2B.近藤史恵

エデン

著 者:近藤史恵
出版社:新潮社
出版日:2010年3月25日 発行 2010年5月15日 第4刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

 2008年の大藪春彦賞受賞、本屋大賞第2位の「サクリファイス」の続編。あれから3年後を描く。

 前作の終わりにスペインの自転車レースチーム「サントス・カンタン」への移籍が決まった主人公の白石誓は、そこそこの実績を残してフランスのチーム「パート・ピカルディ」に移籍していた。ツール・ド・フランスでの優勝候補を有する有力チームだ。
 そして何と、誓はツール・ド・フランスへの出場を果たす。自転車レースの最高峰で100回になろうとする長い歴史の中でも、出場した日本人選手は数人しかいない。日本人だけでなく、世界中の自転車選手が夢に見るツールへの出場。しかし物語にはそんな晴れがましさはなく、その代わりに底の見えない深い人間の業と葛藤が描かれている。それでいて、自転車で走る時の心地よい風を感じるからか、物語に陰鬱とした暗さが漂わないのが救いとなっている。

 自転車レースは、人力だけで競うスポーツとしては最速と言われる。極限まで体力を使う過酷なレース。薬物への誘惑も多い。また、チームスポーツでもあって、誓の役割でもあるアシストは、エースを勝たせるために働く。玄人の目にはその働きは見えるが、決して記録には残らない。自らの勝利への渇望は叶えられない。「それが当然」と頭では分かっても、心の葛藤は消えない。
 さらに本作では様々な要素が絡む。グローバルスポーツである自転車レースの中だからこその、日本人であること、フランス人であること。プロスポーツの意外に脆弱な経済基盤。貧富の差。友情。前作よりもドラマに厚みが出た。
 そして、誓が背負う「自分がここにいられる理由」。本作だけでも楽しめるが、前作「サクリファイス」から通しで読むことをオススメする。さらに興味がある方は、スピンオフ短編で「Story Seller」に収められた「プロトンの中の孤独」、同じく「Story Seller2」の「レミング」も。

 にほんブログ村「近藤史恵」ブログコミュニティへ
 (近藤史恵さんについてのブログ記事が集まっています。)

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

Story Seller2(ストーリーセラー2)

編  者:新潮社ストーリーセラー編集部
出版社:新潮社
出版日:2010年2月1日 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 本書は、月刊の文芸誌の「小説新潮」2009年5月号の別冊として発売された雑誌を文庫化したもの。「Story Seller」という本がちょうど1年前に出ているので、これから毎年こうした形のアンソロジーが出るのだろうか。だとしたら、それはとても楽しみなことだ。
 今回は、沢木耕太郎さん、伊坂幸太郎さん、近藤史恵さん、有川浩さん、米澤穂信さん、佐藤友哉さん、本多孝好さんの7人の書き下ろし短編が収録されている。伊坂さん、近藤さん、有川さんは、大好きな作家さん。裏表紙の紹介文に「日本作家界のドリームチームが再び競演」とあるが、缶コーヒーのコマーシャルのように「贅沢だぁ!」と言いたい気分だ。

 伊坂さんの作品「合コンの話」は、男3人女3人の社会人の合コンが舞台。何度か主人公や視点が代わりながら、六者六様に秘められた物語が徐々に明らかにされる。「合コンは3対3がベスト」とか「おしぼりサイン」とかの豆知識を交えながらの展開や会話が気持ちいい。ラストのサプライズも含めて「私が読みたい伊坂作品」だった。
 近藤さんの作品「レミング」は、「サクリファイス」の前日譚で、「Story Seller」に収録されていた「プロトンの中の孤独」の翌年ぐらいだろうか。この作品の中のセリフ「おまえにはわかるのか?一生ゴールを目指さずに走り続ける選手の気持ちが」が、この一連の自転車ロードレースを題材にした物語のテーマだ。そしてそこにドラマが起きる。
 有川さんの作品「ヒトモドキ」。もし小学校六年生の女の子に、倹約家で人目をはばからない叔母がいて、突然同居することになったら?という物語。伊坂さんの作品とは違って、これは「できれば読みたくない有川作品」だった。胸がむかつくというか、何とも気が滅入るというか、読み終わってしばし沈黙してしまった。主人公の家族の結束が固いことが救いだったけれど。

 他の4人の作家さんの話もそれなりに面白かった。沢木さんの作品「マリーとメアリー」は小説ではなくてエッセイ。

 にほんブログ村「伊坂幸太郎が好き!」ブログコミュニティへ
 にほんブログ村「有川浩」ブログコミュニティへ
にほんブログ村「近藤史恵」ブログコミュニティへ
 (伊坂幸太郎さん、有川浩さん、近藤史恵さんについてのブログ記事が集まっています。)

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

Story Seller(ストーリーセラー)

編  者:新潮社ストーリーセラー編集部
出版社:新潮社
出版日:2009年2月1日 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 本書は、月刊の文芸誌「小説新潮」の2008年5月号別冊として発売された雑誌を文庫化したもの。伊坂幸太郎、有川浩、近藤史恵、佐藤友哉、本多孝好、道尾秀介、米澤穂信の7人の書き下ろし短編が収録されている。
 伊坂幸太郎さん、有川浩さんは私が好きだと公言している作家さんだし、近藤史恵さんは「サクリファイス」を読んで関心度が急上昇中。しかも収録されているのは「サクリファイス」の外伝だという。文庫で860円とは安くはないが、私にとっては何ともお買い得な1冊だ。私が注目した3人以外の4人も、それぞれに文学賞を受賞された方々だそうで、出版社が「物語のドリームチーム」なんて言うのも分かる。

 伊坂さんの作品は、短いながらもちょっと捻りの効いた伊坂作品らしいモノ。近藤さんの作品は「サクリファイス」のテイストそのままの外伝。すごく良かったとは言えないが、まぁ期待通りだった。ちょっと不満があるのは有川さんの作品。この作品は私は好きになれない。著者が「悪意」や「悲劇」も描けることは分かっているが、読後感は大事にしてほしい。
 「ドリームチーム」でもいつも最高のパフォーマンスが出せるとは限らない。一流選手も調整不足で良い結果を出せないことがある。詳しくは分からないが、雑誌に向けての書き下ろしと1冊の単行本の出版とは、かける時間や推敲の量が違うのかもしれない。奇しくも有川さんの作品は、雑誌にたくさんの物語を身を削るように書く小説家の話。著者もあんな風に雑誌に作品を書いているのかもと思うのはいけないことだろうか?

 そんな想像から、小説を読むなら文芸誌よりも本として出版されたものを読む方が良いのではないかと思った(例え文芸誌に連載されたものをまとめて単行本として出版するにしても)。ただ、文芸誌にも良いところはある。それは、新しい作家さんとの出会いだ。
 本を買うならなおさらだが、図書館で借りるにしても未知の作家さんの本を手にすることは限られている。その点、本書は私が知らない4人の作家さんの作品を読む機会になった。どの作品にもちょっと毒があるのだけれど、もう1冊ぐらい読んでみようかな、と思う。

 にほんブログ村「伊坂幸太郎が好き!」ブログコミュニティへ
 にほんブログ村「有川浩」ブログコミュニティへ
にほんブログ村「近藤史恵」ブログコミュニティへ
 (伊坂幸太郎さん、有川浩さん、近藤史恵さんについてのブログ記事が集まっています。)

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

サクリファイス

著 者:近藤史恵
出版社:新潮社
出版日:2007年8月30日 初版
評 価:☆☆☆☆(説明)

 2008年の本屋大賞の第2位(ちなみにその年の第1位は「ゴールデンスランバー」)。読んでみたいとは思ったのだけれど、受賞直後は図書館の予約が殺到して借りられなかった。以来事あるごとに思い出していたところ、るるる☆さんのブログで見ておススメもいただいたので読んでみた。

 物語の舞台は自転車のロードレース。何度かスポーツニュースで、集団やタテ1列になって道路を駆け抜けていくレースの映像を観たことはあるし、「ツール・ド・フランス」なんて大会の名前も知っている。知っているけれど、本書を読んで「知らないも同然だった」と思った。本書で自転車ロードレースを知って興味を持つ人もいるだろう。結構奥が深いのだ。
 レースだから、よーいドン!(とは言わないだろうけれど)でスタートして、早くゴールした者が勝ちというのは変わらない。基本的には個人競技だ。でも、上級のレースではチームのメンバーが役割分担して、エースを勝たせるという団体競技になっている。エース以外の役割は、エースの風除けになったり、エースの自転車に故障があれば自分のを差し出すなんてことだってある。
 つまり、エースを勝たせるための犠牲。タイトルの「サクリファイス」には、自転車ロードレース特有の意味が込められている。そして、読み終わって分かる、もう1つ別の意味も。

 読んでいて「風が強く吹いている」を思い出した。あちらは駅伝のランナーの話だ。どちらもレース中は1人で様々思いを胸に走る。そこには葛藤やドラマがある。走るスポーツは物語向きなのかもしれない。
 だとしても、自転車ロードレースの選手が抱える葛藤は、傍目には並大抵のものではない。エースを勝たせるためのアシストは、どんなに良い仕事をしても記録には一切残らない。エースにならなかったほとんどの選手は、全選手生活で1度の優勝も表彰台もない。しかし、プロになるほどの実力はあるのだ。当然、上を目指す心は抑えられないはずだ。250ページ足らずの小品ながら、読み応えアリだ。

 にほんブログ村「近藤史恵」ブログコミュニティへ
 (近藤史恵さんについてのブログ記事が集まっています。)

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)