2.小説

プリズム

書影

著 者:百田尚樹
出版社:幻冬舎
出版日:2011年10月5日 第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 本屋大賞ノミネート作品。「ユリゴコロ」「誰かが足りない」と同じく、私にとっては著者の初めての作品。

 主人公は梅田聡子、32歳。5年ほど前に結婚した2歳年上の夫がいる。2年前に体調を崩して、勤めていた出版社を退職したが、体調も戻ってきたので家庭教師センターに登録。初めての仕事のために、成城の資産家の岩本家を訪れるところから物語は始まる。

 表題の「プリズム」というのは、小学校か中学校で使ったことがあるはずの、透明な三角形の器具のこと。そう、あの「プリズム」。光を通すと何色もの光に分散される。逆に言うと、私たちが普段見ている光は、波長の違う何色もの光が合成されたものだと分かる。

 ネタバレになるので詳しくは言えないけれど、人間だって光と同じだというわけなのだ。一人の人間が、優しいところと冷淡なところを併せ持っていることもある。そうした異なった側面や性格が合わさって、1人の人間性を形作っている。
 ただ、それが極端な形でバラバラに現れると、周囲の人は翻弄されてしまう。聡子が岩本家で出会った男は、ある時は攻撃的に、ある時は軽薄に、ある時は紳士的に聡子に接する。

 本書はジャンルとしては「恋愛小説」。「会いたくないけど待ってしまう」みたいな、揺れ動く心の様がよく描かれている。それから設定の妙によって、人間の心理の深い部分も。ただ、「何でそこで行ってしまうのかなぁ」と思う場面が何度かあり、男の私としては、聡子にはもう少し慎重に行動して欲しかった。

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

人質の朗読会

書影

著 者:小川洋子
出版社:中央公論新社
出版日:2011年2月25日 初版発行
評 価:☆☆☆(説明)

 本屋大賞ノミネート作品。

 地球の裏側にある村の山岳地帯で、反政府ゲリラに拉致され人質となった、日本人ツアー客と添乗員の8人。百日以上が過ぎた後、人質が拘束されているアジトへ特殊部隊が強行突入。結果、犯人グループは全員射殺、同時に人質8人も全員、犯人の仕掛けたダイナマイトで爆死した。

 本書は、その拘束された生活の中で、人質たちが自ら書いた話を朗読する声を録音(盗聴)したもの、という設定だ。それぞれが「僕」「私」という1人称の物語になっていて、自らの過去の物語、未来がどうであろうと決して損なわれることのない「過去」を語っている、とされている。

 こんな設定ではあるが、まぁ人質8人と+1人分の全部で9つの短編集だ。同じツアーに参加したという以外には共通点がない人々が、自分の過去を語っているのだから、物語にもつながりはない。ただ、「人質」という共通の状況からか、「死」というものが遠くに近くに見える話が多い。

 本屋大賞にノミネートされているし、私の周囲からも良い評価が聞こえくるのだけれど、私はそれほど良く思わなかった。いやいや、それぞれの物語は、情景が思い浮かぶような、静かな余韻を残す著者らしい物語ばかりで、なかなか良かった。

 単純な短編集としてなら良かったのだけれど、本書のキモは「人質がそれぞれの過去を語る」というシチュエーションにあると思う。未来どころか明日をも知れない状況で話す一言一言は、それだけで特別な重みがあるはずだからだ。問題は、そのシチュエーションに、読者がどれだけ感応できるか、というところにある。

 私にはその感応力が無かった、ということなのだ。上に「著者らしい物語ばかりで..」と書いたが、これには皮肉もこもっていて、言い換えればどれも著者が書いた物語に思えてしまった(もちろんそうなのだけれど)。これでは「それぞれの過去を語る」という受け止め方ができなかった。

 「人質がそれぞれの過去を語る」というシチュエーションは、類稀なるセンスだと思う。年齢や職業を付記するというアイデアも良かった。だからこそ、それぞれの人物の個性を感じる物語や語り口が欲しかった。

 この本は、本よみうり堂「書店員のオススメ読書日記」でも紹介されています。

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

ルーズヴェルト・ゲーム

書影

著 者:池井戸潤
出版社:講談社
出版日:2012年2月2日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「本が好き!」プロジェクトで献本いただきました。感謝。

 熊本日日新聞他に順次掲載された新聞小説に加筆修正し、単行本にしたもの。昨年上半期の直木賞受賞作で、ついでに言うと私の「2011年の「今年読んだ本ランキング」」1位の「下町ロケット」の著者の、受賞後の単行本第一作。

 舞台は、年商500億円の中堅電子部品メーカーの青島製作所と、その野球部。5年前に外部のコンサル会社から営業部長として入った細川が、創業者である現会長の青島から社長を引き継いで2年。細川の営業部長としての手腕で業績を伸ばしてきた同社も、金融危機を契機とした不景気のあおりを受けて、青息吐息の状況。

 主要取引先からは取引量の減少や値下げを言い渡され、ライバル会社はなりふり構わぬ営業攻勢をかけてくるし、銀行は運転資金の融資の条件としてリストラを迫る。当然、野球部にもその影響はおよび、役員会で廃部さえ言及される。何と言っても、野球部には年間3億円かかっている。おまけに前監督がライバルチームに移籍する際に、エースと4番打者を引き抜き、成績は芳しくない。

 物語は、青島製作所の経営と、野球部のチーム運営のそれぞれを、時に交錯させながら描く。それぞれには、さらに厳しい試練が待ち構えていて、存亡の危機に立たされる。野球の試合のように、起死回生の逆転劇はあるのか?(そいういう英語の言い回しがあるのかどうか不明だけれど、帯に「奇跡の大逆転劇」に「ルーヴェルト・ゲーム」とルビが振ってある)

 物語の趣向は「下町ロケット」と同じ。危機に瀕した中堅企業が、身の内に葛藤を抱えつつ、その技術力とチームワークで危機に立ち向かう。これですべてが解決したわけではなく、(「下町ロケット」よりも、さらにストレートな感じでもあり)現実はもっと厳しいはず、という指摘もあるだろう。でも、ところどころに仕込まれている「いい話」に、「あぁ、仲間っていいなぁ」とホロッとする。(私と同じように)そういうのが好きな人におススメ。

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

一瞬の風になれ 第一部 第二部 第三部

書影
書影
書影

著 者:佐藤多佳子
出版社:講談社
出版日:2006年8月25日(1)、 9月21日(2)、10月24日(3) 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 2007年の本屋大賞、吉川英治文学新人賞の受賞作。私が本屋大賞を意識しだしたのが、2007年からで、その年のノミネート作品は「夜は短し歩けよ乙女/森見登美彦」「風が強く吹いている/三浦しをん」「終末のフール/伊坂幸太郎」「図書館戦争/有川浩」「鴨川ホルモー/万城目学」「失われた町/三崎亜記」等々。

 現在の私が大好きな作家さんの作品が目白押しで、本屋大賞が出会いのきっかけとなっって、私の読書傾向が形作られたのは明らかだ。その特別な年の大賞作品にも関わらず、これまで読まなかった理由は、1つには図書館で借りようと思ったら貸出中で、読むタイミングを失したのと、もう1つには3巻もあるので、ちょっと読むのを躊躇したことだ。その躊躇を今は後悔している。

 主人公は神谷新二。高校生。中学まではクラブチームでサッカーをやっていたが、高校で陸上部に入って短距離の選手になった。第1巻はその1年の春からシーズン中を描き、第2巻は1年生のシーズンオフから2年生のシーズン中、第3巻はその後から3年生のシーズン中のインターハイ予選を描く。

 読み終わって清々しい気持ちになった。陸上の経験や知識がある人が読めば、さらに違った感想や感慨があるのだろうと、少し悔しく思う。陸上は基本的には個人競技。新二は100、200mを走る短距離選手なのでタイムの更新が1つの目標。つまり過去の自分が相手なのだ。

 ところが、物語は個人ではなく、人と人との関係を徹底して描く。新二を中心にして家族、親友、陸上部の同級生、先輩、後輩、顧問、他校の選手、監督...。短距離にも「4継」と呼ばれる100m×4の400mリレーがあって、これは正に団体競技だし。100mだって1人だけで競技するわけではないことがよく分かる。

 新二と周囲の関係という広がりを空間軸、高校生活の3年間を時間軸として、新二(とその周囲)の逞しい成長を体感した。「3年間」を体感するためには、3巻分の長さが必要だった。

 この本は、本よみうり堂「書店員のオススメ読書日記」でも紹介されています。

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

夢違

書影

著 者:恩田陸
出版社:角川書店
出版日:2011年11月15日 初版発行
評 価:☆☆☆(説明)

 2010年から2011年にかけて、東京新聞ほかに掲載された新聞小説。

 舞台は、人が寝ている間に見る「夢」を記録できるようになった世界。主人公は、その記録を元にした夢の解析を職業とする「夢判断」の浩章。学校で子どもたちが集団白昼夢を見る事件が頻発し、浩章は他の「夢判断」たちと共に、その解明のために子どもたちの夢の解析を始める。

 集団白昼夢事件は、1クラスの子どもたち全員が「何か」を見て、ひどく怯えて教室を飛び出したのに、誰も「何を」見たのか覚えていない、といったものだ。その他には、行方不明の子どもが、何日かしてフラッと戻ってくるなど、超常現象とも言える出来事の数々が起きる。

 不思議な話だった。解析のため他人の夢を見る主人公も、時々現実からすべり落ちるように白昼夢を目にする。出来事の多くも常識的にはあり得ない、まるで夢の中の出来事のようだ。この物語全体が誰かの夢のようでもあり、「夢を見ている夢」のように、「彼我」と「夢と現実」の輪郭が曖昧で実に頼りない感覚が続く。

 以前に「人間の意識は「個人の無意識」のさらに奥で「集団の無意識」につながっていて、夢はそこへアクセスしている。予知夢や共有夢などがこれで説明できる」という説を読んだことがある。出版社のサイトによると、著者はずっと「夢は外からやってくる」と感じていたそうだ。恐らく同じようなことを言っているのだと思うが、著者が表現すると短く直観的に分かるし、こんなにも豊かな物語にもなるのだ。

 にほんブログ村「恩田陸」ブログコミュニティへ
 (恩田陸さんについてのブログ記事が集まっています。)

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

忍びの国

書影

著 者:和田竜
出版社:新潮社
出版日:2011年3月1日 発行 11月15日 8刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「のぼうの城」でデビューした著者の第2作。「のぼうの城」では、史実にある武州忍城の籠城戦で、忍城に拠った実在する武将たちの活躍を描いた。有名な武将たちではないけれどその働きは目覚ましく、「無名のキラ星たち」と私は呼んでいる。本書も、天正伊賀の乱という史実をベースにした物語。実在の武将たちが数多く登場する。

 天正伊賀の乱とは、伊勢の国主で織田信長の次男の信雄が、隣国の伊賀の国に攻め入った戦い。伊賀の国と言えば忍者だ。信雄が相手にしたのは忍者軍団。本書で忍者軍団を率いるのは百地三太夫だと言えば、「あぁあの」と思う人も多いだろう。

 主人公らしきは「無門」という名の、金のためそれも女房に渡す金のためにしか働かない忍者。「分身の術」的な忍術は出てこない。強調されているのは、敵味方なく相手を欺く「謀略」の技。そして彼らは人間離れした体術で、凄まじい戦い方をする。

 対する伊勢の信雄軍も負けてはいない。そのひとり日置大膳は、鉄砲の弾も届かない遠くを逃げる忍者を、鑿頭の矢で射て、頭をすっ飛ばしてしまうような豪勇の者。かくして伊勢と伊賀、武士と忍者の、力と技と頭脳の総力戦が展開される。

 文庫の「解説」は、読書家で知られる昨年5月に亡くなった児玉清さん。亡くなる4カ月前の執筆。この本のことが好きで盛り立てよう、読者を楽しませようと言う気持ちがあふれている。合掌。

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

クジラの彼

書影

著 者:有川浩
出版社:角川書店
出版日:2007年1月25日 初版発行 
評 価:☆☆☆(説明)

 2005年から2007年にかけて、月刊小説誌「野生時代」に掲載された短編6編を収録した短編集。著者のデビュー2作目の「空の中」、3作目の「海の底」のスピンアウトを含んでいる。

 今さら紹介する必要もないかもしれないけれど、著者のデビュー作「塩の街」と上に挙げた2作を合わせて「自衛隊3部作」と呼ばれている。「海の底」が2005年の作品だから、「野生時代」の連載が始まったのはその直後。この短編集もスピンアウトはもちろん、他の作品もミリタリーのラブストリーだ。

 自衛隊という特別なお仕事の人の恋愛は、ドラマ性に富んでいる。結婚式の祝辞で必ず言われるという「どんなに喧嘩しても、朝は笑顔で送り出してくれ(無事に帰ってくるかどうかわからないので)」という話には、密度の濃い時間が垣間見える。

 男性が自衛隊員で女性が民間人で待つ身、というパターンを思いがちだが、著者は、女性が自衛隊員で男性が民間人、そして男性も女性も自衛隊員、の組み合わせも物語にしている。どれも甘い中にも読みごたえを感じるものだったが、私は、男性も女性も自衛隊員の甘さ控えめな「脱柵エレジー」が良かった。まだ30歳手前とは言え、自衛隊での10年の経験が「大人」を感じさせる二曹の、甘さ控えめの恋愛未満の物語だ。

 著者による「あとがき」(この「あとがき」はなかなか楽しかった)に、「私の会った自衛官の若い方は、失礼ながら皆さんかわいくて純粋で一生懸命で一途で、..」と書いてあったが、その想いが作品に表れている。男も女も「ちょっとカッコ良すぎるんじゃないのぉ」と、思わないではないが、そこはラブストーリーの常として不問にしておこう。

 にほんブログ村「有川浩」ブログコミュニティへ
 (有川浩さんについてのブログ記事が集まっています。)

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

泳ぐのに、安全でも適切でもありません

書影

著 者:江國香織
出版社:集英社
出版日:2002年3月10日 第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 It’s not safe or suitable for swim. 本書は10編が収録された短編集。冒頭の英文は、本書と収録された最初の短編のタイトルの英語表記だ。これは、著者がアメリカを旅行した時に見た立て看板に書いてあったそうで、さらに言えば、短編の中で主人公の女性が、そのような看板を「私たちみんなの人生に、立てておいてほしい」と思った言葉だ。

 「泳ぐのに、安全でも適切でもありません」そう、人生は安全ではない。多くの人は適切でもない人生を送っている。こんな看板で、人生の折々に注意を促してもらえば、しなくて済んだ失敗もあるだろう。

 本書に登場する主人公は全員が女性で、彼女たちも安全でも適切でもない(と思われる)人生を送っている。不倫をしていたり、働かない男との同棲中であったり、夫が家にいなかったりしている。幸せな結婚生活だけが適切だというつもりはない。しかし、彼女たちの選択や置かれた状況も適切だとは思えない。

 ところが、著者による「あとがき」には、「愛にだけは躊躇わない-あるいは躊躇わなかった-女たちの物語になりました。(中略)彼女たちが蜜のような一瞬を確かに生きた..」とある。
 不倫や働かない男との同棲などの辛い愛の形を選んだ、彼女たちの選択が適切でないと、私は思ったのだけれど、どうもそうではないらしい。人生は泳ぐ(生きる)のに安全でも適切でもないのだから、長期展望ではなくその「瞬間」を信じて生きたい。そうした生き方の現れが、彼女たちの選択らしい。そう言えば、彼女たちに「後悔」は感じられなかった。

 この捉え方の違いは、私が男だからだろうか?女性の感想を聞いてみたい。

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

サンタ・エクスプレス 季節風 冬

書影

著 者:重松清
出版社:文藝春秋
出版日:2008年12月5日 第1刷発行 
評 価:☆☆☆(説明)

 「季節風」という季節ごとに1冊ある短編集シリーズ。それぞれの季節に読もうという「自分企画」で、「」「」「」に続いて今回の「冬」で完結。12編を収録。

 「冬」という季節はどんな季節だろう?12月にクリスマス、1月はお正月、2月は節分とバレンタインデーと、イベントがある。本書の表題の「サンタ・エクスプレス」は、母から娘への(そして夫への)心温まる粋なクリスマスプレゼント。
 お正月を扱ったのは「ネコはコタツで」と「ごまめ」の2編。どちらも昨年までとは違う正月を微笑ましく、そしてしっとりと描く。「一陽来復」「バレンタイン・デビュー」はそれぞれ、節分とバレンタインデーの物語。

 本書を読んで気付いたのは「冬」は「春」の前の季節だという当たり前のこと。でも「春」は進学や就職など、別れや旅立ちの季節でもあり、その別れや旅立ちの準備は、「冬」にしなくてはいけない。進路を決心する、誰かに別れを告げるのは、心身ともに凍えそうな「冬」で、そこにはドラマがある。
 そんな「春の前の季節」を扱った作品は3編。「コーヒーもう一杯」「その年の初雪」は、卒業や引っ越しによる「別れの物語」で、「サクラ、イツカ、サク」は、大学受験にまつわるつかの間の「出会いの物語」。

 私事で恐縮だけれど「春の前の季節」に関連して。私は15年前に、東京から雪が積もる地方に引っ越してきた。年を経てだいぶ慣れはしたけれど、冬の寒さは厳しいし、雪が積もると憂鬱になる。春になって暖かさを感じると本当にうれしい。
 「春になってうれしい」なんてことは、寒い地方に来なければ感じることができなかったと思う。

 にほんブログ村「重松清のトラバ」ブログコミュニティへ
 (重松清さんについてのブログ記事が集まっています。)

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

舟を編む

書影

著 者:三浦しをん
出版社:光文社
出版日:2011年9月20日 初版第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 前回の「くちびるに歌を」に続いて、本書も今年の本屋大賞ノミネート作品。

 駅伝に林業に文楽と、誰もが知っているけれど、多くの人は良く知らない世界を活写してきた著者が、今回描いたのは「辞書」。日本人で一度も辞書のお世話になったことのない人はいないんじゃないかと思う。しかし、辞書がどう作られるのかを、知っている人は少ないだろう。

 舞台は、玄武書房という出版社の辞書編集部。「大渡海」という新しい辞書を作ろうとしている。何十万語(「大渡海」は23万語)もについて、正確かつ納得のいく説明と用例を、一つ一つ決めていくのだから、10年なんかではとても無理。しかも「言葉は生き物」だから、日々の生活の中での「用例採集」も欠かせない。辞書を新しく作る、ということは、生活や場合によっては半生を捧げるような一大事業なのだ。

 まぁそんな仕事だから「変わり者」にしか務まらないのかもしれない。登場人物の多くが「変わった人」だ。本書は章ごとに主人公が何人か入れ替わる。その主人公の一人の女性が、初対面の「感じのいいひと」と言葉を交わして、「ああ、このひとも変人なんだ。まことに残念だ」と思うところが印象的だった。

 取り分け変わっているのが馬締光也、四捨五入すれば30歳だ。古びた木造アパートで書物に埋もれて暮らし、「あがる」と「のぼる」の違いを考えるのに没頭して、目の前で今まで話していた人の存在を忘れてしまう。さらに言えば彼が忘れてしまったのは、なんと彼の意中の人で、彼女には「謹啓」から始まる便箋15枚ものラブレター(本人は「恋文」と呼ぶ)を書いた。

 馬締の言葉に対する熱意というか執着は、辞書の編集に向いていて、天職とも言える。しかし、入れ替わりで登場する章ごとの主人公たちが、必ずしも馬締のように辞書の編集に向いているわけではない(少なくとも本人はそう思っている)。しかしその全員が、いや他の登場人物も殆どが、名前が付いていないアルバイトでさえ、与えられた立場と役割を精一杯全うしようとする。その姿が本書に勢いと清々しさを与えている。

 ちなみに「舟を編む」というタイトルは辞書の名前の「大渡海」と同様に、「辞書は、言葉の海を渡る舟だ」「もっともふさわしい言葉で、正確に、思いをだれかに届けるために、ひとは辞書という舟に乗る」という思いから来ている。
 私もブログの記事を書くときに、必ずと言っていいほど辞書のお世話になっている(紙の辞書ではなくネット辞書だけれど)。思いを的確に表す言葉を探すために。それは見つかったり、結局見つけられなかったりするけれど。

(2012.7.14 追記)
本書の映画化が決まったそうです。主演は松田龍平さん、共演は宮崎あおいさん。宮崎あおいさんは、「天地明察(2010年大賞」「神様のカルテ(2010年2位)」に続いての本屋大賞作品でのヒロイン役。(ついでに「陰日向に咲く(2007年8位)も)本屋大賞女優と言って差し支えないでしょう。

 この本は、本よみうり堂「書店員のオススメ読書日記」でも紹介されています。

 にほんブログ村「三浦しをん」ブログコミュニティへ
 (三浦しをんさんについてのブログ記事が集まっています。)

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)