さびしい女神 僕僕先生

書影

著 者:仁木英之
出版社:新潮社
出版日:2010年4月20日 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 「僕僕先生」「薄妃の恋」「胡蝶の失くし物」につづくシリーズ第4弾。元ニート青年の主人公の王弁と、彼が師と仰ぐ仙人の僕僕先生の旅を描く。今回は前作で道連れとなった苗人の姫「蚕嬢(故あって巨大な蚕の姿をしている)」の国での物語。これまで3作は連作短編の形を取っていたが、今回は長編だ。

 蚕嬢の故郷である峰西は隣の峰東とともに、ひどい日照りに苦しんでいた。山の頂にある社におわす神に仕える巫女が、勤めの途中で逃げ出したことが原因らしい。その巫女がだれあろう「蚕嬢」。蚕の姿をしているのはその報い。ああなるほどそういうことか。

 この蚕嬢の話とは別に、主人公の王弁は山の頂で女神と出会う。「女神」という言葉から想像する麗しさとはかけ離れた姿。がさがさの体にくちびるからはみ出た歯、鼻は上を向き目は左右で極端に大きさが違う。名を「魃(ばつ)」という。

 これまでで一番読み応えがあった。長編ということもある。ただそれ以上に、スケールが大きいことと、これまで秘められた様々なことが分かってきたことが、その理由だ。なんと言っても今回の物語は、天地に秩序をもたらした神々の戦いに端を発している。僕僕先生その人も関係している。

 知らぬ間に逞しくなった王弁は、この度は師匠の僕僕先生の言うことを素直にきかない。これまでは二人の関係がどうなっていくのか?というのは、いわばただの下世話な興味を引いていただけだ。僕僕先生の「ありのままの姿」が垣間見えた今は、それがこのシリーズの大きなテーマへと変貌したように思う。

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光とともに…自閉症児を抱えて(1)~(15)

書影

著 者:戸部けいこ
出版社:秋田書店
出版日:2001年8月20日(第1巻)~2010年6月15日(第15巻)
評 価:☆☆☆☆☆(説明)

 「自閉症の僕が跳びはねる理由」を読んだ時に、「参考に」と言って知り合いが貸してくれた。15巻を行きつ戻りつ読んで4か月で読了。

 主人公は東幸子。幸子の息子の光は知的障害を伴う自閉症児。本書は、光が自閉症と診断された1歳半検診のころから、保育園、小学校を経て、中学2年生までの間の、家族の軌跡と周辺の出来事をマンガで描く。

 綿密な取材に基づいた作品ということで、エピソードのほとんどは実際にあったことだと思って間違いないだろう。最初の頃のエピソードには、周囲の無理解が強く表れている。「あなたの育て方が悪いから..」「虐待でもして自閉症になったんじゃないの?」近親者や医療関係者までが、鋭利な刃物のような言葉を投げかける。

 もちろん自閉症は育て方によって発症する病ではなく、先天性の脳機能障害。症状は人それぞれだけれど、例えば、聞こえ方や感じ方、理解の仕方が、障害のない人とは違う。

 周囲の雑音から自分に話しかける声を取り出せない。ガヤガヤとウルサイところは苦痛だ。触られることに過敏なので、急に手や肩をつかまれるとパニックになってしまう。「暗黙の了解」は分からない。自分の家ではいいけど外ではダメ、は教えてもらわないと分からない。分からないのにひどく叱られると、ますます混乱する。

 最初の頃のこうしたエピソードで、読者は自閉症の基本的な知識を身に付ける。その読者の理解度に合わせるように、主人公の家族の周囲には「よき理解者」や「伴走者」が現れる。視野が広がって、周囲の人々の事情も描かれるようになる。少し展望が見えてくる。

 実は私は仕事で、知的障害や発達障害を持った子どもたちの相手をすることもある。まだまだ戸惑うことが多いけれど、本書を読んだことで、うまく対応できるようになったことも多い。あいまいな言い方をしない。予定を事前に分かるようにしておく。ユラユラしたり繰り返し唸っているのは、それで落ち着くから...

 印象的な場面を一つ。物語の後半で、幸子のママ友がこう言う。「苦しい時にいつも浮かぶのは東さんなの」。彼女は、学校に息子へのいじめに対する対処を申し入れている。しかし思うように行かず、心身共に疲れた時に幸子を思い出す。そして自分を奮い立たせているのだ。

 幸子は、先生が変わったり新しい場所に行ったりすれば、そこで光に合わせた対応をしてもらわなければならない。申し入れても、「特別対応」ならましな方で「わがまま」として退けられることが多い。理不尽な扱いも受ける。それでも幸子は、夫と共にねばり強く「お願い」をする。頭も下げる。そうした姿は、周囲の人の心の支えにもなっていたのだ。たぶん私も、幸子を思い出すことがあるだろう、と思う。

 最後に。この作品が著者の絶筆となった。最終巻の2話は病床で描いたネーム(ペン入れ前の構想ノート)だけが収録されている。合掌。

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ゴミ情報の海から宝石を見つけ出す

書影

著 者:津田大介
出版社:PHP研究所
出版日:2014年2月3日 第1版第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 著者は、ネット空間だけでなくテレビ、ラジオ、雑誌などのメディアでも活躍中。ツイッターのコミュニティで「tsudaる」という言葉が生まれたように、その存在は他にはない位置づけとなっている。著者紹介に書かれた肩書きは「ジャーナリスト、メディア・アクティビスト」。「メディアの活動家」という説明が実に似合っていると思う。

 そんな著者には質問が多く寄せられるらしい(著者のメルマガの購読者は、有料で質問ができる)。本書は、質問に答えるQ&A形式で、著者の具体的な方法論や発想の仕方を述べたもの。「メディアはどこへ行く」「情報のチューニング」などの6つの章に分けて、全部で64のQ&Aが並ぶ。

 例えば「メディアは信用できない。成熟した情報の受け手になるには?」という質問。これには著者は、まず「ほとんどの人が「メディアは信用できない」と思っているわけではない」と、冷静にクギを刺す。続いて「多様な情報の中から必要な情報を選び出せるようになるには、自分の中に軸が必要」と説く。そのためには「書店に行って、単行本を買って読むことから始めましょう」と受ける。

 偉そうな言い方で恐縮だけれど「ネットの「可能性」と「限界」をしっかりと見据えているなぁ」と思った。情報源は、本からが3割、人づてが4割、ネットからが3割。「人づて」の割合が一番大きいのが、おそらく著者の情報収集の肝なのだと思う。私も見倣いたいし覚えておきたい。「津田大介=インターネットの人」と思っている人には見倣ってほしい。

 覚えておきたいことがもうひとつ。プロローグに書いてあった「エコーチャンバー(共鳴室)効果」。ツイッターやFacebookでは、自分と考えが近い人、共感しやすい人とつながりやすい。その結果、自分と似た意見が世間の多数派に見えてしまうことがある、という現象を差す用語。自分の周囲から政治家まで、これに陥ってしまっていると思われる人が、大勢思い浮かぶ。自分はどうなのか?の点検も必要だ。

 「ツイッターでフォロワーを増やす方法」「しつこくからまれたら」といった、「知っておきたい質問」もたくさんあって、その答えも実践的で役に立ちそう。おススメ。

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総記事数が1000本になりました!

Sum

 7月19日の「世界を変えた10冊の本」の記事が、このブログの1000本目の記事となりました。2002年9月4日の「海底二万海里」が1本目の記事ですから、約13年で大きな区切りに辿り着きました。

 何か記念になるようなことをやったり、せめて気の利いた言葉でも残したりすればいいのですが、数日前に気が付いたばかりで、何も準備できてません。

 そう言えばと思って、全体の記事数とは別に、レビュー記事数つまり紹介した作品の数を数えてみると...911でした。6月10日の「どうする定年 50歳からの巻き返し!」が900作品目でした。

 実は600本、700本も気付かずに過ぎてしまい、800本の時の記事で、「昨日なぜか集計しようと思い立って数えてみたら、ぴったり800本でした。天啓かもしれません。」なんて書いてますが、天啓は1度きりなのか、そうでなければただの偶然だったようです。

 本を読める幸せに感謝しつつ、レビュー記事1000本を次の目標に、これからも精進します。

世界を変えた10冊の本

書影

著 者:池上彰
出版社:文藝春秋
出版日:2011年8月10日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 友達に、「イチオシ」と薦められて読んでみた。これは読み応えがあった。

 1冊の本が「世界を変える」ことなんてあるのか?ある本との出会いが、誰かの人生を変えることはあるだろう。それは容易に想像できる。でも「世界」となると..というのが、読む前に感じたことだった。

 著者が選んだ10冊は次のとおり。「アンネの日記」「聖書」「コーラン」「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」「資本論」「イスラーム原理主義の「道しるべ」」「沈黙の春」「種の起源」「雇用、利子および貨幣の一般理論」「資本主義と自由」

 全部を読んだ方は非常に少数だと思う。全部を知っている方だって多くはないだろう。宗教に関するものと経済に関するものが多い。私は経済学を学んでいたことが幸いして「道しるべ」以外は知っていた。「資本論」と「雇用、利子および貨幣の一般理論」は読んだことがある。ただし「読み終える」だけの興味と忍耐は持ち合わせていなかった。

 「宗教と経済に関するものが多い」ことは何となく合点がいく。この2つは共に国、集団、個人などの各階層における「規範」に関わるからだ。様々な場面でどのような行動をとるか(とることが良いか)を、真の意味で自由に決定することは難しい。規範(ルール)が必要だ。ルールを定めたという意味で、これらは「世界を形作った」と言えるだろう。

 考えたことを2つ。一つ目は「聖書」と「コーラン」「道しるべ」について。「おとなの教養」にも書いてあったのだけれど、「聖書(旧約聖書と新約聖書)」と「コーラン」は、まったく別のものではなく、一続きのもの、イスラム教にとっても「聖書」は「経典」の1つなのだ。強いて説明をすれば「コーラン」は「聖書」の教えをより厳格にしたもの、「道しるべ」はそれをさらに「純化」したものらしい。

 いわゆるイスラム原理主義者は、「道しるべ」を規範としている。オサマ・ビンラディンもこの本の思想を信奉している。彼らが他の宗教、特にユダヤ教やキリスト教に対して不寛容に見えるのは、他の宗教が自分たちと違うからというよりは、教えを「正しく守っていない」と感じるからなのだろう。

 二つ目は「アンネの日記」。10冊の中でもとりわけポピュラーで読んだことのある方も多いだろう。それだけに却って「なぜこの本が?」と思ってしまう。しかしこの本には、欧米の人びとの心に楔を打ち、イスラエル建国を支えた力があるという。中東問題の不可解な点が少しほぐれた。

 読む前に感じた、1冊の本が「世界を変える」ことなんてあるのか?という疑問には答えが出た。実際にあったのだ。読んでみたいと思っても、この10冊のうち多くは読める(読み終える)気がしない。だからせめて、もう少しよく知りたいと思った。

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ジャイロスコープ

書影

著 者:伊坂幸太郎
出版社:新潮社
出版日:2015年7月1日 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 帯に「初文庫オリジナル短編集」と書いてある。単行本の文庫化でなく、最初から文庫で出版された、ということがウリらしい。著者には「連作短編集」でない短編集はあまりなく、私の記憶では「フィッシュストーリー」だけだと思う。それが何を意味するのかは分からないけれど。

 本書は「浜田青年ホントスカ」「ギア」「二月下旬から三月上旬」「if」「一人では無理がある」「彗星さんたち」「後ろの声がうるさい」の7編を収録。最後の「後ろの声がうるさい」が書下ろしで、その他は小説雑誌やアンソロジーに掲載された作品を改稿したもの。

 「浜田青年ホントスカ」は、「蝦蟇倉市事件1」というアンソロジーに収録されていて既読だった。短い中にピリッとスパイスの効いた展開で、なかなか楽しめる。ただ、アンソロジーで他の作家さんとの競作だからこそ生きるエピソードがある。そこから切り離してしまうのはもったいない気がする。

 楽しめた作品を一つ挙げるとすると「彗星さんたち」だ。新幹線の掃除をする作業員の話。伊坂幸太郎流「お仕事小説」。離婚して小学校三年生の娘を育てている30代の女性が主人公。
 自分の感情を言葉にして伝えるのが苦手で、「掃除だけしてればいい」と思って始めた。そんな彼女が「チームの一員」になっていく様が清々しい。もちろん伊坂さんらしい「しかけ」もある。

 ちなみに、新幹線の掃除の作業員と言えば、今年1月に公開された「7分間の奇跡」という動画が、ネットで大きな話題になった。この短編は2013年の作品だから、こちらの方が断然早い。

 いろいろなところから集めたバラバラさ加減がいい。皮肉で言っているのではない。タイトルの「ジャイロスコープ」は、回転によってバランスを保つ仕組みになっている。ある年齢以上の人には「地球ゴマ」と言えば分かるだろうか。違う個性を持った作品でバランスを保っているのだ。

 「ジャイロスコープ」の説明が、扉のページの裏に何気ない風を装って書いてあるので、読み落とさないように。「読み落とさないように」という意味では、巻末に「十五年を振り返って」という、伊坂さんのインタビューが収録されている。ファンなら読みたいはず。読んで損はない。

 コンプリート継続中!(単行本として出版されたアンソロジー以外の作品)
 「伊坂幸太郎」カテゴリー

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スピーチライター 言葉で世界を変える仕事

書影

著 者:蔭山洋介
出版社:KADOKAWA
出版日:2015年1月10日 初版発行
評 価:☆☆☆(説明)

 通勤の車のなかで聞こえて来たラジオで、著者がお話をされているのを聞いて、ちょっと興味が湧いたので読んでみた。

 2006年からスピーチライターの仕事をしているという著者。当時の日本では、スピーチライターという職業は全く認知されていなかった。2008年のオバマ大統領の「Yes We can」で状況が一変し、現在では日本でもその存在が定着しつつある、という。

 ちなみにスピーチライターとは、結婚式から大統領の就任演説まで、大小あるスピーチの原稿を書き、場合によっては話し方を含む全体をプロデュースする仕事。
 本書は、そうしたスピーチライターの役割や仕事の内容、実際の仕事の進め方などを、噛んで含めるように解説する。最終章は、スピーチライターになりたい人のためのアドバイス。著者には、この職業を社会により定着させたい、という思いがあるのだろう。

 私がスピーチライターなるものに最初に興味を持ったのは、「ザ・ホワイトハウス(The West Wing)」という米国のドラマでだった。そこではスタッフが演説に入れる言葉を、考えを振り絞るようにして吟味していた。「あぁ、こうやって「空気」や「流れ」が作られるんだ」と思った。

 私のこの思いには、少し否定的な気持ちが含まれている。「甘い言葉に騙されてはいけない」という警戒心が、「用意周到に作られた言葉には、ウソが混じっている」という疑いを呼び起こすからだ。私だけでなく日本では、「言葉」より「態度」や「付き合い」といったものを重んじる慣習があると思う。「あの人は言葉だけ」「言葉では何とでも言える」と言うように。

 スピーチライターが日本でこれまで認知されてこなかったのには、こいうった事情があることは、著者も書いている。では、ここにきて「存在が定着しつつある」理由は?それも著者はキチンと分析している。

 国会での不毛なやり取りには辟易するし、「言葉」に対する絶望に近い落胆を感じる。しかし、自分の考えや思いを正確に伝えるには、言葉による方法しかない。「スピーチの技術」は「伝える技術」だと、この本を読んで分かった。私たちは今一度「言葉」に対する態度や評価を、再考してみた方がよいと思う。

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ナイチンゲールの沈黙

書影

著 者:海堂尊
出版社:宝島社
出版日:2006年10月21日 第1刷 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 ヒット作「チーム・バチスタの栄光」の続編。前作で起きた、大学病院を揺るがした、最先端医療の花形チームのスキャンダルから9か月後、という設定。

 主人公と舞台は前作と同じ。主人公は田口公平。東城大学医学部付属病院で「不定愁訴外来(通称愚痴外来)」の責任者。舞台はこの大学病院。前回は外科チームで事件が起きたが、今回は主に小児科での出来事を描く。

 タイトルの「ナイチンゲール」は、ダブルミーニングで使われている。1つは、フローレンス・ナイチンゲール。看護師の象徴的に扱われているクリミア戦争に従軍した看護婦。もう1つは「小夜啼鳥」、英語名がNightingale。夕暮れ後や夜明け前に美しい声で鳴く鳥の名だ。

 小児科病棟の看護師の浜田小夜が、今回の準主人公。その歌声には誰もが魅了され、忘年会では大賞を受賞する。彼女が立ち寄ったライブハウスで急病人が出て、救命救急センターに搬送される。その後にも、彼女の周囲で様々な出来事が続く。そして物語は殺人事件に発展していく。

 このシリーズの特長というか楽しみは、個性的なキャラクターの登場にある。前作で見せた傍若無人な振る舞いが、なぜか憎めない厚生労働省の調査官の白鳥佳輔が再び登場する。さらに今回は白鳥の同級生という、刑事の加納達也が加わる。あと「ガンガントンネルの魔人」なんていうのもいる。

 小児科が主な舞台なので、子どもの患者が多く出てくる。それぞれが背負うものを思うと、胸が潰れる思いがする。そこを個性的なキャラクターやテンポのいい会話によって、暗くならなずに読めるようになっている。

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メディアの仕組み

書影

著 者:池上彰、津田大介
出版社:夜間飛行
出版日:2013年7月1日 第1刷発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 テレビのニュース解説特番には無くてはならない存在の池上彰さんと、ネットメディアでの活躍が目覚ましいジャーナリストの津田大介さんの対談。「メディアの仕組み」というタイトルだけれども、「仕組み」と聞いて思い浮かぶ、「ニュース番組では、まず記者が取材に行って..」という、チャートで表せるような「仕組み」は書かれていない。

 その代り本書に書かれているのは、「テレビにタブーはあるのか?」とか「新聞は生き残れるのか?」といった、日常で感じる疑問へのお二人の答え(津田さんが池上さんに聞いたり確かめたりする形が多いけれど)だ。二人のやり取りの向こうに「仕組み」が透けて見える。

 本書は5章構成で、第1章から順に「テレビの仕組み」「新聞の仕組み」「ネットの仕組み」「情報を世の中を動かす方法」「「伝える」力の育て方」。徐々に視線が将来へ向く、未来への展望が開ける。まとめ方も読者に優しく気が利いていると思う。

 随所に「Point」と書かれた黄色くマークされた部分がある。短いけれど的を射た言葉が多く、いくつも「あぁそうなのか」「なるほど」と思った。そのうちの2つだけを紹介する。

 1つ目は「もうこれからはメディア事業自体で稼ぐことは考えないで、不動産収入をどんどん増やしていけばいいんじゃないですか」というところ。

 民放とスポンサーの関係は、視聴者が思っているよりずっとゆるやかで、報道系の部署に人はスポンサーのことなんて一切考えないそうだ。ただそうは言っても..ということもある。TBSの「赤坂サカス」のように、別の事業で収益を上げる、というのは報道の独立性を担保するいいモデルかもしれない。

 2つ目は「「正しい情報」と「間違った情報」を瞬時に切り分ける能力ではなくて、「実は分かってないんじゃないか」という恐れを持つこと」という部分。

 これはメディア・リテラシーの話題の中で出てきた言葉。リテラシー不足が大変な惨禍を招くこともある。「自分は絶対に正しい」と思うのは危険だ。「自分の書いた本が売れても、自分は何にも変わらない」という、池上さんの言葉とともに覚え、謙虚であろうと思う。

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火山のふもとで

書影

著 者:松家仁之
出版社:新潮社
出版日:2012年9月30日 発行
評 価:☆☆☆☆(説明)

 Village Vanguardで「吉田篤弘とか好きな方はきっと好きなんじゃないかと思います」というPOPが付いていた。順番としては吉田篤弘さんからかと思い「つむじ風食堂の夜」を読んで、好きな感じだったから本書を...というわけ。

 主人公は坂西徹。大学で建築を学び、卒業と共に著名な建築家である村井俊輔の「村井設計事務所」に入った。時代は1982年。舞台は浅間山を仰ぐ青栗村にある「夏の家」。

 「村井設計事務所」の事務所は北青山にあるが、7月の終わりから9月半ばまでは、別荘地にある山荘で仕事をする。その山荘が通称「夏の家」。青栗村というのは架空の地名だけれど、記述を追うと、北軽井沢の「大学村」がモデルだと思われる。

 物語は、「国立現代図書館の設計コンペ」に向けた準備、という「タテ軸」を辿りながら、坂西の目を通した、「村井先生」のこと、事務所の他のメンバーのこと、先生の姪の麻里子とのこと、などが「ヨコ軸」として語られる。

 さらには、先生の若い頃のこと、外国の建築家が設計した建物のこと、と時間と空間を押し広げる。かと思うと、朝食のメニューや、山荘の周りの木々や鳥の名前、さらには鉛筆や消しゴムの銘柄まで、細やかな記述がされる。

 これだけ縦横に話題を広げたら、収拾がつかなくなってもおかしくない。それらを紐でギュッと括ったように、ストーリーに結びつけてあって、集中が切れない(正直に言うと建築のウンチクを少し読み飛ばしたけれど)。脱帽。

 言い忘れたけれど、本書は著者のデビュー作。これはすごい才能かもしれない。

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