2.小説

そして、バトンは渡された

書影

著 者:瀬尾まいこ
出版社:文藝春秋
出版日:2018年2月25日 第1刷 2019年4月1日 第14刷 発行
評 価:☆☆☆(説明)

「こういう親子や家族のあり方も悪くないな」そう思った本。

今年の本屋大賞の大賞受賞作。著者は私が好きな作家さんのひとりだ。「戸村飯店青春100連発あと少し、もう少し」など、中高生のしなやかな感性を描いたものがとても楽しめた。本書は、本屋大賞受賞ということで、期待して読んだ。

主人公は森宮優子。17歳。高校2年生。彼女には父親が3人、母親が2人いる。姓は水戸→田中→泉ヶ原→森宮と3回変わった。事情は物語が進むに連れて分かってくるけれど、まぁ両親の離婚が繰り返されたらしい。

周囲は「つらいことは話して」と心配するけれど、優子自身は「少しでも厄介なことや困難を抱えていればいいのだけど」と、心配されることに申し訳なく思っている。幼いころから何度も両親が変わり、その度に生活も変わったけれど「全然不幸ではない」のだ。

物語は、優子の高校生活、女友だちとの色々や男の子からの告白などを追いながら、優子が小学校に上がる前からこれまでを順に挟む形で進む。高校生活の部分は「あるある」な感じ、これまでの部分は多少ぶっ飛んでいる。ぶっ飛んでいるけれど、ギリギリで「あり得る」感じ。

「悪くないな」と思った「親子のあり方」の一例を紹介。現在の父親の森宮さんは38歳。優子の継母の再々婚相手だ。もちろん血縁はない。でも、と言うかだからこそ、父親らしくあろうとしている(多少ユニークだけど)。その森宮さんに結婚相手の梨花さん(つまり優子の継母、優子の実父を入れて3人と結婚)が、こんなことを言っている。

親になるって、未来が二倍以上になることだよ。自分の明日と、自分よりたくさんの可能性と未来を含んだ明日がやってくるんだ。

森宮さんはそのことについてこう言っている。

明日はちゃんと二つになったよ。自分のと、自分よりずっと大切な明日が、毎日やってくる。すごいよな。(優子はこれに「すごいかな」と疑問を呈する)

正直に言うと、本屋大賞の大賞受賞作としては、「他と全然違う」という無二な感じがなくて、少しもの足りなかったけれど、私が好きな部類の作品。

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ある男

書影

著 者:平野啓一郎
出版社:文藝春秋
出版日:2018年9月30日 第1刷 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 愛する人の「過去」が偽りであったら「現在」の愛も偽りなのか?そんなことを問いかけるミステリー。

 今年の本屋大賞の第5位の作品。

 主人公は弁護士の城戸章良(あきら)。38歳。在日三世。横浜在住。かつて離婚調停の代理人を務めたことのある谷口里枝から、少し変わった相談を受けた。

 宮崎に戻って再婚した相手が事故で亡くなった。ところが「谷口大祐」と名乗ったその男は、全くの別人だったと分かった、というのだ。単なる偽名ではなく「谷口大祐」の戸籍は実在し、彼が語った経歴や家族とのエピソードは「谷口大祐」本人のものだった。

 そこで当然の疑問。里枝の夫だった男は、いったい誰で何のためにこんな手の込んだことをしたのか?城戸は、正式な仕事というよりは相談という形で調査を引き受け、弁護士としての仕事の傍ら、関係者から話を聞いて回る。物語は城戸自身の周辺の出来事を交えながら、この調査の進展を追う。

 物語の冒頭、里枝と「谷口大祐」の出会いから結婚までを、比較的丁寧に描く。戸籍まで変えて他人に成りすますなどという行為は、相当の事情がなければやらない。すぐに想像されるのは、何かの犯罪に関わっている、ということだ。ところが冒頭に描かれる里枝とのエピソードから浮かび上がる人物像は、、そういったこととは無縁のものだ。

 「谷口大祐」は全くの別人、それは分かった。では、里枝や子どもたちに見せた、あの人柄もニセモノだったのか?里枝の気持ちになって「そうではあって欲しくない」、そんな気持ちを私は持ちながら読み進めた。

 城戸の調査は、何枚もの薄い紙を1枚ずつはがしていくように進む。時に停滞し、ふとしたきっかけでまた進む。このエピソード要るのかな?と思うものもあるけれど、それが物語に幅とリズムをもたらしている。「別人として生きる」ということを選択した人々の悲哀と共に、淡い羨望を感じる。

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ひと

書影

著 者:小野寺史宜
出版社:祥伝社
出版日:2018年4月20日 初版第1刷 2019年3月25日 第12刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 誠実に、そして前を向いて生きていくって素晴らしい。そう思った本。

 今年の本屋大賞の第2位の作品。

 主人公は柏木聖輔。20歳。三年前に鳥取に住んでいたころ、父親が車の自損事故で亡くなった。飛び出してきた猫を避けようとしたらしい。保険金で父の多額の借金を返済。残ったお金で母親は、聖輔を東京の私立大学に進学させてくれた。そして先日、母親が病気に亡くなった。不幸が重なる。

 聖輔は大学を中退し職を探し始めるが、気持ちが切り換えられない。前を向けない。フラフラと街を歩いているうちに着いたのが江東区の砂町銀座商店街の揚げ物の総菜屋の前。所持金55円。唯一買えるのは50円のコロッケだけ。それなのに、横から来たおばあさんに1コしか残っていないコロッケを譲ってしまう。

 何が幸いするかは分からない。おばあさんにコロッケを譲ったことが、結果的に聖輔を前に進ませるきっかけになった。店主との短いやり取りの後、聖輔はこの総菜屋にアルバイトとして働くことになった。少しずつ人生の歯車がよい方に回り出す..

 世の中には「いい人」と「いい人じゃない人」がいる。本書はその対比を際立てた物語だった。

 例えば。総菜屋の店主の田野倉さんは、120円のメンチを50円にまけた上に、ハムカツをおまけしてくれた。「いろいろ事情がありまして」という聖輔を、深く尋ねずに雇ってくれた。いい人。遠縁の基志さんは「母親の葬儀を手伝った」ことを理由にお金をせびりに来る。いい人じゃない人。

 いい人じゃない人は「悪い人」とまでは言えない。基志さんだって葬儀を仕切ってくれた。もしいなかったら聖輔は途方に暮れていただろう。「悪い人」じゃなくて「ダメな人」。もう一人の「いい人はじゃない人」の例は、聖輔の同級生(女子)の青葉の元彼で有名私大の学生。「おれはちょっといい大学に行ってるけど、そんなことはなんでもない。青葉とも普通に付き合えるし、コロッケも好きだ」とかいっちゃう。やっぱり「ダメな人」

 物語は、最初は文字通りふらふらで自分を無くしていた聖輔が、「いい人」に助けられてしっかりと歩き出すまでを、温かみのある文章で綴る。他人との関りが、人の、特に若者の暮らしと成長には欠かせない。誠実に生きていれば「いいひと」が周囲に現れる。そんな気持ちを強くした。

 青葉が聖輔に言った言葉が印象的だった。「今の柏木くんが人にものをあげられるって、すごいね

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美女と竹林のアンソロジー

書影

著 者:森見登美彦、伊坂幸太郎、恩田陸、有栖川有栖、京極夏彦 ほか
出版社:光文社
出版日:2019年1月30日 初版1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

知っている作家さん、初めての作家さん、いろいろな作家さんのテイストが楽しめる、詰め合わせギフトのような本だった。

本書は、「竹林愛好家」の森見登美彦さんが「美女と竹林」というテーマで、他の作家さんに作品をお願いしてできたアンソロジー。「お願い」に応じた作家さんが9人。阿川せんり(敬称略。以下同)、飴村行、有栖川有栖、伊坂幸太郎、恩田陸、北野勇作、京極夏彦、佐藤哲也、矢部嵩。これに森見さんを加えた10人の「美女と竹林」(をテーマにした作品)を収録。

まず、知っている作家さんから2人。伊坂幸太郎さんの「竹やぶバーニング」は、仙台の七夕祭りで使われている無数の竹の中から、「かぐや姫」が混入(!?)した竹を探す。「美女」で「かぐや姫」その人が登場するのも、「竹林」そのものが出てこないのも、他の作家さんにはあまりない特徴で、無二な印象を受けた。

恩田陸さんの「美女れ竹林」。「美女らない、美女ります、美女れ、美女ろう」と活用する。このアンソロジー企画の依頼の場面から書き起こしたり、なかなかコミカルな感じで始まるのに、この物語がダントツで怖かった。そういえば恩田さんは、コミカルもホラーも書く人だった。

次に、初めての作家さんから1人。佐藤哲也さんの「竹林の奥」には驚いた。23ページの作品全部が1段落で構成されているのだ。全編がワンカットの映画みたいだ。同じことを少しずつ表現を変化させて次の文に受け渡す。話もズルズルと物の位置がずれるように進む。一見して読みにくいだけでなく、確かに読みにくいのだけれど、不思議と最後まで読めた。

有栖川有栖さんや京極夏彦さんの作品は、確かにそれぞれの方の特徴が感じられるのだけれど、なぜか「森見登美彦っぽく」感じた。それは、初めての作家さんの何人かの作品でもそう思った。ちょっと不思議。

そうそう。森見さんには「美女と竹林」という作品がある。「妄想エッセイ」という森見さんにしかないジャンルの作品だ。

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蹴爪

著 者:水原涼
出版社:講談社
出版日:2018年7月24日 第1刷 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 著者は2011年上期の芥川賞の候補者。1989年(平成元年)生まれで、当時は21歳で「史上初の平成生まれの芥川賞候補者」と言われた。残念ながらその回の芥川賞は「該当者なし」。本書は、候補になった後の初めての作品集。表題作「蹴爪」と「クイーンズ・ロード・フィールド」の、100ページほどの2編を収録。

 「蹴爪」は、フィリピンの島に住むベニグノという名の少年が主人公。闘鶏の胴元をしている父パウリーノ、母のマリア、兄のロドリゴと暮らしている。父のパウリーノは、昼間は酒を飲んで子供たちと遊んでばかりいる。ベニグノは11歳だけれど学校には行っていない。ちょっと荒んだ感じはするけれど、友達の少女グレッツェンとの会話は、少し甘酸っぱい感じもあって、微笑ましかった。

 それが徐々に不穏な空気が漂い始める。ちなみに「蹴爪」は「ボラン」と読む。ニワトリやキジなどのオスの足にある爪のことで、この物語では闘鶏のために刃物のように研いである。相手の血でくすんだ爪。思えば、物語の最初から、血の匂いと南の島の熱い空気が相まって、息苦しい不穏な空気はあったのかもしれない。

 「クイーンズ・ロード・フィールド」の舞台はスコットランド。主人公はクレイグ。ロベルト、アシュリー、モリーと13歳の時から26年間、地元のサッカーチームの応援をしたりしながら、4人でいつも一緒にいた。物語は時々のエピソードを追いながら進む。

 男3人女1人。こちらも甘酸っぱさを含んだ青春群像劇として始まる。4人ともに何かしらの問題を抱えていて、26年の間には曲折がある。「クイーンズ・ロード・フィールド」は、地元のサッカーチームのホームのスタジアムの名前。ずっと変わらずそこにある、ということで、折々のエピソードの舞台になる。うまい使い方だと思う。

 不穏で重苦しい雰囲気を醸すかと思えば、くすっと笑えるユーモアを交えたりして、よく言えば面白い、悪く言えばつかみどころがない。もっとたくさん読んでみたい。「芥川賞候補」から本書まで7年。文芸誌には作品を発表されているようだけれど、単行本化を希望。

 カバーや表紙に使われている、村上早さんの作品が意味深。

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コンビニたそがれ堂セレクション

著 者:村山早紀
出版社:ポプラ社
出版日:2015年3月12日 第1刷 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 著者の作品を読むのは、「桜風堂ものがたり」とその姉妹作「百貨の魔法」に続いて3作品目。「あとがき」で知ったのだけれど、著者は児童文学の作家さんとして長い経歴をお持ちだった。本書は、主に中高生向けのポプラ社ピュアフル文庫の、「コンビニたそがれ堂」シリーズの中から短編4編を選び、書下ろし1編を加えた「愛蔵版」として出版されたもの。

 主人公は短編ごとに様々。人間の家族に愛されて育った猫、引きこもり中の十七歳の少女、お隣のお兄ちゃんが好きな小学校6年生、幼いころにクリスマスイブの秘密の思い出があるおじいちゃん、過去に不思議な経験をした病院の院長先生。バラバラな主人公たちに、ひとつだけ共通することがある。「大事な探しもの」がある、ということ。

 物語の主な舞台となるのは、風早の街の商店街のはずれにあるコンビニ「たそがれ堂」。いつでも誰でも行けるわけではなくて、夕暮れ時に、大事な探しものがある人だけに、その姿を現す。世界中のものが何でもある。探しているものがあれば必ず見つかる。そんな不思議なお店。店長は神様だという人も..。

 哀しいお話の中でほんのりと温かい物語だった。物語のいくつかは寒い日で、コンビニの暖かさが凍えた体に心地いい、という設定なのだけれど、ちょうどそんな感じの温かさ。「大事な探しもの」というのは、心の中ので欠けているものを埋めるものであることが多い。そこには必ず哀しい事情がある。

 「あとがき」は「創作メモ」でもあって、各編の解説、執筆時の気持ち、その作品への想いなどが、著者自身の言葉で書かれている。実は、冒頭にあげた私がこれまでに読んだ2作品も「風早の街」を舞台にしたもので、どうやら著者はずっとこの架空の街を舞台に作品を描いてきたらしい。他の作品、他のシリーズも読みたい。

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デトロイト美術館の奇跡

著 者:原田マハ
出版社:新潮社
出版日:2016年9月30日
評 価:☆☆☆(説明)

 米国ミシガン州デトロイトにある「デトロイト美術館(DIA)」の、存続危機の実話を基にした物語。デトロイト美術館と、そこに展示されたセザンヌの絵画にまつわる、1969年と2013年の2つの時代に跨る物語を綴る4つの連作短編。

 物語は2013年から始まる。主人公はフレッド・ウィル。68歳。デトロイトの自動車会社に溶接工として40年も務めたが、会社の業績悪化のため13年前に解雇された。がっくりしていたフレッドを励まし家計を支えたのが妻のジェシカ。彼女はフレッドに、ひとつだけお願いがあると言って告げた。

 あなたがリタイアして、時間にも心にも余裕ができたら、一緒に行きたいと思ってたの。デトロイト美術館へ。

 こうして幕を開けた物語は、この後、フレッドとジェシカの夫婦と、セザンヌ作「マダム・セザンヌ」とのエピソードを描き、次の短編で1969年に遡って、この絵と富豪のコレクターの親密さを紹介して、その次の短編で再び2013年に戻る。そこでの主人公は、ジェフリー・マクノイド。DIAのチーフキュレーター。描かれるのはDIAの存続危機と、実際に起きた奇跡。

 100ページほどの小品なので「軽く読める本」として手に取ったもので、正直に言うと物語の内容には、大きな期待はしていなかった。ところが読んで強く惹きつけられた。分量が少ない分、シンプルな構成と的確な文章表現が、却って心を捉えた感じだ。

 フレッドがDIAを訪れる4ページほどのシーンが素敵だ。著者の美術館への愛を感じる。その一部を紹介。

 入るとすぐに広々としたホールが現れる。左右に配置された彫刻たちに見守られながら、大理石の床をまっすぐ進んでゆく。その瞬間、ほんの少し背筋が伸びる。そして、胸がわくわくしてくる。大好きなアートに向かい合う特別な時間がこれから始まるのだ。..

 「楽園のカンヴァス」や「暗幕のゲルニカ」などの、著者のアートミステリーは、画家や作品についての知識があった方が楽しめる、ということはあったと思う。しかし、本書は「美術にも美術館にも興味がない」という人に読んでもらいたい。フレッドのように、人生が変わって大切な「友だち」が見つかるかもしれないから。

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新章 神様のカルテ

書影

著 者:夏川草介
出版社:小学館
出版日:2019年2月5日 初版第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「神様のカルテ」「~2」「~3」「~0」に続く第5弾。タイトルが「新章~」となったのは、舞台となる主人公の勤務先が変わったことや、娘が生まれて家族ができたことなどから、「新しい物語」の始まりを意図してのことだろう。

 主人公は、栗原一止。内科医となって9年目。2年前に、市中の一般病院から大学病院に移った。それまでの実績や常識が通用しない特異な世界で、右往左往する日々。そんな暮らしを始めた矢先に娘を授かり、一止と妻の榛名、娘の小春の3人で、陋屋の「御嶽荘」に暮らしている。

 「引きの栗原」と呼ばれていて、一止が当直や救急当番の時には、患者が救急搬送されてくる。だいたいの場合は次々と。今回の作品でも序盤で、ドクターヘリで患者が到着したその時には、救急部の20床がほとんど埋まっていて、そこにさらに救急車の到着連絡が入る。修羅場だ。

 救急部のこの様子は、以前の一般病院の時から変わらない。「引きの栗原」もその時からそう呼ばれていた。違うのは、一止には目の前の患者だけに集中できない、気詰まりな仕事があることだ。それはベッドの確保。ベッドを差配する担当の准教授にお伺いを立てて確保してもらわなけれなならない。患者が既に来ているのに「色々と連絡をとってみたが、難しくてね」なんて言われる。

 このベッドの件は、大学病院の「特異な世界」の象徴で、要は「患者よりも病院のしきたりやルールが優先される。「24時間365日」の看板がある以前の一般病院とは大きく違う。「新章」は、この環境の中で一止が、どのように自分の求める医療のあり方を全うするのか?どう成長していくのか?が描かれる(のだろう)。

 とてもよかった。最先端の医療現場を舞台にした物語なので「死」を描かないわけにはいかない。それは、描きようによっては過度に情緒的になりすぎたりする。そういうのは「感動のための死」を感じて私はイヤなのだけれど、本書の場合は医師たちの態度が真剣で、却って感傷が入り込まないためか、スッと受け入れられた。

 一止の同期の医師の砂山や進藤を始めとした、これまでの登場人物が健在で、これに大学病院の同僚やスタッフにも魅力的なキャラクターが加わった。御嶽荘での私生活の方にも動きがあるようだし、これからの展開も楽しみだ。

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宝島

著 者:真藤順丈
出版社:講談社
出版日:2018年6月19日 第1刷 12月19日 第5刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 2018年下半期の直木賞受賞作。著者のことは寡聞にして知らなかった。プロフィールによると、2008年にダ・ヴィンチ文学賞大賞や日本ホラー小説大賞など、4つの賞を別々の作品で受賞している。

 舞台は沖縄、コザ市。この街に生まれ育った、グスク、レイ、ヤマコの3人の若者の物語。時代は1952年から1972年までの約20年間。念のため言うと、1952年はサンフランシスコ講和条約締結の年、1972年は本土復帰の年。どちらも沖縄の歴史に関連する、特に1972年は特別な年だ。そう、この物語は沖縄の言葉でいう「アメリカ世(ゆ):アメリカの統治時代」を描いている。

 物語は冒頭から疾走する。グスクとレイが「オンちゃん」の隣を走っている。嘉手納基地の中を、アメリカ兵の追撃を振り切るために必死に走っている。グスクとレイは、アメリカ軍の倉庫から、資材や医薬品、食料などを盗み出してくる「戦果アギヤー」の一員。「オンちゃん」は、そのリーダー。盗み出した「戦果」を街中に配るだけでなく、学校まで作った。オンちゃんは地元の「英雄」になっている。

 ところがオンちゃんは、冒頭の嘉手納基地での逃走劇のさなかに、行方知れずになってしまう。生死さえわからない。グスクはオンちゃんの親友で、レイは実弟、ヤマコは恋人だ。いなくなった「英雄」を追いかけて、探して、永遠の別れを自身に言い聞かせる、残された3人の三様の年月を、物語は描く。それは、本土復帰までの20年間の沖縄の真実を、その内側から描くことでもある。

 奔流のような物語に圧倒された。レイは触れると切れるカミソリのようになり、自分までも傷つけかねない。グスクはいくらか真っ当に見えるけれど、それでも危険な綱渡りだ。ヤマコはしなやかで力強いが、その中に脆さが見える。ハラハラし通しだ。正体が明らかにされない「語り部」の存在もとても効果的だと思う。

 最後に。一文を引用。

 勘弁してくれ、もう勘弁してくれ。この島の人たちはみんな、理不尽な運命にあらがう処世術を、見のよじれるような悲鳴や憎悪からの自衛手段を教えられて、いまもそれを次の世代へと引き継いでいる。

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愛なき世界

著 者:三浦しをん
出版社:中央公論新社
出版日:2018年9月10日 初版発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 本屋大賞ノミネート作品。そして2冊続けての三浦しをん作品。「愛なき世界」だけれど、愛をたっぷり感じる物語。

 読み始めてしばらくして「これは「舟を編む」の系統だ!」と思った。著者には一部で「お仕事小説」と呼ばれる作品群がある。例えば「舟を編む」は辞書の編纂、「仏果を得ず」は文楽の大夫という、「お仕事」とそれに従事する人にフォーカスした小説、と言える。そして著者の「お仕事小説」が、私は例外なく好きだ。だから本書も期待を持って読んだ。

 主人公は藤丸陽太。20代初め。東京のT大赤門前の洋食屋「円服亭」の住み込み店員。もう一人。本村紗英。20代半ば。T大学理学部で植物の研究をしている大学院生。20代の男女二人が出会ったのだから、なるべくしてなったということで、藤丸くんが本村さんに恋をした。そういうお話。

 「そういうお話」なのだけれど、本村さんの方がウンと言わない。彼女は「植物の研究にすべてを捧げる」と決めている。だから誰ともつきあうことはできないし、しない。あぁ藤丸くん、残念。

 それでも藤丸くんが本村さんに魅かれ続けるし、本村さんだって藤丸くんからたくさんの影響や気付きを受ける。本村さんが所属する「松田研究室」には、いつも黒いスーツを着て陰鬱な殺し屋みたいな松田教授をはじめ、魅力的なキャラクターが揃っている。たくさんのエピソードのそれぞれがとても心地いい。

 そんな具合で今回は「植物の研究者」という「お仕事」に(藤丸くんの「洋食屋の店員」にも少し)フォーカスが当たっている。本村さんだけじゃなくて、研究室の面々の「植物への愛と好奇心」が半端じゃない。それがとても好ましい(家族にいたらちょっと困るかも?)。読者もその一端を垣間見ることで、ちょっと新しい世界を知ることができる。

 期待を持って読んだけれど、本書はその期待に十分以上に応えてくれた。私の「著者の「お仕事小説」が例外なく好き」も継続中だ。

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