ブルシット・ジョブ クソどうでもいい仕事の理論

書影

著 者:デヴィッド・グレーバー 訳:酒井隆史、芳賀達彦、森田和樹
出版社:岩波書店
出版日:2020年7月29日 第1刷 9月15日 第4刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 これだけ技術が発達して自動化が進んだのに、ますます忙しくなるのはどうしてか?その理由を「やっぱりそうか」と思った本。

 ブルシット・ジョブを本書はこう定義している。「被雇用者本人でさえ、その存在を正当化しがたいほど、完璧に無意味で、不必要で、有害でもある有償の雇用の形態。その雇用条件の一環として、本人は、そうではないと取り繕わなければならないように感じている」。定義のそれぞれの記述には意味がある。しかし、サブタイトルの「クソどうでもいい仕事」という理解でも、まぁ本書の理解のためには大差ないと思う。

 著者のデビッド・グレーバー氏は、2013年にあるウェブマガジンに小論を寄稿した。今でも読むことができる(On the Phenomenon of Bullshit Jobs)。冒頭を要約する。 

 ケインズが20世紀末までにイギリスやアメリカのような国では、テクノロジーの進歩によって週15時間労働が達成されるだろうと予測した。テクノロジーの観点からは完全に達成可能であるのにも関わらずそうならなかった。それは、私たちを働かせるために実質的に無意味な仕事が膨大に作り出されたからだ。

 この小論は爆発的な反響を生み出し、数週間のうちに十数か国語に翻訳され、メディアでの論議が沸騰し、イギリスの世論調査会社が著者の仮説の検証のための調査を行うに至った。また著書自身もブルシット・ジョブの体験談を募集した。この調査結果と体験談の分析が本書のベースとなっている。

 400ページを超える大部の書籍で、前半は事例の紹介が繰り返されて、いささか食傷気味になるけれど、後半はデータを基にした緻密な文化人類学者らしい考察で引きつけられた。また、ブルシット・ジョブ解消の考察としてベーシックインカムが議論されるけれど、的を射たものだと思う。

 ここでは前半の早いうちに(食傷気味になる前に)提示される「ブルシット・ジョブの主要五分類」を紹介する。

 (1)取り巻き(Flunkies):だれかを偉そうにみせたり、偉そうな気分を味わわせる仕事。(2)脅し屋(Goons):ロビイストや企業の顧問弁護士など脅迫的な要素を持っている仕事。(3)尻ぬぐい(Duct tapers):組織に欠陥があるために存在している仕事。(4)書類穴埋め人(Box tickers):表向きの目的の達成になんら寄与しない書類づくりの仕事。(5)タスクマスター(Taskmasters):他人への仕事の割り付けだけからなる仕事。

 日本語訳がこなれていないためか、分類の名前だけではピンとこないものもあるけれど、著者の説明を読めばよく分かる。

 私の仕事の一部は紛れもない「書類穴埋め人」だ

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雑草と楽しむ庭づくり オーガニック・ガーデン・ハンドブック

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著 者:曳地トシ 曳地義春
出版社:築地書館
出版日:2011年6月15日 初版 2011年7月1日 2刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 雑草についてそれぞれの特性を知り、雑草との共生を含む上手な付き合い方を教えてくれる本。

 著者は、ご夫婦で農薬を使わないなどの、自然環境に配慮した庭づりとメンテナンスを行っている。いわゆる「オーガニック・ガーデン」だけれど、著者たちが考えるオーガニック・ガーデンは、農薬を使わないというだけでなく、「多様な生きものが生き生きとしたつながりを持つ庭」。オーガニックとは「余計ないことをしない。余計なものを持ち込まない」ということにつきる、とも言う。

 本書の構成は三部構成。第一部が「雑草編」。庭でよく見る雑草86種の特性や対処法を解説する植物図鑑。第二部が「実践編」。雑草を生やさない方法や生かし方、草取りの道具などを紹介する。第三部が「基礎知識編」。雑草のライフサイクル、様々な分類と特性、役割などをコンパクトにまとめてある。分量的には第一部が7割超あって、第二部と三部が残りの半分ずつぐらい。

 私にはとてもありがたい本だった。「はじめに」に「せっかくの庭が持ち主の精神的な負担になっているケースを数多く見てきた」とある。私がそうだった。もちろん庭を世話する楽しみは大きいのだけれど、負担にもなっている。広い庭ではないけれど手をかけないと荒れてしまう。それに雑草は庭だけではなくて、駐車場や隣家との間や家の裏にも、とにかく土のあるところなら生えてくる。そういう人がもっと安心して雑草とつきあえるように書かれたのがこの本だ。

 安心につながるのは例えばこういうこと。「それぞれの価値基準による」としながらも「根こそぎ抜く」のではなく「刈りそろえる」ことを提案。5センチで刈ると雑草の生長がもっとも遅くなる、繰り返し5センチで刈っていると5センチ前後の草しか生えてこなくなる。「根こそぎ」から解放されれば、随分と気が楽だ。

 雑草とのつきあいで「なるほど」と思ったのはこういうこと。「好きな雑草を残す」「ここだけは生やしてかまわないという場所をつくる」「雑草を生け花にする」。こんなつきあい方があるとは思わなかった。著者は、植木鉢に土を入れて何も植えないで置いておくこともある。何が生えてくるかお楽しみ、だそうだ。

 雑草の「雑」には「取るに足らない」という意味だけれど、雑木林の「雑」には「多様な」というニュアンスがある。「雑草と言う名の植物はない」という言葉は多くの人が知っているけれど、著者は雑草に多様性を見ることで、その言葉のさらに先を行っているように思う。それは、様々な庭で実際に生き物や土を対峙しているからこそ行き着いた考えなのだと思う。

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彼女たちの部屋

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著 者:レティシア・コロンバニ 訳:齋藤可津子
出版社:早川書房
出版日:2020年6月25日 初版発行
評 価:☆☆☆(説明)

 100年前に頑張った人のおかげで少し良くなった未来としての今があるのだ。そんなことを思った本。

 世界的な大ベストセラーとなった「三つ編み」の著者の第2作。前作と同じように、人生の厳しい試練の時にある女性たちが登場する。

 今回は主人公は2人の女性。一人目のソレーヌは、パリの有名法律事務所の弁護士として活躍していた。すべてが順調だった人生が40歳の時に、ある事件のショックで一変してしまう。何日も起き上がれない日々を過ごした後、何とか一歩を踏み出すが..。二人目のブランシュは、救世軍の女性士官から国レベルのトップである本営長にのぼりつめた。

 ソレーヌが生きるのは現代、ブランシュの物語は1925年~26年。二人の間には100年の時がある。だから、交互に語られる二つの物語が交わることはない。でもつながってはいる。

 ソレーヌの状態に対する医師の見立ては「燃え尽き症候群」。アドバイスは「ほかの人のために何かしてみませんか、ボランティアとか」。曲折を経て、いろいろな理由で困窮する女性たちが住む施設の「代書人」になる。私信から事務的書状まで、依頼に応じて文書作成をサポートする。週1回1時間の出張サービス。「いろいろな理由」を抱える入居者たちは簡単には心を開いてくれない...。

 物語は、ソレーヌが代書人として通う施設での出来事がけん引する。ブランシュも主人公なのだけれど、ソレーヌのパートの方が倍以上もある。アンバランスではある。しかし、ソレーヌの物語で描かれるのはソレーヌだけではなくて、施設に住む何人もの女性でもあることと、ブランシュの物語はソレーヌの物語に奥深さを与える役割を果たしているので、これでいい。なかなか巧みな配分だったと思う。

 胸が痛むエピソードが多いけれど、やさしくて力強い物語だった。冒頭に「人生の厳しい試練の時にある女性たち」と書いたけれど、それはソレーヌであり、ブランシュであり、施設の女性たちのことだ。つけ加えると、彼女たちは「厳しい試練の中を人生を切り拓いた女性たち」でもある。

 男はどこに?ブランシュと一心同体の夫のアルバンや、ソレーヌにボランティアを紹介したレオナールがいる。この二人のあり方も、男性のロールモデルであるかもしれない。

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ダンゴムシに心はあるのか 新しい心の科学

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著 者:森山徹
出版社:PHP研究所
出版日:2011年4月1日 第1版第1刷 8月5日 第1版第3刷 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 「研究って面白いなぁ」と思った本。

 著者は、ダンゴムシやオオグソクムシなどの行動実験を通して「心や意識、私とは何か」を明らかにしようとする研究者。信州大学に在籍して本書執筆の時は助教で現在は准教授になっている。本書は著者の研究成果の一端とその意味を紹介し「心の科学」を展望する。

 タイトルの「ダンゴムシに心はあるのか」は、非常に簡明な問いの文章であるが、その答えは必ずしも明快ではない。「んなものあるわけない」と思う人も、「生き物には心があるに決まっている」と思う人も、結論を急がずに著者の説明を聞くといいと思う。「そういうことなら確かに...」と思うかもしれない。思わないかもしれない。

 まずは「心とは何か」。実はこれが大変に難解な説明になっている。思うに、この「心の定義」がここまで困難なのは、後に「心」を実験で捉えなくてはいけないからだと思う。そのためには観察可能な形で「心」を具象化する必要がある。難解ではあるけれど著者の説明は一歩ずつ進むので、私はなんとか飲み込むことができた。しかしここできちんと説明する自信はない。

 自信がない説明よりも、ダンゴムシの実験を先に紹介した方が分かってもらいやすいと思う。ダンゴムシを出口が複数ある迷路に入れると、出てくる出口が顕著に偏る。これは「交代性転向」という言わばダンゴムシに生物として備わった機能によるものだ。多くの動物種でみられるらしい

 「ああなるほど。それで決まった出口からばかり出てくるのか」と、私なら小ネタを仕入れることができて満足するところだけれど、著者の着眼点は別のところにある。数は少なくてもその他の出口からも出てくるのはなぜか?ほかにも多くの実験で、同様の「予想外の行動」が観察できる。生物として備わった機能に反した行動に、著者は「心」の存在の一端を見る。

 「ダンゴムシの心」の研究にどのような成果が結実するのか?それは分からないけれど、私は前京都大学学長の山極壽一先生のゴリラの研究を思い出した。ゴリラの社会の研究と比較から、人間の社会の輪郭が浮かび上がってきた。ダンゴムシの研究からも私たちの「心」を解明する知見が得られるかもしれない。

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どうしても頑張れない人たち

書影

著 者:宮口幸治
出版社:新潮社
出版日:2021年4月20日 5月10日 2刷 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 重たい問題がさらに発展して、ちょっと今は手に負えないと感じた本。

 前作「ケーキの切れない非行少年たち」は67万部のベストセラーになったらしい。私はそのレビュー記事に「どう消化していいのか分からない」と書いている。そんなことは忘れていて、消化不良のまま2作目を読んでしまった。

 「はじめに」の冒頭に、テレビ番組で見た、元受刑者の出所後の生活や雇用の世話をしている会社の社長さんのことが書かれている。その社長さんが「頑張ったら支援します」という言葉をかけていた、と。社長さんの取組は素晴らしいもので頭が下がる。でももし、頑張れなかったらどうなるのか..? 実は「どうしても頑張れない人たち」が一定数いて、彼らはサボっているわけではない。

 少しだけ前作のおさらい。「ケーキの切れない」は「ケーキを三等分できない」という意味で、医療少年院にはそういう少年たちが大勢いる。ケーキを三等分できないのは彼らが「認知機能に問題がある」ことが原因。少年院に来ることになった理由(おそらく何かの事件)も、認知機能の問題が強く関連している。

 そして彼らはまさに「頑張ってもできない」「頑張ることができない」少年たちだった。頑張れないがために様々な困難に直面していて支援が必要なのに、頑張れないがために支援が受けられない。本書の問題意識はここにある。

 本書は「頑張ったら支援する」の恐ろしさ、逆に「頑張らなくていい」は本当にそうか?という問いかけや、やる気を奪う様々な言葉などを、豊富な経験のなかから解きほぐすように語っていく。そして「ではどうすれば」についても書いてある。これはなかなか実践的なものだった。

 相変わらず消化できないままだ。「頑張れない」と「頑張らない」は違う。「頑張れない」はいいけど「頑張らない」はダメ。いや「頑張らない」人は本当に支援しなくていいのか?支援は無尽蔵でないのだから優先順位をつけるとしたら?などと考えが発散したり堂々巡りしたり。

 しかし問題の認識はできた。それに、自分にも似た気持ちがあったことに気付いた。詳しくは書けないけれど、「人並み(以下)じゃ支援してもらえないのか」と感じた経験がある。「はじめに」のエピソードを読んで「この本読もう!」と思ったのは、そうした経験が感応したのだと思う。

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京都府警あやかし課の事件簿3 清水寺と弁慶の亡霊

書影

著 者:天花寺さやか
出版社:PHP研究所
出版日:2020年1月14日 第1版第1刷 2020年12月23日 第3刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

 あやかしよりも人間の方に悪いヤツが多いじゃん、と思った本。

 「人ならぬ者たち」が起こす事件に対応する「京都府警あやかし課」の活躍を描く第3弾。そこの新人隊員の古賀大(まさる)が主人公。京都御苑の鬼門に祀られる神猿に授けられた「魔除けの力」を持っている。

 今回登場する「人ならぬ者たち(あやかし)」は、絶滅に瀕した魚とか、お地蔵さんとか、..平和な感じでとても事件を起こしそうにない。そう、彼らは被害者、事件に巻き込まれた側だ。最終話では弁慶と刀に封印された僧兵が登場する。こちらはなかなか迫力がありそうだ。大が「今更ながら、京都って何でもありの町やなって思いました」とのたまうのだけれど、まさにそんな感じ。

 面白かった。基本的には「あやかし」絡みの事件を大たちあやかし課の面々が、神仏の力も借りながら解決する。その際に大たちの特殊能力を使う「大立ち回り」があったりなかったりするけれど、同じようなパターンの繰り返しになるのは否めない。そこを日本と外国の神仏観の違いをチラっと見せたりすることで、変化が付いている。この変化がとてもいい。料理の香辛料のように効いている。

 今回は、あやかしよりも人間の方がずっと怖い。前作「京都府警あやかし課の事件簿2 祇園祭の奇跡」で登場してあやかし課に捕らえられた「強力な敵」っぽい人物がいるのだけれど、今回もストーリーに絡んできたので、おそらくシリーズを通しての敵となるのだろう。大の恋心の行方とともに、どうなるのか楽しみだ。

 どうやら私は「大立ち回り」が好きらしい。

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天国旅行

書影

著 者:三浦しをん
出版社:新潮社
出版日:2010年3月25日 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 決して楽しい物語ではないけれど、読書としては楽しめた本。

 「心中」を共通のテーマにした短編集で7編を収録。「心中」は「しんちゅう」ではなくて「しんじゅう」、念のため。

 様々な形で「心中」が描かれる。「森の奥」は、青木ヶ原樹海で自殺に失敗した男とそこで出会った男の道行。「遺言」は、これまでの人生で妻と3回心中の瀬戸際まで行った小説家の話。「初盆の客」は、主人公が祖母の初盆に現れた男性から聞いた祖母の過去と不思議。

 「君は夜」は、夢で別人として江戸時代に暮らす女性、夢の中で心中する。「炎」は、主人公の女子高校生が通学のバスで一緒になる男子生徒が焼身自殺する。「星くずドライブ」は、ひき逃げ事故で死んだ(らしい)彼女の霊と暮らす男子大学生の話。「SINK」は、子どものころに家族4人の一家心中で生き残った男性の話。

 「心中」をテーマした物語を読むのは「死」を渕からのぞき込むようなもので、どの作品にも緊迫した雰囲気を感じる。それでもその度合いには作品によって違いがある。例えば心中が既遂なのか未遂なのか?でも違ってくる。どの物語がそうとは言わないけれど「未遂」の中には、少しコミカルな印象を受けるものさえある。小説の中の出来事であっても「死ななくてよかった」と思った。

 印象に残ったのは「初盆の客」。主人公が祖母のウメさんの過去について聞くのだけれど、過去というのは戦時中の話。ウメさんが結婚してすぐに旦那さんは招集され、戦死して帰らぬ人となった。この話をした男性の父親が、ウメさんと戦死した旦那さんの間の子どもだという。男性の父親の出生には不思議なことがあって、その不思議はさらに別の不思議に..。こういう話は好きだ。

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ジーン・ワルツ

書影

著 者:海堂尊
出版社:新潮社
出版日:2008年3月20日 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 読み物として面白く、そして興味深くためになった本。

 主人公は産婦人科医の曾根崎理恵。32歳。帝都大学医学部産婦人科学教室に在籍し、勤務医として外来も受け、学生への講義も行っている。さらに都内の産婦人科医院「マリアクリニック」で、週1回の非常勤医師をしている。大学病院の勤務医の薄給では生活がままならないので、アルバイトが黙認されている。

 理恵は、さらには体外受精の高度なタイプである顕微鏡下人工授精のスペシャリストでもある。マリアクリニックで不妊外来を立ち上げ、現在も人工授精による妊婦を二人診ている。物語は、この人工授精による不妊治療をを巡って、様々な食い違いや対立を描きながら大きく動いていく。

 描かれる食い違いとは例えば、産科医療の現実と世の中の認識とか。妊娠・出産には沢山の障壁があって、自然に無事に遂行されることの方が奇跡だ。しかし世の中の認識は正常な出産を当然視するあまり、異常が起きると責任を医師に求めることもある。この物語では、産科の医師が業務上過失致死で逮捕されるという事件が半年前に起きている。

 その他には、医療の現場と厚生労働省の政策、現場の医師と教授、妊娠を望む女性と諸制度、などの食い違いと対立が見え隠れしている。そんな中で理恵には日本では認められていない「代理母出産」に手を貸しているという疑惑が持ち上がる。

 本書は、このように深刻な問題提起が、とても読みやすい物語の中でされている。特に理恵によるマリアクリニックでの妊婦さんの診察と、帝都大学での講義のシーンは、妊娠・出産の精緻な営みが分かりやすく描かれていて、とても興味深い内容でとてもためになった。

 海堂ワールドのリンクもある。半年前に起きた産科の医師の逮捕は、「極北クレイマー」で描かれた三枝久広医師の事件のことだ。本書の舞台の一つとなる「マリアクリニック」は、三枝医師の母である三枝茉莉亜の病院。理恵の上司で理解者でもある清川吾郎は「ひかりの剣」の主人公の剣士の一人だった。この物語は、あれから約20年後のことらしい。

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あなたの脳のしつけ方

書影

著 者:中野信子
出版社:青春出版社
出版日:2019年9月20日 第1刷
評 価:☆☆☆(説明)

 堅いことを言わす、細かいことを気にせず、物知りの先生のお話を拝聴するつもりで読むといい本。

 著者はテレビなどでご活躍の脳科学者。社会が抱える問題を脳科学の視点から解き明かす。たとえば「空気を読む脳」では、同調圧力に従いやすく、不安 が高く、社会的排除を起こしやすい日本人の特質を論じている。

 本書もそれに連なる(出版は本書の方が前)ものだけれど、もう少し肩の力が抜けた内容になっている。「なりたい自分になる」ためにはどうしたいいか?なりたい自分とは?本書の章のタイトルの中の単語から拾うと「集中力」「記憶力」「判断力」「モテ力」「アイデア力」「努力」「強運力」「愛情力」がある自分、ということ。

 例えば「集中力」ではこんな話。まず、脳科学的には「集中できない」という状態が「普通」なのだと。生命や子孫の維持するために、異常を検知するために、脳は1つのことに集中しにくいシステムになっている。だから集中するためには、この異常検知システムが作動しそうなものを排除する。要は気が散らないように。例えば携帯電話の電源を切るとか...

 当たり前のこと過ぎるような気もする。「集中力」と「集中するための方法」は違うと思うし。細かいことを気にしすぎかもしれないけれど。

 また、脳科学的には「記憶力」が良い/悪いも、「努力」ができる/できないも、遺伝子で決まっているらしい。それじゃ元も子もないので「残念ながら遺伝子に恵まれなかった人はこうするといいよ」ということが書いてある。相手の名前を忘れてしまったときは「正直に忘れたことを伝えてしまうのも1つの手でです」とか。これについては脳科学的な説明はない。

 こう考えてくると、本書は「脳科学の本」ではなくて、「脳科学で装飾したノウハウ本」なのだろう。そう思えば、これは役に立ちそうだなと思うことも多くあって有意義だ。「意味記憶」を「エピソード記憶」に変換して覚えると記憶に定着しやすいとか、脳科学に関連するノウハウもある。「これができれば女性に100パーセント、絶対にモテる」なんていう軽薄なフレーズも聞き流すことができる。

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超短編! 大どんでん返し

書影

著 者:恩田陸、夏川草介、米沢穂積、柳広司 他26人
出版社:小学館
出版日:2021年2月10日 初版第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 お馴染みの作家さん、未読の作家さん、知らなかった作家さん、たくさんの作家さんの作品を一度に読めるのがおトクな感じがした本。

 30人の作家さんによる、それぞれわずか4ページの超短編作品が計30編、すべてがどんでん返し。私の馴染みのある作家さんでは、恩田陸さん、夏川草介さん、米澤穂信さん、柳広司さん、東川篤哉さん、深緑野分さん、青柳碧人さん、乙一さん、門井慶喜さん。お名前をよく聞く作家さんでは、乾くるみさん、法月綸太郎さん、北村薫さん、長岡弘樹さん。絢爛豪華とはこのことだ。

 個々のストーリーを紹介するのはなかなか難しい。30編もあるので全部は紹介できないし、「4ページ」しかないのでうっかりするとネタバレになってしまう。「大どんでん返し」をネタバレさせるほど無粋なことはない。それでも細心の注意を払って、特に気に入った2つだけ。

 米澤穂信さん「白木の箱」。主人公の夫は白木の箱に入れられて、軽く小さくなって帰ってきた。海外へ出張に出かけていたのだ。楽天家で好奇心が強く、どこでも平気で行ってしまう人。飛行機が遅れて帰りが伸びたので、できた時間を使って「ウィッチドクターに会ってみたい」と連絡してきていた。それがこんなことになるなんて..。

 伽古屋圭市さん「オブ・ザ・デッド」。ゾンビが突然発生した世界。世界中で感染が爆発的に広がっている。主人公は二人の男性。どこかに逃げ込んで厳重に出入口を塞いがだ。こうすればやつらもしばらく入ってこられない。こんな状況でも、「映画でゾンビに噛まれてゾンビ化した人までぶちのめすはおかしくないか?」なんて話していると..。

 「超短編」と「どんでん返し」と聞くと、星新一さんのショートショートが思い浮かぶ。星さんのショートショートは、SF作品の雰囲気があったけれど、それに比べると本書の作品はミステリー色が強いように思う。でもオチで、クスッとするもの、ゾッとするものなど様々にあるのは同じだ。気軽に読めるし、物語の構成の勉強にもなる。こういうジャンルがこれからも増えていくと楽しそうだ。

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