2.小説

コーヒーが冷めないうちに

書影

著 者:川口俊和
出版社:サンマーク出版
出版日:2015年12月6日 初版 2016年11月10日 第34刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 2017年の本屋大賞ノミネート10作品のうち、この本だけはまだ読んでなかった。本屋大賞は10位とはいえシリーズ100万部突破で、今年の9月には有村架純さん主演の映画が公開されている。

 「恋人」「夫婦」「姉妹」「親子」の4話を収録。それぞれの物語に主人公がいる。舞台は、路地裏の地下にある喫茶店「フニクラフニクリ」。この喫茶店には都市伝説がある。ある座席に座ると、座っている間だけ望んだ通りの時間に移動できる、というもの。本書は「タイムスリップもの」だ。

 都市伝説は本当で過去に行ける。ただし制限事項がたくさんある。主なものを3つ。タイムスリップできるのは、移動するときに淹れたコーヒーが冷めてしまうまでの間だけ。その席から動くことはできない。過去に戻ってどんなに努力しても現実は変えられない。

 誰か大切な人を事故で亡くしたとして、過去に戻って事故に会わないよう忠告しても、その大切な人はやっぱり亡くなってしまう。この制限によって、「タイムスリップもの」でよくある「人生のやり直し」はできない。そんなことでタイムスリップする意味あるの?という疑問は浮かぶが、意味はある。4話それぞれの主人公はそれでも心残りの時間に行くことを選ぶ。

 4話のタイトルはすべて会いに行く二人の間柄を表している。それぞれ「彼氏に」「夫に」「妹に」「娘に」会うために時間を越える。例え現実が変わらなくとも、無駄足になるかもしれなくても、わずかな時間だけでもいいから会いたい。そう思うほどの強い気持ちを感じるのは、こういう近しい間柄の人にう対してなのだろう。

 極めて真っすぐな感動話だった。「あの時こうしていれば」という後悔のないように生きなくては、と思う。しかし、本書にはそれ以上のメッセージが込められている。それには「現実は変えられない」という制限が効いている。「過去を変えても現実は変えられない。でも...」

 すでに続編として、「この嘘がばれないうちに」「思い出が消えないうちに」の2冊が出ている。

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花々

書影

著 者:原田マハ
出版社:宝島社
出版日:2009年3月18日 第1刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 本書のことは、「カフーを待ちわびて」のレビュー記事へのコメントで、日月さんに教えていただきました。感謝。

 著者のデビュー作にして人気作「カフーを待ちわびて」の関連本。「カフー~」の与那喜島で、明青と幸の物語と並行して繰り広げられていた、もう一つの物語。ダイビングショップのアルバイトの純子と、明青の同級生で東京で働く成子の2人を主人公として、沖縄の島で暮らす女性たちの人生が交差するドラマ。

 純子は、三十歳手前で故郷の岡山の町を飛び出して、沖縄周辺の島をいくつか巡った後、この島にやって来た。しばらくは旅を続けるつもりだったのに、この島の景色に「安住」という二文字が浮かんだ。村営住宅のアパートで、先輩アルバイトの奈津子の部屋の隣室で暮らしている。

 成子は、日本有数の都市開発企業に勤め、都心の巨大な複合開発のプロジェクトリーダーとして、昼夜を分かたず働いている。結婚5年目。子どもはいない。夫とは仲は悪くないけれど、円滑な結婚生活とは言えない。リゾート開発計画が持ち上がった故郷の島に、帰郷した時に純子と出会う。

 島にやって来た純子と、島を出て行った成子。逃げるように旅する純子と、追い求めるように働く成子。正反対に見える二人が出会うことで、それぞれに次の道が示され、その道の先にさらに次への道しるべが..という具合に発展する。

 彩りと花の香を感じるような物語だった。「花々」というタイトルの通り、花の名前が章題で、その話のキーアイテムにもなっている。上に「女性たちの人生が交差」と書いたけれど、その女性たちは一人ひとりどれかの花と結びついている。女性たちは様々な屈託を抱えているのだけれど、その身の処し方はとても軽やかだ。沖縄の海と空と花々と女性たちが、物語を軽やかに明るく彩る。

 最後に。冒頭に「続編」ではなく「関連本」と書いたのは、時間的に「続き」ではないことと、明青と幸をはじめ「カフー~」の主要な人物が、ほとんど登場しないからだ。しかし、最後まで読むと、本書が紛れもない「続編」であったことが良くわかる。本書は「カフー~」のためにあり、「カフー~」は本書によって新たに躍動を得る。

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ファーストラヴ

書影

著 者:島本理生
出版社:文藝春秋
出版日:2018年5月30日 第1刷 7月25日 第5刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 2018上半期の直木賞受賞作。

 主人公は臨床心理士の真壁由紀。30代半ば。結婚して10年。夫と小学生の息子と3人で暮らしている。コメンテーターとしてテレビにも出演している。知名度が高いこともあって、出版社から本の執筆を依頼される。それは、世間の耳目を集めている、女子大生が父親を刺殺した事件の容疑者を取材して、その半生を臨床心理士の視点からをまとめる、というものだ。

 その容疑者の名前は聖山環菜。22歳。女子アナウンサー志望の環菜は、キー局の面接で具合が悪くなり途中で辞退。数時間後に、父親が講師を務める美術学校で、父親を包丁で刺した。自宅へ戻り、母親と言い争った後、自宅を飛び出す。多摩川沿いを顔や手に血を付けたまま歩いていたところを目撃され、警察に通報される。

 物語は、環菜との面会を通じて、由紀が事件の真相を解き明かす様子を軸に描かれる。「真相」と言っても、「事実」にはあまり争うことはなく、もっぱ「動機」についてだ。環菜は取り調べで「動機は自分でも分からないから見つけて欲しいくらいです」と答えた。本人にも分からない「動機」。臨床心理士の由紀になら明らかにすることができるのか?

 冒頭からずっと不穏な緊張感が漂っている。最初はその緊張感を、軸となる「環菜の物語」と並行して明かされる、過去の「由紀の物語」が放っている。環菜の事件の担当弁護士が由紀の義弟で、二人の間に何かがあったことが仄めかされる。そちらが少しずつ明らかになるに従って、今度は環菜の生い立ちや環境が、何か禁忌に触れそうになって、心を騒めかせる。そして2つの物語が響き合い..。

 登場人物の多くが心に傷を負っている。帯に「「家族」という名の迷宮を描く」とある。外からは分からない関係性がある、さらにそれぞれの心の奥は、家族同士にもうかがい知れない。そういう意味で「家族」は「迷宮」だ。本来、疲れた体と心を癒すはずの「家族」が、そのような場所ではない(かもしれない)ことを問う。本書は「問題作」だと思う。

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最果てアーケード

書影

著 者:小川洋子
出版社:講談社
出版日:2012年6月20日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 著者の作品を時々読みたくなる。本書は2012年の発行。その前の2011年に「BE・LOVE」というコミック誌の連載マンガの原作として書き下ろされた。表紙の装画は酒井駒子さん。

 舞台は世界で一番小さなアーケード。路面電車が走る大通りからひっそりした入り口を入って、十数メートルで行き止まってしまう。使い古しのレース、使用済みの絵葉書、持ち主が手放した勲章やメダル、様々な動物(のはく製)や人形用の義眼、ドアノブ..「一体こんなもの、誰が買うの?」という品を扱う店が集まっている。入口にあるドーナツ屋は例外。

 主人公は、このアーケードの大家の娘。彼女が16歳の時、町の半分が焼ける大火事があって、その時に父親(つまりこのアーケードの大家)は亡くなってしまった。物語は、時間軸を移動して大火事の前後を行ったり来たりする、全部で10編の物語で構成されている。

 私が好きな物語は「紙店シスター」。レターセットやカード類などを扱うお店の話。そこの店主が「たくさん買ってくれるのは、善いお客さんだ」と言う。儲けのことを言っているのではなく、たくさんの便りを書く人は、それだけ大勢の友人や知人、親族を持っている、という意味だ。

 それからこの店は、使用済の絵葉書を置いている。誰かが誰かのために出した絵葉書。ここにあるからには用済みになったものだけれど、店主はその一枚一枚にも、本当に求める人がいるはずだと思っている。そしてその絵葉書からの主人公の回想に、私は心打たれた。その内容は敢えて書かない。

 「あぁそうだった。小川洋子さんはこういう物語を描く人だった」と思った。「ミーナの行進」のレビューにも同じようなことを書いて「静かな音楽を聴いているような心地よさ」と表現したけれど、それとは違う。読み進めるほどに「何かが少しだけおかしい」という思いが募るのだ。小川さんの作品を時々読みたくなるのは、こういう物語が私は好きなんだろう。

 最後に。「何かが少しだけおかしい」という感覚は、読み終えても残る。気になった私はコミックを読んでみた。こちらにはこの「おかしい」にはっきりした輪郭が与えられていた。

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カフーを待ちわびて

書影

著 者:原田マハ
出版社:宝島社
出版日:2008年5月26日 第1刷 2018年3月8日 第8刷 発行
評 価:☆☆☆☆☆(説明)

 原田マハさんのデビュー作。エッセイ「フーテンのマハ」で、このデビュー作に至るエピソードを紹介していて、がぜん興味が湧いて読むことにした。

 主人公は友寄明青(あきお)。35歳。沖縄県与那喜島で食料品も雑貨も文房具も扱う「よろずや」を営んでいる。午前9時半に店を開けて午後1時に昼食、2時から4時までは昼寝、6時には閉店。のんびりしたものだ。

 その明青の元に手紙が届く。「あの絵馬に書いてあったあなたの言葉が本当ならば、私をあなたのお嫁さんにしてくださいますか」。「あの絵馬」とは、数カ月前に明青が北陸の孤島の神社に納めた絵馬のことらしい。そこに明青は「嫁に来ないか。幸せにします」と書いた。

 その手紙の主を待って数週間。待ち続けることを恐れ、区切りをつけようと手紙を燃やした翌日、明青の元に本当に幸が現れた。白い花のような小さな顔、潤んだ大きな目、すっと通った鼻とふっくりとした唇。「でーじ、美らさんだ」

 物語は、明青と明青の家に住み込むことになった幸の暮らしぶりを描く。そこに、「裏のおばあ」や、明青の幼馴染、そのうちの一人が持ち込んできた、島のリゾート開発の話が、巧みに織り交ぜられる。

 ぐぅっと引き込まれる物語だった。背景に沖縄の島の青い海と空が見える。デビュー作にしてこの完成度。「日本ラブストーリー大賞」を受賞した作品だけれど、明青と幸の二人の関係は遅々として(というか全く)進まない。それでいて、気持ちが痛いほど伝わってくる。

 「楽園のカンヴァス」「暗幕のゲルニカ」「サロメ」「たゆたえども沈まず」など、「アートミステリー」作品が、キュレーターでもある著者の真骨頂。ところが、「フーテンのマハ」によると、小説家になるにあたって当初は「アート」を封印していたそうだ。そうして書いたのがこの作品。すごい。

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きのうの影踏み

書影

著 者:辻村深月
出版社:KADOKAWA
出版日:2018年8月25日 初版 発行
評 価:☆☆☆(説明)

  著者は「大のホラー好き」だと、インタビューなどで明かしていらっしゃる。本書はその著者が「楽しんで書いた」という「怪談」の短編集。短いもので数ページ、長くて約30ページの短編を13編収録。

 「ホラー」映画のように思いっ切り怖い話ではなくて、「口裂け女」のような都市伝説に近い。話として聞く分には「なにそれ、怖い~」と言っていれば済む、まさに「怪談」。ただし、本当にあったら身体の芯から冷えそうな話。

 怖かったのは「やみあかご」と「ナマハゲと私」。怪談をあらすじで紹介するような無粋なことはできないので、感想だけ。「やみあかご」は、わずか4ページの作品。愛らしい幸せさえ感じる前半からの急展開にゾクゾクした。「ナマハゲと私」は18ページ。これは「怪談」じゃなくて「事件」だ。上に「本当にあったら~」と書いたけれど、本当にありそうで怖い。

 「手紙の主」と「私の町の占い師」は、どちらも小説家が主人公。作家になって九年とか、先輩のホラー作家(著者は京極夏彦さんのファン)とか、里帰り出産とか、著者ご本人が主人公と思わせる設定。だから、エッセイのように「本当にあったこと」として読んでしまった。

 角川文庫のサイトが、本書についての著者のインタビューを掲載していた。「収録作は実話がベースになっているものばかり」だそうで。さらっとおっしゃるけれど、それってすごく怖い。

 辻村深月さんのインタビュー記事へ

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あつあつを召し上がれ

書影

著 者:小川糸
出版社:新潮社
出版日:2014年5月1日 発行 2016年5月25日 4刷
評 価:☆☆☆(説明)

 「食堂かたつむり」「ツバキ文具店」で、ちょっと疲れたり傷ついたりした心を、優しく労わるような物語を描いてきた著者の短編集。共通するテーマは「料理」。様々なシチュエーションで「料理」がキーになる物語7編を収録。

 ホームに入居した祖母に食べさせる「かき氷」。恋人に案内された中華料理屋で食べる「ぶたばら飯」。10年以上一緒に暮らした人との別れの朝に食べる「松茸」。嫁ぐ日の朝に父に出す「おみそ汁」。思い出のパーラーで大事な人と食べる「ハートコロリット(コロッケ)」。パリのレストランで愛人と食べる晩餐。亡くなった父を偲んで母と作る「きりたんぽ」。

 こうやって、それぞれ短く書き出しただけでも、その料理に何か意味や想いが込められているのを想像してしまう。どんな時に誰と食べるのか?料理にとって、それがとても大事なことだ。一番心に残った1編だけを紹介する。

 それは最後の1編の「季節はずれのきりたんぽ」。主人公の由里は、母から父の四十九日に家で食事を一緒に、と誘われた。メニューは「きりたんぽ」。父の故郷の秋田の料理。大好物だけれど、その味や作り方にはとてもうるさかった。

 その日は、父が好きだった味付けのきりたんぽを、父の思い出話をしながら母娘の2人で作って食べる...。ところが..泣き笑い。そして開放感。母娘にはこういう関係があるのだなぁ、と思った。母が亡くなって残された父と息子にはこんなことは起きない。

 最後に。7編の多くは、冒頭にあげた作品のような「優しく労わるような」物語だけれど、ちょいちょいと違った手触りの物語が混じっている。安心して読んでいると不意打ちをくらうのでご注意を。

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ナラタージュ

書影

著 者:島本理生
出版社:角川書店
出版日:2005年2月25日 初版発行
評 価:☆☆☆(説明)

 2018年上半期の直木賞を、著者の作品「ファーストラヴ」が受賞。その受賞作を読む前に、以前から著者の名前とセットで覚えていた本書を読んでみることにした。

 主人公は工藤泉。物語の大部分は彼女が大学2年生のころ。冒頭にもうじき結婚する男性と一緒に新居を見に行くシーンがある。本書は、その時点からの過去の回想を主人公自身が語る形で綴られる。ちなみに、タイトルの「ナラタージュ」は、「映画などで、主人公が回想の形で、過去の出来事を物語ること」だそうだ。

 大学2年生の春、泉は高校時代に所属していた演劇部の顧問の葉山先生から連絡を受ける。夏休み明けにやる演劇部の発表に参加して欲しい、という。「ひさしぶりに君とゆっくり話がしたいと思ったんだ」という先生の言葉に、泉は「四六時中ずっと胸の中を浸していた甘い気持ちがよみがえりそうになった」。泉は先生が好きだったんだな、そんな印象とともに物語は始まる。

 演劇の練習に参加したのは、在校生の新堂、伊織、柚子、泉と同級生だった黒川と志緒、黒川の大学の同級生の小野、泉も含めて全部で7人。演出と舞台監督を葉山先生が務める。その日から週末の練習が始まった。

 この後、大学生4人で「練習」と称して長野にある小野の実家に遊びに行ったり、泉と小野が仲良くなったり(黒川と志緒は元々付き合っていた)、発表会が終って黒川が志緒を置いてアメリカに旅立ったり..。大学生の青春モノのようなエピソードが続く。

 しかし、そうしたエピソードの合間に、泉と葉山先生の関係が思いのほか深いことが分かったり、高校生の不安定さが垣間見えたり、物語全体に緊張感が膨らんでいく。なるほど、本書を高く評価する人がいるのも分かる。ただの青春モノではないのだ。

 高く評価する人がいるのは分かるけれども、私にはちょっと合わなかった。私は普段「共感」や「倫理観」を、そんなに重視しないけれど、主人公たちの「これはどうなのよ?」という行動が気になってしまって、どうも楽しめなかった。

 最後に。ストーリーとは別に、著者は言葉の選び方がちょっと面白い。「小野君はじっと黙ったまま、子供のときの写真を見るような目でこちらを見ていた」とか。「子供のときの写真を見るような目」ってどんな目?考えるのは楽しいけれど、答えはでなかった。

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また、同じ夢を見ていた

書影

著 者:住野よる
出版社:双葉社
出版日:2018年7月15日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 累計260万部突破のベストセラー「君の膵臓をたべたい」の著者の次作。2年前に単行本として発行されたもので、文庫本の帯に「早くも累計80万部突破!!」とある。

 主人公は小学生の少女、小柳奈ノ花。本を読むのが好きでとても賢い。クラスの騒々しい男子たちのことは、知性のかけらもない馬鹿だと思っている。そんな奴らを初めとして、他人にどう思われようが、自分が正しいと思ったことをするし言う。クラスに友だちはいない。

 クラスに友だちはいないけれど、学校の外にはいる。川の堤防の近くのアパートに住むアバズレさん、丘の上の大きな家に住むおばあちゃん、一緒に散歩をする尻尾のちぎれた猫。廃墟の屋上で高校生の南さんにも出会った。周囲を見下している感のある奈ノ花だけれど、尊敬できる人には心を開いて、その人の話をしっかり受け止める。

 物語は、「幸せとは何か?」を何回かに分けて考えていく国語の授業を、緩やかな軸として、その間に起きる出来事をエピソードとして積み重ねていく。「幸せとは何か?」は、この物語自体のテーマにもなっていて、様々な人が自分にとっての「幸せ」を考えて、それを披露する。「自分にとっての「幸せ」とは?」を、私も考えることになった。

 エピソードの中には、奈ノ花が、ある同級生のためにと思ってしたことが、その子を傷つけてしまう、といったこともある。奈ノ花らしい方法でその子との関係の修復も試みる。こうした心に沁みる話がいくつかあって、奈ノ花の成長も描かれていて、上質な物語として仕上がっている。

 しかし、この物語はそれだけでなく、けっこうな大仕掛けがある。それは読んでのお楽しみ。

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この庭に 黒いミンクの話

書影

著 者:梨木香歩
出版社:理論社
出版日:2006年12月 第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 梨木香歩さんの挿絵の多い中編、または文章の多い絵本。

 表紙は雪深い庭の風景、本扉の裏の見開きには針葉樹の山の麓の街、その裏のページはカーテンを閉めた部屋が描かれている。部屋の時計は12時10分過ぎ。カーテンのすき間から光が漏れているから昼間だろう。そう、お昼なのにカーテンは閉められている。

 文字による描写の前に、絵によって物語が始まっている。閉ざされた空間、あまり健康とは言えない主人公。そんな予感。

 予感は的中で、主人公は寝起きで、カーテンのすき間から漏れる光が「心に刺さる」という。そしてこの家に来ての数日、ほとんど外に出ていない。寝室ではなくソファベッドで寝起きしている。日本酒、ウォッカ、コニャック、ポートワイン...部屋には酒瓶が転がっている。

 そんな調子だからか、缶詰のサーディンが泳ぎだしたりして、夢とも現とも分からない(いや、どう考えても夢か)物語へと続く。そこに少女がやってきて、一緒に逃げたミンクを探すことに。他人との関りが、主人公を現実につなぎ留めるかと思ったら...。

 静かにイマジネーションが喚起されるような物語。自由奔放なイメージが展開する中で、現在と過去も行き来しているようだ。実は本書は著者の名作「からくりからくさ」に連なるお話。主人公の名前はミケル。私は読んでいないのだけれど文庫版(私が読んだのは単行本)の「からくりからくさ」に、「ミケルの庭」という物語が収録されている。本書と併せて読みたい。

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