最果てアーケード

書影

著 者:小川洋子
出版社:講談社
出版日:2012年6月20日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 著者の作品を時々読みたくなる。本書は2012年の発行。その前の2011年に「BE・LOVE」というコミック誌の連載マンガの原作として書き下ろされた。表紙の装画は酒井駒子さん。

 舞台は世界で一番小さなアーケード。路面電車が走る大通りからひっそりした入り口を入って、十数メートルで行き止まってしまう。使い古しのレース、使用済みの絵葉書、持ち主が手放した勲章やメダル、様々な動物(のはく製)や人形用の義眼、ドアノブ..「一体こんなもの、誰が買うの?」という品を扱う店が集まっている。入口にあるドーナツ屋は例外。

 主人公は、このアーケードの大家の娘。彼女が16歳の時、町の半分が焼ける大火事があって、その時に父親(つまりこのアーケードの大家)は亡くなってしまった。物語は、時間軸を移動して大火事の前後を行ったり来たりする、全部で10編の物語で構成されている。

 私が好きな物語は「紙店シスター」。レターセットやカード類などを扱うお店の話。そこの店主が「たくさん買ってくれるのは、善いお客さんだ」と言う。儲けのことを言っているのではなく、たくさんの便りを書く人は、それだけ大勢の友人や知人、親族を持っている、という意味だ。

 それからこの店は、使用済の絵葉書を置いている。誰かが誰かのために出した絵葉書。ここにあるからには用済みになったものだけれど、店主はその一枚一枚にも、本当に求める人がいるはずだと思っている。そしてその絵葉書からの主人公の回想に、私は心打たれた。その内容は敢えて書かない。

 「あぁそうだった。小川洋子さんはこういう物語を描く人だった」と思った。「ミーナの行進」のレビューにも同じようなことを書いて「静かな音楽を聴いているような心地よさ」と表現したけれど、それとは違う。読み進めるほどに「何かが少しだけおかしい」という思いが募るのだ。小川さんの作品を時々読みたくなるのは、こういう物語が私は好きなんだろう。

 最後に。「何かが少しだけおかしい」という感覚は、読み終えても残る。気になった私はコミックを読んでみた。こちらにはこの「おかしい」にはっきりした輪郭が与えられていた。

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カフーを待ちわびて

書影

著 者:原田マハ
出版社:宝島社
出版日:2008年5月26日 第1刷 2018年3月8日 第8刷 発行
評 価:☆☆☆☆☆(説明)

 原田マハさんのデビュー作。エッセイ「フーテンのマハ」で、このデビュー作に至るエピソードを紹介していて、がぜん興味が湧いて読むことにした。

 主人公は友寄明青(あきお)。35歳。沖縄県与那喜島で食料品も雑貨も文房具も扱う「よろずや」を営んでいる。午前9時半に店を開けて午後1時に昼食、2時から4時までは昼寝、6時には閉店。のんびりしたものだ。

 その明青の元に手紙が届く。「あの絵馬に書いてあったあなたの言葉が本当ならば、私をあなたのお嫁さんにしてくださいますか」。「あの絵馬」とは、数カ月前に明青が北陸の孤島の神社に納めた絵馬のことらしい。そこに明青は「嫁に来ないか。幸せにします」と書いた。

 その手紙の主を待って数週間。待ち続けることを恐れ、区切りをつけようと手紙を燃やした翌日、明青の元に本当に幸が現れた。白い花のような小さな顔、潤んだ大きな目、すっと通った鼻とふっくりとした唇。「でーじ、美らさんだ」

 物語は、明青と明青の家に住み込むことになった幸の暮らしぶりを描く。そこに、「裏のおばあ」や、明青の幼馴染、そのうちの一人が持ち込んできた、島のリゾート開発の話が、巧みに織り交ぜられる。

 ぐぅっと引き込まれる物語だった。背景に沖縄の島の青い海と空が見える。デビュー作にしてこの完成度。「日本ラブストーリー大賞」を受賞した作品だけれど、明青と幸の二人の関係は遅々として(というか全く)進まない。それでいて、気持ちが痛いほど伝わってくる。

 「楽園のカンヴァス」「暗幕のゲルニカ」「サロメ」「たゆたえども沈まず」など、「アートミステリー」作品が、キュレーターでもある著者の真骨頂。ところが、「フーテンのマハ」によると、小説家になるにあたって当初は「アート」を封印していたそうだ。そうして書いたのがこの作品。すごい。

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知の越境法

書影

著 者:池上彰
出版社:光文社
出版日:2018年6月20日 初版1刷 7月5日 2刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 池上彰さんが、国内外の出来事や歴史を解説する本は数多い(「知らないと恥をかく世界の大問題」という新書シリーズだけで9冊目が出ている)。私も何冊も読んできた。。しかし本書はそれらとは少し趣が違って、ご自分の経歴も振り返りながら「越境」について語り、読者にもそれを勧めている。

 本書では「越境」を主に2つの意味で使う。一つは、ドイツの専門家がフランス政治について語る、といった「専門の垣根を越える」こと。記者であった著者がキャスターを務めたのも、まさに「越境」。もっと言えば、著者は「専門」を持たないので、テレビで中東問題を話すのも、歴史問題を解説するのも、全部が「越境」になる。

 もう一つは、興味・関心を「横方向に展開する」ということ。例えば、再販制度という規制に守られた「新聞・出版業界」が、インターネットの出現で事情が激変したけれど、それは「放送業界」もそうだ、「規制緩和」ということでは「銀行業界」でも同じことが言える、といった話の転がり方をすること。「越境」を意識すると、いつもとは違う結びつきが見つかり、これまでとは異なる論理を展開できる。

 それで「越境する人が求められている」こと、ご自身は「こうして越境してきた」こと、越境には「リベラルアーツが重要」なこと、などを順に記す。「異境」「未知の人」から学んだこと、「越境の醍醐味」「越境のための質問力」も書かれている。「越境」というテーマ一つでこんなに多くを語る。改めて引き出しの多い人だと思う。

 冒頭にも書いたけれど、著者が何かを解説する本は多い。分かりやすくて「ためになった」感じがする。それに比べると、本書は扱う話題が広範にわたり、悪く言えば内容が散漫で「そうだったのか!」という感嘆が少ない。「横方向に展開した」結果がこうなっているのだけれど。

 でもどうだろう?もし著者とお話する機会があったら?「世界の大問題」を解説して欲しい?否。ご自身の経験や、お会いになった人のことや、物事の捉え方など、「広範なテーマ」を「横方向に展開」して、話を転がしてもらった方が楽しいだろう。本書は、まぁそんな本だ。

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きのうの影踏み

書影

著 者:辻村深月
出版社:KADOKAWA
出版日:2018年8月25日 初版 発行
評 価:☆☆☆(説明)

  著者は「大のホラー好き」だと、インタビューなどで明かしていらっしゃる。本書はその著者が「楽しんで書いた」という「怪談」の短編集。短いもので数ページ、長くて約30ページの短編を13編収録。

 「ホラー」映画のように思いっ切り怖い話ではなくて、「口裂け女」のような都市伝説に近い。話として聞く分には「なにそれ、怖い~」と言っていれば済む、まさに「怪談」。ただし、本当にあったら身体の芯から冷えそうな話。

 怖かったのは「やみあかご」と「ナマハゲと私」。怪談をあらすじで紹介するような無粋なことはできないので、感想だけ。「やみあかご」は、わずか4ページの作品。愛らしい幸せさえ感じる前半からの急展開にゾクゾクした。「ナマハゲと私」は18ページ。これは「怪談」じゃなくて「事件」だ。上に「本当にあったら~」と書いたけれど、本当にありそうで怖い。

 「手紙の主」と「私の町の占い師」は、どちらも小説家が主人公。作家になって九年とか、先輩のホラー作家(著者は京極夏彦さんのファン)とか、里帰り出産とか、著者ご本人が主人公と思わせる設定。だから、エッセイのように「本当にあったこと」として読んでしまった。

 角川文庫のサイトが、本書についての著者のインタビューを掲載していた。「収録作は実話がベースになっているものばかり」だそうで。さらっとおっしゃるけれど、それってすごく怖い。

 辻村深月さんのインタビュー記事へ

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スノーデン 監視大国 日本を語る

書影

監  修:自由人権協会
出版社:集英社
出版日:2018年8月22日 第1刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 本書は、2017年に東京で行われた「デジタル時代の監視とプライバシー ~市民によるコントロールのために~」というシンポジウムを翻訳、加筆修正したもの。タイトルになっているスノーデン氏はロシアに滞在中で、このシンポジウムでは、ネットを介して国谷裕子さんのインタービューに答えている。

 本書は、このスノーデン氏のインタビューの他に、3つの講演と1つのパネルディスカッションを収録。講演は、元アメリカ自由人権協会(ACLU)のスティーブン・シャピロ氏による「9.11以降の監視強化の動き」、日本の自由人権協会(JCLU)の出口かおりさんによる「日本の監視の現状」、国連特別報告者のジョセフ・ケナタッチ氏による「大量監視とプライバシー保護のための仕組み」。パネルディスカッションのパネリストは、講演者にJCLUの井桁大介氏を加えた4人。

 講演やパネルディスカッションの具体的な内容については、ここでは書かない。端的に言うと、日本の政府機関による国民の監視は、米国と比較しても大変危うい状況にある、ということが示されている。スノーデン氏のリークを発端に、米国では政府による監視を制限する法制度が、不十分ではあっても整備された。しかし、日本では令状を必要としない「任意捜査」を規定する法律がなく、ほぼフリーハンドを捜査機関に与えてしまっている。

 このシンポジウムの発端とも言える出来事が、この半年前に起きている。「日本政府が秘密裏にアメリカ政府から監視技術の提供を受けていた」ことを示す文書が発見され、NHKがこれをスクープした。事実かどうかについて、日本政府はイエスともノーとも答えていない。そのことがこのスクープの信ぴょう性を高めている。

 これに関連してスノーデン氏から気になる発言があった。「日本国内で次々と進められた、説明のつかない極めて異例な法体系の変更」についてだ。「特定秘密保護法」と、いわゆる「共謀罪」。この二つの法整備は、監視技術の提供にあたって、アメリカ政府からアメリカと同等の秘密保護を求められたことと、その監視技術を効果的に活用するための準備が、その理由だと言う。この説明が胸に落ちた。そのことに一層うすら寒い思いがした。

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「南京事件」を調査せよ

書影

著 者:清水潔
出版社:文藝春秋
出版日:2017年12月10日 第1刷 2018年4月20日 第4刷
評 価:☆☆☆☆☆(説明)

 本書は、2015年に放送されたテレビ番組、NNNドキュメント「南京事件 兵士たちの遺言」の基になった調査内容を中心にまとめたもの。この番組は2016年のギャラクシー賞優秀賞、放送人グランプリ 準グランプリなどを受賞。著者は雑誌記者からテレビ局の報道記者に転身した人で、その調査報道によって数多くの賞を受賞している。

 「なかった」と主張する人も含めて「南京事件」や「南京大虐殺」と呼ばれる出来事について、「まったく知らない」という人はいないと思うけれど、一応説明する。それは1937年に日本軍が南京を占領した際に起こした(とされる)虐殺事件のこと。被害者の数は、中国の主張では30万人。

 この「南京事件」に、報道記者である著者は、調査報道の手法で取り組む。つまり、関係者に会って話を聞き、資料や記録を探し出して調べ、それで分かったことの真偽を確認するために、別の方法で「裏取り」する。気が遠くなるような作業だ。

 例えば。日本軍の兵士の日記を活字化した本が見つかる。その日記には「捕虜を5千人、揚子江の沿岸で機関銃で射殺した。その後、銃剣で思う存分に突き刺した。年寄りも子どもも居る。一人残らず殺す。」といったことが書いてあった。

 著者はこの本の発見後、日記を活字化した編者に会って日記の現物を確認する。続いて、日記を書いた当人が本当に存在すること、日記で当人が乗船したとする輸送船がその記載通りに運航されていたこと、などを丹念に調べる。日記にインクが使われていたので、戦場で万年筆が使われていたことまで確認している。

 帯に「これが「調査報道だ!」と書いてあるが、まさにそのとおり。日記は1人分だけではない。実に31人分もの日記が発見されている。多くの記述が合致している。相反する記述はない。戦後になって撮られた証言インタビューも残っている。誰がどう取り繕おうと「なかった」ことになどできない。

 しかし「できない」はずなのに「南京事件」は不毛な議論に陥りやすい。著者はその理由に行き着き、こう述べる。「私は「南京事件」という舞台で衝突していたのは「肯定派」と「否定派」だと思っていた。しかしその真の対立構図は「利害」と「真実」だったらしい。」

 否定する人は「あっては困る」から否定している。そんな人に証拠を示しても何にもならない。むしろ「さらに困る」ので、もっと強硬になるだけだ。

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ネコの選択

書影

著 者:田中渉
出版社:アチーブメント出版
出版日:2018年4月1日 第1刷 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 本書は「選択理論」という「より良い人間関係を築くための心理学」を、ネコの夫婦の危機を老ネズミが救う、という寓話に仕立てて紹介したもの。帯には「2人で実践すれば100%幸せになる!世界50カ国で夫婦の危機を救った話題の心理学」とある。

 私は本書で初めて「選択理論」を知った。本書を読んで私が理解した「選択理論」は次のようなもの。悪化した他人(夫婦も含めて)との関係を改善するためには、相手を変えようとするのではなく、自分の行動を変える。言い換えれば、理想とする姿に近づくための行動を「選択」する。

 その「選択」のために「相手が自分にして欲しいと思っていることは何か?」と問うてみる。ネコの夫婦は「相手にして欲しいこと」はたくさん言えるけれど、「相手がして欲しいこと」はさっぱり分からなかった。「自分はいつも精一杯やっている、これ以上何をしろと言うのか」と思っている。

 「相手がして欲しいこと」を知るためには、「生存の欲求」とか「愛・所属の欲求」などの「五つの基本的欲求」について考えるのだけれど、まぁこれ以上は本書を読むか「選択理論」と検索して調べてほしい。

 正直に言って現実味に乏しい。ネコの夫婦の寓話にしたのは、人間の夫婦の実際の会話とすると、空々しくなってしまうからではないかと思う。でも、とてもいいことが書いてある。人間関係、特に夫婦の関係改善に必要なことは、たぶんこの通りだ。お悩みの方は読んでみるといい。その場合は是非相手の方にも読んでもらおう。

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MAZE(メイズ)<新装版>

書影

著 者:恩田陸
出版社:双葉社
出版日:2015年4月19日 第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 以前、著者の「ブラック・ベルベット」という作品を読んだ時に、帯を見て「失敗したかな?」と思った。その本が「神原恵弥シリーズ」の第3弾だと分かったからだ。本書がそのシリーズ第1弾。

 主人公は時枝満。年齢は40前。年季の入ったフリーター。アメリカの製薬会社に勤める神原恵弥の高校での級友。満は恵弥に誘われて今回のプロジェクトに参加した。「仕事の内容は漏らさない」「詮索しない」「文句も言わない」とういう条件で、法外な報酬を提示された。これはヤバイ仕事なんじゃないの?

 そして、中東の荒野に連れてこられた。そこには人工物なのか自然の造形によるものなのか分からない、白い直方体の建物があった。「存在しない場所」と名付けられたその場所では、「入った人が消失した」という言い伝えや記録が多く残っている。数百年にわたって少なく見積もっても300人。やっぱりヤバイ仕事に違いない。

 プロジェクトのメンバーは、満と恵弥の他に二人。おそらく米兵のスコットと、この土地の民族らしいセリム。建物に入った人がすべて消失するわけではなく、満は恵弥からその「人間消失の法則性」を発見するように要請される。他の二人には別の目的があるのだろう。いや恵弥にも満に隠していることがありそうだ。

 物語は、主に満の視点で、この4人の行動と会話を描く。それぞれのメンバーの目的や役割が隠されているので、行動や会話には、表面とは別の意味がある(のかもしれないし、ないのかもしれない)。読者が勝手に憶測するように仕向けているわけで、著者のうまいところだ。

 もうひとつ。本書のジャンルについて。「人間消失」を事実として受け入れるところから物語は始まっている。とするとこれはホラーなのか?それともファンタジーか?謎が多く、徐々に事実が明らかになるのはミステリーのようだけれど..と、捉えどころがない。でも最後には「そういうことだったのか!」と思える(たぶん)。

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ゼロ・トゥ・ワン

書影

著 者:ピーター・ティール、ブレイク・マスターズ 訳:関美和 
出版社:NHK出版
出版日:2014年9月25日 第1刷 2015年2月15日 第6刷 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 友達のFacebookで知った本。「ほぼ日刊イトイ新聞」でも紹介されていた。

 著者は、PayPalの創業者で、そのPayPalをeBayに15億ドルで売却した後は、活動の中心を投資に、特にスタートアップ企業への投資に移す。著者が行った最も有名な投資は、Facebookへの投資で、最初の外部投資家として50万ドルを融資し、それが最終的には10億ドルになった。

 本書は、著者がスタンフォード大学で行った「起業論」の講義を基にしたもの。「より良い起業のあり方」を語っていて、これを理解すればスムーズに起業できる..とはならない。

 それは、起業しようとする人に対する著者の要求レベルが高いからだ。著者は採用面接で必ずする質問があるそうだけれど、起業して成功しようというなら、この質問に答えられなければならない。その質問がこれ。

 「賛成する人がほとんどいない、大切な真実はなんだろう?

 つまり「ほとんどの人は知らないけれど、自分は知っている」、そんな独創性を持ち、それを言葉にして表せる論理性や表現力、そして何よりも自信が必要だ。なんと言っても「ほとんどの人には賛成してもらえないのだから。

 とはいえ、そんな独創性も自信もない私にも刺激のある本だった。「資本主義は競争を重んじるけれど、資本主義と競争は対極にある」とか「グローバリゼーションは水平的進歩(1 to n)、テクノロジーは垂直的進歩(0 to 1)」の話は、ストンと胸に落ちた(先の質問に対する著者自身の答えも、この辺りにある)。「あいまいな楽観主義」の問題点もよく分かった。

 あえて難を言えば、時々興ざめする記述がある。投資の鉄則として「大成功する可能性のある企業だけに投資する」なんて言われると「それができるなら世話がない」と思う。盟友のイーロン・マスクの「ステラ」を成功企業として取り上げるのはいいけれど、何もかも優れているように書くのはどうなのか?

 最後に、心に残った言葉。「人生はポートフォリオじゃない

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アルゴリズムが「私」を決める

書影

著 者:ジョン・チェニー=リッポルド 訳:高取芳彦
出版社:日経BP社
出版日:2018年5月1日 第1版第1刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 インターネットに接続された機器やサービスの利用によって、様々な情報が蓄積される。その情報をアルゴリズム(問題を解くための手順を定式化したもの)によって分析することで、ネット上の「私」の「属性」が決定される。例えば「女性」「40代」「日本人」「リベラルな思想」...。

 本当は「55歳」の「男性」かもしれないけれど、ネットワーク上には「40代」の「女性」として、実際の私とは別に「私」(カギかっこ付の私)が存在している。そういう状態をタイトルの「アルゴリズムが「私」を決める」は表している。ちなみに原書のタイトルは「WE ARE DATA(私たちはデータである)」。

 これはちょうどゲームの「Wii Sports」で体力測定をした結果の「体力年齢」のようなものだ。どれだけ素早く的確に反応できたかの「情報」を「アルゴリズム」で分析して「年齢」を算出する。本当の年齢と違っていても特に問題ない。問題ないどころか、実際より若く出れば喜ばれるぐらいだ。

 ところが本書は「問題あり」として例をあげる。例えば「犯罪リスク 高」と判定されて、警察の監視がついたらどうか?。これは実際にシカゴ警察で実施された。さらに、テロリストと判定されたら?米国によって中東で結婚式が爆撃されたことがあるけれど、それはデータによって「テロリストの会合」と判定されたから、と推測されている。

 この他にも本書は例をいくつも上げる。そして大きな問題は「自分がどのように判定されているかを、自分で知ることができない」ことだと言う。もちろん「どうしてそう判定されたか?」も分からない。だから身に覚えのないどんな不利益を被ることになっても、事前に準備することはもちろん、事後にも反論しようがない。

 怖い怖い。事例は多くは米国でのものだけれど、日本で同じことが行われいないとは言い切れない。いやその前に米国で行われているデータ収集の対象には、日本に住む私たちも入っている。

 「オンラインショッピングもSNSもしない。するのはメールとネット検索ぐらい」という人も安心できない。ネット検索の検索履歴やメール、通話の履歴、GPSの移動記録が蓄積されている。「無断では利用されないはずでしょ」というのは(脅かして申し訳ないけれど)人が良すぎる。

 最後に。著者は一つだけ「対応策」として、「TrackMeNot」というウェブアプリの利用を勧めている。どれほど役に立つのか疑問だけれど、やらないよりマシか。

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