虚構新聞 全国版

書影

著 者:虚構新聞社 UK
出版社:ジーウォーク
出版日:2017年5月28日 初版第1刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「フェイク・ニュース」という言葉を、多くの人が口にするようになったのは、昨年の米国大統領選の頃からだろう。トランプ候補がCNNやNew York Timesなど、自分に不利な情報を流すメディアをそう呼んだ。日本でも新聞やテレビなどに対して、そう呼んで非難する人も多い(本当に多いのかは疑問だけれども、ネットでそういう投稿やコメントを見ない日はない)。

 さて本書は、トランプ氏が大統領選の候補になる10年以上前の、2004年から13年間も日々(4月1日を除いて)、ウソの記事を配信し続けた、虚構のネットニュースサイト「虚構新聞」の記事を、253本厳選して収録した本だ。縦書き4段の新聞っぽいレイアウトでご丁寧に紙も新聞紙に似せた用紙を使っている。これがとても読みにくい。

 本書を読むのは、時間のムダ使いと言える。256ページとページ数は多くないのだけれど、新聞だからギッチリ字が詰まっている。新聞だから情報の密度も高い。結果としてけっこうな時間をかけて読むことになる。そして、そうやって得た情報の「全部がウソ」。おそらく何の役にも立たない。

 ただし「時間のムダ」と切って捨てられない何かが本書にはある。これという一つはっきりしたものではない。それは、誤りや逸脱が許されない今の社会の堅苦しさへの反定立かもしれない。または、単なるウソではなく必ず含まれる風刺や皮肉の小気味よさかもしれない。

 あるいは、記事にはそれに対応する事実があって、時代を映していることかもしれない。本書は最初が「2016-2017(年)」で次が「2014-2015]、以降だいたい2年ごとに遡るように編集されているが、読み進めると時代が逆に進んでいることがちゃんとわかる。「ウソ」でも時代性がある。さすが「新聞」だ。

 最後に。私が一番気に入った記事は「「疑似科学信じやすい」9割はO型」」。一番バカバカしくって好きな記事は「東京特許許可局前でバスガス爆発

※記事中に何度か「ウソ」と書きましたが、著者で虚構新聞社社主のUK氏は、「嘘ニュースサイト」と呼ばれることに、長年微妙な違和感を覚えていたそうです。本紙記事は「ウソ」ではなく、それを表す最適な言葉は「もうひとつの真実(オルタナティブ・ファクト)」だそうです。

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隷属なき道 AIとの競争に勝つベーシックインカムと一日三時間労働

書影

著 者:ルトガー・ブレグマン 訳:野中香方子
出版社:文藝春秋
出版日:2017年5月25日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 今年は「AI(人工知能)」についての理解を深めようと思っている。それで、今年の初めに「人工知能と経済の未来 2030年雇用大崩壊」という本を読んだ。その本では、2045年には「全人口の1割分の仕事しかない」社会が予想される。仕事と収入がリンクする今の制度では、9割の人が路頭に迷う。

 この本を読んで、それまでは懐疑的だった「BI(ベーシックインカム)」について「これしかないんじゃないか」と思うようになった。ちなみに「BI」とは「全ての人に生活に必要なお金を支給する制度」だ。

 本書はその「AI」と「BI」を正面から論じ、「BI」こそが「AI」時代の処方箋だと論じる本だ。著者のルトガー・ブレグマンは、オランダの歴史家でジャーナリスト。広告収入に頼らないジャーナリストプラットフォーム「De Correspondent」の創立メンバー。帯には「ピケティにつぐ欧州の新しい知性の誕生」とある。

 第1章で「過去最大の繁栄の中、最大の不幸に悲しむのはなぜか?」と、疑問を提示したのち、第2章で「福祉はいらない、直接お金を与えればいい」と、早くも「BI」の実施に切り込む。その後の章では、「BI」の可能性、批判への反論を、実に丁寧に論じていく。

 例えば「BI」への批判の最たるものに「無条件にお金を配ったりしたら、誰も働かなくなる」というのがある。「誰も」が文字通りではなくても、働かない人が大多数になったら、商品を作ったりサービスを提供したりするする人が足りなくなっては、社会が成り立たない。

 これには胸に落ちる反論がされている。実は「BI」につながる実験的な取り組みは、過去何度が行われていて、そこで結論が出ている。「無条件にお金を与えられても、人は怠惰にならない」。古くは1795年のイギリスで、その後は、1974年のカナダで、2008年のウガンダで、2009年のロンドンで。インドでブラジルでメキシコで南アフリカで...。

 最後に。この反論を無意味にしてしまうのだけれど、実は「無条件にお金を配って、働かない人が大多数になっ」たとしても問題はないのだ。思い出して欲しい。「AI」の発展によって2045年には「全人口の1割分の仕事しかない」。だから、9割の人が働かなくなっても困らない。

 「AI」の社会への影響や「BI」に興味がある方に、本書を強くおススメする。 

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パイレーツ・オブ・カリビアン 最後の海賊 カリーナ・スミスの冒険

書影

著 者:メレディス・ルースー 訳:上杉隼人、広瀬恭子
出版社:講談社
出版日:2017年7月3日 第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 映画「パイレーツ・オブ・カリビアン 最後の海賊」に登場した天文学者、カリーナ・スミスを主人公とした物語。映画のパンフレットが本書を紹介していた。映画でもなかなか魅力的な人物であったので読んでみた。

 物語は、男が養護施設の玄関に、かごのなかで眠る女の赤ちゃんを置くところから始まる。「母親は死んだ。この子の名はカリーナ・スミス」と書いたメモと、表紙にルビーが付いた本とともに。

 その後、カリーナの施設での暮らしぶりや、奉公したお屋敷での出来事が描かれる。父から送られた本を読むためにイタリア語を学び、その内容から天文学を志すようになる。そして本書の半分を過ぎたあたりから、映画で描かれたストーリーに合流する。

 映画を観たことが前提の作品。映画のストーリー部分も含めて、全部で200ページ足らずなので、ごくあっさりとした物語だ。映画の理解に必須、ということでもない。それでも、あのちょっとぶっ飛んだ魅力的な個性のことを知るのは楽しい。

 どのような経緯でカリブ海のあの島に現れたのか?天文学の知識をなぜ、どこで身につけたのか?父親のことをどう思っていたのか?そして、ヘンリーと魅かれあったのはなぜなのか?

 物語の登場人物には、時として読者の想像を超えた、詳細な人物設定がされていることがある。本書はその一端を表しているのだろう。映画を観て、カリーナに魅かれた人は読んでみたらどうかと思う。

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この国の息苦しさの正体

書影

著 者:和田秀樹
出版社:朝日新聞出版
出版日:2017年7月30日 第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 タイトルにある「息苦しさ」とは何を指しているのか?それを示す「はじめに」の冒頭を引用する。「取るに足らないスキャンダルでいつも誰かが血祭りにあげられ、生活保護受給者がバッシングされ、タレントの他愛ない軽口や気に入らないテレビCMがネットで炎上...」。些細な失敗や少しの逸脱が許されない、そういう「空気」を「息苦しい」と言っているのだ。

 これはあえて指摘されなくても、多くの人が感じていることだと思う。著者は精神科医で、この「空気」を心理学的に解き明かそうと試みている。それができれば対応の仕方もあるし、何より少し気が楽になるはず、と言う。私もそれを期待して本書を手に取った。

 まず、著者は「日本人がきわめて感情的になっていることが原因」という仮説を立てる。「感情的」というと「カッとなって怒鳴る」ことなどをイメージしやすいが、著者が指摘するのは、こうした「怒り」の感情ではなくて、「不安」の感情に支配されている、ということだ。

 嫌われたくない、損をしたくない、失敗したくない。「不安」の感情であっても「感情」に支配されると、理性的な判断を抑え込む。認知科学の知見によると、そうなると人間は「一つの解答に飛びついてしまう」「正義か悪か、敵か味方かをはっきりさせたい」という傾向があるそうだ。

 さらに、「自己肯定感」の不足が弱者への攻撃に向かわせる。脳の老化は思考の多様性、柔軟性を失わせるので、高齢化も「息苦しさ」の一因になっている。といった指摘が続く。心理学的には、これで現状をすっきりと説明できる。

 その説明通りなら完全な悪循環に陥る(そして多分そうなのだ)。なぜなら「不安」の感情が原因となって、些細な失敗や少しの逸脱が許されない「息苦しさ」を生み、その「息苦しさ」はさらなる「不安」を招くからだ。どうにかして逆回転させないと止めどなく落ちこんでいく...。

 その逆回転の処方も書いてある。悪循環が「社会全体」のことであるのに対して、その処方は「個人」レベルの考えや行動なので、いかにも心細い限りだけれど、私たちができることはそれしかない。

 最後に。本書の内容と直接のつながりは希薄だけれど、心に残った言葉を。「私が理想とするのは、人生において輝いている時期がなるべく遅い時期にあること」。これは著者が老年医学の臨床現場で学んだことだそうだ。50歳を優に超えた私も、まだ先で輝きを得たい。

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ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード

書影

著 者:小路幸也
出版社:集英社
出版日:2016年4月30日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「東京バンドワゴン」シリーズの第11弾。

 舞台は、東京の下町にある古本屋&カフェの「東京バンドワゴン」。前作の「ヒア・カムズ・ザ・サン」の続き。「東京バンドワゴン」を営む堀田家の1年を描く。

 いつもと同じ、大小のミステリーと人情話が散りばめられている。ミステリーの方は、東京バンドワゴンの蔵に眠る「呪いの目録」を探る男、創業者の堀田達吉と名門女子大の知られざる関係、幼稚園のお友達の家に出る幽霊、等々。

 人情話の方は、お隣の今は更生したかつての不良少年と昔の仲間の話、仕事一筋に生きた翻訳家と娘の関係、還暦を過ぎたロックミュージシャンの決断、亡くなった姉への思慕を抱き続ける青年実業家、等々。

 シリーズの中で時々ある大立ち回りも今回はあった。なんと、英国の秘密情報部が、王室の秘密が書かれた古書を奪還しに、東京バンドワゴンに現れたのだ。それに対して堀田家が打った一手がすごい。当主の勘一が切った啖呵がまたカッコいい。

 前作のレビューで「今回の一番の主役」と言った研人くんは高校生になった。ミュージシャンとしても人間としても男としても、今回も一回りも二回りも成長した。

 単行本の第1刷には、初回限定特典として、語り手のサチさんの初七日を描いたショートストーリー「夢もうつつもひとつ屋根の下」がついている。

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空棺の烏

書影

著 者:阿部智里
出版社:文藝春秋
出版日:2017年6月10日 第1刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「烏に単は似合わない」「烏は主を選ばない」「黄金の烏」に続く、八咫烏シリーズの第4弾。出版界やファンタジー、ミステリーファンが注目するシリーズとなっている。

 八咫烏が、私たちと同じ人間の形になって暮らしている、という世界。平安京にも似たその宮廷を中心に、貴族政治が行われている。今回は、宗家の近衛隊の武官の養成所である「勁草院」が舞台。主人公は、勁草院に新たに入学してきた若者たち、茂丸、明留、千早、雪哉の4人が、章ごとに交代で務める。

 「勁草院」は男子のみの全寮制。同じ年頃の男子が集団で修行する。座学あり実技あり、貴族の子と平民の子が共に学ぶ。各所の説明で「ホグワーツ魔法魔術学校」に例えられることが多いようだけれど、間違えてはいないけれど、少し違和感もある。こちらは武官専門のエリート養成所だし、女子はいないから、もっと汗臭くてきな臭い。

 趣向としては青春モノ、学園モノ。出自の違いや属するグループの違いから、お互いに反目する場面もある。主人公4人が抱える事情も、ここに来た目的も違う。そうしたものを乗り越えて成長する。私は、こういうのは嫌いじゃない。

 著者を「すごい」と思うのは、本書がそれ自体で面白い上に、この一見して趣向が違う話を(実は、全作がそれぞれ趣向が違うとも言えるけれど)、シリーズの中に取り入れて、しっかりとした位置付けが感じられることだ。前作までで、この世界を危うくする危機が描かれている。本書は、それから切り離されたような学園生活が描かれる。しかし、物語はきちんと本流へと戻っていく。あの4人は、今後、重要な役割を担うに違いない。

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みみずくは黄昏に飛びたつ

書影

著 者:村上春樹 川上未映子
出版社:新潮社
出版日:2017年4月25日 発行
評 価:☆☆☆☆☆(説明)

 川上未映子さんが村上春樹さんに聞いたインタビュー。合計で4日間、時間にして11時間、文字数にして25万字。空前のスケールと言っていい。村上さんは、過去にも長いインタビューを受けておられて、雑誌「考える人」の2010年夏号に、70ページほどの3日間のロングインタビューが載っている。私はその長いインタビューを「すごい」と思ったが、今回はそれを超える。

 「今回はそれを超える」のは、時間や文字数といった量的なことだけでなく、聞いた内容の「特別さ」においてもそうだ。今回の聞き手は川上未映子さん。「乳と卵」で芥川賞を受賞した作家さん。つまり村上さんの同業だ。帯には「作家にしか訊き出せない、作家の最深部に迫る記録」と書かれている。

 確かに創作のこととか、メタファーのこととか、今まで聞いたことのない話がたくさんある。また川上さんは、少女時代からの村上作品の熱心な愛読者だという。作家だからなのか、愛読者だからなのか、川上さんのパーソナリティによるものなのか、それは分からない。けれど「そんなことを、しかもそんな聞き方する?」という質問がバンバン飛び出している。

 たとえばこんなのがある。

 これまでと現在を振り返って「俺ってやっぱすごかったんだなー、とくべつだったんだなー」みたいな気持ち、ない?これはありますでしょ、少しくらい(笑)。

 それから川上さんが「本当ですか?」と聞き返す場面も多い。たとえばこんな感じ。

 川上:「騎士団長殺し」という言葉が絵のタイトルだとわかったのはいつですか。
 村上:それはずっとあとのことです。ずっとあと(笑)。穴を開いたあとで。
 川上:それはマジですか。
 村上:マジで。

 この紹介だと「年下の女の子が、大先輩の大作家に軽いノリで聞いてる」だけ、と受け取られかねないので、付け加える。川上さんの村上作品への傾倒ぐあいと知識はハンパじゃない。村上さん本人より数段詳しい。例えば、「笠原メイっていくつでしたっけ?」って村上さんに聞かれて「笠原メイは十六歳。学校に行かなくなった高校一年生です」って、即答したぐらいだ。

 自分の作品に対する傾倒と、作家としての実力を、村上さんが認めた上で、その率直さまでも気に入ったからこそ、上に書いたような受け答えが実現したのだ。「インタビューを終えて」で村上さん自身が「「もっとこの人と長く話してみたいな」という気持ちを強く持った」と書いている。

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楽園のカンヴァス

書影

著 者:原田マハ
出版社:新潮社
出版日:2012年1月20日 発行 2013年1月15日 21刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

 今年の本屋大賞第6位の「暗幕のゲルニカ」の著者による2012年の作品。こちらは山本周五郎賞受賞作で、本屋大賞は第3位だ。著者は、デビュー11年で小説作品が40作あまりという多作な作家だ。その中で「暗幕のゲルニカ」と本書には多くの共通点がある。

 主人公はティム・ブラウン。30歳。ニューヨーク近代美術館(MoMA)のアシスタント・キュレーター。彼の元に上司のチーフ・キュレーター宛の手紙が誤って届く。上司の名前はトム・ブラウン。差出人がタイプミスをしたらしい。その手紙には「アンリ・ルソーの未発見の作品の調査をしてもらいたい」と書いてあった。

 ティムは上司のトムに成りすまして、調査を依頼してきた「伝説のコレクター」の元に駆けつける。そこにはティムと同じように調査を依頼されたもう一人の研究者、オリエ・ハヤカワが居た。二人でそれぞれ真贋の判断と講評を行って、より優れた講評をした方に、「取り扱い権利」を譲渡する。依頼の意図はそういう趣向のゲームへの参加だったのだ。

 これは面白かった。ちなみに私は4月に本屋大賞の予想をした時に、「暗幕のゲルニカ」を「大賞」と予想している。その「暗幕のゲルニカ」とも甲乙をつけ難い。

 「多くの共通点がある」と先に書いた。それは例えば両作品とも、絵画を巡るアートミステリーであること、異なる時代を行き来してストーリーが進むこと、異なる時代は一見すると断絶しているけれど、実はつながりがあること、などなど。そして何よりも読者を絵画の世界に引き込むこと。

 実は、ティムの元に件の手紙が届くのは第二章で、物語のプロローグともいえる第一章が、(当たり前だけれど)それより前にある。そこは、第二章の17年後の日本、早川織絵(オリエ・ハヤカワ)が倉敷の大原美術館で監視員として登場する。そして、ティム・ブラウンはMoMAのチーフ・キュレーターになっている。この第一章の存在が、物語を数段面白くしている。満足。

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15歳の寺子屋 ゴリラは語る

書影

著 者:山極寿一
出版社:講談社
出版日:2012年8月30日 第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 著者は、京都大学第26代総長で、ゴリラ研究の第一人者。本書は「15歳の寺子屋」というシリーズで、科学者や哲学者やスポーツ選手など、その道を究めた方々が、15歳という「大人への第一歩を踏み出す」人たちへ贈る言葉が記されている。

 15歳の人たちに対して、ゴリラの研究がどんな役に?という疑問は、まぁ、当然の疑問だ。カバーにはこんなことが書いてある。「人間がどういう生き物なのかを知りたいときに、よき鏡となってくれるのが、ぼくたちと祖先を同じくしているゴリラなのです

 続けて「恋と友情の間で悩むのは、なぜ?家族の役割って、なに?戦争をするのは、なぜ?自然が必要なのは、なぜ?そんな難しい問いに、ゴリラはヒントをくれます」 「大人への第一歩を踏み出す」人たちに話すにふさわしいテーマだと思うがどうか?

 著者の話は、著者がゴリラ一家にホームステイしていた時のことから始まる。そう、ゴリラの研究は、ゴリラ流あいさつとゴリラ語を学んで、群れと一緒に暮らして(ホームステイして)その生活を観察する。ここでは、若い6歳のゴリラと一緒に、木の洞で雨宿りした経験が紹介されている。

 その後、話は一旦著者の子ども時代に戻り、人間不信に陥った高校時代を経て、大学そして霊長類、ゴリラの研究に至る道程が語られる。最初はニホンザルの、次にゴリラのフィールドワークを経験する。ある時、その視線の使い方の違いを知って、人間は「ゴリラの世界の方に属している」と気付く。おそらく、この経験が「ゴリラを通してヒトを見る」ことにつながったに違いない。

 例として「ゴリラを通して見たヒト」を一つだけ。ヒトは食物を分けあって顔を合わせて食べるけれど、ゴリラはそうしない。というか、食物は争いの種になるので、ほとんどの動物は別々に食事をとる。これはどういうことか?著者の見解は「あえて食事をともにすることで、絆を確認し共感を深める」。人間にとってそれだけ「共感」は、必要なものだったのだ。

 最初に書いたように本書は、15歳の人たちへ書かれたもの。しかし、私のように50歳を疾うに過ぎても、分からないことだらけなのだから、こういう本を糸口にして考えを巡らせるのも悪くないと思う。

 最後に。もしこの本が気になったら、著者の近刊「ゴリラは戦わない」も読んで欲しい。

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真夜中のパン屋さん 午前5時の朝告鳥

書影

著 者:大沼紀子
出版社:ポプラ社
出版日:2017年6月15日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「まよパン」シリーズの第6弾。舞台となっているパン屋「ブランジェリークレバヤシ」の営業時間が午前5時で、前作のタイトルが「午前4時の共犯者」だから、今回が最終巻、という予想ができた。その予想通りについに完結。

 これまでを振り返ると、主人公の女子高校生の希実は、「ブランジェリークレバヤシ」の亡くなった奥さんの美和子の腹違いの妹、ということで転がり込んできた。しかしそれはウソで、もっともっと入り組んだ事情があった。そのあたりの事情が、前作であらかたあきらかになった。

 そして、希実と「ブランジェリークレバヤシ」には、希実にまつわる事情と同じぐらい入り組んだヤヤこしい人たちが集っている。夜中に徘徊する小学生、でかいけれど超美人のニューハーフ、のぞき魔の変態、腹話術の人形を抱えた高校生、裏社会で生きてきた飲食店経営者、結婚詐欺師の女と双子の姉妹...。

 読み始めると、「のぞき魔の変態」が主人公になっている??結婚して3歳の子どもがいることになっている???そんな記憶がまったくないのだけれどどういうことかと訝しんでいると、おぼろげに分かってきた。どうやら前作から5年ほど経っているらしい。「ヤヤこしい人たち」も含めて、それぞれが新しい道を歩み出している。

 最終巻はどんな結末になるのか?と期待していた。特に「こんな結末かなぁ?」と予想していたものはないのだけれど、この「5年後」の設定に「こう来たか!」という驚きがあった。それぞれの人に5年の歩みがあって、変わったこと、前進したことがある。しかし修復できなかったこともある。読み終わってみると「この結末しかない」という納得の最終巻だった。

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