鹿の王(上)(下)

書影
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著 者:上橋菜穂子
出版社:角川書店
出版日:2014年9月25日 初版発行
評 価:☆☆☆(説明)

 「守り人」シリーズ、「獣の奏者」シリーズで知られる著者は、作家デビュー25周年を迎え、今年3月には「国際アンデルセン賞 作家賞」を受賞。本書は受賞後の第一作。書下ろし長編。

 主人公はヴァン。年齢は40を過ぎたあたりか。強大な敵を相手に徹底抗戦を挑んだ戦士団「独角」の頭だった男。「独角」が全滅した戦いでだた一人生き残った。そして物語冒頭で起きた、彼が奴隷として働く岩塩鉱の人々を全滅させた疫病禍も生き抜いて逃走する。

 ヴァンと並んでもう一人重要な人物がいる。ホッサルという名の医術士で、物語の初めは若干26歳。医術、土木技術、工芸に優れ、数千年もの長きに亘って栄えた「古オタワル王国」始祖の血をひく。岩塩鉱での疫病の治療法を探る。

 物語は、前半はヴァンとホッサルのそれぞれのその後を描く。ヴァンは自分の居場所を見つけ、平穏に暮らしを始めた。しかし疫病を生き残った彼には、いくつもの追手が迫っていた。ホッサルも複雑な政治に巻き込まれ、やがて二人の運命が交わる。

 登場人物の一人が、問い詰めるヴァンに対して「複雑な事情があるのです」と答える場面があるが、まったくその通りで、この物語は複雑だ。いくつもの勢力が表と裏を使い分けながら駆け引きをして、いくつもの要素が絡み合って、複雑な模様の織物のような物語を織り上げている。

 国家、民族、宗教、生命、医療、倫理、親子、正義...ちょっと思いつくだけでもこうした要素が織り込まれている。だから様々な面があって、「こういう物語です」と言うことが難しい。でも敢えて一面だけ切り出すと、死ぬことだけを望んだ孤独なヴァンが、彼のことを慕い本当に心配する「身内」を得る、そんな物語だ。

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春になったら苺を摘みに

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著 者:梨木香歩
出版社:新潮社
出版日:2006年3月1日 発行 2013年2月20日 第18刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「家守綺譚」「西の魔女が死んだ」の著者である梨木香歩さんの初エッセイ。2002年2月、今から12年前の作品。30~40ページぐらいのエッセイが10編、すべて書下ろし。最後の「五年後に」は文庫版のみに収録。

 本書は、著者が20代の頃に英国に留学した時の下宿の女主人「ウェスト夫人」と彼女の周囲の人々や、著者が旅先などで出会った人々との交流をつづったもの。20代の頃から「今」(さらに文庫版では5年後)と、時代を自在に行き来しながら、エピソードが重ねられる。

 ウェスト夫人は徹底した無私の人。宗教も人種も経歴さえも(殺人の前科があっても)問わず、その下宿の部屋を提供する。部屋が空いていない場合を自分のベッドを明け渡してしまう。彼女を筆頭に実に多彩で個性豊かな人々が登場する。ウェスト夫人が引き寄せるのか、ウェスト夫人ごと著者が引き寄せているのか?

 私が一番印象に残ったのは「子ども部屋]という作品。著者が湖水地方のホテルに滞在した時のことを書いているのだけれど、どのようなきっかけがあるのか、そこから様々な時代に遡って、さらにそこからもう一段飛んでと、縦横無尽にエピソードと想いを綴っている。

 ウェスト夫人とその子どもたちのこと。その子どもたちが出て行って、空いた子ども部屋に著者が滞在していたころのこと。ウェスト夫人の元夫の家の家政婦のこと。20年前に通っていた学校のこと。騎士道のこと。そして「日常を深く生き抜く、ということは、そもそもどこまで可能なのか」というような思索的な言葉がふいに発せられ、自らの「精神的原風景」に言及する。

 そもそも著者は個人的な情報があまり公になっていない。本書の著者紹介だって作品名以外には「1959年(昭和34年)生まれ」としか書いていない。だからエッセイとは言え、経歴はもちろん、これだけ内面を記した文章に、私はとても引きつけられた。これは読んでよかった。

 上橋菜穂子さんが高校生の時に訪ねたという、英国の児童文学作家のルーシー・M・ボストンさんを、著者も訪ねたことがあるそうだ。何てことのない発見だけれど、気が付いた時はうれしかった。

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渋沢栄一の経営教室

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著 者:香取俊介 田中渉
出版社:日本経済新聞出版社
出版日:2014年7月23日 1版1刷
評 価:☆☆☆(説明)

 

 本書は幕末から明治・大正と生きた実業家、渋沢栄一の言動を現代に伝えようとしたもの。渋沢栄一は、王子製紙、東京ガス、東京電力、帝国ホテル、東京商工会議所、東京証券取引所、複数の銀行など、なんと500に近い会社や機関の設立に関わった人物。日本資本主義の父とも言われる。

 

 「その言動を現代に伝える」となれば、一般的には伝記にするか名言集にするか、といったところだろう。本書はちょっと趣向が違う。主人公の高校生の大河原渋が、何と幕末にタイムスリップして、渋沢栄一その人と行動を共にする。

 

 だから、完全なフィクションなんだけれど、後で調べたところ、大河原渋の存在以外の出来事の多くは、記録に残った事実なので「伝記」としての性格もある。さらに、重要な言葉は太字にしてあり、巻末にもまとめられているので「名言集」にもなる。

 

 さらに後半は、大河原渋の起業が描かれ、ちょっとした経済小説+自己啓発本にもなっていて、ラブストーリーまで組み込まれている。なんともハイブリッドな作品だ。「伝記」や「名言集」は退屈で..という人でもこれなら読み通せるかもしれない。

 

 ただし、こうした趣向には功罪がある。「功」は読みやすいこと。「罪」は事実とフィクションの境界があいまいなこと。下手をすると全部がフィクション、つまり「作り話」に思える。私のように「後で調べる」人ばかりではないだろう。それでは渋沢栄一の言動は伝わらなくなってしまう。

 

 渋沢栄一ってどんな人?と、興味が湧いた人は手に取ってみるといいと思う。少なくともこの記事を読んだ人は、「全部が作り話」と思ってしまう危険は免れるはずだから。

 

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地方消滅 東京一極集中が招く人口急減

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編著者:増田寛也
出版社:中央公論新社
出版日:2014年8月25日 初版 9月25日 5版
評 価:☆☆☆☆(説明)

 衝撃的なタイトルが、内容に合っていない本はたくさんある。本書の「地方消滅」というタイトルも衝撃的だ。実は、私は地方都市に住んで、地域振興に関わりのある仕事をしている。つまり「消滅」させられる立場なので、幾分かの「憤り」を持って本書を手に取った。ところが、本書の場合は内容の方がさらに衝撃的かつ深刻なものだった。

 本書は、著者らが平成25年から26年にかけて「中央公論」に発表した論文を再構成・加筆したもの。その論文は、国立社会保障・人口問題研究所(社人研)の「日本の将来推計人口(平成24年1月)」を基にしている。この推計によると、2010年に1億2806万人あった日本の人口は、2040年には1億728万人に、2060年には8674万人になる、というのだ。

 しかし、都議会のヤジ問題でハッキリしたように「少子化対策」への取り組みには切迫感が全くない。何十年先の人口がどうなっていようとあまり関心ない、という人もいるだろう。みんな仕事がなくって困ってるんだし少し減った方がいいんじゃない?、という人もいるだろう。この問題の深刻さを認識している人が少ないのだろう(私もこれまでが認識していなかった)。

 著者らは本書の冒頭で、この推計をベースにして、次の世代の人口に大きく影響する20歳~39歳の女性(若年女性)に注目した、市町村別のシミュレーションを行っている。その結果、2010年から2040年にかけての30年間で、若年女性が5割以上減少する市町村の数が896、全体の49.8%にも上った。

 たった30年で半数の市町村で、若い女性が(男性もなのだけれど)半分以下になる。本書の入り口に過ぎないのだけれど、このシミュレーションだけでも十分に深刻だ。「少し減った方が」どころではないのだ。また「少し減った方が」と考える人は、人口が減れば市場も縮小して仕事も減る、ということを失念している。私たちの社会は急激な市場縮小(例えば30年で半分というな)に耐えられるようには制度設計されていない。

 本書では、この問題に題する対策も記されている。地に足の着いた対策だと思う。それは「子育ての環境を改善する」という一言に尽きる。幸いなことは、子育ての環境の問題点はずいぶん前から認識されていることだ。残念なことは、それにも関わらず一向に改善されないことと、今のままでは今後も改善の見込みがないことだ。暗澹。

 ※巻末に市町村別の「将来推計人口」が掲載されている。ご自分の市町村の推計を確認してみてはいかがだろう?

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アイネクライネハナトムジーク

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著 者:伊坂幸太郎
出版社:幻冬舎
出版日:2014年9月25日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 伊坂幸太郎さんの最新刊。2007年から2014年にかけて文芸誌等に掲載された5つの短編と、書下ろし1編を収録。

 簡単に各短編を紹介する。「アイネクライネ」。ある突発事故の責任をとって「罰ゲーム」のような街頭アンケートを課された、市場調査の会社に勤める佐藤の物語。「ライトヘビー」常連客から弟をいくらか強引に薦められる、美容師の美奈子の物語。「ドクメンタ」自動車教習所の更新に出かける度に、同じ女性と出会う、市場調査の会社に勤める藤間の物語。

 「ルックスライク」駐輪場で料金をネコババした犯人を突き止めに行く美緒と和人の高校生コンビの物語と、ファミレスのアルバイトの朱美とその窮地を救った邦彦の物語のオムニバス形式。「メイクアップ」高校生の頃に自分をいじめてた同級生と再会した、化粧品会社の広報担当の結衣の物語。

 ここまでの各短編で、よく読んでいると、登場人物が別の作品に顔を出していたり、親子関係だったりと複雑に相関していることが分かる。バラバラの場所に書かれた作品とは思えない。

 最後が書下ろしの「ナハトムジーク」かつてのボクシングのヘビー級チャンピョンの19年を行き来する回想に、佐藤や美奈子や藤間や美緒らが登場する。これまでに残して来た伏線のほとんどが回収され、相関図が完成する。圧巻。

 以前から度々言っているけれど、気の利いた会話、愛すべきキャラクター、巧みな伏線、が私が好きな伊坂幸太郎さんの作品の特長。本書は久しぶりにそれが全開になっている。うれしい。

 最後に。冒頭の「アイネクライネ」は、ミュージシャンの斉藤和義さんから歌詞を依頼されて、「作詞はできないので小説を」と書いた作品。読後には斉藤和義さんの「ベリー ベリー ストロング~アイネクライネ~」を聴こう。

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第九軍団のワシ

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著 者:ローズマリ・サトクリフ 訳:猪熊葉子
出版社:岩波書店
出版日:1972年7月10日 第1刷 1984年11月5日 第4刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 上橋菜穂子さんが、影響を受けた作家としていつも上げられるのが、著者であるサトクリフ。そして「明日は、いずこの空の下」で、数多い作品の中から3つ選んだ中の一つが、この「第九軍団のワシ」。どんな物語なのか楽しみに読んだ。

 舞台は2世紀のイギリス。ローマ帝国のブリテン平定の北方前線への圧力が強まっていたころ。主人公はマーカス。ブリテン南西部の町の守備隊の司令官として赴任してきた。まだ20歳ぐらいの青年だった。

 マーカスの父親も軍人だった。第九軍団(ヒスパナ軍団)という歴史ある部隊の第一大隊長だった。しかし12年前にその第九軍団は、ブリテン最北部の氏族を平定するために進軍したのち、忽然と消息を絶ってしまっていた。副司令官でもある父親が守っていた、第九軍団の象徴である黄金の「ワシ」の行方も分からなくなっていた。

 物語は、マーカスの負傷・軍団からの離脱から、療養を経て「ワシ」の探査行を縦軸に描く。そこに、後に無二の友となるエスカ、隣家の少女のコティアらとの出会いと関係の発展横軸に、さらに、征服者であるローマ人に対する、被征服者のブリテン人の複雑な感情を背景にして、重厚な作品となっている。

 上橋さんがのめり込んだのも分かる気がする。これまで私は著者の作品として何冊か読んだのだけれど、「アーサー王」や「オデュッセイア」など、原典のある作品ばかりだった。それも良かったのだけれど、オリジナル作品はさらに良かった。

 なんと、映画にもなっていた。
 第九軍団のワシ スペシャル・エディション [DVD]

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マーケティングと共に フィリップ・コトラー自伝

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著 者:フィリップ・コトラー 訳:田中陽、土方奈美
出版社:日本経済新聞社
出版日:2014年8月25日 1版第1刷
評 価:☆☆☆(説明)

 「マーケティングの神様」とも称される著者の初めての自伝。2013年に連載された日本経済新聞の「私の履歴書」が基になっている経緯もあって、日本でのみ出版された。

 1931年生まれの著者は、御年83歳。先月、東京で開かれた「ワールド・マーケティング・サミット」のために来日された。本当にお元気だ。処女作「マーケティング・マネジメント」の出版が1967年というから、実に半世紀もマーケティングの世界で第一人者であり続けているわけだ。

 本書は「自伝」であるので、その生い立ちから書き起こされている。両親はウクライナからの移民で英語も話すこともできすにアメリカの地を踏んだという。生まれ育ったシカゴは、貧富の差が大きく、アル・カポネらが暗躍していた。

 さらに、結婚直後に研究のために渡ったインドでは貧困の問題が深刻だった。著者の考えるマーケティングが、企業の成長・繁栄の先に「より良き社会」の実現を目的としているのは、こうした生い立ちや経験によるものなのだろう。

 親交のあった人のことも多く書かれている。著者の博士課程修了の審査委員会には、後にノーベル賞を受賞したポーール・サミュエルソンとロバート・ソロー。日本で「もしドラ」で有名になった、ピーター・ドラッカーからの「お話をしませんか」という誘いには、翌日の朝一番の飛行機に飛び乗った。「神様」にも先生や尊敬する人がいたわけだ。

 また、著者の「履歴書」は、マーケティングの歩みそのものなので、本書はマーケティングの変遷や概観をつかむのにとてもいい。折々の著書も紹介されているので、気になった話題があれば、そこで紹介されている本を読んでみればいいだろう。

 実は私は、大学ではマーケティングを専攻していた。もう30年も前のことになる。多くのマーケティングゼミがそうであったように、「マーケティング・マネジメント」が教科書だった。今も我が家の本棚にある。本書によれば、第14版となって今も発売されているらしい。「古典」ではなく「教科書」として、半世紀近く使われるとは..言葉もない。

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伝え方が9割

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著 者:佐々木圭一
出版社:ダイヤモンド社
出版日:2013年2月28日 第1刷発行 8月8日 第11刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 知り合いに薦められて借りて読んだ。正直に言ってあまり期待していなかった。「人は見た目が9割
」という本が、100万部を超えるベストセラーとなったのだけれど、内容は「メラビアンの法則」を誤用した上に、中身のないものだった。その後「○○が9割」という本がたくさん出版されたけれど、どれも同類に思えてしまっていた。

 本書はどうだったかと言うと、これが意外と(なんて言っちゃ失礼なのだけれど)良かった。とても役に立ちそうだ。最初は「やっぱりなぁ」と思って読んでいた。「まったくあなたに興味がない人をデートに誘うときのコトバ」なんて興味ないし、第一それってゴマカシじゃないの?と思ったので。

 本書のベースにある考え方はこうだ。「同じことを言っていても伝え方によって結果が変わる」「伝え方にはシンプルな技術がある」。コピーライターとして、著者が試行錯誤の末に導いたその「技術」を伝授してくれる、というわけだ。

 どんな技術かと言えば、大きく分けると「「ノー」を「イエス」に変える技術」と「「強いコトバ」をつくる技術」の2つ。それぞれを豊富な具体例を使って解説している。私は特に「強いコトバ~」が参考になった。

 「強いコトバ」にはエネルギーがあるのだ。言葉にエネルギーを与える一番簡単な方法は「!」をつけることだ。「なぁんだ、そんなことか」と思ったかもしれないけれど、これだって意識して使えば立派な「技術」なのだ。(自分の首を絞めてしまったかも?今後、私の言葉に「!」が増えても指摘しないで欲しい)

 最後に。考えてみれば「技術」は、上に書いた「ゴマカシ」を言い換えたものだけれど、受け取る感じは全く違う。それから
何よりも「伝え方」の指南書だけあって、伝え方がうまい。本書自体が著者の「伝え方」の上手さの証明になっている。

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明日は、いずこの空の下

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著 者:上橋菜穂子
出版社:講談社
出版日:2014年9月1日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「国際アンデルセン賞」受賞記念出版。

 「物語ること、生きること」に続いて、「守り人」シリーズ、「獣の奏者」シリーズなどの著者が、自分のことを語ったエッセイ集。17歳の時に高校の研修旅行で行った英国から始まって、フィールドワークで出かけた沖縄やオーストラリア、お母さまとの旅行先の国々、色々な空の下の旅の思い出を綴る。「小説現代」に連載された20編と書下ろし1編を収録。

 高校の研修旅行は、大好きだった小説の舞台となった作者が住む家を見られるかも?と思って参加したそうだ。その想いを手紙にして作者に送ったら、まさかの「ぜひいらっしゃい」という返事。ご本人の出来事が物語的だ。

 さらに「車がびゅんびゅん走る道路を颯爽と横切る修道女のおばあさん」とか、「カンガルーの尻尾が大好きなアボリジニの子どもたち」とか、旅先で出会う魅力的人々がたくさん登場する。「物語ること、生きること」で「物語は、私そのものですから」と言っていた著者が綴ると、エッセイも「物語」となる。

 「変化は苦手、お布団にもぐりこんで、好きな本を読んでいられたら幸せ」という著者と、異文化の中に単身で飛び込んでいく姿が、これまではどうにも重ならなかった。でも、本書を読んでそのわけが少し分かった。

 そういったところは、ご本人も認めていらっしゃるのだけれど、お母さまに似たのだろう。周りが「えっ」と思う行動をしてしまう。オーストラリアで突然カンガルーのマネをするお母さまと、ウェールズで騎士の鎧を付けてポーズをとる著者は、やってることがそっくりだ。

 その他にも、作品とのつながりを感じることができる部分も随所にあって、著者の作品のファンならきっとワクワクしながら読めるだろう。

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奇跡の脳 脳科学者の脳が壊れたとき

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著 者:ジル・ボルト・テイラー
出版社:新潮社
出版日:2009年2月25日 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 本書を読むきっかけは、TED Talkのプレゼンテーション。脳卒中によって脳の機能がひとつずつ停止していく、という恐ろしい体験を、実に興味深くそして実にユーモアたっぷりに伝えていた。そのプレゼンターの著書があると聞いて読んでみた。

 著者の職業は「脳解剖学者」。脳卒中に襲われた当時は、ハーバード医学校で、若い研究者たちに人間の脳について教えていた。このことが、本書(とTED Talkのプレゼン)を、特別に興味深いものしている。なぜならこれが、脳の専門家が脳卒中を「内側から観察した」(おそらく世界で初めての)記録だからだ。

 さらに言えば、著者が脳の専門家であることは、ユーモアの源泉にもなっている。著者が、自分が脳卒中になったことを悟った時に心に閃いた言葉が「あぁ、なんてスゴイことなの!」で、小躍りしたくなるような気持ちになった、というのだから。

 内容は、「脳卒中になる前」「症状の進行とそれに伴う混乱」「そこからの回復」「新たな発見」と、大きく4つに分かれる。特に、症状の進行と回復の部分は、本当に興味深かった。外からの観察では到底得られない知見だと思う。例えば、著者は左脳の機能だけを失い、右脳と左脳の役割を、自らのこととして体験する。もちろん右脳左脳については、すでに様々な研究がされているが「体験」した人は少ない。

 心に残った例をひとつ。著者によると私たちの感情は、まず遭遇した状況に右脳が反応する。いやな目に会えば「恐れ」や「怒り」などを感じる。しかしその反応は90秒しか持たない。それ以上継続させるのは左脳の働きなのだ。

 
 つまり「恐れ」「怒り」「憎しみ」などの負の感情も(正の感情も)、90秒を超えて持つ場合には、左脳が「これは継続する」と選択したものなのだ。脳だって自分の身体なのだから、このことを意識さえすれば、選択をコントールできる。著者はそう主張する。

 下に紹介するTED Talkだけでも見てほしい。興味が湧いたら本書の一読をおススメする。
 TED Talk Jill Bolte Taylor: My stroke of insight

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