思考の整理学

書影

著 者:外山滋比古
出版社:筑摩書房
出版日:1986年4月24日 第1刷発行 2013年4月25日 第91刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 30年前の1986年に発行され、この4月現在で175万部突破。つまりロングセラーにしてベストセラー。すでに数多くの評価や引用がなされているので、「今さら感」があるのだけれど、前から気になっていたので読んでみた。

 本書はもともとは、さらに3年遡った1983年に「ちくまセミナー」という叢書の1冊として刊行された同名の本を文庫化したもの。絶版となっている叢書の他の本には、田原総一朗さん、竹内宏さん、金田一春彦さんらが著者として名を連ねている。著者やタイトルから察するに、ビジネスマン向けの知的読み物だったようだ。

 内容は、英文学者、言語学者である著者の、情報の整理法や発想法、教育論、時評など、全部で33編を収めたエッセイ集。「整理学」よりは「整理術」と言ったほうがしっくりとくる。例えば、「アイデアが浮かんだら、これを一旦寝かせておく。そのためには安心して忘れる必要がある。安心して忘れるために記録する。」という論法で来て、記録するカードやノートの書き方の具体例を説明してくれる。

 教育論として、今の学校教育は、自力では飛べない「グライダー人間」の訓練所で、自力で飛び上がる「飛行機人間」は作れない、という。何げなく「今の学校教育は..」と書いたが、この本は30年以上前に書かれた本だ。さらに時評として、コンピュータに仕事を奪われる様までが鮮やかに描き出されている。まさに慧眼。これはほとんど「予言の書」だ。

 最後に。帯に「東大・京大で5年間販売冊数第1位」と書いてあって、このコピーが販売部数に大きく寄与していると思う。大学生協の調べで「第1位」にもちろんウソはないと思うけれど、東大・京大で売れるのもこのコピーの効果だろう。つまりこのコピーが、好循環を生む「良くできたコピー」だということで、それが内容を保証するわけではない。私は「なるほど」と思うところも「そうなんだよ」と共感するところもあった。しかし公平に言って、大きな期待は禁物かと思う。

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深読み「聖なる怠け者の冒険」

 先日読んだ「聖なる怠け者の冒険」が、著者の前著の「宵山万華鏡」「有頂天家族」とつながっていることをレビュー記事に書きました。このことは著者による「あとがき」でも明らかにされています。しかし私は、さらに強いつながりが、「聖なる怠け者の冒険」と「有頂天家族」の間にあるように思ったので、ここに書くことにしました。

 そんなわけでこれから書くことは、「有頂天家族」をお読みの方でないとよく分からないと思います。また、物語の核心には関わりませんが、両方の作品の内容にも触れます。何の先入観もなく物語を読みたいと思う方は、読み終わってからで良いので、是非ともこの記事に戻ってきて読んでいただけるとうれしいです。

 「聖なる怠け者の冒険」の浦本探偵は「有頂天家族」の矢二郎ではないかと思うのです。

 そのわけは、浦本探偵のセリフに矢二郎と重なることが多いからです。

1.俺には弟がいるんだけど、こいつがへんな騒動ばかり起こすやつでね。でも憎めないやつなんだ。メチャメチャに事態が紛糾するほど生き生きとしてくる...(P203)
 矢二郎はタヌキの四兄弟の次男で、弟の矢三郎は「有頂天家族」の主人公で、まさにそういう性格でした。

2.ずいぶん長い間、引き籠って暮らしていたことがありましてね。その時代には、身の上相談をやっていた(P203)
 矢二郎はあることにショックを受けて以来、カエルの姿で寺の井戸の底に籠っていました。そこで家族や従妹たちの愚痴や相談を聞いていました。

3.俺は知ってるけど言わないでおこう。命が惜しいもの(P205)
 これは、偽電気ブランというお酒をどこで作っているかを聞かれての答です。そのお酒は矢二郎の叔父が製造していて、矢二郎たちと叔父は激しく敵対しているんです。

4.俺ならそんなに疲れる前に、蛙になって井戸に籠もるなあ(P319)
 上の2.に書いたとおり、矢二郎はカエルの姿で井戸に籠っていたことがあります。

いかがでしょう?これは間違いない、と思いませんか?

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何者

書影

著 者:朝井リョウ
出版社:新潮社
出版日:2012年11月30日 発行 2013年1月25日 4刷
評 価:☆☆☆(説明)

 2012年度下半期の直木賞受賞作。1989年生まれの著者は、2012年の春に大学を卒業して就職している。大学生の就職活動を題材にした本書は、最近の著者自身の経験が反映していると考えて間違いないだろう。

 主人公は二宮拓人、就活中の大学生。以前は劇団をやっていたらしい。その他に主な登場人物が4人。神谷光太郎、バンドのボーカルで拓人の同居人。田名部瑞月、光太郎の元彼女、1年間アメリカに留学していた。小早川理香、瑞月の友だちで同じく留学経験あり、拓人のアパートの1つ上の階に住んでいる。宮本隆良、理香の彼氏で同棲中で、就活には興味がないらしい。

 主な登場人物は、隆良も含めて5人全員がいわゆる就活生。この5人が出会って、再来年の春の就職を目指して、就活のスタートを切ったところから物語は始まる。ES(エントリーシート)を書いたり、大学のキャリアセンターに通ったり、模擬面接をやったり....。

 「今のこの時代で団体に所属するメリットって何?」などと言い放ってしまう隆良を除いて、残りの4人は同じ就活生として、協力したり励まし合ったりしながら、ままならない日々を過ごす。「自分で何もしなかったら今のまま。何者にもならない」。そんな人生初めての経験。

 大学生の就活を、自身の経験が鮮やかな内に書き留めただけあって、セリフや描写が瑞々しい。ただこの物語は協力し励まし合う清々しいだけの青春物語ではない。就活は「早抜けのゲーム」のようなものでもある。昨日励ました相手が、明日には内定を自分より早く得るかもしれない。

 その時に「おめでとう」の言葉を口にすることはできても、先を越された想いと折り合いを付けるのは難しい。セリフや描写の瑞々しさは、時には刃物のような鋭さを見せる。ちりばめられたツイッターの書き込みが、実況中継のように彼らの気持ちを伝える。しかし、一皮めくるともう一段下に秘された心理があった。

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聖なる怠け者の冒険

書影

著 者:森見登美彦
出版社:朝日新聞出版
出版日:2013年5月21日 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 森見登美彦さん3年ぶりの長編小説。2009年から2010年にかけて、朝日新聞に連載された同名の作品を全面改稿したもの。私は、新聞連載を欠かさず読んでいたが、全面改稿の「全面」に誇張はなく、全く違う物語に生まれ変わっている。発売に当たって朝日新聞に掲載されたインタビュー記事によると、なんと6回も書き直したそうだ。

 主人公は小和田君、京都郊外の化学企業の研究所に勤める若者。夢で「アア僕はもう、有意義なことは何もしないんだ」と呟き、その夢の中でさらに眠ってしまう、という怠け者。同僚たちに「田んぼのタニシと良い勝負」と言われるぐらい、静かな生活を送っている。

 そんな小和田君に、タヌキのお面に黒マントの変てこな怪人「ぽんぽこ仮面」が、「自分の跡を継げ」と言って付きまとう。さらに「ぽんぽこ仮面」を捕まえようと、得体のしれない組織が追いかけまわしているらしい。

 この「小和田くんに付きまとうぽんぽこ仮面」と「ぽんぽこ仮面を追う謎の組織」という2つの追いかけっこが、絡まりあって物語が進む。そこに可愛らしい探偵助手の「玉川さん」や、やたらと明るい「恩田先輩」とその彼女の「桃木さん」、スキンヘッドの「後藤所長」ら、個性的な登場人物が絡む。もう絡まりあって何だか分からなくなってくる(笑)

 この物語は「有頂天家族」と「宵山万華鏡」とつながっている。舞台が祇園祭の宵山の京都、という共通点もあって、雰囲気が「宵山万華鏡」に似ている。つまり「きつねのはなし」から連なる、京都の「妖しさ」が見え隠れする物語。著者お得意の「腐れ大学生モノ」とは別の系統の作品。私はどちらかと言えば、この「妖しい」系統の作品が好きだ。

 ファンには周知のことだけれど、著者は体調を崩して休筆していた。復帰作とも言えるこの本が出版されて、私はとても嬉しい。クライマックスにかけてのハチャメチャぶりには、「ちょっとガンバリ過ぎじゃないの?」と心配してしまったけれど、元気になられた証だと思うことにした。

 嬉しいお知らせが続く。本書に「森見新聞」というチラシが挟み込んであって、それによると、TVアニメ「有頂天家族」が7月7日から各局で放映開始、「有頂天家族2(仮)」が秋に幻冬舎から、「夜行」が冬に小学館から、それぞれ刊行予定。

(2013.6.18 追記)
この物語を深読みした、深読み「聖なる怠け者の冒険」という記事を書きました。

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商店街はなぜ滅びるのか

書影

著 者:新雅史
出版社:光文社
出版日:2012年5月20日 初版1刷 9月20日 8刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 親しくしている人の中に、商店街の活性化のために頑張っている人が何人かいる。彼女たちが見たら(多分見ることになるのだけれど)目を剥きそうなタイトルだ。「商店街活性化」には、私も少し関わっている。書店で本書を見た時にはクラクラした。「滅びるのが既定路線かよ?」と、宙に向かってツッコミを入れてしまった。

 例えば、以前読んだ「日本でいちばん元気な商店街」のような例もあるのだ。(ただし、この本については様々な方から教えていただいたり、私も実際に見学に行って、「本には書かれていないこと」もあることが分かった。)

 また、本書のサブタイトルも紹介しておきたい。「社会・政治・経済史から探る再生の道」。つまり、著者も「何とかしたい」と思う一人だったわけだ。「あとがき」に詳しいが、著者の実家は北九州市の酒屋で、15年ほど前にコンビニに転業したそうだ。本書に書かれている「商店街のこれまで」を間近に見て育ち、「これから」を憂える気持ちを、人一倍お持ちなのだろう。

 生意気を言うけれど、本書はなかなかの意欲作だと思う。「商店街」を語る本はたくさんあるけれど、成功事例(集)か調査レポートが多い(「日本でいちばん~」のように)。時間的には「今」、空間的には「商店街と周辺」に限られた狭い範囲の議論に終始している。その点本書は、およそ100年前の商店街の成立に遡り、その後の社会・政治・経済情勢の遷移の中に商店街を位置づけて読み解こうとしている。引用されるデータや書籍・論文の幅広さが、著者の意欲と苦労を物語っている。

 もちろん「いや大事なのは「今、どうするか?」であって、100年前のことはあまり関係がない」という指摘はもっともだと思う。実際読んでいて、とても遠回りをしている感じはした。しかし、今に至る経緯を知らずに議論しても、見当違いなものになる恐れが高い。商店街の凋落の原因がどこにあるのかを探る作業を疎かにしてはならない。

 詳しい内容は本書を読んでもらうとして「なるほど」と思った点を1つ挙げる。本書を貫く「両翼の安定」という考え方だ。これは「雇用の安定」と「自営業の安定」の2つの安定が、戦後日本の社会を支えた、というもの。しかし、現在は「雇用の安定」が最重要課題になり、「正社員」になることが暮らしの安定につながる、という考えが大勢を占めてしまっている。

 私の意見として少し補足すると、今現在存在する「自営業者の経営の安定」を図る(つまりは資金援助をする)政策はたくさんある。しかし「自営業の安定」とは、そういった政策が無くても継続可能な状況を言うはず。はっきり言ってしまうと、今の政策は「自営業の安定」には、害ばかりあって役に立っていない。

 最後に。意欲作なのだけれど残念なこともある。著者自身が「あとがき」で言うように、将来展望を提示する試みが不十分に終わっている。そのため、読み終わった後しばらくすると、タイトル通りに「商店街が滅びる理由」だけが残ってしまう。著者には次作を期待したい。また、私を含めた読者が答えを導くべきなのかもしれない。

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海賊と呼ばれた男(上)(下)

書影
書影

著 者:百田尚樹
出版社:講談社
出版日:2012年7月11日 第1刷発行 12月6日 第12刷発行
評 価:☆☆☆☆☆(説明)

 今年の本屋大賞受賞作品。この本は面白かった。私は本屋大賞とは相性がいいらしく、2012年の三浦しをんさんの「舟を編む」も、2011年の東川篤哉さん「謎解きはディナーのあとで」も、たいへん面白く読んだ。そして、2010年の冲方丁さんの「天地明察」以来3年ぶりに大賞受賞作に☆5つを付けた。

 本書は、国岡鐵造という名の明治生まれの石油商人の一代記。染め物業を営む家の8人兄弟の一人(恐らく次男)として生まれる。神戸高等商業学校(現・神戸大学)を出た後、小さな商社を経て機械油販売店の「国岡商店」を創業する。

 この国岡商店の発展の歴史が、鐵造の人生そのものになる。それは苦難の連続。明治から大正、昭和と、日本の歴史を振り返れば、急速な近代化の後に、関東大震災、相次ぐ恐慌、満州事変から太平洋戦争、そして敗戦と、大きく揺れる。さらに「石油」はその時の国際情勢に依存する。国岡商店は、これらに翻弄され何度も危機を迎える。

 本書は、その危機と克服を克明に描く。正直に言うと、危機の克服の仕方は、鐵造の「(困難ではあっても)この道が正しい」という判断と、それに続く社員の凄まじい頑張り、のワンパターンで、少し白けてしまう。(鐵造の「ツルの一声」で重役たちが黙ってしまう場面の何と多いことか)

 「そりゃムリでしょ」ということが成功する。つまり、「リアリティに欠ける」。しかし、その気持ちはある時点で掻き消えてしまった。それは「日章丸」というタンカーの名を目にした時だった。「日章丸事件」それは実際にあった事件だ。私が生まれる10年も前の出来事だけれど、私はその事件を知っていた。

 もしや、と思って本の表紙や帯を見返すと「出光興産の創業者・出光佐三をモデルにしたドキュメント小説」の文字。もちろん小説としての脚色はあるにしても、鐵造が為した強烈な成果は、出光佐三が実際に成し遂げたこと、つまり「実際にあったこと」なのだ。「リアリティに欠ける」などと、賢しらなことを思った自分を恥じた。

 「実際にあったこと」となれば、この物語から受け取るエネルギーは圧倒的だった。「正義と信念」。最近は何となく虚ろに響くこの言葉を、もう一度力強く感じることができた。

 ※下のリンクは、先日新聞に掲載された広告です。写真は「日章丸」。この写真に感じる力強さや「真っ直ぐに道を切り拓く感じ」が伝わって来る物語です。
出光興産:広告ギャラリー

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ねぇ、委員長

書影

著 者:市川拓司
出版社:幻冬舎
出版日:2012年3月10日 第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 娘が通う高校の「図書館だより」で紹介されていた本。幻冬舎の隔月誌「パピルス」に掲載された短編2編と、書き下ろしの1編の3つの物語が収録されている。どれも中高生の「恋」を描いている。

 1編目の短編「Your song」の主人公は、高校の陸上部の長距離選手の女子。体育館の物置で、同級生男子の魅力的な歌声を聴く。彼は、授業中にいなくなったと思うと、向かいの校舎の屋上で、気持ちよさそうに歌を唄っていたりする。まぁ「自由」ではあるけれど、生徒からも先生からも疎まれている。

 2編目は「泥棒の娘」。30ページ足らずの短い作品。こちらの主人公は中学生の男子の「ぼく」。彼は転校してきた学校で、彼より前に転校してきた「彼女」と出会う。「彼女」は、いつも小さなラッパ(コルネット)を持ち歩き、授業中にも歌を口ずさんだ。だから目立ち過ぎていて、多くの生徒たちに嫌われていた。

 3編目は、本書の表題作の「ねぇ、委員長」。書き下ろしの130ページの中編。主人公は、成績優秀な学級委員長の女子高校生。発作を起こして通学路で座り込んでいるところを、通りがかった同級生の男子に介抱される。彼は「学校一の問題児」。

 並べると一目瞭然。主人公が恋する相手が、周囲から疎まれている「問題児」、という物語の構成が全く同じだ(加えて3編とも「主人公の昔語り」で、物語が語られる)。統一感があると言えばいいのだけれど、正直に言うとワンパターンに倦んでしまいそうだった。男の子たちのセリフが、妙にキマっているのも、少し興ざめだった。

 ただ、表題作「ねぇ、委員長」は、比較的長い作品だったこともあって、主人公の心情が良く描けていて良かった。「昔語り」も、他の作品よりも活きている。この設定では「優等生が大人びた問題児に魅かれて恋に落ちる」というだけの、何とも底の浅い陳腐な話になってしまいがちだけれど、2人の境遇を描きこむことによって、かろうじてその陥穽を免れている。

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東京バンドワゴン

著 者:小路幸也
出版社:集英社
出版日:2006年4月30日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 何人かの方から「面白いよ」と教えていただいていたのだけれど、タイミングが合わなかったのか、そのまま2~3年経ってしまった。今回めでたく読むことができた。面白かった。私が好きなタイプの物語だった。

 舞台はタイトルになっている「東京バンドワゴン」という名の下町の古本屋。明治18年創業というから歴史ある老舗だ。「バンドワゴン」というのは、楽隊を乗せた行列の先頭を行く車のこと。ずいぶん「ハイカラ」なネーミングだ。(もっとも「ハイカラ」という言葉は明治の後期にできたそうだから、言葉より先んじている)

 主要な登場人物が多い。「東京バンドワゴン」を営む堀田家には、店主の勘一を筆頭に4世代8人が暮らしている。そして語り手は、勘一の亡くなった妻のサチ。だから堀田家だけで9人いることになる。個性的な面々で、勘一は80歳を目前ながら90キロはある巨漢、その息子の我南人(がなと)は60歳にして金髪の「伝説のロックンローラー」。我南人には1女2男の子どもがいて、上の2人には小学生の子どもがいる。

 物語は、「東京バンドワゴン」の周辺で起きる「小さな謎」の巡るミステリー。例えば、勘一も他の誰も覚えがない百科事典が、店の棚に置かれていて、さらに夕方には忽然と消える。また、店の蔵が何者かに侵入されたり、小学生の子どもたちが付け回されたり、といった物騒な出来事も起きる。

 全体を通しての雰囲気は「昭和のホームドラマ」だ。頑固者の家長を中心にした大家族で、お互いを思いやりながらの暮らし。しかし個性のぶつかりは、時に(というか頻繁に)衝突を起こして、ドタバタとしたドラマを生む。巻末には「あの頃」のテレビドラマへの著者の言葉が記されている。

 「LOVEだねぇ」が口癖のロックンローラー我南人は、私には内田裕也さんを思わせる。特定のモデルはいない、ということになっているようだけれど。

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理系の子 高校生科学オリンピックの青春

書影

著 者:ジュディ・ダットン 訳:横山啓明
出版社:文藝春秋
出版日:2012年3月25日 第1刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

 元マイクロソフト社長の成毛眞さんが代表を務める書評サイト「HONZ」で、昨年の年間ベスト第1位となった本。本書は、インテル国際学生科学フェア(ISEF)という高校生の科学オリンピックの出場者を取材したノンフィクションだ。

 米国ではサイエンス・フェアと呼ばれる、地域や州ごとなどで開催される、中高生の自由研究の発表会が盛んなのだそうだ。日本で似たものを探せば「夏休みの自由研究」のコンクール。ISEFは、そのサイエンス・フェアの頂点に位置することになる。

 しかしISEFに出品される研究は、「夏休みの自由研究」と聞いて、多くの人が思い浮かべるものとは質的に異なる。例えば、14歳のテイラーが出品したのは「自作の核融合炉」!!!。驚きで呆然としてしまうが、さらに驚くべきことは、彼の出品が最優秀ではないことだ。

 蜂群崩壊症候群というミツバチの大量死に関する研究、馬との触れ合いによる人間の心の治療の研究、音楽を使った自閉症の子供たちへの教育プログラムの開発、カーボンナノチューブの研究による新素材の開発。例を挙げるのはもう十分だと思う。彼らの研究はレベルや実用性において、大学や企業の研究室のそれと比べて遜色ない。いや、大きく凌駕しているものさえある。

 「米国の天才」をこれでもかと紹介した本、別世界の話。ここまでの紹介では、そんな印象を持ったと思う。それは本書のほんの一部分で、多くを費やして記されているのは、彼がISEFに出品するまでの道のりだ。場合によっては2歳の頃から生い立ちを書き起こしている。

 彼らが何故その研究をしているのか?それは彼らの人生と深い関わりがある。彼らの誰一人として、何不自由なく恵まれた暮らしをしてきたわけではない。多くは並み外れた逆境を跳ね返してきたのだ。本人と家族の踏ん張りと、必要な時の必要な出会いがあって、この偉業は為されている。そこには感動と、「もしかしたら私(の子ども)も」と思えるものがある。

 最後に。ISEFは50以上の国から1500人もの参加がある。もちろん日本からの参加もある。巻末にISEF2011に参加し「地球科学部門」の第3位ほかを受賞した、千葉の田中里桜さんの「特別寄稿」が収録されている。「日本ではどうなんだろう?」という気がかりは、これで幾分晴れた。

※さらに嬉しいニュースもある。5月20日にISEF2013で、里桜さんの弟の尭さんが、同部門の最優秀賞を受賞したそうだ。
日本代表生徒初の快挙! 2013 年インテル国際学生科学技術フェアで部門最優秀賞を受賞

この後は書評ではなく、この本を読んで思ったこと書いています。お付き合いいただける方はどうぞ

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(さらに…)

「やりがいのある仕事」という幻想

書影

著 者:森博嗣
出版社:朝日新聞出版
出版日:2013年5月30日 第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 本書の紹介の前に、私がこの本を読もうと思ったきっかけを紹介しようと思う。Facebookである方が私が以前に読んだ「希望のつくり方」という本のことを話題にしていた。その本の一節に「日本ではあまりにも仕事に希望を求めすぎている」ということが書いてある、と。

 実は、私もそのことは常々思っていた。この本のタイトルと、帯の「働くことって、そんなに大事?」というコピーは、そのFacebookでの話題と私の気持ちにフィットした。少し前に著者の「人間はいろいろな問題についてどう考えていけば良いのか」を読んでいたことも、プラスに作用したかもしれない。

 さらに「まえがき」に、「「自分に合った仕事に就かないと人生が台無しになる」というプレッシャーを、大人たちが与えている(中略)本当に気の毒なことだと僕は思う」と著者は書いている。これがまた、私の気持ちを代弁するかのような、モノの見方だった。

 その後、第1章「仕事への大いなる勘違い」では、「仕事」についての固定観念を次々とはぎ取っていく。「仕事をしている者は、仕事をしていない者より偉いのか?」「どんな仕事をしているかが、その人の価値なのか?」「仕事は大変なのだと大人は語りたがるが、本当にそうか?」次々と投げかけられる問いに、まっすぐに向き合うことで、本質に近づいていく予感がする。

 ただし、本書は「今現在、就職や仕事に悩んでいる人」には役に立たないかもしれない。第4章「仕事の悩みや不安に答える」で、実際に著者が受けた質問や相談に答えているのだけれど、これが(そういう指摘が既にあるそうだけれど)「身も蓋もない」のだ。「職場が殺伐としています」という悩みに、(成果を問う)仕事というものは殺伐としている(ものだ)」と答えたりしている。

 「なるほど」と思うものもあった。それは「仕事をしないでやりたいことだけをして人生を送りたい。どうしたらいいか?」という、トンデモな感じの質問への答え。スキーがしたい人は、たぶん滑るのが楽しいのだと思うけれど、その前に上まで登らなければならない。お金を得る手段としての「仕事」はそれと同じで、「やりたいこと」の「準備」や「一部」だ、というもの。

 視点を高く持って俯瞰すると、「やりたいこと」があれば、「仕事」をその一部に位置づけることができる。その考えは「仕事」に「やりがい」も「希望」も「人生」さえも預けてしまうよりも、よほど健全で安全だと思う。

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