ホテルローヤル

書影

著 者:桜木紫乃
出版社:集英社
出版日:2013年1月10日 第1刷 7月30日 第2刷 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 読み終わってすぐは「こりゃだめだな」と思ったけれど、改めて振り返ると「まぁまぁいいんじゃないの」と思った本。

 2013年上半期の直木賞受賞作。2020年11月に波瑠さん、松山ケンイチさんらをキャストに映画化された。そのトレーラーを見て「直木賞受賞」に魅かれて読んだ。

 舞台は北海道の釧路。釧路湿原を望む高台に建つラブホテル「ホテルローヤル」。そこに関係のある人々を描いた7つの短編。「関係」の濃淡は様々で、そのホテルの経営者や従業員ということもあれば、利用者のこともある。さらには、たぶんこれから利用する人や、ホテルが廃墟となった後に訪った人までいる。

 例えばホテルの経営者の名は田中雅代。29歳。このホテルは、雅代が母のお腹にいる時に父が始めた。だから雅代はここで育った。十年前に母が家を出てからはここの事務所で寝起きしている。物語が描くのは、ホテルの廃業の日。アダルト玩具の販売会社の営業担当が、在庫を引き取りに来た。短いやり取りの中に、29年の雅代の人生がにじむ。

 例えば廃墟となったホテルに来たのは加賀屋美幸。33歳。中学の同級生で地元の会社のアイスホッケーの選手だった、木内貴史と付き合っている。今日は、貴史の頼みで「廃墟でヌード撮影」をするために「ホテルローヤル」に来た。貴史はエース級の選手だったが、ケガでアイスホッケーを引退していて、情熱の新たな行先を写真に求めているようだ。

 好きなタイプの物語もあった。雅代の話とかだ。他には結婚20年の夫婦の話もよかった。でも、受け入れが難しい物語もあった。美幸の話とかだ。それからお寺の住職の奥さんの話とか、数学の先生の話とか。ラブホテルが舞台なだけに、男女の性がクローズアップされるのは、どの物語も同じなのだけれど、受ける印象がずいぶんと違う。ポジティブとネガティブ、喜劇と悲劇、陽と陰。

 どうやら著者15歳の時に、父親が「ホテルローヤル」」というラブホテルを開業しているらしく、本書がその経験を反映していることは想像に難くない。そこには陽も陰もあったのだろう。そのどちらも描いたのだと考えたら、著者の態度は「公平」だと言うべきなのだろう。

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なぜ、読解力が必要なのか?

書影

著 者:池上彰
出版社:講談社
出版日:2020年11月18日 第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 「読み解く力」は「文章を読む力」だけではないんだな、と分かった本。

 タイトルの「なぜ必要なのか?」については、第1章のタイトルで「読解力を伸ばすと生き方が変わる」と、答えがほぼ出ている。その答えを踏まえて第1章では、読解力がある/ないの例を挙げて補足をする。第2章では「読解力」を「情緒」と「論理」の2つに分けて論じ、残りの第3~5章で「読解力」の付け方の指南を、視点を変えながら行う。

 特徴的だな、と思うのは「読解力」を「情緒的読解力」と「論理的読解力」に分けたこと、そして「情緒的読解力」の方を重視していることだ。「論理的読解力」は、評論などの「論理的な文章を読み解く力」、「情緒的読解力」は、文学作品などの「情緒的な文章を読み解く力」。同じ文字が使いまわされているだけで、情報量の少ない説明で恐縮だけれど、イメージはつかめると思う。

 著者が「情緒的」に肩入れするのは、「論理的に比べて軽視されているように思う」ことが主な理由ではあるけれど、「情緒的読解力」を「人間力」と言い換えるほど重視している。「自分とは違う「他者」の思いや考え方を汲み取る」ことであって、これを学ぶ場が失われるとすれば危惧すべき事態だ、と言う。

 「なるほどそうか」と思う。私も「情緒的読解力」を軽視していた。それを気づかせてくれたのは、本書を読んでよかったことの一つだ。

 ただ私は「「論理的読解力」だけでもなんとかしないと」と思っている。文章を読んで、書いてあることを書いてある通りに理解してほしい。最近は動画のマニュアルが増えたけれど、それでも新しいや知識や方法は文字から得ることが圧倒的に多い。それが読み解けないと、新しいことが身につけられない。いやいやそんな高尚なことでなく、メールやSNSの文章を、書いたとおりに読んでくれないことが多くて困っている。

 数学者の新井紀子さんが「中学を卒業するまでに、中学校の教科書を読めるようにすることが公教育の最重要課題」とおっしゃっている。作家の佐藤優さんも「中学3年生までの国語学習を完璧に理解すれば、読解力は高等教育もそれで足りるし、社会に出ても耐えうるレベル」とおっしゃっている。これらはたぶん「論理的読解力」を身につけることについておっしゃっているのだろうと思う。

 最後に印象的な部分を。

 「教養がない」人とは、「知識が自在に操れていない」人だと言えるでしょう。安倍前首相は...

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モダン

書影

著 者:原田マハ
出版社:文藝春秋
出版日:2015年4月15日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 いつかまたニューヨークに行くことなんてあるのかなぁ、と思った本。

 ニューヨーク近代美術館(MoMA)を舞台とした短編5編を収録。

 冒頭の短編は「中断された展覧会の記憶」。主人公はMoMAで企画展示ディレクターを務める杏子。物語の最初に示された時間は「2011年3月11日金曜日 午前6時55分」。時刻はともかくこの日付は、日本人にあの記憶を呼び起こす。物語ではこの時、MoMAからふくしま近代美術館に、アンドリュー・ワイエスの「クリスティーナの世界」を貸し出していた。

 最後から2番目の短編は「新しい出口」。ここに登場する日付は「2001年9月11日」。この日付もまた私たちの記憶に残っている。ニューヨーク近代美術館は、当たり前だけれどニューヨークにある。MoMA自体には被害はなかったけれど、物語では職員が一人亡くなっている。描かれているのはそれから1年後の話。

 この紹介だけでは「惨事」をテーマとして短編集のように感じてしまうかもしれない。しかし、他の作品は19999年、1981年と1934年と1943年、2000年のMoMAを描いていて、ちょっとした事件はあるけれど、惨事は起こらない。ただ、上に紹介した2編を含めて、共通の人物などによって縦横に結びついている。その結びつきがなんとも心地いい。

 私には、その結びつきから一つのことが浮かび上がって見えた。それはMoMAが世界中の才能を集めて、常に世界のアートシーンを切り開いてきた、魅力的な美術館だということ。

 例えば、3番目の短編「私の好きなマシン」は、ある工業デザイナーが1934年、8歳の時に来た「マシン・アート」の展覧会を振り返る。この作品はフィクションだけれど、その展覧会は実在の出来事。美術館がベアリングやコイルをアートとして展示した。それはとても画期的な出来事だったにちがいない。

 本書の感想として、たくさんの人がそう言っているけれど、私もその一人になる。MoMAに行きたくなった

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武蔵(一)

書影

著 者:花村萬月
出版社:徳間書店
出版日:2011年9月
評 価:☆☆(説明)

 これは..思ってたのと違うな、と思った本。

 「時代小説を読みたいな」と思っていたら視界に入ってきて、読んでみた。紹介するまでもないけれど、主人公は宮本武蔵。ただし本書は6巻シリーズの第1巻で、武蔵はまだ11歳で名を弁之助といっていた。十手術の創始者で道場を構える養父と暮らしている。

 弁之助は日々鍛錬を怠らないだけでなく、膂力も人並みはずれてあった。「大きく、なりたい」と思っていた。背丈はもちろん、自分でもよくわからないけれど「対峙する相手を圧倒」する大きなものがほしいと思っていた。そして養父の脳天を断ち割ることを夢想していた...

 いや、もう困った子どもだ。冒頭のエピソードでは、野良犬の脳天を断ち割ってしまっている。養父でないだけまし、という話ではない。困った子どもだ。

 この後、弁之助は5つ年上の美禰という神官の娘や、養父の門弟で豪族の跡取り然茂ノ介らと出会い、行動を共にするようになる。そして「武者修行」と称して出奔を企てて、3人で山に分け入ったりもする。

 10代の子ども3人が、親の束縛を逃れて道なき道を行く。ジュブナイル小説の様相で、まぁそういう読み方もできるのだけれど、やっぱり困ったことがある。美禰を筆頭にして、あっちにもこっちにも色っぽいお姉さんが居て、弁之助とセックスをしてしまう。

 というわけで、「ポリコレ」とか言わないけれど、居心地の悪い思いをしながら読み終わった。奥付の前を見ると、本書は「問題小説」という月刊誌に掲載された作品だそうで、雑誌のキャッチコピーが「男のためのセンセーショナル小説集」。「男のための..」が安っぽすぎると思うけれど、まぁそういう狙いなのか、と腑に落ちた。

 武蔵の人生は始まったばかりで、これから先に波乱万丈の物語がある。武蔵が大人になれば、居心地の悪さも薄れて楽しめるだろう。でもなぁ。

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人新世の「資本論」

書影

著 者:斎藤幸平
出版社:集英社
出版日:2020年9月12日 第1刷 11月10日 第3刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 冒頭の一言が「SDGsは「大衆のアヘン」である!」という挑発的な言葉で、その挑発に乗って読んでしまった本。

 この言葉を補足する。国連や各国政府が掲げる「SDGs(持続可能な開発目標)」に沿って行動しても気候変動は止められない。温暖化対策として人々がやっているレジ袋削減やマイボトルの持参などの「善意」は、それだけでは無意味に終わる。「やっている」と思い込むことで現実の危機から目を背けることになる。つらい現実の苦悩を和らげる麻薬のように、という含意。ちなみに「大衆のアヘン」はマルクスの言葉の引用だ。

 じゃぁどうすればいいの?ということになる。本書を乱暴にまとめると「気候危機を回避して地球が人が住み続けられるようにするためには「「脱成長コミュニズム」しか解がない」という主張をしている。コミュニズムとは共産主義のこと。対語として資本主義がよく使われる。日本は資本主義の社会で、資本主義=善、共産主義=悪、と捉える向きかある。「善と悪」が言い過ぎなら「明と暗」でもいい。

 もう少し世事に長けた人なら、こういう印象だけでなく「ソ連や東欧の共産圏の失敗を見れば、共産主義なんてうまく行かないのは明らかじゃないか」と言いそうだ(私もそう思った)。しかも著者は「マルクスを呼び起こそう」なんて言っている。私が経済学部の学生であった35年前でも、マルクスの思想を実用に供しようという考えは稀有だった。

 という反応は著者も十分に承知している。それでもなお「それしか解がない」と分かってもらうために、著者は新書にしては厚い約360ページの本を書いたのだ。(ちなみに、本書を読み終えるには、それなりの忍耐とオープンマインドな姿勢が必要だと思う。マルクスを持ち出したのがよかったのかどうか?今でも疑問だし。)

 読む前は「うまく行かないのは明らか」と私も思っていた。読んだ後は「著者の言うことはとても説得力がある。困難ではあっても、うまく行くかもしれない」と思った。世界にはその芽がすでに芽生えている。著者が紹介するそれらの芽に、よく似た事例は私の身近でも起きている。

 最後に。著者の主張は「脱成長コミュニズム」。「脱成長」の部分がとても大事。私が「うまく行くかもしれない」と思ったのも、「脱成長」に共感したから、という要素が大きい。ここでいう「成長」は「経済成長」のことで、多くの国の重要政策になっているけれど、「経済成長」が「豊かさ」をもたらさず、むしろ「欠乏」を招いている。そのカラクリは本書にも書いてある。それならば「成長」なんていらないではないか。私はそう思う。

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天上の葦(上)(下)

書影
書影

著 者:太田愛
出版社:KADOKAWA
出版日:2017年2月18日 初版発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

ある方からおススメいただいて読んだ。薦めてくださった理由が、読み終わったらよく分かった本。

主人公は、興信所の所長の鑓水七雄と、所員の繁藤修司、鑓水の友人で刑事の相馬亮介の3人。物語の発端はとても奇妙な事件だった。渋谷駅前のスクランブル交差点で歩行者用の信号が赤に変わって、無人であるべきその真ん中で、ひとりの老人が絶命した。死の直前、老人は何もない青空を指さしていた。それは正午ちょうどの出来事で、ニュースの冒頭の街のライブ映像として全国に放映された。

老人の名前は正光秀雄と分かった。四日後「正光秀雄が、最期に何を指さしたか突き止めて下さい」と、鑓水の興信所にこれまた奇妙な依頼が来る。期限は二週間、報酬は一千万円。依頼者は明示されなかったけれど、鑓水たちと因縁のある元与党の重鎮の政治家らしい。

鑓水はこの依頼を受ける。物語はこの後、公安部からの依頼で失踪した警察官の捜索をしていた相馬と鑓水たちが合流して、大波が繰り返して奔流のように進む。そして、事件の背後にはとても大きな権力が動いていることが、徐々に明らかになる。

とても面白かった。上下巻で800ページぐらいあるけれど、飽くことなく読めた。実は読んでいる最中は、叙述が少し詳しすぎる気がした部分があるのだけれど、あの詳しさにも意味があったのだと思える。途中で舞台が東京から瀬戸内の島に飛んで、脳裏に浮かぶ風景がガラッと変わるのも、飽きない要因として生きた。そして何よりも、本書のテーマは私が長く興味を抱えていたものだった。薦めてくださったのもそれが理由だろう。

ネタバレになるので詳しくは書かないけれど、この本に書かれているのは「権力と報道」、もう少し広げると「権力と民主主義」のことだ。私が抱えている興味というのもそれだ。薦めていただいた当時にも「新聞記者・桐生悠々忖度ニッポンを「嗤う」」という本の感想を書いていた。本書はフィクションだけれど、これがノンフィクションでも驚かない社会に、私たちは生きていると思う。

いくつも刺さるセリフがあったけれど一番を..

闘えるのは火が小さなうちだけです

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終電の神様 始発のアフターファイブ

書影

著 者:阿川大樹
出版社:実業之日本社
出版日:2018年10月15日 初版第1刷 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 「始発で帰る」ということが、かつては私にもあったなぁ、と思った本。

 「終電の神様」の第2巻。5つの短編を収録した短編集。

 サブタイトルの「始発のアフターファイブ」は、冒頭の短編のタイトルでもある。主人公は清水荘二郎、60歳。歌舞伎町のラブホテルのルームメイクの仕事をしている。遅出の勤務は深夜1時から3時半まで。終電で出勤して、終業後はカフェで時間をつぶして始発で帰る。始発は5時台。「アフターファイブ」が「仕事帰り」を意味するなら、荘二郎にとって始発は二重の意味でまさに「アフターファイブ」。

 残り4編のタイトルと主人公を短く紹介。「スタンド・バイ・ミー」の岩谷ロコは、歌手になるべくストリートデビューするために、昨日岩手県から出てきた。「初心者歓迎、経験一切不問」の志村加奈は、通っている食堂で茜と知り合うが、その茜の顔をしばらく見ていない。

 「夜の家族」の沢木健太は、派遣型風俗、通称デリバリーヘルスの運転手をしている。「終電の女王」は舞台が中央線(いや「中央本線」)。主人公はシステムエンジニアの会田和也で、数年前に分かれた彼女から深夜1時過ぎに電話があった。どうやら電車を乗り過ごしたらしい。

 残りの4編も「始発のアフターファイブ」と同じで、深夜から明け方の時間帯の物語。「終電の女王」以外の3編は舞台も同じで歌舞伎町近辺だ。知っている人はよく分かると思うし、知らない人でも想像できると思うけれど、歌舞伎町にはこの時間帯にも人がたくさんいる。働いている人となれば、いろんな事情を抱えていて、人の数だけドラマがありそう。本書は、そんなドラマを拾い上げて、少し心温まる物語として丁寧に描く。

 どの物語もよかった。一番は「スタンド・バイ・ミー」。

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書店ガール3 託された一冊

書影

著 者:碧野圭
出版社:PHP研究所
出版日:2014年5月22日 第1版第1刷
評 価:☆☆☆☆☆(説明)

 この記事を書くために部分部分を読み直していて、繰り返し涙が出た本。

 「書店ガール」の第3巻。主人公はこれまでと同じ、西岡理子と小幡亜紀の2人。舞台は前作の新興堂書店吉祥寺店に、仙台の櫂文堂書店が加わった。理子が、新興堂書店チェーンの東日本エリアのエリア・マネージャーに昇格、櫂文堂書店は新たにチェーン傘下に入って理子が担当になった、創業90年の老舗書店だ。

 理子も亜紀も試練の時を迎えていた。理子は、新しく担当になった櫂文堂書店のスタッフとの関係に悩んでいた。店長代理の沢村稔と打ち解けようとしても「亀の甲羅のように固い警戒心を身に纏って」そっけない態度しか返ってこない。

 亜紀は、育児休暇を終えて復帰して半年。好きだった文芸担当からビジネス書や経済書の担当に変わった。不案内で客からは不満を言われる。息子の保育園の迎えなどは母が協力してくれているが、それでも熱を出した時などは綱渡りだ。

 まぁこんな感じで始まって、これまでの2巻がそうであったように、それぞれが抱える問題は一進一退しながら解決に向かっていく。しかし今回は物語の芯はそこにはない。

 今回の物語の背景には東日本大震災がある(設定は2年半後になっている)。敢えて詳しくは紹介しないけれど、東北の被災者のことを考えると共に、「あの時自分は」と「あれから自分は」を、考えさせる物語になっている。涙なしには読めない。

 最後に心に残った言葉を。

 東京はこれだけ人が多いんですから、それに反応してくれる心優しい人の数も少なくないはず。それを売ってうちの儲けになって、おまけに人助けまでできるなら、最高じゃないですか。それが東京の本屋の在り方でしょう

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跳べ、暁

書影

著 者:藤岡陽子
出版社:ポプラ社
出版日:2020年7月15日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 著者は、中学生がこんなに瑞々しく躍動する物語も描くんだと、うれしく思った本。

 藤岡陽子さんの近刊。私は「トライアウト」「テミスの休息」「満天のゴール」と読んできて、本書は4作品目。これまでの3作品は、様々な立場のシングルマザーを中心に据えた心に沁みる大人の物語だった。ところが本書の主人公は女子中学生。どんな話なのか興味津々で読んだ。

 主人公の名前は春野暁。中学2年生。5月という中途半端な時期に転校してきた。物語は新しい学校のクラスで「みなさん、はじめまして。私は春野暁といいます」と暁が自己紹介する場面から始まる。教室内を見渡すと、値踏みするような鋭い視線が集まってくる..。

 暁は、小学生の時にミニバスケットのチームにいた。「暁からバスケットをとったらなにも残らないだろ」と父親から言われるぐらい、一筋に励んでいた。ところが、新しい学校には「男バス」はあるけど「女バス」はない。父は「男バスのマネージャーを..」と言い、それを「いい考えだと思う」と言うが、暁は「そんなの、ちっともいい考えだとは思わない」

 心を惹き付けられる物語だった。この後は「ないなら創ればいい」と女バスを創部して、部員が一人また一人と集まって、練習で素人集団も力をつけて...。こんな要約を読むと「どこかで聞いたことあるような」と思うかもしれない(私もチアリーダーのドラマを思い出した)。そうであっても、この物語は無二のものだ。ケーキを同じ型を使って焼いても同じ味にはならない。

 部員のひとりひとりに事情がある。中学生だから親がらみで、もちろんその親にも事情がある。ついでに言うと先生にも。そうした事情に翻弄されながらも、中学生たちが困難を乗り越える姿に心打たれた。もちろん大人の力を借りないと解決できないこともあるのだけど、中学生たち自身が働きかけないと、大人は察して手を貸してくれたりしない。(暁と父親のように、親子はかなりズレている)

 青春小説でおススメのものない?と聞かれたら本書を薦めようと思う。

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神々と戦士たち4 聖なるワニの棺

書影

著 者:ミシェル・ペイヴァー 訳:中谷友紀子
出版社:あすなろ書房
出版日:2017年5月30日 初版発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 いやこれは大冒険だな。テレビシリーズとかにすると面白そうだ、と思った本。

神々と戦士たち1 青銅の短剣」からはじまる全5巻シリーズの4巻目。物語の時代は青銅器時代。前卷までは古代ギリシアが舞台だったけれど、今回の舞台はエジプト。登場人物の会話の中に、王の「ペラオ(たぶんファラオ)」とか、ジャッカルの頭を持つ「アヌプ(アヌビス)神」とか、古代エジプトっぽい名前が出てくる。

 主人公の少年のヒュラスたちを追うコロノス一族、その運命を握る短剣というのがある。前卷で、ヒュラスの友達で大巫女の娘のピラ、その世話係のエジプト人が、短剣を持ってエジプトに逃げ込んだ。その短剣を追って、ヒュラスもピラもコロノス一族も、遠く船に乗ってエジプトに来た、というわけ。

 そんなわけで、今回の物語は、ヒュラス+ピラのチームと、コロノス一族のチームの短剣争奪戦だ。コロノス一族の方は「ペラオ」に貸しがあるらしく、衣食住に船、密偵までつけてもらっている。ヒュラスたちは乗ってきた船から放り出されて、焼け付く太陽の下で1日分の水袋しかない状態からのスタート。圧倒的に不利で勝ち目がないように見える。

 面白かった。ワニやカバに襲われたり、アフリカの少年に助けられたり。舞台を移すことで、異国らしい展開が得られた。サソリに刺されたヒュラスの手当てをした村人たち、ピラの世話係の出身地で祭祀を行う職人たち、ペラオの命を受けた一帯の支配者、様々な人々が関わってくる。一帯の支配者はコロノス一族の側、職人たちはヒュラスの側、かと思うと、それぞれの思惑で騙したり見捨てたりしたかと思うと助けたり。そう単純ではない。

 ヒュラスのことを「少年」と書いたけれど、14歳だから「少年」でいいのだけれど、表紙に描かれたヒュラスはたくましい青年だ。ピラも14歳で「ふつうなら結婚する年頃」だそうだ。ヒュラスのことを「なにをためらっているんだろう?」なんて考えている。

 あと1巻。さてどうなるのか?

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