京都祇園もも吉庵のあまから帖

書影

著 者:志賀内泰弘
出版社:PHP研究所
出版日:2019年9月20日 第1版第1刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

 出版前のゲラを読ませてくれる「NetGalley」から提供いただきました。感謝。

 華やかさと厳しさと優しさと「粋」を感じた本。

 主人公は「もも吉」と美都子の母娘。二人とも祇園の芸妓で、二人ともNo.1と言われていた。「もも吉」は芸妓を引退して営んでいたお茶屋を急にたたんで、今は一見さんお断りの甘味処「もも吉庵」の女将。美都子は「もも也」という芸名の芸妓だったけれど、名実ともにNo.1の27歳の時に突然芸妓辞め、なんとタクシードライバーに転身した。

 本書は、この母娘が、祇園界隈の人たちの心の重りを、包み込むようにして溶かしていく物語。その相手は、舞妓になるための修行中の「仕込みさん」であったり、和菓子の会社の新入社員であったり、東京から来た会社員であったり。その他にも、もも吉が図らずも手を貸した若い恋とか、もも吉の幼馴染の旅館の女将と僧侶の邂逅とか。全部で5編の短編を収録。

 祇園という街は、その名前の響きだけで華やかを感じる。おまけに美都子はすごい美人らしい。舞妓さんが歩く祇園の街でも、美都子が歩けばみんなが彼女を見る。この物語には華があるのは、祇園の街と美都子のおかげだ。

 ただし厳しさもある。祇園に詳しいわけではないけれど、10代の女の子たちが修行する社会なのだから、厳しさは想像できる。物語に交じって明かされる、もも吉と美都子が重ねてきたエピソードにも、それは感じる。

 それらが交じり合って、もうとにかく全部が「粋」だ。美都子によると「粋」か否かが、花街で育ったものが筋を通す「生き方」のものさしだそうだ。出過ぎた真似をするのは「粋」からはずれる。でも見て見ぬフリをするのは、あの娘のためにならん。そうやって、若い娘たちを思いやって、周りにも細やかな目配りをする。もう1回言うけど、全部が「粋」だ。

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マジカルグランマ

書影

著 者:柚木麻子
出版社:朝日新聞出版
出版日:2019年4月30日 第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 徹底した明るさとコミカルさの底に深い意味を感じた本。2019年上半期の直木賞候補作。

 著者の作品は「ランチのアッコちゃん」「3時のアッコちゃん」「本屋さんのダイアナ」といった、社会人の女性の仕事や悩みをコミカルかつ優しく描いた作品や、「けむたい後輩」「ナイルパーチの女子会」といった女性同士の関係を深々と描いた作品を読んだ。

 本書の主人公は70代半ばの女性。これまでに読んだ物語の主人公よずっと年上だ。名前は柏葉正子。20代のころに女優として映画に出ていた。27歳の時に出演映画の監督と結婚し専業主婦に。74歳の時に携帯電話のCMのおばあちゃん役のオーディションを受けて合格。今は日本人なら知らない人はいない「ちえこおばあちゃん」になっている。

 ここまではこの物語が始まる前に起きたこと。物語が始まってからはつらいことが繰り返し起きる。映画監督の夫がなくなり、ちょっとした言動が元でネットで炎上して大変な目にあったり、仕事がなくなって食べるものにも困るようになったり、再びおばあちゃん役のオーディションを受けてセクハラにあったり...。

 でも、正子さんにはしなやかな強さがあって、その度に逆境を跳ね返す。一人ではできなかったかもしれないけれど、正子さんの周りには、家に転がり込んできた若い娘や、風変わりなご近所さんたちもいた。最初は全然頼りにならない感じなのだけれど、徐々に結束力も増して、正子さん自身の前向きなキャラクターとの相乗効果で、物語は予想の上を行って先へ進む。

 面白かった。「マジカルグランマ」は、実際には存在しない「世間が求めるあるべきおばあちゃん」像を指していて、CMの「ちえこおばあちゃん」が正にそうだ。正子さんのしなやかな強さは「マジカルグランマ」からの脱却によってもたらされる。テンポよく弾むように軽い文章で書かれた物語に、意外と深い意味を感じた。

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育てて、紡ぐ。暮らしの根っこ -日々の習慣と愛用品-

書影

著 者:小川糸
出版社:扶桑社
出版日:2019年9月8日 初版第1刷 発行
評 価:☆☆☆(説明)

出版前のゲラを読ませてくれる「NetGalley」から提供いただきました。感謝。

Simple is Beautiful. 生活スタイルの理想。かくありたい、と思った本。

食堂かたつむり」「ツバキ文具店」「キラキラ共和国」著者の小川糸さんの作品には、ちょっと疲れた人への優しさがある。そういうところが私は好きだ。その著者が、心のあり方や暮ら方などについて綴ったエッセイが40編。著者自身やお部屋、大事にしている持ち物やおすすめの食品の写真付き。

テーマ別に章になっていて「心のあり方」「体との付き合い方」「私らしい暮らし方」「ドイツに魅せられて」「育て続けるわが家の味」「自分式の着こなし」「人とのつながり」の7章。心に沁みこんでくるような素敵な言葉が随所にある。その言葉に一貫して感じられるのは「余裕」。

「余裕」は著者も意識しているらしく、「はじめに」にこんな文章がある。「自然であること、無理をしないこと。それが、今の私の暮らしのテーマになっています。(中略)自分にとって必要な行いを習慣化することで無駄を省き、慣れ親しんだ愛用品を持つことで、自分自身がラクに、自由になれる。」

「慣れ親しんだ愛用品」が素敵。京都の○○旅館のお昼寝布団とか、鎌倉のギャラリーで作ったテーブルとか、加賀の○○製茶場のお茶とか、築地の○○商店や◇◇商店に買い出しに行く昆布、煮干し、かつお節、海苔...。本当にいいものを選んで使っておられる。名前を聞いても私には良さはわからないけれど。

次々と繰り出される「丁寧な暮らし」(著者は言下に否定されているけれど、まぎれもなくそうだと思う)は、ともすると自慢に聞こえて妬ましく感じてしまうかもしれない。私がそう感じなかったのは、著者の作品が好きで偶像視したからかもしれない。「かくありたい」と思ったのは本当だけれど、そうなれる気がしないのも本当の気持ち。でも「マネしてみよう」と思ったことがいくつかある。さっそくやってみようと思う。

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小説 天気の子

書影

著 者:新海誠
出版社:KADOKAWA
出版日:2019年7月25日 初版発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 大ヒット上映中の映画「天気の子」の小説版。映画の方は「公開34日目で興行収入100億円を突破」、前作「君の名は。」を上回るペースだそうだ。

 登場人物もストーリーも映画と同じ。主人公は森嶋帆高、高校一年生。島の出身で、家出して船で10時間以上かけて東京に来た。東京は家出少年に冷酷で、どこを歩いても人にぶつかり、道を尋ねても答えてもらえず。街をさまよい、路上に居場所を見つける他にないが、それも容易には見つからない。

 そんな中で、一人の少女に出会う。陽菜、帆高よりひとつ年上の17歳。マクドナルドで3日連続でポタージュだけの夕食を取っていた帆高に、ビッグマックをくれた店員。帆高が、タチの悪そうな大人から助け出した少女。彼女は「100%の晴れ女」。彼女が祈れば短い間だけれど、雨が降っていても雲が割れ晴れ間が覗く。

 物語は、帆高と陽菜の「恋愛未満」の関係を描きつつ、帆高が身を寄せた編集プロダクションの社長の須賀と、アシスタントの夏美、陽菜の弟の凪の3人を加えた、5人の物語が進む。帆高は家出少年であるだけでなく、ある出来事から警察に追われる。また、晴れ女の陽菜に関する重大な事実が明らかになる。

 読み始めてすぐの第2章で、戸惑いとともにグッと引き込まれた。夏美が一人称で語り始めたからだ。映画では、それなりに重要な役割を果たすにしても、あくまでサブキャラクターで、多くは語られなかった人物。それが帆高のことと自分のことを語る。これによって「重要な役割」にも深みが増した。

 映画が大ヒットしていることで分かるけれど、ストーリーは抜群に面白い。それに加えて、映像では表現が難しい、人物の心情や背景や、場面の設定が書き込まれている。それも監督自身の手によって。「君の名は。」の小説版の時と同じだけれど、映画を観て「良かった」と思う人には特におススメ。

 最後に。映画の物語のラストの評価が分かれているようだけど、私は「これすごくいい」と思った。

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命に国境はない 紛争地イラクで考える戦争と平和

書影

著 者:高遠菜穂子
出版社:岩波書店
出版日:2019年6月5日 第1刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

私は何も知らなかったんだ、と思った本。

著者は、イラクでエイドワーカーとして人道支援の活動をしている高遠菜穂子さん。30代より上の世代には、2004年に起きた「イラク日本人人質事件」で、人質として拘束された女性、と言えば、多くの人が思い出すだろう。今も変わらずイラクで平和のために活動していらっしゃる。

本書は、その著者が、2003年のイラク戦争勃発から現在に至るまでのイラクの現状と、自身の人道支援の取り組みを記したもの。現地に身を置いて、あるいは現地から日本を見て、自身の目と耳で得たこと。それは、私たちが(少なくとも私が)知っていることと、まったく違うことだった。

例えば、イラク戦争は正規軍の戦いが終結した後にも、「武装勢力」と米軍の戦いが長く続いた。ではその「武装勢力」とはどういった人々なのか?イラク軍の残党?地方の軍閥?アルカイダ?そういう人もいただろう。しかし「米軍に殺害された市民の遺族」が、抵抗勢力となったものが数多いのだ。(著者を拘束した武装集団もそうだった)

では、遺族はどうやって生み出されたのか?私の認識では「巻き添え」だ。米軍が言うような「戦闘員だけを標的にしている」という言葉は信じていないけれど、「多少の犠牲は仕方ない」という大雑把な攻撃をして市民にも多くの犠牲が出ている、と思っていた。

ところが例えば、ファルージャではこんなことが起きた。米軍は小学校を占拠。「子どもたちが勉強できないから返せ」と200人ぐらいがデモ行進。米軍はなんと銃撃して20人ぐらいが死亡。こんなことが繰り返されて、米軍側にも犠牲者が出るに至って、米軍は街を封鎖して総攻撃を行う。14歳以上の男性は戦闘年齢にあたるとして街から出ることを許さずに。「虐殺」だ。「巻き添え」なんかではない。

最後に日本について。上に書いたような出来事が進行する最中に、米軍を支援する日本の陸上自衛隊がサマワに派遣される。「人道復興支援」といいながら軍服を着ている。米軍の兵站も担う。当然だけれど「自衛隊」なんて言葉はアラビア語にはない。「日本」がイラク国民からどう見えたか?今もどう見られているか?私たちは「知らなかった」では済まない。「国民として責任がある」なんていう間接的なことではなくて、このままでは私たちが危険だ言う意味で。

本書は、わずか87ページ、わずか620円(+税)。それで大事なことを知ることができる。

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戦争の記憶 コロンビア大学特別講義-学生との対話-

書影

著 者:キャロル・グラック
出版社:講談社
出版日:2019年8月1日 発行
評 価:☆☆☆☆☆(説明)

 過去の戦争に関する国際間の衝突を緩和するスタートラインが見えた、と感じた本。

 著者はコロンビア大学の教授。アメリカ人であるが、専門は「明治時代から現在までの日本の近現代史」。本書は、第二次世界大戦を各国の人がどのように記憶しているのか?をテーマにした講座における、多国籍の学生たちとの対話を収録したもの。

 このテーマの端緒は、日本と中国・韓国の関係に顕著なように、75年近く前に終結した戦争の影響が、なぜこうも現在にネガティブな形で存在しているのか?という疑問だ。その答えの一つが、立場によってあの戦争の捉え方が一致しない、ということだ。

 第二次世界大戦を、アメリカ人は、ドイツと日本の侵略に対抗した「良い戦争」と見る。日本人は、自国の指揮官によって悲惨な戦争に「巻き込まれた」と見る。韓国人は、日本による植民地搾取の極致と見る。中国人にとっては勇敢な抗日戦争、インドネシア人は戦後の独立へ続く出来事、と著者は考える。要するに自国に都合が良いように捉えて記憶している。

 各国で、この「国ごとに異なる自国に都合が良い記憶」を、政治的に利用する「記憶の政治」が行われている。それによって国と国との間で、感情的な敵対心を生んでいる。これへの対応の一つは、他国の「記憶」を尊重しつつ、それぞれの「記憶」に「歴史」を付け加えること。この講座で行われているのは、そのための「対話」だ。

 これは読むべき本だと思った。この本を読んで、まずは「自分たちは知らない」ことを認識するべきだ。それがよく分かる質問がある。「第二次世界大戦が始まった年は?」。(あくまで私の印象だけれど)日本人は終戦の年は知っていても、開戦の年は知らない人が多い。「知っている人」でも真珠湾攻撃の1941年と答える。日中戦争開始(1937年)や満州事変(1931年)と答える人は少ない。

 日本と中国・韓国で、あの戦争の捉え方が違うことはあまりによく知られたことだ。だから衝突するのだと思っている。しかし「捉え方」以前の問題として、日本人は中国との戦争のことを知らなすぎる。もっと言うと興味もない。これでは意見がぶつかるばかりで、対話は成り立たない。

 そして若者たちの頼もしさを感じた。講座に参加した学生の国籍は、日本、韓国、中国、アメリカ、カナダ、インドネシア。パールハーバーも広島・長崎も慰安婦も南京も俎上に上る。日本で悪名高い「反日教育」を受けた学生も含めて、彼らはちゃんと「対話」している。「対話のドアは常にオープンにしている」と言いながら、まともに話し合いができない政治家とは違う。

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マカロンはマカロン

書影

著 者:近藤史恵
出版社:東京創元社
出版日:2016年12月16日 初版
評 価:☆☆☆☆(説明)

人生いろいろ、ちょっとしたことに気付くことで、明日か変わるんだなぁと思った本。

タルト・タタンの夢」「ヴァン・ショーをあなたに」に続く、「ビストロ・パ・マル」シリーズの3冊目。これまでと同様、下町の小さなフレンチレストラン「ビストロ・パ・マル」を訪れるお客が抱える悩みや問題を、シェフの三舟さんが解き明かす。

本書は8編の短編を収録。訪れるお客は収録作品順に、「フランス料理と和解しにきたという乳製品アレルギーの女性」「お店で出していないブルーベリータルトを注文する女性」「肉類が嫌いだったはずなのに豚足を注文する中学生」「婚約者に豚の血のソーセージを食べさせたい男性」。

続いて「フランスの菓子パンを驚いた顔で見る紳士」「近くのフレンチレストランのオーナーとパティシエール」「タルタルステーキをメニューに載せて欲しいという女性」「ヴィンテージワインを持ち込む若いグループ客」。性別も年齢も幅広く、このレストランが親しみやすいお店だということが分かる。

とても面白かった。時には「そうか!」と膝を打ち、時には嘆息を漏らし、多くの場合はしみじみとした余韻が残る。冒頭に「悩みや問題を解き明かす」と書いたけれど、お客が「いやぁ実はこんなことで悩んでてさぁ」と相談してくるわけではない。シェフは、注文した料理や会話から、お客が口に出さない想いまでもを推し測る。そして本人も気が付かない大事なことを「あなた、このことに気が付いていますか?」と、控えめにでも的確に伝える。いやぁお見事。

シリーズ3冊目にして、一番よかったと思う。

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定年前に生まれ変わろう 50代からしておきたいこと

書影

著 者:中谷彰宏
出版社:PHP研究所
出版日:2019年5月29日 第1版第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 読み終わって「新しいことをやり始める、感じのいい60代」になろうと思った本。

 冒頭にこう書いてある。「この本は3人のために書きました。(1)定年になって、どうしたらいいか、不安な人。(2)定年になる前に、定年後楽しめるように、準備しておきたい人。(3)生まれ変わって、ワクワク仕事や勉強をしたい人。強いて言えばだけど、私は(2)。「準備しておきたい」というほど心配はしていない。じゃぁなんでこの本を読んでるの?という自問自答に答えられないけど。

 本書は、上に書いた(1)~(3)の人に対して、「60歳からもっと楽しむため」のポイントを62個並べたもの。例えばポイントの「05.サポートする側にまわろう」とか「12.世間の目を気にしないで、恥ずかしいことをしよう」とか「20.ライフワークとして、すぐに結果がでないことをする」とか「23.相席で感じのいい人になろう」とか「30.してもらっていることに、気づこう」とか「44.前もうまくいかなかったから、と言わない」とか。

 62個を見渡してとても乱暴にまとめると、3つに分かれる。1つは「誰かの役に立つ」とか「相手から見て気持ちいい」とかの「他人から好かれる」系。もう一つは「他人の目を気にしない」とか「成果を求めない」とかの「自分の気持ちに正直に」系。この2つは、一方は外側からの評価、もう一方は自分の内側からの評価を重視していて正反対に思える。でもその両立こそが大事なのだろう。

 残りの1つは「思考停止防止」系。例えば「10.異界に遊ぼう」。50歳ぐらいになる「居心地のいいところ」ができて、そこに閉じこもっていると楽だ。でもそれじゃ成長しないし楽しくない。敢えて居心地の悪い新しいところへ行ってみよう、ということ。言い換えると、自分とは違う価値観の場に身を置く、ということで「敢えてはやりたくない」けれど、それを敢えて...厳しい。

 最後に。読んでいて気持ちが明るくなったこと。著者は「人間の願望には4段階あります」と言う。1番目が20代の「安定したい」、2番目が30代の「評価されたい」、3番目が40代の「支配したい」、そして、4番目が50代の「新しいことをしたい」。そして、4番目に行く人と行かない人がいると言う。私は「新しいことをしたい」と思う。順調に4段階目に移行したらしい。

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クジラアタマの王様

書影

著 者:伊坂幸太郎
出版社:NHK出版
出版日:2019年7月5日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「伊坂幸太郎の本を読む」という期待にキッチリ応えてくれた本。

 主人公は岸君。大手のお菓子メーカーの宣伝広報部員。妊娠中の妻と二人で暮らしている。この前まで「お客様サポート」に居て、そこでの苦情対応は高く評価されている。物語は,岸君の会社の新商品のマシュマロに対する苦情電話から動き出す。「マシュマロに画鋲が入っていた」という。

 岸君の後任のお客様サポート係が、この苦情への対応を失敗する。棒読みの謝罪の言葉、「はいはい」というバカにしたような返事、相手の主張に反論して、挙句にもう1回「はいはい」とあしらってしまった。当の後任は「投了」と言って会社を休んでしまい、岸君がその対応力を見込まれて、お客様サポートに復帰して事後処理にあたることになった..。

 本書には珍しい特徴がある。エピソードが切り替わるタイミングで十数カ所、コマ割りされたマンガが数ページ挟まっている。マンガは冒頭にもあって「ロールプレイングゲームの主人公が旅立つ」風の様子が描かれている。途中に差し挟まれているのには、その主人公が大きな獣と闘っている様子も。

 小説が苦手とする(と著者が思っている)アクションシーンを、絵やコミックで表現して挟み込む。これは著者が10年ほど前から考えていたことだそうだ。とはいえ、文章で表現された物語と挟み込まれたマンガの関連が、最初はさっぱり分からない。ある時「そういうことか!」と分かる。さらに進むと「胡蝶の夢」という言葉を思い出した。これはけっこう効果的な趣向だった。

 帯に「伊坂幸太郎の神髄がここに」とある。ちょっと誇大かなと思うけれど、言いたいことは分かる。ごく平凡に善良な人間が巻き込まれてヒーローに。立ち向かう相手は、得体のしれない巨大なシステム。ちょっと現実から遊離したような設定。技巧的なことを言えば伏線と回収、気の利いたセリフ。こういうのは伊坂さんの「スタイル」だ。私はこういうのが大好きだ。

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ブラックペアン1988

書影

著 者:海堂尊
出版社:講談社
出版日:2007年9月20日 第1刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

「これがすべての始まりの物語か」と、感無量になった本。

海堂尊さんの一連の作品が織りなす「海堂ワールド」で、時系列で一番最初に位置付けられる作品。タイトルの中の「1988」は物語の年を表す。「チーム・バチスタの栄光」は2006年とされているから、それより18年前ということだ。

舞台は東城大学医学部付属病院。「チーム・バチスタの栄光」以降のシリーズと同じ。主人公は世良雅志。外科医に成りたての1年目。というか物語の冒頭では、まだ医師国家試験に合格してさえいない。新米なのに手術の予定に遅刻してくる。世良の医師としての成長が物語の一つの側面。

物語で描かれるその他のこととしては、新しく赴任した外科医と教授を頂点とした医局の秩序との衝突、新技術の導入、はぐれ者の天才医師、教授が抱える過去の因縁、等々。特に、教授の過去は厳しい現実となって現在に降りかかってくる。緊迫した展開が波のように繰り返される。

面白かった。1つの物語として面白かっただけでなく、「海堂ワールド」の一番最初としても、面白かった。「チーム・バチスタの栄光」以降のシリーズの田口センセイをはじめ、主な登場人物の多くが、18年前の姿で登場する。それだけでなく、この物語は20年の時を越えて「ケルベロスの肖像」へつながる。そういうことだったのか!と感無量。

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