9.その他

「学力」の経済学

書影

著 者:中室牧子
出版社:ディスカヴァー・トゥエンティワン
出版日:2015年6月18日 第1刷 10月15日 第11刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

 著者の肩書は「教育経済学者」。教育経済学とは、本書の説明によると「教育を経済学の理論や手法を用いて分析することを目的としている応用経済学の一分野」だそうだ。もう少し簡単に言うと「教育に関する施策の効果をデータを使って測る」学問だ。

 こういった学問が脚光を浴びるのは、それとは裏腹な状況があるからだ。古市憲寿さんが「保育園義務教育化」の中で、教育再生会議の議事録を指して「偉いおじさんたちの「私の経験」披露合戦」と表現している。

 教育評論家を称する人のものも含めて、巷に流布する教育論は「個人の体験」か、もっとひどいものは「単なる思い込み」がほとんどなのだ。それが他の子どもにも当てはまる、という保証はどこにもない。

 本書は様々な教育に関する疑問を、「個人の体験」や「思い込み」ではなく、教育経済学の手法によって検証する。例えば「子どもを勉強させるために、ご褒美で釣ってもいいの?」という問いがある。子育てに一家言ある人ほど、答えはNoだろう?ご褒美のために勉強するのでは、「勉強すること自体の楽しみを失ってしまう」というのがその理由。

 実験とデータから導かれた答えは逆で、ご褒美で釣ってもいいらしい。「勉強すること自体の楽しみを失う」についても、統計的に有意な結果は出なかった。しかも「効果的なご褒美の与え方」というのがある。詳しく知りたい方は本書を読んでももらいたい。

 とてもためになった。「教育」を語る(「一億総評論家」と言うぐらい教育を語る人は多いのだけど)人には是非読んでもらいたい。何と言っても子どもは「社会の宝」であるし、「教育」は未来への投資なのだ。「個人の経験」より「実験とデータ」の方が確実だろう。

 最後に。「子どもは一人一人ちがうのだから、実験やデータではわからない」という意見には一理ある。統計によってこぼれ落ちるものもあるだろう。そこは「個人の体験」よりは、多くの子どもに当てはまる、というだけで、やはり家庭や学校などでのキメ細やかな対応が必要なところだろう。

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幻影の時代 マスコミが製造する事実

書影

著 者:D・J・ブーアスティン 訳 星野郁美 後藤和彦
出版社:東京創元社
出版日:1964年10月1日 初版 1991年1月30日 30版
評 価:☆☆☆☆(説明)

 本書が米国で出版されたのは1962年、日本語版は1964年。50年以上前の本を読もうと思ったのは、SMAPの騒動がきっかけ。「そんなことあったね」という感じがするが、フジテレビの番組で「生謝罪」したのが1月18日。あれから1カ月も経っていない。猛スピードで出来事が遠ざかっていく。

 タイトルの「幻影の時代(原題はThe Image)」は、本書の主題でもある。著者は、当時の米国の社会を、実体よりもイメージ(本書では訳者の考えによって「イメジ」と表記されている)を優先させ、あるいはそれに囚われて「イメジ」を現実だと思い込んでいる、と分析している。

 その第1章のタイトルが「ニュースの取材からニュースの製造へ-疑似イベントの氾濫」。簡単に言ってしまえば、現代(50年前から、という意味だけれど)のニュースは「誰かが何かの目的を以て作ったもの」だということ。

 記者は「取材」しながらそれを「ウケるネタ」に仕立てる。ニュースになるコメント(失言とか?)を、うまく引き出すことを「上手な取材」だと思っているかもしれない。ニュースを作るのは記者だけではない。ニュースの当事者も「ニュース番組で取り上げられるために」発言したり、どこかに出かけて行ったりする。

 ニュースで衆目を集める出来事の多くは、ニュースという、大衆に伝える仕組みがなければ、そもそも起きなかった出来事なのだ。「疑似イベント」というのは、こうした「ために作られた出来事」のことを指している。

 本書はこのあと、様々なものに実体よりイメジが優先されている例を挙げる。有名人(人間的疑似イベント)、旅行(「冒険」も含めて期待したイベントの体験」、芸術(オリジナルより魅力的なコピー)、広告(..言うまでもない)、アメリカ(世界におけるアメリカの「威信」)。

 だれもが薄々は気が付いていたことかもしれない。しかし、これだけキッチリと「まやかし」を暴いている本は他にないだろう。私が読んだ版は、小さな字の二段組みで、決して読みやすい本ではないので、おススメはしにくいのだけれど、少しずつでも...と思う。

 SMAPの騒動がどうしてこんなに大事になるのか?私が感じた違和感は、本書を読んでほとんど解けた。「大事にしたい」。たくさんの関係者がそう思ったからそうなった。単純なことだった。

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あの日

書影

著 者:小保方晴子
出版社:講談社
出版日:2016年1月28日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 初版5万部の発売直後に書店で売り切れが続出し、Amazonでも「在庫なし」になっていた。なんとか初版を入手できたのでさっそく読んでみた。

 本書はいわゆる「STAP細胞」騒動の渦中の人物である小保方晴子さんが、騒動のことをその前段となる研究や、大学時代のことから書き起こした手記。当人の視点から見ると、あの騒動はどう映っていたのか?

 まず最初に。売れ行きとは裏腹に、本書を見る世間の目は冷たい。私がこの本を買ったと知った知人は「なんでまた「あんな本を」」と言ったし、別の知人には下のような感想を伝えたら、「すっかり騙されちゃったね」と冷笑されてしまった。

 本書には「秘密の暴露」にあたるものはないのかもしれない。でも「私が知らなかったこと」は、とてもたくさん書いてあった。ちょっと調べればわかることなので「秘密」ではない。でも、どのメディアも調べなかったのか、きちんと伝えていないこと、が実はたくさんあったのではないかと思う。

 例えば、問題になったネイチャー誌への投稿論文の研究は、理研の小保方研究室ではなく、彼女が以前にポスドクとして参加していた、別の先生の研究室での研究だったこと。STAP幹細胞の樹立に成功した、と言っているのは、小保方さんではなく、その先生だということ。

 もちろん、これをもって「その先生こそが悪者」というのは早計だと思う。口さがない人は、小保方さんのことを「虚言癖がある」なんていうようだから、これもウソだという可能性はあるのだろう。ただそうでなければ、このことが伝わっていれば、世論の反応は違ったものになっていたに違いない。

 最後に。本書について「こんなものは全部、都合のいい言い訳だ」という評価もあるようだ。そうであっても、本書の内容の半分、いや冒頭からの3割だけでも本当なら、彼女は優秀な研究者だったと思う。私たちは、取り返しのつかないことをしたのではないか?と心配になった。

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公共図書館の論点整理

書影

著 者:田村俊作、小川俊彦
出版社:勁草書房
出版日:2008年2月20日 第1版第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 少し前に「本が売れぬのは図書館のせい?新刊貸し出し「待った」」というニュースを見て、このことについて調べてみようと思った。探せば思いのほか多くの資料が見つかり、本書もその一つ。

 本書は2008年の発行。公共図書館に関する報告としては、1963年に「中小都市における公共図書館の運営」(略称:中小レポート)、というものが出ていて、本書は折に触れてこの報告書に言及しながら、それ以降の公共図書館に関する言論を、いくつかの論点ごとにまとめたもの。

 冒頭に書いた「本が売れぬのは~」に直接関係する論点として、第一章「無料貸本屋」論がある。ここには「中小レポート」と「市民の図書館」という1970年出版の書籍を引きながら、「貸出」を図書館サービスの中核とした運営に対する、様々な意見がまとめられている。

 その他の論点として「ビジネス支援サービス」「図書館サービスへの課金」「司書職制度の限界」「公共図書館の委託」「開架資料の紛失とBDS」「自動貸出機論争」が、それぞれ一章を割いて論じられている。

 本書は2008年の時点でそれ以前を振り返ったもので、私はそれを7年後の2015年から眺めていることになる。その視点で言うと「2008年時点の論点(敢えて言うと課題)を、そのまま引きずって現在に至っている、という感じを強く受けた。

 今回の「本が売れぬのは~」は「無料貸本屋論」からの流れが続いたものだし、「公共図書館の委託」での懸念は「TSUTAYA図書館」という形で現実のものになった。「課題を認識しながら変えられなかった」と、公共図書館の力不足を言うのは簡単だけれどそれは酷だと思う。

 公共図書館の課題は、大きな流れの中にあるように思う。これに逆らうのはなかなか骨折りだろう。ただ、そこを何とかしないといけないんじゃないかとも思う。20年後30年後の出版・読書が、少なくとも今と同じぐらいには健全であるためには。

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真田丸と真田一族99の謎

書影

著 者:戦国武将研究会
出版社:二見書房
出版日:2015年10月31日 初版発行
評 価:☆☆☆(説明)

 来年のNHK大河ドラマのタイトルは「真田丸」。信州上田を本拠とする真田氏の物語。真田氏は地方の小勢力ながら、群雄割拠の戦国時代を生き抜いた一族。中でも真田信繁(幸村)は、大坂夏の陣で家康を追いつめ、その後永らく戦国のヒーローとして勇名を馳せている。

 この大河ドラマ「真田丸」の放映を前に、「真田氏本」というジャンルができるのではないか?と思うほど、真田氏関係の出版が相次いでいる。本書もその一つで、真田一族についての様々なエピソードを紹介・検証した本。

 著者は「戦国武将研究会」という、日本史好きのライター、編集者、作家、武将マニアなどが集う団体。つまり「好き」でやっている人たちらしく、文章の端々から戦国武将への思い入れの「熱」を感じる。

 逆に言えば、歴史研究の専門家ではないので、「検証」の部分については、少し疑問を感じるものもある。ただし、荒唐無稽なものはない。あくまでも真面目に誠実に調べたものだ。真田氏については残された史料が少ないこともあって、断定できないことがあるので、そのあたりが気になっただけだ。

 実は私は、仕事で真田氏について研究者からお話を伺うことも多く、自分自身でも調べている。そんなわけで「検証」の部分に少し引っかかりを感じた。その「引っかかりがある」ことを認めた上で、本書は真田氏に関する話題が網羅的に、且つとてもコンパクトにまとまっていて良い本だと思う。大河ドラマの予習に打ってつけの一冊だ。

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ホワット・イフ? 野球のボールを光速で投げたらどうなるか

書影

著 者:ランドール・マンロー 訳:吉田三知世
出版社:早川書房
出版日:2015年6月25日 初版 7月25日 4版発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 本書は、著者が運営するサイト「What if?」に寄せられた、突拍子もない空想的な質問と、それに対する著者の答えをまとめたもの。どんな質問かと言うと、サブタイトルの「野球のボールを光速で投げたらどうなるか?」というようなものだ。

 「野球のボールを光速で投げる(実際の質問は「光速の90%で」)」なんてことができるわけがない、などという返事を著者はしない。物理学をはじめとする科学的な知見を基にして、大真面目に答える。

 ちなみにこの質問の答えは、詳細は本書を読んでもらうとして簡単に言うと「大惨事」になる。ボールの前にある空気分子と衝突して、核融合が起きるらしい。その結果球場の1.5km以内にあるものは潰え..バッターはデッドボールで1塁に進める(笑)

 その他には「使用済み核燃料プールで泳いだら..」「地球にいる人間全員が一斉にレーザーポインターを月に向けたら..」「マシンガンを何挺か束ねて下向きに打って、飛ぶことはできますか?」とかだ。全部で60個ぐらいある。

 (私は違うのだけれど)理系の人には、おそらく大ウケだと思う。著者は、物理学を学んだあとNASAでロボット工学に取り組み、マンガ家に転身した、という経歴の人だ。だから説明が「理系的」だから、というのがその理由。

 でも、自分が「理系の人」だと思っていない人も、いくつかの質問と答えを読んで見て欲しい。詳しいことは分からなくても、突拍子もない質問と、それに輪をかけてとんでもない答えは、きっと楽しいだろう。著者が描く、脱力系のマンガとユーモアも、その楽しさの役に立つに違いない。

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戦争よりも本がいい

書影

著 者:池内紀
出版社:講談社
出版日:2014年11月26日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 本書は、ドイツ文学者でエッセイストの著者による書評集。講談社の雑誌「本」に「珍品堂目録」のタイトルでの、2003年から2013年までの130回の連載をまとめたもの。まとめるにあたって1つ落として、129冊の本がそれぞれ3ページで紹介されている。

 博覧強記とはこういうことを言うのだろう。江戸時代から最近まで、古今の多様なジャンルの本が勢揃い。入手困難な稀覯本のたぐいもかなりある。恥ずかしながら、私はただの1冊も読んだことがなかった。

 1冊も読んでいないことの言い訳をすれば、「珍品堂目録」のタイトルから推し量れるように、広く読まれるような本ではないからだ。例えば「みみず」の生態や構造、その再生力などについて、詳細に書かれた本。読者はどのくらいいるのだろう?

 ただし、こう紹介すると「変な本」がたくさん載っているだけで、読んでも面白くないだろうと思われそうだけれど、そうではない。書評だけ読んで楽しい本もあるし、手に取って読んでみたいという本も何冊かあった。

 例えば「地球文字探検家/浅葉克己著」。「アリナミンA」「カップヌードル」などの広告デザインを手掛けた、アートディレクターによる「文字」の考察。現在「デザイン」を巡って騒々しい議論がされているが、そのこととは関係なく、興味を魅かれる内容だ。

 その他、江戸時代のお店の看板の図版集「江戸の看板」、柳田國男が採択しなかった昔話を収集した「柳田國男未採択昔話聚稿」、国内の川を絵で表した「日本の川」シリーズ、そろばんの製作技法や歴史をまとめた「播州そろばん」...まだまだある。

 最後に。タイトルの「戦争よりも本がいい」について。これは著者が聞いた、古書店の店主のつぶやきだそうだ。本来は対置される言葉ではない2つが並んでいる。「戦争」か「本」かを選ぶようなことは、絶対に起きないようにしなくてはならない。

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光とともに…自閉症児を抱えて(1)~(15)

書影

著 者:戸部けいこ
出版社:秋田書店
出版日:2001年8月20日(第1巻)~2010年6月15日(第15巻)
評 価:☆☆☆☆☆(説明)

 「自閉症の僕が跳びはねる理由」を読んだ時に、「参考に」と言って知り合いが貸してくれた。15巻を行きつ戻りつ読んで4か月で読了。

 主人公は東幸子。幸子の息子の光は知的障害を伴う自閉症児。本書は、光が自閉症と診断された1歳半検診のころから、保育園、小学校を経て、中学2年生までの間の、家族の軌跡と周辺の出来事をマンガで描く。

 綿密な取材に基づいた作品ということで、エピソードのほとんどは実際にあったことだと思って間違いないだろう。最初の頃のエピソードには、周囲の無理解が強く表れている。「あなたの育て方が悪いから..」「虐待でもして自閉症になったんじゃないの?」近親者や医療関係者までが、鋭利な刃物のような言葉を投げかける。

 もちろん自閉症は育て方によって発症する病ではなく、先天性の脳機能障害。症状は人それぞれだけれど、例えば、聞こえ方や感じ方、理解の仕方が、障害のない人とは違う。

 周囲の雑音から自分に話しかける声を取り出せない。ガヤガヤとウルサイところは苦痛だ。触られることに過敏なので、急に手や肩をつかまれるとパニックになってしまう。「暗黙の了解」は分からない。自分の家ではいいけど外ではダメ、は教えてもらわないと分からない。分からないのにひどく叱られると、ますます混乱する。

 最初の頃のこうしたエピソードで、読者は自閉症の基本的な知識を身に付ける。その読者の理解度に合わせるように、主人公の家族の周囲には「よき理解者」や「伴走者」が現れる。視野が広がって、周囲の人々の事情も描かれるようになる。少し展望が見えてくる。

 実は私は仕事で、知的障害や発達障害を持った子どもたちの相手をすることもある。まだまだ戸惑うことが多いけれど、本書を読んだことで、うまく対応できるようになったことも多い。あいまいな言い方をしない。予定を事前に分かるようにしておく。ユラユラしたり繰り返し唸っているのは、それで落ち着くから...

 印象的な場面を一つ。物語の後半で、幸子のママ友がこう言う。「苦しい時にいつも浮かぶのは東さんなの」。彼女は、学校に息子へのいじめに対する対処を申し入れている。しかし思うように行かず、心身共に疲れた時に幸子を思い出す。そして自分を奮い立たせているのだ。

 幸子は、先生が変わったり新しい場所に行ったりすれば、そこで光に合わせた対応をしてもらわなければならない。申し入れても、「特別対応」ならましな方で「わがまま」として退けられることが多い。理不尽な扱いも受ける。それでも幸子は、夫と共にねばり強く「お願い」をする。頭も下げる。そうした姿は、周囲の人の心の支えにもなっていたのだ。たぶん私も、幸子を思い出すことがあるだろう、と思う。

 最後に。この作品が著者の絶筆となった。最終巻の2話は病床で描いたネーム(ペン入れ前の構想ノート)だけが収録されている。合掌。

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ゴミ情報の海から宝石を見つけ出す

書影

著 者:津田大介
出版社:PHP研究所
出版日:2014年2月3日 第1版第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 著者は、ネット空間だけでなくテレビ、ラジオ、雑誌などのメディアでも活躍中。ツイッターのコミュニティで「tsudaる」という言葉が生まれたように、その存在は他にはない位置づけとなっている。著者紹介に書かれた肩書きは「ジャーナリスト、メディア・アクティビスト」。「メディアの活動家」という説明が実に似合っていると思う。

 そんな著者には質問が多く寄せられるらしい(著者のメルマガの購読者は、有料で質問ができる)。本書は、質問に答えるQ&A形式で、著者の具体的な方法論や発想の仕方を述べたもの。「メディアはどこへ行く」「情報のチューニング」などの6つの章に分けて、全部で64のQ&Aが並ぶ。

 例えば「メディアは信用できない。成熟した情報の受け手になるには?」という質問。これには著者は、まず「ほとんどの人が「メディアは信用できない」と思っているわけではない」と、冷静にクギを刺す。続いて「多様な情報の中から必要な情報を選び出せるようになるには、自分の中に軸が必要」と説く。そのためには「書店に行って、単行本を買って読むことから始めましょう」と受ける。

 偉そうな言い方で恐縮だけれど「ネットの「可能性」と「限界」をしっかりと見据えているなぁ」と思った。情報源は、本からが3割、人づてが4割、ネットからが3割。「人づて」の割合が一番大きいのが、おそらく著者の情報収集の肝なのだと思う。私も見倣いたいし覚えておきたい。「津田大介=インターネットの人」と思っている人には見倣ってほしい。

 覚えておきたいことがもうひとつ。プロローグに書いてあった「エコーチャンバー(共鳴室)効果」。ツイッターやFacebookでは、自分と考えが近い人、共感しやすい人とつながりやすい。その結果、自分と似た意見が世間の多数派に見えてしまうことがある、という現象を差す用語。自分の周囲から政治家まで、これに陥ってしまっていると思われる人が、大勢思い浮かぶ。自分はどうなのか?の点検も必要だ。

 「ツイッターでフォロワーを増やす方法」「しつこくからまれたら」といった、「知っておきたい質問」もたくさんあって、その答えも実践的で役に立ちそう。おススメ。

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世界を変えた10冊の本

書影

著 者:池上彰
出版社:文藝春秋
出版日:2011年8月10日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 友達に、「イチオシ」と薦められて読んでみた。これは読み応えがあった。

 1冊の本が「世界を変える」ことなんてあるのか?ある本との出会いが、誰かの人生を変えることはあるだろう。それは容易に想像できる。でも「世界」となると..というのが、読む前に感じたことだった。

 著者が選んだ10冊は次のとおり。「アンネの日記」「聖書」「コーラン」「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」「資本論」「イスラーム原理主義の「道しるべ」」「沈黙の春」「種の起源」「雇用、利子および貨幣の一般理論」「資本主義と自由」

 全部を読んだ方は非常に少数だと思う。全部を知っている方だって多くはないだろう。宗教に関するものと経済に関するものが多い。私は経済学を学んでいたことが幸いして「道しるべ」以外は知っていた。「資本論」と「雇用、利子および貨幣の一般理論」は読んだことがある。ただし「読み終える」だけの興味と忍耐は持ち合わせていなかった。

 「宗教と経済に関するものが多い」ことは何となく合点がいく。この2つは共に国、集団、個人などの各階層における「規範」に関わるからだ。様々な場面でどのような行動をとるか(とることが良いか)を、真の意味で自由に決定することは難しい。規範(ルール)が必要だ。ルールを定めたという意味で、これらは「世界を形作った」と言えるだろう。

 考えたことを2つ。一つ目は「聖書」と「コーラン」「道しるべ」について。「おとなの教養」にも書いてあったのだけれど、「聖書(旧約聖書と新約聖書)」と「コーラン」は、まったく別のものではなく、一続きのもの、イスラム教にとっても「聖書」は「経典」の1つなのだ。強いて説明をすれば「コーラン」は「聖書」の教えをより厳格にしたもの、「道しるべ」はそれをさらに「純化」したものらしい。

 いわゆるイスラム原理主義者は、「道しるべ」を規範としている。オサマ・ビンラディンもこの本の思想を信奉している。彼らが他の宗教、特にユダヤ教やキリスト教に対して不寛容に見えるのは、他の宗教が自分たちと違うからというよりは、教えを「正しく守っていない」と感じるからなのだろう。

 二つ目は「アンネの日記」。10冊の中でもとりわけポピュラーで読んだことのある方も多いだろう。それだけに却って「なぜこの本が?」と思ってしまう。しかしこの本には、欧米の人びとの心に楔を打ち、イスラエル建国を支えた力があるという。中東問題の不可解な点が少しほぐれた。

 読む前に感じた、1冊の本が「世界を変える」ことなんてあるのか?という疑問には答えが出た。実際にあったのだ。読んでみたいと思っても、この10冊のうち多くは読める(読み終える)気がしない。だからせめて、もう少しよく知りたいと思った。

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