2.小説

かのこちゃんとマドレーヌ夫人

書影

著 者:万城目学
出版社:筑摩書房
出版日:2010年1月25日 初版第1刷 3月10日 第3刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「鴨川ホルモー」や「プリンセス・トヨトミ」で、奇想天外な設定で笑わせたり、呆れさせたりしてくれた著者の次なる作品は、ほのぼのとしてちょっと切ないファンタジーだった。タイトルになっている、かのこちゃんは小学校1年生の女の子、マドレーヌ夫人は外国語を話すメスの赤トラの猫だ。
 かのこちゃんは、お父さんとお母さんと暮らし、犬の玄三郎を飼っている。ある豪雨の日に、マドレーヌはやってきた。そのままかのこちゃん家に住み、玄三郎と夫婦になった!?マドレーヌ夫人が話す「外国語」とは、犬の言葉。正確には玄三郎の言葉が分かる。

 第1章と3章はかのこちゃん、2章と4章はマドレーヌ夫人の視点から描かれている。かのこちゃんの元気さが微笑ましい。かのこちゃんは、難しい言葉で変な響きを持つものが好きだ。「やおら」とか「すこぶる」とか「いかんせん」とか「ふんけーの友(刎頚の友)」とか。
 そんな中で「茶柱」のエピソードは出色だ。かの子ちゃんがもう少し成長していたら、このエピソードは生まれなかっただろう、小1限定と言える。これは「はなてふてふ」とともに、著者のユーモアが垣間見られる部分だ。まぁ、これじゃ何のことか分からないと思うが、詳しい説明は控えるので読んで確かめて欲しい。

 そしてマドレーヌ夫人は、実に優雅で愛情深い。昔から物語に度々登場する「猫の集会」が、この物語でも重要な場面なのだけれど、そこでも一目置かれる存在だ。そして、仲間や玄三郎やかのこちゃんを想う心と行動に心洗われる思いがする。
 対するかのこちゃんもマドレーヌのことを誰よりも理解している。1人と1匹が、人間と猫という関係よりほんの少し近づいた触れ合いを見せる感動物語。本書が属する「ちくまプリマー新書」は、中高生対象の新書シリーズだそうだ。確かに中高生に読んでもらいたい本だ。

(2010.4.17追記)
本好きのためのSNS「本カフェ」でお友だちになった、ひゅうさんに教えていただいたのですが、本書についての著者のインタビューのポッドキャストがありました。なかなか楽しくてためになる話でしたよ。
ラジオ版 学問ノススメ Special Edition 「2010年3月28日放送分」

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「八日目の蝉」にアクセスが集中

 「Woopra」というアクセス解析ツールを試しに入れたことを先日書きましたが、昨日の夜に何気なくその画面を見ていて、ただならぬことが起きていることに気が付きました。ものスゴイ勢いでこのブログがアクセスされているようなのです。
 「Woopra」には、ブログにアクセスがあると瞬時に、アクセス元の情報が表示される機能があります。このブログの場合は、ぼぅっと眺めているとまぁ1分に1件ぐらいでしょうか。それが昨日の夜9時半ごろから、ドンドンドンドンとアクセス中の表示が重なるように増えていくのです。ピーク時には40件ものアクセスがありました。

「八日目の蝉」へのアクセス数

 理由はすぐに分かりました。(もったい付けても、タイトルに既に書いてあるんですが(笑))ほとんどが「八日目の蝉」のレビューへのアクセスたっだからです。昨日の夜10時からNHKで放送が始まったドラマの原作です。テレビを観る直前から観た後にかけて、ネットで調べた方がたくさんいらっしゃったということでしょう。ほとんどの方がYAHOO!で「八日目の蝉」と検索されていたことからもそれが分かります。幸いなことにこのブログの「八日目の蝉」のレビューが1ぺージ目に表示されるようで、たくさんのアクセスにつながったというわけです。

 放送中(つまり観ている最中?)にもアクセスが増えているのも意外でしたが、放送直後の10時40分台に10分間に117件のピークに達し、日付が変わってもアクセスがしばらく続いたのはどういう意味があるのでしょう?
 それで今日になって、私も録画しておいた番組を観てみました。「なるほど、こういう演出ですか」と思いました。20年後の薫の物語が早くも描かれていました。赤ちゃんを誘拐してしまうというショッキングな事件と、時間が行き来する演出に、予備知識なしで観た方が戸惑われたのではないでしょうか。だらか情報を求めてネットで検索、そういう時代なんですね。

最後の家族

書影

著 者:村上龍
出版社:幻冬舎
出版日:2001年10月10日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 家族のあり方について再確認した本だった。主人公は西所沢に住む内山家の4人家族。父親の秀吉は49才、機械部品の会社の営業次長。会社はリストラを断行中だ。母親の昭子は42才、専業主婦。若い大工の青年と密かに会っている。長男の秀樹は21才、引きこもって1年半。長女の知美は18才、高校3年生。28才の宝石デザイナーの男性に魅かれている。
 それぞれが危ういものを抱えていて、その内のどれかが支えきれなくなっても、家族がバラバラになってしまう。そんな予感をはらんだまま物語は進む。そして、向かいの家が絡んだトラブルが元で、引きこもりについて酷いことを言われ、秀樹が秀吉を階段で突き落としてしまう。

 この後、それぞれが抱えるものに少しずつ変化や進展があり、家族4人の位置関係も少しずつ変わっていく。各章が長くても1日の出来事を綴っており、その出来事が4人それぞれの視点から繰り返し語られる。この手法が効を奏して、家族4人の心の移ろいが手に取るように分かる。
 リストラ、引きこもり、不倫、そしてドメスティックバイオレンスと、気が滅入る要素が詰め込まれた物語なのだけれど、不思議なことに読んでいて暗い気持ちにならない(もちろん陽気にもならないけれど)。それは不完全な形でも、この4人が「家族」として機能していることが分かるからだ。そもそも「完全な家族」なんか存在しないのだし。

 その「家族」について。物語の後半に「信頼できる人」として、「全世界を敵に回しても、その人だけは味方だ、って人」というセリフがでてくる。「家族」とはそういうものだ、と言うのは簡単だが、そうではないと思う。そんなカチコチに固まった団結ではなくて、ある程度自立しながら容易くは切れない緩い糸で結びついている、そんなものなのだと思う。
 例えば、最近は反発ばかりして自分を階段で突き落とした秀樹からの電話にも、秀吉は「うれしくて胸が締めつけられるような感じ」になる。実はこの時、秀樹の方も「ものすごくうれしく」なっている。まぁ、確かにちょっと特別な状況ではあるのだけれど、ケガをさせたりさせられたりしたとしても、電話の声に「うれしい」と思えるのだ。たとえ形の上ではバラバラでも、こんな「家族」なら大丈夫だと思った。

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ヘヴン

書影

著 者:川上未映子
出版社:講談社
出版日:2009年9月1日 第1刷発行 10月1日 第3刷発行
評 価:☆☆(説明)

 先日の「神去なあなあ日常」に続いて本書も2010年本屋大賞ノミネート作品。それから紀伊国屋書店の「キノベス’09」の第1位。大変高い評価を得ている本だ。でも、私は本書を楽しめなかった。他の人に薦めようとも思わない(☆2つなのはそのため、作品の出来が悪いという意味ではない)。
 本屋大賞もキノベスも、作品の芸術性や完成度を評価するのではなく、オススメの本を選ぶ賞だ。その意味では私は、この2つの賞の選考を行った方々とは意見が異なることになる。

 主人公は、中学生の僕。斜視のため(と本人は思っている)に、同じクラスの二ノ宮や百瀬らに暴力を含む酷い「いじめ」にあっている。その彼に同じクラスのコジマという少女が「わたしたちは仲間です」という手紙を送ってくる。彼女も日常的に「いじめ」にあっていた。
 二人は同じ立場にある者同士として、手紙の交換や会話を重ねていく。途中で僕と百瀬の会話があるのだが、2人の考え方の間には埋まらない溝がある。それは当たり前のことなのだが、僕とコジマの間にも「いじめ」についての微妙に違う捉え方があった。僕とコジマと百瀬、三様の考え方の衝突、いやすれ違いが、この問題の閉塞感、無力感を際立たせる。

 ネット上の本書についての感想に目を転じると、絶賛も含めて好意的な評価がある反面、切り捨てるかのような酷評も目にする。意見の相違は、この本には「素晴らしいことが書いてある」と思う人と「酷いことが書いてある」と思う人の間で生まれているようだ。本書の題材がとてもセンシティブな問題だから、感じ方が大きく振れてしまうのだろう。
 そして私は、ちょっと卑怯かもしれないけれど、そのどちらにもくみしない。本書は素晴らしくもなく酷くもない。ただ本書では楽しめない。それは、私が子を持つ親であって、子どもが理不尽なつらい目にあう話を楽しめないからだ。「いじめ」は確かに現実に存在しているし、それを小説の形で表現するのも良いが、それなら救いかせめて展望を描いて欲しかった。心地よい最終章がそれだという言う意見もあろうが、私は違うと思う。僕もコジマも二ノ宮も百瀬も人生はまだ長い。

 この本は、本よみうり堂「書店員のオススメ読書日記」でも紹介されています。

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神去なあなあ日常

書影

著 者:三浦しをん
出版社:徳間書店
出版日:2009年5月31日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 著者の本について、いろいろな方のブログで拝見して、読みたいと思う作品がいくつも積み重なっているのだけれど、機会に恵まれず本書が「風が強く吹いている」「まほろ駅前 多田便利軒」に続いて3作品目。ついでに言うと、本書は2010年本屋大賞ノミネート作品。

 これは面白かった。たっぷり楽しめた。主人公は平野勇気、横浜の高校を卒業したばかりだ。勉強は「全然好きじゃない」から大学に行くつもりはない、「人生決まっちゃうのかと思うと暗い気持ちになる」ので、就職するのは気が進まない。やりたいことがあるわけでもない。
 「甘ったれんじゃねぇ!」と一喝してやりたいようなヤツだけれど、担任の先生はそんな勇気の就職先を決めてきてくれた。「緑の雇用」という国の助成制度を利用して、神去村という三重県の奈良県との県境の山奥の森林組合で林業に従事することに..
 勇気が行った神去村の神去地区は住民が百人ぐらい。おしゃれなお店や娯楽施設があるわけはなく、郵便局も学校さえもない。もちろんケータイは「圏外」。こんなところの暮らしに、18才の青年にそうそう耐えられるはずがない。ところが、物語は1年後の勇気のひとり語りから始まる。

 物語が持つ雰囲気が瑞々しい。それは、林業という過酷な現場ではあっても、自然と一体となった神去の人々の暮らしが力強く活き活きしているからだ。山の神様を敬い神事を大事にした暮らし。神を身近に感じる出来事も多い。
 登場人物たちも抜群に素敵だ。勇気が居候している家のヨキは、野うさぎをタックルして捕まえ、川の大岩を動かして即席のプールを作ってしまう野生児ながら、厳しく温かく勇気を指導する。読んでいて思わず吹き出してしまう部分は、まずヨキが関わっている。
 勇気とヨキと一緒に働く「中村林業」の若い社長の清一も巌さんも三郎じいさんも、みんなおおらかで年齢とは関係なく若々しい。ヨキの奥さんのみきと、清一の奥さんの祐子と、隣の地区にある学校の先生と、若い女性がみんな美人なのはお愛嬌だ。美人ぐらいはいなくっちゃ、18才男子は生きる活力が湧かないだろうから。

(2010.9.2 追記)
9月20日から、NHK FMの「青春アドベンチャー」で、「神去なあなあ日常」のラジオドラマをやるそうです。そのことを、「ラジオドラマ「神去なあなあ日常」放送決定」という記事に書きました。

 この本は、本よみうり堂「書店員のオススメ読書日記」でも紹介されています。

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どこにでもある場所とどこにもいないわたし

書影

著 者:村上龍
出版社:文藝春秋
出版日:2003年4月25日 第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 「コンビニ」「居酒屋」「公園」「カラオケルーム」「披露宴会場」「クリスマス」「駅前」「空港」の8編が収められた短篇集。タイトルがそのまま舞台となっている。本のタイトルのとおり「どこにでもある場所」だ。「クリスマス」は場所か?とか「空港」はどこにでもあると言えるか?といった意見はあるだろうが、そう特別な人だけのものではないことは確かだろう。
 そして主人公たちはその場所にはいない。いや確かにそこにはいるのだけれど、心が違う場所をさまよっていて、自分がそこにいるという実感を失ってしまっていることさえある。自分の居場所が定まらない不安定感を強く感じている「どこにもいないわたし」だ。

 例えば冒頭の一編「コンビニ」では、主人公は音響スタジオで働く22才の男性。コンビニで他の客や店員、棚の商品を細かく観察していながら、心は、幼稚園の頃の祖母の病室、中学生の頃の教室、父や兄と過ごした住宅街へと、フワフワと別の場所に流れ出してしまう。
 この構成は他の短編にも通じていて、居酒屋で同僚や彼氏と飲みながら昔会った男のことを思い出していたり、四歳の息子を連れて通う公園で他の母親の噂話のことを考えたりしている。現実の描写と頭の中の思考がまぜこぜになった文章が「どこにもいないわたし」という不安定感をかもし出している。

 著者あとがきによると「希望の国のエクソダス」で「この国には何でもある。~だが、希望だけがない」と中学生に言わせた後、「希望」について考えることが多くなり、この短編集では登場人物固有の希望を書き込みたかったそうだ。
 「コンビニ」の主人公は、アメリカの映画技術専門学校への留学を決めていて、それがいまの「希望」というか拠り所になっている。ただ「希望」と称するものが「ここではないどこか」へ行く、という以上の意味が見えない。著者の意図かどうか分からないが、「希望」を書き込むことで却って主人公たちを覆う閉塞感が際立った形になっている。

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(さらに…)

大金星

書影

著 者:水野敬也
出版社:小学館
出版日:2008年12月13日 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 発売から約1年半の昨年の春ごろに170万部突破したベストセラー「夢をかなえるゾウ」の著者の近刊(1年あまり前の発行)。「夢をかなえるゾウ」のテーマは「変わりたい」「成功したい」という多くの人に共通の「夢」。それをかなえるための課題を、面白おかしく提示して人気を博した。そして今回のテーマは、冴えない男子の夢「彼女が欲しい」だ。

 主人公は御手洗という名の大学生。高校生の時、アーケードゲームの「鉄拳」の全国大会を制したことがある。なかなかスゴイ経歴だけれど、その他のことはサッパリ。特に女子に対してはまともに話もできない。もちろん、生まれてこの方彼女はいない。
 彼が、渋谷の街で高校時代の同級生の笠原に会う。御手洗のことを「オテアライ」と呼び、使いっ走りとしてアゴで使ってきたモテ男、まぁ田舎から上京して来て一番会いたくない「友だち」だ。そして次に会ったのが花村春男。花村家一子相伝の恋愛極意を修得した達人(らしい)。彼が御手洗に恋愛極意を指南する、というストーリーだ。

 それで..まぁ..「これを読めば僕にも彼女が!」と期待する悩める青少年がいたとすれば、そんな期待はきれいに忘れた方がいい(笑)。春男が指南するのは「ナンパ」と「合コン」の心得と立ち振る舞い。でもきっと活用できないだろう。良く言えば、これは達人の技なので厳しい修行でしか修得できない。悪くそして正直に言えば「こんなことできないよぉ」だ。
 「彼女が欲しい」という現実的な目的さえ脇に置けば、この本は面白い。いろんなことに恵まれない男子が少しづつ何かを克服し前進していく姿は勇気付けられもする。古今の文人偉人の言葉を多用する春男が話す、一見?な極意にも一面の真理はある。バカバカしい青春物語として肩の力を抜いて読む分には可だ。

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Re-born はじまりの一歩

書影

著 者:伊坂幸太郎、瀬尾まいこ、豊島ミホ、中島京子ほか
出版社:実業之日本社
出版日:2008年3月25日 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 先日の「Story Seller2」に続いてのアンソロジー。こちらにも伊坂幸太郎さんの短編が収録されている。その他には、瀬尾まいこ、豊島ミホ、中島京子、平山瑞穂、福田栄一、宮下奈都の6人の作家さんが名を連ねている。不勉強のため、中島京子さん以外の作家さんはお名前も知らなかった。
 タイトルの「Re-born」について。英語の「reborn」は「生まれ変わった」「再生した」という意味の形容詞。収録された7編の作品はどれも、再生・再出発の物語だ。サブタイトルの「はじまりの一歩」は、今まさに再生・再出発の瞬間であることを表している。読者は、それぞれの作品の終わりにその瞬間に立ち会う、という趣向だ。

 宮下さんの作品「よろこびの歌」と、瀬尾さんの作品「ゴーストライター」、豊島さんの作品「瞬間、金色」は高校生の物語。才能に恵まれていても平凡でも、裕福でも貧しくても、ハイティーンは悩み多い年頃だ。人生ではじめての挫折を経験するのもこの頃だろう。若い世代の悩みや挫折からの「再生・回復の"reborn"」の物語。
 それに対して、福田さんの作品「あの日の二十メートル」と、平山さんの作品「会ったことがない女」は、人生の終盤を迎えた男性の物語。それなりに幸せな人生を送ってきたけれど、若いころに悔いが残る出来事がある。こちらは人生を全うするための「やり直しの"reborn"」。
 伊坂さんの作品「残り全部バケーション」と、中島さんの作品「コワーリョフの鼻」は、夫婦についての物語。一緒に暮らしていても心に距離や壁ができる。関係を解消するにしても続けるにしても、このままではいられない、その時のリセット。人生半ばの物語は「再出発の"reborn"」

 収録されている7作品のうちの5作品が、「月刊ジェイ・ノベル」というエンタテイメント作品の文芸誌に掲載された作品。掲載作品から「reborn」というテーマにあったものをピックアップしたのだろう。まぁ、よく言えば落ち着いた、悪く言えば平板な感じがする作品が多いのだが、「reborn」をテーマにした編集のアイデア勝ちだ。収録作品を見渡すとわかるように、どの世代も「reborn」を望む気持ちを心のどこかに抱えているのだから。

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Story Seller2(ストーリーセラー2)

書影

編  者:新潮社ストーリーセラー編集部
出版社:新潮社
出版日:2010年2月1日 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 本書は、月刊の文芸誌の「小説新潮」2009年5月号の別冊として発売された雑誌を文庫化したもの。「Story Seller」という本がちょうど1年前に出ているので、これから毎年こうした形のアンソロジーが出るのだろうか。だとしたら、それはとても楽しみなことだ。
 今回は、沢木耕太郎さん、伊坂幸太郎さん、近藤史恵さん、有川浩さん、米澤穂信さん、佐藤友哉さん、本多孝好さんの7人の書き下ろし短編が収録されている。伊坂さん、近藤さん、有川さんは、大好きな作家さん。裏表紙の紹介文に「日本作家界のドリームチームが再び競演」とあるが、缶コーヒーのコマーシャルのように「贅沢だぁ!」と言いたい気分だ。

 伊坂さんの作品「合コンの話」は、男3人女3人の社会人の合コンが舞台。何度か主人公や視点が代わりながら、六者六様に秘められた物語が徐々に明らかにされる。「合コンは3対3がベスト」とか「おしぼりサイン」とかの豆知識を交えながらの展開や会話が気持ちいい。ラストのサプライズも含めて「私が読みたい伊坂作品」だった。
 近藤さんの作品「レミング」は、「サクリファイス」の前日譚で、「Story Seller」に収録されていた「プロトンの中の孤独」の翌年ぐらいだろうか。この作品の中のセリフ「おまえにはわかるのか?一生ゴールを目指さずに走り続ける選手の気持ちが」が、この一連の自転車ロードレースを題材にした物語のテーマだ。そしてそこにドラマが起きる。
 有川さんの作品「ヒトモドキ」。もし小学校六年生の女の子に、倹約家で人目をはばからない叔母がいて、突然同居することになったら?という物語。伊坂さんの作品とは違って、これは「できれば読みたくない有川作品」だった。胸がむかつくというか、何とも気が滅入るというか、読み終わってしばし沈黙してしまった。主人公の家族の結束が固いことが救いだったけれど。

 他の4人の作家さんの話もそれなりに面白かった。沢木さんの作品「マリーとメアリー」は小説ではなくてエッセイ。

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デパートへ行こう!

書影

著 者:真保裕一
出版社:講談社
出版日:2009年8月25日 第1刷 9月15日 第2刷 
評 価:☆☆☆☆(説明)

 これは楽しい作品だった。著者のことは硬派のミステリー作家だと思っていた(実際にそうなのかもしれないけれど)。でもこの作品はコメディだ。いや怪しげな登場人物たちの物語が複雑に交錯し、徐々にナゾが明らかになる展開はミステリーに違いない。でも、登場人物たちが誰一人として面白いことをしようとしているのではなくて、それぞれの事情から必死なんだけれど、その必死さが絡み合うと何故か可笑しくなってしまうのだ。

 舞台は鈴膳という創業100年を迎える老舗デパート。その閉店間際から翌朝までの半日の物語。つまりほとんどが閉店後の、本来なら人がいない時間帯のデパートでの一夜の出来事。そこに、リストラされたサラリーマン、ヤクザに追われる元警察官、家出してきた未成年のカップル、鈴膳の社長、ゼネラル・マネージャー、従業員のOLらが徘徊する。これに、深夜のデパートにいて当然の警備員たちが絡んで、照明が落ちた今夜の鈴膳はやたらと賑やかだ。
 地下1階、地上7階に屋上まであるデパートは広く、暗闇の中でに侵入者たちが身を潜ませる場所はいくらでもある。しかし、ある者は目的を持って動き、別の者は空腹を満たすために動きしているうちに、あちこちでニアミスや鉢合わせが起きる。お互いに「自分しかいない」と思っている暗闇での遭遇だから、面白い反応が起きる。みんな手探りで動くので、全体的にスローテンポなんだけれど、まぁ読んでいて飽きない。

 物語の背景には、時代の変化にもがく百貨店業界の苦境や、社内の派閥争い、贈収賄事件などが見え隠れするが、社長をはじめとする社員を除けば、人々がここに来たことは偶然のように思える。しかし、登場人物のほぼ全員に隠された物語がある。それが明らかになってくる後半は加速度的に面白くなってくる。この人にまでこんな物語が!と最後の数ページでは脱帽。

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