2.小説

くちびるに歌を

書影

著 者:中田永一
出版社:小学館
出版日:2011年11月29日 初版第1刷発行 
評 価:☆☆☆(説明)

 前回の「さよならドビュッシー」に続いて、今回も音楽を軸にした作品。ちなみに、先日発表された今年の本屋大賞ノミネート10作品の1つ。

 舞台は長崎県五島列島のある中学校の合唱部。主人公はその部員の仲村ナズナと桑原サトルの2人で、それぞれの視点からの物語が交互に語られる。2人とも3年生。しかし、ナズナは同級生や後輩に慕われる合唱部の主要メンバーだけれど、サトルは人とのコミュニケーションが苦手で「自称(ひとり)ぼっちのプロ」。そんなサトルは、ひょんなことから3年生の春に合唱部に入部した。

 本書はいくつもの物語が縒り合さって、大きな物語が織り上げられている。恋、友情、家族、不安、衝突、命。言葉にすると陳腐に聞こえるけれど、それを中学生が語ると素直に受け入れられる。時折挿入される登場人物たちが書いた手紙の効果も大きい。
 この合唱部は、NHK学校音楽コンクール(通称Nコン)を目指して練習をしている。今年の課題曲は「手紙~拝啓 十五の君へ~」。説明は必要ないだろう、アンジェラ・アキさんの名曲だ。部員たちには、15年後の自分にあてた手紙を書く、という宿題が出ている。「提出の必要なし」とされたその宿題には、誰にも言わない秘めた想いが書かれていた。

 正直に言うと「子ども向けの本」という意識があったし、先生のくだけた口調が気になったり、「この話は余分なんじゃないの?」思ったりして、あまり入り込めなかった。ただ最後から10ページ余りのところで、その場面を思い浮かべて、不覚にも涙が出てきた。何にそんなに感動したのか自分でも不思議。人の声を合わせる「合唱」の力に呑まれた感じだ。

 この本は、本よみうり堂「書店員のオススメ読書日記」でも紹介されています。

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ヒア・カムズ・ザ・サン

書影

著 者:小路幸也
出版社:集英社
出版日:2014年4月30日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「東京バンドワゴン」シリーズの第10弾。

 舞台は、東京の下町にある古本屋&カフェの「東京バンドワゴン」。前作の「オール・ユー・ニード・イズ・ラブ」の続き。「東京バンドワゴン」を営む堀田家の1年を描く。

 今回も、大小のミステリーと人情話が散りばめられている。ミステリーの方は、白い影が見えるとかすすり泣きが聞こえるとかの幽霊騒ぎ、近くの区立図書館に古書が置かれるという謎の事件、宮内庁からの招かざる客、等々。

 人情話の方は、ご近所の青年の恋愛がらみの騒動や、以前に堀田家に救われたかつての不良少年(今は一児の父)の話、万引き少年の更生の機会、等々。それから、今回は少し悲しい別れもいくつかある。

 前作のレビューで「子どもたちの成長が楽しみになってきた」と書いたけれど、今回はその成長をはっきりと感じることができた。高校2年生の花陽ちゃんの啖呵がよかった。そして、登場回数は多くなくても、今回の一番の主役は、中学3年生の研人くんだ。何とも甘酸っぱいことになった。

 このシリーズのタイトルは、第1作を除いてビートルズの曲名(第3作「スタンド・バイ・ミー」はジョン・レノンによるカバー)。これまではその巻のイメージに「何となく合っている」感じだった。今回は、ストーリーにうまくはまっている。

 Here comes the sun, and I say It’s alright. ♪

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少しだけ欠けた月 季節風 秋

書影

著 者:重松清
出版社:文藝春秋
出版日:2008年9月15日 第1刷発行 
評 価:☆☆☆(説明)

 「ツバメ記念日 季節風 春」「僕たちのミシシッピ・リバー 季節風 夏」に続く、短編集シリーズ3冊目。それぞれの季節に読もうという「自分企画」で、秋も押し詰まったころ「秋」編の本書を読んだ。12編を収録。

 「だから秋は 少しだけ 中途半端なのです♪」と、読んでいる途中に何度か口ずさんでいた。「春」は別れと旅立ちやスタートの季節、「夏」は子どもにとっては夏休み、大人は故郷や亡くなった人のことを想う季節と、多くの人に共通の想いや経験がある。では「秋」は?

 これまでの2冊では「春」や「夏」の空気が物語から感じられた。本書の各短編ももちろん「秋」の出来事を綴っているのだけれど、「秋ならではの」という物語は少ない。それは著者の責任ではなく、「秋」が何かに縛られない季節だからなのだ思う。「読書の」「食欲の」「芸術の」「行楽の」「スポーツの」と、たくさんの形容詞が付けられるのが、その証だ。

 涙をこぼしてしまうような強い印象を受ける作品はないが、どれもしみじみとした余韻を残す。今回は、大人の男性を描いた物語が目立った。「風速四十米」「キンモクセイ」「水飲み鳥、はばたく。」は、どれも40代の男性が、年老いた父親、または亡くなった父親を想う物語。「よ~い、どん」「田中さんの休日」は、どちらも「お父さん、元気出して」と語りかけてくる。「秘密基地に午後七時」は、「大人になった男の子たち」のための秘密基地の話だ。

 その他の物語も、主人公は子どもだったり、女性だったり、年寄だったりするのだけれど、たいていはその父親だったり、息子だったりで中高年の男性が出てくる。みんな家族想いの良い人。しかし、何らかの葛藤を抱えていて、背中が少し寂しい。
 この本に登場する「大人の男性」は、著者が自身を投影したものなのかもしれない。いくつかの作品では、著者と同い年の私にとっても、自分のことのように思えたから。

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下町ロケット

書影

著 者:池井戸潤
出版社:小学館
出版日:2010年11月29日 初版第1刷発行
評 価:☆☆☆☆☆(説明)

 2011年上半期の直木賞受賞作品。今年の8月に早速WOWOWで三上博史さん主演でドラマになっている。

 主人公は佃航平、43歳。7年前に父親の死に伴って、家業の精密部品の工場「佃製作所」を継いだ。それ以前には、佃は宇宙科学開発機構で、ロケットエンジン開発の研究者をしていた。本書の冒頭は、佃が開発したエンジンを積んだロケットの打ち上げシーンだ。

 佃が社長を継いでから佃製作所は大きく成長した。売上百億円に少し欠けると言うから、並みの中小企業ではない。しかし、部品製造業の経営は取引先に大きく左右される。佃製作所も主要な納入先の方針変更によって、「わかってくれよ、佃ちゃん」と言われて、十億円を超える取引を停止されてしまう。
 その後も佃の受難は続く、銀行の融資を打ち切られたり、ライバル社から特許侵害で訴えられたり。足元の社員や家族も盤石とは言えない。一つ乗り越えたら次の問題が持ち上がる。それでも佃には寄って立つものがあった。それは「技術」と「夢」だ。

 「並みの中小企業ではない」のは、百億円近い売上だけではない。佃が寄って立つものの一つである「技術」がある。佃製作所は、水素エンジンのバルブシステムの特許を持っている。帝国重工という巨大企業が、巨額を投じて開発したシステムに先んじる最先端技術で、この技術がなければ帝国重工のロケットは飛ばない。起死回生の願ってもない話のようにも聞こえるが...ビジネスの世界は怖い。

 佃が寄って立つもののもう一つの「夢」は、彼を支えるが、同時に彼を苦しめ、彼に決断を迫る。面白かった。ちょっと甘めだけれど☆5つ。

 このあとは書評ではなく、ちょっと思ったことを書いています。お付き合いいただける方はどうぞ

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(さらに…)

宇宙でいちばんあかるい屋根

書影

著 者:野中ともそ
出版社:ポプラ社
出版日:2003年11月20日 第1刷発行 2004年2月1日 第3刷
評 価:☆☆☆(説明)

 本好きのためのSNS「本カフェ」の読書会の9月の指定図書。

 主人公は14歳の少女、つばめ。つばめが小さい頃に両親が離婚した。原因は母親が別の人に「恋をした」ので出て行ってしまったかららしい。しかし、つばめを引き取った父親はすぐに再婚。新しい母親とも、つばめはうまく行っている。まぁ、幸せな家族だ。
 でも、なぜか長い間一緒にいると居心地が悪くなってしまう。気づかい、いたわりあいながら「家族」というタペストリーを織っている感じ。時々、それに疲れてしまう。14歳の少女にも、いや14歳の少女だからこそ「一人の時間」を必要としているのだろう。

 物語は、つばめが「一人の時間」を過ごすビルの屋上をポイントとして展開する。そこはつばめが通う書道教室があるビルで、つばめは教室の後にしばらくその屋上で過ごす。ある日、そこで派手な出で立ちのばあさんと出会う。つばめが名付けて「星ばぁ」
 星ばぁは、下品で自分勝手で意地悪でがめつくてウソつきだ。中学生のつばめにお菓子やら弁当やらをせびる。「空が飛べる」と言い張る。でも星ばぁがつばめに向かって吐く言葉は、辛辣ではあるが飾りがないだけに、ウソがない。ウソつきの言葉に「ウソがない」なんて変だけれど。

 家族、隣人、学校、家から駅までの町。中学生のつばめにとっての「社会」の隅々までを、心くばりが行き届いた筆使いで描く。クラスメイトとの距離感や、三軒先の大学生の亨くんへの想いなど、14歳の少女の少し背伸びした心持ちが伝わってくる。

 そうそう、星ばぁのために、つばめは行ったことのない街に出かけていく。これは、つばめの世界の拡がり、つまり成長を象徴しているように感じた。

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格闘するものに○

書影

著 者:三浦しをん
出版社:草思社
出版日:2000年4月14日 第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 2006年に「まほろ駅前 多田便利軒」で直木賞を受賞、。「風が強く吹いている」「仏果を得ず」「神去なあなあ日常」などのヒット作で知られる、人気作家の著者のデビュー作、2000年の作品。

 主人公は藤崎可南子。就職活動中の文学部の学生。就職希望先は出版社。漫画編集者になりたいのだ。可南子が情熱を持って取り組んだことと言えば、漫画を読むことぐらいで、漫画については一家言ある。
 ただし就職活動には向いていないようだ。「平服で」を「ファッションセンスを見るのだな」と解釈して、気合を入れて黒ずくめに豹柄のブーツで面接に出かけたり、ちょっと立ち寄った古本屋で、高値で取引されている「キン肉マン」を見つけて、嬉しくなって面接を忘れて帰ってしまったり。

 さらに、可南子には妄想癖がある。ある時、集団面接で「学生時代に一生懸命やったこと」として、「彼女を大切にすることかな」と向かいに座った男が答えた。可南子は男の「襟首をつかんで背後の窓に何度もたたきつけ、べっとりとガラスには...(過激な表現のため自粛)」と、自分も面接の椅子に座ったまま思い浮かべてしまう。
 就活以外にも、さまざまなものと「格闘する」可南子だが、ちょっと空回り気味だ。まぁ、それがまた「格闘してます感」を醸し出しているのだけれど。

 こう紹介するだけでも、ゴムまりが弾むような勢いと面白さが、少し伝わるだろう。しかし、デビュー作にかける著者の意気込みは、さらに何重にも面白い設定を、主人公の可南子に施した。可南子の家も弟も友だちも恋人もちょっと普通じゃない。普通じゃないけれども、みんなひっくるめて「いい話」になっている。

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小さいおうち

書影

著 者:中島京子
出版社:文藝春秋
出版日:2010年5月30日 第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 2010年上半期の直木賞受賞作。著者の作品は「イトウの恋」と、「Re-born はじまりの一歩」というアンソロジーの中の短編を読んだことがある。

 主人公は布宮タキ。茨城の田舎で一人暮らしをしている(たぶん)80代の女性。物語は、そのタキが昭和5年に女中奉公に出た後の、終戦の年までの暮らしを、一人語りで回想する形で進む。

 タイトルの「小さいおうち」とは、タキが奉公した平井家が住む赤い屋根の洋館のこと。東京の郊外に建つこの家で、タキは10代の後半からの11年あまりを過ごした。玩具会社の重役のご主人と、奥様の時子、一人息子の恭一との4人の暮らし。
 タキが時子と出会った時には、タキは14歳、時子は22歳。2人は歳も比較的近く、時子の偉ぶらない性格もあって、一般的な奉公人と使用人の関係より、ずっと親しみのある幸せな「濃い時間」を一緒に過ごす。

 日本が戦争へと突き進み、ついには東京が焦土と化した時代だ。当然、郊外にある平井家にもその影は落ちてくる。しかし、タキの回想の表層からは、その影は最後になるまで感じられない。昭和10年ごろには「5年後の東京オリンピック」にウキウキしていた。昭和16年12月に米国と開戦して「世の中がぱっと明るくなった」とある。
 私たちが習った「歴史」では、昭和6年には満州事変が起こり、それから終戦まではずっと「戦時下」で、こんな平和な時代ではなかったはずだ。その違和感は、タキが回想の途中で挟む、「甥の次男」の健史とのやり取りの中で、健史が代弁してくれる。「おばあちゃんは間違っている。昭和十年がそんなにウキウキしているわけがない」と。

 申し訳ない。本書をどんなに説明しても、正確にイメージしてもらうのは難しい。記事を何度も書き直しているうちに、そう思った。この本は、女中の目から見た昭和初期の暮らしを描いた本?違う。戦時下で本当のことを知らされない怖さを表した本?違う。

 私が思うに本書は、最後の数ページのために、それに先立つ約300ページがあるようだ。もちろん、上に書いた2つともの意味でも、本書は優れた読み物になっている。だからこそ、読者は約300ページを読んで来ることができる。最後の数ページを明かせば「正確なイメージ」に近づくことは分かっているのだけれど.....もちろんそんなことはできない。

書影

 バージニア・リー・バートンの絵本「ちいさいおうち」も併せて読みました。直接の関係はありませんが、本書の中でも言及されているし、どこか見えないところでは繋がっているような気がします。

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僕たちのミシシッピ・リバー 季節風 夏

書影

著 者:重松清
出版社:文藝春秋
出版日:2008年6月15日 第1刷発行 
評 価:☆☆☆(説明)

 「ツバメ記念日 季節風 春」に続く、短編集シリーズ2冊目の「夏」編。春夏秋冬の各編があるので、それぞれの季節に読もうと思っている。12編を収録。

 「夏」ってどんな季節?と聞けば、色々な答えが返ってくるだろう。子どもたちにとっては「夏休み」がある季節だろう。高校球児にとっては「甲子園の夏」、中高生の3年生にとっては「最後の夏」だ。(不思なことに「最後の春」や「秋」「冬」とはあまり言わない。)

 表題作「僕たちのミシシッピ・リバー」は、小学生の夏休み、真っ直ぐな友情を描いた秀作。映画「スタンド・バイ・ミー」の主題歌が聞こえてきそうだ。「虹色メガネ」は小学生の少女の、「終わりの後の始まりの前に」は高校球児の、精細な心のひだを掬う。著者の真骨頂と言える。

 大人にとっては「お盆」の季節、著者はそう感じたらしい。長めの休み、帰省、親戚が集まる。こうした場面の物語が並ぶ。そして「お盆」には、亡くした人を偲びその魂を迎える...収録されている12編のうち7編が、亡くなった人に思いを馳せる物語だった。

 近しい人の死に直面した直後ではなく、何年か後を描いたものもある。「あじさい、揺れて」「ささのは さらさら」は、伴侶を亡くした女性の再婚をめぐる家族の話。「金魚」は、子供のころの親友の三十三回忌の話。大切な人を亡くした人々が故人を想う。当たり前だけれども残された人は、生きて普通に生活していく。その人の死を、忘れるのでも、薄れるのでも、乗り越えるのでもなく、大事に心にしまって今を生きる。

 冒頭に収録された作品「親知らず」が胸に沁みた。何とも痛々しい物語なのだけれど、「今を生きる」という意味では、主人公はこの奥さんと暮らして、今幸せだと思う。

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神様のカルテ

書影

著 者:夏川草介
出版社:小学館
出版日:2011年6月12日 初版第1刷発行 年6月22日 第2刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

 2009年に小学館文庫小説賞という新人文学賞を受賞した、著者のデビュー作。2010年の本屋大賞の第2位となり、櫻井翔さん、宮崎あおいさんが主人公夫婦を演じて映画化され、この8月27日に公開される。何ともスピーディな展開だ。書店で文庫になっているのを見つけたので読んでみた。

 主人公は栗原一止(いちと)。長野県にある民間病院に勤務して5年目の内科のお医者さんだ。夏目漱石を敬愛するあまり、古風な話し方をするようになってしまって、周囲からは「変人」扱いされている。
 一止が務める病院は「24時間、365日対応」でどんな患者も受け入れる、という理念を掲げている。崇高な理念だが、現場は理念だけでは回らない。近郷の患者と救急車が集結し、夜間の救急は戦場のごとき様相を呈する。物語の冒頭も彼は、35時間勤務してこれから回診、というありさまだ。
 一止はそれなりに腕の確かな医者で、もっと高度な医療に携わる楽な道もあったようだ。そのことのを知る人々は、医学部を卒業してすぐにこの病院に勤めることにした彼を、やはり「変人」だと思っている。もちろん、好ましい想いも込めて。

 このように紹介すると、救急医療を舞台とした「カッコいいスーパードクター」の話を思い浮かべるかもしれない。しかし、それでは恐らく映画の公式サイトの紹介のように、「全国の書店員を涙に濡らし」たりはしないだろう。
 一止の患者さんは「栗原先生に出会えて幸せだった」という。もちろん先に書いたように一止の腕が確かで、適切な治療を受けられたことは大きいだろう。しかし「幸せ」という言葉のうらには、彼の患者さんへの寄り添い方に対する感謝が込められている。それは(本書によれば)、高度医療を施す大学病院では得られないものなのだ。

 病院の理念にある「どんな患者も」には、「治らない患者」も含まれるから、登場人物たちは医者として看護師として、その死を看取ることもしなければならない。そして私は、「死」を「感動」につなげることには否定的な意見を持っている。
 しかし、著者自身が現役の医師であり、病院という場所では「死」と向き合わざるを得ない。その向き合い方としての理想が、本書に表されているのだとしたら、この物語の「死」が感動を誘うことに、私も否定的なことを言うまいと思う。

 このあとは書評ではなく、ちょっと気が付いたことを書いています。お付き合いいただける方はどうぞ

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ほっと文庫「ゆず、香る」「郵便少年」ほか

書影

著 者:有川浩、森見登美彦、あさのあつこ、西加奈子
出版社:バンダイ
出版日:2011年8月1日
評 価:☆☆☆(説明)

 おもちゃ・ホビーのバンダイと角川書店のコラボレーション商品。30ページほどの短編小説に、その小説に登場する色と香りの入浴剤が1包付いている。全部で6種類発売されている内の4種類を買って読んでみた。

 読んだのは、有川浩さん「ゆず、香る」、森見登美彦さん「郵便少年」、あさのあつこさん「桃の花は」、西加奈子さん「はちみつ色の」の4つ。前の3人は、私が好きな作家さんで、西さんは「もし面白かったら他の作品も読んでみよう」と、新規開拓のつもりで選んだ。

 面白かった順も上に書いた順のとおりだった。まぁ好きな作家さんの順に書いたので、好きな作家さんの作品が面白かった、という至極当たり前の結果になっただけ、とも言える。

 それぞれを簡単に紹介する。「ゆず、香る」は、王道のラブストーリー。コラボ作品としてハマり過ぎな感じ。「郵便少年」の主人公は、たぶん「ペンギン・ハイウェイ」のアオヤマ君。悲しくもほのぼのとした作品。「桃の花は」は、30歳の女性の遠い昔の記憶をめぐる不思議な物語。「間に合ってよかった」と思えるいい話。「はちみつ色の」の主人公の小学生の母親は小説家。自分の誕生日に「誰からもおめでとうメールが来ねぇ」と憤っているような人。新規開拓のつもりだったが、私には合わなかったらしい。

 それぞれの著者のファンで、(399円払っても)30ページの書き下ろし短編が読みたい、という方にはおススメ。「小説と入浴剤のセットって、ちょっと面白そうじゃない?」という方もOK。

※この商品は入手困難になっている。私も1週間前に、近くの書店、ホームセンター、ドラッグストアを何軒か回ったが売っていなかった。商品のホームページに載っている「商品お取扱店舗」にも行ってみたが、チェーンの場合、全店にあるわけではないらしい。
 今日(2011.8.20)現在では、ネット書店で取り扱いがあるようだけれど、「ゆず、香る」と「郵便少年」は、Amazonでは在庫がなくて「9月26日入荷予定」になっている。
 1週間前には他のも在庫がなかったので、私はバンダイのショッピングサイト「プレミアムバンダイ」で購入した。ここなら今も買えるようだ。(ただし送料が525円(税込)かかる。399円のものを買うのにこの送料はちょっと痛い)

 ここからは書評ではなく、この商品についてちょっと気になったことを書いています。お付き合いいただける方はどうぞ

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