置かれるような強力な仙人、王弁は今でいうニート青年。一見してアンバランスながら、王弁の中に何かを見た僕僕先生が導く、王弁の成長物語である。ただ、二十歳過ぎの青年と美少女という組み合わせが話を面白くする。いや、ややこしくする。

 普段は飄々とした僕僕先生が、真剣な表情を見せたり、かと思うと王弁に甘えたり。時々見せるいつもと違う側面に、物語の奥行を感じさせる。シリーズが現在7冊あるらしい。しばらくは楽しめそうだ。

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ヴァン・ショーをあなたに

書影

著 者:近藤史恵
出版社:東京創元社
出版日:2008年6月30日 初版
評 価:☆☆☆(説明)

  「タルト・タタンの夢」の続編。舞台も登場人物もほぼ同じ。下町の商店街にある、三舟シェフをはじめとする4人の従業員が切り盛りするフレンチレストラン「ビストロ・パ・マル」を舞台に、お店の客が抱える悩みや問題を、三舟シェフが解き明かす。

 本書は7編の短編を収める短編集。しっかり焼き込んだスキレット(分厚い鋳鉄のフライパン)が錆びてしまうのはなぜか?昔からあるパン屋が店じまいしてしまったのは?いつもブイヤベースを注文する女性の正体は?といった、「謎」とも言えない「どうしてだろう?」を解き明かす。

 不満と嬉しさが半々だ。まず不満の方は、途中で物語の形式を変えたこと。前半の4編は、ギャルソンの高築くんが語るこれまでどおりの形式。後半3編は、謎を解かれる側の第三者が主人公。悩みや問題を抱えた主人公が「ビストロ・パ・マル」を訪れたり、三舟シェフに出会ったりする。

 1回ぐらいは目先が変わって新鮮でいいのかもしれない。しかし第三者を主人公だと、最後の方に三舟シェフが登場して「はい解決」となってしまう。これではレストランの面々のキャラが生きてこない。

 嬉しさの方は、三舟シェフの秘密が少しずつ明かされること。フランスの地方で修業したらしい、という以外には経歴が謎だったのだけれど、それが少し紹介される。おまけに今回は恋バナまである。さらには、前作で際立った存在感を見せた「ヴァン・ショー(スパイス入りホット赤ワイン)」の由来も明らかになる。

というわけで次巻に期待。

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半落ち

書影

著 者:横山秀夫
出版社:講談社
出版日:2002年9月5日 第1刷 2004年1月21日 第17刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 2003年の「このミステリーがすごい」のランキング第1位。その後、寺尾聰さん主演で製作された映画は2005年の日本アカデミー賞最優秀作品賞を受賞。10年ほど前になるが、当時話題になっていたことを覚えている。

 この作品が追う事件をざっと紹介する。現職の警察官の梶聡一郎が妻を殺害したと自首してきた。取り調べに答えた供述によると、アルツハイマー病の病状が進んだ妻から「殺してくれ」と懇願され、それに応えてしまった、ということらしい。

 供述は精緻なもので疑わしい点は全くない。ただ、自首したのは殺害から2日後。それまで求めに応じて整然と話して来た梶は、その空白の2日間の行動についてだけは供述を拒んだ。その2日間、梶はいったい何をしていたのか?

 本書は、刑事、検事、記者、弁護士、裁判官、刑務官といった、この事件に関わる6人の男性の視点で追う形で構成されている。それぞれが持つ事件についての情報も、梶との関わり方も違う。しかし、彼らが行きつくところは1つ。その2日間に何があったのか?梶が心の奥にしまっている秘密は何なのか?

 楽しめた。ミステリーとしてよく練られた作品だと思う。しかしそれ以上に人間ドラマとして私の胸を打った。妻の殺害から自首に至った梶の心の内を追ったドラマ。その結末に天を仰いだ。しかしそれだけではない。本書はそれに関わる6人の男性の人間ドラマをも描く。構成がうまい。

 最後に。上に書いた「話題になった」には、直木賞選考委員による痛烈な批判も含まれる。今となってはその批判はよく言って勇み足、悪く言えば中傷だと知られている。
 その批判の内容は本書の核心に触れるので、これから読む方は検索したりしない方がいい。実は私はその内容を知っていたのだけれど、読み終わるその瞬間まで忘れていた。自分の都合のよい物忘れに感謝した。

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Fantasy Seller(ファンタジーセラー)

書影

編  者:新潮社ファンタジーセラー編集部
出版社:新潮社
出版日:2011年6月1日 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 大好評の「Story Seller」シリーズ(123Annex)の仲間ということで良いかと思う。ファンタジー作家さん7人の作品を収録したアンソロジー。7人に共通しているのは、ファンタジーノベル大賞で賞を受賞しているということ。

 収録順に作品名と著者を紹介する。「太郎君、東へ/畠中恵」「雷のお届けもの/仁木英之」「四畳半世界放浪記/森見登美彦」「暗いバス/堀川アサコ」「水鏡の虜/遠田潤子」「哭く戦艦/紫野貴李」「スミス氏の箱庭/石野晶」「赫夜島/宇月原晴明」。

 こうして列記してそれぞれの作品を思い出して感じるのは、ファンタジーには、ずいぶんと様々な作品があるのだということ。河童や雷や竜といった和製ファンタジーのキャラクターものや、古典文学をベースにした創作、怪奇現象やホラー色の強い題材、そして学園ものまで。(意外なことに、ファンタジーの定番の魔法系はなかった)

 私としては、馴染のある作家さんということもあって、畠中恵さんの「太郎君、東へ」が楽しめた。徳川時代の初め、関八州に聞こえた河童の大親分、禰々子(ねねこ)の物語。女性ながらめっぽう腕っぷしが強い。利根川の化身である坂東太郎とのやり取りも面白い。

 もう一人の馴染のある作家さんは森見登美彦さん。「こんなところに新作が!」と思ったのだけれど、森見さんの作品は小説ではない。「四畳半」について、自分の作品と絡めながらグダグダと書いたものだ。(「グダグダ」なんて書いたけれど貶すつもりは毛頭ない。「グダグダ」は森見さんの作風なのだ)

 他には、前から気にはなっていた仁木英之さんの「雷のお届けもの」と、「かぐや姫」をベースにした宇月原晴明さんの「赫夜島」がよかった。これを機会に他の作品を読んでみたいと思った。

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あと少し、もう少し

書影

著 者:瀬尾まいこ
出版社:新潮社
出版日:2012年10月20日 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 舞台は中学校の陸上部、主人公は駅伝を走る6人の選手。章のタイトルが1区、2区...6区と6章あり、駅伝でそれぞれの区間を走る選手がその章の主人公となって、自らの過去から現在までの行く立てを、駅伝大会で仲間にタスキを渡すまでの間に語る。

 「6人の選手」とは言っても、実は陸上部員は3人しかいない。部長の桝井、3年生の設楽、2年生の俊介。後の3人は、バスケットボール部のジロー、吹奏楽部の渡部、校内一の不良の大田。つまり混成チーム。陸上部以外の3人は桝井が選んだ助っ人だ。

 もう一人の重要な登場人物が、顧問の上原先生。この中学は昨年までは、厳しくも優秀な顧問がいて、県大会への連続出場を果たしている。その顧問が去り代わりに就任したのが上原先生。どんくさそうな女性の美術教師。もちろん陸上についてはズブの素人。でも、この先生でなければ、この駅伝チームは成り立たなかったと思う。

 中学生といえども、いやいや中学生の年頃だからこそ、色々な想いを抱えている。その想いが章を重ねるごとに、一人分ずつ積み重なる。あぁこの子はこんなことをしょい込んでいたんだ、それを知って切ない気持ちになる。私は特に不良の大田くんの心根に目が潤んだ。彼はこれで変われるかもしれない。

 こういう物語が私は好きだ。主人公(たち)が何かを乗り越えて、前を向いて締めくくられる物語。「予定調和」だとか「現実はそんな甘くない」とかと言われるかもしれない。それでも、特に子どもたちが主人公の物語はこうあって欲しいと思う。

 駅伝という競技も章の構成の仕方も、三浦しをんさんの名作「風が強く吹いている」と共通している。陸上という「個人競技」の中の、駅伝という「団体競技」。一人一人が走っている間に、その胸に想いが去来する。もしかしたら駅伝という競技自体が物語的なのかもしれない。

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バーティミアス ソロモンの指輪1 フェニックス編

書影

著 者:ジョナサン・ストラウド 訳:金原瑞人、松山美保
出版社:理論社
出版日:2012年1月 初版第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 7年前に読んで面白かった「バーティミアス」3部作に、新刊が出ていることを知って読んでみた。

 時代は、以前に読んだ「バーティミアス」3部作から、ざっと3000年ぐらい前。妖霊のバーティミアスが2000歳ぐらいのころ。..と、なんだか時間の感覚がおかしくなりそうな設定だけれど、「妖霊」というのはいわゆる「悪魔」で何千年も生き続ける。だから3000年前と言えば、私たちには「歴史」だけれど彼らには「経験」なのだ。

 2000歳のバーティミアスは、古代イスラエルの王であるソロモン王に仕える魔術師に仕えていた。魔術師は妖霊を召喚し、妖霊はその魔術師の命令を聞くことになっている。ただし魔術師に呪文を間違えるなどのスキがあれば、襲ってもいいことになっている。

 物語は、バーティミアス、ソロモン王、シバの女王、女王の近衛兵、のパートが入れ替わって進む。ソロモン王とシバの女王の争い、魔術師たちの確執、陽気で冷酷な妖霊たちの小競り合いなどを描く。腕は立つけれど口が悪く不真面目なバーティミアスは、その性格のせいでずいぶんと面倒なことを引き寄せている。まぁそれが面白いのだけれど。

 それで、私がうっかりしていたのがいけないのだけれど、本書は完結していない。中途でブッツリと切れて終わっている。読んでいて後半になっても、どうも物語が収れんしていかないと思っていたら、そういうことだったのだ。正直言って本書では「何も起きない」に近い。

 そんなわけで、物語は次巻の「ヤモリ編」、そして「スナネコ編」に続く。

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