4.エッセイ

お友だちからお願いします

書影

著 者:三浦しをん
出版社:大和書房
出版日:2012年8月20日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「お友だちからお願いします」。タイトルのこの言葉を見て、私がまっ先に思ったのが「ねるとん紅鯨団」という、20年以上も前のテレビ番組のことだ。「お願いします!」-「お友だちからなら」というやり取りに、何の関係もない私もちょっと嬉しくなった。この言葉は、幸せなハニカミと結びついているのだ。(「何のことか分からん」という方もいるだろう。ゴメンナサイ。)

 本書は著者が2006年から2012年にかけて、新聞や雑誌などから依頼を受けて書いたエッセイ95編を収めたエッセイ集。著者の小説は好きで何冊か読んでいる。そしてエッセイが面白いことは聞き知っているのだけれど、これまで読む機会がなく、本書が私にとって初めてのしをんさんのエッセイ。

 「はじめに」によると、「ふだん「アホ」としか言いようのないエッセイを書いている」著者にとっては、依頼をいただいて書いた本書の作品は「よそゆき仕様」なのだそうだ。本書は「お友だち未満」の人に向ける少しすまし顔の本。そして「お友だち」から先への期待という、冒頭に書いたような幸せなハニカミを感じる本でもある。

 このように紹介すると、生真面目な印象が漂う。でも、「よそゆき仕様」からも滲み出る(著者は「地金」が出るとおっしゃっている)ものがあり、私は95編のほとんどでニヤニヤしっぱなしだった(おかげで家族から何度も変な目で見られた)。「よそゆき仕様」でこんなことを書いてしまうなんて、ふだんのエッセイはどんなものなのだろう?

 著者の作品のファンにはちょっと嬉しいこともある。「風が強く吹いている」「神去なあなあ日常」「仏果を得ず」などの作品の裏話的なエッセイもあるのだ。そして私は、新幹線で「京都あたりでお昼に食べよう」と買ったヒレカツ弁当を、品川に停車中に箸を付けてしまうしをんさんが好きになった。お友だちになりたい(その先は、ちょっと...)。

(2012.11.18 追記)
この本と1セットになる「本屋さんで待ちあわせ」も読みました。表紙の絵を並べて見ると、物語が立ち上がってきます。

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杏のふむふむ

書影

著 者:杏
出版社:筑摩書房
出版日:2012年6月10日 初版第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 モデル・女優の杏さんの初エッセイ、初めての著書。杏さんは「本好き」で知られる。「本が好きな著名人は?」なんて話題が出ると、かなりの確率で杏さんの名前があがる。私はいわゆる「タレント本」にはあまり興味がないのだけれど、「本好きの女優さんの初エッセイ」には強く魅かれた。

 著者が本好きだからと言って、本をテーマにしたエッセイではない。著者が幼い頃から最近まで(ちなみに著者は現在26歳)に経験した「出会い」をテーマにしたものだ。小学生の頃の先生。モデルとして渡った海外、ニューヨーク、パリ、ミラノで出会った人々。女優として撮影現場で出会ったあの人この人。

 初エッセイだし、そのようなエピソードを選んだのかもしれないけれど、「出会い」には恵まれたことがよく分かる(なかなかハードな経験も含めて)。しかし「出会い」というのは、相手と自分の双方によって形作られるものだ。恵まれた出会いは、著者のまっすぐな人柄があってこそのことだと思う。それは、文章からも、直筆のタイトル文字とイラストからも伝わってくる。

 もちろん本の話題もちゃんとある。取り上げられた本の何冊かは私も読んだ、しかも結構好きな本だったので、何だかうれしかった。著者が「サカイ教授」と慕う堺雅人さんの本をはじめ、いくつか読んでみたい本があった。
 もっと本の話を聞きたいと思った。著者はJ-WAVEで「BOOK BAR」という番組で、パーソナリティを4年も務めていて、本を毎週紹介している。それなのに私が住んでいるところではJ-WAVEは入らない。残念。

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仙台ぐらし

書影

 

著 者:伊坂幸太郎
出版社:荒蝦夷
出版日:2012年2月18日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 今日は、あの震災からちょうど1年。昼間に行ったスーパーでは2時46分に黙とうした、新聞やテレビではたくさんの特集が組まれている。しばらくは、「あの日」を思い出す日になるのだろう。この本が「震災の本」としてひとくくりにされることを、著者は恐れていることを断った上で、敢えて紹介すると、本書では著者が、震災とその後についてその心の内を語っている。

 「仙台学」という雑誌に、2005年からおおむね半年に1度の割合で、2010年まで連載されたものを中心に15本のエッセイと、「ブックモビール」という書き下ろし短編を収録。著者は、仙台の街の喫茶店を転々と場所を変えて、その一隅で小説を書いている。つまり、行動範囲は広くないながらも、毎日のように街に出ているわけだ。

 エッセイの多くは、そうした時に街で出会った人や、その時感じたことを書いている。そこには、著者の観察眼の鋭さや優しさ、そして微笑ましいほど心配性で自省的な性格が表れている。「あの」と声をかけられると、「この人は本を読んでくれているんだな」と思ってしまい、そうでなかった時に赤面する著者が、私はとても好きだ。

 さて、震災について。著者は震災当日からの1カ月ぐらいの出来事や、感じたことを書いている。震災の後は多くの人が「自分には何ができるのだろう」と自問した。何らかの意見や態度を表明しなくてはいけないような気もした。作家という立場の著者は、そうした気持ちをより強く抱いたようだ。

 生活は落ち着きを取り戻しても、元通りになったわけではない。著者も「小説を書く」ということの意義や意味が分からないままらしい。意義や意味など分からなくても良い、著者が描く物語を読みたいと思う読者がいる、それで十分だ。著者もそれに気付いてはいるようで、安心した。

 Keep going, and keep doing what you’re doing…..keep dancing. 著者の友人に海外から届いたメールにあった言葉だそうだ。「自分には何ができるのだろう」という自問への1つの答えが、ここに書いてある。

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動的平衡

書影

著 者:福岡伸一
出版社:木楽社
出版日:2009年2月25日 初版第1刷 4月10日第5刷
評 価:☆☆☆(説明)

 「生物と無生物のあいだ」の著者による、「生命」について考察する科学エッセイ。第2弾が出版されたと聞いて、第1弾を読んでみようと思い、手に取ってみた。タイトルの「動的平衡(Dynamic Equilibrium)」は、著者が前著の中で「生命とは動的平衡にある流れである」という使い方をした、著者の生命観のキーワードだ。

 私たちの身体は、固定して存在しているように見えるが、分子レベルでは驚くべき速さで「入れ替わって」いる。食物として外界から取り入れたものは分解されて、分子単位で体を構成するそれまであったものと置き換えられている。不変に見える骨や歯や脳細胞も例外ではない。

 少し視野を広げて見ると、分子レベルでは、外界→私たちの身体→外界、という流れの中に私たちはいることに気付く。質量や形状が変化することはないので、入ってくる一方で、同じ速さで分解されて体外へ排出され、一種の平衡状態を保っているわけだ。この流れの中の平衡状態を「動的平衡」と呼んでいる。

 本書は前著を受けて、「記憶」や「ダイエット」や「食品の安全」、「細菌とウィルス」の話などに話題を広げて、読みやすい読み物になっている。「あとがき」によれば、雑誌や会員誌の連載記事が元になっているそうで、なかなか興味深い連載だったろうと思う。やや「動的平衡」の捉え方を拡大しずぎに感じる部分もあるが、まぁ許容範囲としよう。

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あやつられ文楽鑑賞

書影

著 者:三浦しをん
出版社:双葉社
出版日:2011年9月18日 発行 
評 価:☆☆☆(説明)

 本好きのためのSNS「本カフェ」のお友達の日記で知った本。
 著者はその作品「仏果を得ず」で、文楽の奥深い世界を、若手の大夫(文楽で情景やセリフを語る役)の目を通して、小説の形で垣間見せてくれた。本書では、同じことを文楽の劇場の楽屋への「突撃レポート」風のエッセイの形でやってくれた。「仏果を得ず」と合わせて読むといいと思う。

 著者はまず、三味線の鶴澤燕二郎(2006年に鶴澤燕三を襲名)さんの楽屋に行って、かなり面白い(どうでもいいような)質問をしている。「みなさんで飲みに出かけたりはするんですか?」とか。「楽屋の部屋割りはどうやって決めるんですか?」とか。しかし、その(どうでもいいような)質問が、思いがけず文楽の伝統を感じさせる答えを引き出す。

 そんな感じで、次の回は人形遣いの桐竹勘十郎さんのところへ行って、何と人形を持たせてもらっている。著者曰く「美少女との初デートで、思いがけずはじめての接吻までこぎつけた」ようなものだ。そしてまた、燕二郎さんのところへ、勘十郎さんのところへと、行き来して、後半では大夫の豊竹咲大夫さんにもお話を聞いている。皆さんご協力ありがとうございます。(と私までお礼を言いたいぐらい、文楽の演者の皆さんは協力的だった)

 そんな「突撃レポート」を挟むように、文楽の主な演目の解説がある。著者独自の視点から、登場人物にツッコミを入れながらのユニークなものだ。特に「仮名手本忠臣蔵」の章は、量的にも質的にも圧巻だった。これを読んで「仮名手本忠臣蔵」を観に行けば、何倍も楽しめることだろう。

 文楽に限らず「楽屋」というのは興味深いものだ。舞台の裏側を覗いてみたいということもあるが、演じている「人」のことを知りたい、というのも大きい。本書はその両方を満足させてくれた。「人」に興味があるのは著者も同じらしく、江戸時代の文楽の作者の人となりにまで想いを馳せている。それがまた思いがけず慧眼であったことが、巻末の「解説」に記されている。

 冒頭の(どうでもいいような)質問といい、この文楽作者の人となりといい、「思いがけず」良い結果を生んでいるんだけれど、これはもしかして著者には、ものすごい才能があるということなんじゃないだろうか?

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OL辞めて選挙に出ました

書影

著 者:えびさわけいこ 画:はな
出版社:主婦の友社
出版日:2010年12月31日 第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 著者は、2007年に文京区議会議員に立候補し見事当選、現在1期目の議員活動中。公式ホームページの写真を拝見すると、議員さんや作家さんを形容する言葉としては適切ではないけれど、すごくキレイな方だ。
 本書では、医療と福祉のあり方に多くの矛盾を感じた著者が、政治家を志してから、当選するまでの一部始終が、ユーモアたっぷりなコミックエッセイで綴られている。本文にもコラムにも、選挙に関するマメ知識が詰まっている。

 私は、どうしても行けない事情がなければ、投票には必ず行く。選挙運動に参加したことはないが、議員には知り合いもいるし、選挙に対する関心は高いほうだと思う。しかし、候補者が当たり前のように乗っている選挙カーを、どうやって調達しているのかなんて知らない。ポスターやたすきにどんなルールがあるのかも知らない。つまり、知らないことだらけなのだ。
 そういう観点から見ると、本書は、これから政治家を目指そうという人や、著者のようにある時その決意をした人に対する手引書にはなる。しかし、著者の意図はそこにはないようだ。そもそも、そういった手引書なら、コミックではなくもっと実用本位で書いた方が良いだろう。

 では、著者の意図はどこにあるのか?それは、あとがきの最後の一文が雄弁に語っている。それは、「一緒に政治をしていきましょう。」 コミックにしたのは、気軽に読んでもらうため、難しそうな本なんか読まない人にも読んでもらうため、敢えて言えば「若い人に関心を持ってもらうため」だろう。

 その試みは、少しだが確実に実を結んだ。この本を私に紹介してくれたのは、本書のPR活動を行っている学生チームの中の日本大学の学生さんなのだ。(本をもっと前にいただいていたのに、書評の掲載が今になって申し訳なく思っている。)
 「えびさわさんからリアルな政治のお話をきいて、若い世代が頑張らないとまずいんじゃないかな、と感じるようになりました...」ということだそうだ。私は、若い人たちが何かを成さんとしていることを知っただけでも嬉しかった。私ができることなら喜んでお手伝いさせてもらう。

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文藝別冊 [総特集]伊坂幸太郎

書影

出版社:河出書房新社
出版日:2010年11月30日 初版発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 まるごと1冊、伊坂幸太郎さんを特集した240ページ弱のムック誌。「文藝」という河出書房新社の季刊文芸誌の別冊。伊坂さんへのロングインタビュー、ミュージシャンの斉藤和義さん、映画監督の中村義洋さんとの対談、伊坂作品に関するエッセイや論考、作品ガイド、そして伊坂さんが大学1年生の時に生まれて初めて完成させた小説のプロットを使った、書き下ろし短編などが収録されている。言わば「伊坂幸太郎の詰め合わせ福袋」。

 私がこういう雑誌に期待するのは、作家さん自身の声と、作品のトリビア的なものを少し。だからロングインタビューや対談が興味深かった。伊坂さんがある作品についての想いを語り、その作品に対する読者の反応を紹介する。反応の9割方は伊坂さんの予想とは違ったらしい。その予想外の反応の多くは、私の感想そのものだった。ただし「ゴールデンスランバー」のくだりで「何でわかってくれないんだよ!」というセリフには、私は「わかってましたよ」と言いたい(笑)。

 もう一つ、すごく面白かった記事がある。それは、巻末に資料編のように付いている「伊坂幸太郎全作品2000⇒2010」。これまでに出版された20作品の「担当編集者の裏話」が紹介されている。例えば「初稿版にあってカットされた忘れられないエピソード」があるという話。あることだけが明らかになっていて、その内容までは分からない。知りたい。どうしても知りたい!

 そもそも不思議なことに、伊坂さんの作品は数多く出ているけれど、本書の出版社である河出書房新社からは出ていない。裏話を明かしている編集者は全員が他の出版社の人なのだ。まぁ、それぞれの出版社が等距離にあるわけで、だからこそこの企画が実現したのかもしれない。けれど、それぞれの編集者の言葉からは、ヨイショを割り引いても、伊坂さんとの仕事を楽しんだ雰囲気が伝わってくる。その雰囲気が他の出版社が出すこの本への協力につながったのだと思う。

 この後は、「ちょっと気になったこと」を書いています。お付き合いただける方はどうぞ

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ザ・万歩計

書影

著 者:万城目学
出版社:文藝春秋
出版日:2010年7月10日 第1刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「鹿男あをによし」「鴨川ホルモー」「プリンセス・トヨトミ」そして「かの子ちゃんとマドレーヌ夫人」。奇抜な着想で、ドラマ化・映画化されるベストセラーを連発する著者。その暮らしはやっぱり少し変だった。本書はBoiled Eggs Onlineの他、様々な雑誌に掲載されたエッセイ31編をまとめた初エッセイ集。

 男子校に通った中学生時代から学生時代を経て、工場勤務の会社員時代、デビューまでの雌伏の無職期間、そしてデビュー後と、飄々とした著者の周りでは度々「面白いこと」が起きた。特に中学時代のエピソード「木曜五限 地理公民」には笑った。文庫本になったからと言って、本書を人前で、特に電車の中でなんかで読まない方がいい。絶対に笑いを堪えられないから。

 それから著者のこの行動力の源は何なのだろう?私も学生時代には、好奇心に任せて方々に旅に出かけた。ちょうど流行っていたので、バックパックでヨーロッパや中国にも。でも著者が出かけた、気温摂氏52度の灼熱のドバイにも、ウランバートルから車で3日+馬で2日というモンゴルの山奥にも行こうなんて思いもしなかった。
 また、そこに行った理由が、「砂漠を一度見てみたい」とか「モンゴル人になりたかった」というのだから驚きだ。「好奇心」には違いないが、旅の過酷さと比べるとあまりに軽い。そう、著者の周りで「面白いこと」が起きたのは事実だが、それを捉える感性が優れているし、何よりも著者の行動そのものが「面白いこと」を引き寄せている。

 初出が様々だからなのか、「面白い話」の中に「いい話」が混じって現れる。不意を突かれて涙ぐんだり笑ったり。緩急自在のエッセイ。オススメです。繰り返しますが、人前で読まない方がいい。万一読む場合はご注意を。

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日本人へ 国家と歴史篇

書影

著 者:塩野七生
出版社:文藝春秋
出版日:2010年6月20日 第1刷 6月30日 第3刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 先日レビューを書いた「日本人へ リーダー篇」の続編、というより1ヶ月をあけて発行された上下巻の下巻といった方が的確だろう。「リーダー篇」が月刊誌「文藝春秋」の2003年6月号から2006年9月号までに掲載された著者のエッセイで、この「国家と歴史篇」はそれに続く2010年4月号までに掲載されたものだからだ。

 約4年前の2006年9月と10月を挟んで、それ以前と以後でこんなにも臨場感が違うものかと驚いた。前著に比べると本書は圧倒的な迫力で迫ってくる。もちろんそれは、前著は著者の筆が鈍かったということではなく、物事が人の(私の)関心から急速に遠ざかってしまう、ということなのだろう。
 そういうわけで、2冊とも読むに越したことはないけれど、どちらか1冊ということであれば、本書の方をオススメする。

 マキアヴェッリをよく引き(本書の扉のページも、マキアヴェッリの言葉の引用が記されている)、リアリストでもある著者の主張は、時に切れすぎて怖いぐらいだ。特に戦争や軍備についての考えは、私には受け入れられない。
 しかし、著者の考えの方が正しいのかもしれない、と気持ちが揺らぐ。前著で著者が明らかにしているのだが、この連載は「事後に読まれても耐えられるものを書く」という気概で書かれている。そして事後に読んで「あぁ、そのとおりだった」、と思う記事のなんと多いことか。
 例えば、民主党への政権交代の雰囲気が盛り上がっていた、2009年4月号の「拝啓・小沢一郎様」では、「単独で過半数を..」と期待と不安を口にしている。理由は、連立内閣では「小政党に引きずられる、有権者の意向の反映しない政治」になるから。異論はあろうが、民主党政権の約1年のある側面を見事に言い表している、と私は思う。

 「文藝春秋」の2010年8月号掲載のエッセイのタイトルは「民主党の圧勝を望む」。理由は昨年9月の記事と同じものに加え、政策の継続性のため。著者としてはここ2回の国政選挙は続けて期待を裏切ったことになる。

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日本人へ リーダー篇

書影

著 者:塩野七生
出版社:文藝春秋
出版日:2010年5月20日 第1刷 5月30日 第2刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 本書は、月刊誌「文藝春秋」の2003年6月号から2006年9月号までに連載された、著者のエッセイ40編をまとめた新書。最初の記事は「イラク戦争を見ながら」。その年の3月に米国がイラクに侵攻した。最後の記事は「「免罪符」にならないために」。小泉元総理の勇退を飾った「サンクトペテルブルグサミット」とその後のことが書かれている。こう書けば、このエッセイが書かれた時代のことをおぼろげにでも思い出せただろうか。

 月刊誌への連載ということもあって、多くは時事問題を扱っている。衆院選や自民党の総裁選、郵政民営化などの政治問題にも切り込む。さすがに選挙結果の予想などは「専門ではない」として避けてはいるが、それでもこういった文章を数年後に出すのは勇気がいるだろう。その時々には正しいと思っていても、後年の評価ではそれが覆ることもままあるのだから。
 ただこのことについては著者には強い自負があるらしい。後半の記事「知ることと考えること」に、「事後に読まれても耐えられるものを書くのは、私自身にとっても、実に本質的な問題なのである」と書いてある。これは、現在の報道への苦言の文脈の中で書かれているのだけれど、そもそも原稿を発売日の20日前に書かなくてはならないという、この雑誌の連載自体が「事後に読まれても..」を内包していたのだ。

 軍事大国でもあったローマの歴史をベースとした著者の思考には、戦争や戦争被害に対する割り切りがあり、違和感を感じる方もいるだろう。私もちょっと「そういう考えはあんまりなんじゃないの?」と思った部分もある。しかし大部分は、非常に鋭い洞察だと思うし共感することも多かった。
 その1つは「なぜか、危機の時代は、指導者が頻繁に変わる」という意見。これはローマ史の五賢帝時代の後、三世紀に入って皇帝の在位期間が平均して4年と短くなったことを踏まえている。危機の時代は民衆の不満も大きく、こらえ性なく指導者をすげ替えるが、それがかえって国の安定を失わせる。
 念のために書き添えると、これは2003年10月号の記事。第1次小泉政権が900日も続いていたころだ。それでも著者は、自民党の総裁選を控えて政策の継続性を懸念してこの記事を書いたのだ。さて2010年の今、小泉元総理の後は、安部元総理から4代の総理が現れたが、その在職期間は平均して339日、1年間もない。

 この後は書評ではなく、この本を読んで考えたことを書いています。お付き合いいただける方はどうぞ

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