愛なき世界

著 者:三浦しをん
出版社:中央公論新社
出版日:2018年9月10日 初版発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 本屋大賞ノミネート作品。そして2冊続けての三浦しをん作品。「愛なき世界」だけれど、愛をたっぷり感じる物語。

 読み始めてしばらくして「これは「舟を編む」の系統だ!」と思った。著者には一部で「お仕事小説」と呼ばれる作品群がある。例えば「舟を編む」は辞書の編纂、「仏果を得ず」は文楽の大夫という、「お仕事」とそれに従事する人にフォーカスした小説、と言える。そして著者の「お仕事小説」が、私は例外なく好きだ。だから本書も期待を持って読んだ。

 主人公は藤丸陽太。20代初め。東京のT大赤門前の洋食屋「円服亭」の住み込み店員。もう一人。本村紗英。20代半ば。T大学理学部で植物の研究をしている大学院生。20代の男女二人が出会ったのだから、なるべくしてなったということで、藤丸くんが本村さんに恋をした。そういうお話。

 「そういうお話」なのだけれど、本村さんの方がウンと言わない。彼女は「植物の研究にすべてを捧げる」と決めている。だから誰ともつきあうことはできないし、しない。あぁ藤丸くん、残念。

 それでも藤丸くんが本村さんに魅かれ続けるし、本村さんだって藤丸くんからたくさんの影響や気付きを受ける。本村さんが所属する「松田研究室」には、いつも黒いスーツを着て陰鬱な殺し屋みたいな松田教授をはじめ、魅力的なキャラクターが揃っている。たくさんのエピソードのそれぞれがとても心地いい。

 そんな具合で今回は「植物の研究者」という「お仕事」に(藤丸くんの「洋食屋の店員」にも少し)フォーカスが当たっている。本村さんだけじゃなくて、研究室の面々の「植物への愛と好奇心」が半端じゃない。それがとても好ましい(家族にいたらちょっと困るかも?)。読者もその一端を垣間見ることで、ちょっと新しい世界を知ることができる。

 期待を持って読んだけれど、本書はその期待に十分以上に応えてくれた。私の「著者の「お仕事小説」が例外なく好き」も継続中だ。

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ののはな通信

著 者:三浦しをん
出版社:KADOKAWA
出版日:2018年5月26日 初版発行
評 価:☆☆☆(説明)

 主人公は、野々原茜と牧田はな。物語の始まりには、二人とも横浜の女子高校の2年生でクラスメイトだった。今「物語」と書いたけれど、通常の意味の「物語」ではなく、本書は全編が、この二人が互いに相手に書いた手紙で成っている。つまり書簡文学。「のの」と「はな」の間の手紙の往来。タイトルはそういう意味。

 また「手紙」と書いたけれど、郵便による手紙もあれば、授業中に回したメモもあり、後半には電子メールもある。郵便と電子メールには日付が付されていて、これがいつの出来事なのかがはっきり分かることも、本書の特長かもしれない。物語の最初は昭和59年(1984年)、最後は2011年。なんと30年近い時間が流れている。

 これは、「のの」と「はな」の友情を超えた絆の物語。1章は二人が高校生のころ。2章は進路が分かれた大学生のころ。3章は20年のブランクを経た2010年。4章は...3章の「その後」。各章の終わりには二人の関係の「終わり」があり、各章の始まりには「新しい始まり」がある。そうやって二人の関係は決別と再会を繰り返して30年続いた。

 あらすじは敢えて紹介しない。 読み進めると「え?!そう来たのかよ。そっちか!」という「驚き」が何度か。その「驚き」を、これから読む人にも感じて欲しいから。たぶん誰にも予想できない展開だと思う。

 最初の「驚き」が1章の真ん中あたりである。「これはちょっと趣味が合わない」と思うかもしれないけれど、それでもぜひとも2章、3章と読み進めて欲しい。私が「誰にも予想できない」と書いたのは、最初の「驚き」もそうだけれど、むしろ3章の展開の方を指している。

 「しをんさんは、私をどこに連れて行こうとしているのか?」と、最初の「驚き」で不安に思った。しかし、読み終わって連れて行ってもらったのは、読む前よりも少し自分の視界が開けた場所だった。

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下町ロケット ヤタガラス

書影

著 者:池井戸潤
出版社:小学館
出版日:2018年10月3日 初版第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「下町ロケット」シリーズの第4作。前作の「下町ロケット ゴースト」と一体の物語。昨年TBS系列で放映されたテレビドラマの後半は、本書が原作となっているらしい。(私は観ていないけれど)

 前作「ゴースト」で、トランスミッションの開発に参入した佃製作所が、今回手掛けるのは「無人農業ロボット」。衛星の測位情報を基に、誤差数センチで自動運転を行う。作業は昼夜問わず可能で、作業効率が向上し経営面積を増やせることで、世帯収入が飛躍的に増加する。日本の農業の危機を救えるかもしれない。

 「手掛ける」と言っても、佃製作所の担当はトランスミッションとエンジン。トラクターは、因縁はあるものの佃製作所の取引先である帝国重工で製造し、肝心の自動運転の制御部分は、大学の研究室の研究成果を利用する。ロケット開発に勝るとも劣らない「最先端」の技術開発に挑む。

 物語に引き込まれた。著者は今回もたくさんの要素を盛り込んた。今回、大企業の帝国重工と組んだ佃製作所のライバルは、中小企業の技術を結集した「ダーウィン・プロジェクト」。いつもの「大企業vs.中小企業」。ただし佃製作所は、今回は「大企業」側だ。

 それから、技術開発に対する姿勢の問題。どんな小さなものでも、問題の兆候を見逃してはいけない。ましてや保身のために目を逸らしてはいけない。あとは、何のための技術開発か?ということ、技術は結局「人」なのだということ、それから日本の農業が直面している問題、等々。

 実用までのどの段階にあるのかは分からないけれど、実際に「無人農業ロボット」の研究は進んでいるらしい。期待が膨らむ。

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ベルリンは晴れているか

書影

著 者:深緑野分
出版社:筑摩書房
出版日:2018年9月25日 初版第1刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 本屋大賞ノミネート作品。著者は2016年にも「戦場のコックたち」で本屋大賞にノミネートされ、結果は第7位。第二次世界大戦のころの仏独の前線を舞台としたミステリーで、私は「どうして日本人の作家が、ここを舞台に選んだのだろう?」と思った。

 本書の舞台も、第二次世界大戦終戦直後のドイツ・ベルリンで、どうして?と思った。前著と同じく日本人は一人も出てこないし。 主人公はアウグステという17歳のドイツ人の少女。占領下のアメリカ軍の兵員食堂で働いている。父母は親しい人たちを、戦争で失った。ベルリンの街も激しい空襲で壊滅状態。アウグステはなんとか生き延び、英語が話せることから兵員食堂での仕事にありついた。

 ところが、アウグステは物語が始まって10ページ余りで、アメリカの憲兵に引っ立てられた上に、ソ連の秘密警察に引き渡されてしまう。そこで、アウグステの恩人でもある音楽家が毒殺されたことを知らされる。そして、犯人の疑いがある被害者の甥を捜しだすよう依頼される。

 物語は、このアウグステの人探しの一部始終を描く。土地勘があるということで、この事件に巻き込まれたユダヤ人の元俳優道連れにして。音楽家を殺したのは本当に甥なのか?ちがうなら誰なのか?また、ソ連の秘密警察の目的は何なのか?ドイツ人の殺人になぜ関わるのか?

 読み応えのある物語だった。場面の描写が詳細で、例えばアウグステが歩く道路の様子に、2~3ページを費やす。早く先へ読み進めたいのに困るのだけれど、これによって映像を見たように光景が浮かぶ。気持ちは逸るけれど、読み飛ばさない方がいい。

 それから、本編の間に「幕間」と称して、アウグステの幼少期からの思い出が4回、差し挟んである。これも、先へ読み進めたい気持ちに反するのだけれど、いやいやこれが憎らしいぐらいうまい構成になっている。

 気になった言葉
 みんな、人の善意が妬ましくて仕方ないのよ。自分に向けられない善意には特にね。

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RDG レッドデータガール 氷の靴 ガラスの靴

書影

著 者:荻原規子
出版社:角川書店
出版日:2017年12月21日 初版発行
評 価:☆☆☆(説明)

 第6巻の「星降る夜に願うこと」で完結した 「レッドデータガール」シリーズの、5年ぶりの新作。表題作は、シリーズ主人公の鈴原泉水子のルームメイトの、宗田真響の視点で、「最終巻のその後」を描いたもの。その他に、泉水子の幼馴染である相楽深行の視点で描いた短編を3編収録。

 深行視点の短編から。「影絵芝居」は泉水子と深行が、泉水子の実家がある玉倉山で暮らしていた中学三年生のころ。深行はそつのない優等生で、初々しくもある。「九月の転校生」は、深行が中三の9月に、鳳城学園に転校してきてから。ここは本編では描かれていない時期で、本編で登場する人物たちの「それ以前の姿」が描かれている。「相楽くんは忙しい」は、わずか8ページ。

 深行視点の3編は、アニメDVDや単行本、コミックスの発売時の、特典やプレゼント用に書き下ろしたもので、まぁ読者サービスだ。イケメンキャラでもある相楽深行くんの、思春期の男の子の心情を控えめに描いた。シリーズ本編が持つミステリーや神霊の世界の要素には乏しい。軽い気持ちで読める。

 それに対して真響視点の表題作「氷の靴、ガラスの靴」は、本編からの流れを汲んでいる。泉水子や真響たちが、何者かに試されることになる。まぁ物語のすべり出しは、深行視点の短編と同じような感じで「まさかこのまま何も起きないのか」と思われたけれど、泉水子が結界を作っている鳳城学園を離れて、横浜へ舞台を移してから面白くなる。

 真響は戸隠忍者の家系で三つ子の姉。著者は「ドラマの主人公になれる背景をもっていてほしい」と考えて生み出したそうだ。今回、そのドラマの片鱗が見えたけれど、まだまだありそうで楽しみ。シリーズ本編も、これで先へ続く道筋がついたので期待。

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さざなみのよる

書影

著 者:木皿泉
出版社:河出書房新社
出版日:2018年4月30日 初版 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 本屋大賞ノミネート作品。著者は2014年に「昨夜のカレー、明日のパン」で、本屋大賞第2位を受賞している。その時の大賞は和田竜さんの「村上海賊の娘」。

 全部で14話ある連作短編。主人公は一話ごとに変わる。第1話の主人公の名前はナスミ。富士山が間近に見える所にあるマーケットストアの、三人姉妹の次女として生まれ、20代で東京に出て結婚し、故郷に戻って来た。そしてガンで亡くなった。享年43歳。

 第2話からは、ナスミに関係のあった人物が順番に主人公になる。第2話は姉の鷹子、第3話は妹の月美、その後は、夫の日出夫、大叔母の笑子、同級生の清二と続く。途中で語りが鷹子に戻ることがあるけれど、語られる人物は、清二の妻、東京時代の同僚、ナスミの知り合いの後輩の妹!なんて、遠くへと広がっていく。

 実に巧みな構成だった。ナスミと生前に関係のあった人々が、思い出の中のナスミが残した言葉を語ることで、ナスミという人とその人生が浮かび上がる。そして浮かび上がったナスミという人は、とてもチャーミングな人だった。品行方正ではないけれど、自分にも周りの人にも正直で、しかも思いやりがあって。巧みな構成とチャーミングな人物。面白くないはずがない。

 心に残るエピソードはたくさんあるけれど、やはりナスミ自身が病院のベッドで語る心境が一番ささる。些細なことでした日出夫との喧嘩を思い出して、「あれ、なんだったの」とおかしくて笑ってしまうこと。意地悪をしてみてもみんな優しく笑うだけで「自分はこの世界から降りてしまったのだ」と気がつくこと...。

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「決め方」の経済学 「みんなの意見のまとめ方」を科学する

書影

著 者:坂井豊貴
出版社:ダイヤモンド社
出版日:2016年6月30日 第1刷 12月15日 第2刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 著者は「決め方」を研究する経済学者。本書の議論の端緒は「多数決は人々の意思をまとめて集団としての決定を与えるのに適しているのか?」という、「はじめに」の中にある問いだ。答えを先に言ってしまうと「二択の投票以外は「否」」「二択の場合でも正しく使いこなす必要がある」だ。

 さらに「はじめに」にはこういう言葉もある。「選挙で(中略)人々の大意とズレる結果をよく選ぶ、と感じることがあるならば、その理由が本書の中に見つけられる」。ここ何回かの国政選挙を振り返れば、この言葉に強く関心を持つ人は多いだろう。さらに言うと、著者は「理由」だけでなく「対策」まで指南している。

 二択以外の投票で「多数決が適していない」「結果が人々の大意とズレる」理由は、多くの人が気が付いているだろう。ある論点に「賛成」の候補が1人、「反対」の候補が2人いれば、「賛成」の候補は、場合によっては34%の支持で勝ってしまう。残りの66%が「反対」であっても。「票の割れ」が起きるからだ。

 著者は、このような事態を招かない「もっと優れた決め方」をいくつか提示する。例えば「決戦投票」。初回の投票で1位が過半数を占めなければ、1位と2位で多数決を行う。例えば「1位に3点、2位に2点、3位に1点と、配点して投票する」。これは「ボルダルール」と呼ばれている。その他に「繰り返し多数決」や「総当たり戦多数決」「是認投票」などがある。

 これらの決め方を、2000年のアメリカ大統領選(ブッシュ、ゴア、ネーダーの三候補が立候補した)などの具体例を示しながら、とても分かりやすく説明してくれる。この大統領選が多数決ではなく、他の決め方だったらブッシュの勝利はなく、イラク侵攻もイスラム国の台頭もなかった(はず)ということも。つまり「決め方」が世界(結果)を変えてしまう。

 多数決に向いている「二択の投票」のことも紹介。二択の場合、人々が正しい判断をする確率が、例えば0.6(つまりコイントスで決めるよりは少し良いぐらい)でも、101人の多数決ならその結果は「約99%の確率で正しい」そうだ。この確率は計算で求められる。この限りでは、多数決はとても信頼できる「決め方」だ。

 ただし、多数決には「正しい使い方」の条件が3つある。(1)多数決で決める対象に、皆に共通の目標がある。(2)有権者の判断が正しい確率が0.5より高い。(3)有権者は各自で判断する(判断の独立性)。....つまり、党議拘束がある日本の国会での採決は、多数決を「正しく使っていない」。

 選挙は「二択以外の投票」だから、多数決に適していない。適していない方法で選出した議員たちが、正しくない方法で多数決を使って法案を採決している。今の国会や地方議会の多くはそういう状況にある。制定される法律が正しくないように感じるは当然だ。

 この「決め方」についての知識が、一般的な知識になることが、成熟した民主主義への第一歩だと思う。ぜひ一読を。

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消えたフェルメール

書影

著 者:朽木ゆり子
出版社:集英社
出版日:2018年10月10日 第1刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 昨年の11月に「フェルメール最後の真実」という本を読んだ。実はその前に「上野の森美術館」で開催された「フェルメール展」に行って、9点のフェルメール作品を観てきた。私は、美術展には好きでよく出かけるけれど、美術の専門家ではないし、ましてやフェルメールに詳しくもないけれど、「フェルメール展」をきっかけのに、ちょっと興味が湧いて、本書も読んでみた。

 本書のテーマはフェルメール作品の盗難事件。著者はノンフィクション作家で、美術作品をテーマにした著書が多い。特に「フェルメール全点踏破の旅」「盗まれたフェルメール」「謎解きフェルメール」と、フェルメールに向ける関心には並々ならぬものがあり、本書のテーマの盗難事件についても、長く追い続けている。

 フェルメール作品は、これまでに5回盗難に遭っている。中には2回盗まれた作品もある。5回のうち4回は、大きな損傷を受けたものもあるけれど、作品は戻って来た。本書は残る1回、今もって行方が分からない「合奏」という作品の盗難事件を中心に据えて、他の盗難事件やフェルメール作品の来歴などを、テンポのいい筆致で描く。

 著者の意図とは違うだろうし不謹慎だと思うけれど、読んでいてワクワクしてしまった。かなり詳しく事件の詳細が描かれていて、それはまるで映画の1シーンのようだ。逆の視点から見ると、「名画の盗難」が度々映画やドラマになるのもムリはないと思った。実際の事件がこれだけドラマ性があるのだから。

 本書を読んで思ったことが3つ。

 一つ目は、絵画の周辺には興味深いことが色々とあること。前に読んだ「フェルメール最後の真実」は、作品の「貸し借りを手配する人々」に焦点を当てたものだし、本書は「盗難事件」だ。双方から「作品の来歴」に関する興味も喚起された。

 二つ目は、私が上野で観た絵にはそういう経緯があったのか!ということ。「手紙を書く女と召使い」は、2度の盗難に遭って戻って来た。戻って来た際の修復や検査の度に、新しい発見があったそうだ。後に塗りつぶされたものが発見されたり、透視図法技術に使われた針穴が見つかったり。できればもう一度観たい。

 三つ目は、これから新たなフェルメール作品が見つかるかもしれない、ということ。17世紀に行われた競売の記録に載っている21枚のフェルメール作品のうち3点は「現存しない」。でもどこかに眠っているかもしれない。

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ひとつむぎの手

書影

著 者:知念実希人
出版社:新潮社
出版日:2018年9月20日 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 本屋大賞ノミネート作品。昨年は「崩れる脳を抱きしめて」でノミネートされ第8位だった。

 「崩れる脳~」と同じく、医療の現場が舞台のミステリー。ミステリー要素以外にも、ちょっと泣かせる部分もある。

 主人公は平良祐介。大学付属病院の心臓外科の医師。研修期から数えると医師になって8年。「中堅」になりつつある。心臓外科医として一流になれるかどうかの岐路に差し掛かっている、ということでもある。

 ある日、心臓外科の教授に呼び出され、研修医3人の指導をするように言い渡される。その3人のうち2人が心臓外科の医局に入れば、心臓外科の実績が豊富な関連病院への出向を考慮してやる、という条件付き。それは一流の心臓外科医への道が開けることでもある。

 物語はこの後、まずは祐介と3人の研修医との関係を描く。研修医たちは高い志もあるけれど、未熟なところや心の弱みなどを三人三様に持っている。祐介はスター性があるわけではないので、最初は苦労するが、徐々に研修医たちの信頼を得ていく。ここが泣かせる部分。

 祐介と研修医たちのエピソードを積み重ねる中で、心臓外科だけでなく病院全体を揺るがす事件が起きる。祐介には教授からその調査の指示まで..関連病院への出向をエサに。ここがミステリー要素。

 面白かった。心臓外科の過酷な職場と、そこに敢えて飛び込んだ祐介と、飛び込もうとしている研修医たちが、頼もしく感じた。なんだかんだ言って、祐介は、新人の指導者に向いている。ミステリー要素もしっかりしている。

 泣かせる部分はちゃんと涙が出た。ただ帯に「ラスト30頁 あなたはきっと涙する」なんて、でかい字で書かない方がいいと思う。こういうのはちょっと興ざめだった。

 最後に。祐介の奥さんがサイコーだった。ここでもちょっと泣いてしまった。

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螺鈿迷宮

書影

著 者:海堂尊
出版社:角川書店
出版日:2006年11月30日 初版 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 海堂尊さんのデビュー2作目。デビュー作は「チーム・バチスタの栄光」。「ジェネラル・ルージュの伝説」で、著者はこの2作品を「対になる」作品と言っている。

 主人公は天馬大吉。東城大学医学部の3年生(ただし2回目)。「ラッキーペガサス」を示す縁起のいい名前を持っているが、幼馴染の別宮葉子が彼につけたニックネームは「アンラッキー・トルネード」。例えば、目の前で電車の扉が閉まる。それだけならただ「ついてない」だけれど、彼の場合はそこから不運が連鎖して、なぜか10万円の借金を負うことになる。

 大吉は葉子に嵌められて碧翠院桜宮病院に、医療現場を支えるボランティアに行くことになった。もちろんボランティアは口実で、別の目的がある。桜宮病院の内情を探ることと、病院に行った後に消息を絶った男のことを調べる、この2つが大吉に課せられた使命。

 桜宮病院は終末期の患者を多く受け入れている。物語は、終末期医療という重いテーマを背景にして、時に倫理に触れるようなこともありながら、時にコミカルな出来事を交えて進む。登場人物の間の因縁も、実に周到に張り巡らされていて驚く。

 登場人物のキャラが濃い。葉子は、時風新報社という弱小新聞社の記者なのだけれど、かなりの遣り手だ。桜宮病院は、院長をはじめ、その妻、双子の娘からなる、桜宮一族が名実ともに実権を握っているのだけれど、全員が一筋縄ではいかない。

 これまで読んだ、著者の「チーム・バチスタの栄光」に続く「田口・白鳥シリーズ」で、大吉も葉子もその他の登場人物も何人かが、時々顔を出している。その時よく分からないことがあったけれど、「あっそういうことだったのか」と、本書を読んで何度も思った。

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