9.その他

歌うカタツムリ-進化とらせんの物語

書影

著 者:千葉聡
出版社:岩波書店
出版日:2017年6月13日 第1刷 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 新聞の書評で見て、興味を持ったので読んでみた。書評には「生物としてのカタツムリ」と「カタツムリの殻のようならせん状を描く科学の歴史」の二つを行き来して、やがて大きな一つの物語に編み上げていく、と書かれていた。

 タイトルの「歌うカタツムリ」について。おそよ200年前にハワイの古くからの住民たちは、森や林の中に湧き上がる不思議な音を、「カタツムリの歌(ささやき声)」だと考えていた。その後の研究者の多くは否定的であったが、その謎は完全には解けぬままとなった。そのカタツムリであるハワイマイマイが忽然と姿を消してしまったからだ。

 この「歌うカタツムリ」のことは、冒頭に紹介されたあとは、エピローグまで出てこない。その代わり、カタツムリに魅せられてそれを進化論的に捉えた、数多くの研究者とその研究内容のことが活写されている。研究者の「人となり」までが伝わってくることもある。

 私は全くの素人のため、正確に伝えられるかが不安だけれど、「カタツムリと進化論」の概説を試みてみる。カタツムリは同じ種であっても、その殻の形、大きさ、巻き方、色、模様などが異なる個体が存在する。同じ地域でも稜線を挟んだ別の谷には、殻の違う集団が生息する。それはなぜなのか?

 これには大きく二つの考えがある。一つは「自然選択による適応」、もう一つは遺伝的にランダムな偏りによる効果で「遺伝的浮動」と呼ばれる。前者は、よく聞く「適者生存」のこと。環境に適した者が生き残る。後者は「適者生存」を否定はしないけれど、それでは説明できない変化もある、という考え方。「稜線を挟んだだけ」で、いったいどんな環境変化があると言うのか?ということだ。

 で、まぁこの二つの考え方が、一方が有力になったかと思うと他方が盛り返す、ということの繰り返しが起きてきた。新聞の書評は、このことを情感を込めて紹介していたのだ。私が読みたいと思ったのには、書評の文章の力が大きい。

 なぜなら、「カタツムリの殻の形や模様」について、私はそんなに興味はないからだ。詳しく熱弁されても困る、というのが正直なところだ。

 でも「研究の視点」について気付かされることはあった。「還元主義的な考え(構成要素を細かく分解して考察する考え方)では生物の形は説明できない」とか、「いま観察できることだけでは、歴史の産物である影響は解明できない」とか。

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分解するイギリス 民主主義モデルの漂流

書影

著 者:近藤康史
出版社:筑摩書房
出版日:2017年6月23日 初版発行
評 価:☆☆☆(説明)

 新聞の書評で知って読んでみた。英国の民主主義に起きた問題について知れば、今の日本の「なんだか気持ち悪い」政治状況を理解する助けになるかもしれない、と思ったからだ。

 順を追って説明する。まず、日本は民主主義のあり方の多くを、英国をモデルとして取り入れてきた。小選挙区制に始まり、マニフェストを掲げた政策本位の選挙を志向した。これによって選挙は「人」ではなく「政党」で選ぶようになった。これらは「政権交代」を実現し、首相のリーダーシップを強化した。

 ところが、モデルとなった英国の民主主義が漂流している。昨年の国民投票によるEU離脱派の勝利は、当時のキャメロン首相はじめ、多くの英国民の予想に反した結果だった。それはひとつの決定ではあるのだけれど、その後も、首相選びが二転三転する、EU離脱賛成反対の分断が深まるなど、政治社会の混乱が続いている。

 著者はこの混乱を、「ポピュリズムの台頭」というよくある文脈で捉えず、民主主義の「分解」として捉える。そして、英国の民主主義が安定していた時代から書き起こして、何が要因となってどうように分解していったかを、精緻な文章で描いていく。

 「いや、そこまで英国の政治状況に詳しくなるつもりはないので、もう少しかいつまんで..」と、正直思った。それは「日本の政治状況を理解する助けに」することを目的に読んでいる私の、勝手な要求なのだけれど。逆を言えば、本書は、コンパクトにしっかりと「英国の民主主義」が書かれた教科書のような本だ。

 でも、私の目的にとても役立つことが書いてあった。それは民主主義制度を「多数決型」と「コンセンサス(合意)型」に分類する考え方だ。言うまでもなく英国は「多数決型」。一人でも数が上回った方に決定権がある。それに対して、コンセンサス型は「なるべく多くの人が納得する選択肢」を選ぶ。

 「多数決型」の良いところは、意思決定が明確で早いこと。悪いところは、多くの「民意」がくみ上げられないこと。「民意」が多様化している現在においては、「くみ上げられない民意の方が多数」という状況さえ起きる。

 英国の制度をモデルとした日本でも、いや「二大政党制」になり損なった日本ではなお顕著に「悪いところ」が出ている。「なんだか気持ち悪い」政治状況の正体はこれかもしれない。

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虚構新聞 全国版

書影

著 者:虚構新聞社 UK
出版社:ジーウォーク
出版日:2017年5月28日 初版第1刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「フェイク・ニュース」という言葉を、多くの人が口にするようになったのは、昨年の米国大統領選の頃からだろう。トランプ候補がCNNやNew York Timesなど、自分に不利な情報を流すメディアをそう呼んだ。日本でも新聞やテレビなどに対して、そう呼んで非難する人も多い(本当に多いのかは疑問だけれども、ネットでそういう投稿やコメントを見ない日はない)。

 さて本書は、トランプ氏が大統領選の候補になる10年以上前の、2004年から13年間も日々(4月1日を除いて)、ウソの記事を配信し続けた、虚構のネットニュースサイト「虚構新聞」の記事を、253本厳選して収録した本だ。縦書き4段の新聞っぽいレイアウトでご丁寧に紙も新聞紙に似せた用紙を使っている。これがとても読みにくい。

 本書を読むのは、時間のムダ使いと言える。256ページとページ数は多くないのだけれど、新聞だからギッチリ字が詰まっている。新聞だから情報の密度も高い。結果としてけっこうな時間をかけて読むことになる。そして、そうやって得た情報の「全部がウソ」。おそらく何の役にも立たない。

 ただし「時間のムダ」と切って捨てられない何かが本書にはある。これという一つはっきりしたものではない。それは、誤りや逸脱が許されない今の社会の堅苦しさへの反定立かもしれない。または、単なるウソではなく必ず含まれる風刺や皮肉の小気味よさかもしれない。

 あるいは、記事にはそれに対応する事実があって、時代を映していることかもしれない。本書は最初が「2016-2017(年)」で次が「2014-2015]、以降だいたい2年ごとに遡るように編集されているが、読み進めると時代が逆に進んでいることがちゃんとわかる。「ウソ」でも時代性がある。さすが「新聞」だ。

 最後に。私が一番気に入った記事は「「疑似科学信じやすい」9割はO型」」。一番バカバカしくって好きな記事は「東京特許許可局前でバスガス爆発

※記事中に何度か「ウソ」と書きましたが、著者で虚構新聞社社主のUK氏は、「嘘ニュースサイト」と呼ばれることに、長年微妙な違和感を覚えていたそうです。本紙記事は「ウソ」ではなく、それを表す最適な言葉は「もうひとつの真実(オルタナティブ・ファクト)」だそうです。

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15歳の寺子屋 ゴリラは語る

書影

著 者:山極寿一
出版社:講談社
出版日:2012年8月30日 第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 著者は、京都大学第26代総長で、ゴリラ研究の第一人者。本書は「15歳の寺子屋」というシリーズで、科学者や哲学者やスポーツ選手など、その道を究めた方々が、15歳という「大人への第一歩を踏み出す」人たちへ贈る言葉が記されている。

 15歳の人たちに対して、ゴリラの研究がどんな役に?という疑問は、まぁ、当然の疑問だ。カバーにはこんなことが書いてある。「人間がどういう生き物なのかを知りたいときに、よき鏡となってくれるのが、ぼくたちと祖先を同じくしているゴリラなのです

 続けて「恋と友情の間で悩むのは、なぜ?家族の役割って、なに?戦争をするのは、なぜ?自然が必要なのは、なぜ?そんな難しい問いに、ゴリラはヒントをくれます」 「大人への第一歩を踏み出す」人たちに話すにふさわしいテーマだと思うがどうか?

 著者の話は、著者がゴリラ一家にホームステイしていた時のことから始まる。そう、ゴリラの研究は、ゴリラ流あいさつとゴリラ語を学んで、群れと一緒に暮らして(ホームステイして)その生活を観察する。ここでは、若い6歳のゴリラと一緒に、木の洞で雨宿りした経験が紹介されている。

 その後、話は一旦著者の子ども時代に戻り、人間不信に陥った高校時代を経て、大学そして霊長類、ゴリラの研究に至る道程が語られる。最初はニホンザルの、次にゴリラのフィールドワークを経験する。ある時、その視線の使い方の違いを知って、人間は「ゴリラの世界の方に属している」と気付く。おそらく、この経験が「ゴリラを通してヒトを見る」ことにつながったに違いない。

 例として「ゴリラを通して見たヒト」を一つだけ。ヒトは食物を分けあって顔を合わせて食べるけれど、ゴリラはそうしない。というか、食物は争いの種になるので、ほとんどの動物は別々に食事をとる。これはどういうことか?著者の見解は「あえて食事をともにすることで、絆を確認し共感を深める」。人間にとってそれだけ「共感」は、必要なものだったのだ。

 最初に書いたように本書は、15歳の人たちへ書かれたもの。しかし、私のように50歳を疾うに過ぎても、分からないことだらけなのだから、こういう本を糸口にして考えを巡らせるのも悪くないと思う。

 最後に。もしこの本が気になったら、著者の近刊「ゴリラは戦わない」も読んで欲しい。

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茶色の朝

書影

著 者:フランク・パヴロフ 訳:藤本一勇 メッセージ:高橋哲哉
出版社:大月書店
出版日:2003年12月8日 第1刷  2004年4月10日 第6刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 ネットで話題になっていたので読んでみた。30ページほどの絵本に、12ページの「メッセージ」が付いている。

 主人公の「俺」は、友人から「愛犬を安楽死させなきゃならなかった」話を聞く。理由は「茶色の犬じゃなかったから」。この国では「茶色以外の犬、猫をとりのぞく」という法律が制定されたのだ。先月「俺」の白に黒のぶちの猫も始末された。その時は胸が痛んだが「あまり感傷的になっても仕方ない」と思い直した。茶色の猫を飼えばいいのだから。

 しばらくすると「街の日常」という新聞が廃刊になった。例の法律を批判していた新聞だ。それでもみんな、いままでどおり自分の生活を続けている。「俺」は思った。「きっと心配性の俺がばかなんだ」。その次は図書館の本、その次は...。

 「俺」は自らの破滅が身近に迫って、ようやく「抵抗すべきだったんだ」と気が付く。しかしすでに手遅れで、「俺」は「茶色の朝」を迎える。

 巻末の「メッセージ」によると、ヨーロッパでは「茶色」はナチスを連想させる色らしい。もう、多くを言う必要はないだろう。「こんなのおかしい」という気持ちを、騙し騙しして「大したことじゃない」と、流れに任せてしまったら、その流れの行き着く先は「茶色の朝」しかない。

 これも「メッセージ」によると、著者のフランク・パヴロフは、フランスで1990年代に、ジャン・マリー・ルペン率いる極右政党「国民戦線」の躍進に、危機感を覚えて本書を出版した。その後、多くの人が本書を読み「極右にノンを!」運動が盛り上がった。

 寓話による例えは、人の心に浸透しやすい。「物語には力がある」と言いたいところだけれど、過度の期待は禁物だ。お気づきだと思うが、先般のフランス大統領選挙で、マクロン大統領と共に決選投票に残ったマリーヌ・ルペン候補は、ジャン・マリー・ルペンの娘で後継者だ。すぐに忘れてしまうのは日本人だけではないらしい。

 さらに後ろ向きで恐縮だけれど、この絵本からメッセージを受け取るのは、元々極右思想に疑念を持っている人だけかもしれない。それでも本書を一人でも多くの人が目にするといいと思う。それが未来につながる希望。

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スノーデン 日本への警告

書影

著 者:エドワード・スノーデン、青木理、井桁大介、ベン・ワイズナーほか
出版社:集英社
出版日:2017年4月19日 発行
評 価:☆☆☆☆☆(説明)

 本書はエドワード・スノーデン氏が滞在先のロシアから参加した、2016年6月に東京大学本郷キャンパスで行われた、シンポジウムの内容を書籍化したもの。言うまでもないけれど、スノーデン氏はアメリカ政府がインターネットを通じた大規模な監視体制を、秘密裏に構築していたことを、資料と共に暴露した人だ。

 シンポジウムのタイトルは「監視の"今"を考える」。第一部がスノーデン氏へのインタビューと質疑応答、第二部が「信教の自由・プライバシーと監視社会 ~テロ対策を改めて考える」と題したパネルディスカッション。本書のそれに沿って2つの章で構成されている。

 スノーデン氏の話はどれも心に響いた。2つ紹介する。一つ目は「秘密主義は政治の意思決定のプロセスや官僚の質を変えてしまう」という話。「政府が安全保障を理由として、政策の実施過程は説明せず、単に法律に従っていると説明するだけとなれば(中略)やがて政府による法律の濫用が始まるでしょう」と語っている。現在の国会の状況を正確に予想していたかのようだ。

 二つ目は「言論の自由とプライバシー」についての話。「言論の自由やプライバシーの権利は社会全体に利益をもたらすものです(中略)異色な存在でなくとも、言論の自由やプライバシーの権利がもたらす利益を十分に享受しているのです」と言う。「普通に暮らしていてやましい事がないなら、共謀罪なんて心配しなくもいい」という考えが誤りだと分かる。

 パネルディスカッションはさらに刺激的だ。スノーデン氏が暴露したのはアメリカ政府の秘密で、幾分「対岸の火事」的な感覚がある。ところが米国と同じように、日本国内でもムスリムに対する監視が行われていたことが分かっている。イスラム教徒である、モスクに出入りしている、という理由だけで、「コンビニで何を買ったか」まで、調査されていた。

 最後に。「共謀罪」に関係して話題になった「国連の特別報告者」について。特別報告者の任命に至る経緯が書いてあった。2013年に「デジタル時代のプライバシー」という国連総会決議があり、各国の決議の実施状況を調査するために任命されている。決議にはもちろん日本も賛同している。国連からしてみれば「個人の資格で..」などと、どの口で言うのか?ということだろう。

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失敗の本質 日本軍の組織論的研究

書影

著 者:戸部良一、鎌田伸一、野中郁次郎ほか
出版社:中央公論新社
出版日:1991年8月10日 初版 2015年5月20日 53刷 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 本書は1984年の発行の後30年あまりの間に、何度か注目をされてきた。例えば東日本大震災の後の政府の対応や、それ以前の危機管理の問題点を指摘する際に、多く言及されたという。何か大きな「失敗」や「危機」を感じた時に立ち返って紐解く、そんな本らしい。

 副題に「日本軍の組織論的研究」とある。本書は大東亜戦争時の日本軍の戦い方(特に失敗した戦い方)を、組織論の観点から研究したもの。その研究成果を、現代の日本の組織への教訓として活用することを目的としている。

 第三章まであるうちの第一章は、具体的な作戦を紹介、分析している。取り上げられた作戦は「ノモンハン事件」「ミッドウェー作戦」「ガダルカナル作戦」「インパール作戦」「レイテ海戦」「沖縄戦」の6つ。

 本書のキモはこの後で、第二章で6つの事例から共通する要素を取り出して、第三章でさらに理論的な考察を深めている。例えば「あいまいな戦略目的」「主観的で帰納的な戦略策定」「属人的な組織の統合」「プロセスや動機を重視した評価」などの項目が上がっている。

 正直に言って読むのに忍耐を強いられた。特に第一章がつらい。要約や妥協をすることなく作戦を詳細に記してあり、膨大な情報量に圧倒されて一読しただけでは頭に入らない。この章はケーススタディのケースにあたる部分なので、短く要約してしまうわけにはいかないのも分かるけれど、それにしても細かい。

 最後に。本書が、著者たちの英知の結晶で大変な労作だということはよくわかる。ただ、第二章と三章で抽出された項目は、「戦略・目的はあいまいではいけませんね」といった、ごくありふれたものばかりだと思う。

 それでもなお本書が「名著」と言われるに値するのは、「大東亜戦争時の日本軍の戦い方の研究」という大仕掛けによるところが大きい。いきなり「戦略・目的は明確に」と言われてもありがたくもなんともないからだ。これってつまり「プロセスや動機を重視した評価」ってこと?というのはひねくれ過ぎか。

 ※本書はなかなか手ごわいです、挫折した方には「「超」入門 失敗の本質」がおススメ。

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ゴリラは戦わない 平和主義、家族愛、楽天的

書影

著 者:山極壽一、小菅正夫
出版社:中央公論新社
出版日:2017年2月10日 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 京都大学第26代総長で、ゴリラ研究の第一人者の山極壽一先生と、旭山動物園で行動展示を取り入れて一躍有名にした、前園長の小菅正夫さんとの対談本。人間より他の動物たちの方により愛着があるんじゃないか、と思われるお二人。以前に一緒にコンゴにゴリラを見に行ったことがある。そのあたりのことから掘り起こして、ゴリラについて語り合う。

 ゴリラはシルバーバックと呼ばれる、大人のオスをリーダーにした群れで暮らす。そのリーダーは群れのメンバーに信頼されてなる。何かあれば前面に立つ。でも相手を威嚇することはあるけれど、若いオスを除いて喧嘩はしないらしい。タイトルの通り「ゴリラは戦わない」のだそうだ。

 それに対してニホンザルのボスは力で群れを従える。もし群れを離れて他の集団に行くと最下位のオスになってしまうらしい。力を示さないとボスとして認められない。「あえて勝とうとしない、でも負けない」ゴリラ社会と、「勝ち続けていないと自分の地位が脅かされる」ニホンザル社会の違いがある。

 話題としては面白い話で、その他のたくさんの「ゴリラ」ネタもあってそれだけでも興味深い本だ。しかし、それだけではない。「ヒトと近い類人猿であるゴリラの社会を知ることによって、人間のことをよく知る」ということもできる。以前に読んだ山極先生の「京大式 おもろい勉強法」にもそんなことが書いてあった。

 さて、ゴリラとニホンザルの比較によって見えた人間のこととは?人間の社会がニホンザルに近づいているのでは?ということかも。つまり「勝ち続けていないと自分の地位が脅かされる」...。

 もうひとつ。ゴリラと、ニホンザルやチンバンジーとの違い。相手の出方を待つこと。相対した時の間の取り方が長い。相手がどうするかを予測して、もの凄く考えているらしい。すぐに手をださない。

 山極先生はこんなことも言っている。「だから、ゴリラにとって、人間はアホなんですよ。ちょっとチンパンジーに似ていてね

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図書館が教えてくれた発想法

書影

著 者:高田高史
出版社:柏書房
出版日:2007年12月20日 第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 よく利用する図書館に「図書館の未来(これから)を考える」と銘打ったコーナーが作られていて、そこにあった1冊。そのコーナーと本書のタイトルに引っかかりを感じて手に取った。

 図書館のアルバイトである主人公に仕事を教える、という物語の体裁で、図書館の「レファレンス・サービス」を紹介する。その主人公の名は上田彩乃、歳は21歳。ぶらりと立ち寄った図書館で、1か月半の短期アルバイトについた。志望動機は「調べものがうまくなりたくて..」

 彩乃の指導係の伊予さんが、彼女の志望動機を聞いて、図書館の仕事をしながら1日に10分ぐらいずつ、図書館での調べもの(リファレンス・サービス)について話してくれることになった。物語は、日記のように日付がついた形で、一日一日の記録として綴られている。

 図書館で調べ物をするには...。まず空間を把握。一般書のコーナー、事典などの参考図書のコーナー、児童書、雑誌、新聞、郷土資料...。次には分類番号。例えば「ニワトリ」の本を探すなら「4自然科学」「8動物」「8鳥類」「4ニワトリやハトの仲間」で、「4884」が「ニワトリ」の本の分類番号。

 こうやって「自然科学」>「動物」>「鳥類」>「ニワトリ」と「絞る発想」と同時に、「広げる発想」も必要。絞った段階を戻って「488鳥類」や「480動物全般」のところにある本に、ニワトリのことが書いてあるかもしれない。さらには「6産業」の中の「645家畜・畜産動物」も見た方がいい。調べる内容がどんな本に載っているかをイメージすることが大切だ。

 ここに書いたことは、まだ図書館の調べものの方法の入口。なかなか奥が深くて、書いてあることをすべて習得すると、図書館の調べものの達人になれそうだ。

 ただ、本書を読んでいて途中でふと思う。「これは図書館員向けの指南書なのか?」「図書館員になる予定はないので読んでもムダ?」。これら疑問への答えは半分YESで半分NO。まずは、よくできた指南書になっている。それからよく噛まないと消化できないけれど、汎用的な発想法にも応用ができる。

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キャスターという仕事

書影

著 者:国谷裕子
出版社:岩波書店
出版日:2017年1月20日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆☆(説明)

 著者のことは多くの方がご存じだと思うが、敢えて紹介する。「クローズアップ現代」というNHKの報道番組のキャスターを、1993年から2016年までの23年間、基本的にひとりで務めた人だ。そしてその降板にあたっては「政府からの圧力」を取り沙汰されている。

 本書は「クローズアップ現代」の10年ほど前、著者がNHKの英語放送のアナウンサーとして雇用されたところから書き起こされている。その後、総合テレビのキャスターとしての挫折、衛星放送で鍛えられた経験などが短く紹介される。残り8割「クローズアップ現代」の日々が、著者が持つ鋭い問題意識を通して様々に綴られている。

 繰り返し言及されるのは「言葉の力」「言葉の怖さ」だ。テレビの世界にあっては「映像」こそが最大の「情報」。しかし「映像」は複雑な問題や思想を伝えることができない。そこで重要になるのが「言葉の力」。それはニュースでは視聴者に語りかけるキャスターが担う。

 しかしその「言葉」には怖さもあると著者は言う。例えば「ねじれ国会」。ただ単に、衆参の多数党が違う状態を表しただけの言葉のはずが、「正常ではない事態」というニュアンスを含む。そうすると「正常化」しようという投票行動を、意図せず誘導することになりはしないか?著者の言葉へのこだわりはこれほどにも厳密で繊細なのだ。

 とにかく示唆に富んだ言葉がたくさんある。報道や今の社会のあり方に関心がある方は、是非読んでほしい。

 最後に「政府からの圧力」について。本書を手に取った人の多くは、そのことにも関心があっただろう。ネタバレになるけれど、そのことについては明言していない。しかし「伝える仕事」を長く続けてきた著者が、何も伝えていないとも思わない。全体ににじみ出る私たちへの「警告」のニュアンスから「圧力はあったのだ」と私は感じた。

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