5.ノンフィクション

十字軍物語2

書影

著 者:塩野七生
出版社:新潮社
出版日:2011年3月25日発行
評 価:☆☆☆(説明)

 「絵で見る十字軍物語」「十字軍物語1」に続く、「十字軍物語」シリーズ4部作の第3弾。物語は、前作で1099年にイェルサレムの「解放」に成功した、第一次十字軍の立役者たちが世を去って、十字軍第二世代とも言えるボードワン2世がイェルサレム王に即位した、1118年から始まる。

 歴史年表を追うとこの後、1144年:イスラム世界の巻き返しによってエデッサ陥落、1146年:エデッサ陥落に危機感を強めたキリスト教世界が第二次十字軍を結成、1148年:第二次十字軍ダマスカス攻略に失敗、1174年:サラディンがスルタンに、1187年:イェルサレム陥落、となる。

 つまり本書は、1118年から1187年の約70年間の、中東の十字軍国家の歴史を物語る。普通に考えれば、出来事を1つ1つ綴っていけば「十字軍物語」にはなる。しかし、著者はそうしない。著者の関心は、歴史年表の出来事と出来事の間にまで及ぶ。

 例えば、1099年の第一次十字軍のイェルサレム解放から、1144年のエデッサの陥落まではどうだったのか、という観点だ。第一次十字軍はイェルサレム解放という「成功」によって解散、多くの将兵はヨーロッパに帰還してしまっている。つまり十字軍国家は、地中海にへばりついてイスラム世界に囲まれて、圧倒的な寡兵でこの40数年を過ごしている。なぜこんなことが可能だったのか?気になりませんか?というわけだ。

 歴史の勉強はどうしても出来事に注目してしまう。間が30年空いていようと40年空いていようと、そんなことを気にしてはいられない(むしろラッキーだ(笑))。でも、当たり前のことだけれどその間も人々は暮らしている。その暮らしを、宗教の対立、経済活動、築城技術、女性の政治介入、など様々な方向から光を当てて描く。著者にしか書けない「十字軍物語」だと思う。

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挑む力 世界一を獲った富士通の流儀

書影

著 者:片瀬京子、田島篤
出版社:日経BP社
出版日:2012年7月9日 第1版第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 R+(レビュープラス)様にて献本いただきました。感謝。

 「挑み」、そして「成し遂げる」には、どうすればいいのだろうか?その答えを、困難なプロジェクトに挑んで成し遂げた人々から見出したい。「はじめに」で、著者はその思いをこう綴っている。これを読んで、2000年代前半のNHKのあの番組を思った人は多いだろう。そう「プロジェクトX」だ。本書は、テレビ番組のような過剰気味な演出はなく、困難を克服したリーダーたちの言葉をそのまま伝えようとしている。

 本書で、困難なプロジェクトに挑んで成し遂げているのは、富士通の社員の皆さん。富士通を取材対象にした理由の1つが、スーパーコンピューター「京」のプロジェクトの成功。「2位じゃダメなんでしょうか?」が耳目を集めた、あのプロジェクトだ。(このプロジェクトの成功が、本書の企画の発端なんじゃないかと思うが、邪推だろうか?)

 他には、東京証券取引所の株式売買システム、すばる望遠鏡の観測データ解析システム、東日本大震災の復興支援、らくらくホンの開発、農業クラウド、次世代電子カルテ、手のひら静脈認証の、「京」と合せて8つのプロジェクトが紹介されている。どのプロジェクトも富士通が主要部分を手がけたものだ。

 実は、私は富士通のライバル会社に、15年ほど前までの10年間勤めていた。そのため、自分の経験に照らしながら読むことになった。読み終わって「富士通がこんな会社なのだったら、敵わないな」と思った。経営の姿勢やスピード感が、以前の勤め先のあの会社とは全く違う。反面「こんな会社だったか?」とも思った。同じ業界にいたし、知り合いもいたので、知りうる情報は少なくなかった。今も仕事で付き合いがある。私が知っている富士通とも少し違った。

 「そうなんだよな」と思ったことが1つ。登場した社員の多くが異動で、そのプロジェクトに関わるようになる。当初は「なんで私が..」というネガティブな気持ちを持つ。しかし、プロジェクトの成功はその人を育てる。本人もやって良かったと思う(成功しないプロジェクトも何倍もあるけれど)。会社の「異動」というシステムは、人を育てるための仕組みという側面もあるのだ。

 気になったことが1つ。特に終盤に多いのだけれど、DNAという言葉が盛んに使われていることだ。現場主義もDNA、チャレンジ精神もDNA、「夢をかたちに」もDNA、「がむしゃらな人をみんなが助けてくれる」のもDNA(まだあるが、この辺でやめておく)。

 確かに社風というものはあると思う。自分が属するコミュニティについて「らしい」と、特に良い意味で感じた時にはDNAという言葉を使いたくなることもある(「日本人のDNA」とか)。でもこれは使いすぎだ。第一せっかく伝えた現場のリーダーたちの言葉が生きない。彼らが頑張ったのは、「それが富士通のDNAだから」ではなくて、彼らがそうしようと自分で決めたのだから。

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絵で見る十字軍物語

書影

著 者:塩野七生
出版社:新潮社
出版日:2010年7月25日発行
評 価:☆☆☆(説明)

 著者による「十字軍物語」シリーズ4部作の第1弾。以前に紹介した「十字軍物語1」は、「1」とは付いているが、実は第2弾になる。第1弾の本書は、8次にわたる十字軍を俯瞰する画文集で、第1次十字軍から順に語る物語としての「十字軍物語」が3巻、その後に続く形になっている。

 本書は、19世紀の画家であるギュスターヴ・ドレが描いた、ペンの細密画を左ページに、右ページにその場面を示した地図と、著者による最大で半ページの解説、という見開きの99セットで構成されている。

 まず、ドレの絵の美しさに驚く。モノクロの写実的な絵で、明暗と奥行きや立体感が写真以上にある。この絵によるビジュアル化の効果は絶大で、まるで写真つきの「現地レポート」を読んでいるかのように、十字軍が真に迫って感じられる。(よく見ると、非常に細かい線で描かれていることが分かる。要らぬ心配だけれど、印刷業者はとても苦労させられたのではないかと思う。)

 著者の文章も良い。簡にして要を得たもので、「見開き」という制約の中で、絵の場面とその背景となる出来事まで、説明が行き届いている。本書1冊を読めば、十字軍について少し語れるようになりそうだ。

 ただ、「ビジュアル化とは簡略化のことでもある」と、著者がまえがきにあたる「読者へ、塩野七生から」で言うように、本書で語られなかった物語はあまりに多い。著者は、このシリーズをイタリア・オペラに例えて、本書を「序曲」とし、続く3作を「第一幕」「第二幕」「第三幕」と考えているそうだ。当然「序曲」が終われば「第一幕」の幕が上がり、これまで語られなかった物語が語られる。続きを読もうと思う。

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日本の問題

書影

著 者:ピオ・デミリア 翻訳・構成協力:関口英子
出版社:幻冬舎
出版日:2011年10月25日 第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 「本が好き!」プロジェクトで献本いただきました。感謝。

 本書は、日本在住30年のイタリア人ジャーナリストの著者が、3.11以後に東日本大震災の被災地と原発事故の周辺という「現場」を訪れたレポートだ。副題は「地震、ツナミ、放射能汚染の「現場」で見たもの」
 著者がその目で見た「現場」とは、震災から3日後(震災翌日に福島市へ向かったが、交通事情でたどり着かなかった)早朝の気仙沼や、福島第一原発から20キロ圏内で、立ち入りが禁止されている「警戒区域」などだ。

 震災と原発事故から約1カ月の間に、著者は何度も「現場」に足を運ぶ。「ジャーナリストならばて当然」なのかもしれない。しかし当時は、多くの外国政府が自国民に避難勧告を行っていたし、何より相手は放射能だ、身の守りようがない。そんな中で、福島第一原発の正門前まで行った著者は、例外中の例外だろう。

 帯には「日本のメディアでは語られない」とあるが、レポートの内容に重大な「新事実」があるわけではない。あれから今日でちょうど9か月、当初は隠されていたことも多かったが、かなり明らかになった。それでも「自分の目で見た」と言って伝える文章には、格別の切れ味と説得力がある。

 その切れ味はまず、大阪や福岡ひどい場合は香港から、センセーショナルに「黙示録」的な報道をする海外メディアに一太刀を浴びせる。次に、唯一の被爆国である日本の国民、つまり私たちの「原子力」への感覚に、鋭い突きを繰り出してくる。

 著者の母国イタリアは、国民投票の選択によって、過去20年間も原発が稼働していない国。経済界からの要請によって、稼働再開を模索した政権に対して、今年6月に再度94%の反対票でNoを突きつけた国だ。「感情的」とか「ヒステリック」とか、軽んじる声も聞かれるが、私は著者の「脱原発のススメ」に説得力を感じる。

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嘘つきアーニャの真っ赤な真実

書影

著 者:米原万里
出版社:角川書店
出版日:2001年6月30日 初版発行 2002年9月5日 8版発行
評 価:☆☆☆(説明)

 本好きのためのSNS「本カフェ」の読書会の10月の指定図書。

 著者は、本業のロシア語の通訳の他、エッセイスト、テレビのコメンテーターなど、幅広く活躍されていた。2006年5月に亡くなられた。合掌。(もう5年も経つとは思えないのだけれど)

 本書は、著者が9歳から14歳までの少女時代を過ごした、プラハのソビエト学校での思い出と、当時の友だち3人を31年ぶりにそれぞれ訪ねた顛末が綴られたもの。タイトルにある「アーニャ」はその中の1人。2002年度大宅壮一ノンフィクション賞受賞。
 ソビエト学校とは、ソ連外務省が運営する学校で、50か国以上の子どもたちが通っていた。著者の父が日本共産党代表として、各国共産党の情報誌編集局のあるプラハへ赴任し、著者も一緒に渡欧したのだ。チェコ語ではなく、ロシア語で授業が行われた。つまり、著者のロシア語通訳としての原点はここにある。

 ガラスの多面体のように、光の当て方を変えると違った見え方のする作品だった。時にユーモアを交えて描かれる、少女たちの学校生活の活き活きとした姿。少人数で自律を重視した、日本とは大きく違う学校運営も興味深い。音信不通の友だちとの再会は叶うのか?といったサスペンス調のドキドキ感。
 そして、子どもたちにも影を落とす、共産主義を共有しながらも各国で微妙に異なる事情。再会が露わにした31年間のそれぞれの人生。子どもの微笑ましい暮らしから政治経済問題まで、様々な視点から見ることができ、どの視点からも著者の息づかいが伝わってくる。

 私が特に思いを馳せたのは、著者を含めた4人の31年間の人生についてだった。それは本書には多くは書かれていない。しかし、31年後に会った40代半ばの女性になったそれぞれを見れば、その歩んできた道のりが慮られる。
 その道のりは、著者の歩んできた道と、大きく隔たっていた場合もある。アーニャとの再会では、「31年ぶりに会った友だちに、そんなこと言わなくても」と思う場面もあるのだけれど、それは逆に著者がアーニャを、まだ「友だち」だと思っていることの証しなのかもしれない。

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感動の条件 序章

書影

著 者:田原実 絵:笹原金賀
出版社:インフィニティ
出版日:2011年7月30日第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 本書は、株式会社インフィニティが発行している「感動コミック」シリーズの第8弾。株式会社インフィニティ様から献本いただきました。感謝。

 このコミックは、大分県中津市の「天’sダイニング 陽なた屋本店」他の飲食店を経営する永松茂久さんの物語。小さいころからの夢だったたこ焼き屋「天までとどけ。」を26歳で開店し、その後、生涯納税額日本一の大商人、斎藤一人氏と出会うまでを中心に描いている。

 一見してサクセスストーリーだ。小学生の頃から「絶対たこ焼き屋になる」と決めていた永松さんが、様々な「ビジネスの先輩たち」(一番の先輩は永松さんのお父さんだ)の導きによって、全国からお客さんが集まる繁盛店のオーナーになっていく。
 もちろん、何もしない若者を導いてやるほど、ビジネスの世界は甘くない。永松さんに、「たこ焼き屋になる」という、がむしゃらとも言える真っ直ぐな熱意と努力があればこそだ。時には厳しく時には優しく力になってくれる大人を、永松さん自身が引き寄せたと言える。

 私としては、このサクセスストーリーだけで十分に面白いのだけれど、これだけでは「感動コミック」には物足りないらしい。詳しくは言えないけれど、感動の勘所は別にある。店の名前の「天までとどけ。」は、ある人に向けたメッセージだ、とだけ紹介しておく。(このブログで何度か書いているが、こういうのは私は必ずしも良しとしないのだけれど)

 永松さんには「感動の条件 」というDVD付の著書がある。私は読んでいないのだけれど、想像するに、本書はその著書に至るまでの部分に焦点を置いた物語、という意味で「序章」なのだろう。

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知事抹殺

書影

著 者:佐藤栄佐久
出版社:平凡社
出版日:2009年9月16日 初版第1刷発行 11月26日 第3刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 今、この本を紹介することに、少しためらいがある。しかし、すでに各所で話題になっているし、もっと広くもっとクローズアップされるようになるのは時間の問題だろう。
 震災と原発事故のために世の中が不安定になっている。本書は、前の福島県知事である著者が、自身の汚職事件について無実を訴える手記で、1年半前に出版された。しかしその内容は、今の不安定な現状に直接的にリンクしている。本書が真実ならば、私たちは頼れるものを失ってしまう。いや、もともとそんなものは失って久しいのかもしれない。

 汚職事件の概要はこうだ。福島県発注の工事の談合事件で、知事であった著者が「天の声」を発して工事業者を決定し、その見返りに賄賂を受け取った。その賄賂は、当該工事業者の下請け会社が、知事の弟が経営する会社の土地を市価より高く購入する、という巧妙な方法だった。

 ところが著者によると、これは東京地検特捜部の捏造だということなのだ。検察が創造したストーリーに合うように、強引な取り調べによって取った調書を積み重ねたに過ぎないという。本書出版の当時ならば半信半疑の主張だが、村木厚子さんの冤罪事件の後の今では、これが真実なのだろうと思う。それは、東京高裁の有罪判決で、認定した賄賂の額はゼロだという、前代未聞の事態からもうかがい知れる。「ゼロ円の賄賂を受け取って有罪?」司法の場では私たちと違った論理があるらしい。

 さて、本書がクローズアップされるだろう、としたのは本書の別の部分による。それは2章に分けて68ページを費やして記されている、国の原発政策との著者の戦いの部分だ。それによると、著者の知事時代の2003年に、東電が持つすべての原子炉が停止している。(上の汚職事件も、これに反発した勢力が知事を抹殺しようとした、という見方もあるらしい。)
 その発端は「原子炉の故障やひび割れを隠すため、東電が点検記録を長年にわたってごまかしていた」という内部告発だった。今、連日報道されている福島第一、第二原発の原子炉でのことなのだ。

 もちろん、今回の事故は地震とそれに伴う津波が原因だ。懸命の復旧活動にウソはないだろう。しかし、定められた点検や対策はキチンと行われていたのか?という疑問は残ってしまう。何しろ、著者が危惧し改善を求めた、東電や国の原子力行政の杜撰な体質は、今も何ら変わっていないようなのだ。今の事態は実は防げたのかもしれない、という思いが、胸の内に澱のように溜まっていく。

 「正義の砦」であるはずの検察は信頼できず、安全神話は崩壊し懸命の復旧活動を支持する心にも影が差す。確かなものが欲しい。

 ※追記(2011.4.4)
  本書は現在在庫僅少につき、入手困難なようです(Amazonも「入荷時期は未定」になっています)。しかし、著者の公式ブログによれば、増刷が完了しているようなので、近々に入手可能になると思います。

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十字軍物語1

書影

著 者:塩野七生
出版社:新潮社
出版日:2010年9月15日発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 著者はいったいどれだけの物語をその身に湛えているのだろう?「ローマ人の物語」で、ローマ帝国の1200年間を15年かけて描いた後、1年おいて「ローマ亡き後の地中海世界」で、西ローマ帝国滅亡後の6世紀から16世紀までの地中海世界を描く。そして間を空けずに、今回は「十字軍」(画文集とあわせて4部作の予定)だ。
 もちろん、文献などにあたって常にインプットがあってこそのアウトプットだし、ヨーロッパの歴史そのものに物語が埋まっているとも言える。しかしこの大量の物語がとめどなく流れ出るような、最近の著作活動には圧倒される。

 本書は、高校の世界史の教科書に載っている「カノッサの屈辱(1077年)」から話を掘り起こして、11世紀末から12世紀初頭にかけての、第一次十字軍のイェルサレムへの遠征を描く。主な登場人物は、この十字軍に参加したキリスト教国の領主やその親族たち。
 その陣容を紹介する。南フランスのトゥールーズ伯サン・ジル。神聖ローマ帝国下のロレーヌ公ゴドフロアと弟のボードワン。南イタリアのプーリア公ボエモンドと甥のタンクレディ。法王代理の司教アデマール。この他にもフランスの王弟や、各地の領主が参加していて「オール欧州」の様を呈している。

 このように紹介はしたものの、十字軍に造詣が深い方でなければ、初めて聞く名前ばかりだろう。高校の教科書には「カノッサの屈辱」の教皇グレゴリウス7世と皇帝ハインリッヒの名前は載っていても(これだって覚えている人はそう多くないだろうけれど)、第一次十字軍に参加した諸侯の名前は載っていないから(娘の教科書「詳説世界史 改訂版(山川出版社)」で確認済)。

 それでも敢えて名前を挙げたのは、本書が、彼らを主人公にした群像劇に仕上がっているからだ。歴史の記述は「出来事」を中心に語られることが多い。それは正確さを求められるからだろう。「出来事」は史料からある程度は確定ができる。
 しかし本書は「人」を中心に語られている。ある出来事を誰かが起こすと、その人が「なぜ、どういう気持ちで」そうしたかが描かれる。そんなことはなかなか史料に残っていないだろうから、正確ではないのだろう。でも、その方が物語に血が通う。そして圧倒的に面白い。

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秘密結社の謎バイブル

書影

著 者:ジョエル・レヴィ 訳:瓜本美穂
出版社:産調出版
出版日:2011年2月15日
評 価:☆☆☆(説明)

 出版社の産調出版さまから献本いただきました。感謝。

 本書はタイトル通り、「秘密結社」をテーマにした本。みなさんは「秘密結社」と聞いてどんなことを思い浮かべるだろう?私は、政治経済を裏で操っているとか、世界征服をたくらんでいるとかの、「悪の組織」といったイメージだ。
 もちろんここ数年間に読んだダン・ブラウンの作品の影響は大きい。ただ私にとっての「秘密結社」との出会いは、仮面ライダー(初代)のオープニングの「ショッカーは世界征服を企む悪の秘密結社である」というナレーション。「秘密結社=悪の組織」のイメージは、テレビの原体験と共に意識に刷り込まれてしまっている。

 現在も続く、フリーメーソン、オプス・デイ、シオン修道会。歴史のどこかで消えてしまった、テンプル騎士団やイルミナティ。本書は、これらを含む27の秘密結社を、ひとつひとつ俎上に挙げて、その真実の姿を解説している。当然「真実の姿」が隠されているからこそ「秘密結社」なのだから、それを明らかにした著者の調査力には驚くばかりだ。
 本書を読むと、「秘密結社」についての私の知識が、いかに貧弱で突拍子もないものかを思い知らされる。例えば上に「現在も続く、フリーメーソン、オプス・デイ....」と書いたが、最初の3つは現在も存続していて、後の2つは消滅していることさえ知らなかった。

 まぁ、それで特に困ることもないのだけれど、興味というものは必要なものだけに向かうわけではない。「秘密結社の秘密」という「秘中の秘」には、小さな興奮を伴う興味が湧きあがる。一方で、本を読んだり映画を観たりした時に、「秘密結社=悪の組織」だと思っているからこそのワクワク感もある。
 だから秘密がなくなれば、そのワクワク感がいくらか削がれるかもしれない。そもそも秘密がなければ「秘密結社」でさえなくなってしまう。つまり「知らないことによるワクワク感」と「秘中の秘への興味」のどちらを取るかに悩むことになるのだけれど、私の場合は後者が勝った。 

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植松電機I

書影

著 者:田原実 絵:西原大太郎
出版社:インフィニティ
出版日:2010年11月23日第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 本書は、株式会社インフィニティが発行している「感動コミック」シリーズの第7弾。株式会社インフィニティ様から献本いただきました。感謝。

 このコミックは、植松電機の専務さんである植松努さんの半生を描いたもの。植松電機は、北海道のほぼ中央の赤平市にある、車載電磁石システムの設計・製作・販売の会社。車載電磁石とは、建設現場で鉄板を運んだり、廃棄物の分別のために使われる強力な磁石のこと。まぁ「どこにでもある」とは言わないが、普通の中小企業。しかし、植松さんと植松電機は、普通ではない事業に取り組んでいる。それは「宇宙開発」だ。

 物語は、植松さんの小学生時代から始まる。二宮康明さんの「よく飛ぶ紙飛行機集」を読んで、紙飛行機作りに夢中になる。自分で設計を試みるが失敗、「飛行機が飛ぶ仕組み」に興味を持ち、飛行機やロケットの仕事を志すようになる...。子どもたちの理系離れを嘆く大人たちが、泣いて喜びそうなストーリー。...だけであれば、「感動コミック」にはならない。

 植松さんは、飛行機の知識を独学で習得し、中学生のころにはそれは「航空力学」と呼べるほどのものになる。しかし夢中になるあまり、学校には馴染めず成績も落ちる。中学の進路相談で、植松さんの志に早くも大きな壁が立ちはだかる。「芦別(植松さんの出生地)に生まれた段階で無理」と、先生に宣告されてしまうのだ。
 その後も、大小いくつもの壁が立ち現れる。「○億円かかりますよ」「どうせムリですよ」「やったって何も変わりませんよ」 それを、最初は悩みながら、後には自信を持って乗り越える。そのキーワードは「だったらこうしてみたら?」 子どもたちとその親御さんたちに読んでもらいたい一冊。

 この後は、書評ではなく、この本を読んで思ったことを書いています。お付き合いいただける方はどうぞ

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