デジタル・ファシズム

著 者:堤未果
出版社:NHK出版
出版日:2021年8月30日 第1刷 9月30日 第3刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 急速に進む社会のデジタル化に対して、特に日本の状況について警鐘を鳴らす本。

 本書は「政府が狙われる」「マネーが狙われる」「教育が狙われる」の3部構成。それぞれのテーマで強大な権力の集中と利権に切り込むとともに、市民生活を脅かす危険性を指摘する。どれも私の知らなかった、すくなくとも意識したことがなかったことだ。

 「政府が狙われる」。みなさんは知っていただろうか?デジタル大臣は、通常は閣議決定しないと出せない他の省庁への勧告を、閣議を経ないで直接だせる、ということを。また、デジタル庁の予定される600人の職員の3分の1にあたる200人は民間企業から迎え入れる、ということを。利害関係者が政府と企業を行き来する、いわゆる「回転ドア」形式だ。

 「マネーが狙われる」。みなさんは知っていただろうか?○○ペイは銀行のような厳しい審査がある認可制ではなくて「登録制」であることを。万一の破綻や不正利用の際の「預金者保護法」のようなルールも、個人情報保護規定もないことを。また、デジタル通貨はその管理者によって容易に取引を止められる恐れがあることを。

 「教育が狙われる」。みなさんは知っていただろうか?GIGAスクール構想によって進められた一人一台のオンライン学習によって、膨大な生徒たちのデータがGoogleに集約されることになったことを。それを制限する個人情報保護ルールが緩められたことを。オンライン教育が進めば究極的には教師は全国で1教科に1人でいい、と考える人が政権の中枢近くにいることを。

 本書の内容を「陰謀論」の類と考える人がいるのだけれど、本書を含めて著者の著作を読んだ私は「著者がそう言うのなら事実なのだろう」と思っている。取材によって、都合のいい意見をピックアップする傾向は感じるのだけれど、法案の成立など、意見を差しはさむ余地のない「事実」が丹念に調べ上げてあって信用が置ける。

 最後に。タイトルにある「ファシズム」という用語は、実は定義が定まっていない。なんとなくナチスなどの個人の自由を認めない抑圧的な体制を思い浮かべる。だから「いくらなんでもそれは考えすぎ」と思う人が「陰謀論」と考えるのかもしれない。私が読む限りは、本書での著者の直接的な懸念は「権力と利権の集中」にあって、抑圧的な体制はその延長にある。もちろん延長にあるのだから「考えすぎではない」のだけど。

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ザリガニの鳴くところ

著 者:ディーリア・オーエンズ 訳:友廣純
出版社:早川書房
出版日:2020年3月15日 初版 2021年1月20日 12版 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

成長物語とミステリーと法廷劇が楽しめる本。

今年の本屋大賞翻訳小説部門の第1位。出版社の情報によると全世界で1000万部突破とのこと。世界中でとにかくすごく売れているベストセラー。

主人公はカイヤ。1952年の物語の始まりの時は6歳の少女だった。5人兄弟の末っ子で両親も一緒に、ノース・カロライナ州の海辺の湿地にある小屋に住んでいる。ところが、物語が始まって間もなく、暴力をふるう父から逃れるように母が出ていき、兄弟も出ていき、父と二人で取り残される。そしてカイヤが10歳の時、その父もどこかへ行ったきり帰ってこなくなる。

カイヤが住んでいる湿地というのは、誰かから逃げてきた人たちが勝手に住み着いたような水浸しの土地。そこの住民は、町の人々からは「沼地の貧乏人(トラッシュ)」と蔑まれている。そんな場所に10歳の少女、学校に行っていないので読み書きもできない少女が取り残され、一人で生きていかねばならない。物語は前半生を中心にカイヤの生涯を綴る。

もうひとつ。カイヤの生涯に並行する形で、一つの殺人事件の捜査が語られる。その事件はカイヤが23歳の時に起きたものなので、カイヤのパートが進むにつれて時代が近づいていく。それに同調するように、カイヤと事件の関係も近づいて、やがて1つの物語になる。

これは名作だと思う。正直なところ、カイヤのパートの最初のころは、物語としては平板な上に悲惨さが際立って、私は子どもがつらい目にある話は苦手なので、ちょっと読み進めるのがキツかった。殺人事件のパートが注意を引きつけ、そのうちに物語に起伏が出てきて読みやすくなった。ただし、カイヤには平穏な暮らしはなかなか訪れないのだけれど。

本書を読んだ読者はいろいろなものを受け取ることができる。一人生きるカイヤの逞しさ。カイヤを見守る善意の温かさ(「一人生きる」と書いたけれど、本当は一人ではなかった)。才能が花開くさまの輝かしさ。一人の人を愛するひたむきさ。水浸しの荒れ地のはずの湿地の自然の豊かさ。悪意も多く描かれるけれど、それ以上の「善きもの」がこの物語にはある。

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クララとお日さま

著 者:カズオ・イシグロ 訳:土屋政雄 
出版社:早川書房
出版日:2021年3月15日 初版発行
評 価:☆☆☆(説明)

 読み終わって「トイストーリー」を思い出した本。

 著者のノーベル文学賞受賞第一作。

 主人公はAIを搭載したロボットのクララ。どこかの子どものAF(人口親友)になるために、開発生産されて店頭に並んでいた。やがてジョジーという少女の家に購入されてその屋敷で暮らし始める。

 様々なことが徐々に明らかになる。クララが太陽光をエネルギー源にしているらしいこと。ジョジーの健康状態がよくないこと。ジョジーのお姉さんが亡くなっていること。ジョジーにはリックという友達がいること。「向上処置」を受けた子どもと受けていない子どもがいること。ジョジーは「向上処置」を受けていて、リックは受けていないこと。等々。

 ジョジーの家には、ジョジーとお母さん、メイドのメラニアさんがいる。ジョジーのお父さんは離れて暮らしているらしい。そこにリックがやってきたり、友達がやってきたりする。クララにとっては、家から外に出る、ジョジーの家の人以外に会う、車に乗って出かける,,と、一つ一つの出来事が初めてのことで世界が広がる。広がった世界のことを記録することで、ジョジーによってよりよい判断ができるようになる。

 お母さんはジョジーのことをとても愛しているのだけれど、どこか不安定な感じがする。その不安定さは物語の核心に触れる。それは、ロボットと人間の間にある線を越えることができるのか?ということだ。

 面白かったのだけれど、背筋に冷たいものを当てられているような落ち着かなさを、ずっと感じていた。今は良くてもいつかは破綻する。それはAIの完全さによるものか、人間の不完全さによるものか?そういうことが、背後から感じられる。

 結末についても書いてしまうけれど、これはハッピーエンドなのだろう。

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書店ガール6 遅れて来た客

著 者:碧野圭
出版社:PHP研究所
出版日:2017年7月21日 第1版第1刷
評 価:☆☆☆(説明)

 ビブリオマンシー(書物占い)という言葉を初めて知った本。

 「書店ガール」の第6巻。主人公は前作と同じで、取手の駅ナカ書店の店長の宮崎彩加と、大手出版社のライトノベル部門の責任者・編集者の小幡伸光。それぞれ前作では新しい立場や環境での奮闘を描いたけれど、本作はそれらが一段落した後の話。

 今回も二人に試練が待っていた。彩加の店は会社の方針で4ケ月後に閉めることになった。もちろん彩加には何の相談もなしに。オープンして1年半弱、アルバイトの店員のヤル気を引き出して、彼らの協力で店づくりがうまく行きだした矢先に。

 伸光の方は、ヒット作が生まれたが故の苦労。「鋼と銀の雨がふる」という作品がヒットし、なんとNHKでのアニメ化が決まる。それはとても幸運なことなのだけれど、アニメスタジオとの折衝など、ただでさえ忙しい編集者の伸光にさらなる負担がかかる。

 双方とも読んでいてなかなかつらい展開だった。特に彩加の方は「撤退戦」なので、この苦労を乗り越えたところに何かが待っているわけではない。正式な告知までは社外秘なので、誰にも相談できない。納品を減らすことを、一緒に働く仲間にさえ言えない。もっとも伸光の方も大変な事態に..。

 行き詰ってしまって「もうダメ」という時でも、誰か別の人が関わるだけで好転することがある。そんな出来事が救いになって、読後の後味は悪くない。前作から気になっていた彩加の恋バナもちょっと進む。シリーズの最初の方の主人公の西岡理子もカッコよく登場する。

 つらいことがあった時に役に立ちそうな言葉「世界はあなたのためにはない」
 受け止めるには胆力が要りそうだけれど。

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多数決は民主主義のルールか?

著 者:斎藤文男
出版社:花伝社
出版日:2021年4月20日 初版第1刷 7月10日 初版第2刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

最近「多数決なんて欠陥だらけじゃないか」と思っていたので、私の手元に来たのかな?と思う本。

「はじめに」の冒頭が本書のことを端的に言い表しているので引用する。

「多数決は民主主義のルール」とされています。「みんなが多数決できめたことだから」とも言われます。でも、ほんとにそうでしょうか。多数決なら、どんなことを、どのように決めてもよいのでしょうか。(中略)それを改めて考えてみようというのが、この本です。

著者がまず念頭に置いたのは、国会における多数決だ。特定秘密保護法(2013年)、安保関連法(2015年)、共謀罪法(2017年)、働き方改革関連法(2018年)、改正公選法(2018年)、カジノ実施法(2018年)、改正入管法(2018年)。これらの重要法案がすべて、与党による強行採決で可決・成立している。多数決なら「どんこと」を「どのように」決めてもよいのなら、これらの強行採決でもよいことになる。

「んなものいいわけがない。当たり前だろ」と私は思う。しかし私の「当たり前」を検証するために、本書は「社会契約論」のルソーと「市民政府論」のロックの思想から始め、ミル、シュンペーター、モンテスキューを引いて、立憲主義や人権保障、さらには直接民主主義の例としての国民投票などを議論の俎上に乗せる。正直に言って「こんなに手間がかかるのか」と思ったけれど、手間をかけた分、明確になったことも多い。

例えば「どんなことを」多数決で決めてはいけないのか?それは「人権に関わること」だ。多数派が少数派であるという理由で誰かの自由を奪ったり、生活を脅かすような不利益を強いたりすることはできない。これは大原則であって、日本国憲法では「国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない」とあるのだから。これに沿って考えると、性的少数者の権利や選択的夫婦別姓の問題は、この大原則を踏み倒しているように思える。

もうひとつ「自由民主主義」について。並列されることが多いけれど「自由主義」と「民主主義」は違う。民主主義を制度化したのが立法府と行政府。選挙という多数決で選ばれた国会議員からなるので「多数の支配」の原理がはたらく。自由主義を制度化したのが司法府。「多数の支配」を抑制して、個人の権利・自由を守る。故に三権の均衡がとても大事になる。

前半の学術的な検証に比べて、後半は現実の政治に直結する内容で、とても興味深くためになった。著者は市民立法運動の実践者でもあって、そうした経験も書かれていて心強いものを感じた。

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我が産声を聞きに

著 者:白石一文
出版社:講談社
出版日:2021年7月5日 第1刷 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 静かな、しかし決して元には戻らない家族の変化を描いた本。コロナ禍を設定に採り入れたのも特徴的。

 主人公は徳山名香子、47歳。英語学校の非常勤講師。10代の終わりに気胸を患って、その後も何度か軽い再発を繰り返している。コロナ禍で英語のレッスンはすべてオンラインに切り替えていた。一緒に住む夫の良治は大手電機メーカーの研究職で、彼も最近は週に1日か2日が在宅ワーク。名香子の肺を気遣って、外出も控えてレストランでの食事などは厳に慎んできた。

 ところが良治が「一緒に行って欲しいところががある」と、1週間先の予定が空いているかを聞いてきた。しかも用件は「当日になったら教えるよ」と言う。元々、どんなことでも打ち明け合うような夫婦ではなかった。むしろ適度な距離を保つことで、波風を立てずに20年間過ごしてきた。それでもこの良治の態度はおかしかった。

 物語はこの後、良治の病気の発覚から突然の別れ話と進む。名香子にはまったく予想外の展開で、気持ちがまったく追い付いていかない。

 これはなかなか厄介な物語だった。自分がどう感じているのか確かめ難い。実は、良治は今は別の女性と暮らしている。この物語の主な登場人物は、良治の他は、名香子、名香子の娘の真理恵と母の貴和子、良治と一緒に住む香月雛と、圧倒的に女性が多い。男性である私がもし誰かの気持ちが分かるとしたら良治なんだけれど、妻を置いて他の女のところに行ってしまう男に共感はできない。

 ところが何カ所か気になる言葉がある。例えばそれは真理恵の次の言葉。

 「おかあさんにかかると、いつだっておかあさんが正しい人になっちゃうんだもん

 読み飛ばしても話の展開には影響はないけれど、この言葉は私の胸を衝いて記憶に残った。「そういうことなのか」と、私は良治の心の一端に触れた気がする。世の多く(特に女性)の皆さんには一蹴されそうだけれど。

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池上彰の君と考える戦争のない未来

著 者:池上彰
出版社:理論社
出版日:2021年5月 初版 7月 第2刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

本のタイトルに著者名を冠してしまうのはどうかと思うけど、内容はよかった本。

池上彰さんが「戦争をなくすにはどうしたらいいだろうか?」と問いかける。それを考えるために、まずは過去に日本で世界で起きた数々の戦争について、コンパクトに要点を解説する。その戦争はどんな理由で始まったのか?どうやって終わったのか?その影響にはどんなものがあったのか?

日本が戦った戦争として、元寇、秀吉による朝鮮出兵、薩英戦争、日清戦争、日露戦争、第一次世界大戦、太平洋戦争など。世界で起きた戦争として、第二次世界大戦、朝鮮戦争、ベトナム戦争、ソ連のアフガン侵攻、中東戦争、ユーゴの内戦、湾岸戦争、アフガン戦争、イラク戦争など。江戸時代以前の戦争を除いても約100年の間に10以上もあって「戦争しすぎでしょ」と思った。これ以外にも内戦や紛争と呼ばれるものを数えれば倍ぐらいになる。

その他に思ったことをいくつか。

1つめ。戦争が始まる理由がその犠牲と全く釣り合わないということ。例えば第一次世界大戦は、オーストリア=ハンガリー帝国の皇弟夫妻の殺害が発端だけど、世界中の国を巻き込んで1600万人以上が死亡することになる。2つめ。アメリカの戦争のやり方が「短慮」としか言いようがないこと。ベトナム戦争では、戦略のために隣国のカンボジア政府を転覆させてしまう。イラク戦争は、大量破壊兵器を持っているという誤った情報を元に始めてしまった。

3つめ。日本の戦争の始め方も相当ヤバイこと。満州事変は関東軍の自作自演の爆発事件を理由に「自衛」を目的に始まっている。日中戦争は日本軍への発砲が端緒になる。これも自作自演の疑いがある(諸説アリ)。4つめ。戦争の因果は繋がっていること(十字軍の昔から)。第一次世界大戦の戦後処理が中東戦争の原因になっているし、ソ連のアフガン侵攻からイスラム国の台頭まで、いくつもの戦争が数珠つなぎに繋がっている。

5つめ。歴史に「もしも」はないとは言え、回避できたかもしれないポイントが多くの戦争であること。その多くは過ちを犯した者にきちんと責任を取らせることと、正しい情報に耳を傾けること。満州事変の端緒となった爆発が、「自作自演」だという情報は当初から上がっていたし、軍紀違反でもあるのに首謀者は責任を問われることなく、陸軍の中で出世して後の戦争を主導している。

実は、本書は若い人に向けて書かれたものなのだけれど、40歳でも50歳でももっと上でも、読めばためになると思う。あくまで「池上彰さんの見方」であることは心得て置くとしても、過去から学ぶことは多い。「ではどうすればいいのか?」にも触れている。恐ろしいのは過去の戦争の経緯に、現在の世界情勢と符号することが多々あることだ。「トゥキディデスの罠」は今の米中関係にもあてはまる。

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