タックス・ヘイブン 逃げていく税金

書影

著 者:志賀 櫻
出版社:岩波書店
出版日:2013年3月19日 第1刷発行 7月16日 第3刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 大学生の娘が教科書として読んでいた本。ちょっと面白そうだったので借りて読んだ。

 著者の経歴がスゴイ。東京大学に在学中に司法試験に合格。大蔵省に入省して主計局主計官に。これで十分スゴイのだけれど、国際機関での日本国メンバーや、出向して大使館参事官や県警本部長を務めたこともある。さらにイスラエルで紛争地に迷い込んでしまって銃撃を受けるという修羅場もくぐる。趣味は「ショットガンの雉子撃ち」。まるで劇画の主人公のようだ。

 本書は、著者のこのような経歴の中で、特に租税分野の国際交渉の豊富な経験を踏まえて、「タックス・ヘイブン(租税回避地)」の実像を明らかにするものだ。タックス・ヘイブンとは一般的には、税を課さない国や地域のこと。取引をそこを経由させることで、税を免れたり資金の出所を隠ぺいしたりすることができる。

 本書では企業名は挙げていないけれど、アップルやグーグルなどの超優良巨大企業が、法人税をどこの国にもほとんど納めていないことは、様々な報道で明らかになっている。日本でもオリンパスやAIJの事件でその存在が知られた「ケイマン諸島」などが、タックス・ヘイブンとして有名だけれど、その他にもいろいろあるらしい。それを主要施策としている国もあるし、ロンドンやニューヨーク市場のオフショア・マーケットもそれに類する。

 ここまでの紹介では、著者の経歴と同じぐらい劇画の中の世界で、私たちとあまり関係がないように感じることだろう。暴力団やテロ組織の資金洗浄にも使われることを思えば、私たちの暮らしの安全に関わる。大企業や富裕層が支払うべき税金を支払わなければ、その分の負担は私たちのような「真面目な納税者」にシワ寄せがくる。いや今現在きている。

 現在は弁護士である著者は、このタックス・ヘイブン退治に執念を燃やしているようだ。本書もそのために実情を広く知らせる目的がある。私たち「真面目な納税者」も知っておくべきことかもしれない。

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花散らしの雨 みをつくし料理帖

書影

著 者:高田郁
出版社:角川春樹事務所
出版日:2009年10月18日 第1刷発行 2013年9月8日 第33刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「八朔の雪」に続く「みをつくし料理帖」シリーズの第2弾。前作のレビューで「これは楽しみが増えた」なんて書いておいて、あれから半年以上が経ってしまった。

 主人公は前作を同じく澪、歳は二十歳ごろ。女性ながら大坂の一流料理屋で修行し、訳あって江戸に来て今は「つる家」という料理屋で板前をしている。舞台は前作で神田にあった店がつけ火で焼けてしまったので、九段坂下に移って来た。

 これも前作と同じく、料理の名前が副題についた短編が4つ収録されている。「ほろにが蕗ご飯」「こぼれ梅」「なめらか葛饅頭」「忍び瓜」。名前からどんな料理か想像がつかないものもあるが、読めばどれも滅法うまそうな料理なのだ。

 一遍一遍に事件があり人情があり解決がある。「ほろにが蕗ご飯」では年端もいかない子どもが背負う苦渋に苦悶し、「なめらか葛饅頭」では病に倒れた隣人への献身に泣いた。
 またシリーズを通してのテーマもある。「こぼれ梅」では幼馴染の親友との会うことのない交流、「忍び瓜」では澪の恋心がこれまでにないほどはっきりと描かれた。

 「つる屋」の主人の種市、元女将の芳、医者の源斉や客の小松原、といった人々とのやり取りや、宿敵の登龍楼との因縁など、基本的には前作で蒔いた種が育っている感じ。ただし、新しい登場人物もいる。下足番として雇ったふきと戯作者の清右衛門。この二人が新しい種になりそうだ。

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日本人はなぜ存在するか

書影

著 者:與那覇潤
出版社:集英社
出版日:2013年10月30日 第1刷発行
評 価:☆☆(説明)

 新聞の書評欄で知った本。その記事には「気鋭の歴史学者が(中略)「日本人とは何か」というテーマに迫った」と書いてあった。面白そうなので手に取ってみた。

 結論から言うと、期待通りとはいかなかった。章建ては「日本人は存在するか」といった刺激的なものが並んでいるし、取り上げられる視点も「歴史」「国籍」「民族」「文化」と、なかなか語りがいのあるものが並んでいる。だたし、どれもちょっと論点がズレているように感じるのだ。

 例えば第1章の「日本人は存在するか」。こう聞かれたら「存在する(に決まってるじゃないか)」というのが大方の答えだろう。これに対して著者は、日本人の定義は何?と問い返す。国籍が日本?いま日本に住んでいる?...一律には決められないねぇ。つまり、定義が曖昧なのだから「存在する」という答えも自明ではない、というわけなのだ。

 質問を投げかけて答えを議論するのではなく、質問の方の曖昧さを指摘して「明確な答えは出ません」が答えでは、はぐらかされた気分だ。たいたい「日本人」が「存在するか」がテーマだったのに、「定義」の話に置き換わっている。上で「論点がズレている」と言ったのはそういうことだ。

 それから「再帰性」という社会学の用語が、本書を貫くキーワードになっている。これは、「認識」と「現実」がループする現象が生じることを指す。例えば「日本人は集団主義的」という認識が、日本人に集団主義的な行動を促し、そのことが最初の認識を補強し、そのことが....というループだ。さらに言えば「認識」が「現実」に先立つこともあるし、その「認識」が誤っていることさえある。

 著者はこの「再帰性」を使って、自明や定説とされるさまざまなことを覆す。日本の「国籍」「民族」「文化」といった大きなものから、「織田信長は歴史的な人物」という細かいものまで。この本の元が大学の講義だそうで、「ちょっと面白い話」としてはまぁいい。しかし、本にした場合は、それで何が言いたいのか?となってしまう。「あれも間違いこれは思い込みだ」と、手当たり次第にひっくり返して後に何も残らない。白けた気持ちで取り残されてしまった。

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永遠の0

書影

著 者:百田尚樹
出版社:講談社
出版日:2009年7月15日 第1刷発行 2013年12月2日 第47刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 今年最初のレビューは、昨年の「今年読んだ本ランキング」の1位「海賊と呼ばれた男」の著者のデビュー作である本書。デビュー作というよりも「映画が大ヒット中の作品」と紹介した方が分かりやすいかもしれない。先月21日の公開後2日間で動員約43万人だそうだ。

 「0(ゼロ)」は零戦のゼロ。念のために補足すると、第二次世界大戦時の大日本帝国海軍の戦闘機のこと。本書は、この零戦の搭乗員であった宮部久蔵という名の男の物語。主人公は宮部の孫の佐伯健太郎。健太郎が祖父を知る人々を訪ねて話を聞く。一つ一つの話が折り重なって、60年あまり前の一人の「青年」の生き様が浮かび上がる。

 上で「青年」としたのは、この物語が昭和16年から20年、宮部の23歳から26歳の時のものだからだ。飛行訓練の教官を務め「熟練搭乗員」と呼ばれるので、つい「壮年の男性」をイメージしてしまうのだけれど、まだ20代なのだ。周囲の人々も総じて若い。多くは10代から20代の若者。そのことを思い返すとより一層胸が痛む。

 浮かび上がるのは「青年」宮部の生き様だけではない。当時の日本がどのような戦い方をしたのか?いかにして破滅的な特攻作戦に突き進んでいったのか?という当時の時代のあり様が浮かび上がる。さらには、残された人々の現在にいたる60年余りの時間も...。私は、宮部の教え子のある特攻要員の妻の一言が胸に刺さった。

 醒めたことを言って恐縮だけれど、「十死零生」と言われる特攻は「泣ける」という意味ではテッパンのテーマだ。文庫歴代売り上げ1位という300万部超も、映画の大ヒットも一番の要因はここだろう。ただしそれだけではない。この作品を「泣ける」物語として消費してしまってはもったいない。この作品によって、あの戦争を知識としてではなく、記憶として留めたい。

 最後に。正直に言って読みやすい本ではない。プロローグと第1章に「つかみ」はあるものの、その後に長く続く「戦争語り」は、あの戦争をしっかり描写することを意図したものなのだろうけれど、読者に優しいものではない。本書を手に取った人は、少しガマンすることになるかもしれないけれど、先へ読み進めてほしい。

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あけましておめでとうございます。

 皆さん、あけましておめでとうございます。

 このブログでは、昨年は102作品を紹介しました。これで2010年から4年連続で100作品超えとなりました。昨年も同じことを書きましたが、暮らしが安定していたからこそ続けて来れたわけで、そのことは本当にありがたく思っています。

 昨年末に発表された様々な指標によると、日本の経済は堅調で回復基調が定着しつつあるようです。私が住む地方の街では、それらの指標はあまり改善されず取り残された感がありますが、気分が少し上向いてきた気がします。

 今年は娘が成人式を迎えます。これまでに「この子が大人になる頃には...」と想像することが何度かありました。いよいよそれは想像ではなく、眼前に現れることになるのですが、それはどんな姿をしているのでしょう。楽しみより心配が先に立ちますが、住みよい世界を次の世代に手渡したいものです。

 それでは、今年が、皆さんにとって良い年でありますように。

2013年の「今年読んだ本ランキング」を作りました。

 恒例となった「今年読んだ本のランキング」を作りました。昨年までと同じく小説部門は10位まで、ビジネス・ノンフィクション部門は5位までです。
(参考:過去のランキング 2012年2011年2010年2009年2008年

 今年このブログで紹介した本は102作品でした。☆の数は、「☆5つ」が1個、「☆4つ」が49個、「☆3つ」は46個、「☆2つ」が6個。です。
 一昨年に「☆3つ」が7割を超え、多くの作品が同じ評価では☆の意味がなくなってしまうと思い、良いものは「☆4つ」、良くないものは「☆2つ」を、積極的に付けようと2年やってきました。まぁ、少しはバランスが良くなったのではないでしょうか。

■小説部門■

順位 タイトル/著者/ひとこと Amazonリンク
海賊と呼ばれた男 / 百田尚樹 Amazon
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出光興産の創業者・出光佐三をモデルにしたドキュメント小説。明治から昭和にかけての激動の時代を生きた、主人公の国岡鐵造の苦難と克服の一代記。圧倒的なエネルギーの傑作。
東京バンドワゴン / 小路幸也 Amazon
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下町の古本屋「東京バンドワゴン」を舞台とした大家族ホームドラマ。周囲で起きる大小さまざまな事件を、知恵と「LOVE」で見事に解決。現在8作品が刊行されている人気シリーズの第1作。
月の影 影の海(十二国記) / 小野不由美

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現代日本の高校生の陽子が、妖魔が跋扈する異世界へ突然連れ去られて経験する数々の苦難と、その後に訪れる救済。十二の国からなる世界を描く異世界ファンタジーシリーズの第1作。
政と源 / 三浦しをん Amazon
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銀行を定年まで勤め上げた国政と、職人で自由人の源二郎。墨田区Y町で暮らす御年73歳の幼馴染2人が主人公。いい歳をして喧嘩したり拗ねたり、面白くも思いやりにあふれた物語。
左京区恋月橋渡ル / 瀧羽麻子 Amazon
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京都の大学の工学部の山根クンが主人公。専門は「爆薬」、密かな楽しみは「ひとり花火」。そんなサエない男子学生の、おかしくて切ない「恋バナ」物語。「左京区七夕通東入ル」の姉妹編。
七つの会議 / 池井戸潤 Amazon
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大手総合電機メーカーの子会社で起きた、ある不祥事の隠ぺいにまつわる人間ドラマ。確執や嫉妬に抗えない男たちが悲しい。秘匿された真実と結末に向かってネジを締め付けるような展開。
ジョーカー・ゲーム / 柳広司 Amazon
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大日本帝国陸軍のスパイ養成学校「D機関」出身のスパイらを描く短編集。単純に見える事件が実は幾重にも陰謀とウソが塗り重ねられている。スパイたちの内面が垣間見えるのがニクイ。
八朔の雪 みをつくし料理帖 / 高田郁 Amazon
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舞台は江戸時代後期の江戸の町、主人公は大坂の一流料理店で修業した澪。習慣や味覚の違う町で苦労しながら、料理の腕とひたむきさと、周囲の助けとによって人生を切り拓いていく。
限界集落株式会社 / 黒野伸一 Amazon
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止村(とどめむら)という名前が表すように、山のどん詰まりの集落が舞台。さらに言えばその将来も展望がなくどん詰まり状態。そこで巻き起こった「逆転満塁ホームラン」地域活性化物語。
10 青空のルーレット / 辻内智貴 Amazon
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夢を追いながらビルの窓拭きを職業にする若者たちの物語。夢ではお腹に溜まらないから、稼ぐために窓を拭いている、極めてシンプルな人生観。同じぐらい物語もメッセージもシンプル。

 今年は、1位は唯一の☆5つの「海賊と呼ばれた男」にすんなりと決まりました。順位をつける際には1年間の読書リストを見直すのですが、この作品が頭一つ抜きん出ていたことを再確認しました。本当にいい作品でした。2位以下については9個を選ぶのはともかく、順位をつけるのには苦労しました。順位がないとランキングにならないので順番に並べていますが、それぞれに前後2位ぐらいは入れ替わっていてもおかしくありません。

 特徴的なのは、「東京バンドワゴン」「十二国記」「みをつくし料理帖」と、既に何作品も刊行されているシリーズ作品が3つ入ったこと。良いシリーズに巡り合うと、それを追いかける楽しみがしばらく続くので嬉しいです。また、少し長い目で見ると、池井戸潤さんの作品が「下町ロケット」「ルーズヴェルト・ゲーム」に続いて、3年連続ランクインしたことです。池井戸さんは今年、テレビドラマ「半沢直樹」で大ブレイクしましたが、今後の作品も楽しみです。

 選外の作品について言うと、大沼紀子さんの「真夜中のパン屋さん 午前3時の眠り姫」、三上延さんの「ビブリア古書堂の事件手帖4」の、2つのシリーズ作品の展開が面白くなってきました。村上春樹さんの「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」は、悩みましたがランクインはしませんでした。

■ビジネス・ノンフィクション部門■

順位 タイトル/著者/ひとこと Amazonリンク
アンティキテラ 古代ギリシアのコンピュータ / J.マーチャント Amazon
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ギリシアの小島「アンティキテラ島」沿岸の海底から引き上げられた機械にまつわるドキュメンタリー。推定2000年以上前に作られたという機械の、精巧さと機能にただただ驚くばかりだ。
理系の子 高校生科学オリンピックの青春 / J.ダットン Amazon
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中高生の自由研究の発表会の最高峰「インテル国際学生科学フェア」の出場者を取材したノンフィクション。十代の彼らの目を見張るような高度な研究に、明るい未来を見ることができる。
ワーク・シフト / リンダ・グラットン Amazon
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「2025年の働き方」を、悲観的なストーリーと少し明るいストーリーの合計6つの物語で展望。未来が分かれるのはいつで、それを決定するのは何か?を調査に基づいて緻密に考察する良書。
物語ること、生きること / 上橋菜穂子 Amazon
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ファンタジー作家であり、文化人類学者でもある著者が語った自らの半生。。代表作の「守り人」シリーズや「獣の奏者」他の創作に関わる話や、込められた想いが記されていてファン垂涎の書。
実践! 田舎力 小さくても経済が回る5つの方法 / 金丸弘美 Amazon
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「地域活性化アドバイザー」として全国を飛び回る著者による、地域おこしの実践書。成功事例だけではなく、数多くの失敗事例を知る著者の経験から導かれた手法が惜しみなく記されている。

 1位から3位までが海外の作品になりました。このことに何か意味があるのかどうか分かりませんが、ランキングを作り始めてから初めてのことです。私は大学進学で経済学を選びましたが、工作も実験も大好きなので、1位と2位の本を読んでとてもワクワクしました。

 3位と5位は、勉強した経済学や今の仕事と関係の深い本です。このランキングを作ってから気が付きましたが、5位の「実践! 田舎力」と、小説部門9位の「限界集落株式会社」は、そのテーマはもちろんですが、内容に「経済」というキーワードで響き合うものがありました。これは発見かもしれません。

冬虫夏草

書影

著 者:梨木香歩
出版社:新潮社
出版日:2013年10月30日 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 名著「家守綺譚」の続編。著者の作品では「西の魔女が死んだ」が映画化もされ、読書感想文の課題図書として取り上げられることも多くて有名。しかし、私にとっては人に薦められて読んだ「家守綺譚」が、著者の作品との最初の出会いで最高の一冊。その続編が読めるのが嬉しかった。

 時は明治の中ごろ、場所は京都。主人公の綿貫征四郎は、亡き友の家を守って文筆業で生計を立てている。綿貫がそいうったものを引き寄せるのか、河童やら狸やらの人外の者と多く出会う。いや、ほんの100年前の日本は、そういったものの近くに人々の暮らしがあったのかもしれない。

 綿貫の家に居ついている犬のゴローが、ふた月も姿を見せない。ゴローは犬であるがその「人望」は厚く、人間・動物・その他の生き物の様々な事柄に関わっていて、留守にすることは珍しくない。しかし、今回はそれが気になって仕方ない。というわけで、綿貫はゴロー探索の旅に出る。

 わずかな手がかりからゴローの消息を知り。琵琶湖のほとりから鈴鹿の山中へと向かう。本書は主にその道中を39編の短編を重ねて描く。人と(もちろん人外の者とも)出会い、その人を置いて道を先へ進む。ロードムービーの趣だ。その内の何人かは後に再び出会い、何人かは真の姿が明らかになり、綿貫の道中に重要な意味を持つ。こうした仕掛けが本当に上手い。

 「紫草」「椿」「河原撫子」「蒟蒻」「サカキ」...すべての短編に植物の名前が付いている。そうした植物や風景の観察が細やかで、心が穏やかになる。一節を紹介する「...見れば、カエデの二寸程のものは、私の小指の爪先程の大きさ程しかあらぬ葉であるのに、すでに紅葉を始めている。変化はまことに斯くの如く、小さきものから始まるのだ、と感嘆する」...小さなカエデの葉に目を留める感性に瑞々しさを感じる。

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まほろ駅前狂騒曲

書影

著 者:三浦しをん
出版社:文藝春秋
出版日:2013年10月30日第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「まほろ駅前多田便利軒」「まほろ駅前番外地」に続くシリーズ第3弾。舞台と登場人物は、これまでの2作でお馴染みの場所と人々だ。

 物語は、主人公の多田が営む便利屋「多田便利軒」に、高校時代の同級生の行天が転がり込んで、3年目を迎える正月から始まり、その年の大晦日で終わる。級生と言っても友だちではない。会話したことすらない。これまでの2年間と同様、多田は行天の言動に振り回されっ放しだ。

 今回は、「家庭と健康食品協会(略称:HHFA)」という無農薬野菜を販売する団体、バス会社の間引き運転の監視に執念を燃やす「多田便利軒」の常連客、多田が預かることになった4歳の少女の「はる」らを中心に騒動が巻き起こる。そして何と、多田にはロマンスの種が...。(星くんって、いい人だったんだね。)

 多田も行天も、自由に飄々と生きているように見えるが、実は過去の出来事によって精神にダメージを受けている。著者は、本書を「完結編」のつもりで書いたそうだ。そのためなのだろう、彼らの(特に行天の)ダメージの原因が語られ、その救済が描かれている。

 「完結編」ということだが、この終わり方で多田と行天がこのまま大人しくしているはずがない。著者もインタビューで「……どうですかね(笑)」なんて答えている。続編を希望。

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隣のアボリジニ

書影

著 者:上橋菜穂子
出版社:講談社
出版日:2000年5月20日 第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 「物語ること、生きること」を読んで著者の半生を垣間見たら、この本も読みたくなった。文化人類学者と作家という2つは、著者の別々の顔ではなく、もっと影響をしあう不可分な関係にあって、著者が研究者として書いた本書を読むことで、小説の作品をより深く味わうことができる気がしたのだ。そして、私の目論見は当たったようだ。

 本書は、1990年からの足掛け9年延べ3年の、著者がオーストラリア西部の町で、小学校の先生として暮らしながら行ったフィールドワークの報告書。ただし報告書と言っても、形式ばったものではなく、作家の著者らしい幾つかの「物語」から構成されている。

 それは例えば、身ひとつで異文化の中に降り立った著者が、戸惑ったり、手痛い拒絶に会ったりしながら進めた調査という「著者自身の物語」。また、街に暮らすアボリジニが自分と自分たちの来し方を語った「街のアボリジニの物語」。

 そこに描かれたアボリジニは、「未開の原住民」でもなく、「大自然と共に生きる野生の知性を持った民」でもない。両極とも言えるこの2つのアボリジニ像は、どちらも「私たちが彼らに見たい」と思っている姿でしかない。

 そもそもアボリジニという呼称も、オーストラリアにいた全く通じない言葉を話す、400以上の集団を一まとめにして「aborigines(原住民)」という英語で呼んだに過ぎないそうだ。つまり「アボリジニ」というくくり自体が、西欧から来た白人が作り上げたものだということだ。

 こんな感じで、研究報告としても興味深いのだけれど、著者のファンであっても誰もが興味を持つ内容でないかもしれない。ただ、小説の作品との関連を考えると面白そうだ。時期的に言えばこのフィールドワークは、初期の「精霊の木」「月の森に、カミよ眠れ」の2作品の後、「守り人」シリーズの執筆中に行われたことになる。

 上から目線で恐縮だけれども、「守り人」シリーズが徐々に、幾つもの国々の思惑が交錯する重層的な物語になったのも、その後の「獣の奏者」の、掟に反しても自分を貫く主人公エリンの姿に、フィールドワークの影響が見える(気がする)。

 コンプリート継続中!(単行本として出版された作品)
 「上橋菜穂子」カテゴリー

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漂流しはじめた日本の教育

書影

著 者:宮川典子
出版社:ポプラ社
出版日:2013年12月5日 第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 私は、地方自治体の公営施設で地域情報化に関する仕事をしている。「教育現場のデジタル化」もその一部で、これには少し検証の必要性を感じていたので、本書の「教育現場のデジタル化は誰のため?」というサブタイトルが目を引いた。

 著者の経歴は、大学卒業→中学・高校の英語教師→松下政経塾→衆議院議員だ。現在は政権党の議員で、教育再生実行本部のメンバー、ということだから、このテーマについて、ご自分の意見を表明されて然るべき方だろう。

 第1章の出だしはとても良かった。デジタル教科書を中心として、教育現場が「ビジネス市場」になりつつある、それでいいのか?という指摘がその理由。調べてみたところ、日本の小中学生は1000万人を超えるから、何であっても教育現場への導入が決まれば大変な数になる。これは確実で有望な市場だ。

 ここで「~誰のため?」という問いが生きる。あるべき答えは「子どもたちのため」であることは明白。ところが「デジタル教科書」が、どのように子どもたちのためになるか?という研究も検証も大変に希薄なまま、「1人1台」のタブレット端末、という計画が作られる。これでは「経済のため」もっと下世話に言えば「教材会社・機器メーカーのため」でしかない。

 出だしがヒットなだけに、その後の展開が煮詰まらないのが残念。私は検証の必要性は感じるけれど、「教育現場のデジタル化」は教育を良くする推進力になると思っている。ところが、著者には情報機器への嫌悪感と不信感が全編で感じられる。それが、有意義な考察を妨げているようだ。

 例えば、デジタル教科書の導入で、「教師も子どもたちも画面を見て、視線が交わされなくなる」。それで「教師も子供たちも喜びを感じるのか」とおっしゃる。でも、その場にいる教師と子供たちが、目と目を合わせる機会はなくならないだろう。敢えて没人間性的に描いて感情に訴えようとしたのかもしれない。そういう感情論は時として目を曇らせてしまう。

 私とは合わないことも多かったが、コロコロと試験的に教育制度をいじる「試しにやってみよう」式はダメだという主張など、もっともだと思う部分もあった。「2020年の東京オリンピック・パラリンピックを見据え」なんて近視眼的な考えで小学校3年生にも英語、ということが、文科省の「英語教育改革実施計画」に載っているのを知って、激しい幻滅を感じたばかりでもあったので。

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