2.小説

NO.6 #1~#9

書影

著 者:あさのあつこ
出版社:講談社
出版日:(1)2004.2 (2)2004.10 (3)2004.10 (4)2005.8 (5)2006.9 (6)2007.9 (7)2008.10 (8)2009.7 (9)2011.6 第1刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

 タイトルの「No.6」は、本書の舞台となる都市の名前。地球は、核戦争や環境汚染によって荒廃し、人類が住める場所は僅か6カ所になってしまった。そこに至って人々はようやく危機を悟り、武力を放棄し残された6カ所に都市を建設した。その6番目が「No.6」。叡智と科学技術を結集した、史上稀有なる理想都市だ。

 壁の中に建設された都市では、気温湿度天候などがコントロールされ、人々は快適な暮らしを送り、最高の教育と医療を約束され、なんの恐れも不満も抱くことなく暮らしていた。まさに「理想都市」。しかしながら本書は、その言葉とは正反対の意味を持つ「ディストピア小説」だ。

 どうして理想都市が「ディストピア」なのか?その理由の象徴が「壁」。快適な都市を取り囲む壁、その外には、ひどく荒んだ人々の暮らしがあった。また都市の中でも、市の幹部、一握りのエリート、その周辺、底辺の庶民と、見えない「壁」で分断され、人々は管理されていた。恐れも不満も抱くことがないのではなく、抱くことを許されなかったのだ。

 物語は主人公の青年、紫苑の12歳の誕生日から始まる。紫苑はエリート層として、快適な暮らしを送っていた。そこに、凶悪犯罪を犯して脱走中の少年ネズミが、重傷を負って転がり込んでくる。紫苑はネズミを匿ったことから、エリート層から転がり落ち、彼自身もお尋ね者に。そんな時にネズミと再会する。

 この後、物語は9巻を費やして、「No.6」と対決する紫苑とネズミの二人と、二人に関わる何組かの人々を描く。最悪の環境の中で心を通じ合った人々、哀しみの中でも強い心を失わなかった人々、そしてわずかな可能性に賭けて、強大な「No.6」に挑んだ紫苑とネズミ。ヤングアダルト向けならではのワクワク感が充満している。

 最後に。この物語の最初、紫苑の12歳の誕生日は2013年に設定されている。「No.6」との闘いはその4年後。地球が壊滅的に荒廃したのは数十年前。この物語は「近未来小説」とも、パラレルワールド(並行世界)の地球を描いたものとも言える。並行世界は私たちのこの世界の影、この世界もいつこのようになってもおかしくない。

 著者は第2巻の「あとがき」に、この物語を書くきっかけを書いている。「戦争は、飢餓は、世界は、どうなっていますか?」から始まるこの文章には、異国で起きている戦争や飢饉にコミットしてこなかった悔恨が綴られている。「だから、どうしてもこの物語を書きたかった」そうだ。

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

海うそ

書影

著 者:梨木香歩
出版社:岩波書店
出版日:2014年4月9日 第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 梨木香歩さんの書き下ろしの近著。一昨年に創業百年を迎えた岩波書店の「創業百年記念文芸」として出版。大自然の中で魂に触れそうな物語。

 舞台は南九州の「遅島」。時代は昭和の初め。主人公は20代半ばの人文地理学の研究者の秋野。秋野は亡くなった主任教授が残した未完了の報告書を見て、遅島に心惹かれてやってきた。遅島は古代に修験道のために開かれた島で、明治初年までは大寺院が存在していた。

 「存在していた」と過去形なのは、明治初期の廃仏毀釈の嵐によって、寺院が徹底的に破壊されたからだ。後に明らかになるけれど、今は礎石などの痕跡が残されているだけだ。この島は「喪失」を抱えている。

 物語は、フィールドワークとして、秋野がかつてあった寺院群を訪ねる山行を描く。実は、秋野も心の内に「喪失」を抱えている。一昨年に許嫁を亡くし、昨年には相次いで両親を亡くしていた。秋野が抱える「喪失」に島の自然が共鳴する。そんな物語だ。

 本書は、この物語に50年後の後日談が続いている。50年の歳月は、物語の雰囲気をガラッと変えてしまう。しかし、そこにさらなる「喪失」を描き、「再生」と「発見」を描くことで、物語世界が大きく広がっている。

 「遅島」は架空の島。冒頭に地図が載っているけれど、その姿は、鹿児島県薩摩川内市の中甑島に似ている。

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

ナイルパーチの女子会

書影

著 者:柚木麻子
出版社:文藝春秋
出版日:2015年3月10日 第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 今年の山本周五郎賞受賞、直木賞候補作品。「ランチのアッコちゃん」「本屋さんのダイアナ」を読んで、著者の作品の女性の性格や関係性の描き方がけっこう好きだった。直木賞候補になった時に本書を知って、いつか読んでみようと思っていた。

 「これまで私が読んだ作品とはだいぶ違う」と、4分の1ぐらい読んだところで思った。これまでの作品は、足元がしっかりした見通しのいい物語だったが、本書は違った。うっかりするとぬかるみに足が取られそうだし、どこに連れていかれるのかも分からない。

 主人公は栄利子と翔子の二人。ともに30歳。栄利子は大手商社に勤める会社員。仕事はできる方でしかも美人、独身。翔子は専業主婦で「おひょうのダメ奥さん日記」というブログを書いている。ブログはランキングに入るほどには人気がある。

 翔子がカフェで、編集者とブログの書籍化のことを話しているところに、栄利子が居合わせた。前々からブログの熱心な読者であった栄利子が、翔子に声をかけて二人は出会う。そしてすぐに「友達」になった。

 栄利子が真面目な商社マンで、翔子がぐうたら主婦、という取り合わせで、共通点は女友達がいないこと。二人とも「欲しい」と思っていたので、これは幸せな出会いだった。ところが、翔子がブログの更新を怠ったことから、二人の気持ちにズレが生じて、やがて修復不可能な事態に発展する...。

 直木賞の選評で、林真理子さんが本書について「主人公の女性に女友だちがいないというのも不自然」と、言われたそうだ。「女友だちがいないのは不自然」。その言葉がまさに、栄利子や翔子の「孤独」の裏付けになっていて皮肉だ。

 本書を読んで「女はコワイ」と思うのは簡単。でも「友達」「親友」って何?とか、「正気」と「狂気」とか、考えると違う景色が見えそうだ。ぬかるみに足を取られそうだから、敢えておススメはしないけど。

 最後に。この本を女性が読むとどう感じるのだろう?

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

鍵のない夢を見る

書影

著 者:辻村深月
出版社:文藝春秋
出版日:2012年5月15日 第1刷 7月25日 第2刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 2012年上半期の直木賞受賞作。WOWOWでドラマ化されDVDもリリースされている。「仁志野町の泥棒」「石蕗南地区の放火」「美弥谷団地の逃亡者」「芹葉大学の夢と殺人」「君本家の誘拐」の5編を収めた短編集。

 著者がインタビューで「新聞やテレビのニュースで大きく取り上げられることのない「町の事件」を扱う短篇集にしようと、はじめに決めました」と答えている。しかし、殺人事件も複数あって、なかなか緊張感のただよう物語が展開する。

 「仁志野町の泥棒」は小学生ころの回想。友達の母親の秘密を知ってしまう。「石蕗南地区の放火」は保険の調査員が主人公。実家の目の前で火事が起きる。「美弥谷団地の逃亡者」と「芹葉大学の夢と殺人」は少しテーマが重なる。付き合う男性が災いの元になる。「君本家の誘拐」は一瞬目を離したスキにベビーカーごと子どもを誘拐された母親を描く。

 5編すべてで女性が主人公。その他に私が5編に共通して感じたのは様々な形の「ずれ」。一つは「決定的に間違っているわけではない、しかし普通とは違う」という感覚。例えば「芹葉大学~」の主人公の彼の夢は「医者」と「サッカーの日本代表」になること。その夢を邪魔するものは許せない。

 もう一つは、価値観の「ずれ」。例えば「君本家の誘拐」での、不妊に悩んだ末に娘を授かった主人公と、海外ブランドの有名店に勤める高校時代の友人。悪意はない無邪気な言葉が、相手の心に小さな嵐を起こす。

 こうした「ずれ」が生む空気も緊張感につながっている。直木賞受賞作だけあって、物語への引き込み方が巧みだった。ただ、こんな不穏な物語が受賞していたとは思わなかった。

ドラマ「鍵のない夢を見る」公式サイト

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

美雪晴れ みをつくし料理帖

書影

著 者:高田郁
出版社:角川春樹事務所
出版日:2014年2月18日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「みをつくし料理帖」シリーズの第9作。「味わい焼き蒲鉾」「立春大吉もち」「宝尽くし」「昔ながら」の4編を収録した連作短編。

 主人公の澪は、江戸の元飯田町にある「つる家」という料理屋の板前。彼女には、かつて修業した「天満一兆庵」の再興と、今は吉原にいる幼馴染の野江と昔のように共に暮らす、といった2つの望みがある。

 今回は、おだやかな展開だった。前回で再会を果たした「天満一兆庵」の若旦那との絆も結び直せたし、澪の母代わりであった芳にも良縁があった。「立春大吉餅」「宝尽くし」など、料理の名前もおめでたいものが続く。

 野江と共に暮らすという望みは、「野江の身請け」をするという、目標は定まった。しかし、いくら腕がいいとは言っても料理屋の板前の澪にとっては、それは相変わらず雲をつかむような話だった。それでもできることから手を付けるのが、澪の強さだ。

 それに、少しづつだけれど前に進んでいる。一時期は大切な人が澪の元を離れて行ってしまったけれど、支えてくれる人がまた現れる。これまでの艱難辛苦を乗り越えることで蒔いた種が、ひとつひとつ花が咲いて実り始めた感じだ。易者の占いによると、澪の運命は「雲外蒼天(うんがいそうてん)」。行く手を遮る雲はかなり薄くなってきたようだ。

 それもそのはず、次作「天の梯」でシリーズ完結。楽しみなような寂しいような。

 ※巻末の特別収録「富士日和」には、あの人が登場している。しみじみといい作品だ。

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

あの家に暮らす四人の女

書影

著 者:三浦しをん
出版社:中央公論社
出版日:2015年7月10日 初版発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 杉並区の善福寺川が大きく蛇行する辺りにある、古い洋館に住む4人の女性の物語。帯には「ざんねんな女たちの、現代版「細雪」 谷崎潤一郎メモリアル特別小説」とある。とても楽しめた。

 女性たちの名は、牧田鶴代、牧田佐知、谷山雪乃、上野多恵美。鶴代は佐知の母でもうすぐ70歳になる。佐知は37歳で独身、刺繍作家として生計を立てている。雪乃は佐知の友人で佐知と同じく37歳で独身、保険会社に勤めている。多恵美は雪乃の会社の後輩で27歳。

 4人は佐知の曽祖父が建てた家に住んでいる。鶴代と佐知の母娘が住む家に、雪乃と多恵美が順に転がり込んできたわけで、それなりの事情がある。ともかく今は、4人で家事を分担する共同生活を営んでいる。

 日々の暮らしと会話で、女性たち、特に佐知の内面を綴る。恋愛、仕事、友情、孤独、将来。もちろん事件も起きる。けっこうショッキングな出来事や物騒なこともある。しかし、それは佐知たちの内面の変化のきっかけであって、この物語はそうした出来事ではなく、女性たちの心の方を中心に描く。

 4人の名前はもちろん「細雪」の4姉妹、鶴子、幸子、雪子、妙子、にちなんでいる。それぞれの性格も緩やかに関係していると思う。エピソードにも「細雪」との関連を感じるものがいくつかあった。ただし、そういったことは知っていれば「おっ!」と思う程度で、知らなくても本書を楽しむ妨げにはならない。

 佐知の曽祖父が財を成し、ぼんくらの息子が資産が目減りさせたが、鶴代が一生困らぬぐらいの貯金はある。しかし、鶴代の娘(つまり佐知)が困らぬぐらいは、さすがにない。母娘であっても、この境遇の違いは大きく、母娘のかみ合わない会話が面白かった。

 面白いと言えば、佐知の「心の叫び」が今も耳に残る。自分の作品で身を飾ってデートを満喫する女性を思い浮かべて「一針一針にわが情念を込めて、おのれらの魂に直接刺繍してやりたい。おのれらの魂から吹き出す血潮で..」いや、普段は真っ当な生き方をしている常識人なんだけれど。

 参考:エンタメウィーク:浦しをんさんインタービュー

 にほんブログ村「三浦しをん」ブログコミュニティへ
 (三浦しをんさんについてのブログ記事が集まっています。)

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

虹の岬の喫茶店

書影

著 者:森沢明夫
出版社:幻冬舎
出版日:2013年11月15日 初版 2014年9月25日 13版発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 本書は、2012年にラジオドラマ化、2014年には「ふしぎな岬の物語」というタイトルで、本書を原作とした映画が、吉永小百合さん主演で公開されている。友達から借りて読んだ。

 岬の先端にある小さな喫茶店が舞台。その喫茶店は、半島にある国道のトンネルの出口の、ガードレールの切れ目の小道を行ったところにある。海を挟んで向かい側にも半島があって、その向こうに富士山が見える。(千葉県に実在する喫茶店がモチーフだそうだ)

 舞台をこんなに詳しく書いたのにはわけがある。ここから見た景色が、物語の重要なキーになっているからだ。繰り返し描写されるこの景色を、読者は思い浮かべながら読み進めることになる。(「実在する喫茶店がモチーフ」なんて知ったら、行って見たくなるだろう)

 全部で6章あって、それぞれで主人公が変わる。第1章は妻を亡くしたばかりの男、克彦と4歳の娘の物語。「虹さがしの冒険」に出かけて、この喫茶店に、そして店の壁にかけられた虹の絵にたどり着く。この絵と喫茶店の主の悦子に出会い、克彦の人生が少しだけ変わる。

 その後の各章も、この喫茶店に来た人々が主人公となる。それぞれにちょっとした問題や重荷を抱えている。そして、ここでの出来事によって、人生が少しだけ変わる。抱えた問題や重荷が解決するわけではない。けれども、大事な変化が起きている。

 章が進むごとに、この喫茶店と悦子のことも明らかになってくる。こんな辺鄙な岬の先端の喫茶店に、どうして悦子はいるのか?そこにはある願いがあるのだけれど、その願いは遂げられるのか?何人もの人生が交錯する物語を横軸に、悦子の願いを縦軸に、美しい海の景色を背景に、心温まる秀作。

映画「ふしぎな岬の物語」公式サイト

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

火山のふもとで

書影

著 者:松家仁之
出版社:新潮社
出版日:2012年9月30日 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 Village Vanguardで「吉田篤弘とか好きな方はきっと好きなんじゃないかと思います」というPOPが付いていた。順番としては吉田篤弘さんからかと思い「つむじ風食堂の夜」を読んで、好きな感じだったから本書を...というわけ。

 主人公は坂西徹。大学で建築を学び、卒業と共に著名な建築家である村井俊輔の「村井設計事務所」に入った。時代は1982年。舞台は浅間山を仰ぐ青栗村にある「夏の家」。

 「村井設計事務所」の事務所は北青山にあるが、7月の終わりから9月半ばまでは、別荘地にある山荘で仕事をする。その山荘が通称「夏の家」。青栗村というのは架空の地名だけれど、記述を追うと、北軽井沢の「大学村」がモデルだと思われる。

 物語は、「国立現代図書館の設計コンペ」に向けた準備、という「タテ軸」を辿りながら、坂西の目を通した、「村井先生」のこと、事務所の他のメンバーのこと、先生の姪の麻里子とのこと、などが「ヨコ軸」として語られる。

 さらには、先生の若い頃のこと、外国の建築家が設計した建物のこと、と時間と空間を押し広げる。かと思うと、朝食のメニューや、山荘の周りの木々や鳥の名前、さらには鉛筆や消しゴムの銘柄まで、細やかな記述がされる。

 これだけ縦横に話題を広げたら、収拾がつかなくなってもおかしくない。それらを紐でギュッと括ったように、ストーリーに結びつけてあって、集中が切れない(正直に言うと建築のウンチクを少し読み飛ばしたけれど)。脱帽。

 言い忘れたけれど、本書は著者のデビュー作。これはすごい才能かもしれない。

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

民王

書影

著 者:池井戸潤
出版社:文藝春秋
出版日:2013年6月10日 第1刷 20015年6月1日 第20刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

 著者は「下町ロケット」で直木賞を受賞。その他に「ルーズヴェルト・ゲーム」「七つの会議」、そして大きな話題になったテレビドラマ「半沢直樹」の原作シリーズと、「経済小説」のジャンルでヒットを飛ばし続けている。本書もテレビドラマ化され、テレビ朝日系列で7月から放映される。

 主人公は武藤泰山と、その息子の翔の2人。泰山は「民政党」に所属する政治家で、何と我が国の内閣総理大臣。翔は六本木のクラブに入り浸る大学生。つまり絵に描いたようなダメ息子だ。

 この泰山と翔が、何のはずみか入れ替わってしまう。泰山の身体に翔の意識が、翔の身体には泰山の意識が宿る。何だか強烈な既視感を感じる設定。「転校生」?「パパとムスメの7日間」というのもあった。

 設定は使い回されたものではあるけれど、描かれた物語はなかなか奥が深くて考えさせられ、かつ楽しめるものだった。翔は総理大臣として国会で野党の追及に対処し、泰山は就職活動の面接を受けるはめになる。「漢字が読めない総理大臣」なんていうネタを挟みながら、コミカルに物語は展開する。

 「演じる」が本書のテーマだと思った。泰山は与党の政治家を演じ、翔は就活中の学生を演じる(ダメ息子だと思っていたら、真面目に就職活動をしていたのだ)ことを求められている。例えば翔は、本音とは別に「御社を第一志望に..」と話さないといけない。

 入れ替わりによって、就活中の学生を演じている翔を、その父親である泰山が演じる、というヤヤこしい二重構造になる。そうすると不思議なことに(無責任とも言えるが)、本当に言いたいことが言えてしまう。ソリの合わない父子なのにすごく似ていて、泰山の「空気を読まない発言」はたぶん翔の本音で、その逆もまた然り。

 著者としては異色の作品だと思う。ここまでコミカルなものも、「入れ替わり」のようなちょっと現実離れした設定も、著者の作品では初めてだからだ。でも、これまでの作品と同じかそれ以上に、とても面白かった。

テレビ朝日 金曜ナイトドラマ「民王」公式サイト

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

決戦!大坂城

書影

著 者:葉室麟、木下昌輝、富樫倫太郎、乾緑郎、天野純希、冲方丁、伊東潤
出版社:講談社
出版日:2015年5月26日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「大坂の陣」をテーマに、7人の時代小説作家が書下ろし小説で競作。何とも贅沢な1冊。ちなみに本書は「競作シリーズ第2弾」で、第1弾は「決戦!関ヶ原
」。

 大坂夏の陣と冬の陣、その場にいた7人を主人公に、7人の作家がそれぞれ物語を紡ぐ。具体的には次のとおり。

「淀殿:葉室麟」「真田幸村:木下昌輝」「近江屋伊三郎:富樫倫太郎」「水野勝成:乾緑郎」「松平忠直:天野純希」「豊臣秀頼:冲方丁」「福島正守:伊東潤」(敬称略)

 言うまでもないことだけれど「大坂の陣」とは、1614年と翌1615年に行われた、徳川軍が大坂城を攻めた戦い。徳川と豊臣によって、日本中の大名、武将が召集された「最後の決戦」と言える。

 多くの武将らが、それぞれの立場でそれぞれの想いを抱えて戦った。それぞれの物語を積み上げることで「大坂の陣」を描く。本書はそういう試みで、それはとても成功していると思う。同じ戦いを7回描くのだから、同じ場面が何度も出てくる。ただ、視点を変えて描くことで、立体感が出てくる。

 もちろん、作家さんのそれぞれの特長も楽しめる。私は、福島正守を描いた伊東潤さんの作品がとても楽しめた。代わりに、私の個人的思い入れもあるため、木下昌輝さんが描く真田幸村像は、ちょっと不満が残った。

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)