華胥の幽夢

書影

著 者:小野不由美
出版社:講談社
出版日:2001年9月5日 第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 「十二国記」シリーズの第7作。シリーズで初めての短編集で、5編の短編を収録。

 時代としては、「月の影 影の海」で陽子が十二国の世界に来た前後らしい。舞台となった国や登場人物は様々。これまでに語られた物語の「その後」もあれば、ほとんど触れられなかった国の物語もある。

 「冬栄」は、「風の海 迷宮の岸」の戴国の泰麒の「その後」で、「黄昏の岸 暁の天」の前日譚。幼い泰麒が訪問する、という形でこれまであまり触れられなかった漣国が描かれる。

 「その後」の物語はあと2つ。「乗月」は、「風の万里 黎明の空」の祥瓊が、公主(王の娘)の身分をはく奪された後の芳国の物語。「書簡」は、「月の影 影の海」からしばらくした、陽子と楽俊の往復書簡。

 これまでほとんど触れられなかった国の物語は2つ。「帰山」は、傾いていく柳国での物語。ただし登場するのは「図南の翼」に登場した利広と「東の海神 西の滄海」の風漢。二人ともそれぞれある国の王族なのだけれど、それを知っていてお互いに知らんぷりをしている。風漢が突然語りだす囲碁のエピソードは意味深長だ。

 「華胥」は、同じく傾いていく才国の物語。若くして傑物と言われ悪政を敷いた先王を討ち、自ら天命を受けて登極した、清廉潔白な王と有能な部下。しかし何故か国は荒んでいく...。正直言って、回りくどくて冗長で途中で飽きてしまった。ただ、ハッとする言葉にも出会った。

 「責難は成事にあらず」(人を責め非難する事は、何かを成す事ではない)

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限界集落株式会社

書影

著 者:黒野伸一
出版社:小学館
出版日:2011年11月30日 初版第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 タイトルの中の「限界集落」とは、65歳以上の高齢者が人口の50%以上を占め、冠婚葬祭など社会的共同生活の維持が困難になっている集落を指す。そのまま推移すればやがて消滅することが予想される。先行きの暗い言葉なのだ。

 その言葉の暗さに反して、裏表紙まで続く表紙のイラストの、緑豊かな山村の風景をバックにした人々の表情は明るい。帯には「逆転満塁ホームランの地域活性化エンタテインメント!」の言葉。

 このタイトルと表紙と帯で、内容は想像ができる。窮地に陥った山村の人々が、何かをきっかけにして一念発起、様々な困難はありながらもそれを克服して、村を救ってさらに発展させる...。きっかけは?若者か他所者かバカ者かの登場だろう。...想像通りの物語だった。

 舞台はおそらく群馬県か長野県の山間にある人口58名の集落「止村(とどめむら)」。主人公は3人。1人目は多岐川優。銀行やIT企業で華々しく活躍していた。起業の前に少しのんびりしようと、祖父が亡くなるまで住んでいた止村に来た。つまり若者で他所者というわけで、優が物語のきっかけとなる。

 残る2人は大内正登と美穂の親子。正登は一度村を出たが4年前に20年ぶりに戻って来た。美穂は正登がいない間も止村の祖父母の家で育った。物語は、この3人の視点を入れ替えながらテンポよく進む。

 想像通りだからと言って、それは面白くないとか退屈だとかいうことではない。主人公の3人はもちろん、その他の登場人物のそれぞれが物語を抱えている。それが組み合わさって、新たな物語を生む。地域活性化を描きながら、ラブストーリーがしっかり組み込まれているのは、有川浩さんの「県庁おもてなし課」に似ている。

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物語ること、生きること

書影

著 者:上橋菜穂子 構成・文:瀧晴巳
出版社:講談社
出版日:2013年10月15日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「守り人」シリーズ、「獣の奏者」シリーズなどの著者が、その生い立ちから作家になるまでを語った書。講演で自分のことを話した翌日には決まって熱をだす、恥ずかしくて自分のことを本にすると考えることすら「身震いするほど嫌」という著者が、半生を語って本にする決意をした。「作家になりたい子どもたち」の「どうやったら作家になれますか」、という問いへの答えとするために。

 著者が2歳になるかならないかの頃の、おばあさまにしていただいた昔話の数々が、著者の物語の原体験。そこから語り始めて、小学生のころの夏休みの体験、15歳の時に書いたノート、高校生のころにイギリスの作家を訪ねた話へと続く。さらに、著者のもう一つの顔である文化人類学者としての歩みをへて、デビュー作「精霊の木」の発行に至る。おそらく本書の狙いなのだろう、これが「上橋菜穂子という物語」になっている。

 私のような著者の作品のファンには、小躍りするほど嬉しい1冊だ。「守り人」や「獣の奏者」他の作品の創作に関わる話や、込められた想いが記されている。また、巻末には170余りもの「上橋菜穂子が読んだ本」というブックリストが掲載されている。これがまた心憎い。リストを追うと、同じころに同じ本を読んでいることに気が付いて心が躍ったり、今度はこの本を読んでみようという発見があったり。

 とにかく真面目な方なのだと思う。「守り人」の主人公のバルサを描くのに、ウソにならないために古武術を習ったそうだ。そもそもこの本だって「どうやったら作家になれますか」に、意味ある答えをするためには、自分がたどった道程をすべて伝えなければならない、と思ったからだというのだから。

 そして、きちんと心に残る言葉を残している。著者が新しい一歩を踏み出す時の「靴ふきマットの上でもそもそしているな!うりゃ!」という掛け声や、トールキンの言葉だったか?という「すべての道が閉ざされたときに新しい希望が生まれる」というフレーズが心に残る。私は、著者が話しかける「子どもたち」ではもちろんないけれど、すごく励まされた。

 最後に。記事中に「著者」という言葉を使ってきたが、厳密には上橋菜穂子さんがこの本を書かれたのではない。本書の文は瀧晴巳さんというライターさんが、上橋さんに対する取材を繰り返し行って書き起こしたものだ。作家からこれだけの物語を引き出したのは、瀧さんの功績だと思う。

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マイ・ブルー・ヘブン

書影

著 者:小路幸也
出版社:集英社
出版日:2009年4月30日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「東京バンドワゴン」シリーズの第4弾。今回は、これまでの3冊とは趣向を変えて、今は亡きサチおばあちゃんが主人公の番外編。時代は昭和20年。終戦の直後。サチさんがまだ18歳の時。なんとサチさんは、五条辻咲智子という名前で子爵家の一人娘だった。

 ある日咲智子は、両親から日本の未来に関わる重要な文書を託され、すぐに家を出るように言われる。両親は直後に何者かに捕らわれ、咲智子自身も拘束されそうになる。そこに居合わせたのが勘一。現在の「東京バンドワゴン」の店主だ。

 咲智子の両親を連れ去ったのも、咲智子を拘束しようとしたのもGHQらしい。託された文書を狙って、GHQだけでなく裏社会の組織からも、咲智子は追われる。勘一の父の草平が店主を務める「東京バンドワゴン」は、そんな咲智子を全面的に支援する...

 これは面白かった。前3作のどこかほのぼのしたホームドラマとは違い、サスペンス調のエンタテインメント作品になっている。本編の昔語りで登場する面々が活き活きと活躍する姿も、読者にとっては嬉しい。こんな出会いをした勘一とサチさんが、どれほど固い絆で結ばれていたことかと思う。

 サチさんが子爵家の一人娘だったことも驚きだけれど、勘一の青年時代にも目を瞠った。きっと勘一を見る目が変わると思う。「♪せまいながらもたのしいわがや」「♪We’re happy in My Blue Heaven」 ジャズの名曲「My Blue Heaven」も彩りを添える。

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とっぴんぱらりの風太郎

書影

著 者:万城目学
出版社:文藝春秋
出版日:2013年9月30日 第1刷発行 10月15日 第2刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「偉大なる、しゅららぼん」から2年ぶりの著者の最新作は、746ページの大長編。元は「週刊文春」に2011年から203年にかけて2年間連載したものだ。週刊誌に2年間連載だから約100回、そりゃぁ長くなるはずだ。

 時代は「大坂の陣」のころ。主人公は伊賀の忍者だった風太郎。そう、本書は著者の初めての時代小説だ。風太郎(ちなみに「ぷうたろう」と読む)は、相棒の忍者である黒弓のいい加減さを発端とした不始末で伊賀を追われ、京都に落ち着くことになる。

 忍者くずれの風太郎には仕事もなく、自堕落に暮らすのみ。そんな風太郎を不憫に思ってか、縁のある人たちが仕事を世話してくれる。それを言われるままにこなしているうちに、風太郎はとてつもなく大きな時代の渦に巻き込まれてしまう...という物語。

 週刊誌の連載だけに、小さなヤマ大きなヤマがいくつも現れる。風太郎は度々命の危険に瀕する。幼いころから共に育った忍者仲間は、信用できるようでまったく信用できない。そして信用できないようで、やっぱり一番頼りになる。このあたりが一つの落としどころになっている。終盤の展開には色々と思うところがあるけれど、なかなか魅せる物語に仕上がっている。

 時代の渦は風太郎を大坂へ誘う。そして400年の時を超えた「プリンセス・トヨトミ」へとつながる。

 蛇足。「つながる」という意味では、風太郎らは「鴨川ホルモー」の登場人物とも重なる。何となく流されてしまう風太郎は安倍に、気のいい黒弓は高村に(黒弓はマカオの生まれで、高村は帰国子女だ)...

 と思っていたら、本書の特設サイトのインタビューで、「「鴨川ホルモー」のように、また大学生くらいのボンクラ主人公を使って話を書きたいなあ、と思っていた」と著者が答えていた。

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魔性の子

書影

著 者:小野不由美
出版社:新潮社
出版日:1991年9月25日 発行 2002年11月30日 24刷
評 価:☆☆☆(説明)

 「十二国記」シリーズの外伝。ただし本編の第1作「月の影 影の海」より前に発行されていて、発行当初は外伝であることも(本編がないのだから当然だけれど)、シリーズであることも明らかにされていなかった。「黄昏の岸 暁の天」の物語と表裏となる、私たちの世界の出来事を描いている。

 主人公は広瀬。私立の男子高校を3年前に卒業し、母校に教育実習生として戻って来た。広瀬が受け持った2年6組に、これと言って目立つわけではないのに、明らかに周囲の者とは違う、と感じる生徒がいた。彼の名前は高里。彼にはある噂がつきまとっていた。

 その噂は「高里は祟る」というもの。高里をいじめたりからかったりした者が、大けがを負ったり事故で命を落としたりしているというのだ。広瀬が学校に来て5日目にも、高里と関わった生徒2人が不可解な事故で怪我を負った。こうしたことは偶然なのか、それとも...

 「高里の祟り」は偶然ではありえないほど繰り返される。高里が直接手を下していないことは明らかでも、周囲の感情は高里を許せない。結果として悪意に包囲され、その報復は徐々にエスカレートし、それが更なる悪意を呼ぶ。

 「黄昏の岸 暁の天」の読者には、「高里の祟り」の正体が分かる。十二国の世界から見た視点で、本書のの出来事の一端が描かれていたからだ。しかし当然ながら、本書の中の人々には分からない。そうした視点で描くと、こんなにもホラー色の強い物語になる。

 本書が発行された時点で「黄昏の岸 暁の天」の物語が、すでにほぼ完成した姿で存在していたことが感じられる。細部にわたって2つの物語の関連が、齟齬を起こさずに散りばめられているからだ。それなのに「外伝」である本書を最初に出したのは、「祟りの正体を知らない視点」を読者に提供するためだったのかもしれない。

 それに対して私は「正体を知って」読んだのだけれど、それはそれで良かった。私は「怖い話」が苦手なのだけれど、その苦手意識を感じずに最後まで読めたからだ。本書では、広瀬が抱える「自分がいるべき世界は別にある」という想いや、異端に対する人々の反応など、人間の内面に関わることもテーマとなっていて、そちらに興味を向ける余裕もできた。

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「不快感」がスーッと消える本

書影

著 者:佐藤達三
出版社:PHP研究所
出版日:2013年11月1日 第1版第1刷発行
評 価:☆☆(説明)

 著者の佐藤達三さまから献本いただきました。感謝。

 著者の肩書は「運気上昇トレーナー」。耳慣れない肩書き・職業だけれど、私が理解した範囲では、その人の運命や運気、能力を妨げる足かせを取り除くカウンセリングをされているらしい。その成果は目覚ましく、のべ4000人、対面でのセッションルームに来た方の9割以上の人生が好転しているそうだ。

 本書の主張の根幹はいたってシンプルだ。人間は生まれてきた時には、自由で好奇心旺盛で自信満々の、言わば「無敵」の存在だった。それが人間の本質であって、不快というものはそこにはない。だから、不快感は手放すことができる。そうすれば運気も上昇する。

 「人間の本質」の話は脇に置くと、著者の意見には共感を感じる。不快感というのは、マイナスのエネルギーを持った感情なので、それが過剰になれば運気にも影響するだろう。運気が下がると不快な出来事が起き、ますます不快感を募らせる、という悪循環。これを断ち切るには、意識的に不快感を手放すことが有効だ。

 ただし、このブログで度々同様のことを書いているが、こういった本が受け入れられて役に立ったとしたら、その人がちょうどその言葉を欲している時だったからだと思う。言い換えれば、その時以外に読んでも響かない。言い方は悪いが、捉えどころも中身もない本に思えることだろう。

 著者の対面のセッションの効果が大きいのは、そこに来る方がこうした言葉を求めている方が多いからだとも考えられる。「運気上昇トレーナー」の力を借りたい、と思う方は本書を手に取ってみるといいかもしれない。

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世の中それほど不公平じゃない

書影

著 者:浅田次郎
出版社:集英社
出版日:2013年11月10日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「本が好き!」プロジェクトで献本いただきました。感謝。

  本書は、著者が2012年4月から2013年8月まで「週刊プレイボーイ」で連載した人生相談コラム「人生道場」を基に単行本化したもの。日本ペンクラブ会長で、裏社会にも精通し、ヘビースモーカー、無類のギャンブル好き、という強面な印象の著者と、「週刊プレイボーイ」という軟派の象徴のような雑誌との取り合わせが面白い。

 全部で69もの相談に、著者が正面から答える。連載前には切実な、あるいは聞くに堪えない気の毒な苦悩が寄せられるのでは?と、著者は構えていたそうだ。しかし、実際に届いた相談は、あほらしいほど平和な(つまりどうでもいいような)ものばかりだ。

 例として最初の方に載っていた相談をいくつか紹介する。「彼女に結婚を迫られています、うまく切り抜ける方法を教えてください」「フランスで金髪美女の彼女をつくりたい」「貧乳より巨乳のほうがやっぱりいいですか」「胸毛が濃くて悩んでいます」...

 ..自分で文字にしていて恥ずかしい。こんな相談をいくつか受けたあと、著者が編集者に言う「なんだこの投稿のセレクトは!ほとんどろくなものがないじゃないか」。編集者はこう返した「週プレ(週刊プレイボーイ)といえば基本はだいたいこんなもんです」。..なるほど納得。

 編集者の発言を紹介したが、本書は全編にわたって、著者(浅田次郎。61歳)と、編集者(石橋太朗。27歳)の掛け合いで進んでいく。「次郎と太朗の人生相談」という趣向らしい。

 大変に楽しませてもらった。その理由の第一は、あほらしい相談にも人生の深みを感じさせる回答を返す、著者の懐の広さと引出しの多さにある。相談者はこんな回答をもらえて果報者だと思う。そして理由の第二は、編集者の絶妙な質問と合いの手だ。文学界の重鎮を向こうに回して、よくその魅力を引き出したと思う。太朗くん、グッジョブ!

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めぐらし屋

書影

著 者:堀江敏幸
出版社:毎日新聞社
出版日:2007年4月30日 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 本好きのためのSNS「本カフェ」の読書会の10月の指定図書。

 主人公はビルの管理会社に勤める蕗子。地元の大学を出て今の会社に就職して20年近い、というから40歳ぐらい。一人暮らしの独身。以前に母親を亡くし、この度は父親が亡くなった。

 物語は、蕗子が父親の遺品整理をしていて、厚手の大学ノートを見つけたところから始まる。表紙の裏に黄色い傘の絵が描かれた画用紙の切れ端。その絵は小学生の頃の蕗子が描いたものだった。そして、そのノートの表紙には「めぐらし屋」の文字。

 物語は、このノートをきっかけにして、蕗子が父親の足跡を訪ねる様子を軸として、蕗子の仕事と、子どもの頃の回想が語られる。その3つは少しずつ交錯し始める。

 淡々とした物語の進行の中にしみじみとした良さを感じる本だった。

 亡くなった父親が「めぐらし屋」という仕事をしていたらしい、ということが分かった以外には、大きな出来事は起こらない。でも、よく観察された日々の出来事が詳細に描かれていて、少しずつ楽しい。少しずつ可笑しい。

 兄弟もいないようだから、蕗子はいわゆる天涯孤独の身。おまけに、病院で看護師に「これでよく生きてられますね」と言われるぐらい血圧が低い。心臓にはしぼんだ水風船ぐらいの力しかない。

 もうこの世とのつながりが弱くて心細い境遇なんだけれど、物語にはそういった心細さが感じられない。その理由は蕗子の自然体の生き方にある。何一つ拒むことなく自然に受け入れる。たぶん、蕗子の父親がそうだったように。そういう生き方も悪くないと思う。

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書影

著 者:三浦しをん
出版社:集英社
出版日:2013年10月25日 第1刷
評 価:☆☆☆(説明)

 本書は、2006~2007年に「小説すばる」に掲載された作品を、2008年に単行本として刊行し、さらにそれを文庫化したもの。

 巻末の吉田篤弘さんによる解説にの冒頭に、「さて、読み終えた皆様、まずは声を揃えて「まいったなぁ」と言い合いましょう」とある。吉田さんの意図とは若干意味合いが違ったが、読み終えた後の私の第一声はまさに「まいったなぁ」だった。

 著者の三浦しをんさんは私の大好きな作家さんで、最近のものに偏っているけれど、小説とエッセイを合わせて十数冊の作品を読んだ。そのほとんどが「明るく前向き」な空気が包んでいたので、そんな物語を想像していた。人間の内面をこんなに黒々と見せる作品だったとは..。

 章ごとに主人公が何人か入れ替わる。1人目は、美浜島という人口271人の島に住む中学生の信之。信之が主人公の第一章は、島ののどかな景色と暮らしから始まる。しかしその島を大きな災害が襲う。それは島の住人のほとんどの命を奪うほどの荒々しいものだった。

 その災害のさ中にもう一つの事件が起きる。信之は同級生の美花を助けるために、「そいつを殺して」という声にしたがって人を殺めてしまう。島を襲った災害とこの事件とは、信之から確実に何かを失わせてしまった。

 第二章以降はそれから20年後の物語。信之の妻の南海子(なみこ)と、信之の美浜島時代の年下の幼馴染の輔(たすく)、それから信之の3人が入れ替わりで主人公となる。災害と事件は信之らの人生を変えてしまっただけでなく、その後の人生にまで重くのしかかる。

 数多くの「悪意」が描かれる。信之や輔の「悪意」も描かれるが、それは「敬慕」やら「憐憫」やらが入り組んだ「屈折」を伴うもので、100%の「悪意」とは違う。しかし、それが折り重なることで、100%の「悪意」よりもさらに醜悪な姿を見せる。

 出版社のWebサイトに、単行本刊行時のインタビューが載っている。「何作か明るい作品が続いていたので、"当然、そうじゃない部分も当然あるよ"と作品という形でお見せできてよかったです。」とのことだ。

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