高校生にも読んでほしい安全保障の授業

書影

著 者:佐藤正久
出版社:ワニブックス
出版日:2015年8月25日 初版発行
評 価:☆☆☆(説明)

 私はこの度の安保法制には納得のいかないことが多い(はっきり言うと反対)のだけれど、賛成の意見も知ろうと思って、本書を読んでみた。ネットやテレビでは、じっくり聞くには短すぎるためか、論理展開が雑で表現が乱暴なものばかりで参考にならない。やっぱり1冊の本ぐらいの分量は必要なのだと思う。

 それで書店に行って安保法制関連のコーナーで、何冊かパラパラと読んでみた。本書が一番ていねいで理性的に書いてあるように思った。「ヒゲの隊長」こと、参議院議員佐藤正久さんが、高校生に向けて書いた本だ。

 「集団的自衛権ってなに?」「日本の身近にある脅威とは?」「戦わずに国を守る方法はあるの?」「自衛隊員のリスクをいかに下げるか?」「スッキリわかる!安全保障Q&A」の5章建て。授業を模して1限目、2限目..と読み進むようになっている。

 一読して著者の主張はよく理解できたと思う。特に、自衛隊の隊長としてイラクに派遣された経験を基にした説明には説得力があった。そういうことであれば、私も何らかの法改正の必要性を感じる。ただしそのためには、もっとコンパクトで効果的なやり方があって、それで十分。「集団的自衛権の行使容認」というような物々しいものには、他の目論見があるように思う。

 残念なことも多い。「中国による領空侵犯のケースが増えている」というのは事実誤認(「防衛省の報道発表によると、中国機による領空侵犯は2012年の1回のみ)だろう。南シナ海の記述には誇張がある。テロの危険が増えることも、アメリカの戦争に巻き込まれる恐れも認めるけれど、それには有効な答えがない。

 それでも、著者が国会の議論に加わっていたら、違った結果になったのにと思う。著者は、上にも書いたように、テロの危険やアメリカの戦争に巻き込まれるという「リスク」を認めているからだ。もちろん自衛隊員のリスクが高まることも認めている。

 私は、衆院の特別委員会で中川防衛相が「自衛隊員のリスクは高まらない」と答弁したあたりから、国会の議論は空転してしまったと思っている。なぜならリスクを認めないとリスクを減らすための議論はできないし、抑止力という効果がリスクに見合うものかどうかも考えられないからだ。

 著者に問いたい。この安保法制で良かったんですか?と。ご子息を含む著者の後進の自衛隊員たちは、手足の縛りを少しだけ緩められて、より危険な任務に送られることになる、と思うからだ。

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ゆんでめて

書影

著 者:畠中恵
出版社:新潮社
出版日:2012年12月1日 発行 12月10日 2刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「しゃばけ」 シリーズの第9作。第1作「しゃばけ」、第5作「うそうそ」、前作「ころころろ」に続く4作目の長編(5編の連作短編)作品。しかし今回は、後述するようにとても斬新な構成になっている。

 タイトルの「ゆんでめて」は「弓手(ゆんで)馬手(めて)」で、弓を持つ「左手」と馬の手綱を握る「右手」という意味。本書の冒頭で一太郎が右の道を駆けて行く。本当は左の道を行くはずだった。ここは運命の分かれ道でもあった。

 一太郎は、兄の松之助の子どもの松太郎の祝いの席に居た。松太郎は4歳。元気いっぱいで、そのせいか松之助の店は明るさに満ちていた。ところが一太郎は元気がない。元来が病弱なので珍しいことはないのだけれど、今回は別の理由があった。友でもある妖の「屏風のぞき」が行方不明なのだ。

 こうして始まった後は、いつものようにちょっとした謎解きや、登場人物たちの大騒ぎが、楽しく綴られていく。2編目の「こいやこい」には、可愛らしいお嬢様が5人も登場して、なんとも華やかだし、3編目の「花の下にて合戦したる」は、オールスターキャストの装いで、4編目の「雨の日の客」にも懐かしい人が出てくる。本書は読者サービスの巻かと思う。

 そんな感じで楽しく読めるのだけれど、本書はそれだけでなく、とんでもない大仕掛けが仕掛けられている。冒頭の「兄の松之助の子どもの~」のくだりは、前作まで読んでいる読者が知らないことばかりで、明らかに時間が飛んでいる。実は本書は、短編を読み進めるごとに時間を遡る仕組みになっているのだ。

 「解説」にも書かれていたけれど、著者は各巻ごとに様々な工夫を凝らしている。短編集あり、連作短編集あり、長編もあり、時に主人公を変えてみたり。しかしシリーズ9作目にして、ここまで実験的な試みをするとは驚きだ。しかも「解説」によると、続巻も「括目して待て」とのことで、とても楽しみだ。

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天空の蜂

書影

著 者:東野圭吾
出版社:講談社
出版日:1998年11月15日 第1刷 2015年7月21日 第68刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 20年前に刊行された本書を原作とした、同名の映画がロードショー中。9月12日の公開前後にはCMも流れていたのでご覧になった方もいるだろう。

 時代は刊行時と同時代、つまり今から20年前。その日、防衛庁に納められる予定だった、胴体長33.7mという超大型ヘリコプター、通称「ビッグB」が何者かに盗まれる。遠隔操作という前代未聞の方法で。「ビッグB」は、敦賀半島北端にある原子力発電所に飛来し、原子炉の真上で停止する。

 犯人からの要求はシンプルだが、政府に重大な決断を迫るものだった。「稼働中、点検中の原発をすべて使用不能にすること。建設中の原発は、すべて建設を中止すること」。その要求が受け入れられない場合は「ビッグB」を原子炉に墜落させる..。

 本書は文庫本で600ページ超もある長編だけれど、ここまでわずか50ページあまり。このスピード感のまま、「ビッグB」の設計者、原発の関係者、犯人を追う警察官、そして事件の犯人その人など、多くの登場人物のストーリーを並行して描く。息をつく間もない、とはこのことだ。

 本書が投げかけるテーマは重い。福島の原発事故を予見するかのようなストーリーに寒気を覚える。犯人の最後のメッセージは私たちへの警告だ。思えば私たちは何度か警告を受け取っているのに、それを生かせていないのではないか?

 本書を多くの人に読んでもらいたい。映画も観てもらいたい。

 映画「天空の蜂」公式サイト

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鍵のない夢を見る

書影

著 者:辻村深月
出版社:文藝春秋
出版日:2012年5月15日 第1刷 7月25日 第2刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 2012年上半期の直木賞受賞作。WOWOWでドラマ化されDVDもリリースされている。「仁志野町の泥棒」「石蕗南地区の放火」「美弥谷団地の逃亡者」「芹葉大学の夢と殺人」「君本家の誘拐」の5編を収めた短編集。

 著者がインタビューで「新聞やテレビのニュースで大きく取り上げられることのない「町の事件」を扱う短篇集にしようと、はじめに決めました」と答えている。しかし、殺人事件も複数あって、なかなか緊張感のただよう物語が展開する。

 「仁志野町の泥棒」は小学生ころの回想。友達の母親の秘密を知ってしまう。「石蕗南地区の放火」は保険の調査員が主人公。実家の目の前で火事が起きる。「美弥谷団地の逃亡者」と「芹葉大学の夢と殺人」は少しテーマが重なる。付き合う男性が災いの元になる。「君本家の誘拐」は一瞬目を離したスキにベビーカーごと子どもを誘拐された母親を描く。

 5編すべてで女性が主人公。その他に私が5編に共通して感じたのは様々な形の「ずれ」。一つは「決定的に間違っているわけではない、しかし普通とは違う」という感覚。例えば「芹葉大学~」の主人公の彼の夢は「医者」と「サッカーの日本代表」になること。その夢を邪魔するものは許せない。

 もう一つは、価値観の「ずれ」。例えば「君本家の誘拐」での、不妊に悩んだ末に娘を授かった主人公と、海外ブランドの有名店に勤める高校時代の友人。悪意はない無邪気な言葉が、相手の心に小さな嵐を起こす。

 こうした「ずれ」が生む空気も緊張感につながっている。直木賞受賞作だけあって、物語への引き込み方が巧みだった。ただ、こんな不穏な物語が受賞していたとは思わなかった。

ドラマ「鍵のない夢を見る」公式サイト

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アルケミスト 夢を旅した少年

書影

著 者:パウロ・コエーリョ 訳:山川紘矢+山川亜希子
出版社:KADOKAWA
出版日:1997年2月25日 初版発行 2014年2月5日 50刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 本書は、1988年にブラジルで発表されて、大きな評判を呼んだ。その後に英語を始めとして各国語に翻訳され、世界的なベストセラーとなった。ブラジルではもちろんフランスやイタリアなどでもベストセラーリストの1位に何回も顔を出し、各国で文学賞を受賞しているそうだ。日本語訳は1994年に発行。

 主人公はサンチャゴという名のスペインの羊飼いの少年。ただ少年と言っても16歳まで神学校にいて、羊飼いとしての流浪のの暮らしを2年間しているので、物語の始まりの時で18歳ぐらい。

 サンチャゴは「エジプトのピラミッドに来れば、隠された宝物を発見できる」という同じ夢を二度見た。彼は夢を解釈してくれる老女に会い、セイラムの王メルキゼデックを名乗る老人に会い、彼らの言葉に従ってエジプトを目指すことになる。

 この後サンチャゴは、騙されたり危ない目に会ったり、助けられたり導かれたりして、エジプトへ向かう旅路を行く。「困難を乗り越えて目的地に達する」パターンで、ドラマあり教訓もありなのだけれど、正直に言って、最近の類似の物語に比べると、圧倒的に「もの足りない」。

 だから、この物語が世界的なベストセラーになったのは、冒険のハラハラドキドキに、読者が興奮したからではない。むしろ「興奮」とは逆。随所にちりばめられた「勇気付けられる言葉」「ハッとさせられる言葉」を、ひとり「静かに」胸に納めるようにして、この本が大事な本となったのだろうと思う。

 例えば、クリスタル商人の言葉。受け止め方は様々だろう。私は、自分の中にこんな考えがないか、自問してみた。

 今の店は、わしが欲しいと思っていたちょうどその大きさだ。わしは何も変えたくない。どうやって変化に対応したらいいかわからないからだ。わしは今のやり方に慣れているのだ。

 もう一つ。メルキゼデック王の言葉。

 人は人生のある時点で、自分に起こってくることをコントロールできなくなり、宿命によって人生を支配されてしまうということだ。それが世界最大のうそじゃよ

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ドローン・ビジネスの衝撃

書影

著 者:小林啓倫
出版社:朝日新聞出版
出版日:2015年7月30日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 ドローンと呼ばれる小型無人飛行機、そのうち特にビジネス向けのドローンの「これまで」と「これから」を、豊富な事例と共に紹介する本。ドローン業界のキーパーソンへのインタビューを効果的に挟んでいる。

 第1章の「なぜいま「ドローン」か」から始まり、「多様化するドローン活用」「システムに組み込まれるドローン」「ドローン・ビジネスのバリューチェーン」「ドローンと規制」「空飛ぶロボットとしてのドローン」と全6章の構成。

 私は仕事の関わりがあって、この数カ月にドローンに関する書籍を何冊か読んだのだけれど、「ドローンの活用」を多方面から描く本書は、群を抜いて良かった。著者は「POLAR BEAR BLOG」を運営するアルファブロガーで、ドローンの専門家ではないらしい。だからこそ、執筆にあたって多数の取材を行ったことが良かったのだろう。

 ドローンのビジネス利用と聞いて、まず「空撮で使うやつ」と思った人は(私も最近までそうだった)、本書を読んで認識を改めた方がいいかもしれない。例えば、先行する「無人ヘリ」は、農薬散布のために国内で2700機運用され、水稲耕作地の36%をカバーしている。機体側で自動制御が可能なドローンは、さらに広範囲な活用が見込まれているのだ。

 将来に目を向けると、カメラや各種センサーを活用した警備や建築・測量などに使われる。また、高度成長期に建設された橋梁や道路や建物などの、大量の建造物の検査には、なくてはならないものになるだろう。さらに、障害物のない空を飛び同じ場所に留まれるという特性は、通信インフラの整備などに威力を発揮する。

 今はまだ想像もされていない使い道があるかもしれない。新たな用途を考えるには、著者が考案した「空飛ぶロボット」というドローンの位置付け方が役に立ちそうだ。米国では2025年までに10万人以上の雇用を生み出すと試算されている。その周辺にもビジネスが立ち上がってさらに拡大する。

 安全性やプライバシーなどの人権の問題をうまくクリアして、この将来性を実らせて欲しいと思った。

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学者は語れない儲かる里山資本テクニック

書影

著 者:横石知二
出版社:SBクリエイティブ
出版日:2015年8月25日 初版第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 著者は徳島県の上勝町で、日本料理に彩りを添える葉っぱ(つまもの)を栽培・出荷・販売する「葉っぱビジネス」を展開・成功させた立役者。地域の再活性化に取り組む人で、上勝町の「葉っぱビジネス」のことを知らない人はいないだろう、そう思うぐらい有名な事例。そして上勝町はさらに進化していた。

 「進化」とは例えば、70代80代のおじいちゃん、おばあちゃんたちが、タブレットを操って市場情報を分析して、高値で売れるように出荷数を調整している、という驚くべきことだ。これだけでもじっくり聞きたい話なのだけれど、本書のメインはこの「葉っぱビジネス」のことではない。

 章タイトルをいくつか紹介すると、本書のメインが分かると思う。「里山資本で儲ける仕組み」「地元の"重鎮"に気をつけろ!」「効率を重視すると失敗する」..。本書は、著者が経験した数々の「成功」と、それより多い「失敗」から得た、「葉っぱビジネス」の成功を普遍化した、地方の生き残りのノウハウを記したものだ。

 実は、私は以前から疑問に思っていた。上勝町が最初に話題になったのは90年代で、今から20年も前のことなのだ。「山にいっぱいある葉っぱを商品として売る」というシンプルなビジネス。どうしてマネをして成功する「第二の上勝町」が現れないのだろう?それが私の疑問。

 本書を読んで、その疑問が少し晴れた。「地元の"重鎮"に気をつけろ!」など、書いてあることは「地方あるある」の類が多くて、地方に住む人にとっては「常識」に近い。

 秘密はその「常識」への取り組み方にあった。正直言って私にはマネできない。私だけでなく、マネできる人がなかなかいないから、「第二の上勝町」が現れないのだろう。

 それでも私にもできそうなこと、役立ちそうなこともあった。「人を生かすためには「出番」と「役割」を作ること」。これは「地域の再活性化」のような大きな取り組みでなく、もっと小さなことにも応用ができそうだ。

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美雪晴れ みをつくし料理帖

書影

著 者:高田郁
出版社:角川春樹事務所
出版日:2014年2月18日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「みをつくし料理帖」シリーズの第9作。「味わい焼き蒲鉾」「立春大吉もち」「宝尽くし」「昔ながら」の4編を収録した連作短編。

 主人公の澪は、江戸の元飯田町にある「つる家」という料理屋の板前。彼女には、かつて修業した「天満一兆庵」の再興と、今は吉原にいる幼馴染の野江と昔のように共に暮らす、といった2つの望みがある。

 今回は、おだやかな展開だった。前回で再会を果たした「天満一兆庵」の若旦那との絆も結び直せたし、澪の母代わりであった芳にも良縁があった。「立春大吉餅」「宝尽くし」など、料理の名前もおめでたいものが続く。

 野江と共に暮らすという望みは、「野江の身請け」をするという、目標は定まった。しかし、いくら腕がいいとは言っても料理屋の板前の澪にとっては、それは相変わらず雲をつかむような話だった。それでもできることから手を付けるのが、澪の強さだ。

 それに、少しづつだけれど前に進んでいる。一時期は大切な人が澪の元を離れて行ってしまったけれど、支えてくれる人がまた現れる。これまでの艱難辛苦を乗り越えることで蒔いた種が、ひとつひとつ花が咲いて実り始めた感じだ。易者の占いによると、澪の運命は「雲外蒼天(うんがいそうてん)」。行く手を遮る雲はかなり薄くなってきたようだ。

 それもそのはず、次作「天の梯」でシリーズ完結。楽しみなような寂しいような。

 ※巻末の特別収録「富士日和」には、あの人が登場している。しみじみといい作品だ。

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黒島を忘れない

書影

著 者:小林広司
出版社:世論社
出版日:2014年11月25日 第1刷 2015年6月14日 第2刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 出版社の世論社さまから献本いただきました。感謝。

 本書は、太平洋戦争終戦間際の昭和20年に、特攻機で出撃するも機体不良等で航路途中の島に不時着した特攻隊員らと、彼らが不時着した島の島民たちの記録。その島の名が「黒島」。薩摩半島の先端の坊岬から南西60キロの海上に浮かぶ。当時は通信手段もなく、唯一の本土とのつながりであった連絡船も途絶え、孤立した島だった。

 その黒島の断崖の下で、瀕死の重傷を負った日本兵が発見される。柴田信也少尉。24歳。知覧基地を「隼」で出撃したが、機体不良のため帰投する途上でエンジンが止まり墜落、崖に激突した。島民らに救出され手厚い看護を受けるが、孤立した島には医者はおろか、満足な医薬品さえなかった。

 柴田少尉の救出から2週間後、知覧基地から双発の戦闘機「屠龍」で出撃した、安部正也少尉(21歳)が島の沖に不時着する。飛行機は逆さまに海面に激突したが、奇跡的にほとんど無傷だった。安部少尉は基地への帰還を強く希望。柴田少尉のことを隊に知らせるため、再出撃して特攻の任務を全うするためだ。

 この続きは是非本書を読んで欲しい。要約をすると大事なことが抜け落ちてしまう。その代り本書にまつわる別の話を紹介する。

 本書の発行日は2014年11月25日だけれど、著者である小林広司さんは、6年前の同日に亡くなっている。死の間際まで書き続けた遺稿を、奥さまが整理し、再取材・確認作業を経て、著者の七回忌に出版となった。

 特攻を扱った書籍は多く、中でも百田尚樹さんの「永遠の0」は話題になった。私は百田さん自身の昨今の言動には全く賛同できないけれど、作品そのものの価値は認めている。「戦争賛美」「デタラメ」という評価は当たらないと思っている。

 その上で言うけれど、「永遠の0」と本書には決定的な違いがある。あちらは「ドラマ」で、本書は「ドキュメンタリー」だ。著者による長い「はじめに」には「物語としてお読みいただきたい」とあるが、それは取材で足りない部分を、自分で補ったからだろう。ドキュメンタリーを撮る映画監督としての矜持の表れなのだと思う。

 「ドラマ」と「ドキュメンタリー」の違いは、これに触れた人の「誰かに伝えたい」という強い思いとして表れる。ドラマを見て「感動したよ」と他人に言うことはあっても、そのストーリーを伝えたいと強く思うことは稀だろう。

 しかし本書には、命を削るようにして書き続けた著者はもちろん、出版までの間にはたくさんの人の「伝えたい」という思いが重なっている。時にそれは「伝えなければ」という焦燥に近いものになる。詳しくは言わないけれど、本書が私の元に届くまでにも「伝えたい」という思いがリレーのように受け渡されてきた。今バトンは私のところにあるので、誰かに渡したい。誰か本書を読んで次の誰かに伝えて欲しい。

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ホワット・イフ? 野球のボールを光速で投げたらどうなるか

書影

著 者:ランドール・マンロー 訳:吉田三知世
出版社:早川書房
出版日:2015年6月25日 初版 7月25日 4版発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 本書は、著者が運営するサイト「What if?」に寄せられた、突拍子もない空想的な質問と、それに対する著者の答えをまとめたもの。どんな質問かと言うと、サブタイトルの「野球のボールを光速で投げたらどうなるか?」というようなものだ。

 「野球のボールを光速で投げる(実際の質問は「光速の90%で」)」なんてことができるわけがない、などという返事を著者はしない。物理学をはじめとする科学的な知見を基にして、大真面目に答える。

 ちなみにこの質問の答えは、詳細は本書を読んでもらうとして簡単に言うと「大惨事」になる。ボールの前にある空気分子と衝突して、核融合が起きるらしい。その結果球場の1.5km以内にあるものは潰え..バッターはデッドボールで1塁に進める(笑)

 その他には「使用済み核燃料プールで泳いだら..」「地球にいる人間全員が一斉にレーザーポインターを月に向けたら..」「マシンガンを何挺か束ねて下向きに打って、飛ぶことはできますか?」とかだ。全部で60個ぐらいある。

 (私は違うのだけれど)理系の人には、おそらく大ウケだと思う。著者は、物理学を学んだあとNASAでロボット工学に取り組み、マンガ家に転身した、という経歴の人だ。だから説明が「理系的」だから、というのがその理由。

 でも、自分が「理系の人」だと思っていない人も、いくつかの質問と答えを読んで見て欲しい。詳しいことは分からなくても、突拍子もない質問と、それに輪をかけてとんでもない答えは、きっと楽しいだろう。著者が描く、脱力系のマンガとユーモアも、その楽しさの役に立つに違いない。

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