1分で話せ

書影

著 者:伊藤羊一
出版社:SBクリエイティブ
出版日:2018年3月20日 初版第1刷 2019年6月15日 初版第24刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「伝えるのって難しい」と思っていた、私の関心にうまくマッチした本。

 「1分で話す」というのは「大事なことを短く伝える」という意味。それは、相手が理解してこちらが希望するように動いてもらうためだ。ちなみに著者は、相手が「理解する」だけでは足りなくて「動く」ことこそ重要だと繰り返す。

 それだけでは足りないとは言え、理解してもらわないと始まらない。そのために「1分で伝える」方法は明確で、ロジカルな「ピラミッドストラクチャー」を作ること。てっぺんに「主張」があって、その下に「根拠」を目安として3つ(多すぎてもいけない)。そしててっぺんから話す。

 このあと「1分でその気になってもらう」「1分で動いてもらう」ための、具体的な方法が続く。けっこう簡単にできそうなシンプルなことが多い。例えば「その気になってもらう」のに、ゴールのイメージに入り込んできてもらうために、イメージを話し始める前に「想像してみてください」と言う、とか。

 冒頭にこんな例えがある。「少し不要な話をなくして短く伝えられていたら、あの提案は通っていたかもしれない」「短く報告ができていたら、上司はもっと信頼してくれていたかもしれない」。私には覚えがある。

 きちんと説明をしようとして順を追って話していると、なかなか本当に言いたいことにたどり着かない。実際にはそう長く話しているわけではないのだけれど、私自身が「言いたいことはこれじゃないのになぁ」と焦りを感じてしまう。この本を読んで実践して、こういうことがなくなって欲しい。

 ただし「こんなことできるのか?」と違和感も。話す場面として2種類あると思う。プレゼンなどの「準備ができる」場面と、会話などの「準備ができない」場面。著者はプレゼンの指導を行っている人で、本書の内容もプレゼンを前提にしていることが多い。ところが「上司から意見を求められて答える」という「準備ができない」場面にも「ピラミッド」を使う。とっさにこんなことできるのか?いや訓練次第ではできるのかも。

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「超」AI整理法

書影

著 者:野口悠紀雄
出版社:KADOKAWA
出版日:2019年6月29日 初版発行
評 価:☆☆☆(説明)

 20年以上経って、また野口先生に教わったな、と思った本。

 「「超」整理法」の著者による「AI時代の「超」整理法」。本書でも少し触れているけれど「「超」整理法」は1993年発行の本で、100万部以上もとにかくすごく売れた本。紙ファイルで保管して、使ったファイルは元の場所ではなくて一番左端に戻す、という「押し出しファイリング」を提案。実は、私は今でもそうしている。なかなかうまく機能している。

 それから26年経って世の中が変わった。特に大きく変わったのが情報技術の発達による変化。コンピュータが使いやすくなった。情報の保管にスペース的な制限がなくなり、事実上無限の情報をため込める。「「超」整理法」は、使わないファイルが自動的に右端に来て「捨てて良い」情報が分かる、という「捨てるための仕組み」でもあったけれど、今は「捨てなくてよくなった」わけだ。

 一方で、個人が扱う情報の量が爆発的に増えて「情報の大洪水」を起こしている。このために「必要な情報が見つからない」という事態は、紙のファイリングの時と同じか、それ以上に深刻な問題になっている。そこで著者の提案は「捨てる努力をせずに、検索できる仕組みを作ることに、努力を振り向ける」ということ。

 具体的には、Googleドキュメントを使う方法を提案。著者には「ポケット1つ原則」というのがあって「どこに入れたか分からない」事態を避けるために、すべてを1カ所に保管する。だから、元々デジタル化されている文書や画像だけでなく、紙の資料は写真を撮って、思い付いたアイデアも音声入力でメモにして、クラウドに保存する。Googleレンズも使う。

 「それはそうなんだろうけれど、実際にできるのかな?」というのが正直な感想。しかし78歳の著者はこれを実践している。その中から得た検索のためのキーワード設定など、細かなノウハウも教えてくれている。できることからでもやる?どうする?

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新海誠の世界を旅する

書影

著 者:津堅信之
出版社:平凡社
出版日:2019年7月12日 初版第1刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「新海誠さんというのは「研究対象」になったんだ。確かにその価値はありそうだ」と思った本。

 著者は、日本大学藝術学部の先生でアニメーション研究家。日本のアニメーション史が専門。「あとがき」によると、新海誠監督と直に会ったことはなく、著書もこれまではアニメの歴史に関することで、現代のものをテーマに一冊書いたのはこれが初めてだそうだ。

 タイトルの「新海誠の世界を旅する」の「旅」は、二重の意味を持っている。一つは、新海監督の出世作である「ほしのこえ」から、最新作(執筆時は公開前)の「天気の子」までの、作品の解説・批評という「作品の世界の旅」。とても整理されいて読みやすい論考だと思う。もう一つは、作品の舞台やロケ地、ゆかりの地を訪う「現実の世界の旅」。著者自身がそこに行って、見たこと感じたこと考えたことを書いている。

 章を建てて取り上げた作品は「ほしのこえ」「雲のむこう、約束の場所」「秒速5センチメートル」「星を追う子ども」「言の葉の庭」「クロスロード」「君の名は。」「天気の子」。それ以外にも「遠い世界OTHER WORLDS」「彼女と彼女の猫」、信濃毎日新聞や大成建設や野村不動産のCM、NHKの「みんなのうた」と「アニ*クリ15」など。細大漏らさない態度が、誠に研究者らしい。

 とても楽しく興味深く読んだ。実は私も上に挙げた作品は全部観ている。ファンだという意識は薄いのだけれど、ちょっと縁があって「ほしのこえ」以降は注目はしていた。だから解説・批評の「作品の世界の旅」は語り合っているような気がしたし、「現実の世界の旅」は行ったことのない土地への憧憬を感じた。

 一つだけ、気になったこと。正直に言うと「気に入らなかったこと」。

 「君の名は。」のクライマックスについて「なぜそうしたのか?」と批判的に疑問を呈し、「こうあるべきだったのでは」という主旨のことを書いていること。それに関する新海監督の発言を「すべきではなかった」とまで書いている。それまでは研究者らしい分析に基づく冷静な批評だったのに、ここだけなぜか著者自身のエゴ(自我)が顔を出す。他人の作品のストーリーに対して「こうあるべきだった」なんて、それこそ「すべきでなかった」と思う。

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感じのいい話し方、悪い話し方

書影

著 者:渋谷昌三
出版社:新講社
出版日:2015年1月26日 初版1刷 2月12日 2刷7刷 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 書いてあることひとつひとつに「あれがよかったんだ」とか「あれは失敗だった」とかと、思い当たることがある本。

 「内容のある、いい話」を話していても、相手は「こんな話、聞いてもしょうがない」と思っているかもしれない。逆にたいした話はしていないはずなのに「なるほど。いい話を聞かせてもらった」と思われる人もいる。こんなことが起きるのは、「話の内容」以上に「話し方」が影響を及ぼしているからじゃないか?そんな仮説から、本書は組み立てられている。

 どうせなら、話の内容に釣り合うかそれ以上に「いい話」だと思ってもらいたい。それ以外にも、言うことを聞いてもらいたい、人を励ましたい、話をふくらませて楽しく会話したい、等々。他人と接している以上、うまくコミュニケーションを取りたい。本書が目指すのは、そういう話し方だ。

 全部で6章。章のタイトルは「人を動かす話し方、反発される話し方」「人を励ます話し方、イラッとさせる話し方」「熱心な人の話し方、しつこい人の話し方」「話がふくらむ話し方、途切れてしまう話し方」「相手を受け入れる話し方、拒んでしまう話し方」「感じのいい話し方、わるい話し方」。

 読んでいてとても共感した。「そうそうそうだよね」と。例えば「人を動かす話し方~」で、「あなたは~しないとダメ」ではなく「私はあなたに~してほしい」と「私メッセージ」で言う。「話がふくらむ話し方~」で、「小さな質問で、話の腰を折らない」とか。

 ただ「共感する」ということは「自分もそう思ってた」わけで、なんだか当たり前のことじゃないのか?と思わなくもない。それでも、こうして整理して再確認することには意味がある。それから「なるほどそうか!」と思ったこともいくつかある。例えば「熱心な人の話し方~」で、心理学の「熟知性の原理」から、いい人間関係を作るには「じっくり話し込むよりも、言葉を交わす機会を増やす」だそうだ。

 今日から実践、と意気込んでみる。

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「ミライの兆し」の見つけ方

書影

著 者:御立尚資
出版社:日経BP
出版日:2019年9月24日 初版
評 価:☆☆☆☆(説明)

 出版社の日経BPさまから献本いただきました。感謝。

 視野を広く持ち、ちょっとした変化にも注意深くありたい、と思った本。

 本書は、著者が日経ビジネス電子版に、2010年4月から2019年1月まで連載したコラム「御立尚資の帰ってきた「経営レンズ箱」」から、2017年6月以降の、比較的新しい31本を選んで収録したもの。著者はボストンコンサルティンググループの日本代表やグローバル経営会議メンバーを歴任したコンサルタント。

 テーマ別の6章建て。テーマを私なりにラベリングすると「アートとビジネス」「テクノロジーへの期待と不安」「米中関係と国際政治」「視点の置き方」「未来づくりの方法論」「未来のきざし」。個々のコラムの中では教育や社会の問題にも言及・提言があり、とても幅広いテーマに目が届いている。

 興味深かったことを1つだけ紹介。ヒットメーカーの川村元気さんの、ヒットの秘訣のたとえ話。駅に向かう途中に通る郵便ポストにクマのぬいぐるみが乗っている。何万人もの人が「なんか変だな」という違和感を持ちつつも、ただ通り過ぎていく。そこで、そのぬいぐるみを手に取って「みなさん、これ、なんか変ですよね」とはっきり口に出していう。それがヒットの共通項だという話。

 本のタイトル「「ミライの兆し」の見つけ方」は、第6章のテーマの沿ったもので、直接的には最後のコラム「読める未来、読めない未来、そしてつくる未来」に記されている。逆に言えば、それまでの30本のコラムには書かれていない。私は読みながらそう思った。

 しかし、読み終わった後に、全体をパラパラと見返していると、多くのコラムが連携して「ミライの兆し」を指し示していることが感じ取れた。単に「キャッチーで売れそうなタイトルを付けた」(読んでる最中はそう思っていた)というわけではなかったのかな?、と思った。

 最後に苦言。コラム中に「2017年7月24日付の記事」への言及があるのに、その記事は本書に収録されていない。既出のコラムから選んで収録したので、こういうことが起きたのは分かる。しかし、配慮してもらいたかった。

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帝国の慰安婦

書影

著 者:朴裕河
出版社:朝日新聞出版
出版日:2014年11月30日 第1刷 2015年1月30日 第4刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 いわゆる「慰安婦問題」について、興味がある人は読むといいし、どのような立場であれ発言しようとする人は読むべきだと思った本。

 著者は韓国の世宋大学校日本文学科教授。日本の慶應義塾大学文学部を卒業し、早稲田大学大学院の博士課程を修了。著書や研究で日韓関係について積極的に発言、本書で、アジア・太平洋賞特別賞、石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞を受賞している。ちなみに著者は、本書に先立って同名の書籍を韓国で出版しているが、本書はその翻訳ではなく、著者自身が日本語で書き下ろしたものだ。

 「慰安婦問題」とは、第二次世界大戦中に日本軍が関与し、兵士の性的な相手をした女性たち、特に「朝鮮人慰安婦」に対する人権問題だ。彼女たちは「性奴隷」なのか「売春婦」なのか、「強制連行」だったのか「自発的」だったのか。相反するイメージを持った対立が先鋭化して、解決の糸口が見えない。

 本書はそんな中で、感情や政治的立場を排して、慰安婦自身の声と文献に当たって、事実に忠実にあろうと努めた、孤高の存在と言える。なぜなら著者が言うように「慰安婦問題発生後の研究は発言が(中略)発話者自体が拠って立つ現実政治の姿勢表明になっ」てしまっているからだ。どのようなことを言うにしても「(慰安婦問題を支援するのか否定するのか)どちら側なのか?明確にしろ」という圧力がかかる。

 要約することは難しい。本書を読めば、この問題が大変複雑であり、その複雑さを無視して「性奴隷か売春婦か」「強制はあったのか否か」という、単純化した論争にしてしまったことに、解決の困難さがあることが分かる。要約してはいけないのだ。

 それでも2つだけ。「植民地支配と記憶の戦い」というサブタイトルに関係して。

 一つ目は少女像が象徴し、国連の報告書にも反映されている「慰安婦=強制的に連れていかれた少女」というイメージは誤りだということ。平均年齢が25歳という資料もあり、「自発的」「親に売られた(買ったのは韓国の業者)」というケースもある。でも、これらは韓国の「公的な記憶」の成立過程で、都合が悪いために消し去られてしまっている。

 二つ目。少女だけでないとしても、日本軍による強制がないとしても、その責任が免れるかというと、そうではないこと。なによりも人権を蹂躙したことには変わりない。また、「大日本帝国」と「植民地」という、支配関係の中での出来事であるという文脈から、その「強制性」を検証しなくてはいけない。

 私自身、これまでこの問題をもっと単純化して考えていて、どう受け止めればいいのか分からないことが多い。本書の内容を消化するのに、もう少し時間がかかりそうだ。

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イイダ傘店のデザイン

書影

著 者:飯田純久
出版社:パイ・インターナショナル
出版日:2014年4月20日 初版第1刷 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 写真を見てウキウキと楽しくなり、文章を読んでしみじみと感じ入った本。

 本書はタイトルのとおり「イイダ傘店」という傘店の傘のデザインを紹介する本だ。「イイダ傘店」というのは、雨傘・日傘を布から創造し、一本一本手作りする傘屋。店舗は持たないで、半年に一度全国をまわる受注会を開催して注文を受けている。

 本書が指す「傘のデザイン」は、主には傘の布のテキスタイルデザインだけれど、手元(持ち手)や(傘を留める)ボタン、(開いた時にしずくが落ちてくる)露先、天紙(てっぺんの丸い布)、陣笠(軸の先)の他、道具なども紹介。ほぼ全ページに載っているカラー写真を見ているだけで楽しくなってくる。

 本書の著者は「イイダ傘店」の店主。デザイナーであり傘職人でもある。ところどころに著者による1ページの文章が何編が載り、その他にも写真の説明の短い文章が添えてある。これが味のあるエッセイになっている。傘に対する想いは誰よりもあるのに、力みというものがまったく感じられない。

 私が気に入ったところを少し引用。

 まだ傘屋としての実績も実態もない頃、僕は趣味のように布と傘を作っていた。同じ頃、同じような実績と実態で、靴を作り始めていた友人がいた。ある日、「1万円で知人の靴を作った」と、その友人が嬉しそうに僕のところへやってきて、その1万円で傘を注文したいと言ってきた。はじめてお金をもらって誰かのための傘を作ったのがその1本だった。

 いつかは「イイダ傘店」の傘を買いたい。そう思った。

 イイダ傘店の公式ページ

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傲慢と善良

書影

著 者:辻村深月
出版社:朝日新聞出版
出版日:2019年3月30日 第1刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 予想していなかった展開に翻弄されたけれど、読み終わってみれば気持ちがしっかり着地した本。

 二部構成。第一部の主人公は西澤架(かける)。39歳。婚活で知り合って今は一緒に住んでいた婚約者が、ある日突然姿を消した。手がかりは、彼女がストーカー被害にあっていて、相手は彼女の出身地の群馬で知り合った男らしい、ということ。そして第二部は、その姿を消した婚約者の坂庭真実が主人公。この構成は、著者の人気作「ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ」とよく似ている。

 第一部で架は、真実の行方を捜すために、群馬の真実の実家や、真実が登録していたという結婚相談所を訪ね、真実がお見合いをしたという相手にも会う。警察には相談したが、事件性は低いと判断されてしまった。興信所を使って調べることは、真実の両親に反対された。真実の過去には何かあるのではないか?そう思った架は、自分で調べることにしたのだ。

 架が捜す真実の行方は杳として知れない。しかし、架が分かってきたことはある。真実と家族、特に母親との関係や、真美の周辺の人々のものの考え方などだ。それとは別に、読者にも分かってきたことがある。それは、真実と出会うまでの架の交友関係。第一部は、架と真実が背負う背景が、それぞれ少しずつ明らかになる度に、その溝が深まる。それを越えることはできないんじゃないか?と思うぐらいに。

 急展開の後に第一部が終わって、第二部が始まる。「急展開」と思うのは男性だけで女性なら最初から分かる、という意見もあるけれど、とにかく第二部が始まる。それは心に染み入るような物語だった。帯に「圧倒的な”恋愛”小説」とあるけれど、たしかにこれも”恋愛”の一つの形だろう。

 最後に。このタイトルからジェーン・オースチンの「高慢と偏見」を思い出す人も多いだろう。本書の中でも言及されるし、私は主題が似ていると思う。著者も「高慢と偏見」から想を得た、とインタビューでおっしゃっている

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アリアドネの弾丸

書影

著 者:海堂尊
出版社:宝島社
出版日:2010年9月24日 第1刷 10月14日 第2刷 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 シリーズの他の作品と比べて、いつになく剣呑な雰囲気にドギマギした本。

 「チーム・バチスタの栄光」から始まる「田口・白鳥シリーズ(著者は「東城大学シリーズ」としているそうだ)」の第5作。実は先に第6作の「ケルベロスの肖像」を読んでしまっていて、後戻りして読んだ。

 主人公は、東城大学医学部付属病院の講師田口公平。「不定愁訴外来(通称愚痴外来)」の責任者。院内ではヒマだと思われている。ただし、病院長のムチャ振りで「院内リスクマネジメント委員会」の委員長や、厚労省の検討会の委員などを兼務している。そして今回は新設の「Aiセンター長」にも就任。ちなみに「Ai」とは「Autopsy Imaging」で「死亡時画像診断」の意味。このシリーズのテーマの一つでもある。

 「Aiセンター」はまだ建設中。どういうわけか警察関係には「Ai」に対して強い反対勢力があるらし。人事にも介入されて、副センター長に警察庁の元刑事局長が送りこまれたり、オブザーバーに現役の警視が入ったりする。物語を通して、この二人が何とも剣呑な雰囲気を漂わせ、終盤に向けて危険さを増していく。

 病院が舞台なので、これまでにも「死」はあったけれど、今回は殺人事件がらみ。そして、東城大学医学部付属病院の崩壊の危機。本当に「崖っぷち」な感じだった。主人公は田口センセイだとしても、厚労省の白鳥技官の活躍が目覚ましい。いつもは議論を引っ掻き回して混乱させる役回りだけれど、今回は論理的な推理が冴える。

 「ジェネラル・ルージュの伝説」のレビュー記事で紹介したけれど、著者の作品は広大な物語世界を構成している。本書にも他の作品からのリンクが多数ある。まだ読んでいないシリーズも読みたくなった。

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家康に訊け

書影

著 者:加藤廣
出版社:新潮社
出版日:2019年2月20日 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 著者の加藤廣さんは、2018年4月に亡くなっている。合掌。本書は遺作であり最後の作品。

 こんな自由な物語をもっと読みたかったなぁ、と思った本。

 本書は2部構成。第1部は、「信長、秀吉、家康のうち、現代日本の難局を乗り切るなら、誰に舵取りを託せばよいか」という観点から、「それは徳川家康をおいてありえない」とする、表題作の評論「家康に訊け」。第2部は、福島正則の元に強者が集い、徳川の刺客と相対する伝奇小説「宇都宮城血風録」。

 第1部は、家康の歩んできた道を幼少期から振り返り、古文書をひもときながら、その人となり武将としての資質を明らかにする。信長は「じっくり待つ姿勢が欠けている」「屈辱に対する耐性が備わっていない」からダメ。秀吉は「晩年判断力が低下」「朝鮮半島への拡張路線が大日本帝国が進んだ道とピタリと重なる」からダメ。家康を選択した理由が消去法のようで、ちょっとどうかな?と思うけれど、まぁそれば不問に。

 面白かったのは第2部。時代は元和五年、大坂夏の陣から4年。「賤ヶ岳の七本槍」に数えられた福島正則も、徳川の世になって勢力を削がれ、この度は将軍秀忠に謀反の疑いをかけられ、信州の小領地へ国替えとなった。物語は福島正則が、新領地へ向かう途中で、徳川が放った忍者集団に襲われる場面から始まる。

 こういう危機に、何処からともなく味方が現れて助成する。「おぉあれはかの有名な○○殿でござらぬか!」てな調子で仲間に加わる。まずは、加賀の前田家に仕える重臣と配下の美剣士、次に、仙台の伊達家の剣客と忍者集団。それを率いるのは...なんと、真田幸村の三女、阿梅!もちろん真田の忍者もいる。

 あぁこれはこういう物語だったんだ。史実なんて置いといて「こうであったら面白いな」という娯楽優先の物語。この手の話に覚えがある。大正時代の少年たちの絶大な人気を博した「立川文庫」というシリーズ。何冊か読んだけれど、荒唐無稽な筋書がめっぽう面白かった、あの感じが蘇った。著者がこんな物語を描くことを知らなかった。もっと読みたかった。

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