きみはだれかのどうでもいい人

書影

著 者:伊藤朱里
出版社:小学館
出版日:2019年9月23日 初版第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 良好な人間関係に必要なものは「余裕」だ、と思った本。

 新聞書評で斎藤美奈子さんが紹介していたのを読んで手に取ってみた。

 舞台は県税事務所。本庁ではなくて県の北東部を管轄する合同庁舎の中にある。滞納者に税金を納めてもらう(徴収する?)仕事をする納税部門を中心に描く。

 主人公は4人が章ごとに変わる。順番に紹介する。納税部門の「初動担当」の中澤環。成績トップで入庁した人事課から1年半で異動になって赴任してきた。総務部門の染川裕未。環の同期で半年前まで環の仕事をしていた。病休を経て半年で総務担当に復帰。納税部門の田邊陽子。ベテランのパート職員で噂話好き。総務部門の堀主任。裕未の上司でルールに厳格な「お局様」

 もう一人、大事な登場人物がいる。須藤深雪というアルバイト。環の仕事を手伝っている。と言うより環が面倒をみている。深雪は簡単な仕事も期待どおりにはできない。物語は、主人公のそれぞれが他の職員や家族のことをどう思っているか、特に深雪と絡んだ時にどういう気持ちでいるかを、刻々と描いていく。

 読んでいてつらい。主人公たちの言葉の刃が深雪に向かう。しかし「悪意」と言うのはためらわれる。同情や共感を感じてしまう。だから尚つらい。「ブスが人の金使って化粧してんじゃねぇ!」と窓口で怒鳴られる。「遺書にあなたの名前を書いて死にます」と電話口で言われる。そんなストレスフルな職場で、それぞれが抱える事情もあって、あの人もこの人も余裕をなくしている。

 著者はインタビューで「どれだけ頑張ってもあまり感謝されない」という公務員を掘り下げたと言い、「なぜ人は加害者になってしまうのか」を考えないと解決にはならない、と言う。その点についてはとてもよく表現できている。登場人物が「いじめの被害者にも落ち度はある」ということを口走るシーンがある。これは厳重な禁句だと思うけれど「加害者にも事情はある」はどうだろう?

 加害者も被害者と公平に描いたのは斬新な視点だったと思う。秀作だ。ただ、私はもう少し「救い」が欲しかった。主人公以外でも登場人物のほとんどが女性で、表面上はともかく内心では互いを批判し合っている。真情から互いを思いやる関係は、親子の間でさえない。「どうでもいい人」と突き放してしまえば「救い」なんていらないのかもしれないけれど、それはそれで「救い」がない。

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祝祭と予感

書影

著 者:恩田陸
出版社:幻冬舎
出版日:2019年10月1日 第1刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 優れた小説の豊かな物語世界が楽しめた本。

 2016年下半期の直木賞受賞作「蜜蜂と遠雷」のスピンオフ作品。

 6編の短編を収録。本編の主人公たちだけでなく脇役の物語もある。個性豊かな登場人物が多く競い合った作品ならではのスピンオフ。1つずつの背後に豊かな物語の存在を感じさせる。

 「祝祭と掃苔」は、本編のコンテスタントの栄伝亜夜とマサルが、二人が教えてもらったピアノ教室の綿貫先生の墓参りに行く。風間塵も付いてくる。「獅子と芍薬」は、本編のコンクールで審査員を務めていた、ナサニエルと嵯峨三枝子の出会いとその後。「袈裟と鞦韆」は、本編のコンクールの課題曲「春と修羅」の作曲者の菱沼忠明が主人公。「春と修羅」作曲にまつわるエピソード。

 「竪琴と葦笛」は、中学生だったマサルがジュリアード音楽院のオーディションでナサニエルと出会う。そこから二人が師弟になるまでを描く。「鈴蘭と階段」は、本編で亜夜の先輩でコンクールの付き添いでもあった浜崎奏が主人公。伴侶ともいえるヴィオラと出会う。「伝説と予感」は、塵の師匠で本編では既に亡くなっていた巨匠のホフマンの物語。塵との偶然の出会いを描く。強いて言えば、この物語が本編に直接つながる。

 「祝祭と掃苔」と「鈴蘭と階段」が後日譚で、その他は前日譚。繰り返しになるけれど、どの短編にも豊かな物語の存在を感じる。それを削いで削いで芯を残したようなシャープさがある。私は特に、「鈴蘭と階段」の奏のエピソードに震えるような感動を覚えたし、「獅子と芍薬」のナサニエルと三枝子の物語をもっともっと読みたいと思った。三人とも本編では重要な役どころながら脇役だったことを考えれば、著者の生み出した人物たちは、なんと躍動的で多彩なことだろうと思う。

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medium 霊媒探偵城塚翡翠

書影

著 者:相沢沙呼
出版社:講談社
出版日:2019年9月10日 第1刷 12月9日 第5刷 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 こういうミステリーも有りか、ぐらいに軽めに思わせておいて、大仕掛けが仕掛けられていた本。

 本屋大賞ノミネート作品。「このミステリーがすごい!2020年版」第1位

 主人公は香月史郎。推理作家。年齢は30代か?警察の捜査に協力していて、ここ最近はいくつもの殺人事件を推理し解決に導いている。それにはウラがあって、実は、死者の魂を呼び出せるという霊媒の美少女がいて、彼女の助言によって犯人を特定しているのだ。香月はその犯人に導く論理を構築している。警察に「死んだ被害者に聞きました」とは言えないから。

 ミステリーに霊媒、それもホンモノが登場していいのか?という疑問はある。被害者から教えてもらえるなら、捜査も推理も必要ないのだから。でも、ミステリーには「ホワイダニイット(Why done it?)」「ハウダニイット(How done it?)」というジャンルもある。香月の論理構築はその変形で、これもミステリーには違いない。

 物語は、香月が新しく依頼された猟奇的な連続殺人事件を背景に置きながら、香月と霊媒の美少女とのコンビが解決してきた事件を順に描く。言い遅れたけれど、この霊媒の美少女の名前が、タイトルになっている「城塚翡翠」。あれ?とすると、主人公は推理作家の香月史郎ではなくて、霊媒の美少女の城塚翡翠の方なのか?...

 上に「ミステリーには違いない」と書いたけれど、面白いかどうかは別。私は、オカルト趣味が半端な感じがしたし、翡翠の振る舞いが何とも思わせぶり(私の世代がよく使った「ぶりっ子」というやつ)で、コンビによる事件解決はそんなに面白くなかった。でも、この物語は最終話まで読んで欲しい。面白いか面白くないかを判断するのは、最後まで読んでからだ。

 最後に。「女性の目から見れば、明らかに芝居だと見抜けるでしょうけれど、ほとんどの男性は信じ込んでしまうんですから、不思議なものです」。これは翡翠のセリフ。辻村深月さんの「傲慢と善良」でもそういう場面があったけれど、「そうなのか?男はダメだな」と思った。

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店長がバカすぎて

書影

著 者:早見和真
出版社:角川春樹事務所
出版日:2019年7月18日 第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 本屋さんを舞台にしたコミカルな物語。本屋さんが好きな人なら楽しめそうな本。

 本屋大賞ノミネート作品

 主人公は谷原京子28歳。武蔵野書店吉祥寺本店の契約社員。時給998円。小さいときから本屋で働きたいと思っていて、武蔵野書店には憧れの書店員がいて..希望を実現した形ではある。それでもよく「こんな店、マジで本気で辞めてやる!」と思っている。主な理由は「店長がバカすぎて」

 今年四十歳になる店長は、毎朝の開店前のクソ忙しい時間に朝礼で長い長い話をする。「明後日か明明後日に自分に来客があるはずなので、私につないでください」とか言う。次の日には「明日か明後日に..」。そんなことはその日の朝に言え!いや言わなくても店長に来客があれば店長につなぐだろ!一事が万事そんな感じ。

 物語は、京子さんの奮闘を描く。ちょっとしたミステリーもある。京子さんの周辺には様々な人がいる。店長、憧れの先輩書店員の他、アルバイトの大学生、お店のお客さん、出版社の営業、作家の先生..。全部で6話あるタイトルはそれぞれ「店長がバカすぎて」「小説家がバカすぎて」「弊社の社長がバカすぎて」「営業がバカすぎて」..大変そうだ。

 大変そうだけれど、みんなバカであってもユーモラスで憎めない。だから面白く読める。京子さんのお父さんがやっている小料理屋があるのだけれど、京子さんは、そこでうまく気分転換ができている。それは読者も同じで、書店の中だけではいささか飽きるけれど、絶妙なタイミングで舞台が転換する。いいアクセントになっている。父娘の関係もなんとなくいい感じ。

 ひとつだけ。物語中に「本屋さん大賞」という書店員が選ぶ賞の話題が何度も出てくる。「本屋さん大賞」が出てくる「本屋が舞台」で「本屋の店員が主人公」の小説を「本屋の店員たち」が「本屋大賞」にノミネートしている。自分の尻尾を追いかけてグルグル回る犬が頭に浮かんだ。

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線は、僕を描く

書影

著 者:砥上裕將
出版社:講談社
出版日:2019年7月3日 第1刷 2020年1月28日 第7刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「白い紙に一本の線を引く」それだけのことにこれほど様々なことが込められることに驚く本。

 本屋大賞ノミネート作品。

 主人公は青山霜介。私立大学の法学部の1年生。友人の古前くんのあっせんで、水墨画の展覧会の設営のバイトに来た。そこで水墨画の大家、篠田湖山の目に留まり弟子入りすることに、さらにはなぜか湖山の孫で新進の水墨画家である千瑛と、来年の「湖山賞」を争って対決することになった。

 物語は、霜介の水墨画修行を中心に、古前くんたち霜介の大学の友人と、千瑛たち湖山先生の弟子たちのそれぞれを描く。古前くんたち大学生はライトコメディタッチで、千瑛たち水墨画家はそれぞれの苦悩も含めて。このあたりのバランスがとても良くて、物語に奥行きと親しみやすさを与えている。さらに言うと、古前くんも千瑛もとても親しみやすいユニークなキャラクターだ。

 素人の学生が、才能とキャリアを併せ持った芸術家に、たった1年で対抗できるわけがない、まぁ誰もがそう思うだろう。千瑛も思うし私も思う。まぁ小説だから作り話だから、で済ませてもいいのだけれど、それだけではない。霜介には白い画仙紙に墨だけで描く水墨画を描く素質があったのだ。いやそれは「能力」ではなくて、「状態」とか「境遇」とかいうものだ。霜介の心の中にある「真っ白な空間」がそのことを表している。

 芸術の世界に入って成長していく。悠々とした師匠やユニークなキャラクター。文楽の世界を描いた、三浦しをんさんの「仏果を得ず」を思い出す。似ているけれどももちろん違う。「仏果を得ず」が曲調でいうところのメジャーで本書はマイナー。心の深いところに沁みる気がする。

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ぼくはイエローでホワイトでちょっとブルー

書影

著 者:ブレイディみかこ
出版社:新潮社
出版日:2019年6月20日 7月20日 4刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

英国の出来事を読みながら日本のことを考えた本。

2019年の本屋大賞「ノンフィクション本大賞」受賞。著者は福岡市生まれで現在は英国在住のライター・コラムニスト。英国人の男性と結婚し、中学生の男の子がいる。本書は文芸雑誌「波」に連載のエッセイ16本を収録し書籍化したもの。

タイトル「ぼくはイエローでホワイトでちょっとブルー」は、中学生の息子がノートの端に書いた落書きの言葉。落書きの本人からの説明はないけれど、日本人の母、英国人の白人の父を持つ、自身のアイデンティティを表したもの、と読者は解釈するだろう。じゃ「ブルー」は?これは、とても意味深な言葉になっている。

何重もの意味で興味深かった。英国の中学生の暮らしが生き生きと描かれていたし、その社会が抱える問題も、それを克服しようとする努力も、身の周りの出来事として描かれていた。でも、一番に興味深かったのは、英国のことを描きながら、日本の私たちを改めて見直すように促す視点を感じたことだ。

もちろん、本書には日本のことはあまり書かれていない。最初は「英国人と結婚した日本人の母とその息子の英国暮らしの話」と、海外のホームドラマを見るように、自分とは距離を置いて読み始める。しかしある時に、読みながら自分たちと引き比べていることに気が付く。

例えばこんな一文がある。

英国の子どもたちは小学生のときから子どもの権利について繰り返し教わるが、ここで初めて国連の子どもの権利条約という形でそれが制定された歴史的経緯などを学んでいるようだ。

私の知る限り日本では、子どもたちが「子どもの権利について繰り返し教わる」なんてことはない。教科書に「子どもの権利条約」は載っているけれど、それはその理念を覚えるためで、「あなたたちには権利がある」と伝えるためではない。

本書とは離れるけれど、条約の署名時に、12条の1「自由に自己の意見を表明する権利」について、「必ず反映されるということまでをも求めているものではない」と、文科省が教育委員会にわざわざ通達するような国なのだ、私たちの国は。

小中学生の子どもを持つ親、教育に関わる人、英国の暮らしの興味のある人、におススメ。

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教育格差のかくれた背景

書影

著 者:荒牧草平
出版社:勁草書房
出版日:2019年8月20日 第1版第1刷 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 昨今メディアで「教育格差」や「教育格差の固定化」が話題になることがある。教育格差とは「生まれ育った環境により受けることのできる教育に格差が生まれること」。これまでは「環境」として、「親の収入や学歴、職業」という「核家族の範囲内」に限定して議論されているが、もっと広い範囲で「環境」を捉えなければいけないのではないか?ということが、本書の問題提起。

 その「広い範囲」がサブタイトルにもなっている「親のパーソナルネットワーク」。具体的に言えば、「親戚」「友人」「知人」といった人々のこと。祖父母やオジオバ、キョウダイ、ママ友、職場の同僚、等々。本書では、これらの人々の影響がどの程度あるのか?を調査データで検証する。※長幼や性別で漢字が違う続柄はカタカナで表している。

 興味深い結果が導き出された。「世帯年収」や「親の学歴」よりも、「親戚・友人・知人の学歴」「周囲の高学歴志向」の方が、母親の高学歴志向に与える影響が大きい。なお、本書では、データとして使う「子育てに関する調査」に母親が回答していることが多いため、途中から「母親」に焦点を当てた考察になっている。

 もちろん「世帯年収」や「親の学歴」も学歴志向と関連する。しかしそれは、年収や学歴によって「親のパーソナルネットワーク」を構成する人々の属性が異なることに起因する。つまり、「世帯年収」や「親の学歴」は、学歴志向に直接的に関連するのではなく、「友人や知人の選択」を通して間接的に関連すると、本書では見ている。

 実は私は、「教育格差のかくれた背景」として「地域差」についても書かれているかと期待して読んだのだけれど、それについては何も言及がなかった。そのことを別にすれば、考察自体は「そうかもな」と思うものだった。大学への進学の有無について身の周りのことを考えれば、「世帯年収」が大きな要因になっているようには思わない。また、私の父は国民学校卒、今で言えば中卒だけれど、私は大学に行かせてもらった(本当に「身の周り」の一例で恐縮だけれど)。

 補足。本書の考察の目的は、教育格差の解消の有効な政策立案のために、そのメカニズムを明らかにすること。貧困問題と絡めた、「収入」に焦点を当てた現在の政策では不十分ではないか?という疑問への答えを導くことだ。

 その結果「収入」よりも「ネットワーク」ということが分かったわけだけれど、本書には足りない視点がある。本書では「学歴を選択できる」ということが暗黙の了解で、「選択できない層がある」という視点がない。ここに着目すればやはり「ネットワーク」よりも「収入」、ではないかと思う。

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倒れるときは前のめり ふたたび

書影

著 者:有川ひろ
出版社:KADOKAWA
出版日:2019年10月31日 初版発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 土佐弁でいう「はちきん」は、こういう人のことを言うのだろうな、と思った本。

 私が大好きな有川ひろさんのエッセイ集。タイトルから分かるように、2016年に出たエッセイ「倒れるときは前のめり」の第2弾。ちなみに著者は2019年2月に「有川浩」から「有川ひろ」にペンネームを改めた。本書は単行本としては「有川ひろ」名の最初の作品。

 収録されているのは、産経新聞大阪版、他の作家の書籍に書いた解説、著者のブログ「有川ひろと覚しき人の「読書は未来だ!」」の記事など、41本のエッセイと、特別収録小説として短編が2本。エッセイには「振り返って一言」という書きおろしコメントが付いている。

 とても良かったことを2つ、良かったことを1つ、残念だったことを1つ。

 とても良かったこと。1つ目は有川さんが書いた他の作家さんの書籍の解説。その本が無性に読みたくなった。紹介された本全部なのだけれど、特に「詩羽のいる街/山本弘」。「解説」は本の巻末が定位置だけれど、それ自身が「作品」であるし、独立させてまとめるとすごい宣伝になることが分かった。

 2つ目は特別収録の短編2本。1本は「県庁おもてなし課」のサイドストーリー「サマーフェスタ」で、もう1本は「倒れるときは前のめり」に収録した「彼の本棚」と対になる「彼女の本棚」。特に「彼女の本棚」。「彼の本棚」は初出が2007年だから12年越しの物語の成就。シビレた。本好きはいらぬ妄想をしてしまいそう。

 良かったこと。SNSの匿名性に起因するいろいろなことに、正面から立ち向かう有川さんの姿を知ったこと。そういう姿を気に入らない人もいるので、摩擦は大きい。しかしあくまで言葉を使って、議論をかみ合わせて主張を伝えようとする姿勢に心打たれた。

 残念だったこと。「シアター!」の完結を現状で断念、と有川さんがおっしゃっていること。どういう経緯でここに至ったのか、私は知らないのだけれど、著者本人がそうおっしゃるなら、それを受け入れる。

 最後に。共感することが多かったけれど、特に1つだけ紹介する。

 「嫌いの主張ではなく、好きの主張を」(「嫌い」は誰かを傷つける呪詛となる。「好き」は誰かを傷つけない言祝ぎになる。呪詛ではなく言祝ぎが蔓延する世界を望む)

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ノースライト

書影

著 者:横山秀夫
出版社:新潮社
出版日:2019年2月28日 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 一家失踪のミステリーが人間ドラマに展開する本。

 本屋大賞ノミネート作品

 主人公は青瀬稔。一級建築士。45歳。大学の同期が経営する設計事務所で働いている。8年前に離婚した元妻のゆかりとの間に、中学生の娘の日向子が居て、父娘の面会が月に1回ある。バブル崩壊のあと所属していた事務所をクビを宣告される前に辞め、不遇をかこっていたが、友人の岡嶋の事務所に拾われた。

 青瀬には代表作と言える家がある。信濃追分に建つ浅間山を望む「北向きの家」。「Y邸」と呼ばれるその家は、大手出版が日本全国の個性的な家を厳選した「平成すまい二〇〇選」に選ばれた。タイトルの「ノースライト」は、この家で採用した「北側から採り入れた明かり」のこと。

 ところが、この家に誰も住んでいないことが分かった。「あなた自身が住みたい家を建てて下さい」と言われて設計したこの家は、建築士としての青瀬を立ち直らせた仕事で、施主の吉野夫妻にもとても喜んで貰えた。それなのに住んでいない。一家五人が姿を消してしまった...。

 幅広く奥深い広がりを持った物語だった。姿を消した5人はどうしていなくなったのか?どこ行ってしまったのか?というミステリーを入口に、昭和初期の著名なドイツ人建築家の遺作を巡る謎、青瀬や岡嶋の家族のあり方、そして青瀬の生い立ちにまで遡った事情など、多くの要素が縦横に絡む。

 予想したところとはずい分違うところに着地する。その裏切り方が心地よくて先のページへと急がせる。それから、物語の中で行われた建築コンペで、岡嶋の事務所が作った提案がとても魅力的だった。建築家ではない著者がこれを考えたのか?いや小説家だからこそ考えついたのかも?と思った。

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三体

書影

著 者:劉慈欣 訳:大森望、光吉さくら、ワン・チャイ
出版社:早川書房
出版日:2019年7月15日 初版 7月17日 3版 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 中国発のSF小説ということに、興味本位で読み始めたところ、普通に面白かった本。そう普通に。

 本国でシリーズ(三部作)累計2100万部、英訳版が米国でもヒットし、ヒューゴー賞を受賞、オバマ前大統領もザッカーバーグも愛読、と、昨年7月に日本語版が出版されてしばらく賑やかな話題になっていた。日本でも10月の時点で13万部。

 物語は1967年、文化大革命の狂乱の時代から始まる。主人公の一人で後に宇宙物理学者となる葉文潔は、この時に理論物理学者であった父を、目の前で紅衛兵のリンチで殺害される。40ページ余りの短い第1部で文潔のその後の数年を描いた後に、舞台は40数年後、つまり現代に移る。ここからは現代を主として2つの時代を行き来しながら物語は進む。

 現代の方の主人公は、ナノマテリアル開発者の汪淼。ある日、警察、人民解放軍、米軍、NATO軍、CIA...といった何とも物騒なメンバーからなる会議に招聘された。そこで「科学フロンティア」という科学者の団体に関わる科学者が、相次いで自殺したと伝えられる。そのうちの一人は遺書に「物理学は存在しない」と記していた。

 こんな感じのサスペンスやミステリー色の濃い始まりに、「たしかこれSFだったよねぇ?」と思いながら読み進めると、途中で物語が超ド級に大きく膨らんでSFになる。どのくらい膨らむかと言うと4光年ぐらい。三部作の第1作である本書では、恐らく後に相まみえることになる、地球から4光年の先にいる異星人とのファーストコンタクトを描いている。

 まぁまぁ面白い。辻褄の合わないこととか回りくどいことは多いけれど、それを置いておけば面白い。言い換えれば、いろいろな不都合を置いても先が読めるぐらいには面白い。まぁ2100万部も売れるぐらいか?と問われれば、人口が日本の10倍あることを考慮しても「どうかな?」と思う。とは言え三部作なので三冊目を読んでからでないと何とも言えない。

 タイトルの「三体」について。天体力学に「三体問題」なるものがあって、それは相互に作用する3つの天体の運行をモデル化した問題。本書にはこの三体問題を中心に、その他にも物理学の知識が微妙かつ絶妙に盛り込まれている。私は門外漢なので確かなことは言えないのだけれど、物理学にあまり詳しくない方が楽しめるのではないかと思う。

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