文系でもよくわかる世界の仕組みを物理学で知る

書影

著 者:松原隆彦
出版社:山と渓谷社
出版日:2019年3月1日 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 普段あまり自分を文系だとか理系だとか思わないのだけれど、やっぱり文系かもしれないと思った本。

 物理学に対して学生時代に「苦手、難しい、楽しくない」といったイメージを植え付けられ、大人になってからも縁遠いまま過ごしている。タイトルにある「文系」が表す、こういう人が本書の対象。それはとてももったいないことで、物理学を専門としている著者とすれば、物理学がわかれば「世の中はもっと深くも、細かくも、広くも、美しくもなる」そうだ。

 そこで、苦手だと思っている人にも読んでもらえるように、本書では様々な工夫がされている。例えば、本書は51個の項目で構成されていて、一つ一つの項目は数ページという読みやすいサイズで書かれている。各項目の最後には「まとめ」のページがあって、コンパクトに要約されている。「どうして雲は落ちないの?」「空はなぜ青いのか?夕焼けはなぜ赤いのか?」など、素朴な(子どもが聞きそうな)疑問が散りばめられている。そして数式は出てこない。

 それでいて取り扱う範囲は結構広い。「宇宙物理学」「光の性質」「素粒子、原子、分子」「相対性理論」「量子論」。「ブラックホール」も「ビッグバン」も「クォーク」も「中性子」も「ひも理論」も出てくる。アインシュタインもシュレーディンガーも登場する。地球の軸がなぜ傾いているのかの分かる。

 著者の工夫の甲斐あって、スラスラと読めた。相対性理論や、光に粒と波の両方の性質があることは、これまでに聞いた説明より分かりやすかったように思う。それはそうなんだけど、意地悪な言い方だけど、世の中が深くなったり美しくなったりする感じは全然しない。

 もちろん著者は「物理学が分かれば..」と言っているのであって、「この本を読めば..」とは言っていないので、先の言い方は意地悪以前のいいがかりだ。やっぱりもっと深く知らないと、世の中が深くなったり美しくなったりしないだろう。だから本書をきっかけにもう少し詳しい、項目を掘り下げた本を読むといいのだろう。何よりも「もっと知りたい」という気持ちも大事だ。今のわたしにはそれがなかったと思う。

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神々と戦士たち2 再会の島で

書影

著 者:ミシェル・ペイヴァー 訳:中谷友紀子
出版社:あすなろ書店
出版日:2015年10月30日 初版発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 前を読んでからずいぶん経つのに、そういうブランクを感じないでとても楽しめた本。

 「神々と戦士たち1 青銅の短剣」に続く、全5巻シリーズの2巻目。舞台は青銅器時代の古代ギリシアで、主人公はヒュラスという名の13歳の少年。幼いころに妹と一緒に山で拾われて、以来「よそ者」として暮らしていた。前卷で、「よそ者がその短剣を振るうときコロノス一族は滅びる」という巫女のお告げを基に、一帯に勢力を持つコロノス一族から追われる身になっている。

 今回の物語は、逃避行を続けるヒュラスが奴隷商人に捕まり、鉱山に送られるところから始まる。その鉱山がある島は、なんとコロノス一族が治める島だった。見つかれば殺されてしまう。しかもヒュラスはまだ知らないけれど、コロノス一族の一員でありながら、かつての親友のテラモンが儀式のために島にやってくることになった。

 島に来るのはテラモンだけではなくて、大巫女の娘で前卷でヒュラスと行動を共にしたピラもやってくる。主要な登場人物が再結集、ということで、多少わざとらしい展開だけれど許容範囲。新たな登場人物や、再登場した意外な人物が大事な役割を持っていたり、「火の女神」や「怒れる者たち」と呼ばれる神々が絡んできたり、絶体絶命もあり、物語は後半に向けて大いに盛り上がる。

 この「大いに盛り上がる」が、本書を読んでいた私の気持ちだ。実は前卷を読んだのは2年も前で(そのレビューの最後に「これからが楽しみだ」と書いたにも関わらず)、読んでもストーリーが分からないのじゃないか?という不安があったけれど、それは杞憂だった。もちろん細かく覚えてはいないのだけれど、スッと物語の世界に入ることができて、人物たちが生き生きと動き出すのが感じられた。

 とは言え、5巻シリーズなのであと3巻、今後はそう間を空けずに読みたい。

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青くて痛くて脆い

書影

著 者:住野よる
出版社:KADOKWA
出版日:2020年6月25日 初版 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 「大事なことは言葉で伝えよう」そう思った本。

 著者の作品を読むのはデビュー作「君の膵臓をたべたい」、第2作「また、同じ夢を見ていた」に続いて3作品目。前者は300万部、後者も40万部を突破で、デビュー即ベストセラー作家の仲間入り。本書も50万部突破だそうで、8月28日には吉沢亮さん、杉咲花さんのダブル主演の映画が公開される。

 本書の主人公は田端楓、物語の始まりの時には大学1年生。男子。「人に不用意に近づきすぎないこと」「誰かの意見に反する意見は出来るだけ口に出さないこと」を、人生におけるテーマとして決めつけていた。他人との関りを避けて、面倒なことを避けて、誰かから傷つけられることを避けて..

 楓がキャンパスで出会ったのは、楓とはおよそ正反対の性格の秋好寿乃。退屈な授業で、大きな声で発言を求め意見表明のような質問をして、周囲から「なにあれ」「痛った」と言われる。食堂で一人で定食を食べていた楓の横に来て、いきなり話しかけて突然の自己紹介。そうして出会った二人がサークル「秘密結社モアイ」をつくる。モアイの信念は「四年間で、なりたい自分になる」

 こんなに詳しく説明したけれど、ここまででわずか29ページ。そのページの最後には「あの時笑った秋好はもうこの世界にはいないけど」と書いてある。そしてページをめくると、楓はリクルートスーツを着た就活生になっている。モアイは楓たちが作ったものとは、似ても似つかない就活サークルに変容していた。

 青いです。痛いです。脆いです。このあと、楓は寿乃から託された言葉を胸に、モアイを奪還しようと奔走する。それはまぁ親友の意志を継ぐ「美しい物語」なのだけれど、私には「青臭い正義」に感じる。独りよがりで傍から見ていて「痛々しい」。寿乃に何があったのかもやがてあきらかになるが、楓は傷ついて「脆さ」が露呈する。

 もちろん「青さ」も「痛さ」も「脆さ」も、タイトルにしているのだから著者の狙いに違いない。そして狙い通りだ。素直な心で受け止めれば、震えるほど切ない物語だと思う。私はもう心がひねくれてしまったようだけれど。

映画「青くて痛くて脆い」公式サイト

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一人称単数

書影

著 者:村上春樹
出版社:文藝春秋
出版日:2020年7月20日 第1刷 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 村上作品は、長編もいいけど、やっぱり短編の方が好きだ、と思った本。

 村上春樹さんの短編集。収録作品は、書き下ろしの表題作「一人称単数」と、文芸誌「文學界」に掲載された「石のまくらに」「クリーム」「チャーリー・パーカー・プレイズ・ボサノヴァ」「ウィズ・ザ・ビートルズ With the Beatles」「ヤクルト・スワローズ詩集」「謝肉祭(Carnaval)」「品川猿の告白」の7編の合わせて8編。

 村上春樹さんらしい作品たち。「中心がいくつもあって外周をもたない円」を思い浮かべられるか?と、老人が問いかけていなくなってしまう。何かの比喩なのか?深い意味があるのか?作品の中に答えはなく、そうしたい読者が思いを巡らすことになる。大学生の男の子が恋人でもない女性と簡単にセックスしてしまうのも「らしい」。

 印象に残ったのは「ヤクルト・スワローズ詩集」と「品川猿の告白」の2編。

 「ヤクルト・スワローズ詩集」は、「「風の歌を聴け」という作品で、それは「群像」の新人賞をとり..」と、著者自身の本当の経歴が書き込まれている。その他にも正確な事実が多くて「自叙伝」として読める。でも、私の知る限りでは、この作品の大事な部分は「作り話」で、著者はこの「作り話」を、これまでにもほかの作品でも何度か使っている。

 「品川猿の告白」は、「東京奇譚集」収録の「品川猿」の続編(多少の食い違いを感じるけれど)。主人公は、群馬県の鄙びた温泉旅館で住み込みではたらく人語を話す猿と出会い、その身の上話を聞く。以前は品川区に住んでいて「好きになった女性の名前を盗む」という悪癖があった。ブルックナーとリヒアルト・シュトラウスの音楽が好きだという。なかなか興味深い猿。

 小説に結論を求める人にはおススメできないけれど、独特の雰囲気はありながら(つまり「らしい)読みやすい。村上作品に馴染みがない人にもいいと思う。それと同時に「村上主義者(著者が「ハルキスト」ではなくこう呼んでほしいとおっしゃっている)」が好きそうな本だ。例えばタイトルにある「一人称」という言葉一つにでも、思うところがあるはずだ。

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ビブリア古書堂の事件手帖Ⅱ

書影

著 者:三上延
出版社:KADOKAWA
出版日:2020年7月23日 初版発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

新しいシリーズがこんなに勢いのある物語で始まった、と思った本。

シリーズ再始動!ということで、本書からは「ビブリア古書堂の事件手帖Ⅱ」とナンバリングが付く。新シリーズにはとても魅力的な登場人物が一人増える。前シリーズの主人公である、古書店「ビブリア古書堂」の大輔と栞子との娘である扉子だ。扉子はシリーズ前作の短編集「扉子と不思議な客人たち」で初めて登場し、文学と謎解きの才能のとてもとても楽しみな片りんを見せている。

今回は、高校生になった扉子が祖母の智恵子に呼び出されたシーンから始まる。扉子は智恵子から、横溝正史の「雪割草」にまつわる事件について、父の大輔が書いた記録を持ってくるように言われた。本書の本編は、この記録に描かれた事件の一部始終。その事件に合わせて、幼いころの扉子も登場する。

「雪割草」にまつわる事件は、2012年と2021年の2回起きた。鎌倉に住む同じ元華族の旧家を舞台として。発端は、当主が亡くなって、大切にしていた横溝正史の「雪割草」という本の行方がわからなくなった、その本を捜してほしいという依頼。しかし「雪割草」は、確かに横溝正史はその名の作品を書いたし、草稿が数枚見つかっているが、発表されたのかどうかさえ分からない。いわば幻の本だ。

旧家を舞台にしているし、争っているのは双子の姉妹だし、血縁のある親戚たちが不信を募らせているし、横溝正史の金田一シリーズに似た雰囲気が漂っている。こういうところも著者はうまい。

そして探すのは、存在が確認されていない「幻の本」。本に対する尋常ではない執着を持つ、智恵子、栞子、(そしておそらく扉子も)の篠川家の女性たちにとっては、喉から手が出るほど見つけたいシロモノ。実際この依頼を受けた時に栞子は「調査費用はいらないから読ませて欲しい」と言っている。

横溝正史のトリビアもあり、事件の謎解きも本格的で、篠川家三代の女性たちの微妙な関係性も目が離せず、扉子の推理には目を瞠る。奮闘する大輔くんも応援したい。新シリーズ1作目はとてもワクワクする物語だった。そして「シリーズ再始動」というから、この後に何冊か新しい作品が出るのだろう。それがとても楽しみだ。

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四畳半タイムマシンブルース

書影

著 者:森見登美彦 原案:上田誠
出版社:KADOKAWA
出版日:2016年12月16日 初版
評 価:☆☆☆(説明)

 久しぶりの森見登美彦さんの「腐れ大学生もの」と思ったら意外と爽やか、という本。

 森見登美彦さんの新刊。2018年の「熱帯」1年半あまり。安定したペースで新刊が出て、ファンとしてはとてもうれしい。著者の作品にはいくつかの系統があるのだけれど、本書は「夜は短し歩けよ乙女」「四畳半神話大系」に連なる物語。

 主人公は京都の大学生である「私」。冒頭に「ここに断言する。いまだかつて有意義な夏を過ごしたことがない」というように、基本的にはダラダラと暮らす腐れ大学生。でも今回は腐れ大学生ながら、後輩の明石さんの映画制作に協力して撮影の手伝いを買って出る。明石さんは映画サークルに所属していて「ポンコツ映画」を量産している。

 事件は、明石さんの映画撮影が終わって、銭湯に行って下宿の学生アパート「下賀茂幽水荘」帰ってきた時に起きた。「私」の部屋には、アパートで唯一クーラーがあるのだけれど、そのリモコンが壊れてクーラーがつかなくなってしまった。京都の夏はオーブンの中のような灼熱の夏だ。

 そのちょっと前から変だった。下宿に帰ってきたら、皆が待ち構えていて「さっき話してたとおり、裸踊りをやれ」という。なにが「さっき話してた」なのかさっぱり分からない。変なことは他にもある。明石さんが撮影した映像を見返すと、なんと悪友の小津が二人映っている...。

 すごくおもしろかった。タイトルに「タイムマシン」とあるように「タイムスリップもの」。まぁドタバタと時間をあっちに行ったりこっちに行ったり。最初は「壊れる前のリモコンを取りに昨日へ..」というちっちゃい話だったのに、どんどんと広がって「全宇宙の崩壊」の危機に..。

 すごくおもしろかったんだけど、ちょっとした違和感もあった。時間が行ったり来たりで結構複雑なのに、話がこんがらがらない。いやもちろん、それはいいことだ。しかし、著者のこれまでの作品でも、同じ時間を繰り返したり、物語を入れ子構造にしたり、プロットが複雑なものが時々あるのだけれど、読んでいる私がその複雑さの中で迷子になってしまう、ということがよくあった。(まぁその迷子状態が、むしろ好きだったのだけど)

 今回はそういうことがない。そこで何気なく見過ごした表紙の「上田誠-原案」という文字を思い出した。上田誠さんというのは、アニメ「四畳半神話大系」の脚本を担当された劇作家で、本書の原案は上田さんの劇団「ヨーロッパ企画」で上演されていた「サマータイムマシン・ブルース」とのこと。なるほど。舞台で演じているのを見ても分かるぐらいに、プロットが練られていた、ということらしい。

 瑛太さん主演、ヒロイン上野樹里さんの映画「サマータイムマシン・ブルース」も観た。こちらも面白かった。

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逆ソクラテス

書影

著 者:伊坂幸太郎
出版社:集英社
出版日:2020年4月30日 第1刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

読み終わって「これは伊坂さんの新境地かもしれないな」と思った本。

著者の伊坂幸太郎さん自身が「デビューしてから二十年、この仕事を続けてきた一つの成果のように感じています」とおっしゃっている最新刊。「逆ソクラテス」「スロウではない」「非オプティマス」「アンスポーツマンシップ」「逆ワシントン」の5編を収めた短編集。

主人公はどの短編も小学生男子(その後成長するパターンもあるけど)。伊坂さんの作品は、これまでも若い男性が主人公だったけれど、20代、30代が中心で、大学生、高校生の場合が少し。小学生が主人公なのは初めてのことなので、戸惑いもあり期待と心配が半々で読み始めた。

そして心配は早々にどこかに行ってしまった。表題作で最初に収録された「逆ソクラテス」の、主人公の小学校6年生の加賀くんと友達の安斎くんの会話を紹介する。

安:どこにでもいるんだよ。「それってダサい」とか、「これは恰好悪い」とか、決め付けて偉そうにする奴が
加:そういうものなのかな
安:で、そういう奴らに負けない方法があるんだよ
安:「僕はそうは思わない」
加:え?
安:この台詞

「僕はそうは思わない」はパワーワードだ。誰かの価値観を押し付けられそうになった時に、口に出してみる。難しければ心の中で思うだけでもいい。それで閉塞が解かれて開く視野や可能性がある。他の短編には必ずしも出てくるわけではないけれど、この閉塞から解かれる感覚は本書全体に通じる。

伊坂作品と言えばこういう「気の利いたセリフ」も魅力なのだけれど、それを小学生が言ったらどうだろう?ちょっと嫌味じゃないか、と思うかもしれない。でも、安斎くんはそういうことを感じないキャラクターにちゃんとなっている。さすが伊坂さんだ。

小学校は社会の縮図だ。中学より上の学校と較べても、さらにそうだ。都会は別にして、どんな階層のお家の子どもも同じ学校に通う。大人の世界にある理不尽は小学校にもある。逆もまた然りで、本書の中の小学校にある理不尽は大人の世界にもある。

この本を読んでから10日あまり。私はすでに2回も「私はそうは思わない」を使った。

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日本の文化をデジタル世界に伝える

書影

著 者:永﨑研宣
出版社:樹書房
出版日:2019年9月10日 初版第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

やっぱり本からは得るものが大きいなぁ、と思った本。何度も読んで参考にしたい。

本書は、日本の文化に関する資料の中で、特に紙媒体で共有されてきた資料を、デジタルの世界で情報として流通させる、より端的に言えばWEBに公開することを考察したもの。「デジタルデータへの変換の考え方」から「利便性を高める工夫」「情報を長く維持するための留意事項」「可用性を高めるための国際標準」「実際の公開時のポイント」「評価の問題」まで、本来なら何冊かの本になりそうな情報がコンパクトに収められている。

実は、私は「デジタルアーカイブ」に仕事として携わっている。本誌にはとても有用な情報が多かった。その中で深く共感を覚えたことを紹介する。それは「デジタル社会に移した後、なるべく長持ちさせるには」という章。情報を長く維持するための留意事項がいくつか挙げられている。

まず何より「なるべく長持ちさせるには」という章を設けたこと自体に共感。公開時に最適と判断して採用した技術も、いずれは最適ではなくなる。感覚的で申し訳ないけれど、5年ぐらいで古くなり、10年経つと使えなくなってしまうものもある。「長持ちさせるには」をテーマとすることは、10年とかの経験があるか、あるいはそのようなレガシーなコンテンツを抱えて、困ったことがある人でなければ思いつかないと思う。

また「幅広い利用・活用」を「長持ちさせる」要素として挙げていることにも共感。予算や人材に限りがあることもあって「使ってもらう」「評価してもらう」ことは、長く続けるために欠かせない。そしてたくさんの人に使ってもらうためには「利用条件を明確にして分かりやすく提示する」こともとても重要だ。これも言われてみれば明らかなことかもしれないけれど、自分で思いつくのには経験が必要だと思う。

ちょっと「これに気がつくなんて大したものだ。私も知ってたけど」という偉そうな印象の論評になってしまったけれど、これは「共感を覚えた」部分のこと。目から鱗が落ちる思いをしたところは、もっとたくさんある。

その最たるものが「(日本の文化を)デジタル世界に伝える」というタイトル。これは例えば「デジタル化と公開」とかいうのでも無難で問題なかったと思う。でも違う。デジタル世界は、世界の人々と未来の人々につながっている。「公開」が目的ではなくて、その人々に日本の文化を「伝える」ことが目的。それを私も明確に意識できた。よかった。

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呪いの言葉の解きかた

書影

著 者:上西充子
出版社:晶文社
出版日:2019年5月25日 初版 6月15日 2刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

 この本を読んだことで、私も救われることがあるかもしれない、と思った本。

 著者の紹介から。著者は法政大学の教授で労働問題の研究者で、何度か国会で意見陳述もしている。この紹介で何も思い当たらなくても、国会での質疑と答弁を街頭で上映する「国会パブリックビューイング」の主宰者、といえば分かる方がいるかも?「ご飯論法」という用語の生みの親、といえば「へぇ~」と思う人がいるかもしれない。

 その著者が、2018年の通常国会での「働き方改革関連法案」の国会審議に関するツイートを積極的にする中で気が付いたことがある。「野党は反対ばかり」という野党への批判に対し、当の野党側から「賛成している法案の方が多い」という反論がされていることだ。ここは「こんなとんでもない法案に、なぜあなた方は賛成するんですか?」と返すべきだろう、と。

 つまり「反対ばかり」という言葉は、本質的な問題ではない「反対と賛成の割合がどの程度か」ということに、相手の思考の枠組みを縛る効果がある。これに「賛成もしている」と答えるのは、まんまと縛られてしまっている。著者はこの「相手の思考の枠組みを縛る言葉」を「呪いの言葉」と定義。それは相手を心理的な葛藤の中に押し込め、問題のある状態に閉じ込めてしまう。

 本書には「労働をめぐる」「ジェンダーをめぐる」「政治をめぐる」の3分類の「呪いの言葉」を論じている。例えば、労働環境の悪い会社で働く労働者にむけれらる「嫌なら辞めればいい」。この言葉は辞めずに文句を言う者に向けられている。「辞める」か「文句を言わずに働く」の二者択一の思考の枠組みに縛られている。「会社側が労働環境を改善する」が、正しい在り方であるのに。

 「呪いの言葉」→「解決策」の一問一答のようなものではない。少し文章を読み込まないと分からない。それは現実の問題解決の難しさを反映しているのだと思う。実際にはそんなに手軽に解決できない。(実は、本書の企画の元はTwitterの「#呪いの言葉の解き方」というハッシュタグで、そちらの方は一問一答に近い。「大喜利」風で簡単な分、浅薄に感じる)

 それでも、問題解決には遠くても、自分が「呪いの言葉に縛られている」と認識するだけで、袋小路からは脱出して救われることは多いだろう。

 一読をおススメ。ただし、著者の活動を反映した内容もある(多い)ので、「国会パブリックビューイング」や「ご飯論法」を不快に思う人は別。

「呪いの言葉の解き方」まとめサイト

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新型コロナウイルスとの戦い方はサッカーが教えてくれる

書影

著 者:岩田健太郎
出版社:エクスナレッジ
出版日:2020年6月3日 初版第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「サッカーが教えてくれる」ってどういうこと?と思って読んだ本。

 「新型コロナウイルスの真実」で紹介したように、著者の岩田先生は感染症の専門家で、現下の状況で積極的に情報を発信している。私は、その情報発信を追うために著者のTwitterをフォローしているのだけれど、ちょいちょいとサッカーの話題、特にヴィッセル神戸関係のツイートやリツイートが混じる。どうもサポーターの間では「やたらと感染症に詳しい神戸のサポ」認識されていえるそうだ。(「神戸を応援している感染症の専門家」ではなく)

 つまり「感染症に詳しいサッカーファン」の著者が、なかなかうまく伝えられない「新型コロナウイルス」のことも、サッカーに例えて説明すると分かりやすく伝えられるのでは?と考えて記したのが本書(「サッカーが教えてくれる」とは少しニュアンスが違う)。例えば感染症対策には「ゾーニング」とう概念がある。サッカーにもディフェンスの時に「ゾーンで守る」という考え方がある。

 著者の目論見どおりに、サッカーを知っている人には、本書はとても分かりやすい。裏を返せばそうでない人にはピンとこない、ということになるのだけれど、そう心配は要らない。詳しくなくてもいい。「知っている」ぐらいで大丈夫だ。例えば「ロングシュート」が「ゴールの遠くから打つシュート」、「スライディング」が「足から滑り込んで相手からボールを奪おうとすること」だって分かれば全然問題ない。

 この2つを使って新型コロナウイルスのことを説明する。「可能性はゼロではないから、できることはすべてやる」は、入るかもしれないからと言ってロングシュートを打ちまくるのと同じ。「片っ端から検査をして陽性者見つけ出す」は、まだ自陣のゴールからは遠いのに、相手にスライディングをしまくるようなもの。

 多くの人は分かったと思うけれど、一応説明する。どちらも「ムダなことはしない方がいい」ということ。かつては「とにかく止まらないで試合中は走り続けろ!」という、サッカーの指導者もいたようだけれど、休める時に休まないのは、ただ体力を消耗しているだけだ。感染症対策に限らず一般的に、合理的であろうとすると「さぼっている」と言われて悪者扱いされがちだけれど、それでは必要な時に力を発揮できない。

 このように紹介すると、著者は楽観的で「もっとユルくても大丈夫」と言っているように感じるかもしれない。しかしそこは感染症の専門家であり、締めるべきところに妥協はない。そのこともとても参考になるので、一読をおススメ。

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