クレオパトラの夢

書影

著 者:恩田陸
出版社:双葉社
出版日:2015年4月19日 第1刷 2018年6月11日 第3刷 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 「MAZE(メイズ)」に続く「神原恵弥シリーズ」の第2弾。ちなみに第3弾の「ブラック・ベルベット」は既読。実は、最初に第3弾を読んでしまう、という失敗をやらかしていて、本書で3部作を完読。

 主人公は神原恵弥。端正な顔立ちの男性。留守がちだった父親を除いて、祖母、母、姉3人、妹、という女性ばかりの家庭で育ったことで、「女言葉」を使う。女性の言葉使いをする有能で容姿の優れた男。妖しくも濃いキャラクターが、このシリーズの魅力の一つになっている。

 舞台は北国のH市(たぶん函館)。恵弥は、双子の妹の和見を訪ねてH市に来た。東京の大手法律事務所を辞め、不倫相手を追ってH市に来ていた和見を、家族会議の命を受けて連れ戻しに来たのだ..表向きは。恵弥には別の目的もあるらしい。和見にも「あんた、本当は何しに来たの?」と聞かれた。

 恵弥の仕事は、外資系製薬会社のウィルスハンター。新種のウィルスを発見・採取するために、世界中を駆け巡っている。今回も仕事がらみらしい。(まぁ小説だから...)

 実によく練られた物語だった。さまざまな事がつながりあって、網の目のように物語を覆っている。例えば、恵弥の仕事と和見のことは、恵弥自身が「全然関係ない」と思っていたはすなのだけれど、和見の不倫相手の死の真相を探るうちに..という具合。恵弥が追う「クレオパトラ」の正体も徐々に明らかになる。

 前作の「MAZE」も、この後の「ブラック・ベルベット」も、中東が舞台なのだけれど、本書は国内が舞台。馴染みがあるからか、物語の情景がスッと頭に入って来て、3部作の中では私は本書が一番よかった。恵弥は素敵なキャラクターなので、シリーズをさらに増やしていってほしい。

 にほんブログ村「恩田陸」ブログコミュニティへ
 (恩田陸さんについてのブログ記事が集まっています。)

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

鹿の王 水底の橋

書影

著 者:上橋菜穂子
出版社:KADOKAWA
出版日:2019年3月27日 初版発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 2015年の本屋大賞、そして日本医師会の日本医療小説大賞を受賞した作品「鹿の王」の続編。

 主人公は医師のホッサル。前作「鹿の王」は、ヴァンという名の戦士とこのホッサルの2人が主人公で、本書はそのうちのホッサルの「その後」を描いている。

 ホッサルは250年前に滅びたオタワル王国の末裔。オタワルの民は、土木・建築・金属などの様々な技術に優れ、東乎瑠帝国に飲み込まれ国が滅んだ後も、その技術力で命脈を繋いできた。中でも抜きんでて優れていた技術が、ホッサルが身につけた医術。皇帝の妃を難病から救ったことで、皇帝の後ろ盾を得て、帝国の中で確かな支持を得て広まりつつあった。

 今回の物語のきっかけは、ホッサルの施療院に出入りする祭司医の真那から、真那の父が治める領国への同道を求められたこと。真那の姪の病をホッサルに診てもらいたいらしい。ホッサルは助手で恋人でもあるミラルと共に、真那の招きに応じる。

 前作の「鹿の王」が日本医療小説大賞を受賞したように、この作品もテーマは「医療」だ。それも「医療とはどうあるべきか?」という奥深いテーマだ。

 真那は「祭司医」だ。東乎瑠帝国の医術は、国教の「清心教」という宗教が根本にある。宗教だから「祭司」医。宗教だから頑なな側面がある。例えば、オタワルの医術で行われる「輸血」は「異教徒の穢れた技」になる。生き永らえたとしても身体は穢され、死後に神の御許に行くことができない。

 医術で治療しても永遠に生きることはできない。身が穢れたと思いながら生きることを強いるのが良いのか?いや、わが子が目の前で死に瀕していても、それを救う方法を知っていても、身体を穢さないことを選ぶのか?難しすぎる。

 この二つの医術の対立以外にも、次期皇帝争い、民族の存亡、愛する人への想い等々、たくさんのテーマが重層的に描かれる。一流のエンターテイメントになっている。

 コンプリート継続中!(単行本として出版された小説)
 「上橋菜穂子」カテゴリー

 人気ブログランキング投票:「一番好きな上橋菜穂子さんの作品は?」
 (あなたの好きな上橋作品の投票をお待ちしています。)
 にほんブログ村「ファンタジー」ブログコミュニティへ
 (ファンタジー小説についてのブログ記事が集まっています。)

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

フーガはユーガ

書影

著 者:伊坂幸太郎
出版社:実業之日本社
出版日:2018年11月10日 初版第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 今年の本屋大賞の第10位の作品。

 主人公は常盤優我。20代前半。彼には風我というな名の双子の弟がいる。「フーガとユーガ」。タイトルは双子の兄弟の名前なわけだ。優我は、仙台のファミリーレストランで、東京のテレビ制作会社のディレクターの高杉と会っていた。本書は、優我が高杉に語った、自分たち双子の兄弟の長い物語。

 高杉と会うきっかけは、一つのビデオ。悪趣味というか完全に犯罪だけれど、ファストフード店のトイレの盗撮映像だ。そこには優我が映っていて、映像が飛んだように瞬間的に体勢が変わって、しかもさっきまでなかった絆創膏が顔に貼られていた。そのビデオを持ち込まれた高杉が、優我を探し出して「この動画について教えてほしい」と聞いてきた。

 優我の説明は明快だ。「双子の兄弟が瞬間移動で入れ替わっている」。ただ、優我は前もって高杉に告げている「僕の喋る話には記憶違いや脚色だけじゃなくて、わざと嘘をついている部分もあるので、真に受けないほうがいいですよ」...

 なかなか爽快な物語だった。でもそれ以上に痛々しかった。読者は高杉と一緒に、ウソかホントか分からない優我の話を聞かされる。でも「双子が瞬間的に入れ替わる」現象を使えば、いろいろなことができる。ちょっとしたいたずら。いじめられているクラスメイトを助ける。もっと大胆な仕掛けにも挑んでいく。うまく行った時には爽快だ。まぁウソかもしれないけれど。

 痛々しいのは、彼らや彼らの周辺の人たちの生い立ちや暮らしぶり。詳しくは書かないけれど、双子は真っ当な両親には恵まれなかった。物語は「父親に殴られる風我を優我がが見ている」というシーンから始まる。これ以上にひどいことはないように思うけれど、これを上回るかもしれない出来事も起きる。子どもがつらい目に会う話が苦手な私としては、ちょっとつかった。

 最後に。ちょっとつらい部分も含めて、著者の作品らしさを感じる物語だった。伏線もあるし、他の作品とのリンクもあるし、気の利いたセリフもある。私としては、ワタヤくんの職業に「あぁ伊坂さんらしい」と思った。

 人気ブログランキング投票「一番好きな伊坂作品は?(~2007年)」
 人気ブログランキング投票「一番好きな伊坂作品は?(2008年~)」
 (あなたの好きな伊坂作品の投票をお待ちしています。)
 にほんブログ村「伊坂幸太郎が好き!」ブログコミュニティへ
 (伊坂幸太郎さんについてのブログ記事が集まっています。)

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

検閲という空気 自由を奪うNG社会

書影

著 者:アライ=ヒロユキ
出版社:社会評論社
出版日:2018年7月31日 初版第1刷 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 プロフィールによると著者は、美術、社会思想、サブカルチャーなどをフィールドに、雑誌、新聞、ポータルサイトなどに執筆しているそうだ。著作や執筆一覧を見ると、「美術」を軸足にした幅広いテーマを扱っている。骨のあるライター、とうところだろうか。

 サブタイトルは「自由を奪うNG社会」。「NG」はもちろん「No Good」。ドラマや映画での演技の失敗を表す言葉だったけれど、最近は「やってはいけないこと」の意味で、一般人の日常生活でも使われる。本書では序章に説明があるて、領域によってさまざまに形を変える、規制、自粛、監視、圧力などの「自由の阻害」を表す言葉を代用する多義的な言葉として、「NG」を使っている。

 例えば、保育所が地域社会から拒絶される「NG」。「平和」「憲法」「原発」が地域社会や公共の場、さらには言論からも締め出される「NG」。戦争加害などの「負の歴史」が排斥される「NG」。これについては公共機関、報道、図書館や美術館、大学での学問まで、広範な「自由の阻害」が起きている。

 本書の目的は、これら様々な領域で起きているNGの、共通する問題を拾い上げて、それを線でつないで、共通の原因と背景を探ること。上の例では現政権の保守的な姿勢と圧力が想起されるが、著者はそのことを厳しく糾弾しながらも、さらにその奥にある要因に迫っていく。

 本書に指摘されるまでもなく、現在の日本はさまざまな自由が阻害され、たいへんに窮屈な社会、領域によっては危機的な状況になってしまっている。しかし「ではどうしたらいいのか?」は、キーワードは示されているけれど、十分には考察できていない。いくつもの二律背反があって、簡単じゃないのだ。それは、これから議論しなくてはいけない。よく整理された本書はその議論の出発点として最適の一冊となるだろう。

 最後に。本書のタイトルは「検閲という空気」だけれど、いま起きている「自由の阻害」は明確な形をとらない曖昧なものだ、例えば「空気」のような。言っても詮無いことだけれど「空気という検閲」というタイトルの方がふさわしいように思う。

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

「60点女子」最強論

著 者:広野郁子
出版社:合同フォレスト
出版日:2019年4月20日 第1刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 出版社のFacebookページによると、今月初めの発売以来、注文や問い合わせ、特に年配の女性からの問い合わせが多いそうだ。Amazonでもカテゴリーランキングの1位になっている。

 タイトルの「60点女子」という言葉がキャッチーだ。100点満点の60点。本書ではちょっと幅を持たせて「自己評価で50~70点」としている。50点以下つまり平均より下ではないと思うけれど、80点以上の人のようには自分に自信はない。個性がない自分に自信がなくて、将来に漫然とした不安を持っている。そんな女性が「60点女子」。多くの女性が当てはまりそうだ。

 ところで著者は、マーケティング会社を経営する社長。その会社の年商は1億円超で、設立以来17年間で赤字は1期だけだという。「成功した女性起業家」そのもので、「60点」じゃなくて「100点」なんじゃないの?と、思うけれど、本書の前半を読めば「自己評価で60点」にも納得感がある。

 その「60点女子」が実は「最強」、というのが、本書のテーマ。「60点女子」は、その資質として「傾聴力」や「中立性」「地味な仕事でも確実にこなす力」「弱さへの共感」などを持っている。それは会社が必要としているもので他には代えがたい。だから「最強」というわけ。

 私も30年以上も会社や組織で働いているけれど、これには同意する。特に「地味な仕事でも~」については、自分が管理する立場になって 心からそう思う。「やっておいて」と言えば(いや場合によっては言わなくても)確実にしてくれる。そういうことにどれだけ助けられるか。その人がいなくなって、どれだけ困るか。(困るまで気が付かない、ということも多く、本当に申し訳ないのだけれど)

 ..とまぁ、ここまで紹介してきたけれど、本書の魅力はこんなところにはない。「60点女子」が実は「最強」、がテーマではあるけれど、本書の狙いはそれを説明することにはない。本書の狙いは「60点女子でも100点満点に近い人生を送れる」ということを、多くの女性に伝える、ということだ。

 「60点」が「80点」や「100点」になろうとする必要もない。短所を克服したり、無理に自分を変えようとしなくてもいい。「あなたのままでいい」今はそう思えないかもしれないけれど、自分を肯定してそう思えるきっかけが必ず訪れるから。そして一歩踏み出してみて。著者はそんなことを何度も言っている。

 最後に。この本は「あなたはあなたのまま、自分なりのスタイルで歩み続けてください」のように、最初から最後まで「あなた」に向けて、著者は書いている。「かつての私のように悩んでいる女性たちに、どうしても伝えたい」という著者の気持ちが、「あなた」という言葉の使い方に現れていると思う。そして「どうしても伝えたい」という気持ちに、私も共感するので、多くの人にこの本をお勧めしたい。

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

蹴爪

著 者:水原涼
出版社:講談社
出版日:2018年7月24日 第1刷 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 著者は2011年上期の芥川賞の候補者。1989年(平成元年)生まれで、当時は21歳で「史上初の平成生まれの芥川賞候補者」と言われた。残念ながらその回の芥川賞は「該当者なし」。本書は、候補になった後の初めての作品集。表題作「蹴爪」と「クイーンズ・ロード・フィールド」の、100ページほどの2編を収録。

 「蹴爪」は、フィリピンの島に住むベニグノという名の少年が主人公。闘鶏の胴元をしている父パウリーノ、母のマリア、兄のロドリゴと暮らしている。父のパウリーノは、昼間は酒を飲んで子供たちと遊んでばかりいる。ベニグノは11歳だけれど学校には行っていない。ちょっと荒んだ感じはするけれど、友達の少女グレッツェンとの会話は、少し甘酸っぱい感じもあって、微笑ましかった。

 それが徐々に不穏な空気が漂い始める。ちなみに「蹴爪」は「ボラン」と読む。ニワトリやキジなどのオスの足にある爪のことで、この物語では闘鶏のために刃物のように研いである。相手の血でくすんだ爪。思えば、物語の最初から、血の匂いと南の島の熱い空気が相まって、息苦しい不穏な空気はあったのかもしれない。

 「クイーンズ・ロード・フィールド」の舞台はスコットランド。主人公はクレイグ。ロベルト、アシュリー、モリーと13歳の時から26年間、地元のサッカーチームの応援をしたりしながら、4人でいつも一緒にいた。物語は時々のエピソードを追いながら進む。

 男3人女1人。こちらも甘酸っぱさを含んだ青春群像劇として始まる。4人ともに何かしらの問題を抱えていて、26年の間には曲折がある。「クイーンズ・ロード・フィールド」は、地元のサッカーチームのホームのスタジアムの名前。ずっと変わらずそこにある、ということで、折々のエピソードの舞台になる。うまい使い方だと思う。

 不穏で重苦しい雰囲気を醸すかと思えば、くすっと笑えるユーモアを交えたりして、よく言えば面白い、悪く言えばつかみどころがない。もっとたくさん読んでみたい。「芥川賞候補」から本書まで7年。文芸誌には作品を発表されているようだけれど、単行本化を希望。

 カバーや表紙に使われている、村上早さんの作品が意味深。

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

コンビニたそがれ堂セレクション

著 者:村山早紀
出版社:ポプラ社
出版日:2015年3月12日 第1刷 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 著者の作品を読むのは、「桜風堂ものがたり」とその姉妹作「百貨の魔法」に続いて3作品目。「あとがき」で知ったのだけれど、著者は児童文学の作家さんとして長い経歴をお持ちだった。本書は、主に中高生向けのポプラ社ピュアフル文庫の、「コンビニたそがれ堂」シリーズの中から短編4編を選び、書下ろし1編を加えた「愛蔵版」として出版されたもの。

 主人公は短編ごとに様々。人間の家族に愛されて育った猫、引きこもり中の十七歳の少女、お隣のお兄ちゃんが好きな小学校6年生、幼いころにクリスマスイブの秘密の思い出があるおじいちゃん、過去に不思議な経験をした病院の院長先生。バラバラな主人公たちに、ひとつだけ共通することがある。「大事な探しもの」がある、ということ。

 物語の主な舞台となるのは、風早の街の商店街のはずれにあるコンビニ「たそがれ堂」。いつでも誰でも行けるわけではなくて、夕暮れ時に、大事な探しものがある人だけに、その姿を現す。世界中のものが何でもある。探しているものがあれば必ず見つかる。そんな不思議なお店。店長は神様だという人も..。

 哀しいお話の中でほんのりと温かい物語だった。物語のいくつかは寒い日で、コンビニの暖かさが凍えた体に心地いい、という設定なのだけれど、ちょうどそんな感じの温かさ。「大事な探しもの」というのは、心の中ので欠けているものを埋めるものであることが多い。そこには必ず哀しい事情がある。

 「あとがき」は「創作メモ」でもあって、各編の解説、執筆時の気持ち、その作品への想いなどが、著者自身の言葉で書かれている。実は、冒頭にあげた私がこれまでに読んだ2作品も「風早の街」を舞台にしたもので、どうやら著者はずっとこの架空の街を舞台に作品を描いてきたらしい。他の作品、他のシリーズも読みたい。

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

デトロイト美術館の奇跡

著 者:原田マハ
出版社:新潮社
出版日:2016年9月30日
評 価:☆☆☆(説明)

 米国ミシガン州デトロイトにある「デトロイト美術館(DIA)」の、存続危機の実話を基にした物語。デトロイト美術館と、そこに展示されたセザンヌの絵画にまつわる、1969年と2013年の2つの時代に跨る物語を綴る4つの連作短編。

 物語は2013年から始まる。主人公はフレッド・ウィル。68歳。デトロイトの自動車会社に溶接工として40年も務めたが、会社の業績悪化のため13年前に解雇された。がっくりしていたフレッドを励まし家計を支えたのが妻のジェシカ。彼女はフレッドに、ひとつだけお願いがあると言って告げた。

 あなたがリタイアして、時間にも心にも余裕ができたら、一緒に行きたいと思ってたの。デトロイト美術館へ。

 こうして幕を開けた物語は、この後、フレッドとジェシカの夫婦と、セザンヌ作「マダム・セザンヌ」とのエピソードを描き、次の短編で1969年に遡って、この絵と富豪のコレクターの親密さを紹介して、その次の短編で再び2013年に戻る。そこでの主人公は、ジェフリー・マクノイド。DIAのチーフキュレーター。描かれるのはDIAの存続危機と、実際に起きた奇跡。

 100ページほどの小品なので「軽く読める本」として手に取ったもので、正直に言うと物語の内容には、大きな期待はしていなかった。ところが読んで強く惹きつけられた。分量が少ない分、シンプルな構成と的確な文章表現が、却って心を捉えた感じだ。

 フレッドがDIAを訪れる4ページほどのシーンが素敵だ。著者の美術館への愛を感じる。その一部を紹介。

 入るとすぐに広々としたホールが現れる。左右に配置された彫刻たちに見守られながら、大理石の床をまっすぐ進んでゆく。その瞬間、ほんの少し背筋が伸びる。そして、胸がわくわくしてくる。大好きなアートに向かい合う特別な時間がこれから始まるのだ。..

 「楽園のカンヴァス」や「暗幕のゲルニカ」などの、著者のアートミステリーは、画家や作品についての知識があった方が楽しめる、ということはあったと思う。しかし、本書は「美術にも美術館にも興味がない」という人に読んでもらいたい。フレッドのように、人生が変わって大切な「友だち」が見つかるかもしれないから。

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

新章 神様のカルテ

書影

著 者:夏川草介
出版社:小学館
出版日:2019年2月5日 初版第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「神様のカルテ」「~2」「~3」「~0」に続く第5弾。タイトルが「新章~」となったのは、舞台となる主人公の勤務先が変わったことや、娘が生まれて家族ができたことなどから、「新しい物語」の始まりを意図してのことだろう。

 主人公は、栗原一止。内科医となって9年目。2年前に、市中の一般病院から大学病院に移った。それまでの実績や常識が通用しない特異な世界で、右往左往する日々。そんな暮らしを始めた矢先に娘を授かり、一止と妻の榛名、娘の小春の3人で、陋屋の「御嶽荘」に暮らしている。

 「引きの栗原」と呼ばれていて、一止が当直や救急当番の時には、患者が救急搬送されてくる。だいたいの場合は次々と。今回の作品でも序盤で、ドクターヘリで患者が到着したその時には、救急部の20床がほとんど埋まっていて、そこにさらに救急車の到着連絡が入る。修羅場だ。

 救急部のこの様子は、以前の一般病院の時から変わらない。「引きの栗原」もその時からそう呼ばれていた。違うのは、一止には目の前の患者だけに集中できない、気詰まりな仕事があることだ。それはベッドの確保。ベッドを差配する担当の准教授にお伺いを立てて確保してもらわなけれなならない。患者が既に来ているのに「色々と連絡をとってみたが、難しくてね」なんて言われる。

 このベッドの件は、大学病院の「特異な世界」の象徴で、要は「患者よりも病院のしきたりやルールが優先される。「24時間365日」の看板がある以前の一般病院とは大きく違う。「新章」は、この環境の中で一止が、どのように自分の求める医療のあり方を全うするのか?どう成長していくのか?が描かれる(のだろう)。

 とてもよかった。最先端の医療現場を舞台にした物語なので「死」を描かないわけにはいかない。それは、描きようによっては過度に情緒的になりすぎたりする。そういうのは「感動のための死」を感じて私はイヤなのだけれど、本書の場合は医師たちの態度が真剣で、却って感傷が入り込まないためか、スッと受け入れられた。

 一止の同期の医師の砂山や進藤を始めとした、これまでの登場人物が健在で、これに大学病院の同僚やスタッフにも魅力的なキャラクターが加わった。御嶽荘での私生活の方にも動きがあるようだし、これからの展開も楽しみだ。

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

メモの魔力

著 者:前田裕二
出版社:幻冬舎
出版日:2018年12月25日 第1刷 2019年1月15日 第4刷 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 本書は、昨年末の発売直後(実は、発売前から)に、Amazonの「ビジネス・経済書」ランキングの1位になり、現在まで上位ランクをキープし続けている。部数で言えば発売3ヵ月で30万部突破。

 著者は「SHOWROOM」という「仮想ライブ配信サービス」を立ち上げ、現在は運営会社の社長を務めている。まぁ本書の内容はこの事業とは直接の関係はない。著者が小学生のころから習慣になっているという「メモを書く」ということの効用とその方法について熱く語っている。

 効用として、次の5つのスキルが鍛えられる。「アイデアを生み出せるようになる(知的生産性)」「情報を素通りしなくなる(情報獲得の伝導率)」「相手のより深い話を聞き出せる(傾聴能力)」「話の骨組みがわかるようになる(構造化能力)」「曖昧な感覚や概念を言葉にできるようになる(言語化能力)」

 これらのスキルのカギとなるのが「抽象化」という作業。ある「事実」に対して、「つまり何なのか(What)」「どういうことなのか(How)」「どうしてなのか(Why)」という問いを発することで、他の物事への「転用」を可能にする。著者はその方法を丁寧に説明してくれている。

 オリジナリティを感じる本だと思う。それが「売れる」理由の一つなのだろう。

 メモをアイデアを生み出すツールとして捉えることは、まぁ「普通」と言える。しかし、傾聴能力や構造化能力、言語化能力の向上という効用は、視点が斬新だと思う。「いやいや、私も前からなんとなくそう思ってた」という人はいるだろうけれど、それこそ「曖昧な感覚や概念を言葉に」という「言語化」ができているかどうかで、大きな違いがある。

 「売れる」理由も分かるし、とても良い本なのだけれど、違和感も感じた。それは本書全体に感じる「何一つ見逃さない」という緊張感のこと。「同僚の何気ない一言に重要な情報が眠っていたと、1年後にわかるかもしれない」という理由で、聞いたことを全部メモする。映画や演劇を見れば、気づいたことを多い時には一つの作品で100個以上メモするという。もちろん著者はそれを強いているわけではないので、読者は自分なりに受け取って取り入れればいい。それは分かっているのだけれど、ちょっと「やり過ぎ」に思った。

 最後に。ちょっと気持ちが明るくなったこと。(「この映画、面白いな」で終わらせずに)「なぜ面白いのか」を言葉にして(メモでなくてもSNSででも)伝えれば、抽象化能力、言語化能力が身につく、と書いてあった。このブログで16年あまりも本の感想を書き続けている私は、さぞかし能力アップしていることだろう。

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)