21.村上春樹

めくらやなぎと眠る女

著 者:村上春樹
出版社:新潮社
出版日:2009年11月25日 発行 
評 価:☆☆☆(説明)

 村上春樹さんの短篇集。「象の消滅」と同様に、米国で編集され英語で出版された自選短篇集と同じ作品構成という企画だ。日本での出版が古いものでは1983年の短篇集「カンガルー日和」から「カンガルー日和」や「スパゲティーの年に」他、新しいものでは2005年の「東京奇譚集」から「ハナレイ・ベイ」や「品川猿」他の全部で24編もの短編が収録されている。
 著者のデビュー作「風の歌を聴け」は1979年の作品だから、本書はデビュー直後から最近までの著者の短編のショウケースのような趣がある。「英語圏の読者に向けて」という注釈は付くが、著者自らが選択した作品を24作品もまとめて読めるのだから、ファンにとってはうれしい一冊だと思う。

 一部を除いて(私が見たところ3つ)、既出の短篇集に収められた作品ばかりなので「これほとんど一回読んだやつなんだよなぁ」という心配はあった。でもそれは結果的には杞憂だった。以前に読んだことがある(はずな)のだけれど、全く覚えていなかったり、展開に驚いたりと面白かった。覚えている作品でさえ、著者らしい言い回しやストーリーを楽しめた。
 ただ、本書が多くの人に受け入れられるかどうかは正直言って微妙なところだ。特に前半に収録されている作品は、フワフワしていてつかみ所がない上に、フッっと音も立てずに終わってしまう感じ。それでいて、「あぁこれは村上春樹らしいなぁ」と感じる物語の小片になっている。でも「村上春樹らしい」という感覚が元々無ければ「訳が分からない」という気持ちが残るだけではないだろうか。
 しかし、後半の作品は少し骨組みや肉付けが感じられる。収録順は「東京奇譚集」の収録作品が最後になっていて、ゆるやかには年代順になっているようなのだが、何の順で並んでいるのか分からない。思うに、本書を通して少しずつ「村上春樹作品」なるものの形が見えてくるような趣向なのではないだろうか。

 本書冒頭に「Blind Willow, Sleeping Womanのためのイントロダクション」という6ページの著者からのメッセージが載っている。著者にとっての長編小説を書くこととは何か、短編小説を書くこととは何か?ということが綴られている。著者の肉声に接したような気がした。

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1Q84 BOOK1、BOOK2


著 者:村上春樹
出版社:新潮社
出版日:2009年5月30日 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 出版社によると、発売1週間後の昨日(6月4日)現在の発行部数が、BOOK1が51万、BOOK2は45万だそうだ。敢えて指摘するまでもなく空前の売れ行きだ。出版界のみならず経済全体の景気が悪くて社会が沈鬱な現在、明るいニュースの部類にはなるのだろう。良いことには違いない。
 しかし、どういった内容の本か?とか、面白いのか?という情報が皆無に近い中での雪崩のような売れ方に疑問がないわけではない。「売れている本だから買って読んでみたい」というのは自然な感情だが、ある閾値を越えると量的な違いは質的な転換を伴う。1週間で百万部という量は尋常ではない。本書との関連を指摘されるオーウェルの「1984」が描き出した思考停止の状況に思えるが、シニカルな見方すぎるだろうか。

 肝心の本の中身は、少し気になる点はあったが面白かった。2冊で1000ページにもなるし、ゆっくり読もうと思っていたのに、結構なスピードで読みきってしまった。村上春樹ファンには肌になじむ感じの物語だ。かつての作品を思い起こさせる人々や出来事、ふんだんに出てくる音楽、あぁこれはランナーとしての著者の思いだなとか、これは「アンダーグラウンド」を下敷きにしたものだな、などなど。勝手な思い込みができるのも嬉しい。
 そして本書は、ファンではない人にとっても親切な造りだと思う。「親切」というのは「ファン以外には付いて行けない」というほど、いわゆる村上ワールド色が強く出ていない、という意味だ。得体の知れないモノや変わった人々は出てくるが、上々のサスペンスとしても読める。私は、あまりに普通の物語なので、著者の文体に似せた誰かの手になるものなのではないかと思ったほどだ。

 不満がないわけではない。多くの物事が着地しないままになっている。もっと言えば、物語に盛り上がりがない。特に主人公2人のうち一方の視点だけを見れば、「何かが起こりそう」という気配だけで実際には何も起きていない。これで終わりではないのだろう。
 ところでこの物語は、主人公の1人が紡いだ物語と現実が、複雑な入れ子状態になる。実はその入れ子状態はもっと大きく、本書そのものとそれを読む読者までが組み込まれているようだ。なぜなら、著者は主人公の口から、その作品が「物語としてとても面白くできているし、最後までぐいぐいと読者を牽引していく」のなら、疑問符を残したままであることぐらい何だと言うのだ、という意味のことを言わせている。これは著者が私のような読者を予想して、それに向けた言葉に違いないからだ。

 この後は、ちょっと気になったことを書いています(ネタバレの要素があります)。興味のある方はどうぞ。

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(さらに…)

東京奇譚集

著 者:村上春樹
出版社:新潮社
出版日:2005年11月6日発行 2005年9月30日2刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「新潮」に2005年3月号から6月号までに掲載された短編4編と、書き下ろし1編の計5編が収められた短編集。

「奇譚集」だから、ありそうにもないけれど、もしかしたら….。という話が5つ。考えてみれば、村上春樹の小説は、作品によって度合いに違いはあるが、全て奇譚と言える。(ちなみに、本の帯に【奇譚】<名詞>不思議な、あやしい、ありそうもない話 という説明が書いてある)
 不思議の度合いが、1編目より2編目、2編目より3編目と強くなっている。1つ目はありえないような偶然が重なる話、2つ目は幽霊話、3つ目は品川で姿を消した男が仙台に現れる、4つ目は夜中に石が勝手に動く、そして5つ目に至ってはしゃべる猿(羊ではなく)の登場。月刊誌への掲載だから、読者はこの順に目にすることになる。偶然ではないと思う。徐々に村上ワールドへ引き込む作戦だろう。そして、この短編集自体も、そうした意図を持ったものに違いない。

 書き下ろしの「品川猿」が一番面白い。しかし、長編のような細部の書き込みが足りないような気がした。猿が名札を盗むのだけど、どうやって在りかを見つけたのかを聞かれて「ひらめき」で済ませてしまっている。
 しかし、登場する人は、ゲイであったり、息子をサメに食われた母親であったり、親に愛されなかったりと、不完全さを持つ人々が多い。そういう人々の物語をサラッと書く手並みはさすがだ。

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カンガルー日和

著 者:村上春樹
出版社:講談社
出版日:1986年10月15日発行 2001年7月31日第40刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

 20年近く前に出た村上春樹の短篇集。「象の消滅」に収められていた短篇のうち、「4月のある晴れた朝に100%の女の子に出会うことについて」が収められている。他の短篇が収められた本は家にあったのに、これがなかったので、買ってきた。

 なんとも言えない村上作品の空気はあるものの、濃密な感じではなく、むしろさらっと読めるショートショートのような短篇が並ぶ。最後の「図書館奇譚」を除いては。
 これらの短篇は、トレフルという雑誌に連載していたものらしい。1981年4月から83年3月までとある。ちょっと調べてみた。「図書館奇譚」は、1982年6月号から、羊男が出てくる第2回目は7月号。「羊をめぐる冒険」は、群像の同じ年の8月号、つまり、「図書館奇譚」の方が早い。
 どういう雑誌なのかよく分からなかったのだけれど、読者はどう思っただろう。まぁ、そんなこともあるよね、という軽い感じの読み物がそれまでは続いていたのに、いきなり羊男、それも頭を割って脳みそを吸う、というのだから尋常じゃない。驚いただろう。

 ところで、村上作品には図書館が良く出てくる。「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」「海辺のカフカ」。図書館、古い書物が集積している場所に対する微妙なセンスがここに現れているように思う。

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「象の消滅」短篇選集

著 者:村上春樹
出版社:新潮社
出版日:2005年3月30日発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 1980年~91年に書かれた短編を1993年に米国クノップ社が短篇集として出版した。本書はその本のセレクション、順番で収録してある。10年以上前に米国で出版された20年前の作品を、どうして日本で出し直す必要があるのかは疑問。「面白そうな企画だな」という以上には深い意味もないのかもしれない。
 という、皮肉な考えとは裏腹にけっこう楽しめた。本棚を改めて探ると、収録作品の大部分は見つかった。つまり、以前に読んでいたはずなのに、とても面白く読んだ。まぁ、読んだのは10年以上も前だから、単に忘れていただけなのだけれど、作品が魅力的であった証拠とも言えるのではないか。

 こうやって、17編もの短篇を通読してみると、いくつかの傾向というか、分類が見えてくる。現在の村上作品の特徴とも言える、仮想と現実がない交ぜになった世界観のもの(緑色の獣、踊る小人、そして表題の象の消滅、など)、あり得ないとは言えないけれど非日常的な物語(パン屋再襲撃、納屋を焼く、など)、若者を青臭いぐらいに素直に描くもの(4月のある朝に・・・・・・、午後の芝生、など)、人間心理を鋭く突くもの(沈黙、など)...。
 ここまで書いて、ある考えに行き当たった。これは、日本の読者に向けた村上作品のトレーニング用なのではないか。最近の村上作品は、独特の世界観が強すぎて、ついていけない人もいる。しかし、短篇で青春ものなら入って行きやすいだろう。この短篇集の、この作品はよくわからないけど、これは良かった、という読み方もできる。
 米国で出版する際には、多分に村上春樹を紹介する目的をこの短篇集に持たせていたに違いない。それをそれを逆輸入で日本向けにやったので。それが、10年以上前に米国で出版された本を日本で出し直す理由なのかもしれない。

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アフターダーク

著 者:村上春樹
出版社:講談社
出版日:2004年9月7日初版
評 価:☆☆☆(説明)

 都会の一晩の出来事を描いた、村上春樹の中篇作品。
 村上春樹らしいと言えば良いのかもしれないが、つかみどころのない作品。物語は何かの予感を持ちながら(例えば、新しい恋とか、殺人やその他の犯罪とか)進んで行く。しかし、何かに向かっている様子はない。予感は、何にも結実しないで予感のまま終わる。
 登場人物は多彩。主人公は、美貌の姉を持ち、その陰で自信を持てずに外国語大学に通う女子大生。その姉は、2ヶ月も眠り続けている。その他に、元女子プロレスラーのホテルのマネージャー、誰かに追われている従業員、売春組織の中国マフィア、その売春婦を殴って身ぐるみ剥いだシステムエンジニア、そして主人公の相手役のバンドマン。全員が深夜から明け方の時間の住人だ。
 それぞれの登場人物に物語があり、それが交錯しながら展開するのだが、全ての話は宙に浮いたまま終わる。「朝が来たからこれで終わり」とでも言うように。一晩だけの出来事だから、何かの結末を迎えるのはムリなのかもしれないけれど、こんな何もかも宙ぶらりんでいいのか。
 これは、村上春樹が紡ぐ物語の断片なのではないか?これと同じが似た設定で、長篇が書かれるのではないか?こんな期待は甘すぎるだろうか。

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海辺のカフカ

著 者:村上春樹
出版社:新潮社
出版日:2002年9月10日発行 9月20日2刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

 1999年「スプートニクの恋人」以来の長篇書き下ろし。
 期待を裏切ることなく、村上作品独特のつかみどころのない世界が広がる。灰色の海と灰色の空の境界があいまいなように、夢なのか現実なのか、その境界が見えない浮遊感がただよう。 「僕」と「ナカタさん」の2つの物語が同時に進行し、最後に折り重なる手法も馴染み深い。
 しかし、今回の物語は底が浅いように感じた。まるで、誰かが村上春樹のスタイルを真似て書いたような、しっくりこない感じがする。少年の家出やその他の人の行動に必然性がない。偶然や都合よく現れる登場人物(猫もいた)の導きの繰り返しで、物語が進行する。まるで、ロールプレイングゲームのように。

 それでも、「どうやったらこういう人物を思いつくのか」と思うような、独特の登場人物と設定など、軽めな村上作品を楽しみたい人には良いと思う。

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