16.上橋菜穂子

香君(上)西から来た少女 (下)遥かな道

書影
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著 者:上橋菜穂子
出版社:文藝春秋
出版日:2022年3月25日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 この物語が示唆する危うさは、私たちの危うさそのものだと思った本。

 主人公はアイシャ。物語の始まりでは15歳の少女だった。彼女には特別な能力がある。他の人には感じられない香りを感じることができる。例えば、無味無臭(と他の人は思っている)の毒薬の匂い、その毒薬をつまみ入れた人の指の匂いまで。さらには、植物が虫に食われて発する匂いも、悲鳴のようにはっきりと感じる。

 舞台は、ウマール帝国という架空の国。帝国の本国の他に、新たに征服した4つの藩王国を従えている強大な国だ。ウマール帝国の建国の歴史には
「香りで万象を知る」という女性が関わっている。そう、アイシャのように他の人には感じられない香りを感じる女性。「香君」と呼ばれる活神で、何度も生まれ変わりを繰り返して今も存在している。

 物語は、理解者に守られて成長するアイシャを描く。今の「香君」とも出会って親密な感情を抱き、しばらくは平和な暮らしを送る。しかし、帝国の主要な穀物である「オアレ稲」の虫害が広がって、その対処のために奔走したり、帝国と藩王国の間の政治的な駆け引きに巻き込まれたり、その平和は長くは続かず、身の危険さえ感じることになる。

 上橋菜穂子さんの真骨頂と言える物語だった。アイシャという一人の少女の物語を通して本当に描かれているのは、人の世界の危うさと難しさだ。

 たった一つのものに頼り切ること、その危うさ。全体を救うために部分に犠牲を強いること、その難しさ。最悪の事態を想定して、最大限の手を打つこと、その難しさと大切さ。人知を超えたものに立ち向かう、挫けない気持ちと勇気。陳腐に聞こえるかもしれないけれど、そういうことを真正面から感じることができた。

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グリーン・ノウの子どもたち

書影

著 者:ルーシー・M・ボストン 訳:亀井俊介
出版社:評論社
出版日:2008年5月20日 初版 2011年11月30日 5刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 英国の児童文学ならではの古いお屋敷や森を感じる本。

 作家の上橋菜穂子さんがご自分のバックグラウンドをお話になる時に、必ず取り上げる本。この本が好きで、高校生の時に著者のボストン夫人にお手紙を書いて、ついには訪ねていったとか。どんな物語なんだろう?と興味があって読んだ。

 舞台はイギリスの田舎にある古いお屋敷。主人公はトーズランドという名の7歳の少年。少年の両親はビルマに住んでいて、寄宿学校の冬休みの間、ひいおばあさんのところで過ごすことになった。そのお家がグリーン・ノウという名前のお城のようなお屋敷。

 物語は、トーリー(ひいおばあさんはトーズランドのことをこう呼ぶ)が、このお屋敷の暮らしに馴染んでいく様を描く。「馴染む」というのは特別の意味がある。というのは、このお屋敷には何世紀も前に亡くなった子どもたちが「今も住んでいる」。最初は気配を感じるだけだったけれど、トーリーと徐々に打ち解けて行く。

 冒頭に、お屋敷に向かう汽車に一人で乗っている時には、トーリーは「つらいことをがまんし、悲しみにたえているような顔つき」をしていた。7歳の子どもが、会ったことのないおばあさんの家に一人で行くのだからそれも当然。それが物語の終わりには「来学期になったら、また学校に行かなくちゃいけない?」と聞くほどに..。読んでいる私もホッと心が温まる。

 亡くなった子どもが出てくるのだから、幽霊話には違いないのだけれど、怖い感じはまったくしない。あまりに生き生きとしているので、幽霊というよりは、時間を自由に行き来しているように感じる。

 シリーズの続きも読もうと思う。

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物語と歩いてきた道

書影

著 者:上橋菜穂子
出版社:偕成社
出版日:2017年11月 初版第1刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

 物語には「違いを乗り越える力」がある。そのことを明瞭に感じた本。

 著者の上橋菜穂子さんは、平成元年(1989年)に「精霊の木」で小説家としてデビュー。その本の発行は2017年なので「29年目」。その著書は世界中で翻訳され、2014年には「国際アンデルセン賞作家賞」を受賞。本書はこれまでに書かれたエッセイやインタビュー記事、受賞式などでのスピーチが、全部を14編収録。一番古いものは1992年で著者が30歳の時、一番新しいものは2016年で著者が53歳の時のもの。

 著者は小説家だから、自分が紡いだ文章を本の形で世に出して、それは長く残っていく。一方で、エッセイやインタビューは文章として世には出るものの、長くは残らない。特にスピーチは「一瞬だけ人の目にとまり、すぐに消え去ってしまう運命にある」。本書はそれらを道に残る「足跡」として集めることで、著者がたどって来たくねくね道を浮かび上がらせようという試みだ。

 ひとつひとつの文章が、どれもこれも生き生きとして見える。おばあちゃんが語る物語を聞いて育ち、本が大好きだった少女時代。家の中でゴロゴロしていたい自分の背中を蹴っ飛ばすために選んだ文化人類学の道。作家になって深めた文化の差異を越えて他社と生きる「物語の力」。

 印象的なエピソードを一つ。幼い頃に石ころを蹴ろうとした瞬間、自分が石に吸い込まれたような感じになり、石の側から、蹴ろうとしている自分を見上げている錯覚が起きたそうだ。「あ、蹴られたら痛い」と思ったという。著者の深いところにあるのは、他社への理解なのだ思う。

 それは、石ころのエピソードで分かる著者が持って生まれた感覚と、文化人類学のフィールドワークで得た経験から培われ、強度を増したことなのだと推察する。文化人類学と物語、異なる分野の二つが著者の作品として昇華している。このことが、私にも不思議な安心感を与えてくれる。

 最後に。一文だけ引用。

 文化は、片方の手には剣を持っています。差異を見せつける分断の道具である剣を。しかし、もう一方の手は、他者に向けて伸ばし、手をつなぐための温かい手です。異なる人びと同士が、わかりあおうと伸ばす手なのです。

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鹿の王 水底の橋

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著 者:上橋菜穂子
出版社:KADOKAWA
出版日:2019年3月27日 初版発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 2015年の本屋大賞、そして日本医師会の日本医療小説大賞を受賞した作品「鹿の王」の続編。

 主人公は医師のホッサル。前作「鹿の王」は、ヴァンという名の戦士とこのホッサルの2人が主人公で、本書はそのうちのホッサルの「その後」を描いている。

 ホッサルは250年前に滅びたオタワル王国の末裔。オタワルの民は、土木・建築・金属などの様々な技術に優れ、東乎瑠帝国に飲み込まれ国が滅んだ後も、その技術力で命脈を繋いできた。中でも抜きんでて優れていた技術が、ホッサルが身につけた医術。皇帝の妃を難病から救ったことで、皇帝の後ろ盾を得て、帝国の中で確かな支持を得て広まりつつあった。

 今回の物語のきっかけは、ホッサルの施療院に出入りする祭司医の真那から、真那の父が治める領国への同道を求められたこと。真那の姪の病をホッサルに診てもらいたいらしい。ホッサルは助手で恋人でもあるミラルと共に、真那の招きに応じる。

 前作の「鹿の王」が日本医療小説大賞を受賞したように、この作品もテーマは「医療」だ。それも「医療とはどうあるべきか?」という奥深いテーマだ。

 真那は「祭司医」だ。東乎瑠帝国の医術は、国教の「清心教」という宗教が根本にある。宗教だから「祭司」医。宗教だから頑なな側面がある。例えば、オタワルの医術で行われる「輸血」は「異教徒の穢れた技」になる。生き永らえたとしても身体は穢され、死後に神の御許に行くことができない。

 医術で治療しても永遠に生きることはできない。身が穢れたと思いながら生きることを強いるのが良いのか?いや、わが子が目の前で死に瀕していても、それを救う方法を知っていても、身体を穢さないことを選ぶのか?難しすぎる。

 この二つの医術の対立以外にも、次期皇帝争い、民族の存亡、愛する人への想い等々、たくさんのテーマが重層的に描かれる。一流のエンターテイメントになっている。

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風と行く者 守り人外伝

書影

著 者:上橋菜穂子
出版社:偕成社
出版日:2018年12月 初版第1刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

 著者の代表作と言える 「守り人」シリーズの外伝。シリーズとしては2012年の「炎路を行く者」以来6年ぶり、小説作品としても「本屋大賞」を受賞した2014年の「鹿の王」以来4年ぶりの作品。まぁとにかく久しぶりに著者が綴る物語を読むことができてうれしい。

 主人公はシリーズ全体の主人公でもある、女用心棒のバルサ。本編の最終巻「天と地の守り人 第三部」の、タルシュ帝国との死闘から1年半。荒廃した国土で復興が始まっていた。バルサは訪れた市で、16歳の頃に養父のジグロと共に護衛をしたことがある「風の楽人」たちに出会い、再びその護衛を引き受けることになった。

 物語は、現在と16歳の頃の記憶を行き来しながら、時にはその2つが重なるように進む。今回も過去にも「風の楽人」たちは狙われていた。その頭の女性には、ある禁域の封印を解く力がある。その力を排除しようとしているらしい。背景には、氏族間の衝突と融和の歴史があり、数百年前の事件も絡んでいるようだ。

 著者の研究者としての専門分野である文化人類学的な視点を、心躍る深い物語に落とし込んでいて、まさに「上橋菜穂子らしい」作品になっている。そして「守り人」のファンであれば、多くの人が読みたいと思うであろう「ジグロとバルサ」の物語を、たっぷりと堪能できる。うれしい。

 「あとがき」によると「いさんで書きはじめて数百枚も書いたのに、とちゅうで書けなくなった物語」が、著者には数作あるそうだ。本書もそうしたもののひとつ。それが何かのきっかけを得て書けるようになることがある。その他の「書けなくなった物語」にもそんな時がくることが待ち遠しい。

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鹿の王(上)(下)

書影
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著 者:上橋菜穂子
出版社:角川書店
出版日:2014年9月25日 初版発行
評 価:☆☆☆(説明)

 「守り人」シリーズ、「獣の奏者」シリーズで知られる著者は、作家デビュー25周年を迎え、今年3月には「国際アンデルセン賞 作家賞」を受賞。本書は受賞後の第一作。書下ろし長編。

 主人公はヴァン。年齢は40を過ぎたあたりか。強大な敵を相手に徹底抗戦を挑んだ戦士団「独角」の頭だった男。「独角」が全滅した戦いでだた一人生き残った。そして物語冒頭で起きた、彼が奴隷として働く岩塩鉱の人々を全滅させた疫病禍も生き抜いて逃走する。

 ヴァンと並んでもう一人重要な人物がいる。ホッサルという名の医術士で、物語の初めは若干26歳。医術、土木技術、工芸に優れ、数千年もの長きに亘って栄えた「古オタワル王国」始祖の血をひく。岩塩鉱での疫病の治療法を探る。

 物語は、前半はヴァンとホッサルのそれぞれのその後を描く。ヴァンは自分の居場所を見つけ、平穏に暮らしを始めた。しかし疫病を生き残った彼には、いくつもの追手が迫っていた。ホッサルも複雑な政治に巻き込まれ、やがて二人の運命が交わる。

 登場人物の一人が、問い詰めるヴァンに対して「複雑な事情があるのです」と答える場面があるが、まったくその通りで、この物語は複雑だ。いくつもの勢力が表と裏を使い分けながら駆け引きをして、いくつもの要素が絡み合って、複雑な模様の織物のような物語を織り上げている。

 国家、民族、宗教、生命、医療、倫理、親子、正義...ちょっと思いつくだけでもこうした要素が織り込まれている。だから様々な面があって、「こういう物語です」と言うことが難しい。でも敢えて一面だけ切り出すと、死ぬことだけを望んだ孤独なヴァンが、彼のことを慕い本当に心配する「身内」を得る、そんな物語だ。

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明日は、いずこの空の下

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著 者:上橋菜穂子
出版社:講談社
出版日:2014年9月1日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「国際アンデルセン賞」受賞記念出版。

 「物語ること、生きること」に続いて、「守り人」シリーズ、「獣の奏者」シリーズなどの著者が、自分のことを語ったエッセイ集。17歳の時に高校の研修旅行で行った英国から始まって、フィールドワークで出かけた沖縄やオーストラリア、お母さまとの旅行先の国々、色々な空の下の旅の思い出を綴る。「小説現代」に連載された20編と書下ろし1編を収録。

 高校の研修旅行は、大好きだった小説の舞台となった作者が住む家を見られるかも?と思って参加したそうだ。その想いを手紙にして作者に送ったら、まさかの「ぜひいらっしゃい」という返事。ご本人の出来事が物語的だ。

 さらに「車がびゅんびゅん走る道路を颯爽と横切る修道女のおばあさん」とか、「カンガルーの尻尾が大好きなアボリジニの子どもたち」とか、旅先で出会う魅力的人々がたくさん登場する。「物語ること、生きること」で「物語は、私そのものですから」と言っていた著者が綴ると、エッセイも「物語」となる。

 「変化は苦手、お布団にもぐりこんで、好きな本を読んでいられたら幸せ」という著者と、異文化の中に単身で飛び込んでいく姿が、これまではどうにも重ならなかった。でも、本書を読んでそのわけが少し分かった。

 そういったところは、ご本人も認めていらっしゃるのだけれど、お母さまに似たのだろう。周りが「えっ」と思う行動をしてしまう。オーストラリアで突然カンガルーのマネをするお母さまと、ウェールズで騎士の鎧を付けてポーズをとる著者は、やってることがそっくりだ。

 その他にも、作品とのつながりを感じることができる部分も随所にあって、著者の作品のファンならきっとワクワクしながら読めるだろう。

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隣のアボリジニ

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著 者:上橋菜穂子
出版社:講談社
出版日:2000年5月20日 第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 「物語ること、生きること」を読んで著者の半生を垣間見たら、この本も読みたくなった。文化人類学者と作家という2つは、著者の別々の顔ではなく、もっと影響をしあう不可分な関係にあって、著者が研究者として書いた本書を読むことで、小説の作品をより深く味わうことができる気がしたのだ。そして、私の目論見は当たったようだ。

 本書は、1990年からの足掛け9年延べ3年の、著者がオーストラリア西部の町で、小学校の先生として暮らしながら行ったフィールドワークの報告書。ただし報告書と言っても、形式ばったものではなく、作家の著者らしい幾つかの「物語」から構成されている。

 それは例えば、身ひとつで異文化の中に降り立った著者が、戸惑ったり、手痛い拒絶に会ったりしながら進めた調査という「著者自身の物語」。また、街に暮らすアボリジニが自分と自分たちの来し方を語った「街のアボリジニの物語」。

 そこに描かれたアボリジニは、「未開の原住民」でもなく、「大自然と共に生きる野生の知性を持った民」でもない。両極とも言えるこの2つのアボリジニ像は、どちらも「私たちが彼らに見たい」と思っている姿でしかない。

 そもそもアボリジニという呼称も、オーストラリアにいた全く通じない言葉を話す、400以上の集団を一まとめにして「aborigines(原住民)」という英語で呼んだに過ぎないそうだ。つまり「アボリジニ」というくくり自体が、西欧から来た白人が作り上げたものだということだ。

 こんな感じで、研究報告としても興味深いのだけれど、著者のファンであっても誰もが興味を持つ内容でないかもしれない。ただ、小説の作品との関連を考えると面白そうだ。時期的に言えばこのフィールドワークは、初期の「精霊の木」「月の森に、カミよ眠れ」の2作品の後、「守り人」シリーズの執筆中に行われたことになる。

 上から目線で恐縮だけれども、「守り人」シリーズが徐々に、幾つもの国々の思惑が交錯する重層的な物語になったのも、その後の「獣の奏者」の、掟に反しても自分を貫く主人公エリンの姿に、フィールドワークの影響が見える(気がする)。

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物語ること、生きること

書影

著 者:上橋菜穂子 構成・文:瀧晴巳
出版社:講談社
出版日:2013年10月15日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「守り人」シリーズ、「獣の奏者」シリーズなどの著者が、その生い立ちから作家になるまでを語った書。講演で自分のことを話した翌日には決まって熱をだす、恥ずかしくて自分のことを本にすると考えることすら「身震いするほど嫌」という著者が、半生を語って本にする決意をした。「作家になりたい子どもたち」の「どうやったら作家になれますか」、という問いへの答えとするために。

 著者が2歳になるかならないかの頃の、おばあさまにしていただいた昔話の数々が、著者の物語の原体験。そこから語り始めて、小学生のころの夏休みの体験、15歳の時に書いたノート、高校生のころにイギリスの作家を訪ねた話へと続く。さらに、著者のもう一つの顔である文化人類学者としての歩みをへて、デビュー作「精霊の木」の発行に至る。おそらく本書の狙いなのだろう、これが「上橋菜穂子という物語」になっている。

 私のような著者の作品のファンには、小躍りするほど嬉しい1冊だ。「守り人」や「獣の奏者」他の作品の創作に関わる話や、込められた想いが記されている。また、巻末には170余りもの「上橋菜穂子が読んだ本」というブックリストが掲載されている。これがまた心憎い。リストを追うと、同じころに同じ本を読んでいることに気が付いて心が躍ったり、今度はこの本を読んでみようという発見があったり。

 とにかく真面目な方なのだと思う。「守り人」の主人公のバルサを描くのに、ウソにならないために古武術を習ったそうだ。そもそもこの本だって「どうやったら作家になれますか」に、意味ある答えをするためには、自分がたどった道程をすべて伝えなければならない、と思ったからだというのだから。

 そして、きちんと心に残る言葉を残している。著者が新しい一歩を踏み出す時の「靴ふきマットの上でもそもそしているな!うりゃ!」という掛け声や、トールキンの言葉だったか?という「すべての道が閉ざされたときに新しい希望が生まれる」というフレーズが心に残る。私は、著者が話しかける「子どもたち」ではもちろんないけれど、すごく励まされた。

 最後に。記事中に「著者」という言葉を使ってきたが、厳密には上橋菜穂子さんがこの本を書かれたのではない。本書の文は瀧晴巳さんというライターさんが、上橋さんに対する取材を繰り返し行って書き起こしたものだ。作家からこれだけの物語を引き出したのは、瀧さんの功績だと思う。

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炎路を行く者

書影

著 者:上橋菜穂子
出版社:偕成社
出版日:2012年2月 初版第1刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

 著者の代表作の一つ「守り人」シリーズの外伝。「炎路の旅人」という220ページの中編と、「十五の我には」という50ページ余りの短編が収録されている。

 「炎路の旅人」は、同じ出版社から出ている「「守り人」のすべて」で明らかにされて(「あとがき」によると、もっと前に「精霊の木」の再販時の帯でも予告されているそうだ)、そのレビューで私が「あぁ、それも読みたい」と嘆息した作品。「蒼路の旅人」で、主人公チャグムをさらったタルシュ帝国の密偵、ヒュウゴの少年時代の物語だ。

 ヒュウゴは、故国のヨゴ皇国を滅ぼしたタルシュ帝国の皇子の密偵という役柄。何故に、故国の仇敵の皇子に仕えることになったのか?それがこの物語で明らかにされている。その「種明かし」的な役割は、もちろんこの物語の大きな魅力なのだけれど、私は別のことにも魅かれた。それは、武人の子でありながら市井に生きる、少年ヒュウゴの内に溜めたエネルギーの危うい有りようだ。

 彼は「武人の子」という強い意識を持っていて、その正義感から少年たちの抗争に身を投じることになる。武術の訓練を受けた彼は、街のゴロツキなど相手ではなく、たちまち頭角を現す。しかしそれは、「武人の子」として正義感と同じように持っている、「祖国や民を想う心」にはつながらず、自らの思いと力を完全に持て余してしまう。見ていて本当に痛々しい。さらに「蒼路の旅人」に至っても、その思いと力を果たすには、「未だ路半ば」といったところだ。

 「十五の我には」は、「守り人」シリーズの主人公のバルサの15才の頃の物語。「天と地の守り人」の頃のバルサが回想する形になっている。実は「炎路の旅人」もヒュウゴ自身の回想。2つの物語は良く似た構造になっている。そして構造が似ているだけでなく、「十五の我には」の中で、バルサの養父のジグロが歌う「十五の我には見えざりし...」と始まる詩が、「炎路の旅人」にまで響く。さすがに上橋さん、お見事です。

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