崩れる脳を抱きしめて

書影

著 者:知念実希人
出版社:実業之日本社
出版日:2017年9月25日 初版第1刷 10月15日 第3刷 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 本屋大賞ノミネート作品。著者の作品を読むのは初めて。巻末のプロフィールによると、2012年にデビュー、「最注目のミステリー作家」ということだ。

 主人公は碓氷蒼馬。26歳。研修医。神奈川県葉山町の海沿いに建つ、富裕層向け療養型病院に「地域医療の実習」のために来ている。この病院にはもともと常勤医は院長ひとりしかいない。蒼馬は研修医でありなから3階に入院する12人の患者の診療を任せられた。その一人が28歳の女性患者の弓狩環、読み方は「ユガリ」なのだけれど、本人の希望で「ユカリ」と呼ばれている。

 ユカリは、高級ホテルのスイートルームと見紛う特別病室に入院している。おお金持ちでなければ叶わないことだ。そして、悪性の脳腫瘍を患っている。本人曰く「時限爆弾」。「近いうちに彼女の命を奪うだろう」蒼馬もそう見立てている。「不治の病」ということだ。

 本書の冒頭のプロローグで、後に、弓狩環が命を落としたことと、蒼馬がその犯人を追っていることが明かされている。「犯人」というからには、犯罪事件があったのだろう。頭に近いうちに爆発する「時限爆弾」を抱えた人間の命を奪う犯罪とは?物語は、蒼馬とユカリの交流を描きながら、この謎を追う形で進む。

 女性患者と男性の研修医。若い二人の間の反発と引かれ合い。なんだかあざとい設定に加えて、患者が不治の病で死んでしまうのでは、ますます興醒めしてしまう。蒼馬には、アメリカで脳外科医になる目標があるのだけれど、「なんでアメリカで?」と聞くユカリに「金ですよ。金が儲かるから」なんて口走っている。「そんなこと患者に言う?」と、さらに気持ちが醒める。

 とまぁ、第一印象はすごく悪い。ただ、蒼馬くんも苦労人らしいことが分かり、ミステリー部分については、何重かのトリックが施されていて、きれいに騙された(多少のムリは目をつぶることにした)。気が付いてみれば最後まで気持ちを途切らせずに読み終わっていた。

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とんび

書影

著 者:重松清
出版社:角川書店
出版日:2008年10月31日 初版 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 著者の作品は、読んでいていてホロッとくる。子どもの心のひだをそっとなぞる物語が多いのだけれど、本書では「父親」を、哀切にかつ幸せに描いている。

 主人公は市川安男。みんなからは「ヤス」と呼ばれている。広島県の備後市で生まれ育った。運送会社の支店でトラックの運転や荷さばきの仕事をしている。物語はヤスの28歳からの約30年、時代としては昭和37年から平成の初めにかけてを描く。

 ヤスは直情型ですぐに頭に血が上るし、ひねくれ者なので褒められても憎まれ口をたたく。それでも付き合いの長い人たちは、それは「照れている」からで、根は真っすぐなことを知っている。だから、そんな危なっかしいヤスに子どもができたことを、みんなで喜んだのだ。

 本書は、ヤスと息子のアキラの暮らしを描く。アキラが生まれたとき、アキラが3歳のとき、アキラが小学校に上がる前、アキラが小学校5年生のとき....。アキラが大きくなるとともに、ヤスとの隙間が開いていく。それを「成長」と呼ぶことを知ってはいるものの、ヤスはうまく消化できない。

 心温まる物語だった。(多少ネタバレになるけれど)アキラの母はアキラが小さいころに亡くなってしまう。だからヤスは「男手ひとつで」アキラを育てたことになるのだけれど、実はそうではない。

 ヤスが子どものころから「ねえちゃん」と慕う、居酒屋の女将。ヤスの幼馴染の坊さんとその家族.,。後にヤスが「アキラを育ててくれる手は、ぎょうさんあったんです」と言うように、アキラはたくさんの人の手で育てられた。冒頭に「幸せに描いている」と書いたことは、その多くがアキラを育てた手の多さに依っている。

 最後に。著者の「青い鳥」という作品で、先生が「ひとりぼっちが二人いれば、それはもう、ひとりぼっちじゃないんじゃないか」と言う場面がある。ヤスの周りには、その生い立ちに「ひとりぼっち」を抱えた人が何人もいる。彼らは一様に優しい。そして互いを気遣うことで支え合っている。そのさまを見て、やはり哀切で幸せな気持ちになる。

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騙し絵の牙

書影

著 者:塩田武士
出版社:KADOKAWA
出版日:2017年8月31日 初版 9月15日 3版
評 価:☆☆☆☆(説明)

  本屋大賞ノミネート作品。著者は昨年も「罪の声」でノミネートされ第3位に輝いた。実を言うと私は事前に予想して「罪の声」の第3位を見事に的中させている(大賞も第2位も外したけれど)。実際の事件を題材にした見事なミステリー作品だった。

 本書の主人公は速水輝也。40代半ば。大手出版社「薫風社」の月刊のカルチャー誌「トリニティ」の編集長。仕事熱心、芸達者、部下への心配りも、作家へのサポートも篤い。必然的に、周りから頼りにされ信頼もされている。唯一の例外として妻を除けば..。

 物語は、出版業界の現況を映しながら、様々なドラマと人間模様を描く。出版不況と言われる中で、会社の看板である文芸誌さえ廃刊の憂き目に会う。速水の「トリニティ」も、黒字化を厳命され「達成できなければ廃刊」を言い渡される。

 この「トリニティ」黒字化に向けた、速水の奮闘を軸にして、社内の派閥争いや労使の交渉、部下の編集部員たちの確執、作家の先生たちの動静などを描く。「頼りにされ信頼もされている」速水は、何にでも駆り出されてしまうので大変だ。おかげで、家庭の方が疎かになっていた、ということだ。

 神は「乗り越えられない試練は与えない」という話があるけれど、本書の速水に与えられる試練が、ちょうどそんな塩梅で、精一杯に手を尽くして何とか乗り越える。その姿が気持ちいい。いくつかの小さな山を越えて行く進行は、連続テレビドラマのようだった。

 テレビドラマのよう、と思う理由はもうひとつある。表紙にも中の扉にも、俳優の大泉洋さんが起用されている。テレビドラマにも映画にもなっていないのに珍しい。実は本書は、著者が大泉洋さんを「あて書き」したものなのだ。読んでいる間中、セリフの一つ、しぐさの一つを、大泉洋さんが演じるのが目に浮かぶ。だからもうテレビドラマを見たような気にさえなってきた。

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コロボックルに出会うまで

書影

著 者:佐藤さとる
出版社:偕成社
出版日:2016年3月 初版第1刷
評 価:☆☆☆(説明)

 ちょうど1年前、昨年の2月9日に亡くなった著者の「自伝小説」。「コロボックル物語」を描いた著者が、どんな人であったのか?ファンならば読んでみたいはずだ。そして読んで損はないと思う。

 主人公は加藤馨。昭和24年に、工業専門学校の建築科を卒業して、横浜市役所に就職した。当時21歳。「臨時文教部・体育科」に配属される。そこで広報紙の編集制作を命じられる。建築士になることを目指していた馨にとっては、不本意な仕事だけれど熱心に取り組んだ。

 馨には建築士の他に、もうひとつなりたいものがあった。それは童話作家。というか「童話を書く建築士」というのが人生の夢だった。そのころ既に新聞や雑誌に作品をいくつか発表していて、それを知った役所が「筆が立つ」と考えて広報紙の仕事を命じたらしい。

 馨は日本童話会という会の会員でもあり、それが縁で知り合った人たちとの交流があった。それが児童文学作家の平塚武二氏への師事につながり、そこからさらに、いぬいとみこ氏らとの同人誌「豆の木」の創刊に至る。その童話作家としてのペンネームが「佐藤暁(さとる)」。

 市役所の職員としての「加藤馨」と、童話作家の卵としての「佐藤暁」。この2種類のエピソードが、暁が描いた作品などを交えて、2本の糸のように縒り合って物語が進む。本書のタイトルのとおり、暁がコロボックルに出会うところも描かれている。

 「あとがき」によると、「加藤馨」は著者の古いペンネームだそうだ。で、著者の本名は「佐藤暁」。つまり、ここの部分は事実と裏返しになっている。このことに象徴されるように、本書は自伝ではなく「自伝小説」。著者の記憶に残る事実の部分と、事実をつなげるための創作の部分がある。

 ただし、そうして「再建された過去」が意外に現実味を持ち始め、全体が混然として、どこが事実でどこが創作なのか、著者自身にも分からなくなった、ということだ。「日本初のファンタジー小説」の著者は、自らの歴史と記憶まで創作して逝ってしまった。合掌。

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たゆたえども沈まず

書影

著 者:原田マハ
出版社:幻冬舎
出版日:2017年10月25日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 本屋大賞ノミネート作品。著者はフリーのキュレーターで、その美術の知識を生かした作品がいくつかある。「楽園のカンヴァス」ではアンリ・ルソー、「暗幕のゲルニカ」ではパブロ・ピカソ、「サロメ」ではオーブリー・ビアズリーを題材に、史実を巧み取り入れた物語に仕上げている。そして本書の題材は、フィンセント・ファン・ゴッホ。

 主人公は、ファン・ゴッホの弟のテオと、パリで日本美術を扱う美術商の専務である加納重吉。舞台はパリ。時代は1880年代後半から90年にかけて、ファン・ゴッホが亡くなるころまで。ちなみに、ファン・ゴッホの評価が確たるものになるのは没後なので、本書の中では、高く評価する人はいるものの、まだ日の目を見ない時期。

 主人公のテオはパリの画廊で働いていた。兄のフィンセントも、かつてはその画廊で働いていたが、曲折があって今はベルギーに滞在して聖職者を目指している。もう一人の主人公の重吉は、学校の先輩の林忠正が美術商を営むパリにやってきた。忠正は単身渡仏して美術商を興し、目下パリの美術市場に「ジャポニズム」という名の嵐をもたらす風雲児となっていた。

 物語はこの後、いわば商売敵であるテオと重吉の「親友」と呼ぶに相応しい交流、テオの献身的な支えによって絵に打ち込むフィンセント、この兄弟の日本美術とりわけ浮世絵への傾倒、これらに対する忠正の影響、等々を描く。美術に対する知識と優しさをふんだんに織り交ぜて描く。

 これは面白かった。読み応えがあった。繰り返しになるけれど、本書は「史実を巧み取り入れたフィクション」。どの部分が史実でどの部分がそうでないかは、私には分からない。ただ重吉は架空の人物らしいが、その他の主要な人物は実在している。背景となる出来事などは多くが史実。本書を読めば、ファン・ゴッホや印象派以降の美術に詳しくなって、興味が湧くこと必定だと思う。

 また、著者の一連の作品は「アートミステリー」と位置付けられていて、ミステリーの要素があったが、今回はそれがない。インタビューで著者自身が「今回は、ミステリーやホラーといったジャンルの要素を極力排してみました。直球勝負の物語が読者に届くと本望です」と応えている。著者はズシンとくるいい球を投げた。

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奔る合戦屋

書影

著 者:北沢秋
出版社:双葉社
出版日:2011年7月3日第1刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 ヒット作「哄う合戦屋」の続編。続編と言っても時間軸で見れば「哄う合戦屋」の前の出来事。

 主人公は前作と同じで石堂一徹。時代は戦国時代。物語の始まりは天文2年(1533年)。舞台は村上義清が治める北・東信濃。この頃は、越後は長尾、甲斐は武田、駿河は今川と、大大名が周辺の国を統一されつつあったが、信濃は多数の豪族が自立していた。その中で村上氏の勢力は抜きんでていた。そういう時代。

 一徹は村上家の次席家老を務める石堂家の次男。物語の始まりの時には、まだ19歳だった。ただし、15歳の初陣以来、並外れた武勇と優れた駆け引きとで、この頃には既に「村上家の将来を背負って立つ逸材」と目されていた。

 物語はこの一徹の「並外れた武勇と優れた駆け引き」を余すところなく描く。冒頭の城攻めのシーンで、槍先で騎馬武者を天高く放り上げる姿は「武勇」を絵に描いたようで、退いては押しての戦法で城門を破る策略は「策士」そのもの。本書の中で数回の戦が描かれるが、毎回、胸がすく思いがする。(相手にとっては悪夢のようだけれど)

 一徹の活躍の他にも本書には魅力がある。それは一徹の周辺の人物の機微が描かれていることだ。一徹の妻となった朝日姫、郎党頭の三郎太、郎党の一人である「猿」と呼ばれる少年..主である村上義清も含めて、悩みや感情を持った人間が、物語の中で生きている。

 本書の終わりは天文10年、前作の始まりは天文18年。一徹が村上家に仕えていたことは、前作でも説明され、その時一徹は流浪していたのだ。信濃随一の豪族の元で功成り名遂げた武将が、一人流浪するに至るには、相応の物語があったに違いないと、私は思っていた。こういう物語があったのだ。

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太陽と乙女

書影

著 者:森見登美彦
出版社:新潮社
出版日:2017年11月20日 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 本書は、著者が2003年のデビュー以来14年間にわたって、新聞や雑誌などのさまざまな媒体に発表してきた文章を収録したもの。他の作家さんの文庫本の解説や舞台パンフレットに載せたコメント、といった「レアもの」もある。数えてみると全部で86本もあった。

 「読書」「お気に入り」「自著とその周辺」「旅(ぶらぶら)」「日常」などのテーマに分類されている。私としては「自著とその周辺」がうれしい。けっこう正直な気持ちが伝わってくる。著者は「「作家の言葉」なんて信用できるものではない」と言うのだけれど、たぶん著者独特の「強がり」だと思う。

 特に「四畳半神話大系公式読本」に掲載された「或る四畳半主義者の想い出」が、質・量ともによかった。著者が京都大学に入学し、アパートの四畳半に入居するところから始まり、「太陽の塔」でデビューを果たし、「四畳半神話大系」に至るまでの一部始終。

 さらに中でも「太陽の塔」が「日本ファンタジーノベル大賞」を受賞した時の、親友明石氏と交わした会話が素敵だ。「君の恥ずべき行状が暴露されてしまうがいいのか?」「かまわん。俺は恥ずべきことは何もしていない」

 最後に。著者のこれまでを語るのに避けられない話題について。著者は2011年の夏に、精神的緊張から体調を崩し、すべての雑誌連載を中断。その後2年足らずの「沈黙」の期間がある。驚いたことに、その頃になんと台湾の雑誌にコラムを書いていたそうだ。そのコラムをはじめとして色々なところで「沈黙」の頃のことが少しずつ語られる。森見さんが、良い伴侶を得られたことも分かる。

 コンプリート継続中!(単行本として出版された作品)
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報道しない自由

書影

著 者:西村幸祐
出版社:イースト・プレス
出版日:2017年12月1日 第1刷 12月24日 第2刷 発行
評 価:☆(説明)

 私は、基本的には読みたいと思った本を読んでいるのだけれど、時には、私自身の考えと相容れない本を敢えて読むことがある。その考えを知るのには、書籍を読むのがテレビや雑誌の記事よりも何倍も正確だと思うからだ。本書もそう思って読んだ本。つまり本書は、私自身の考えと相容れない。おススメもしない。

 本書は、メディアが特定の目的をもって「報道すべきニュースを報道していない」と主張する。「特定の目的」とは、例えば「憲法改正阻止」であり、その背景には「反日ファシズム」つまり「東アジアで冷戦構造を保とうとする全体主義」がある、としている。

 「憲法改正阻止」はともかく「反日ファシズム」については、何のことかも正直分からない。個別の例で言うと、森友問題は「北朝鮮の脅威を隠すための策略」で、加計問題は安倍総理の「憲法改正スケジュール発表への打撃」が目的なんだそうだ。それぞれ、北朝鮮のミサイル開発や、憲法改正スケジュールを「報道しないために」打ち上げたキャンペーンというわけだ。

 「牽強付会」という四字熟語が頭に浮かぶ。それらしい論理の組み立てに見えるけれど、自分に都合の良い話を寄せ集めているだけだ。そして「都合の良い話」と言っても、「某民放テレビ局幹部」の発言とか、「政権内からこんな声が漏れ聞こえていた」とか、あるいは著者と同じような思考の人の意見や調査とか、疑わしいものが多分に含まれている。また、都合の悪いものがあれば「明らかな嘘」で、片づけられる。

 こんな感じで、私には得るものが少なかった本なのだけれど、ひとつは収穫があった。それは「閉された言論空間」という江藤淳氏の書籍と、その中で言及されているGHQの検閲に関する文書のこと。この書籍と文書が、この手の論者がいう「偏向報道」の論拠になっているらしい、ということが分かった。

 GHQの文書には、占領下の日本で検閲・削除の対象とした30項目か記されている。それに「GHQが憲法を起草したことに対する批判」「朝鮮人に対する批判」「中国に対する批判」などが含まれていて、著者らは「偏向報道」の理由と証拠の恰好の素材として、「これが今も続いているんだ!」と飛びついた、ということらしい。

 70年以上前の占領下での検閲が今も続いている、という主張については敢えて論評しないけれど、江藤淳氏の書籍とGHQ文書は、ちょっと興味がある。

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盤上の向日葵

書影

著 者:柚月裕子
出版社:中央公論新社
出版日:2017年8月25日 初版発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

  本屋大賞ノミネート作品。著者の作品を読むのは初めて。浅学寡聞のためお名前も知らなかったけれど、「臨床真理」という作品で「このミステリーがすごい!」大賞を受賞してデビューした後、いくつかの賞を受賞され「ミステリーの旗手」と紹介されることもあるようだ。

 主人公は佐野直也。30過ぎの埼玉県警大宮北署地域課の刑事。大宮の北にある山中で発見された、死体遺棄事件の捜査に携わっている。事件の手掛かりは、一緒に埋められていた将棋の駒。名工の手になるもので、鑑定の結果600万円の価値があるものと判明した。

 物語にはもう一人重要な人物がいる。棋士の上条桂介六段。東大卒、外資系企業を経てITベンチャーを立ち上げ成功、突如として棋士の道に転身し、奨励会を経ない異例の経歴のプロ棋士となった。佐野たちが駒の所有者の線を追いかけるうちに捜査線上に浮上する。

 物語は、佐野たちの捜査を描く現在と、上条の生い立ちを追う過去の、2つのパートを概ね交互に積み重ねていく。現在のパートは徐々に捜査範囲が絞りこまれ、過去のパートは加速度的に時代が進む。いわば平面的と時間的の双方からクライマックスに迫る。緊迫感が増す。

 ミステリーのネタを明かすわけにはいかないので、詳しくは描かないけれど、本書には業の深いドラマが、深く刻み込まれている。勝負事の狂気の淵を覗いているような怖さもある。

 最後に。何度も対局の場面が描かれて、例えば「9一角」といった棋譜の表し方で駒の動きが説明される。それをキチンを追いかけられる人にだけ分かる面白さもあるのかもしれないけれど、さっぱり分からなくても大丈夫。

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星の子

書影

著 者:今村夏子
出版社:朝日新聞出版
出版日:2017年6月30日 第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 本屋大賞ノミネート作品。2017年上半期の芥川賞候補、2017年野間文芸新人賞受賞作。

 主人公の名前は、林ちひろ。ちひろが回想する形で、自分が赤ん坊のころから中学三年生までを物語る。家族はサラリーマンの父と専業主婦の母、5歳上の姉の4人家族。

 生まれてすぐのころ、ちひろは体が弱かった。生後半年のころに、湿疹が全身に広がって、専門医がすすめる薬も、あれこれと試してみた民間療法も効かない。そんな時に、父の会社の同僚がすすめてくれた「水」が効いた。その水は「宇宙のエネルギーを宿した水」だという。

 こんな経緯で、ちひろの両親はその水の効能を信じ、その水を販売する団体の活動に傾倒していく。「集会」とか「研修」に、子どもたちも連れて参加する。物語の後半では、身なりにも構わなくなり、金銭的にも困窮してしまう。

 もうお分かりだと思うけれど、ちひろの両親は「へんな宗教」にはまってしまった。奇異な言動が目立つようになって、周囲からは浮き上がってしまうし、ちひろの学校生活や友人関係にも影響を与える。

 読んでいる間中、不穏な思いがして落ち着かなかった。不穏な出来事なんて、ほとんど起きていないにも関わらずだ。子どもの視点で描かれていて、その眼には、いたって普通の暮らしが映っている。「何かおかしいな」と思うことはあるけれど、自分の家族のことしか知らないのだから、それが「普通」だ。

 読者は、ちひろの目を通して描かれる「普通」を読んでも、その外やその先にある出来事を想像してしまう。だから不穏な思いがするのだ。その意味では、主人公の子供のころの回想という物語の形が、とても効果を発揮している。著者は敢えて描かないことで、不穏な出来事を読者自身に描かせた。技あり。

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