小さいおうち

著 者:中島京子
出版社:文藝春秋
出版日:2010年5月30日 第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 2010年上半期の直木賞受賞作。著者の作品は「イトウの恋」と、「Re-born はじまりの一歩」というアンソロジーの中の短編を読んだことがある。

 主人公は布宮タキ。茨城の田舎で一人暮らしをしている(たぶん)80代の女性。物語は、そのタキが昭和5年に女中奉公に出た後の、終戦の年までの暮らしを、一人語りで回想する形で進む。

 タイトルの「小さいおうち」とは、タキが奉公した平井家が住む赤い屋根の洋館のこと。東京の郊外に建つこの家で、タキは10代の後半からの11年あまりを過ごした。玩具会社の重役のご主人と、奥様の時子、一人息子の恭一との4人の暮らし。
 タキが時子と出会った時には、タキは14歳、時子は22歳。2人は歳も比較的近く、時子の偉ぶらない性格もあって、一般的な奉公人と使用人の関係より、ずっと親しみのある幸せな「濃い時間」を一緒に過ごす。

 日本が戦争へと突き進み、ついには東京が焦土と化した時代だ。当然、郊外にある平井家にもその影は落ちてくる。しかし、タキの回想の表層からは、その影は最後になるまで感じられない。昭和10年ごろには「5年後の東京オリンピック」にウキウキしていた。昭和16年12月に米国と開戦して「世の中がぱっと明るくなった」とある。
 私たちが習った「歴史」では、昭和6年には満州事変が起こり、それから終戦まではずっと「戦時下」で、こんな平和な時代ではなかったはずだ。その違和感は、タキが回想の途中で挟む、「甥の次男」の健史とのやり取りの中で、健史が代弁してくれる。「おばあちゃんは間違っている。昭和十年がそんなにウキウキしているわけがない」と。

 申し訳ない。本書をどんなに説明しても、正確にイメージしてもらうのは難しい。記事を何度も書き直しているうちに、そう思った。この本は、女中の目から見た昭和初期の暮らしを描いた本?違う。戦時下で本当のことを知らされない怖さを表した本?違う。

 私が思うに本書は、最後の数ページのために、それに先立つ約300ページがあるようだ。もちろん、上に書いた2つともの意味でも、本書は優れた読み物になっている。だからこそ、読者は約300ページを読んで来ることができる。最後の数ページを明かせば「正確なイメージ」に近づくことは分かっているのだけれど.....もちろんそんなことはできない。

 バージニア・リー・バートンの絵本「ちいさいおうち」も併せて読みました。直接の関係はありませんが、本書の中でも言及されているし、どこか見えないところでは繋がっているような気がします。

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