不景気でも儲かり続ける店がしていること

書影

著 者:米満和彦
出版社:同文館出版
出版日:2011年5月2日初版発行
評 価:☆☆☆(説明)

 著者の米満和彦さんから献本いただきました。感謝。著者には以前に「「ゼロ円販促」を成功させる5つの法則」もいただいています。

 本書で書かれているのは「新規顧客獲得」→「固定客(定期的に来店してくれる客)化」→「ファン客(信者的な客)化」という「3段階必勝法」。客商売をしている経営者や店主で、こうした流れを考えたことがない人はいないだろう。率直に言ってこの流れには、オリジナリティは全くない。しかし著者は言う。「知っているから実践しない人ばかり」。大事なのは「実践すること」。そして、本書に書かれたその方法は、著者が経験から導き出したオリジナルなものだ。

 「物事はシンプルに考えよう」と本書の最初の方で著者が述べている。シンプルな方が却って普遍性もあるし、何よりも取り組みやすいからだ。そもそも「販促の3段階必勝法」は、「新規顧客」から「ファン客」へのシンプルな一本道だ。そのベースには「お客は知っている店(人)から買う」「知っている人=信頼できる人」という、シンプルな考え方がある。
 この「シンプルさ」をどう評価するかは人それぞれだろう。私は「シンプル過ぎる」と思う部分もあった。お客がそんなに思い通りににはならないだろう、という気もした。また、「知っている人=信頼できる人」と言われても、私はそう思わない。「知らない人→信頼できない人」が正しくても、その裏は正しいとは限らない。

 ただし、このことは本書の価値をそれほど減じるものではない。書かれている販促方法は、その一つ一つのアイデアが的を射たものが多い。冒頭に書いたように、これらは著者が経験から導き出したもので、うまく行った実績もある。それに大事なのは「実践すること」。私もさっそく、仕事で月に1回出しているニュースレターに「人に関するコンテンツ」を入れてみた。

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「ニート」って言うな!

書影

著 者:本田由紀、内藤朝雄、後藤和智
出版社:光文社
出版日:2006年1月20日 初版第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 皆さんは「ニート」という言葉にどんな印象を持っているだろう。働かないで遊んでいる。他人とのコミュニケーションが苦手。引きこもりがち。親に依存して自立していない。甘えている。ネガティブな表現を並べてしまったが、こうしたイメージを抱く人は多いだろう。私もそうだったし、私の家族に聞いてもそうだった。

 このイメージとそれへの支援策が歪んでしまっている、というのが本書の主張だ。こういうイメージ通りの若者は確かにいるが、それはごく少数で増えてもいない、ということだ。本書によると、職に就かず求職活動もしていない若年層は85万人(内閣府:2002年)いるが、求職活動をしない理由は様々で、上に挙げたネガティブなイメージのような、本人に起因するものは非常に少ない。

 「本人に起因するものは非常に少ない」。この事実を捉えそこなった、あるいは意図的に無視したことが、歪みの原因であるようだ。何が理由なのかというと、「その他」を除けば、1番は「病気やけがのため」で2番は「探したが見つからなかった」で、2002年までの10年間で、前者は1.6倍、後者は3.3倍に増加している。
 「病気やけがのため」は、「仕事経験あり」の人が「なし」の2倍もいる。過酷な労働環境が原因になっている場合が含まれるのだろう。「探したが見つからなかった」は、同じ時期の失業者が129万人(2002年)、フリーターが213万人(2004年)、ともに10年で2倍以上になっていることを考えると、経済・雇用の悪化が原因だろう。つまりニート問題は「労働環境」や「経済・雇用」という、企業や経済の問題なのに、本人の資質・性格の問題としたことが間違いなのだ。そして、そこから導き出した支援策も間違えている。

 少し想像力を働かせてみよう。ニート支援策と言えば「若者自立支援塾」などの、生活訓練などによって勤労観や働く自信や意欲を培うものが筆頭に挙げられる。これを、前の仕事や求職活動がうまく行かずに身心が疲れた人に、「職に就けないのはあなたのせい」とばかりに適用しようとする愚は、容易に想像できる。
 かつて自民党の武部幹事長がニート、フリーターに触れて言った「1度自衛隊にでも入ってサマワみたいなところに行って..」という発言がひんしゅくを買ったことがあるが、問題を本人の資質に帰した点では、根はこれと同じなのだ。しかし、ネガティブなイメージを内包してしまっている「ニート」という用語を使っていると、これに気づくのはなかなか難しい。だからもう使わない方がいい。「「ニート」って言うな!」というタイトルはそういうわけだ。

 本書が出版されたのは2006年1月。5年も前だ。当時、それなりに評判になったと記憶しているが、本書の指摘が活かされた形跡は、残念ながら感じられない。確かに「ニート」という言葉自体は、一時ほど聞かれなくなった。朝日新聞の記事数を調べてみたところ、2006年の553件をピークに年々減り続け、2010年には117件になっている。しかし、これはこの問題の解決を意味してはいない。「流行」が去っただけなのだ。実はこのことも本書の「あとがき」で、そう予想されている。

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青空の卵

書影

著 者:坂木司
出版社:東京創元社
出版日:2002年5月30日 初版
評 価:☆☆☆(説明)

 本好きのためのSNS「本カフェ」の読書会の5月の指定図書。

 著者はプロフィールを公開していないので、経緯の詳細は分からないのだけれど「あとがき」によると、東京創元社から「小説を書いてみませんか」と言われて書いた作品が本書。つまり、本書は著者のデビュー作。27歳の「ひきこもり」男性が事件の謎を解くミステリー短編集。

 主人公で語り手は、著者と同名の坂木司。事件を謎を解くのは鳥井真一。二人は中学校以来の付き合いで、坂木は鳥井が気を許せる唯一の人間。坂木がいなければ、鳥井は誰とも話せないし、500メートル先の「いつものスーパー」にも行かない。ある事件の謎を鳥井が見事に解き明かしたことから、鳥井の探偵並みの謎解きの才能に気が付いた坂木は、鳥井の外の世界との接点を増やそうと、事件を持ち込むようになった。

 「事件」と言っても凶悪なことは起こらない。独身男性が女性にバッグで股間を一撃された、盲目の男性が双子に跡をつけられた、歌舞伎役者のところにファンから意味不明の贈り物が届く、等々。被害者にしてみればその時は深刻なことには違いないが、放っておけばなくなってしまうような事件。いわゆる「日常に潜む謎」だ。

 本書は二通りに見立てることができる。一つは上に書いたように「日常に潜む謎」を扱うミステリー。加納朋子さんの作品に近いものを感じる。もう一つは、人と人との間の関係の変化・回復を描いたハートウォーミング劇。事件の裏には傷ついた人間関係があり、事件の解決はその回復なくしては成らない。それは坂木と鳥井の関係にも影響することになる。

 ミステリーの部分では、加納朋子さんの作品が好きな私は、本書の謎解きも楽しんだ。ハートウォーミング劇も基本的に好きだ。鳥井は特異なキャラクターだけれど、伊坂幸太郎さんの「チルドレン」の陣内や「砂漠」の西嶋らに似て、好感が持てた。だた、坂木と鳥井の関係は、好悪が半ばした。

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海に沈んだ町

書影

著 者:三崎亜記
出版社:朝日新聞出版
出版日:2011年1月30日 第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 「小説トリッパー」という季刊誌に、2009年~2010年に掲載された8編と、書き下ろし1編を加えた、短編集。前後の作品と緩やかにつながっている、連作短編集の形になっている。

 アンソロジーを除くと、著者の本を読むのは「失われた町」「となり町戦争」に続いて3冊目。なるほどこういう物語を書くのだな、という特徴がいくつか分かってきた。1つは「当たり前でないことが当たり前の世界」。それによって「当たり前のことが、実は当たり前ではない」ことを描く。
 「失われた町」は「町の消滅」、「となり町戦争」は「隣町と戦争をする」という当たり前でない設定。それによって、「今日と連続した明日」「戦争とは無縁の日常生活」という当たり前のことの危うさが描かれている。

 本書の表題作「海に沈んだ町」も、「町がそっくり海に沈む」という当たり前ではない設定。20年以上前に飛び出してきた故郷が海に沈んだ男性。憎んでいたはずの故郷が無くなることで、逆にその存在感が大きくなる。著者が描く物語のもう一つの特徴は「喪失と回復」。
 どんな「喪失」を抱えても、残された者はその後を生きている、いや生きていかなければならない。「失ったものは返って来ない」その底の知れない哀しみと、そこから一歩踏み出したしなやかな強さを感じる。私が一番心にしみた作品「四時八分」は、そんな物語だ。

 良かった作品とそうでもなかった作品が半々。それが私の正直な感想。思うにその分かれ目となるキーワードは「回復」らしい。

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ニッポンの書評

書影

著 者:豊﨑由美
出版社:光文社
出版日:2011年4月20日 初版第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 著者はプロの書評家(プロフィールには「ライター、ブックレビュアー」とある)で、「GINZA」「本の雑誌」「TV Bros」といった雑誌などで、書評を多数連載している。本書は、現在は休刊になっている光文社のPR誌「本が好き!」の、2008年~2009年の連載記事に加筆修正したもの。

 「面白い書評はあっても、正しい書評なんてない」というのが、著者の基本スタンス。本書では、「粗筋紹介」「援用」「ネタばらし」の是非、「日本と海外」「プロの書評と感想文(ブログ書評)」という比較、といった様々な観点を設けて、具体的な「書評」を一つ一つ俎上に挙げて評していく。そうすることで「面白い書評」の姿を浮かび上がらせようというわけだ。

 だから「面白い書評とは○○○である」式の「正解」を期待すると裏切られる。本書の内容を突き詰めると「私(著者)が面白いと感じる書評が「面白い書評」」ということだからだ。「粗筋と引用だけでも、立派な書評として成立する」と書いた直後に「逆もまた真」とあるし、「援用」は「両刃の剣」で、「援用の傑作」もあれば「牽強付会な援用」もある。つまり、大事なのはその「ちょうど良い加減」なのだ。

 「ちょうど良い加減」を言葉で他人に示すのは難しい。だからこそ、著者は具体的な「書評」を例として出して、「これは良い」「これは悪い」と評するという手法を取ったのだろう。「粗筋は全体の何%まで」なんて書けば、それらしいものになるけれど、それではウソになる。著者はそんなウソはつけなさそうだ。主張が行ったり来たりして定まらないのも、著者の正直さを表しているのだろう。

 その正直さは「あとがき」のこんな言葉にも表れている。「(前略)それはあくまでもトヨザキ個人の評価です。「絶対」ではありません。(中略)この本で展開している書評観や書評論自体、後年、わたしは自分自身で更新するかもしれません。」 著者が絶賛する書評を、私が少しも良く思わないとしても、それはそれでいいのだ。

 特に、ある日の新聞各紙の書評を特A~Dで評価するという荒業が痛快。(5月22日の朝日新聞に、本書「ニッポンの書評」の書評が載っていたが、あれを著者が評価するとどうなるのだろう?)「正解」ではなく、人気の書評家が考える「面白い書評」「ダメな書評」を知りたい方にはオススメ。

 この後は「ブログ書評」について書いています。ちょっと長いですが、興味がある方はどうぞ

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食堂かたつむり

書影

著 者:小川糸
出版社:ポプラ社
出版日:2008年1月15日 第1刷発行 4月4日 第11刷
評 価:☆☆☆(説明)

 2008年発行のベストセラー。2010年には、柴咲コウさん主演で映画化されている。その映画のDVDを紹介する、HMVサイトのページによると、本書の発行数は2010年3月現在で80万部を超えるそうだ。私が何年か前に応募した書評コンクールで課題図書になっていたことと、テレビの映画のCMが記憶に残っていて、手に取ってみた。

 主人公は倫子、25歳。プロの料理人なろうと決めて、都会で料理店で働いていた。故郷に二は15歳の春に出て以来帰っていない。唯一の肉親である母とも会っていない。しかし、手痛い失恋をした(私は、相手の行為は「犯罪」だと思うけれど)彼女は、その故郷へ、母の元へ向かう。物語はここから始まる。

 その後は、故郷へ帰った倫子が、人々の助けを得て食堂を開き、その食堂に来店するお客や街の人々との触れ合いを描く。1日に1組だけ、お客の話を聞いて出す料理を考えるという、少し変わった食堂の「食堂かたつむり」。倫子の食堂で料理を食べたお客には、不思議な効果が表れる。倫子にも、以前は嫌っていた奔放な母との関係に変化が訪れる。

 すべり出しは良かった。故郷に帰って最初の夜、倫子は食堂を開くべく、母に一生一回の覚悟を決めてお願いをする。それに応える母の一言が良かった。この一言に母の心持ちを、私は感じ取った。極度に緊張していた倫子は、それに気付けなかったようだけれど。
 この一言に著者と本書に対する期待が高まったが、惜しいことにその後はこのような唸らせる一言にも展開にも出会わなかった。エピソードがプロットを追うだけの感じがした。もう少し肉付けがあれば良かった。

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アーカイブズが社会を変える

書影

著 者:松岡資明
出版社:平凡社
出版日:2011年4月15日
評 価:☆☆☆(説明)

 本書は、日本経済新聞社の編集委員を務める著者が、「公文書管理法」という法律がこの4月施行されたことを受けて書いたもの。著者は、およそ8年半前に公文書問題の重要性を知り、その後に数多くの機関、個人を取材している。「公文書管理法」は、震災後の世の中がざわつく中で、その施行はあまり注目されなかった。しかし本書を読めば、それが国の有り方にも関わる重要な法律であることが分かる。

 「公文書管理法」とは、国や独立行政法人等が作成した、公文書等の管理の仕方を定めたもの。その肝は、歴史資料として重要な公文書は、保存期間満了後に国立公文書館等に移管する、としたことだ。これによって、将来の検証に応え説明責任を果たすことができる。

 著者が冒頭に触れている「消えた年金記録」の問題を引き合いに出せば分かりやすいが、これまでは非常に杜撰な記録管理がされてきた。しかし杜撰なことだけが問題なのではない。公文書は3年、5年、10年などと保存期間が定められていて、その期間が満了すると廃棄されることになっている。つまり、キチンと管理していても、いや管理されていればいるほど、期間満了後には参照することができない。例えば、米国の記録を端緒に明らかになった、40年前の沖縄返還時の「密約」は、(文書が廃棄されていれば)日本側からは検証ができないのだ。

 それでは「公文書管理法」の施行によって、状況は一気に良くなるのかと言えば、そう楽観できるわけではないらしい。本書で著者は、法律の成立過程を追い、各所の公文書館等の事例を紹介し、その実情を明らかにすることで、「公文書管理法」後に残る課題を浮き彫りにしている。
 ひとつだけ物足りなさを感じたのは、「これからどうなるのか」という展望を、あまり読めなかったことだ。「アーカイブズが社会を変える」というタイトルに、「どう変わるのだろう?」を知りたいと思った。「公文書管理法で何が変わるか」「課題と展望」という章もあるのだけれど、私には、「これからどうなるのか」は、うまく読み取れなかった。

 この後は、ちょっと気になった点と、それに派生して思ったことを書いています。お付き合いいただける方はどうぞ

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魔空の森 ヘックスウッド

書影

著 者:ダイアナ・ウィン・ジョーンズ 訳:駒沢敏器
出版社:小学館
出版日:2004年12月1日 初版第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 ダイアナ・ウィン・ジョーンズさん1993年の作品。著者は、1970年代から現在まで作品を発表し続けているので、これまでの経歴のちょうど中間ぐらいにあたる。著者の作品では、登場人物には全く別の「真の姿」がある、というトリックがよく使われ、捻りの効いた展開と辛口のユーモアが持ち味だ。本書にもそれは言える。

 主な舞台は、ロンドンから40マイルのヘックスウッド農場。主人公はその農場近くのウッド・ストリートで、八百屋を営むステイヴリー家の娘、13歳のアン。彼女は、自分の想像の世界に、「王様」「少年」「囚人」「奴隷」と名付けた友達がいて、彼らと会話ができる。彼らはアンのことを「ガール・チャイルド」と呼ぶ。
 ある時アンは、一風変わった人々が農場へ入っていくのを、立て続けに見る。そして、誰も出てこない、まるで消えてしまったかのように。不思議に思って、農場に踏み入ったアンは、そこでモーディオンという男と出会い、彼が血から少年を生み出すのを目撃する。

 「血から人間を生み出すなんて、黒魔術の話?」と、物語の導入部で不安と期待が入り混じった。しかし、この後はここからは予想しえない展開になっていく。実は「全宇宙をレイナーという名の一族が支配している」という設定で、SFっぽい要素があるかと思えば、お城も騎士もドラゴンも魔法使いも出てくる。
 さらに、時間軸がどうも歪んでいるようなのだ。例えば、モーディオンが生み出した少年は、すぐに10歳ぐらいに成長したかと思えば、また幼くなったり、今度はアンより大きくなったりする。前に起きた出来事の原因が後になってから起きたりもする。

 正直に言って手に負えないと思うぐらい複雑に、ストーリーが交錯している。全く目が回りそうだった。とは言え、時間軸の歪みも、アンの想像の世界の友達にも、物語における重要な意味がある。複雑さに降参してしまわずに、何とかついていけば、本書の楽しみは倍増する。

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ねこのばば

書影

著 者:畠中恵
出版社:新潮社
出版日:2006年12月1日発行 2008年11月30日 第29刷
評 価:☆☆☆(説明)

 「しゃばけ」「ぬしさまへ」に続く「しゃばけ」シリーズの第3作。今回も「ぬしさまへ」と同じく短編集。表題作の「ねこのばば」を含めて5つの短編が収められている。

 1つだけ挙げるとすると、最後に収録された「たまやたまや」が良かった。主人公の一太郎が、幼馴染のお春ちゃんの婚約者の調査に乗り出す。病弱で寝込みがちな一太郎が、走ったあげく、事件に巻き込まれて絶体絶命のピンチに陥る。珍しくサスペンス調なのだ。

 裏表紙に書いてある「若だんなと妖怪たちの不思議な人情推理帖」という言葉が、このシリーズを端的に表している。特に、物語全体に流れる雰囲気が、最後の「人情推理帖」という言葉に表れる。本書収録の5編とも、江戸庶民のひたむきさと切なさを感じる人情物語だった。

 実はどの物語にも根っからの「悪人」は登場しない。ほとんどの物語で殺人事件が起きて、もちろん犯人もいる。しかし、犯人は「悪人」だから人を殺めたわけではない。その境遇や人間的な弱さ故に人に手を掛けてしまう。だから、事件が解決しても、安堵と共に切なさが残る。喝采を挙げることもない。ハッピーエンドなのかどうか微妙だ。(「たまやたまや」は、私としてはハッピーエンドだと思う)

 病弱でも明るさを失わない主人公の一太郎と、妖怪たちのユーモラスなやり取りが、物語の切なさとのバランスを取っている。

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<不安な時代>の精神病理

書影

著 者:香山リカ
出版社:講談社
出版日:2011年4月20日
評 価:☆☆☆(説明)

 著者は、テレビ出演も多いが、書籍や雑誌、新聞などの紙媒体でも度々お目にかかる。それらを読んで、私は「その通りだ」と思うことが多い。「なるほどそうか」という「気付き」もある。「ネット王子とケータイ姫」「しがみつかない生き方」を読んだ時もそうだった。

 本書の帯に多くのメッセージが踊る。「私を、日本をあきらめないために」「混迷する社会をどう生きるか」「精神科医からの緊急提言」「支え合う心、守るべき命、未曾有の出来事を乗り越えるためにできること」。「あとがき」によると、本書は昨年から執筆を始めて、途中で一時凍結の時期があって、震災によって再びの凍結を経て、出版に至ったそうだ。帯のメッセージは、「震災後」を意識して発信されたものなのだろう。

 前半は、日本の「国家、社会全体が「うつ病」にかかっている」という見立てを出発点として、経済、若者、親世代、高齢者の問題を順に論じる。デフレだから「うつ」になり、「うつ」だからデフレを起こす。原因と結果がグルグル回ってしまって、出口が見えない。しかも、若者、親世代、高齢者のそれぞが構造的な「不安」を抱えている。タイトルの「<不安な時代>の精神病理」は、こうしたことを言い表している。

 個人の「うつ病」の治療には「まず仕事を2ヶ月休んで..」という休養が欠かせない。しかし、あれだけの災厄を被っても、直接の被災地域以外は、企業も学校も休みにならず、週明けにはいつも通り株式市場が開いた。つまり「休めない」。この震災で著者は、底知れぬ力と共に、言い知れぬ恐ろしさを感じたそうだ。
 被災地の人々の「さぁ復興だ」という力強い声を聞けば、私たちは励まされるし、マスコミも前向きに伝え、世界からは賛辞が届く。それも、著者の目には、危ういものに見えるのかもしれない。

 後半は、「人の営み」の例としての精神医学の世界と、市場主義経済との相互関連を論じる。これはこれで見逃せないすごい事が書いてある。しかし、前半とのつながりや帯のメッセージとの関連が分かりにくく、出発点を忘れ、着地点を見失いそうになった。

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