2.小説

三体

書影

著 者:劉慈欣 訳:大森望、光吉さくら、ワン・チャイ
出版社:早川書房
出版日:2019年7月15日 初版 7月17日 3版 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 中国発のSF小説ということに、興味本位で読み始めたところ、普通に面白かった本。そう普通に。

 本国でシリーズ(三部作)累計2100万部、英訳版が米国でもヒットし、ヒューゴー賞を受賞、オバマ前大統領もザッカーバーグも愛読、と、昨年7月に日本語版が出版されてしばらく賑やかな話題になっていた。日本でも10月の時点で13万部。

 物語は1967年、文化大革命の狂乱の時代から始まる。主人公の一人で後に宇宙物理学者となる葉文潔は、この時に理論物理学者であった父を、目の前で紅衛兵のリンチで殺害される。40ページ余りの短い第1部で文潔のその後の数年を描いた後に、舞台は40数年後、つまり現代に移る。ここからは現代を主として2つの時代を行き来しながら物語は進む。

 現代の方の主人公は、ナノマテリアル開発者の汪淼。ある日、警察、人民解放軍、米軍、NATO軍、CIA...といった何とも物騒なメンバーからなる会議に招聘された。そこで「科学フロンティア」という科学者の団体に関わる科学者が、相次いで自殺したと伝えられる。そのうちの一人は遺書に「物理学は存在しない」と記していた。

 こんな感じのサスペンスやミステリー色の濃い始まりに、「たしかこれSFだったよねぇ?」と思いながら読み進めると、途中で物語が超ド級に大きく膨らんでSFになる。どのくらい膨らむかと言うと4光年ぐらい。三部作の第1作である本書では、恐らく後に相まみえることになる、地球から4光年の先にいる異星人とのファーストコンタクトを描いている。

 まぁまぁ面白い。辻褄の合わないこととか回りくどいことは多いけれど、それを置いておけば面白い。言い換えれば、いろいろな不都合を置いても先が読めるぐらいには面白い。まぁ2100万部も売れるぐらいか?と問われれば、人口が日本の10倍あることを考慮しても「どうかな?」と思う。とは言え三部作なので三冊目を読んでからでないと何とも言えない。

 タイトルの「三体」について。天体力学に「三体問題」なるものがあって、それは相互に作用する3つの天体の運行をモデル化した問題。本書にはこの三体問題を中心に、その他にも物理学の知識が微妙かつ絶妙に盛り込まれている。私は門外漢なので確かなことは言えないのだけれど、物理学にあまり詳しくない方が楽しめるのではないかと思う。

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満天のゴール

書影

著 者:藤岡陽子
出版社:小学館
出版日:2017年10月31日 初版第1刷 2018年1月16日 第2刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

「ゴオルまであとどのくらいやろか」という登場人物の言葉が、いつまでも心に残った本。

以前に読んだ「テミスの休息」が、沁み入るように良かったので、同じ著者の作品を読んでみた。

主人公は内山奈緒。33歳。夫から不倫の上に離婚を迫られて、家出のように実家に10歳の息子の涼介を連れて帰ってきた。実家は丹後半島の北端。京都から特急で2時間ほど、そこから路線バスでさらに2時間。11年前にあることから「この町に戻ってくることは、二度とないだろう」と決めて出た町だ。

実家の辺りは、奈緒がいた頃から廃屋が点在する寂れた土地だったけれど、さらに荒廃が進んでいた。特に医療はひっ迫していて、地域で唯一の総合病院がなんとか支えている状態。物語は、奈緒の父の耕平の入院を機に、地域医療の現場に身を置くことになった奈緒と、そこで出会った人々やその人生を描く。

ところどころで胸が苦しくなった。56歳の私には、父母のことを考えると他人ごとではないのだ。病院から車で1時間とか2時間とかかかる集落に、独り暮らしの老人がたくさんいる。末期癌の88歳の男性、肝硬変の92歳の女性..。訪問看護があり、医師の往診もあるけれど、奈緒が「あのまま置いてきて大丈夫なんですか」と言うように、心配でならない。

このような決して楽観できない状況でも、物語は明るさを失わない。それは、10歳の涼介の存在のおかげでもあるし、患者である老人たちの前向きな心の持ちようにもよる。そして「満天のゴール」というタイトルの意味が分かった時、小さな灯がともったように、心がほんのりと温まる。

最後に。最初と最後のページに「ゴール」という言葉が出てくる。この2つの同じ言葉の重みの違いが際立つ。

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マチネの終わりに

書影
書影

著 者:平野啓一郎
出版社:毎日新聞出版
出版日:2016年4月15日 第1刷 12月25日 第13刷
評 価:☆☆☆☆(説明)

「分かってもらえる」という気持ちは、強い結びつきにつながるものなのだな、と思った本。

2017年の渡辺淳一文学賞受賞、2019年11月に福山雅治さん、石田ゆり子さんをキャストとして映画化された。

主人公は蒔野聡史、クラシック・ギタリスト。物語の始まりの時には38歳。18歳の時に「パリ国際ギター・コンクール」で優勝した天才。20年経ってもその才能は衰えることはなく、2006年のその年は、国内で35回、海外で51回のコンサートをこなし、盛況のうちに最終公演日を迎えていた。

その最終公演日。サントリーホールで行われたコンサートの後に、蒔野と出会った女性が小峰洋子。40歳。フランスのFRP通信の記者。蒔野のレコード会社の担当者から紹介された。蒔野がその日唯一満足できた曲を洋子が褒める、それで気持ちが通じた。互いに特別な思いを感じた。

洋子には婚約者がいた。それは紹介された時からそう明かされていた。それでも蒔野の想いは募る。さらに、コンサートの直後に洋子は取材のためのイラクに行ってしまう。2003年に多国籍軍が侵攻し、その後内戦状態になっていたイラクに...。

物語が描くのは、この2006年から2012年まで。その間に、蒔野の身にも洋子の身にも、本当にいろいろなことが起きる。想いを募らせていたのは蒔野だけでなく洋子もで、互いの想いは相手にも伝わる。それでも行き違いが起きる。偶然の積み重ね、少しの無関心や無作為、人の心の脆さなどによって。歳を重ねた大人同士のラブストーリー。嘆息なしでは読めない(時には強い憤りも)。

それにしても、いい歳をした男女のくっついたり離れたりが、どうしてこんなに美しく感じるのか?これは著者の文章が織りなす美しさなのだろう。「よく晴れた朝」と書けば済むところを、「空の青さが、忙しなく家を出た人々の口を、一瞬、ぽかんと開けたままにさせるような」と描いて見せる。時折あるこんな表現も印象に残った。

これは後世に残る名作かも?と思った。

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ツナグ 想い人の心得

書影

著 者:辻村深月
出版社:新潮社
出版日:2019年10月20日
評 価:☆☆☆☆(説明)

 死してなお絆が結ばれている。そんな関係もあるのだなぁ、と思った本。

 ベストセラー作「ツナグ」の続編。「ツナグ」は、2011年に吉川英治新人賞を受賞し、翌年には映画化もされた。この世に生きている私たちに死者を引き合わせることができる「使者(ツナグ)」と、死者との面会を依頼してくる人々を巡る物語。連作短編。

 今回、使者に死者との面会を依頼してきて会ったのは5人。親しい女性を亡くなった親友に会わせたいという役者。郷土の戦国武将と会いたいという歴史研究者。幼くして亡くなった娘に会いたいという母親。ガンで亡くなった娘との面会を求めた母親。板前の修業時代に慕っていたお嬢様に会いたい料亭のオーナー。

 前作の終わりで、渋谷歩美という男子高校生が使者を先代から引き継いでいる。帯には「使者・歩美の、あれから7年後とは-。」とある。それなのに冒頭の1編「プロポーズの心得」で、使者を務める小学生の少女が登場して戸惑う。あれ?この子だれ?新しい使者?。

 少女が誰であるかは後に分かる。なぜこの子が登場したのかの理由とともに分かる。そして読み終わってみると、この子の登場は続編としての本書の特長を象徴しているように感じる。

 その特長とは「(暗黙の)決まり事を破る」ということ。前作からの続きで言えば「使者は歩美」が決まり事なのに、知らない少女が出てきた。他にもある。「依頼者が死者と会うちょっといい話」が決まり事。でも「誰も死者に会わない」短編もあった。使者として以外の歩美の生活にフォーカスしたのも新しい基軸になっている。

 この「決まり事を破る」ことが、最終的には違和感や落胆にではなく、マンネリを防いで物語の厚みと期待につながっている。「続編」のあるべき姿を見るようだ。

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任侠書房

書影

著 者:今野敏
出版社:中央公論社
出版日:2007年11月25日 初版 2019年7月5日 改版第8刷 発行
評 価:☆☆☆(説明)

 任侠の道は厳しいと思った本。

 「任侠」シリーズとして好評で4作が既刊、5作目がオンラインで連載中らしい。本書はその第1弾。

 主人公はヤクザの阿岐本組の代貸の日村誠司。阿岐本組組長の阿岐本雄蔵は「ヤクザ者は、縄張り内の素人衆のおかげで生活できている。素人衆に信用されてこそ一人前の親分」が持論。今どきのヤクザの組長らしからぬ考えだけれど、ヤクザではあるが暴力団ではない、そういうことだ。

 阿岐本組長には、もうひとつ「らしからぬこと」がある。文化人に憧れていて「いつか自分も文化人と呼ばれたい」と密かに願っている。そんな阿岐本が、六分四分の兄弟の盃を交わした別の組の組長が債権を手に入れた、出版社の話を聞きつけて、なんとそこの社長に納まった。物語はそこからスタートする。

 ヤクザに債権が渡るくらいだから、その出版社の経営状況はよくない。週刊誌も文芸書も作っているので、そこそこの規模はある。ただ、出版業界全体が落ち込む中で思うように売れない。素人がどうにかできるものなのか?

 もちろんどうにかできた。「まぁ物語だから」と言えばそれまでだけれど、何とかなる理由が、それなりに理にかなっていて面白い。ヤクザの親分ならではの情報ソース、ヤクザならではのコネクション、ヤクザならではの人の起用法、ヤクザならではのトラブルの解決法。

 中にはヤクザとは関係ないこともある。フィギュアに詳しい若い衆が町工場の技術に目を付けたり、優男の組員がグラビアのいいアイデアを持っていたり。ヤクザの組員にもそれぞれいろいろな才能があるわけで、やっぱり企業も組織も「人ありき」なのだ。

 面白かった。昨今は暴力団の抗争が激化しているのか、市民生活も脅かされる事態になって、ヤクザが活躍する物語を面白がっていていいのか?という考えが頭をよぎる。まぁ阿岐本組のような組なら、フィクションの中でぐらいはいいか、と思い直す。

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麒麟児

書影

著 者:冲方丁
出版社:KADOKAWA
出版日:2018年12月21日 初版発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「腹が据わっている」というのは、こういうことだな、と思った本。

 幕末の江戸城無血開城を導いた、勝海舟(麟太郎)と西郷隆盛(吉之助)の会談とその前後を、勝海舟の視線で描いた物語。

 物語は、天皇が自ら発せられた詔によって、官軍五万が幕府軍を討伐するために、江戸に向けて進軍してくるさなかに始まる。幕府の軍事取扱であった勝は、官軍の東征大総督府参謀であった西郷に届けるべく、山岡鉄太郎と益満休之助の2人に書簡を託す。山岡はかつての尊王攘夷派の志士で、益満はなんと薩摩のスパイだった男だ。

 物語の進行は史実に沿っていて、その枠の中で勝と西郷のやり取りと、勝の心持ちが自由に創作される。勝と西郷、西郷に遣わされた山岡や益満を含めて、4人の主要な登場人物がとにかく熱く、そして腹が据わっている。「禅の息吹き」という呼吸法が随所に出て来るのだけれど、気力をためる時も激情を抑える時も、その呼吸法で己をコントロールする。男のドラマにしびれる。

 明治元年が1868年で、昨年は「明治150年」などといって明治維新が注目された。そうでなくても日本人は幕末-明治維新のドラマが好きなようで、この20年ほどは2年から数年おきに大河ドラマになっている。「新しい時代の始まり」を感じられるからだろう。

 その中で本書に特徴的なことがある。官軍は私利私欲から「必要のない戦い」をしている、とみている点だ。それは主人公である勝の視点が「幕府より」であったからではなく、「高い位置から俯瞰した」視点を持っていたからのようだ。その視点を持っている人は稀だった。官軍からの使いと勝の印象的な会話が、それを物語っている。

勝:おれの主人はね、日本国民なんだ(中略)このあとの国を担ってくれるはずの、全ての日本人さ。
官:で、その日本人というのは、具体的に、どの藩とどの藩の者のことをおっしゃるのですか?

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美しき愚かものたちのタブロー

書影

著 者:原田マハ
出版社:文藝春秋
出版日:2019年5月30日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆☆(説明)

 ワクワクする物語。読み終わって感謝の気持ちが湧いた本。

 主たる主人公は田代雄一。終戦後の日本を代表する美術史家。東京美術学校教授、帝国美術院附属美術研究所所長などを歴任。第二次世界大戦後にフランス政府に接収された「松方コレクション」の返還交渉の任にも当たった。物語は、その返還交渉に向かう場面、それを時の内閣総理大臣である吉田茂から依頼されるエピソードから始まる。

 先に田代のことを「主たる主人公」と紹介したけれど、この物語は何人かの群像劇のようになっている。1953年と1921年を行き来しながら、さらに登場人物の回想などが挟まって時代と場所を飛び越える。その間には二度の世界大戦があり、とても壮大な物語になっている。

 群像劇を構成する人物の一人が松方幸次郎。「松方コレクション」という、傑出した美術コレクションを遺した人物だ。その数は西洋美術が数千点、日本の浮世絵が約8千点。田代は松方のアドバイザーの立場でコレクション収集に同道している。物語は、松方がどのような動機でこれだけのコレクションを収集したのかを強く印象付ける。

 私は美術鑑賞が好きで、機会があれば美術館に足を運ぶ。すると「松方コレクション」という言葉を度々目にする。国立西洋美術館がまとまったコレクションを収蔵していることも知っている。しかし、そのことについてそれ以上知ろうとは思わなかった。

 この本で多くのことを知った。松方の動機は「日本に美術館を創る」ということ。「ほんものの絵を見たことがない日本の若者たちのために、ほんものの絵が見られる美術館を創る」。そういう想いを知った。また、その想いが国立西洋美術館の設立にもつながっていることを知った。

 もちろん本書はフィクションで史実ではないけれど、著者がいつも巻末に書くように「史実に基づくフィクション」だ。読み終わってから、慎重に史実を調べてみたけれど、大きな方向性は変わらないし、私の想いも変わらない。

 私の美術館巡りは、100年前の松方幸次郎につながっている。本書の物語のような人々の尽力がなければ、気軽に絵を見に行くこともできなかったかもしれない。感謝。

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テミスの休息

書影

著 者:藤岡陽子
出版社:祥伝社
出版日:2016年4月20日 初版第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 信頼できる人と一緒に居られる、ということが、心の平安につながるのだと、改めて思った本。

 主人公は弁護士の芳川有仁と、芳川の事務所の事務員の沢井涼子。物語の初めでは、涼子が44歳で、芳川は4つ年下。8年前に涼子は夫と別れ、息子と2人で鶴見で暮らし始めた。同じころ芳川は大手法律事務所から独立して鶴見で事務所を立ち上げる。涼子が求人に応募して採用された。つまり2人は8年の付き合い。どうも、芳川は涼子のことを憎からず思っているらしい。

 物語は、芳川法律事務所で受けた相談を軸にして、芳川のこと、涼子のこと、そして2人のことを、語っていく。相談は例えば、突然に婚約破棄された音楽教師、殺人罪で起訴された青年、不倫相手の妻に支払った慰謝料を取り返したいという女、交通事故を起こした母親、息子の過労死の労災認定を求める父親、など。

 何とも暖かい気持ちになる物語だった。裁判になれば勝ち負けがある。勝った方がいいのは間違いないけれど、勝てばいいというものでもない。帯に「依頼人が、ほんの少し、気持ちを楽にして元の場所に戻ってくれればいい」とある。芳川の弁護はそういう弁護だ。その芳川について涼子は「人の狡さや愚かさや弱さに日々触れる仕事をしながらも、穏やかな気持ちで過ごせるのは、本心から信じられる人と向き合っているからだ」と感じている。

 主人公が弁護士と事務員だけれど、法廷のシーンはほとんどない。多くは、事務所のソファで話される相談と、芳川と涼子が並んで歩きながら話す会話で綴られる。それによって、芳川と涼子の人柄がにじみ出るように分かる。

 ちなみに本書は「陽だまりの人」というタイトルに改題して文庫化されている。「陽だまりの人」とは、恐らく芳川のことだろう。あるいは涼子が芳川にとっての「陽だまりの人」、という意味かもしれない。

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傲慢と善良

書影

著 者:辻村深月
出版社:朝日新聞出版
出版日:2019年3月30日 第1刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 予想していなかった展開に翻弄されたけれど、読み終わってみれば気持ちがしっかり着地した本。

 二部構成。第一部の主人公は西澤架(かける)。39歳。婚活で知り合って今は一緒に住んでいた婚約者が、ある日突然姿を消した。手がかりは、彼女がストーカー被害にあっていて、相手は彼女の出身地の群馬で知り合った男らしい、ということ。そして第二部は、その姿を消した婚約者の坂庭真実が主人公。この構成は、著者の人気作「ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ」とよく似ている。

 第一部で架は、真実の行方を捜すために、群馬の真実の実家や、真実が登録していたという結婚相談所を訪ね、真実がお見合いをしたという相手にも会う。警察には相談したが、事件性は低いと判断されてしまった。興信所を使って調べることは、真実の両親に反対された。真実の過去には何かあるのではないか?そう思った架は、自分で調べることにしたのだ。

 架が捜す真実の行方は杳として知れない。しかし、架が分かってきたことはある。真実と家族、特に母親との関係や、真美の周辺の人々のものの考え方などだ。それとは別に、読者にも分かってきたことがある。それは、真実と出会うまでの架の交友関係。第一部は、架と真実が背負う背景が、それぞれ少しずつ明らかになる度に、その溝が深まる。それを越えることはできないんじゃないか?と思うぐらいに。

 急展開の後に第一部が終わって、第二部が始まる。「急展開」と思うのは男性だけで女性なら最初から分かる、という意見もあるけれど、とにかく第二部が始まる。それは心に染み入るような物語だった。帯に「圧倒的な”恋愛”小説」とあるけれど、たしかにこれも”恋愛”の一つの形だろう。

 最後に。このタイトルからジェーン・オースチンの「高慢と偏見」を思い出す人も多いだろう。本書の中でも言及されるし、私は主題が似ていると思う。著者も「高慢と偏見」から想を得た、とインタビューでおっしゃっている

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家康に訊け

書影

著 者:加藤廣
出版社:新潮社
出版日:2019年2月20日 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 著者の加藤廣さんは、2018年4月に亡くなっている。合掌。本書は遺作であり最後の作品。

 こんな自由な物語をもっと読みたかったなぁ、と思った本。

 本書は2部構成。第1部は、「信長、秀吉、家康のうち、現代日本の難局を乗り切るなら、誰に舵取りを託せばよいか」という観点から、「それは徳川家康をおいてありえない」とする、表題作の評論「家康に訊け」。第2部は、福島正則の元に強者が集い、徳川の刺客と相対する伝奇小説「宇都宮城血風録」。

 第1部は、家康の歩んできた道を幼少期から振り返り、古文書をひもときながら、その人となり武将としての資質を明らかにする。信長は「じっくり待つ姿勢が欠けている」「屈辱に対する耐性が備わっていない」からダメ。秀吉は「晩年判断力が低下」「朝鮮半島への拡張路線が大日本帝国が進んだ道とピタリと重なる」からダメ。家康を選択した理由が消去法のようで、ちょっとどうかな?と思うけれど、まぁそれば不問に。

 面白かったのは第2部。時代は元和五年、大坂夏の陣から4年。「賤ヶ岳の七本槍」に数えられた福島正則も、徳川の世になって勢力を削がれ、この度は将軍秀忠に謀反の疑いをかけられ、信州の小領地へ国替えとなった。物語は福島正則が、新領地へ向かう途中で、徳川が放った忍者集団に襲われる場面から始まる。

 こういう危機に、何処からともなく味方が現れて助成する。「おぉあれはかの有名な○○殿でござらぬか!」てな調子で仲間に加わる。まずは、加賀の前田家に仕える重臣と配下の美剣士、次に、仙台の伊達家の剣客と忍者集団。それを率いるのは...なんと、真田幸村の三女、阿梅!もちろん真田の忍者もいる。

 あぁこれはこういう物語だったんだ。史実なんて置いといて「こうであったら面白いな」という娯楽優先の物語。この手の話に覚えがある。大正時代の少年たちの絶大な人気を博した「立川文庫」というシリーズ。何冊か読んだけれど、荒唐無稽な筋書がめっぽう面白かった、あの感じが蘇った。著者がこんな物語を描くことを知らなかった。もっと読みたかった。

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