4.エッセイ

べらぼうくん

書影

著 者:万城目学
出版社:文藝春秋
出版日:2019年10月10日 第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 後輩の面白い身の上話を聞いているような気になった本。

 著者が大学受験に失敗した瞬間から、予備校、大学、就職して会社員、無職を経て「鴨川ホルモー」でデビューするまでを綴ったエッセイ。初出は「週刊文春」に連載。

 「あとがき」によると、著者は「おもしろいエッセイとは、人がうまくいっていない話について書かれたもの」という価値観を抱いているそうだ。翻って自分は作家として「そこそこ、うまくいっている」わけで、エッセイ仕立てにしたところでおもしろいわけがない、とも。

 それなのに週刊誌への連載を引き受けたのは、デビューまでは「うまくいっていない」からだ。大学受験で落ちる。一浪して京都大学に合格、しかし就職活動は全滅。留年して再び落ちまくったけれど1社から内定を得て就職。しかし仕事が合わす、小説家になるために退職、無職に。その時点で、何かの文学賞での受賞はおろか応募さえしていない。もっと言えば、大学生の時に書いた作品の他には、1編の小説さえ書き終えていないのに...。

 著者のエッセイでは、私は「ザ・万歩計」が大好きだ。とにかく笑わせてもらった。爆笑。本書は「爆笑」とはいかなかった。それは著者が面白くなくなったわけではなくて、視点が少し違うからかと思う。「面白い話を面白おかしく」だけではなくて、「万城目学の意見」を感じる。

 例えば、入社式後の役員との会食で。幹部(男性)の両側には必ず女性が座るよう先輩社員が指示を出した時。著者の意見は「気色わる」。滑稽極まりない構図を嫌がらないお偉方たちは「駄目だこりゃ」だ。この会社は実名がでていないけれど、それはすぐに分かる。

 その他にも、就職活動中の面接官のみっともない有様は、いくつか企業名が実名で記されている。これ大丈夫なのか?と思ったけれど、まぁ「文春」ならそんなことは気にしないか。

 最後に。著者の京都評を。言わんとすることがよくわかるので。

 常に何かをしなくてはいけない、動かなくてはいけない、とけしかけてくる東京とは正反対の街だった。京都はいつだって何も言ってこない。

人気ブログランキング「本・読書」ページへ
にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
(たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

一日一生

書影

著 者:酒井雄哉
出版社:朝日新聞出版
出版日:2008年10月30日 第1刷 2019年3月30日 第33刷
評 価:☆☆☆(説明)

 自分は「まだまだだ」と思った本。

 2008年の本が再び注目されているのは、冤罪で長期勾留された元厚生労働省事務次官の村木厚子さんが、今年の1月にテレビの番組で「この本に救われました」と紹介したから。帯にもそう書いてあるのを見て読んでみようと思った。

 著者は酒井雄哉師。僧界の最高位である大僧正にして、荒行である千日回峰行を満行した大行満大阿闍梨となる。しかも千日回峰行を2回も満行。これは千年を超える比叡山の歴史で3人しかいないらしい。

 タイトルの「一日一生」は、「今日の自分は今日でおしまい。明日はまた新しい自分が生まれてくる」ということ。だから今日失敗したからって落ち込むことはない。今、自分がやっていることを一生懸命に忠実にやることが一番。

 「自分はまだまだだ」と思うのは「一日一生」が心に沁みないからだ。「明日はまた新しい自分」なんて、「Tommorow is another day」のスカーレット・オハラみたいだと、余計な事を思って、その言わんとすることがスッと入って来ない。

 念のため言うと、私も一応頭では分かっている(つもり)だ。著者は「繰り返し」について何度も言及している。それは7年かけて4万キロを歩く千日回峰行から得たことだと思う。4万キロを思うと途方もないけれど、一歩一歩右足と左足を交互に出すことに集中することで達成に近づく。7年も一日一日の繰り返し。村木さんは一日ずつ気をしっかりと持って164日間の勾留を耐えた。

 自分はまだまだだ。「一日一生」が心に沁みるには修練が足りない。でもたぶんそれも喜ぶべきことなのだろう。
 

人気ブログランキング「本・読書」ページへ
にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
(たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

真田忍者で町おこし

著 者:くノ一美奈子
出版社:芙貴出版社
出版日:2019年9月14日
評 価:☆☆☆☆(説明)

 忍者の実在を強く実感した本。

 著者のくノ一美奈子さんは長野県上田市の温泉旅館の女将さんで、真田忍者をテーマとした街の活性化の活動に取り組んでおられる。2015年から地元の新聞に連載をはじめ、本書はその連載を基に加筆修正を行って、5年間の活動をまとめたもの。

 全7章。第1章で「町おこし」のことを語り、第2章で「忍者食」を研究、第3章で「忍者の修行」を現代のスポーツにつなげ、第4章で「真田忍者のルーツ」を史書によって探求、第5章は「くノ一」の考察、第6章は「真田家の歴史」を忍者を軸にして俯瞰、第7章で「真田十勇士と立川文庫」を研究。変幻自在。「忍者」というワンテーマを入口にして、その奥に、これほどの豊饒な世界が広がっているのに驚く。

 全編にわたって興味深いことが書かれているのだけれど、特別に強い印象が残ったのが、第4章に含まれる「伊与久一族」に伝わる伝承。伊与久一族は、真田忍者である「吾妻衆」の一翼を担った家系。この文章は伊与久家の末裔である伊与久松凮氏の特別寄稿。そこには松凮氏が祖母から伝えられた伝承と、自身が身をもって体験した体術などの修行が記されている。

 「特別寄稿」を強調したのでは著者に申し訳ないけれど、これも著者の熱心な活動あっての寄稿だと思う。私はこれで忍者の実在(それも現代まで続く)を強く実感した。

 巷に流れる風聞に、外国人に「忍者って本当にいるのか?」と聞かれたら「最近はとても少なくなった」と答えると喜ばれる、というのがある。私はこれからは自信と実感を持って答えられる。「とても少なくなった」と。

 Amazonでの取り扱いがないようなので、興味を持たれた方は、出版社の芙貴出版社(TEL 0261-85-0234)にお問い合わせください。

人気ブログランキング「本・読書」ページへ
にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
(たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

「ミライの兆し」の見つけ方

書影

著 者:御立尚資
出版社:日経BP
出版日:2019年9月24日 初版
評 価:☆☆☆☆(説明)

 出版社の日経BPさまから献本いただきました。感謝。

 視野を広く持ち、ちょっとした変化にも注意深くありたい、と思った本。

 本書は、著者が日経ビジネス電子版に、2010年4月から2019年1月まで連載したコラム「御立尚資の帰ってきた「経営レンズ箱」」から、2017年6月以降の、比較的新しい31本を選んで収録したもの。著者はボストンコンサルティンググループの日本代表やグローバル経営会議メンバーを歴任したコンサルタント。

 テーマ別の6章建て。テーマを私なりにラベリングすると「アートとビジネス」「テクノロジーへの期待と不安」「米中関係と国際政治」「視点の置き方」「未来づくりの方法論」「未来のきざし」。個々のコラムの中では教育や社会の問題にも言及・提言があり、とても幅広いテーマに目が届いている。

 興味深かったことを1つだけ紹介。ヒットメーカーの川村元気さんの、ヒットの秘訣のたとえ話。駅に向かう途中に通る郵便ポストにクマのぬいぐるみが乗っている。何万人もの人が「なんか変だな」という違和感を持ちつつも、ただ通り過ぎていく。そこで、そのぬいぐるみを手に取って「みなさん、これ、なんか変ですよね」とはっきり口に出していう。それがヒットの共通項だという話。

 本のタイトル「「ミライの兆し」の見つけ方」は、第6章のテーマの沿ったもので、直接的には最後のコラム「読める未来、読めない未来、そしてつくる未来」に記されている。逆に言えば、それまでの30本のコラムには書かれていない。私は読みながらそう思った。

 しかし、読み終わった後に、全体をパラパラと見返していると、多くのコラムが連携して「ミライの兆し」を指し示していることが感じ取れた。単に「キャッチーで売れそうなタイトルを付けた」(読んでる最中はそう思っていた)というわけではなかったのかな?、と思った。

 最後に苦言。コラム中に「2017年7月24日付の記事」への言及があるのに、その記事は本書に収録されていない。既出のコラムから選んで収録したので、こういうことが起きたのは分かる。しかし、配慮してもらいたかった。

人気ブログランキング「本・読書」ページへ
にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
(たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

イイダ傘店のデザイン

書影

著 者:飯田純久
出版社:パイ・インターナショナル
出版日:2014年4月20日 初版第1刷 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 写真を見てウキウキと楽しくなり、文章を読んでしみじみと感じ入った本。

 本書はタイトルのとおり「イイダ傘店」という傘店の傘のデザインを紹介する本だ。「イイダ傘店」というのは、雨傘・日傘を布から創造し、一本一本手作りする傘屋。店舗は持たないで、半年に一度全国をまわる受注会を開催して注文を受けている。

 本書が指す「傘のデザイン」は、主には傘の布のテキスタイルデザインだけれど、手元(持ち手)や(傘を留める)ボタン、(開いた時にしずくが落ちてくる)露先、天紙(てっぺんの丸い布)、陣笠(軸の先)の他、道具なども紹介。ほぼ全ページに載っているカラー写真を見ているだけで楽しくなってくる。

 本書の著者は「イイダ傘店」の店主。デザイナーであり傘職人でもある。ところどころに著者による1ページの文章が何編が載り、その他にも写真の説明の短い文章が添えてある。これが味のあるエッセイになっている。傘に対する想いは誰よりもあるのに、力みというものがまったく感じられない。

 私が気に入ったところを少し引用。

 まだ傘屋としての実績も実態もない頃、僕は趣味のように布と傘を作っていた。同じ頃、同じような実績と実態で、靴を作り始めていた友人がいた。ある日、「1万円で知人の靴を作った」と、その友人が嬉しそうに僕のところへやってきて、その1万円で傘を注文したいと言ってきた。はじめてお金をもらって誰かのための傘を作ったのがその1本だった。

 いつかは「イイダ傘店」の傘を買いたい。そう思った。

 イイダ傘店の公式ページ

人気ブログランキング「本・読書」ページへ
にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
(たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

育てて、紡ぐ。暮らしの根っこ -日々の習慣と愛用品-

書影

著 者:小川糸
出版社:扶桑社
出版日:2019年9月8日 初版第1刷 発行
評 価:☆☆☆(説明)

出版前のゲラを読ませてくれる「NetGalley」から提供いただきました。感謝。

Simple is Beautiful. 生活スタイルの理想。かくありたい、と思った本。

食堂かたつむり」「ツバキ文具店」「キラキラ共和国」著者の小川糸さんの作品には、ちょっと疲れた人への優しさがある。そういうところが私は好きだ。その著者が、心のあり方や暮ら方などについて綴ったエッセイが40編。著者自身やお部屋、大事にしている持ち物やおすすめの食品の写真付き。

テーマ別に章になっていて「心のあり方」「体との付き合い方」「私らしい暮らし方」「ドイツに魅せられて」「育て続けるわが家の味」「自分式の着こなし」「人とのつながり」の7章。心に沁みこんでくるような素敵な言葉が随所にある。その言葉に一貫して感じられるのは「余裕」。

「余裕」は著者も意識しているらしく、「はじめに」にこんな文章がある。「自然であること、無理をしないこと。それが、今の私の暮らしのテーマになっています。(中略)自分にとって必要な行いを習慣化することで無駄を省き、慣れ親しんだ愛用品を持つことで、自分自身がラクに、自由になれる。」

「慣れ親しんだ愛用品」が素敵。京都の○○旅館のお昼寝布団とか、鎌倉のギャラリーで作ったテーブルとか、加賀の○○製茶場のお茶とか、築地の○○商店や◇◇商店に買い出しに行く昆布、煮干し、かつお節、海苔...。本当にいいものを選んで使っておられる。名前を聞いても私には良さはわからないけれど。

次々と繰り出される「丁寧な暮らし」(著者は言下に否定されているけれど、まぎれもなくそうだと思う)は、ともすると自慢に聞こえて妬ましく感じてしまうかもしれない。私がそう感じなかったのは、著者の作品が好きで偶像視したからかもしれない。「かくありたい」と思ったのは本当だけれど、そうなれる気がしないのも本当の気持ち。でも「マネしてみよう」と思ったことがいくつかある。さっそくやってみようと思う。

人気ブログランキング「本・読書」ページへ
にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
(たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

駄目な世代

書影

著 者:酒井順子
出版社:角川書店
出版日:2018年12月15日 初版 発行
評 価:☆☆(説明)

 新聞広告などで見て気になったので読んでみた。気になったのは次の2つ。この「駄目な世代」が今の50代、つまり私たちの世代のことを指しているらしいこと。それから「永遠の後輩」というコピー。これには「確かにそうかもしれない」と思ったので。

 著者は15年前に「負け犬の遠吠え」というエッセイ集で話題になった酒井順子さん。「負け犬」は翌年の流行語大賞でトップテン入りしている。著者自身がそうである「30代、非婚、子なし」を女性の「負け犬」と定義した、言ってみれば「自虐ネタ」。今回はこの本も併せて読んでみた。

 本書では、「バブル景気」の時に社会人となった世代を「バブル世代」と呼ぶ。著者は昭和41年生まれで、平成元年に社会人になった。「バブル世代」のど真ん中で、本書は、その著者が「もしかして私達の世代って…、駄目なんじゃないの?」と言う本で、「自虐ネタ」という意味で、「負け犬」と同じ構図だ。

 自分たちの世代を「駄目な世代」と著者が思うのは「世のため人のためになっていない」から。それは「苦労せずに軽く生きてきたために、下の世代に何も残していない、アドバイス一つできない」ということらしい。就職は何となくしていれば内定がいくつかもらえたし、政治に関心を持たなくても世の中うまく行っていたし、と。

 「バブル世代」はこんな世代、という紹介を20章に分けて積み重ねる。「ひょうきん族」とか「オールナイトフジ」とか「夕やけニャンニャン」とかのテレビ番組や、その時代の出来事が紹介されて「懐かしいなぁ」とは思う。でも、私は多くのことに共感できなかった。

 東京の私立の女子校に通った著者と、地方の公立校で育った私は、同じテレビ番組を見ていたけれど、同じ経験をしていたわけではない。同じ「バブル景気」でも、広告代理店の社員だった著者と、メーカーの社員だった私は、違う景色を見ていたのだろう。著者が「我々」「私達」と言う度に、「私」に書き直して欲しいと思った。

 最後に。冒頭に書いた「私が気になったこと」について。私は昭和38年生まれで、著者の定義によると私は一つ前の「新人類世代」で本書の「駄目な世代」ではないらしい。良かったのか悪かったのか。「永遠の後輩」については「いつでも先輩がその場を盛り上げてくれるので、私達は「うぇーい!」と声をあげながらついていけばよかった」とのこと。もう少し掘り下げた考察があるのかと思った。

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

教師が街に出てゆく時

書影

著 者:浅田修一
出版社:筑摩書房
出版日:1984年5月25日 初版第1刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 本書の出版は1984年。著者は1938年生まれで、このころは現役の高校の国語教師だった。文学の研究や著述、映画の評論などもしていて、本書は、様々な媒体に書いた随筆をまとめたもの。

 最初に、私が本書を読んだ理由を。私は、著者が勤めていた高校に通っていた。卒業したのは1982年だから、本書の「現代高校生気質」という章をはじめとして、随所に出てくる「高校生」や「生徒」は、「私たち」のことなのだ。SNSで同級生たちの間で話題となったので読んでみた。そんなわけで、いつもは「著者」と書くところを「先生」と書く。

 先生は4歳の時にトロッコに轢かれて、右足をほとんど付け根から失った。本書のサブタイトルの「松葉杖の歌」は、先生の姿と暮らし、もしかしたらそれまでの人生をも表しているのかもしれない。松葉杖を2本ついて出勤してこられるのを、私も登校時によくお見掛けした。

 本書は、夕方の湊川公園のベンチでおっちゃんに手を握られる、という何とも退廃的な場面を描いた詩で始まる。それは、映画が好きで新開地に通い詰めていた、という先生の一面ではあると思う。しかし、この後に続く文章の数々には、また違う一面が表れている。

 それは、「怒り」や「諦め」を感じながらも、その相手に対して働きかけをやめない「不屈の闘志」のようなものを持った一面だ。安直の誹りは免れないけれど、60年安保の闘士でもあったので、「闘うこと」が自然だったのかもしれない。「部落差別」「在日朝鮮人への差別」などのあらゆる差別に対して。「君達は本当に生きとんのか!」と言いたくなる生徒たちに対して。先生は怒り、それでも正面からの対話を試みる。

 その感情がとりわけ複雑なのは、やはり先生の失くした右足のこと。ここで要約しては大事なことが抜け落ちてしまうので、私が感じたことだけを書く。片足がないことで辛いのは、自分の可能性を他人に決められてしまうことだったんだ、ということ。運動場で演技をする仲間を見て「あの程度のことはできる」と思っても、決してさせてもらえなかったそうだ。その孤独はいかばかりか。

 最後に。奥様のことや恋愛のことが時々話題になるのだけれど、自分の想いとは別に、それを相手がどう感じるかを先回りして考え、それに自分で答えて...と、まるで一人相撲だ。「先生も意外と青いね」と思ったら、この時の先生は、今の私より10歳以上も若かった。

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

小西美穂の七転び八起き

書影

著 者:小西美穂
出版社:日経BP社
出版日:2018年9月15日 第1版第1刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 出版社の日経BP社 日経ビジネス編集部さまから献本いただきました。感謝。

 著者の小西美穂さんは、日本テレビの解説委員・キャスター。現在は夕方の情報番組「news every.」に出演されている。本の帯の写真の整ったお顔を見て「女子アナ」かと思ったけれど、一貫して記者畑を歩んでこられている。

 本書は著者の19歳から49歳(現在)までの「デコボコ人生」を振り返ったもの。「キャリア論」「チーム力」「突破力」「ノート術」という、ビジネス寄りのテーマから始まって、「友情論」「家族力」という「身の上話」も赤裸々に綴る。「婚活法」なんてのもある。

 「やらなかった後悔だけは抱えないように」と、著者はおっしゃる。「しなかった後悔より、した後悔(の方がいい)」と、よく言われる。私も時々使っている。しかし、言うことは簡単だけれど、行うことは難しい。でも著者の人生は、それを本当に行ったことの連続だ。

 32歳で単身の女性として「異例中の異例」のロンドン特派員。34歳でイラクのサマワの陸上自衛隊の取材。35歳で生放送の討論番組の司会...。自分の実力を考えるとかなり背伸びした仕事で、断ろうと思えば断れた。でも、著者はそうしなかった。

 しかも「思い切ってやったらできた!」なんていうお気楽な話ではない。ロンドンでは出番が回って来ずに留守番ばかり、サマワでは「生きた心地がしない」経験、討論番組の司会では抗議が殺到。「やらなかった後悔だけは~」なんて言ってやった結果、大変な目に会っている。著者のスゴイところは、「思い切ってやる」ことではなくて、大変な目に会ってからの踏ん張りと回復だ。

 とは言え、結果オーライ、所詮は自慢話か?と言えば、それでもない。著者の「ノート術」は、心が弱って長いトンネルに入り込んでしまった時の脱出術でもある。その他にも、困ったときにはどうすればいいかを、(著者自身の経験だから)説得力を持って書いている。「20代から30代の働く女性たちに向けて」となっているが、世代も性別も越えて得るものの多い本だと思う。

 最後に。この本からは、友達のありがたさも伝わってくる。自分のことでもないのに、読んでいて何度か、ありがたくて涙がにじんだ。著者がどう思っているか分からないけれど、著者は確実に友だちに恵まれている。それも含めて著者には人間力があるということだろう。

 著者の出演番組は、ネット配信されています。
 「news every.」の「ナゼナニっ?」コーナー

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

ウドウロク

書影

著 者:有働由美子
出版社:新潮社
出版日:2018年5月1日 発行 7月15日 第7刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

 今年の3月にNHKを退職した有働由美子さんのエッセイ集。エッセイの本編は平成26年10月に単行本で出版されたもので、キャスターを務める番組「あさイチ」が好調で、有働さん自身も紅白歌合戦の司会を3年連続で務めていたころ。私が読んだのは文庫版で今年5月の発行。文庫版の「はじめに」と「あとがき」では、退社のことに少し触れている。

 「いろんな人から、いろんなことを言われました」「一生懸命生きてきました ええ、仕事に」「酒がなかったら、この人がいなかったら」「黒ウドウ」「白ウドウ」の5章に分けて、全部で31編、これにプラスして、文庫のための書下ろし1編のエッセイを収録。

 有働さんと言えば「老若男女に愛される飾らないキャラクター」とされる。このエッセイ集もそのままだ。これに加えて、どういうことが人を引き付けるかが分かっている。「あぁそうだったんた」「そんなこともあったの」という話題がしっかり入っている。「飾らない」けれど「天然」ではない。

 例えば「わき汗」。一時話題になった例の件。本書の編集者からの唯一の要求が「わき汗についてはぜひ」だったそうで、編集者は多少あざといけれど、これを最初の一編に持ってくる有働さんは、かなりしたたかだ。一連の出来事から「その後」まで、多方面に配慮しながらユーモアたっぷりに描く。締めの一文が「ワタクシも、転んでもただでは起きないのである」。

 有働さんにそういう意図があったのかどうか分からないけれど、この「転んでもただでは起きない」は、本書を通して感じることだ。言い換えれば、NHK入局後の有働さんの人生そのものがそうだ。さらに言い足せば、そのぐらいよく転んでいる。

 付き合う男は「だめんず」ばかり、最初に配属になった大阪放送局では「もっと上手で綺麗な、相応しいアナウンサーが沢山いるのに、どうして君が」と言われ、ニューヨークに赴任して500円玉大の円形脱毛症になり、心身ともに無理を続け、思ったより体を痛めてしまった。そして「傷ついた心を別の色に塗り替えて傷ついていないことにしてしまう」

 なんて悲しいことだろう。こういう話を正面から受け止めると、読んでいてつらくなってしまう。面白く書いている「結婚できない独身中年」ネタも、本当は心で泣いているのかもしれない。でも、こんな反応は有働さんの本意ではないと思う。自分を少しさらけ出して、いっしょに笑う。大阪育ちの有働さんならそうして欲しいはず。

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)