3.ミステリー

東京バンドワゴン

著 者:小路幸也
出版社:集英社
出版日:2006年4月30日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 何人かの方から「面白いよ」と教えていただいていたのだけれど、タイミングが合わなかったのか、そのまま2~3年経ってしまった。今回めでたく読むことができた。面白かった。私が好きなタイプの物語だった。

 舞台はタイトルになっている「東京バンドワゴン」という名の下町の古本屋。明治18年創業というから歴史ある老舗だ。「バンドワゴン」というのは、楽隊を乗せた行列の先頭を行く車のこと。ずいぶん「ハイカラ」なネーミングだ。(もっとも「ハイカラ」という言葉は明治の後期にできたそうだから、言葉より先んじている)

 主要な登場人物が多い。「東京バンドワゴン」を営む堀田家には、店主の勘一を筆頭に4世代8人が暮らしている。そして語り手は、勘一の亡くなった妻のサチ。だから堀田家だけで9人いることになる。個性的な面々で、勘一は80歳を目前ながら90キロはある巨漢、その息子の我南人(がなと)は60歳にして金髪の「伝説のロックンローラー」。我南人には1女2男の子どもがいて、上の2人には小学生の子どもがいる。

 物語は、「東京バンドワゴン」の周辺で起きる「小さな謎」の巡るミステリー。例えば、勘一も他の誰も覚えがない百科事典が、店の棚に置かれていて、さらに夕方には忽然と消える。また、店の蔵が何者かに侵入されたり、小学生の子どもたちが付け回されたり、といった物騒な出来事も起きる。

 全体を通しての雰囲気は「昭和のホームドラマ」だ。頑固者の家長を中心にした大家族で、お互いを思いやりながらの暮らし。しかし個性のぶつかりは、時に(というか頻繁に)衝突を起こして、ドタバタとしたドラマを生む。巻末には「あの頃」のテレビドラマへの著者の言葉が記されている。

 「LOVEだねぇ」が口癖のロックンローラー我南人は、私には内田裕也さんを思わせる。特定のモデルはいない、ということになっているようだけれど。

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ガソリン生活

書影

著 者:伊坂幸太郎
出版社:朝日新聞出版
出版日:2013年3月30日 第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 巻末の「初出」によると、本書は、2011年11月から2012年12月まで、朝日新聞に連載された新聞小説を、大幅に加筆修正したもの。

 主人公は緑色のデミオ。そう、あのマツダのデミオ。なんと車が主人公。彼らは、車体が見える範囲、排出ガスが届くような範囲であれば、お互いに話ができる。車輪が付いていればいいらしく、列車とも話ができる。ただし、自転車とは言語が違うらしく意思疎通ができない。人間とは(基本的に)話ができない。この車の会話が、本書の魅力の1つになっている。

 物語は、デミオの持ち主である、望月家が巻き込まれた騒動を描く。母の郁子、長男の良夫(20歳)、長女のまどか(17歳)、末っ子の次男の亨(10歳)。亨は小学生ながら、家族で一番大人びていて、良夫などよりよほどしっかりしている。言い換えれば「可愛げがない」。この「可愛げのなさっぷり」も、魅力の1つ。

 発端は、良夫が運転するデミオに、かつての人気女優、荒木翠が突然乗り込んできたことだ。「逃げているの。助けてくれないかな」と言いながら。スリリングな幕開けだ。しかも、その数時間後に荒木翠が事故で亡くなってしまう。

 この荒木翠の事故を軸に、まどかの彼氏が関わった悪党の悪事や、亨の同級生のいじめや、銀行ATMの強盗事件などのエピソードを絡める。さらに、それぞれのエピソードに関連があり、細かい伏線があり、なかなかに複雑な練り込まれた物語になっている。この「練り込み」も魅力。

 実は、私は新聞連載時にも読んでいるので、ストーリーは分かっていた。そのためか、一読した時には、そんなに面白いとは思わなかった。ただ、読み返したり伏線を追ったりしている内に、面白くなってきた。

 ※ブルーバードの伏線が一番よかった。作品間リンクあります。

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虚像の道化師 ガリレオ7

書影

著 者:東野圭吾
出版社:文藝春秋
出版日:2012年8月10日 第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 著者の人気シリーズ「ガリレオ」シリーズ7作目。短編集としては4作目。順番が逆になってしまったが、少し前にレビュー記事を書いた「禁断の魔術 ガリレオ8」の一つ前の作品になる。文芸誌に掲載された「幻惑す(まどわす)」「心聴る(きこえる)」「偽装う(よそおう)」「演技る(えんじる)」の4つの短編が収められている。

 「新興宗教の教祖が行う秘儀」「頭の中で声が響く幻聴」というオカルトめいた2つの事件と、「散弾銃による殺人事件」「ナイフで胸を一突きされた殺人事件」というノーマル?な2つの事件。天才物理学者の湯川と、その友人で刑事の草薙のコンビが、それぞれの事件の真相を解明する。

 オカルトめいた2つの事件は、湯川の物理学者としての知識が真相に導く。ノーマル?な2つの事件を解決したのは、湯川の類まれな観察力。不可能犯罪を、物理学者ならではの知識で解決するのが、このシリーズの特長だけれど、観察力で解決する方も読み応えがある。

 それから、単なる「謎解き」だけではなく、時々人情話が絡んでくるのも、このシリーズの特長で、「心聴る」はなかなか良かった。ただこの作品には、正直に言ってちょっと不満も感じた。犯罪に利用された装置が現実離れしてしまうと、真相が明らかになっても、胸にストンと落ちない。

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残り全部バケーション

書影

著 者:伊坂幸太郎
出版社:集英社
出版日:2012年12月10日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「魅力的な登場人物」「巧みな伏線」「気の効いたセリフ」、伊坂作品の魅力が三拍子揃った作品。私は、伊坂さんのこういう本を読みたかった。「伊坂さん、ありがとう」と言いたい。

 表題作を含む5つの短編からなる、連作短編集。表題作「残り全部バケーション」は、「Re-born はじまりの一歩」というアンソロジーに収録されていて、以前に読んだことがある。「タキオン作戦」「検問」「小さな兵隊」は、別々の小説誌に掲載されたもの。最後の「飛べても8分」は書き下ろし。いわばバラバラに書いた5つの作品が、見事に響き合う1つの物語を奏でている。

 主人公は、溝口と岡田の二人組。当たり屋や脅しなどの細かい裏稼業の下請けをやっている。裏稼業の世界ということでは、「グラスホッパー」「マリアビートル」と同系列だけれど、本書の主人公たちは「殺し」はやらないので、だいぶ穏やかだ。

 溝口が岡田に裏稼業の手ほどきをした。この溝口が、何ともいい加減な男で、やることは行き当たりばったり、自分の身が危ないとなれば責任を他人に平気で押し付ける。でも、なぜか憎めない。岡田も溝口にひどい目に会わされるのだけれど、なぜか責める気にならない。「魅力的な登場人物」の筆頭はこの溝口。それに岡田をはじめ、その他にも粒ぞろいだ。

 「巧みな伏線」は、ここで明らかにするわけにはいかない。ただ、書き下ろしの「飛べても8分」が重要な物語だとだけ言っておく。「気の効いたセリフ」も、挙げればキリがないので言わない。
 また、セリフとは限らないけれど、伊坂さんの作品には、最初の一文に強い吸引力があることがある。例えば「モダンタイムス」の「実家に忘れてきました。何を?勇気を」とか。本書は「実はお父さん、浮気をしていました」の一文で始まる。(私は脱力してしまった。吸引力とはちがうかもしれない(笑))

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ビブリア古書堂の事件手帖4

書影

著 者:三上延
出版社:アスキー・メディアワークス
出版日:2013年2月22日 初版発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 人気ベストセラーシリーズの第4巻。帯に小さな字で「年間ベストセラー文庫総合1位(2012年トーハン調べ)と書いてある。それで、トーハンのウェブサイトを見てみると、「ビブリア古書堂の事件手帖(1)(2)(3)」が1位、2位は「1Q84 BOOK1〜3 前後編」。なんと村上春樹さんを抑えての1位。

 3巻のレビュー記事に書いたとおり、2巻で一旦下がったテンションが、3巻で再び盛り上がった。4巻目の本書はその盛り上がりを見事に維持し、次巻以降へとつないだ。著者による「あとがき」によると、「この物語もそろそろ後半」だそうだ。まだしばらくはこのシリーズの人気が続きそうだ。

 舞台も登場人物もこれまでと同じ。いや登場場面は少ないながら、重要な人物が1人増えた。篠川家の母が満を持して登場する。母の智恵子は、10年前に失踪したきりで、娘で店主の栞子との確執を匂わされていた。その智恵子が、冒頭のプロローグで早くも姿を現す(正確には電話の声だけだけれど)。

 智恵子の登場以外に、これまでの3巻と違うことがもう1つ。これまでは別々の本をめぐる短編が連なる連作短編だったけれど、本書はシリーズ初の長編。江戸川乱歩作品のコレクションにまつわる、アイテムの探索と暗号解読。宗教は絡まないけれど、少しダン・ブラウンっぽい。

 栞子によく似た容姿で、栞子にはない押し出しの強さを持った智恵子。この母娘の間には、反発と強い絆が共存している。ここからどんなドラマが描かれるのか楽しみだ。

 月9でドラマを放映中。剛力彩芽さんの栞子は原作とはだいぶ違うし、設定もあちこち変えられているのは不満だし、3巻のエピソードまで使うのはやめて欲しい。でも、ドラマ自体は面白いと思う。

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ダブル・ジョーカー

書影

著 者:柳広司
出版社:角川書店
出版日:2009年8月31日 初版発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「ジョーカー・ゲーム」の続編。前作に続いて、大日本帝国陸軍に設立されたスパイ養成学校、通称「D機関」のスパイを描く。表題作「ダブル・ジョーカー」と、「蠅の王」「仏印作戦」「柩」「ブラックバード」の全部で5編の短編を収録している。

 「「D機関」のスパイを描く」とは言ったものの、「D機関」のスパイを主人公とするのは「ブラックバード」だけで、他の作品では「D機関」は、主人公のライバルや、敵対する組織などで、物語の背景となっている。つまり、主人公らは「D機関」に出し抜かれるわけだ。こうして、外からの視点で描くことで、「D機関」のスパイの並外れた能力が際立つ仕掛けになっている。

 5編の中で特筆すべきは「柩」だろう。ドイツの列車事故で亡くなった日本人の、スパイ容疑を追うドイツ軍の大佐が主人公。この作品で、大佐の回想の形でもう1つの物語が語られている。それは「D機関」を設立した、このシリーズの真の主人公である結城中佐との邂逅の物語。

 前作で結城中佐は、「敵国に長年潜伏し、捕縛され拷問を受けるも脱走に成功した経歴を持つ」と噂されている。大佐の回想は、この噂を裏付けるもので、鬼気迫る「結城中佐像」が描かれている。一つの謎を明らかにした訳で、読者へのサービスと言えるだろう。

 読者へのサービスと言えば、気になる情報を得た。私は単行本で読んだのだけれど、文庫版には単行本にはない「眠る男」という作品を特別収録している。しかもその作品は前作「ジョーカー・ゲーム」の収録作品と関わりがあるらしい。これは読まなくては...

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ジョーカー・ゲーム

書影

著 者:柳広司
出版社:角川書店
出版日:2011年6月25日 初版発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 本書は、2009年に吉川英治文学新人賞、日本推理作家協会賞を受賞、本屋大賞第3位になった、スパイ・ミステリーだ。

 日中戦争が勃発した昭和12年に、大日本帝国陸軍にスパイ養成学校、通称「D機関」が設立された。そこを統括する結城中佐は、かつてはスパイとして敵国に長年潜伏し、捕縛され拷問を受けるも脱走に成功した経歴を持つ。
 本書は、D機関出身のスパイらを描く短編集。表題作「ジョーカー・ゲーム」の他、「幽霊(ゴースト)」「ロビンソン」「魔都」「XX(ダブルエックス)」の全部で5編を収録。

 「ジョーカー・ゲーム」とは、D機関の学生たちが興じていたゲームのこと。早く言えばルール無用の騙しあいゲーム。例えばポーカーで、第三者の協力者を使って、他のプレイヤーのカードを盗み見てもいい。ただその協力者が、本当に自分に協力しているのかどうかは分からない..まぁ、スパイ活動のシミュレーションなわけだ。

 5編の作品は少しつづ傾向が違ってどれも面白かったが、やはり「ジョーカー・ゲーム」が良かった。「ジョーカー・ゲーム」では、D機関が憲兵隊に偽装して親日家の外国人の家を捜索する。単純な出来事のようで、実は幾重にも陰謀やウソが塗り重ねられた、陸軍参謀本部とD機関がせめぎ合う事件だった、という物語。

 他の作品についても簡単に紹介する。「幽霊」は、外国の総領事への潜入捜査。結末は少しユーモアもある。「ロビンソン」は敵地からの脱出劇。結城中佐の深謀が光る。「魔都」は内通者を探る極秘任務。混乱した上海の街が悲しい。「XX(ダブルエックス)」は二重スパイの捜査。スパイも孤独ではなかった。

 実は作品を読み進めて行くと、結城中佐の人間性に新たな面が見えたり、D機関の学生の面々の心の内が少しわかったりする。なかなかニクイ構成になっている。

※2014.3.6追記
「ジョーカー・ゲーム」が亀梨和也さん主演で映画化され、2015年公開予定です。
映画「ジョーカー・ゲーム」公式サイト

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おやすみラフマニノフ

書影

著 者:中山七里
出版社:宝島社
出版日:2011年9月20日 第1刷 2013年1月2日 第6刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 2009年「このミステリーがすごい!」大賞受賞作の「さよならドビュッシー」の続編。(ちなみに「さよならドビュッシー」は、橋本愛さん主演で映画化、1月26日(つまり来週)公開される:映画の「公式サイト」

 続編と言っても、主人公を始めとする登場人物のほとんどが変わる。共通する登場人物はピアニストの岬洋介(実は他にも何人かこっそりと潜んでいる)。このシリーズは、主人公が巻き込まれる事件を、脇役の岬が探偵役として解決するミステリー。だから、主人公も変わるし舞台も変わる。

 今回の舞台は、愛知音大という音楽大学。主人公は4年生でバイオリニストを目指す城戸晶。岬は大学の臨時講師という設定。冒頭の「プレリュード」で、いきなり時価2億円のチェロのストラディバリウスが盗まれる。それも24時間体制で警備・監視されている楽器保管室、つまり完全な「密室」から。

 この衝撃的な「プレリュード」の後、少し時間を遡って、しばらく晶らの学園生活が綴られる。ライバルとの才能の差に打ちひしがれ、就職の悩みに半ば押しつぶされ、それでも音楽を奏でることに一番の喜びを感じる。晶も学費の納入に苦心しながらも練習に励み、定期演奏会のメンバーに選ばれる。そこで冒頭の事件となる。

 ミステリーだから「謎解き」が1つの焦点ではあるのだけれど、本書の場合は「音楽小説」としての魅力の方が大きい。前作のレビューでも書いたけれど、本書からは「音楽」が聞こえて来る。「ラフマニノフのピアノ協奏曲第二番」と聞いて、何のメロディも思い浮かばない私にも、音楽に身を任せているような感覚が湧く。「言葉」というものの可能性を強く感じる。

 ミステリーファンには物足りないかもしれないけれど、音大生たちの恋愛と友情、悩みと葛藤、反発と承認、青春群像劇の要素もあって良し。

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禁断の魔術 ガリレオ8

書影

著 者:東野圭吾
出版社:文藝春秋
出版日:2012年10月15日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 著者の人気シリーズ「ガリレオ」シリーズの最新刊。シリーズ5作目の短編集で、「透視す(みとおす)」「曲球る(まがる)」「念波る(おくる)」「猛射つ(うつ)」の4つの短編が収められている。今回は初の全作品書き下ろし。

 「封筒の中の名刺を透視する」「双子の間に通じるテレパシー」「弾丸などの痕跡を残さずに遠くから壁に穴を開ける」などの、超常現象が物語の俎上に上がる。それを天才物理学者の湯川が、科学者としての知識と観察力で解き明かす、というお馴染みの展開。

 ただし、「曲球る」だけは少し趣向が違って、戦力外通告をされたベテランピッチャーを、色々な意味で湯川の知識が救うことになる。その知識が科学の知識だけではないところがにくい。他の作品も含めて、湯川の人間の心の機微を感じ取る感性が、物語に人情味を与えている。

 上に「4つの短編」と書いたが、3編は確かに数十ページ短編だけれど、「猛射つ」は150ページもあって正確には中編。ある事件に湯川が指導した母校の後輩が関わる。息詰まるような緊張感が漂う作品で、本のタイトル「禁断の魔術」もこの作品の中の言葉であるし、まぁ本書のメイン作品と言える。

 科学の研究目的に使えば「実験装置」でも、殺人や破壊に使えば「武器」。科学は容易に「禁断の魔術」になってしまう。それに図らずも関わってしまった湯川は、科学者として重大な決断をすることになる。

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真夜中のパン屋さん 午前2時の転校生

書影

著 者:大沼紀子
出版社:ポプラ社
出版日:2012年12月5日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「午前0時のレシピ」「午前1時の恋泥棒」に続く、「まよパン」シリーズ第3弾。「Boulangerie Kurebayashi」という、午後11時から午前5時までの真夜中に営業しているパン屋を舞台としたミステリー。

 今回は主人公の希実のクラスに来た転校生が騒動の中心。彼の名は美作孝太郎。何と左手に腹話術の人形のアンジェリカを携えて教室に現れた。そして、アンジェリカには予知能力があると言って、希実に「君に危機が迫っている」と警告した。

 希実の周りには、かなり際立ったキャラクターが多い。夜中に徘徊していた小学生、ホームレスだったニューハーフ、のぞき魔の変態、裏社会に生きる飲食店経営者...。変人はもう十分過ぎる。希実の言葉を借りると「お腹いっぱい」だ。

 しかし、毎回新しい登場人物が現れて、その登場人物を巡る騒動に主人公の希実らが巻き込まれる。そして、その登場人物は次回以降にも何らかの役割が与えられ、いわば「まよパン」ファミリーの一員となって、物語を盛り上げる。どうやらそんな趣向らしい。

 物語は、孝太郎(正確にはアンジェリカ?)の予言に希実が振り回され、その内に(これまた変人と言うしかない)怪しげな医師が登場、彼の不穏な行動が孝太郎とその父との確執につながり...とスピードを増しながら転がっていく。

 本書は、希実の前に現れた孝太郎の目的は何なのか?怪しげな医師は何者なのか?など、本書で新たに登場した人物を巡る謎と、シリーズを通して追う主人公の希実を巡る謎の、二重のミステリーになっている。後者の謎がいよいよ目を離せない展開になって、ドンドン面白くなってきたので、前2作は☆3つだけれど、本書は☆4つにした。

「真夜中のパン屋さん」滝沢秀明さん主演でテレビドラマ化決定(2013年4月から/BSプレミアム)

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