謎解きはディナーのあとで

書影

著 者:東川篤哉
出版社:小学館
出版日:2010年9月7日 初版第1刷発行 2011年9月10日 第21刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 2011年の本屋大賞の大賞受賞作品。帯には「145万部突破!」の字が躍っている。そして10月18日からフジテレビ系列でテレビドラマ化されて放映される。主人公の麗子を北川景子さん、その執事の影山を嵐の櫻井翔さんが演じる。

 「お嬢様の目は節穴でございますか

 乱暴に言えば、広告のコピーに使われるこの一言が、本書を本屋大賞に、145万部の大ベストセラーに押し上げた、と言える。「お嬢様」に向けて放った言葉とはとても思えない、このギャップが気になって、そこに何か楽しいことを期待して、本書を読んだ人が多いだろう。かく言う私もその一人。

 麗子は東京多摩地区の国立署に所属する刑事。彼女は若くて綺麗なだけではなく、とんでもない金持ちなのだ。彼女は、金融、エレクトロニクス、医薬品などの巨大企業グループ「宝生グループ」の総帥の一人娘だ。そう、例の一言の「お嬢様」とは麗子のこと。
 若くて綺麗で大金持ちでも、刑事という仕事には特に役に立たない。彼女の上司の警部が(彼も社長の御曹司で、麗子には大きく劣るが金持ちなのだ)、刑事としては役立たずであることもあって、事件の解決が一向に捗らない。
 それで、家で夕食後にくつろいでいる時に、特に当てがあるわけではなく、執事の影山に事件のことを話した。思ったことをなんでもどうぞ、と麗子に促された影山が口にした言葉が、....。

 本書は、このような形で麗子が抱える事件を影山が推理する、というミステリー短編が6編収録されている短編集。それでそれぞれの事件の推理を披露する前に、影山が「節穴」だの何だのと、麗子に言うわけだ。当然麗子は怒りまくる。これが面白い。

 ただし「節穴でございますか」は第1編ではなく、後の短編で登場する。正直に言って、145万部に見合うほど面白いか、というと少し疑問。しかし、「節穴」を予想して第1編を読んでいたら、影山からはさらにギャップとインパクトが強いセリフが放たれて、不意打ちをくらった。その破壊力は抜群だった。

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教えるな! できる子に育てる5つの極意

書影

著 者:戸田忠雄
出版社:NHK出版
出版日:2011年6月10日 第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 いくつもの理由で、本書に興味があって手に取ってみた。仕事で小中学校の先生や子どもたちと関係があること。自分に中高生の娘が2人いること。だから、教育の問題は身近な興味の対象であること。著者が、以前にわが街の教育を考える審議会の委員をされていたこと。もっと以前には私の家族が著者の教え子であったこと。こうしたことから、著者がどんな考えの方なのか読んでみようと思った次第だ。

 「教えるな!」というタイトルを見て分かる通り、「常識の逆」を言うことで、著者のオリジナリティを発揮している。本書中にはその他にも、「立派な教師にならなくてもいい」「先生は聖職者ではない」「デモ・シカ教師もダメではない」「愛だの情熱だのと言う先生は適格性を欠く」といった、読む者を挑発するような意見が多く披露されている。
 確かに奇をてらう部分はあるが、それだけではない。例えば「教えるな」の裏には、「「学びたい」という飢餓感があって、はじめて教える効果が上がる」という考えがある。著者は「自ら学び、自ら考える」ように導くのが教育、と考えていて、「教えすぎ」はそれを阻害する元凶なのだ。

 読んでいて著者の考えには2つの核があると感じた。1つは、「子どもには自ら学びたい気持ちが元来備わっている」という前提の楽観主義。「子どもの自主性を信じて待てば良い」とも受け取れるこの考えは、時に楽観的に過ぎると感じた。
 もう1つは、「現在あるものは、あるものとして受け入れる」という現実主義。受験と合格をゴールとした「知識偏重」の教育のあり方は、著者の考えと相いれないはずだ。それなのに、随所で「それでは、難関大学突破など夢のまた夢です」といった、学歴礼賛的な言葉が顔を出す。「なんだ結局そうなのかよ」とダメ出しの一つもしたいところだが、「学歴主義が現実に存在する以上、それを活用する以外に道はありません」という著者の言葉も、また然りなのだ。

 そうそう、本書によると著者は現役の教師のころ、「自ら学び、自ら考える」ように導くために、書いてることに敢えて疑問を呈するなど、教科書を重要視しなかったそうだ。それで「どんな先生だった?」と、著者の教え子である私の家族に聞くと、「「戸田先生の授業は受験の役に立たない」と言われていた」という返事が返ってきた。...なるほど。

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宇宙でいちばんあかるい屋根

書影

著 者:野中ともそ
出版社:ポプラ社
出版日:2003年11月20日 第1刷発行 2004年2月1日 第3刷
評 価:☆☆☆(説明)

 本好きのためのSNS「本カフェ」の読書会の9月の指定図書。

 主人公は14歳の少女、つばめ。つばめが小さい頃に両親が離婚した。原因は母親が別の人に「恋をした」ので出て行ってしまったかららしい。しかし、つばめを引き取った父親はすぐに再婚。新しい母親とも、つばめはうまく行っている。まぁ、幸せな家族だ。
 でも、なぜか長い間一緒にいると居心地が悪くなってしまう。気づかい、いたわりあいながら「家族」というタペストリーを織っている感じ。時々、それに疲れてしまう。14歳の少女にも、いや14歳の少女だからこそ「一人の時間」を必要としているのだろう。

 物語は、つばめが「一人の時間」を過ごすビルの屋上をポイントとして展開する。そこはつばめが通う書道教室があるビルで、つばめは教室の後にしばらくその屋上で過ごす。ある日、そこで派手な出で立ちのばあさんと出会う。つばめが名付けて「星ばぁ」
 星ばぁは、下品で自分勝手で意地悪でがめつくてウソつきだ。中学生のつばめにお菓子やら弁当やらをせびる。「空が飛べる」と言い張る。でも星ばぁがつばめに向かって吐く言葉は、辛辣ではあるが飾りがないだけに、ウソがない。ウソつきの言葉に「ウソがない」なんて変だけれど。

 家族、隣人、学校、家から駅までの町。中学生のつばめにとっての「社会」の隅々までを、心くばりが行き届いた筆使いで描く。クラスメイトとの距離感や、三軒先の大学生の亨くんへの想いなど、14歳の少女の少し背伸びした心持ちが伝わってくる。

 そうそう、星ばぁのために、つばめは行ったことのない街に出かけていく。これは、つばめの世界の拡がり、つまり成長を象徴しているように感じた。

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ビブリア古書堂の事件手帖

書影

著 者:三上延
出版社:アスキー・メディアワークス
出版日:2018年9月22日 初版発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 書店で本書を見た時「あれ?!」と思った。「ビブリア古書堂の事件手帖」と書いてあって、それは「ビブリア古書堂」シリーズの第1巻のタイトルだけれど、表紙のイラストに栞子と一緒に、黄色い服を着た子供が描かれている。第1巻には少なくとも主要登場人物には子供はいない。不思議に思って、裏表紙の紹介を読むと、なんと新刊だった。

 「あとがき」によると、本書は「本編に盛り込めなかった話」や「大輔視点という物語の制約上語れなかった話」「それぞれの登場人物の後日譚」。全部で四話が納められている。栞子が自分の娘に語り始める、という形式で物語に誘導する。表紙の子どもは栞子と大輔の娘の扉子(とびらこ)だった。時代は第7巻から7年後の2018年、つまり現在。

 本には、出版の経緯や著者自身のエピソードなどの物語があると同時に、人の手を経て来た古書には持ち主にも物語がある、というのが、このシリーズのコンセプト。本作でもそれは発揮されている。長く絶縁していた叔父と姪、気持ちがすれ違ったままだった母と息子、魅かれ合う若者二人、それぞれの縁を古書がつなぐ。そうかと思えば、高価な古書を前に生じた気の迷いで道を誤る話も..。

 面白かった。特に大輔視点という制約を外したことで(正直言って、そんな制約があったのか?と思ったけれど)、自由な広がりが実現した。また、栞子と大輔が幸せそうでよかった。栞子の母の智恵子から栞子を経て扉子に受け継がれる、本への傾倒ぶりと能力は、もう怖いぐらいで、だからこそ今後の展開に期待が膨らむ。

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もっと論理的な文章を書く

書影

著 者:木山泰嗣
出版社:実務教育出版
出版日:2011年9月10日 初版第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 「本が好き!」プロジェクトで献本いただきました。感謝。

 まずは、「こんな本をよく出したなぁ」と感心した。「こんな本」とは「論理的な文章の書き方を書いた本」という意味だ。論理的な文書の書き方を書いた本の文章は、当然論理的でなければならない。万一そうでなければ、本も著者も自滅してしまう。
 そうすると読む方も、「どれどれ、どれだけ論理的か見てやろうじゃないか」と、意地悪くなりがちだ。意地悪く読めば、アラの一つや二つは見つかる。こんな本を出す著者はよほど勇気があるか、自信があるか、浅薄なのか。弁護士で法科大学院で文章セミナーの講師を務めるというから、この著者は「自信がある」のだろう。

 私も実は意地悪く読み始めた。いくつかの「論理的でない(少なくとも私はそう思う)」文章も見つかった。それを書評に書けば、弁護士の著者の鼻を明かして、ちょっと気分が良かったかもしれない。しかし3分の1ぐらい読んできたところで、著者のこんな文章が目に留まった。

 「でも、しかし」とは考えずに素直にお読みください。

 そうなのだ。素直に読むことが肝要なのだ。意地悪く読めば気分が良いかもしれないが、素直に読めば得るものがある。どっちを取るかは読む人次第なのだ。
 以前に読んだものにあった、「講演会に来て「目新しいことがなく、得るものがなかった」という人がいますが..」という話を思い出した。いわゆる「エリート」は勉強熱心な人が多くて、本もよく読んで講演会などにも顔を出す。だから大概のことは知識として知っている。けれども、知っているのと実行するのは別のこと。
 学ぶべきは「目新しいすぐに役立つHowTo」ではなく、如何にして実現するかということ。それを実現した当人が目の前にいても「これはもう知っている」と、感覚をシャットアウトしたら何も学べない。ざっと言うとこんな話だった。

 今回の私の場合は、最初っからアラ探しをしていたわけだから、「これはもう知っている」以前の問題だけれど、「学ぼうとする態度次第」という部分は共通する。そう思って読み返すと、この本は結構内容豊富だった。やや「カタチ」に重点が置かれ過ぎな感じがするが、著者は、「すぐに役立つHowTo」の提供を意識したのだと思う。

 少しだけ本書を補足したい。本書の本当のテーマは「説得力のある文章を書こう」なのだ。本書でいう文章とは、小説などではなく主にはビジネス文書の文章のこと。そしてビジネス文書は「説得するための文章」だ。著者は「論理的な文章」=「説得力のある文章」だと考えている。だから「論理的な文章を書く」ようにしましょう、とタイトルにつながっている。

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バスジャック

書影

著 者:三崎亜記
出版社:集英社
出版日:2005年11月30日 第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 著者が描くのは「当たり前でないことが当たり前の世界」。本書もそんな物語が7つ収められた短編集。すべて「小説すばる」に2005年に掲載された作品ながら、短いものは3ページ、長いものは約90ページと、長さはまちまちだ。

 「当たり前でないことが当たり前」で、現実を歪んだレンズを通して見ているような落ち着かなさを感じる。そこまではどの作品も共通なのだけれど、読後感で二分される。読み終わってスッキリとした作品と、そうでない作品だ。

 スッキリした作品は、まず最短の3ページの作品「しあわせな光」で、これは希望の中で終わる。次に短い4ページの作品「雨降る夜に」は、何となくホッとする。表題作の「バスジャック」は18ページ、ピタリと着地が決まった感じ。「動物園」は52ページ、幾分ムリ目な設定を何とか描き切った。
 そうでない作品は、まず冒頭の30ページの作品「二階扉をつけてください」。「歪んだレンズ」を一番強く感じる作品、著者には珍しいブラックユーモア。「二人の記憶」は17ページ、ハッピーエンドに見えるが、本当にそうだろうか?

 最長の約90ページの作品「送りの夏」は、著者の作品のもう一つの特徴である「喪失と回復」を描いたものだ。「喪失」を抱えた人々の寄り添うような暮らしを、小学生の少女の目を通して描く。ただこの物語は、着地がうまくいかなかったように思う。

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感動の条件 序章

書影

著 者:田原実 絵:笹原金賀
出版社:インフィニティ
出版日:2011年7月30日第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 本書は、株式会社インフィニティが発行している「感動コミック」シリーズの第8弾。株式会社インフィニティ様から献本いただきました。感謝。

 このコミックは、大分県中津市の「天’sダイニング 陽なた屋本店」他の飲食店を経営する永松茂久さんの物語。小さいころからの夢だったたこ焼き屋「天までとどけ。」を26歳で開店し、その後、生涯納税額日本一の大商人、斎藤一人氏と出会うまでを中心に描いている。

 一見してサクセスストーリーだ。小学生の頃から「絶対たこ焼き屋になる」と決めていた永松さんが、様々な「ビジネスの先輩たち」(一番の先輩は永松さんのお父さんだ)の導きによって、全国からお客さんが集まる繁盛店のオーナーになっていく。
 もちろん、何もしない若者を導いてやるほど、ビジネスの世界は甘くない。永松さんに、「たこ焼き屋になる」という、がむしゃらとも言える真っ直ぐな熱意と努力があればこそだ。時には厳しく時には優しく力になってくれる大人を、永松さん自身が引き寄せたと言える。

 私としては、このサクセスストーリーだけで十分に面白いのだけれど、これだけでは「感動コミック」には物足りないらしい。詳しくは言えないけれど、感動の勘所は別にある。店の名前の「天までとどけ。」は、ある人に向けたメッセージだ、とだけ紹介しておく。(このブログで何度か書いているが、こういうのは私は必ずしも良しとしないのだけれど)

 永松さんには「感動の条件 」というDVD付の著書がある。私は読んでいないのだけれど、想像するに、本書はその著書に至るまでの部分に焦点を置いた物語、という意味で「序章」なのだろう。

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これは、どうしようもないのでしょうか?

 私は、友だちや読書関係のブログを、RSSリーダーに登録して、更新を見逃さないようにしています。そんな中の1つ「プリオシン海岸」に「自分のブログの記事が丸ごと盗用されている」という記事が載っていました。

 私も、3年前に「書くかどうか迷いましたが、書きます。」という記事で、同様の被害に遭ったことを書いています。それで気になったので、いくつかの記事の中の、少し長めのセンテンスを選んで、Googleで検索してみました。

 そうしたら苦もなく見つかりました。続けているとゾロゾロと、感覚的にはいくらでも出てきそうでした。これ以上やっても気分が悪くなるだけだ、と思って止めたぐらいです。これは、どうしようもないのでしょうか?この記事を書いているうちに、また腹が立ってきました。せめて簡単に発見できるツールなり方法なりがあるといいのですが。

 3年前の記事の時に見つけたブログは、私のブログともう1人の方のブログの記事を、丸ごとコピー&ペーストした「読書ブログ」でした。今回もそんなブログが多かったですが、ちょっと違うものもありました。それは、そもそも「読書ブログ」の体を成していないものと、私の記事の一部分だけが使われているものの2種類です。

 前者は、ベタテキストの段落末にネットショップへのリンクが挿入されていました。ブログ名が「アルファベット数文字+数字」で、数字の部分だけが違うものが大量に見つかりました。アフィリエイト目的なのでしょうね。

 後者は、記事の一部分に私の記事の一部分が、語尾を変えて使われていました。数行なので偶然の可能性があることは否定しませんが、語尾以外の言い回しと文章の順番がピッタリ一致しています。
 もしかしたら、ウィキペディアを引用して学校のレポートを作るように、ネットから引用して記事を書いたんじゃないかと思います。悪い事だとも思っていないし、ましてや「自分で感じたことを表現することが大事」だなんて、思ったこともないんじゃないかと、盗用された憤りと同時に、心配にもなってきました。

 下に、見つかったブログや記事を挙げておきます。そのブログのページランクに寄与するのも腹立たしいので、リンクは貼っていません。また、時間のある時に、プロバイダに削除依頼をするつもりです。URLの先が無くなっていれば、それが功を奏したと思ってください。

(2011.10.20 追記)
1ヶ月経ったところで、経過報告をしました。「これはどうしようもないのでしょうか?その後

——————————
http://dokusyonowadai.seesaa.net/
元の記事:「銀竜の騎士団」「楽して成功できる非常識な勉強法」「西の魔女が死んだ」「チョコレートコスモス」「夜をゆく飛行機

http://blog.livedoor.jp/z9ww8163/
元の記事:「戦国武将ゆかりめぐり旅」「武田双雲にダマされろ

http://blog.livedoor.jp/fnaiki/archives/51754941.html
元の記事:「飛ぶ教室

http://04185614.at.webry.info/201007/article_5.html
元の記事:「モチベーション3.0

http://tatppag56.cocolog-nifty.com/blog/2010/11/post-5f45.html
元の記事:「エデン

http://blogs.yahoo.co.jp/tatppag56/287942.html
元の記事:「新世界 国々の興亡

http://blog.livedoor.jp/tatppag58/archives/1573925.html
元の記事:「上と外

島国日本の脳をきたえる 島からの思索

書影

著 者:茂木健一郎
出版社:東京書籍
出版日:2011年8月22日 第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)

 「本が好き!」プロジェクトで献本いただきました。感謝。

 著者のことはテレビで時々見かけていた。脳科学者で、人間の行動を脳の働きと関連付けて、ちょっと興味深げな話をする。そんなイメージの人だと思っていた。

 まず、「世界から孤立し、国内の絆もくずれ始めた島国日本。絶対絶命のマウンドに立った脳科学者が投じた渾身の勝負球とは?」という書籍紹介に大変興味を魅かれた。あの茂木健一郎さんは、今の世の中に対してどんなことを言っているのだろう?と。

 結論を先に言うと「~渾身の勝負球とは?」という書籍紹介は、本を売るためのコピーだから仕方ないが、意気込みすぎだったようだ。その「渾身の勝負球」として書かれているのは、「コミュニティを取り戻すこと」と「クリティカル・シンキング(論理的に分析する能力)を獲得すること」の2つ。
 「国内の絆もくずれ始めた」という問題に対して、「コミュニティを取り戻すこと」というボールを投げ返しても、あまり意味がないだろう。震災以後、幾分情緒に流され気味なので、バランス上「クリティカル・シンキング」を言うことは必要かもしれない。ただ、期待したような「渾身の勝負球」という言葉に相応しい熱は感じられなかった。(「どんなことを期待していたのか?」と問われても、私自身答えがないのだけれど)

 このように「渾身の勝負球」を前提にすると、期待外れの感があるけれど、つまらないというわけではない。本書は三部構成で、第1部は、「3.11以後、僕が考えたこと」、第2部は、講演のために出かけた島での体験をもとにした「神津島で、僕が考えたこと」、第3部は、神津島での質問に答える「脳をきたえる方法」だ。
 短い散文の積み重ねなので、前後で辻褄の合わないものもある。しかしそのそれぞれは、私が本書を読む前に感じていたとおりの「人間の行動を脳の働きと関連付けた、ちょっと興味深げな話」だった。

 気になった点が1つ。著者は「安全基地(セキュア・ベース)」という心理学の概念を基に、様々な意見を展開している。言うまでもなく、著者は脳科学者であって心理学者ではない。しかし、心理学と脳科学が混然となって語られていて、専門外の「安全基地」についても、専門家の意見であるかのような錯覚が起きてしまう。

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新聞社の紙面モニターが終わりました

 3月31日の記事「新聞社の紙面モニターになりました」で、お伝えした某新聞社の紙面モニターの期間が終わりました。4月2日から始まってほぼ2週間に1回、1週間分の記事についてのアンケートに、全部で11回答えました。

 思っていたより大変でした。毎回締切前の日曜日に1週間分の新聞を並べて、片っ端から読み直していました。毎日その日の分をチェックしておけば良いように思いますが、それはできそうでできませんでした。リビングに1週間分の新聞が積み上がったあげく、日曜日には広げられて散らかる、という繰り返しで、妻と2人の娘には迷惑だったと思います。

 いつもよりじっくりと批判的に新聞を読んで感じたことは、「新聞には「真実」は書かれていないのだな」ということでした。「新聞に書いてあることなんてウソばっかりだ」と言いたいのではありません。「真実とは何か」という命題に深入りするつもりもありません。新聞に書いてあることが「真実(本当のこと)かどうか分からない」ということなんです。

 新聞をよく読むと「○○が□□と言った」という記事が多いことに気付きました。そのようには書いていなくても、基本的に新聞は、記者が誰かに取材をして、つまり聞いたことを基にして記事を書きます。ですから新聞は伝聞の巨大な集積、ほとんどの記事は「誰かから聞いてきた」ことなのです。そしてその「誰か」が「真実」を言っている保証はどこにもないのです。

 実際に真実ではなかったことも少なくありませんでした。1週間分の記事を通して読むことで、前の情報を否定する記事を何度か見つけました。前の情報は、真実ではない「誤った情報」だったわけですが、そのことに触れることもありません。伝えられたものが「誤った情報」であっても、「○○が□□と言った」ことは事実ですから「誤報」ではないのでしょう。しかし、この理屈が通るなら、伝聞の巨大な集積たる新聞なんて信用できなくなります。

 さらに取材源の「誰か」が、何らかの意図、あるいは悪意を持っていると感じられる場合もありました。発言の一部だけを報じることで、意味合いが全く違ったものになっていた記事もありました。最近、失言が原因で辞任する閣僚が後を絶ちませんが、その理由の一端にはこうした報道姿勢も関係していると思います。

 ここまでは否定的なことばかりになりましたが、全体としては、そう否定的な印象を持ったわけではありません。上に書いた「前の情報を否定する記事」も、実は「真実」に近づこうと取材を続けた現れでもあるのです。1週間分の記事を通して読むと、徐々に物事の核心に近づいていることが分かる、記者の努力が感じられることがありました。

 「真実かどうか分からない」としても、情報源としての新聞の重要さを再認識した紙面モニター体験でした。