24.恩田陸

光の帝国 常野物語

著 者:恩田陸
出版社:集英社
出版日:1997年10月30日第1刷 2000年6月13日第5刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 この本は、liquidfishさんに「暖かい、懐かしいような感じ」と薦めていただいて読みました。liquidfishさん、良い本を教えていだたいて感謝。

 「常野」とは、地名ではなくある一族の名前。一族の名前と言っても、全員が同じ姓をもつ血族ではなく、かつては共同体として生活していた人々の子孫たちだ。かれらを結び付ける共通点は、それぞれが常人にはない能力を持っていることだ。
 ある家系は、目にしたもの読んだもの全てを記憶することができる、別の家系は、未来を見ることができる、また別の家系は、遠くで起きている事柄を聞くことができる...といった具合だ。
 そして、本書は、今は全国に散って普通の人々の生活に馴染んで暮らしている、そういった特別な能力を持った人々の出来事を、様々な視点から綴った連作短編集だ。

 正直に言えば、この本にはしてやられた。「暖かい、懐かしいような感じ」と聞いていたし、最初の作品がその特殊な能力を使って、理解し合えずに死に別れた父と子を結びつける、いわゆる「泣かせるイイ話」で実際泣けたので、「感動する態勢」(そんな態勢があるとすればだが)で読んだ。しかし、そんな思いはあっさりと裏切られてしまった。
 2つ目、3つ目..と読み進めるうちに、どうも雲行きが怪しいことに気が付いた。「泣かせるイイ話」ばかりではない、それどころか相当ツライ話もあり、読み終わってあまりの救いのなさに呆然としてしまったこともあったぐらいだ。

 そう、私のような特別ではない人間は特別な能力にあこがれ、そのような力があればさぞかし人生が楽しいだろうと思う。しかし、「他の人とは違う」ということは、周囲の悪意を買うこともあれば、自らを深く傷つけることさえある。
 本書は、常野の人々の暮らしだけでなく、その苦悩や悲しい歴史をも生々しく描くことで、人間として幸せに前向きに生きることの尊さを際立たせている。
 「泣かせるイイ話」だと思って読んでいると、途中で読むのがつらくなるかもしれないが、それでも最後の1編まで通読してもらいたい。「暖かい、懐かしいような感じ」になれると思うので。

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チョコレートコスモス

著 者:恩田陸
出版社:毎日新聞社
出版日:2006年3月20日発行
評 価:☆☆☆☆☆(説明)

 これは、面白かった。著者の本はこれで3冊目。人気作家であることも知っているし、この前に読んだ「ドミノ」がとても面白かったので、他の本も..と思ったけれど、ホラー系は苦手なもので、どの作品を読むかずっと逡巡していた。
 本書の表紙を見て「ドミノ」と同じようなテイストを感じて手に取った。でも帯には「そっち側へ行ったら、二度と引き返せない」なんて書いてあるし、表紙だって良く見直したらガイコツだ。ちょっとためらったが、読むことにした。結果的に正解。読んで良かった。こんな面白い本を2年半も放っておいたことがくやしいぐらいだ。

 今回は演劇界の話。役者や作家、監督、プロデューサーなど、舞台に関わる人たちがそれぞれ懸命に生きている世界。そして主人公は、その世界の底辺?に位置する、まだ公演経験もない学生劇団に、新しく入った大学1年生の女子、飛鳥。
 彼女の目線で語られる部分はほんの僅かだし、彼女に絡んでくる女優の響子の方が、その心理が物語のタテ糸として機能しているので、飛鳥を主人公とは言わないのかもしれない。しかし、飛鳥なくしてはこの物語は展開しないし、そもそも始まりさえしなかった。

 飛鳥は、演技の経験が学芸会ぐらいしかないにも関わらず、その卓越した演技で劇団の先輩を驚愕させただけでなく、作家やプロデューサーらプロの度肝をも抜く。どのような演技かは、簡単に紹介できるものではないので、本書を読んでもらうしかない。その場に居合わせた登場人物たちと同じように、読んでいて私も震えが来た。これは、物語に入り込んでしまっていることの証とも言える。もちろん著者の筆力のなせる技だ。
 しかし、私がそれ以上にスゴいと思ったのは、著者のアイデアの豊富さだ。何度もオーディションのシーンがあり、それぞれに難題とも言える課題が課せられる。主人公の飛鳥だけでなく、何人もがそれに挑戦するのだが「そんなやり方があったか」という解答をそれぞれが演じてみせる。当たり前だが、この解答はすべて著者の頭から生まれたもの。恐るべき発想力だ。
 物語のタテ糸を構成する、響子の心理も見もの。オススメの1冊だ。

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ドミノ

著 者:恩田陸
出版社:角川書店
出版日:2001年7月25日初版発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 著者の作品は「夜のピクニック」に続いて2冊目。随分前の作品を今さらどうして、という感じもしたけれど、本書に何故かずっと惹かれていてこの度めでたく読むことができた、という次第。
 著者は、面白さのツボを心得ているというか、どうすれば読者を引き付けることができるか分かっているようだ。本書は、エンタテイメントに徹していて、大人も子どもも理屈抜きで楽しめる。

 表紙をめくって少し面食らう。27人と1匹?の登場人物からのイラスト付き一言が載っている。あまり登場人物が多いと読むのに苦労しそうだから。でも、そんな心配は無用だった。27人のほとんどが、キャラクターの立ったクセのある人々だから、「あれ、これ誰だっけ?」ということにならない。
 こんなに、登場人物が多いのには訳がある。始まりは全く別々のいくつものストーリが同時進行しているからだ。それぞれのストーリーに登場人物が数人いるので、結果的に大人数になっている。そして、このバラバラのストーリーが、ある出来事が別の出来事を引き起こしながら、徐々に1つの場所になだれ込むように集約していく。タイトルとおり「ドミノ」倒し的展開だ。
 事の発端は、52歳の千葉県の主婦、宮本洋子。彼女が不用意にポーチに置いたビニール傘が、風に煽られて飛んで行ったことが、遠く離れた東京駅での大事件につながる。もちろん、そんなことは当人は一生わからないままだ。冒頭の27人にさえ入っていないし。

 数多くのクセのある登場人物の中で、私は(小学生の娘も)、エリコ姉さんが一番のお気に入りだ。こんな人が職場にいたらドキドキしてしまうだろう。次に愛すべきは額賀部長だ。この人には、笑いのツボを刺激された。これからも頑張って欲しい。

そうそう、リアリティは少し脇に置いているので、細かいことを気にすると楽しめない。読む方はリラックスして読もう。

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夜のピクニック

著 者:恩田陸
出版社:新潮社
出版日:2004年7月30日発行 2005年4月5日第17刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

 著者が人気作家であることは知っていて、何度か手に取ってみたこともあったのだけれど、読むに至らないままになっていた。幅広いジャンルを手がけているらしいので、本書が著者の作風すべてを表しているのではないとしても、読後感がさわやかで、他の作品も読んでみようと思った。

 高校生活も終わりに近づいた秋の1日の物語。1日というのは文字通り24時間の意味で、朝の8時から翌朝の8時まで80kmを歩き通すという学校行事「歩行祭」が舞台の青春小説だ。
 中学生高校生に読んでもらいたい。登場人物の高校生が「ナルニア国物語」を「なんで、小学生の時に読んでおかなかったんだろう」と、後悔する話が出てくる。「ナルニア~」がそういう本かどうかは置いて、本書は中高生の時に読んだ方が、大人になってから読むより意味があるように思う。
 もちろん、ここには青春のすべてが描かれているのではない。イジメも受験の苦しみも、「自分とは何なのだ」というような葛藤さえも、存在はするのだけれどストーリーの背景に押しやられてしまっている。そういう意味では「大人が振り返って思い描く青春」なんだろうと思う。だから、大人は「そんな時代が自分にもあったなぁ」などと懐かしんで読むことができる。逆に言えばそういいう読み方しかない。
 しかし、現在青春の渦中にある中高生には、別の読み方がある。きれいごと過ぎるように思えるかもしれないが、それでもなお読んでもらいたいと思うのは、恋愛を含む人間関係の悩みや、友人という大切なものなど、青春時代に経験をしてもらいたいと思う事柄が全編からあふれ出ているからだ。自分たちの今の生活にも、同じように大切なものがあることに気が付いてもらいたい、そうすればもっと良い青春を送ることができる。そう言った「今」を変えるような読み方だ。

 主人公は融と貴子の2人。学校では内緒なのだが2人は異母兄弟で、何の因果か高校3年のクラスメートだ。お互いに距離のとり方が分からないまま一言も言葉を交わさずに秋になっている。このまま卒業してしまえば、一生言葉を交わすこともないだろう。それで良いのがどうか分からない。少なくとも貴子の方は良くないんじゃないかと思い始めている。
 どちらか一方でも、イヤなヤツであれば悩むこともなかったのだろう。お互い相手を憎んだり無視したりしていれば、それはそれで安定しているとも言える。しかし、どうやら2人とも良き友人にも恵まれ、クラスの中でもそれなりに存在感のあるイイヤツらしいから困ったことになっている。 言葉を交わさなくても強烈に意識し合っていることは、周囲も感付くほどになっていて、2人は実は付き合っているのでは?と勘ぐられてしまう。

 24時間の間に2人の距離というか位置関係が微妙に変わる。特に貴子の心が行きつ戻りつ、本人が「こうありたい」と思うものに近づいていく。この様子が、「歩行祭」という特別な時間を舞台にして良く描き出されている。「こうなってよかった」と思える結末を期待しつつ最後まで気持ちよく読める。良き友人がいることのありがたさを噛み締めることができる1冊。

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