22.有川ひろ

県庁おもてなし課

著 者:有川浩
出版社:角川書店
出版日:2011年3月31日 初版発行 
評 価:☆☆☆☆(説明)

 帯に「史上初、恋する観光小説」とある。まず「観光小説」って何だろう?と思ったが、今なら分かる。本書の舞台は高知。読み終わって「高知に行きたい」と無性に思った。観光をちょっとだけ擬似体験させて「あぁそこにホントに行ってみたい」と思わせるのが「観光小説」だ。

 上に書いた通り、舞台は高知県。県庁の観光部に新しくできた「おもてなし課」を中心に物語は回る。主人公はそこの課員の掛水史貴。入庁3年目の25歳。課の中では一番若い。観光客に「おもてなし」する心で県の観光を盛り立てようという「おもてなし課」は、手始めに掛水の発案で「観光特使」の制度をつくった。
 掛水の発案、と言えば聞こえがいいが、「そういう自治体が多くあるようですよ」という程度のもの。進め方も何も手探りで、心許ないことこの上ない。案の定、観光特使の一人の作家の吉門喬介から、実効性があるの?何を目指してるの?他所との違いは?とダメ出しを連発されてしまう。

 物語は、このように最初はグダグダだった「おもてなし課」が、掛水の意気込みが他の課員にも伝染するような形で、徐々に「使える集団」になっていく様子を描く。もちろん、著者が描くのだからラブストーリーがしっかり組み込まれている。今回のは甘さはちょっと控えめ。ただし、直球と変化球の2つを投げてきた。

 楽しめた。ご存じの方も多いかもしれないけれど、「おもてなし課」は高知県に実在する。それでもって高知県出身の著者は、観光特使になっている。つまり、作家の吉門(の一部分)は著者の分身で、彼が出したダメ出しは、実際に著者が感じたものらしい。そのあたりのリアリティが、本書の面白さにつながっている。また、著者は本書を書いたことで、観光特使としての任務を充分に果たしたことだろう。

 それから「三匹のおっさん」以来、著者の「おっさん萌え」がチラチラ作品に顔を出すのだけれど、本書のおっさんは、とりわけカッコいいのが1人いる。あこがれはしても目指そうとは思わないくらいだ。でも、そこまで目立たないんだけれど、おもてなし課の課長が、私は好きだ。

 ちなみに、本書の印税は全額、東北地方太平洋沖地震の被災地に寄付されるそうです。
 参照:有川日記 それぞれにできること(随時追記)

 このあとは、書評ではなく、本書を読んで思った、長~~い由なし言です。お付き合いいただける方は、どうぞ

 この本は、本よみうり堂「書店員のオススメ読書日記」でも紹介されています。

※(2013.4.1 追記)
5月11日公開で映画が公開されます。キャストは、錦戸亮さん、堀北真希さん、高良健吾さん...です。

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(さらに…)

Story Seller3(ストーリーセラー3)

編  者:新潮社ストーリーセラー編集部
出版社:新潮社
出版日:2011年2月1日 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 月刊文芸誌「小説新潮」2010年5月の別冊として発売された雑誌を文庫化したもの。この雑誌は人気作家さんたちが競演するアンソロジー。「3」というナンバーが付いている通り、「Story Seller」「Story Seller2」に続く、同様の企画の第3弾。これまで、毎年2月1日に発行されている。

 今回の執筆陣は、沢木耕太郎さん、近藤史恵さん、湊かなえさん、有川浩さん、米澤穂信さん、佐藤友哉さん、さだまさしさん、の7人。前回のメンバーから、伊坂幸太郎さん、本多孝好さんが抜け、湊かなえさん、さだまさしさんが加わった。

 湊かなえさんは、デビュー作「告白」が2009年の本屋大賞他を受賞して、一躍有名になった作家さんだけれど、私は「告白」だけでなく他の作品も読んでいない。「子どもがつらいめに遭う話」を読むと、私までつらくなってしまうので敬遠していたのだ。
 だから、ページをめくって、「湊かなえ」という大きな字が目に入った時には、思わす「参ったなぁ」と呟いていた。「避けてきたのに、読むことになってしまった」と思った。しかし、心配は杞憂に終わった。後半で明かされる、主人公が負った心の傷は深いものだった。でも、彼女の前向きな姿勢と、舞台となった南の島の空気とに助けられて、軽やかに物語を味わうことができた。

 さだまさしさんの作品も「読む」のは初めてだった。今から30年前の中高生の頃、好きだったので曲はたくさん聞いた。高校の修学旅行のバスの中で、ラジカセで「防人の詩」を大きな音でくり返しかけて、クラスメイトに迷惑をかけた。
 「読む」作品も良かった。丁寧に作られた「読ませる」作品になっていた。ただ、最近に起きた実際の事件をそのまま作品の中に取り込んでいて、その事件の被害者や関係者が「偶然目にする」可能性を考えると、あまりに生々しいのではないかと心配になった。

 有川浩さんは、「Story Seller」「Story Seller2」と、気持ちの晴れない作品が続いていたが、今回は違った。でも、読んでいて落ち着かないのは同じだった。もし、読んでいる最中に横から覗かれたら、私は焦りを気取られないように注意して、ゆっくりと本を閉じただろう。どうしてかは、読んでもらえば分かると思う。

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シアター!2

著 者:有川浩
出版社:アスキー・メディアワークス
出版日:2011年1月25日 初版発行 
評 価:☆☆☆☆☆(説明)

 有川浩さんの最新刊。メディアワークス文庫創設の目玉として刊行された「シアター!」の続編。ダ・ヴィンチ(2010年1月号)に「もし読者さんに受け入れてもららった時は、続きを出せるようなものを」という著者のインタビュー記事が載って1年あまり。私の周辺では、読者は「受け入れた」なんてもんじゃなくて、続編を「切望」していた。
 前作は、悩める青春をスカッと描いた爽快感のある物語で楽しめた。しかし続編を「切望」した理由はそれだけではない。舞台に魅力的なキャラクターが11人もいるのに、ライトが当たったのは数人。「これじゃ全然足りない」という飢餓感にも似た気持ちが、切に続きを求めたのだ。

 登場人物の11人は、そこそこ力のある小劇団「シアターフラッグ」の面々。公演を打てば千人を超えるお客を呼べる。しかし、これまでの丼勘定の経営が祟って、300万円の借金がある。それを劇団の主宰である春川巧の兄、司が肩代わりをしている。2年以内に全額返済できなければ劇団を解散する、という条件付きで。
 物語は、11人のそれぞれの胸の内を少しづつ明かしながら進む。劇団を大事に思う気持ちはひとつだけれど、芝居に対する立ち位置もそれぞれ違う。それが微妙な隙間をつくり、秘めた恋心(周りにはバレバレなんだけど)が複雑に絡んで、時に衝突を起こす。

 この「衝突」こそが「ドラマ」なのだ「青春」なのだ。おしぼりを相手の顔面に投げつけたり、投げ返したり。好きな人のところに飛ぶようにして駆けつけたり。彼らには悪いが、これが私が「これじゃ全然足りない」と思っていたものなのだ。つまり、本書は前作で感じた気持ちに見事に応えてくれた。そして読み終わった今の気持ちは「もっとたくさん欲しい」。続編が待ち遠しい。

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ストーリー・セラー

著 者:有川浩
出版社:新潮社
出版日:2010年8月20日 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 アンソロジーの「Story Seller」に収録されていた短編「ストーリー・セラー」を「Side:A」として、新たに書き下ろした「Side:B」を加えて単行本化したもの。Side:AもBも、女性の小説家と、その一番の理解者であり、読者でもある夫との揺るぎない愛と哀しみの物語。

 以前、アンソロジーの「Story Seller」のレビューで、「ストーリー・セラー」(つまり、本書の「Side:A」)について、「私は好きになれない」として「著者が「悪意」や「悲劇」も描けることは分かっているが、読後感は大事にしてほしい。」と書いた。その「読後感」は「Side:B」の冒頭で救われた。
 救われはしたが「Side:B」も含めて、依然としてこの作品は、私は好きになれない。理由はいくつかある。一つは、大切な誰かの「死」による感動的な話に、私自身意外なほど抵抗があること。「死」は重要なテーマだとは思うが、感動のために利用しているようでイヤなのだ。

 もう一つは、主人公の小説家の旦那さんを、どうにも持て余してしまうこと。クールでやさしくて、著者の作品の男性の例に漏れず、ここイチバンの時には甘~いセリフを吐ける。言うことないのかもしれないんだけれど、こんなに滑らかに口が回る男ってどうなのよ、と口も手も遅い私は思ってしまう。
 また「Side:A」では、「読む側としては」とか「本読みとしての勘」というセリフがいくつもある。本を沢山読んでいる人らしいのだけれど、そういう勝手に何かを代表したり上から見たもの言いをする人は、あまり大した人じゃないんじゃないかと思ったりするのだ。(著者の旦那さんがそういう言い方をするのなら前言撤回します。)

 「著者の旦那さん」に図らずも触れたが、著者の作品に、旦那さんのアドバイスが生かされているのは、「あとがき」を読んでいるファンには周知のことだ。著者が「あとがき」で作品制作の裏話を少し明かしてくれることも。
 その「あとがき」が、本書にはない。このことが、「Side:B」のエンディングとあいまって、読者の気持ちをざわつかせる。

 この後は書評ではなく、新聞に載った有川さんのインタビュー記事について書いています。お付き合いいただける方は、どうぞ

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フリーター、家を買う。

著 者:有川浩
出版社:幻冬舎
出版日:2009年8月25日 第1刷発行 2010年8月25日 第3刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 フジテレビ系列で本書が原作のテレビドラマを放映中で、今日が最終回。でも、その日にこの記事を書いているのは全くの偶然。図書館の順番待ちで、本書が手元に来たのが3週間前。同じように図書館で予約した本と、いただきモノの本がそれぞれ3,4冊重なって、なかなか手を付けられないでいる間に、返却期限の今日を迎えた、というわけ。

 しなくてもいい言い訳はこれぐらいにして、本書について。序盤は「今回は変化球か?」と思わせた。アンソロジーの「Story Seller2」で、ちょっと読み心地の良くない短編を出した後でもあるので「これはキツイなぁ」と感じたが、ラスト近くになって直球を投げ込んできた。

 主人公は誠治。一浪してそこそこの私大へ行って、そこそこの会社に就職したが3か月で辞めてしまった、現在第二新卒として就職活動中のフリーター。アルバイトのコンビニも店長から注意を受けた時に辞めてしまった。その理由は「俺的にもう無理なんでー」。つまり、腰の定まらないいい加減なヤツなのだ。
 その後もバイトで小金を稼いでは、部屋でダラダラする生活。しかし、その生活態度を強烈に反省させる出来事が起きる。母親の寿美子が精神疾患を患ったのだ。その連絡を受けて嫁ぎ先から駆け付けた、姉の亜矢子から聞かされた過去の出来事の真実の姿、寿美子が背負ってきたストレス。自分がこんなでは母を救うことはできない...。

 こうして主人公の誠治が心を入れ替えて、元のような明るい笑顔があふれる家族を取り戻そうと努力する、その結末は?、という物語なのだがそれだけではない。著者は、誠治のために、もう一つの物語を用意していた。こっちの物語の方が著者としての直球だ。
 「三匹のおっさん」で「おっさん萌え」をカミングアウトした著者は、今回も萌えるおっさんたちを登場させた。誠治のバイト先の工事現場のおっさんたちだ。「俺らは学がねぇから...」と言いながら語る話は、人や人生への洞察に満ちていて、誠治をどれだけ助けたか分からない。特に、作業長の大悦は、「図書館戦争」シリーズの玄田を思い起こさせる、カッコイイ大人だった。

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Story Seller2(ストーリーセラー2)

編  者:新潮社ストーリーセラー編集部
出版社:新潮社
出版日:2010年2月1日 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 本書は、月刊の文芸誌の「小説新潮」2009年5月号の別冊として発売された雑誌を文庫化したもの。「Story Seller」という本がちょうど1年前に出ているので、これから毎年こうした形のアンソロジーが出るのだろうか。だとしたら、それはとても楽しみなことだ。
 今回は、沢木耕太郎さん、伊坂幸太郎さん、近藤史恵さん、有川浩さん、米澤穂信さん、佐藤友哉さん、本多孝好さんの7人の書き下ろし短編が収録されている。伊坂さん、近藤さん、有川さんは、大好きな作家さん。裏表紙の紹介文に「日本作家界のドリームチームが再び競演」とあるが、缶コーヒーのコマーシャルのように「贅沢だぁ!」と言いたい気分だ。

 伊坂さんの作品「合コンの話」は、男3人女3人の社会人の合コンが舞台。何度か主人公や視点が代わりながら、六者六様に秘められた物語が徐々に明らかにされる。「合コンは3対3がベスト」とか「おしぼりサイン」とかの豆知識を交えながらの展開や会話が気持ちいい。ラストのサプライズも含めて「私が読みたい伊坂作品」だった。
 近藤さんの作品「レミング」は、「サクリファイス」の前日譚で、「Story Seller」に収録されていた「プロトンの中の孤独」の翌年ぐらいだろうか。この作品の中のセリフ「おまえにはわかるのか?一生ゴールを目指さずに走り続ける選手の気持ちが」が、この一連の自転車ロードレースを題材にした物語のテーマだ。そしてそこにドラマが起きる。
 有川さんの作品「ヒトモドキ」。もし小学校六年生の女の子に、倹約家で人目をはばからない叔母がいて、突然同居することになったら?という物語。伊坂さんの作品とは違って、これは「できれば読みたくない有川作品」だった。胸がむかつくというか、何とも気が滅入るというか、読み終わってしばし沈黙してしまった。主人公の家族の結束が固いことが救いだったけれど。

 他の4人の作家さんの話もそれなりに面白かった。沢木さんの作品「マリーとメアリー」は小説ではなくてエッセイ。

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キケン

著 者:有川浩
出版社:新潮社
出版日:2010年1月20日 発行 
評 価:☆☆☆☆(説明)

 様々なところの紹介文に「理系男子」とあるが、より正確には「工学男子」の熱血青春物語だ。成南電気工科大学の部活「機械制御研究部」略して「キケン」の1回生と2回生の部員が巻き起こす、ぶっ飛んだ危険な騒動の数々が、キラキラした結晶のような輝きを持って語られる。

 主な登場人物は、2回生で部長の上野直也、副部長の大神宏明、1回生の元山高彦と池谷悟、その他の「キケン」部員の面々。そして最も危険なのが部長の上野。彼は「火薬」という漢字が書けない頃から火薬で遊んでいた強者だ。ついた渾名が「成南のユナ・ボマー」
 彼らの、新入生勧誘や学園祭やロボット相撲大会という学園生活を通しての、ハチャメチャだけれども全力投球のエピソードが本当に楽しい。工学男子はモノが造れるのがうらやましい。学園祭のレベルを遥かに超えるラーメン屋の屋台でも、出前用の岡持ち付きの自転車でも自分たちで作ってしまう。そして爆弾でも鉄砲でも..造ろうと思えば..

 本書は元山が自分の妻に思い出を話す昔語りの形式になっている。最初は、どうして昔語り?と思ったのだけれど、読み終わった今となっては、これには著者の計算があったと思っている。思い出として語ることでキラキラとして見えてくるし、「"元"男の子」であるはずの世の大人の男性は、自分が「男の子」であった頃を思い出さずにはいられないからだ。
 「部室」という言葉を見れば、私は高校の部活(軟式テニス部でした)の雑然とした汗臭い部屋が目に浮かぶ。工学男子ではないけれど、私は今に至るまで工作が好きだし、火も好きだ(ちょっと危ない表現だけれど)。さらに著者は、そんな「"元"男の子」の気持ちを激しく揺さぶる仕掛けを最後に用意していた。私もこれに完全にやられてしまった。

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レインツリーの国

著 者:有川浩
出版社:新潮社
出版日:2006年9月30日 発行 
評 価:☆☆☆(説明)

 本書は著者のベストセラーシリーズの1冊「図書館内乱」に登場する本。スピンオフ作品ということになるが、「図書館内乱」の出版が2006年9月10日、本書は9月30日だから、著者は両方の作品をおそらく並行して用意していたことになる。
 実はそのあたりのことは、あとがきで著者が説明してくれている。この本のテーマは「図書館内乱」でも重要な位置付けを与えられている。著者にとって重みのあるテーマだったために「図書館内乱」の中には収まりきらなかった、ということらしい。

 「図書館内乱」を読んだ方なら、本書のことは知っておられるだろう。教官の小牧が幼なじみの毬江に渡した本だ。図書隊員がこの本を渡したことが、毬江の同級生たちの未熟な正義感を刺激してしまう。なんだか持って回った言い方になったが、「図書館内乱」を未読の方にはネタバレになるので、核心部分は言えない。
 それは、著者もできれば核心部分を知らないで読んでもらいたい、と思っているのではないか?と思ったからだ。残念ながら私はそういう読み方は叶わなかったが、それでも核心が明らかになった時に、それまでに著者が施した仕掛けにヒザを打つ場面があった。この感触は、その核心部分を知らないで読むことで一層鮮明になるはずだ。

 主人公の伸とひとみは共に20代。二人が出会うきっかけは、中学生のころ読んだ「忘れられない本」。ひとみがブログに書いた、その本についての「10年目の宿題」を、伸が見つけてひとみにメールを送る。..本の感想をブログに書いている身としては、ムズムズして落ち着かない展開。
 正直に言うと、スピンオフ作品を侮っていた。「「図書館内乱」に出てきたあの本が実際にあったら面白いかもね(もっとひねくれて言えば、売れるかもね)」という程度のモノだと思っていた。ところがこの本は「直球のラブストーリー」で、思いのほか心を揺さぶられた。

 気になったのは1つ、伸の言葉が多すぎて煩わしいこと。一生懸命なのは分かるが、何もかもを言葉にしてメールで相手に投げつけている感じ。上に書いた著者の仕掛けも伸がベラベラと明かしてしまうし。でも、元々そういう性格のヤツには違いないんだけれど、こんなふうに長々とメールで伝えなければならない理由も伸にはあった、と読み終わってしばらくしてから思い至った。

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シアター!

著 者:有川浩
出版社:アスキー・メディアワークス
出版日:2009年12月16日 初版発行 
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「有川先生、ありがとうございます。この本、とても面白かったです。」と、著者に会うことがあれば言いたい。本書は、12月16日に創刊された「メディアワークス文庫」というエンタテイメント小説の文庫の第1弾の8冊の内の1冊。公式ホームページを見ると、「図書館戦争の有川浩をはじめ、豪華作家陣オール書き下ろし」とあって、本書が目玉作品であることが分かる。

 物語の舞台はそこそこ力のある小劇団「シアターフラッグ」。登場人物はほぼ劇団の面々だけ。主人公は劇団の主宰の巧。彼は人見知りがひどく、子どもの頃はいわゆる「いじめられっこ」。遊ぶ相手は兄の司だけ。それも決まって、とっくに放映の終わったテレビのヒーローのソフビ人形でのゴッコ遊び。レッドが巧でブルーが司というのも決まっている。
 司が助けなければ、人生から脱落してしまいそうだった巧が演劇と出会い、人並みに生きていけるようになったことは司も嬉しく思っている。しかし、演劇で食えてはいない。好きな事をやっているのだから貧乏で当たり前、ということらしい。案の定300万円の借金を抱え、返せなければ劇団が潰れてしまう、という緊急事態から物語は始まる。

 劇団員は10人いるのだけれど、それぞれが抱える微妙な感情の揺れの描き方がうまい。おそらく練りに練ったセリフが、狙い済ましたように物語の随所で繰り出される。そのセリフを言ったりつぶやいたりした、その時だけはその登場人物が主人公になる。彼や彼女の物語が突然目の前に開けるのだ。
 むしろ巧だけがそういった感情の発露がなかった、と言えば言いすぎだろうか。本書は1人の主人公の物語でなく、巧を取り巻く20代の若者たちの群像劇だったのかもしれない。そして、司を入れて11人の思いはクライマックスの公演へと集約される。このスピード感、ハラハラ感は圧巻。 

 ところで、著者の有川さんのデビュー作「塩の街」は、第10回電撃大賞受賞作だ。「電撃」は、本書の出版社のアスキー・メディアワークスのブランド。著者の名を一躍有名にした「図書館戦争」シリーズもこの出版社から出している。
 第1弾の他の作家さんも似たような経緯の方が多いようだが、著者は飛びぬけた出世頭と言えるだろう。その出版社の新文庫創刊への書下ろしは、とても面白い作品だった。自分を世に出した出版社への恩があるとすれば、これは良い恩返しになったと思う。

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植物図鑑

著 者:有川浩
出版社:角川書店
出版日:2009年6月30日 初版発行 
評 価:☆☆☆☆(説明)

 草食系男子を拾った二十代後半女子の物語。肉食系とは限らないけれど、自衛隊などのマッチョな戦闘職種男子の恋愛を数多く描いた著者が、料理はじめ家事全般を人並み以上にこなすスマートな男子に恋してしまった女子を描くとどうなるのか?

 主人公さやかが恋した相手のイツキは、草食系といってもタダ者ではない。「よかったら俺を拾ってくれませんか」。さやかのマンションの玄関前で行き倒れていたイツキがさやかにかけたセリフがこれだ。「捨て犬みたいにそんな、あんた」と言うさやかに返した言葉がさらにスゴイ。異論はあるだろうが、私はこれは確信犯だと思う。相当切れる頭脳の持ち主でなければ、こんなことは言えない。
 「相当切れる」という私の第一印象はおそらく正しく、常に「こうして欲しい」と思うちょっと上を行くイツキの言動は、さやかの心を捉えてしまう。ある意味「絶対彼氏」だ。もしかして著者の妄想が実体化したものかも?

 そうそう、書き忘れましたが「草食系」というのは自分から女性を求めないという意味で、イツキはまさにそういうヤツなんだけれど、もう一つの意味がある。イツキは文字通り「草を食べる」のだ。植物図鑑並みの、いや「食べる」ことに関してはそれを上回る植物の知識の持ち主で、河原や道端の草の食し方を心得ている。しかもイツキが料理した草はとても美味いらしい。
 男の私から見れば、出来すぎのイツキに嫌味の一つも投げたくなるが、彼にも色々と背負うモノがあるようなので許す。フキやフキノウトウ、ツクシやノビル、ミントにヨモギ、私も山野草やハーブは好きだし、もっと他の草も愛情を込めた料理にするイツキを好ましく思う。最終章が切なくも幸せ。

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