子どもと声に出して読みたい「実語教」

書影

著 者:齋藤孝
出版社:致知出版社
出版日:パイロット版
評 価:☆☆☆(説明)

 出版社の致知出版社さまから、パイロット版で献本いただきました。感謝。

 少し前に読んだ「10分あれば書店に行きなさい」の著者。テレビでもお馴染みだ。またその著書「「声に出して読みたい日本語」はベストセラーとなってシリーズ化され、さら「声に出して読みたい~」と様々なバリエーションを生み出した。まぁ本書は、出版社が違うけれどそのバリエーションの1つと言っていいだろう。

 まず「実語教」について。これは平安時代末期から明治時代初めまで千年近くの間、子ども用の教科書として使われてきた書物。イメージとしては、時代劇の中で、寺子屋で子どもたちが声を揃えて音読しているのがそれ。礼儀や周囲の人との付き合い方など、生きていく上での大切な智慧を、例え話を交えて説いている。

 本書は、その「実語教」を29の部分に分けて、子どもに語りかけるように解説する。例えば1つ目は「山高きが故に貴からず。樹有るを以って貴しとす。」という一文。これを著者は、山は高いから貴いのではなく、そこに樹があるから貴い。樹があれば、それを切って材木にして、..社会のために役立てることができる。「何かの役に立つ」ということがとても重要です、と説く。

 29の部分の一つ一つは、教えや導きに満ちていて、こういうことを小さい頃に心に刻んだ人が多ければ、世の中は随分と住みやすいものになるだろうと思う。ただ残念だけれど、今の子どもたちが、これを素直に受け取ってくれるとは思えない。そのぐらい、実際の世の中(つまり、大人が作り上げた世の中)は、その教えや導きから大きく外れてしまっている。

 気になったことを2つ。1つは、著者はこの本を誰に読んでもらうつもりで書いたのか?ということ。上に書いたように、子どもに語りかける体裁だけれど、この本を子ども自身が読むのは難しいだろう。
 もう1つは、古い書物に価値観まで引っ張られてしまったか、に見える部分があること。例えば、「いい大学、いい会社に入りやすくなります」とか、「ちゃんと結婚して、親を喜ばせるために子供もつくろうとします」とか。

 「実語教」には、とてもいいことが書かれていると思う。元は漢詩で五言句が100足らずの短いもので、ネットで検索すれば容易に見つかる。興味を持たれた方はご覧になるといいと思う。齋藤先生の解説も読みたい方は本書をどうぞ。

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旅猫リポート

書影

著 者:有川浩
出版社:文藝春秋
出版日:2012年11月15日 第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 有川浩さんの最新作。ベタ甘ラブストーリーでもなく、カッコいいおっさんの痛快物語でもなく、甘酸っぱい青春群像劇でもない。本書は、悲しいほどに切ない物語だった。これまでの著者の作品で探せば「ストーリー・セラー」に近い。私はこの手の話が苦手だ。読んでいて辛くなってしまう。

 主人公はオス猫のナナ。しっぽがカギ型に曲がっていて、数字の7に見えるから、飼い主のサトルに名付けられた。ナナは、独立心の強い野良だったけれど、命を救ってくれたサトルの猫になることにした。サトルの方にもナナを求める理由があった。ナナとサトルは5年間をともに暮らし、その絆は深く強いものになっていた。

 ここまでが、この物語が始まる前のこと。サトルがナナを手放すことになり、ナナの引取り先を求めての旅を、本書は描く。それは、サトルが小学生、中学生、高校生の、それぞれの時の友達のところ。つまり、図らずもこの旅はサトルの人生を辿る旅でもある。そこに、サトルの友達のその後の人生が重なり、重層的なしみじみとした物語に仕上がっている。

 ナナの猫目線の語りや、他の動物との会話にユーモアがあり、けっこう楽しく読める。ただし、訪ねてきたサトルに友達が敢えて聞かない「ナナを手放す理由」に、動物たちは気がついている。読者は、彼らの会話からそれを知ることになる。その瞬間、物語から音が消え、空気がピンと張り詰めた。

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残り全部バケーション

書影

著 者:伊坂幸太郎
出版社:集英社
出版日:2012年12月10日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「魅力的な登場人物」「巧みな伏線」「気の効いたセリフ」、伊坂作品の魅力が三拍子揃った作品。私は、伊坂さんのこういう本を読みたかった。「伊坂さん、ありがとう」と言いたい。

 表題作を含む5つの短編からなる、連作短編集。表題作「残り全部バケーション」は、「Re-born はじまりの一歩」というアンソロジーに収録されていて、以前に読んだことがある。「タキオン作戦」「検問」「小さな兵隊」は、別々の小説誌に掲載されたもの。最後の「飛べても8分」は書き下ろし。いわばバラバラに書いた5つの作品が、見事に響き合う1つの物語を奏でている。

 主人公は、溝口と岡田の二人組。当たり屋や脅しなどの細かい裏稼業の下請けをやっている。裏稼業の世界ということでは、「グラスホッパー」「マリアビートル」と同系列だけれど、本書の主人公たちは「殺し」はやらないので、だいぶ穏やかだ。

 溝口が岡田に裏稼業の手ほどきをした。この溝口が、何ともいい加減な男で、やることは行き当たりばったり、自分の身が危ないとなれば責任を他人に平気で押し付ける。でも、なぜか憎めない。岡田も溝口にひどい目に会わされるのだけれど、なぜか責める気にならない。「魅力的な登場人物」の筆頭はこの溝口。それに岡田をはじめ、その他にも粒ぞろいだ。

 「巧みな伏線」は、ここで明らかにするわけにはいかない。ただ、書き下ろしの「飛べても8分」が重要な物語だとだけ言っておく。「気の効いたセリフ」も、挙げればキリがないので言わない。
 また、セリフとは限らないけれど、伊坂さんの作品には、最初の一文に強い吸引力があることがある。例えば「モダンタイムス」の「実家に忘れてきました。何を?勇気を」とか。本書は「実はお父さん、浮気をしていました」の一文で始まる。(私は脱力してしまった。吸引力とはちがうかもしれない(笑))

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貧乏人が激怒する新しいお金の常識

書影

著 者:午堂登紀雄
出版社:光文社
出版日:2013年2月20日 初版第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 出版社の光文社さまから献本いただきました。感謝。

 様々なお金に関する「常識」に異を唱える本。「日本経済」「投資」「家」「お金」の4つに分類して合計40個の「旧常識」を論駁してみせる。

 著者は「旧常識」には「亡霊型」と「洗脳型」の2つのタイプがあるという。「亡霊型」は時代の変化とともに陳腐化してしまったもの。「家」についての「持家は資産になる」という「常識」はこれに含まれるだろう。

 私は(多分著者も)要注意なのは「洗脳型」の方だと思う。これは誰かが意図をもって流布したもののことを言う。例えば「(このままでは)年金は破綻する」が「常識」になれば、年金支給開始年齢を上げたり、支給額を下げたりしやすくなる。真偽は分からないが、政府が意図的に喧伝した「常識」かもしれない。

 そもそも、著者がこの本を記した意図は、「自らの頭で考えよう」ということを訴えるためだ。「常識」を真に受けてしまうのは「思考停止」で、それでは「頭のいい人」たちに騙されてお金を失ってしまう、というわけだ。とくに「洗脳型」にやられてしまえば、一たまりもない。政府もマスコミも学者も、その発するメッセージが正確で公正とは限らない。いや、何らかの意図を持っていると思った方がいい。

 「激怒」するほどではないのだけれど、ちょっと過激な言葉で、庶民の気持ちをわざと逆なでする。特に第5章の「貧乏人は、貧乏になるべくしてなっていることを知る」はそうだ。でも、一番ためになったのもこの章だった。

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ビブリア古書堂の事件手帖4

書影

著 者:三上延
出版社:アスキー・メディアワークス
出版日:2013年2月22日 初版発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 人気ベストセラーシリーズの第4巻。帯に小さな字で「年間ベストセラー文庫総合1位(2012年トーハン調べ)と書いてある。それで、トーハンのウェブサイトを見てみると、「ビブリア古書堂の事件手帖(1)(2)(3)」が1位、2位は「1Q84 BOOK1〜3 前後編」。なんと村上春樹さんを抑えての1位。

 3巻のレビュー記事に書いたとおり、2巻で一旦下がったテンションが、3巻で再び盛り上がった。4巻目の本書はその盛り上がりを見事に維持し、次巻以降へとつないだ。著者による「あとがき」によると、「この物語もそろそろ後半」だそうだ。まだしばらくはこのシリーズの人気が続きそうだ。

 舞台も登場人物もこれまでと同じ。いや登場場面は少ないながら、重要な人物が1人増えた。篠川家の母が満を持して登場する。母の智恵子は、10年前に失踪したきりで、娘で店主の栞子との確執を匂わされていた。その智恵子が、冒頭のプロローグで早くも姿を現す(正確には電話の声だけだけれど)。

 智恵子の登場以外に、これまでの3巻と違うことがもう1つ。これまでは別々の本をめぐる短編が連なる連作短編だったけれど、本書はシリーズ初の長編。江戸川乱歩作品のコレクションにまつわる、アイテムの探索と暗号解読。宗教は絡まないけれど、少しダン・ブラウンっぽい。

 栞子によく似た容姿で、栞子にはない押し出しの強さを持った智恵子。この母娘の間には、反発と強い絆が共存している。ここからどんなドラマが描かれるのか楽しみだ。

 月9でドラマを放映中。剛力彩芽さんの栞子は原作とはだいぶ違うし、設定もあちこち変えられているのは不満だし、3巻のエピソードまで使うのはやめて欲しい。でも、ドラマ自体は面白いと思う。

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グレート・ギャツビー

書影

著 者:フィッツジェラルド 訳:野崎孝
出版社:新潮社
出版日:1974年6月30日 発行 1988年5月25日 第37刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

 本好きのためのSNS「本カフェ」の読書会の2月の指定図書。

 スコット・フィッツジェラルドの名作。アメリカ文学を代表する作品の一つ、とも言われている。いまさら私が紹介し評することに、どれだけの価値があるのか疑問だけれど、十数年ぶりに再読したので、思ったところを書くことにする。

 舞台は、1920年代のアメリカはニューヨーク郊外のロング・アイランド。主人公は、ニック・キャラウェイ、裕福な家庭で育った29歳。彼の目から見た、当時のアメリカの上流階級の暮らし振りを描く。

 タイトルのギャツビーは、ニックの隣家の大邸宅の主で、2週間に1回は大パーティを開いている大富豪。招待されていない人までが押し寄せるという、この「大パーティ」の豪華さと軽薄さという2面性が、自身も属する上流階級へのニックの気持ちを表していて、ひいてはこの物語の空気を特徴付けている。

 他の国の90年も前の話がどうして今も読まれているのか?この物語が好きだ、という人もたくさんいるのはどうしてか?それは「カッコいい」からだと思う。(もう少しましな語彙はないのか、と切に思うが、「カッコいい」以上に適切な言葉が思い浮かばない)

 実は、登場人物たちの生い立ちは意外に複雑で、著者自身の経歴や暮らし、1920年代という時代も考え合わせると、もっと深い読み方ができる。ただし、そういう読み方は、この物語が「好き」になってからのこと。まずは物語の空気に魅かれる、そういうことだと思う。

 私はその「空気」に魅かれたひとり。そして何かの空気に似ていると思った。(「村上春樹さんの作品の空気」とは、敢えて言わない。)80~90年代のトレンディドラマの空気だ。この物語のファンからはお叱りを受けそうだけれど、華やかな時代の、生活の臭いが希薄なカッコ良さが、トレンディドラマの主人公たちの暮らしと似ていると思った。

 今回は、20年以上前に買った(表紙はロバート・レッドフォードさんの映画のスチール写真だ)野崎孝訳で読んだけれど、手元には村上春樹訳の「グレート・ギャツビー」もある。読み比べてみようと思う。

 レオナルド・ディカプリオさんがギャツビーを演じる映画「華麗なるギャツビー」の公開が間近になっている。米国では5月10日、日本では6月14日。
映画「華麗なるギャツビー」公式サイト

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日本の選択 あなたはどちらを選びますか?

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著 者:池上彰
出版社:角川書店
出版日:2012年12月10日 初版発行 12月25日 再版発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 複雑な問題を、丁寧に分かりやすく説明してくれる池上彰さんの近著。日本が抱える10個の問題の選択について解説している。書かれたのは昨年末の総選挙の直前、投票の前に本書を読んでいたら、1票の行き先が違った、という人もいるかもしれない。

 10個の問題とは、「消費税」「社会保障制度」「ものづくり」「領土問題」「日本維新の会」「大学の秋入学」「教育員会制度」「原発」「選挙制度」「震災がれき」。それぞれを、必要であればその起源まで遡って説明し、「賛成」「反対」などの「どちらを選びますか?」という選択を読者に促す。

 本書は一昨年の震災後まもなく出版された「先送りできない日本 」を受けて作られたもの。著者は本書の「おわりに」で、前書を「もう先送りなどできない状態のはず」と希望を込めて世の中に送り出したのに、「その後の状況に驚きを通り越して呆れることも多々」と、その心情を吐露している。

 「先送り」は事態をより困難にするばかり。政治家や官僚には期待できないと踏んだ著者が、私たち国民に「選択をすべきだ」と言っているわけだ。しかし著者は、丁寧に分かりやすく説明してくれるが、答えを示してはくれない。それを決めるのは、私たち一人一人。私たちも永らく「選択」せずに来てしまったらしい。

 最後に。池上彰さんは得難い人材だと思う。混迷の時代にこういう人が現れたことは幸運でさえある。ただ、テレビも活字メディアも池上さんに頼り過ぎのような気がする。今日もテレビで「巨大地震」をテーマに4時間スペシャルが組まれていた。

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「いいね!」であなたも年収1億円

書影

著 者:佐藤みきひろ
出版社:講談社
出版日:パイロット版
評 価:☆☆☆(説明)

 出版社の講談社さまから、パイロット版で献本いただきました。感謝。

 「月に100万稼げる「Amazon輸出」」のレビューの冒頭で、「やけに景気のいい、すごいタイトルの本だ」と書いたが、本書は金額でその8倍超も景気がいい。そのレビューで「うまい話がそうそうあるはずがない」とも書いた。「あるはずがない」レベルも8倍ということになる。

 しかし、このタイトルは誤解されやすいと思う。「いいね」つまりFacebookが、直接お金になる何かうまい方法があるような印象を与えるけれど、それは違う。収益の元はFacebokとは別にある。例えば、著者は飲食店やリース会社など、複数の会社を経営していて、そこからの収益が1億円、ということなのだ。Facebookは集客や商品への誘導に使っている。これなら「あるはずがない」とは思わない。

 まぁ、会社経営をするとなるとおいそれとは行かない。でも、本書はそんなハードルの高い本ではない。読んでみると分かるが、本書に書かれているのは、Facebookページを使った集客の実践的ノウハウであって、年収1億円はその結果に過ぎない。本書のノウハウは魅力的なFacebookページ作り全般に役立つ。1億円までは求めないのなら、会社経営は必要ない。

 例えば会社のFacebookページを担当している人、例えばウェブ制作会社のデザイナー(本書中に「ウェブ制作会社は集客とは無縁」なんて書いてある。的確な指摘だけに、言われっぱなしでは不甲斐ない)も読むといいと思う。実際、私は職場のFacebookページを作っているのだけれど、大いに参考にさせてもらった。

 タイトルに話は戻るけれど、本のタイトルは難しい。本書を家族や職場の同僚に見せたら、ほぼ全員が失笑した。「年収1億円」に「あるはずがない」と思ったのだろう。インパクトはあるけれど、真面目に受け取ってもらえない恐れがある。では「Facebookページで集客力アップ!」ではどうだろう?これはインパクトに欠ける。同種の本の中で埋没してしまいそうだ。

ところで、著者の人生を変えた(救った?)本として、神田昌典さんの「あなたの会社が90日で儲かる! 」が紹介されている。本書の装丁がこの本にとても似ているのは、リスペクトの気持ちからだろう。

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ダブル・ジョーカー

書影

著 者:柳広司
出版社:角川書店
出版日:2009年8月31日 初版発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「ジョーカー・ゲーム」の続編。前作に続いて、大日本帝国陸軍に設立されたスパイ養成学校、通称「D機関」のスパイを描く。表題作「ダブル・ジョーカー」と、「蠅の王」「仏印作戦」「柩」「ブラックバード」の全部で5編の短編を収録している。

 「「D機関」のスパイを描く」とは言ったものの、「D機関」のスパイを主人公とするのは「ブラックバード」だけで、他の作品では「D機関」は、主人公のライバルや、敵対する組織などで、物語の背景となっている。つまり、主人公らは「D機関」に出し抜かれるわけだ。こうして、外からの視点で描くことで、「D機関」のスパイの並外れた能力が際立つ仕掛けになっている。

 5編の中で特筆すべきは「柩」だろう。ドイツの列車事故で亡くなった日本人の、スパイ容疑を追うドイツ軍の大佐が主人公。この作品で、大佐の回想の形でもう1つの物語が語られている。それは「D機関」を設立した、このシリーズの真の主人公である結城中佐との邂逅の物語。

 前作で結城中佐は、「敵国に長年潜伏し、捕縛され拷問を受けるも脱走に成功した経歴を持つ」と噂されている。大佐の回想は、この噂を裏付けるもので、鬼気迫る「結城中佐像」が描かれている。一つの謎を明らかにした訳で、読者へのサービスと言えるだろう。

 読者へのサービスと言えば、気になる情報を得た。私は単行本で読んだのだけれど、文庫版には単行本にはない「眠る男」という作品を特別収録している。しかもその作品は前作「ジョーカー・ゲーム」の収録作品と関わりがあるらしい。これは読まなくては...

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星空から来た犬

書影

著 者:ダイアナ・ウィン・ジョーンズ 訳:原島文世
出版社:早川書房
出版日:2004年9月5日 初版発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 背表紙に「ファンタジィの女王ジョーンズの若き日の傑作」と書いてある。前に紹介した「ウィルキンズの歯と呪いの魔法」が、著者の子供向けの作品の第1作で、出版されたのは1973年。本書の英国での出版は1975年だから、最初期の作品と言える。まぁ著者は1934年生まれだから、そのころは40代。「若き日」と言うのかどうか、意見の別れるところだけれど。

 物語は主人公の「天狼星シリウス」が被告として出廷する裁判のシーンから始まる。この「シリウス」とは、今の季節に南の低い夜空に輝く星の、あのシリウスのこと。この物語では、夜空の星々がそれぞれに人格を持っている。シリウスは高い階級の「光官」であったが、罪に問われて有罪となり、その罪を償うために地球へ送り出された。犬の姿となって。

 シリウスは記憶も失って、生まれたばかりの子犬となって人生?をやり直す。自分一匹だけで生きていけるはずもなく、いきなり生命の危機を迎えるが、そこを人間の少女キャスリーンに救われる。その後、太陽やら地球やら(もちろん彼ら?にも人格がある)に助けを得て記憶を取り戻し...という物語。

 辛口のユーモアや皮肉が著者の作品の持ち味の一つ。キャスリーンは父親が刑務所に入っている間、親戚の家に預けられている。その親戚がまぁイヤなヤツで、「こんな人子供の本に登場させていいのかな?」という感じなんだけれど、実は「ダメな大人」は著者の作品の定番。それは最初期作品からそうだったわけだ。

 ちなみに、シリウスは英語では「Dog Star」だからシリウスが犬になるのは、言葉遊びというか自然な成り行きでもある。(そういえば、ハリーポッターでもシリウス・ブラックが犬に変身していた)。それから原題の「Dogsbody」は「犬のからだ」だけれど、英語では物語に関連する別の意味もあるそうだ。
 この本の訳者は、以前にコメントをいただいたことのある原島文世さん。上の「ちなみに」以下は、原島さんによる「あとがき」の受け売りだ。ご本人は「読まなくもていい」なんて書かれているけれど、本書を読んだあとに是非「あとがき」を読んで欲しい。本書が一段深く理解できるようになるから。

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